(前回から読む)
「核武装宣言」に向け、韓国が着々と準備を進める。目標年度は2020年だ。
潜水艦から弾道ミサイルを撃つ
鈴置:韓国が核武装に向かっています。
核武装ですか?!
鈴置:厳密に言うと「我が国は核武装する」あるいは「核武装した」といつでも宣言できるよう、準備を進めています。
2016年5月、武器を調達する防衛事業庁が、SLBM搭載型の潜水艦の建造を進めていると明かしました。SLBMとは潜水艦発射弾道ミサイルのことです。
中央日報の「韓国海軍もSLBM保有準備…3000トン潜水艦の製作に速度」(5月18日、日本語版)を要約します。
- 防衛事業庁は5月17日、慶尚南道・巨済(コジェ)の大宇造船海洋で、3000トン級「張保皐(チャンボゴ)Ⅲ」の起工式を行った。非大気依存推進(AIP)システムなど最新技術を使うほか、垂直発射管を装備する。
- 海軍は現在、1200トンの209級と1800トンの214級潜水艦を運用している。209級1番艦はドイツで製作、以降も独企業の支援で作ってきた。これに対し3000トン級潜水艦は韓国が初めて独自設計し独自に建造する。
- 軍当局は3000トン級潜水艦にSLBMも搭載する予定だ。軍関係者は「北朝鮮は最近2000トン級潜水艦に装着するSLBMを開発している。韓国軍も3000トン級潜水艦が完成する2020年代初めには、強力なSLBMを搭載できるだろう」と話した。
3000トン級を9隻体制に
1隻造るだけですか?
鈴置:聯合ニュースは「次世代潜水艦の建造開始 垂直発射管6門搭載=韓国」(7月1日、日本語版)で、3000トン級潜水艦を9隻体制にする計画と報じています。日本語を整えて引用します。
- 韓国海軍は2020年から張保皐Ⅲを9隻、戦力化する計画だ。まず2020年から2024年までに1-3番艦を建造し、2025年から2027年までに4―6番艦を建造する。
- 1-3番艦の潜水艦には、弾道ミサイルを発射できる6門の垂直発射管を設置。射程500キロ以上の弾道ミサイル「玄武(ヒョンム)2B」を搭載するとみられる。
- 4―6番艦は水中作戦や武装能力に優れたもので、垂直発射管の数も10門に増やす。残り3隻の建造計画はまだ策定されていない。
本当は原潜が欲しい
なぜ、このニュースから「核武装」が読み取れるのでしょうか。
鈴置:韓国がSLBMを発射できる潜水艦を持つことが確認できたからです。核武装の際には敵国の攻撃に耐え、核で反撃できる「第2撃能力」が要ります。
それがまさに、SLBM発射能力のある潜水艦です。陸上のミサイル基地と比べ、海中に潜む潜水艦なら敵の攻撃は受けにくい。
だからこそ中央日報の記事にあるように、核武装を進める北朝鮮は「2000トン級潜水艦に装着するSLBMを開発している」のです。
いくら北朝鮮が核弾頭の開発に成功しても、それを敵の先制攻撃で破壊されたら終わり。北朝鮮としては「米韓の攻撃を受けた後でも核で反撃できる能力」を持たないと意味が薄いのです。
韓国がSLBMを発射できる潜水艦を造るのも同じ狙いでしょう。本心では原子力潜水艦が欲しいのだと思われます。朝鮮日報の楊相勲(ヤン・サンフン)論説主幹が2015年5月に持とうと主張しました(「一歩踏み出した韓国の核武装論」参照)。
核ミサイルを搭載するには通常動力型の潜水艦よりも、食料が持つ限り潜航し続けることの可能な原子力潜水艦の方がはるかに有利だからです。
ただ、原潜を造る技術力と予算、時間的な余裕がないので、とりあえず通常動力型の核ミサイル潜水艦の保有に動いたと思われます。
命中精度が低くても……
SLBMとそれを搭載できる潜水艦が核武装に必要なことは分かりました。しかし、韓国がそれらを持ったからと言って、核武装の準備を進めていると言い切れるのですか。
鈴置:ほぼ、言い切れます。SLBMは核弾頭を積むために保有するのが普通です。SLBMを含む弾道ミサイルは巡航ミサイルと比べ命中精度が低く、通常弾頭を載せたら効果が薄いからです。
すでに韓国海軍は地上攻撃用の巡航ミサイルを持っています。潜水艦の魚雷発射管から撃てます。もし核武装するつもりがないのなら、これで十分。わざわざ命中精度の低い弾道ミサイルを撃つための垂直発射管を備えた潜水艦を造る必要はありません。
巡航ミサイルに核弾頭を載せればいいのでは?
鈴置:その手もあります。しかし、巡航ミサイルは弾道ミサイルと比べ速度が遅い。弾着までに時間がかかるうえ、撃ち落とされやすいという難点があります。核弾頭を持つ以上はSLBMで撃ちたくなるのです。
SLBMはロシアから導入
韓国はSLBMを持っているのですか?
鈴置:SLBMの開発も潜水艦の建造と並行して進めています。中央日報が報じています。「韓国型SLBMすでに開発中…4年後に実戦配備」(5月27日、韓国語版)です。ポイントを訳します。
- 匿名を希望する軍高官が5月26日「SLBMの開発は国防科学研究所(ADD)が主導し、2020年を完成時期に定めている」と述べた。
- 科学技術政策研究院(STEPI)のイ・チュングン先任研究員は「北朝鮮はロシアの地対空ミサイルであるS-300を応用してSLBMを開発した。韓国は対ロ経済協力借款と引き換えに得たS-400のコールド・ローンチ(cold launch)技術により、北よりも安定的な技術を確保したと聞いている」と語った。
コールド・ローンチとは、潜航中の潜水艦からミサイルを発射する技術のことです。浮上してミサイルを撃つと敵に発見されやすいので、SLBMには必須の技術です。
ミサイルを圧縮空気に包んで水面下から浮き上がらせ、大気中に顔を出した瞬間、エンジンに点火します。北朝鮮は8月24日にSLBMを1発、試験的に発射しました。4月、7月の試験に続くもので2016年に入って3回目です。「コールド・ローンチ」はできるぞ――つまり、第2撃能力は持った、と誇示したいのでしょう。
核弾頭は2年あればできる
韓国は肝心の核弾頭は開発したのですか?
鈴置:それは分かりません。ただ、「韓国なら2年もあれば開発できる」というのが専門家の間の常識です(「ついに『核武装』を訴えた韓国の最大手紙」参照)。
では、韓国はある日突然に「核兵器を持った」と宣言するのでしょうか。
鈴置:北朝鮮が核兵器を実戦配備するなど、状況が煮詰まったらそうするかもしれません。その前にも「こういう条件になったら持つ」と予め宣言する可能性もあります。専門用語では「宣言抑止」と言います(「米国も今度は許す?韓国の核武装」参照)。
例えば、北朝鮮が5回目の核実験を実施したとします。その直後に韓国が「北が核を実戦配備したら、こちらも核武装する」と宣言するわけです。
その際、韓国がSLBMやそれを搭載する潜水艦を持っていないと、宣言の「迫真性」に欠けます。核武装は口先だけではないぞと見せつけるためにも韓国は、第2撃能力を持つ必要があるのです。
北朝鮮の核実験はだいたい3年に1度、行われてきました(「北の核実験」参照)。このペースなら、次回は2019年頃に実施と見られます。
回数 | 実施日 | 規模 |
---|---|---|
1回目 | 2006年10月9日 | M4.2 |
2回目 | 2009年5月25日 | M4.7 |
3回目 | 2013年2月12日 | M5.1 |
4回目 | 2016年1月6日 | M5.1 |
一方、先ほど引用したように韓国海軍はSLBMも、それを搭載する3000トン級潜水艦も、2020年の実戦配備を目指しています。5回目の核実験に何とか間に合わせたいように見えます。
「宣言抑止」の効果は?
韓国が「宣言抑止」したら、北朝鮮は核開発をやめるものでしょうか。
鈴置:その可能性は極めて低い。北朝鮮は韓国の核武装宣言に関係なく核開発と実戦配備を進めるでしょう。
ただ韓国としては、米中が北の核武装をより懸命に止めるようになると期待できます。北東アジアの核ドミノの引き金になるであろう韓国の核武装は、米中ともに防ぎたいですからね。
韓国はさらに、米中が北の核武装を阻止できなかった時にも、自分の核武装がより容易になると計算しているでしょう。
韓国がある日突然に核武装したと宣言したら、世界から「北朝鮮と同じ危険な国」と見なされ、同様の経済制裁を受けかねません。北朝鮮と異なり、世界経済と連結度の高い韓国経済は危機に瀕します。
一方、予め「宣言」しておけば、北朝鮮の核に脅される韓国の立場を国際社会も理解し、ある程度は同情的になると思われます。
「核シェアリング」も期待
「宣言」しておけば、韓国の核武装を米国は許すということですか?
鈴置:それも分かりません。ただ、米国は原子砲弾など戦術核兵器の在韓米軍への再配備や、北大西洋条約機構(NATO)の一部の国との間で実施している「核シェアリング」を提案し、韓国をなだめる可能性があります。
「核シェアリング」とは、例えば在韓米軍に航空機搭載用の核兵器を配備しておき、いざという時は韓国軍にもそれを使わせる、との約束です(「米国も今度は許す?韓国の核武装」参照)。
使用する場合も米国の許可が要るので、厳密には「シェアリング」とは言い難い。でも、北への牽制力と韓国の安堵感は増します。
それに、核武装を韓国に認めるのと比べれば「核シェアリング」のハードルは低い。米国では議論が始まっているようです。
戦略・予算評価センター(CSBA)が2016年5月31日に発表した「Extended Deterrence in the Second Nuclear Age」もそれに触れています。関連部分を訳します。
- 韓国が北朝鮮の核武装を相殺しようと決断した時、あるいは日本が台頭する中国に対抗する選択肢がないと判断した時には、核シェアリングを含む欧州と同様の仕組みを造ることも可能だ(34ページ)。
トランプも追い風に
もし、米国が戦術核の再配備も「核シェアリング」も拒否したら、韓国はどうするのでしょうか。
鈴置:その時の米韓関係や、双方の政権の性格に左右されると思います。状況によっては米国の反対を押し切って核武装すると思います。
「韓国の生き残りがかかった核武装だ。米国が何と言おうと核を持とう」との意見も出ています(「核武装して“奴隷根性”を捨てよう」参照)。
「持ってしまえば米国も廃棄しろとは言わないだろう」との発想も、韓国にはあります(「10年後には『北朝鮮』がもう1つ?」参照)。
共和党の大統領候補、トランプ(Donald Trump)氏が「日韓は自分で国を守れ。それができないというなら自分で核を持て」と発言したことも追い風になるでしょう。
トランプ氏だけでなく、米国の安保研究者の中でもそうした意見が増えているのです(「一歩踏み出した韓国の核武装論」参照)。
習近平が朴槿恵から取った言質
韓国の核武装に対し、中国はどう出るのでしょうか。
鈴置:何とかして抑え込むでしょう。先ほど言いました核ドミノが起きて、台湾や日本までも核を持ちかねない。中国にとって最も嫌な展開です。
外交面でも、韓国をコントロールする力が弱まります。韓国が中国に従順だった理由の1つが、北の核を中国に抑制してもらおうとの期待からでした。
韓国が核武装すれば、中国に対する安保上の期待感は一気に薄れます。「上手に韓国を手繰り寄せれば、米韓同盟まで破棄させられる」とほくそ笑んでいた中国の皮算用は大きく狂ってしまいます。
だからこそ、習近平主席は朴槿恵(パク・クンヘ)大統領との初会談で「朝鮮半島の非核化」を約束させたのです。北だけではなく南も核を持つべきではない、と韓国から言質をとったわけです(「米国も見透かす韓国の『卑日一人芝居』」参照)。
その約束を破って韓国が核武装を進めたら、中国は相当に強い制裁をかけると思います。対中依存度が極めて高い韓国経済は、直ちに破綻するでしょう。貿易も通貨スワップも、いまや完全に中国頼みなのです(「韓国の通貨スワップ」参照)。
相手国 | 規模 | 締結・延長日 | 満期日 | 中国 | 3600億元/64兆ウォン(約560億ドル) | 2014年 10月11日 |
2017年 10月10日 |
---|---|---|---|
UAE | 200億ディルハム/5.8兆ウォン(約54億ドル) | 2013年 10月13日 |
2016年 10月12日 |
マレーシア | 150億リンギット/5兆ウォン(約47億ドル) | 2013年 10月20日 |
2016年 10月19日 |
豪州 | 50億豪ドル/5兆ウォン(約45億ドル) | 2014年 2月23日 |
2017年 2月22日 |
インドネシア | 115兆ルピア/10.7兆ウォン(約100億ドル) | 2014年 3月6日 |
2017年 3月5日 |
CMI<注> | 384億ドル | 2014年 7月17日 |
日本を盾に核武装
韓国はどうするつもりでしょうか。
鈴置:日本と一緒に核武装する、という手口を韓国の核武装論者は考えているようです(「そうだ、日本と一緒に核武装しよう」参照)。
中国も米国を含む世界も、経済力が大きく存在感のある日本に対しては制裁に出ないだろう。だったら核武装には日本を巻き込めばよい――との目論見です。
日本が韓国と一緒に核武装に動かなかったら、どうするつもりでしょうか。
鈴置:それでも韓国は核武装に突き進む可能性があります。韓国は条件反射的に動く国となっているからです。
(次回に続く)=8月26日に掲載予定
米国と中国を相手に華麗な二股外交を展開し、両大国を後ろ盾に、日本と北朝鮮を叩く――。朴槿恵政権が目論んだ戦略は破綻した。
「北の核」と「南シナ海」をどうするか。米中が本腰を入れ、手持ちの駒でせめぎ合う。その狭間で右往左往する韓国は「離米従中」路線を暴走してきた末に「核武装」「米軍撤退」論で迷走を始めた。その先に待つのは「捨て駒」にされる運命だ。
日本も他人事ではない。「オバマ後」の米国がアジアから遠ざかれば、極東の覇権を狙う中国と、きな臭い半島と、直接に対峙することになる。岐路に立つ日本が自ら道を開くには、必死に手筋を読み、打つべき手を打つしかない。
『中国に立ち向かう日本、つき従う韓国』『中国という蟻地獄に落ちた韓国』『「踏み絵」迫る米国 「逆切れ」する韓国』『日本と韓国は「米中代理戦争」を闘う』 『「三面楚歌」にようやく気づいた韓国』『「独り相撲」で転げ落ちた韓国』『「中国の尻馬」にしがみつく韓国』に続く待望のシリーズ第8弾。6月13日発行。
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