妻との夫婦生活がなくなりました
Q ひとつ下の妻がいます。青空が好きな明るい、いつもきれいにしているよく出来た世話女房です。相談は、妻との関係についてです。
妻は元来性的には淡泊でしたが、最近夫婦生活が全くなくなりました。話し合いもしたが結果変わらず。仕事は脂が乗って、愛人や男女の友人もおり、自分はまだこれからだと思っています。妻へは感謝と尊敬の念は勿論、愛情を感じていますが、妻は私に対して人類愛以上ではないようです。当面私も人類愛レベルで妻に接することで日々の生活に滞りはなく、それもまた愛情の形かと思うところもあれ、当方が卑怯でつまらぬ気もします。海の向こうから師とお慕い申し上げる島地さんのご意見を頂戴できましたら幸甚です。
(44歳・男性)
ミツハシ:44歳、妻とのセックスがなくなった男性からの相談です。しかし、何でしょうね、これ。妻がセックスを拒否し、欲求不満を抱える夫という構図なら分かりますが、相談者には愛人がいて、とりあえずそこで欲求は満たされているようです。「妻へは感謝と尊敬の念は勿論、愛情を感じていますが、妻は私に対して人類愛以上ではないようです」と書いていますから、妻からもセックスを求められたいということでしょうか。
シマジ:俺もよく分からないな。毎度言っているが、結婚して10年、20年も経って毎晩激しく求め合う夫婦は変態だ。もちろん、それは悪いことではない。俺の親友で、SM作家の舘淳一によると、1万組に1組くらい、女房でなければ、亭主でなければ、セックスできないという夫婦がいるらしい。
鍵と錠前のような関係だな。ピタッと隙間なく凸と凹が合致し、快感の扉がバチンと開く。そういう奇跡のカップルというのがごくたまにいる。だが、たいていの夫婦は、残念ながらそういう唯一無二の肉体的相性を持っていない。そして、ひとつ屋根の下に長く一緒に暮らしていると、男と女は徐々にオスとメスではなくなっていく。戦友というか同士というか、肉体よりも精神的な絆でつながった人生の伴走者になっていく。相談者が言うところの「人類愛」で結ばれた男女だ。
相談者は何歳だ?
ミツハシ:44歳です。
シマジ:ならば、セックスレスだとしても別に珍しくはないだろう。妻が応じてくれず、性的な欲求が爆発しそうで困っているというなら、同情もするが、愛人がいるならそれでいいじゃないか。「当方が卑怯でつまらぬ気がする」と書いているが、これも奥方が応じてくれないのだから仕方ない。いいセックスをすることは基本的人権だから、卑怯などと考える必要もないだろう。
ミツハシ:この「卑怯」の意味が難しいですね。夫婦である以上、セックスレスの問題を2人できちんと話し合い続け、妻が受け入れられるスキンシップやセックスの方法を模索すべきである。それをせずに、「人類愛レベル」で夫婦を続けている俺は、現実から目を背け、面倒な問題を回避する「卑怯でつまらない」人間であるという意味かもしれません。
シマジ:だとしたら、真面目すぎる相談者だな。相談者だって一度は話し合いをしたわけだろ。それでも奥方がセックスを望まないのだから、それ以上悩んでも仕方ない。100組の夫婦があれば100通りの愛情の示し方がある。相談者の場合は、セックス以外で奥方への愛情をしっかり示してやればいい。
相談者の奥方は性的に淡白らしいが、実は、俺の女房もそうなんだ。30歳になってしばらくした頃「私、ああゆうこと本当は好きじゃないの」というから俺も「うん、俺もご先祖様の仏壇がある部屋でああゆうことはすべきじゃないと思っていたんだ」と同意して、それから見事にセックスレスだ。アメリカなんかでは夫婦間でセックスがないことがまるで犯罪のごとく言われるが、フィジカルコンタクトでしか愛情を確認できないような連中の言葉に惑わされる必要はない。穏やかな、しかし、強固な同士愛や絆で結ばれていればセックスなんてなくても立派に夫婦として死ぬまで添い遂げられる。
俺と女房は水と油の性格なんだよ
ミツハシ:でも、人生は恐ろしい冗談の連続だというのはシマジさんの言葉ですよ。70歳半ばを過ぎて、シマジさんが奥様に愛想を尽かされる可能性だってゼロじゃないはずです。
シマジ:もちろんそれは否定しない。だが、まあ大丈夫だろう。
ミツハシ:なんですか、その根拠のない自信は。
シマジ:俺と離婚する気ならとっくにそうしていたはずだ。それくらい、俺と女房は水と油の性格なんだよ。俺はこの通りの浪費家だが、女房はしっかり者のしまり屋だ。俺はうまい食い物も気持ちのいいセックスも貪欲に求め続けてきたが、女房は、美食への執着が薄く、セックスも同様。
例えば、一緒に女房の故郷で、俺の疎開先である一関に行くとき、俺は新幹線のグランクラスを予約するが、女房は俺の横に座るのが嫌だと言って普通の指定席のチケットを買うんだよ。グランクラスならうまい弁当も出てくるし、広々として座り心地のいい椅子で寛ぎ、ゆっくり本を読みながら旅ができる。なのに、女房は「チンドン屋みたいに目立つ恰好の人の横に座りたくない」と言うんだ。
ミツハシ:チンドン屋とは容赦ないですね。
シマジ:失礼な話だろ。
少し前に娘の墓参りに行ったときのことだがね。俺たちは毎月欠かさず、月命日に娘の墓参りをしているんだ。そして俺はいつも、娘の墓に向ってそこに娘がいますがごとく話しかけている。その日はちょうど原稿の締め切りがピークを迎えていてね。思わず墓に向ってこう語りかけていたんだ。
「パパはこの通り、締め切りに追われている。いまはまだ何とかなっているが、そのうちアイデアが枯渇して書けなくなるかもしれん。どうか天国からパパを見守り、これからも泉のごとくアイデアが湧き上がってくるよう応援してくれ」
ミツハシ:すごいですね。今東光大僧正やシバレン先生になら分かりますが、娘さんにも「アイデアが湧き上がるよう力を貸してくれ」ですか。
シマジ:ミツハシ、お前、俺の女房と同じ感性だな。
ミツハシ:えっ?
シマジ:うちの奴も、俺が娘の墓に向って語った言葉を聞いて、「あなた、おかしいわよ」と言うんだ。「死んだ娘にまでお願いごとをする父親がいますか」とね。女房は両親から「墓に頼みごとをしてはいけない」と教えられたそうだ。俺は今東光大僧正から「墓に向かって故人がいますがごとく語りかけろ」と教えられた。何から何まで180度違う夫婦なんだよ。
夫婦でゴルフをするというセンスが理解できない
ミツハシ:半世紀の長きにわたって奥様はよくシマジさんとの生活に耐えてきましたね。
シマジ:正反対の男女だからうまくいったのかもな。よく「似たもの夫婦」なんていうが、夫婦の趣味が同じというのはよろしくないと思うね。「もっと脇を締めて」「うるさいわね。ちょっと黙ってて」なんて喧嘩しながらゴルフをしている夫婦をよく見かけるが、面白くもなんともないだろうな。
ミツハシ:いや、本人たちは意外と愉しいのかもしれませんよ。
シマジ:そうは思えないがな。何より、夫婦でゴルフをするというセンスが理解できない。スコットランド人たちは、女房から逃れて自由な時間を満喫するためにカントリークラブに向かうんだ。だから、必ずしもゴルフをしなくてもいい。事実、クラブハウスのバーで日がな一日ポーカーに興じているなんていう紳士も少なくないんだ。そんな場所に女房を連れて行くなんて、スコットランドの先人たちに申し訳ないじゃないか。
ミツハシ:カントリークラブというのは男たちの隠れ家というか避難場所だったんですか。
シマジ:左様。俺にとってのここ、サロン・ド・シマジ本店みたいなものだ。
そうそう、実は、年末に女房が倒れたんだよ。ここで仕事をしていたら、夜中の12時前に女房から「苦しい」と電話があって慌てて母屋に戻ったら、女房がぶっ倒れていてね。救急車を呼んで病院に向かい、そのまま入院してすぐに手術となった。詳しいことは省くが、もともとの持病が悪化した結果だったんだが、あのときは恥ずかしながらオタオタしたね。
幸いなことに手術は成功し、1週間ほどで無事退院できたのだが、女房がいなくなってよく分かった。俺は家のことが何もできない。
これ以上何を望むというんだ
ミツハシ:いま頃分かったんですか?
シマジ:通帳とか印鑑とか、大事なものが家のどこにあるのか全く分からないんだ。メシはこれまで通り外食でよかったが、掃除、洗濯には困った。洗濯機なんて触ったことがないから、何をどうしていいか分からなくてね。ヘンなボタンを押したら、爆発するんじゃないかと怖くて触れることすらできなかった。
ミツハシ:シマジさん、触らなくて正解です。最近の洗濯機は下手に触ると自爆しますからね。
シマジ:やっぱりそうか。だが、そのままではパンツも洗えない。そこで、出入りの気のいいクリーニング屋のおやじに頭を下げてね。「本当に申し訳ないが、パンツや靴下も洗ってくれないか」と頼んだんだよ。
ミツハシ:ハハハハハ。これで奥さまの大切さが身にしみたでしょ。
シマジ:昔から俺が書いたものを一切読もうとしない女房の潔い無関心に敬意を抱いてきたが、よくまあ一度も洗濯機や掃除機を爆破させずにここまで使いこなしてきたものだと改めて尊敬の念を強くした。
ミツハシ:では、相談者への回答は、セックスレスでも夫婦はうまくいく、気にするな、ということになりますか。
シマジ:どちらかがセックスを強く望み、それに応えないことや、嫌々応えることが、夫婦から愛情を失わせ、溝を広げるようなら深刻だが、このケースはそうではないだろう。「妻は私に対して人類愛以上ではないようです」と、奥方の愛情表現の薄さに不満のようだが、愛人がいて、海外勤務で神経をすり減らす相談者は、毎晩求められたら、本当に応えられるのか?それはそれで逆に辛くなるんじゃないかね。
愛人から求められ、妻からも求められたいというのは、ちょっと欲張りすぎじゃないか。相談者の奥方は「青空が好きな明るい、いつもきれいにしているよく出来た世話女房」なんだろ。世の中には、結婚した途端、大好きだった葉巻を一切禁じられた男もいれば、携帯電話の着信記録をはじめとして何から何まですべて監視されて牢獄の中で暮らす気分を味わっている男もいる。それでも、この女と結婚したのは人生の定めであると運命を受け入れ、試練の結婚生活で己の忍耐力を養っているんだ。相談者は十分恵まれている。これ以上何を望むというんだ。
奥方の穏やかな愛情を受け止め、人生をともに歩む戦友として、感謝の心を忘れず、しっかりいたわってあげなさい。俺の分までカミさんを慈しんでくれ。
ミツハシ:俺の分までって、奥様を勝手に亡きものにしてはいけません。
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