nikkei BPnetの人気コラム「小山昇の『こころ豊かで安全な経営とは何か』」は2017年1月から、日経ビジネスオンラインで掲載することになりました。これからもよろしくお願いします。
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優れた商品もサービスも、人の手があってこそ
新年あけましておめでとうございます。株式会社武蔵野代表取締役・小山昇です。これまで足かけ15年以上にもわたって日経BP社の各媒体を転々としながら駄文を連ねておりましたが(直近では「日経BPネット」)、本年2017年からはここ「日経ビジネスオンライン」で連載を持たせていただくことになりました。従来からお読みいただいていたかたも、「初めまして」のかたも、今後どうぞよろしくおつきあいを賜ればさいわいに存じます。
新年のご挨拶も早々に本題。2017年以降の管理職、特に中小企業の管理職はなにを心がけるべきか。私の中ではもう答が出ています。「部下を辞めさせない」、これに尽きます。理由は簡単で、これから日本はどんどん労働人口が減っていきます。すでに年間の死亡数が出生数を上回るようになって久しく、今後の改善はまず見られないでしょう。
ということは? そうです。中小企業が必要な人材を確保することの重要性は今後、幾何級数的に増します。手っ取り早くいえば、マンパワーがライバル企業との最大の差別化要素になる時代がやって来ます。
これまでは──というのはつまり、人口がゆるやかに増えていた時代は──他社に抜きんでた商品、他社より優れたサービスを持っていることが競争の大前提でした。しかし、これからは違います。そこで働いてくれる人がどれだけいるかが企業の優劣を決めます。優れた商品やサービスがあっても、人の手によるオペレーションがなければ、利益を生み出せないのは自明の理ではありませんか。
残業の圧縮は、全企業が真摯に取り組むべき課題
昨年、「部下をなるべく辞めさせない」ためにわが社が取り組んだことについてお話しておきましょう。ひとつは残業時間の徹底的な短縮です。先年、大手広告代理店の若手社員が過労自殺をしたことが大きな社会問題として報じられたことからも知れるように、これは今後すべての企業が真摯な対応を取らざるを得ない重大な問題です。
残業時間は、従業員の満足と密接なつながりがあります。特に最近はプライベートの充実を重視する一般社員が増えていますから、残業時間が多いと満足度が下がり、ひいては早期退職にもつながります。
残業を減らすためにはどうしたらいいか。仕事量が従来と変わらないとすれば、一人あたりの生産性を高めるしかありません。そこでiPadを大量導入しました。
それまでのわが社の営業担当者は、お客様からご注文をいただいたら、帰社してから伝票を起こしていました。これが時間的なロスを増やし、その結果、残業を増やす大きな原因になっていたのです。
いまわが社の営業担当者は、お客様のもとからiPadで自社のホストコンピュータにログインして、その場で作業をすませています。iPadは社員はもとよりパート・アルバイトにも1台ずつ持たせましたため、ざっと600台以上。かなりの投資でしたが、残業代を大きく圧縮できたので、もう充分に元は取れました。
また、残業を「させない」ための方策として、21時以降はホストコンピュータとの接続を強制的に遮断しました。さらに念を入れて、わが社と契約している警備会社にお願いして、玄関の施錠時間のログを提出してもらいました。これを元に、遅くまで仕事をしている社員に私自らが直接注意もしました。
武蔵野の社員の残業時間は月に25時間程度
こういうことは経営者が行なうのが一番いい。わが社のような営業主体の会社にはよくあることですが、多少は体育会的で、「俺より先に退社してはいけない」「俺より後に出社してもいけない」とでもいうような、まるで昔の流行歌のような価値観を持っている管理職がいるからです。一般社員はどうしてもそれに引きずられる。しかし経営者自らが「残業してはいけない」といえば、そんな旧いタイプの管理職も黙らざるを得ない。
とにかく八方手を尽くして残業の短縮に取り組んできました。結果、現在のわが社の残業時間は、一般社員で月に25時間程度、一番多い社員でも40時間です。それまでは(ありていにいえば)みな労働基準法ぎりぎりのところまで残業していたから、これは長足の進歩といっていいでしょう。
ただ、ここで悩ましい問題が起こります。残業が減れば当然、手取り額が減り、それはそれで社員の満足度が大きく下がる。ではどうするかといえば答はひとつしかありません。給与テーブルを改善してベースアップをし、賞与も平均で20パーセント上げました。かくして残業代は減りましたが、社員個々人の可処分所得はむしろ増えています。これは会社にとっては少なくない負担ですが、それでも社員に辞められる損害のほうがよほど大きいというのが私の見解です。
かつてわが社には「5年以上勤めた社員が辞めたいといったら、引き止めてはいけない。引き止めたら始末書」というルールがありました。昨年からはこれを180度方針転向して、「引き止めなければ始末書」にしました。さらに私は、退職・転職した元社員と接触して、再度わが社に戻ってくるよう説得しなさいと管理職に命じてもいます。その「成果」は現状まだ1名ですが、今年はますます引き戻し工作に力を入れていくつもりです。
「彼の代わりはいない」と管理職は考えよ
私のコラムをお読みになるのは、大部分が中小企業の管理職のかたでしょう。そんなあなたにはぜひ、同じく一介の中小企業経営者である私が、かくも熱心に社員を確保・維持しようとしていることに驚いてほしいと思います。中小企業をめぐる人材難の状況はそれほどまでに深刻であると肝に銘じてください。
あなたも人間ですから、使えない部下・生意気な部下に対しては、時に心の中で(「おまえの代わりなんか、いくらでもいるんだ」などと)毒づくことがあるでしょう。私もまた大量の使えない部下を抱えている身ですから、そのお気持ちは重々理解しています。しかし今日ここで本稿をお読みになったからには、心を入れ替えてください。彼(彼女)の代わりは「いません」。使えなかろうが生意気だろうが、なだめすかしてなんとかやっていくしかないというのが現在の、そして未来の中小企業管理職の最適解です。
管理職は一にも二にも、挙げた業績によってその評価が定まります。しかし、そう遠くない将来、そこに「部下の定着率はどれくらいか」という新たな評価軸が加わるはずです。だから「彼の代わりなんかいくらでもいる」と考える管理職と、「彼の代わりはいない」と考える管理職とではやがて大きな差が開きます。なぜならば思考は必ず態度や行動になって現れるからです。
(構成:諏訪 弘)
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