斎藤:テレビ番組で紹介されて、節水ノズルのファンになってくれた人の声から、この製品が果たすべき使命に気付いたとか。
高野:はい。ファンの方の声を聞いて、うちは何をするべきなのか、自分たちにしかできないことは何なのか。そう改めて考えてみたときに、この節水の市場には社会性がすごくあることに気付きました。水の使用量を10分の1に抑えられることは、コスト削減だけじゃなくて、省エネであり環境に優しいことなんです。
先日、ドバイやアブダビなどに行ってきたのですが、彼らは水を得るために海水を淡水に変えている。あれは石油やガスを燃やして海水を蒸留して淡水をつくっているわけです。そして、その作った真水の半分は家庭用ですけど、残りの半分はなんと屋外緑化などに使われているんです。
蒸留水をつくった後には、塩の塊が大量にできて、それを海に捨てるので、大きな環境破壊が起きている。こんな馬鹿げたことをしているんだと驚きました。彼らもそれを分かっていて、いつかこのやり方はやめなきゃいけないと考えている。
だから、世界中で展示会をやりましたが、うちの製品への反応はアラブ諸国が一番よかったです。おそらく近いうちに進出することになると思います。
カリフォルニアでも水が足りないと言われていて、使う量を減らすことが一番シンプルな対策なんです。水の使用量が10分の1で済んだら、10基必要なはずの蒸留プラントが1つで済むわけで、うちの製品はプラントを造ることと同じだけの可能性を秘めているわけです。
斎藤:そうなんですね。これまでは、どこかで環境破壊をしていることに気づきながらも、淡水を作るプラントを増やしてきたという面があるということですね。
高野:そうなんです。だから、うちは儲けを重視せずに行こうと思うんです。生きていくために仕事はしたいけど、幸いなことに僕自身はあまり物欲もない。儲けたお金は次の研究開発に全部投資したいと思っています。いまある「Bubble90」は業務用だけですが、派生モデルの開発に取り組んでいきたいと思っています。
例えば節水型のシャワーができれば、一般家庭や美容室に売れるようになりますし、洗車用のノズルができれば、ガソリンスタンドや洗車サービスの企業にも売れるようになる。そういった派生モデルを手がけながら、一方でまったく別の技術を開発していくために、今年からプロジェクトチームを組んでとりかかっているところです。
水を球状にして洗浄力アップ
斎藤:Bubble90という製品は、他の製品や技術とどこが違うのですか?
高野:この製品は、真ん中の穴から空気を吸い込んで、それで周りの穴から水と空気を混合したものを出します。そのときに、その水と空気を混合した流体が管の中を通るだけで小さくちぎれて球状になる。これがうちの世界初の技術です。この技術で水を脈動させて洗浄力を出すので、水圧は通常の蛇口よりも高いくらいです。
似たような技術だと、トイレの温水洗浄ノズルや、半導体の洗浄装置などに使われる脈動ポンプと呼ばれるものがありますが、こちらは電気で弁を開閉して断続的に水を出す仕組みで、中に可動部があります。
斎藤:その分、やや壊れやすい面があるのでしょうか。
高野:ええ。それに対して、Bubble90は可動部がありませんから、メンテナンスも不要です。
斎藤:(Bubble90の実演VTRを見ながら)水流が球になるのは、本当に不思議ですよね。
高野:この流体をちぎって球にする技術は、節水のほかにもいろいろ応用が利きます。例えば菓子メーカーからつぶつぶのアイスクリームが作れるんじゃないかとか、水と気体がうまく混ざるので液体調味料にスモークで香り付けができるのではないかとか、いろいろなお問い合わせをいただいています。開発依頼もたくさん来ていまして、作れば売れることもわかっているんですけど、忙しすぎて今はとても手が出せません。
斎藤:なるほど。我々がベンチャー企業を見るときには、この会社が存在すると、その前後で、世の中にどれだけインパクトがあり、何が変わるかを考えます。個人の仕事が家業になって、家業から企業に成長していく、そのプロセスでこれからこの技術はいろいろ応用されていくのですね。
高野:実は、東大阪にあるうちの父の工場は今でも継いでいなくて、父がガスコックの生産を続けています。事業を継承したわけでなく、技術を継承したという形なんです。技術を継承して今の時代に合った製品を作って、僕は節水器具の製造、父親はガスコックの製造をそれぞれ別々の会社でやっています。
斎藤:新しい考え方ですね。いま日本発で世界で勝てるベンチャー企業が数少ない中で、これからの課題や今後の展望をどう考えておられますか。
高野:世界各地で展示会をやっていますが、欧州の次に米国や中東で展示会をやりました。シンガポールやアジアは後回しにしようと思っています。
米国にはベンチャーを育てるための体制がすごく整っている。ロサンゼルスに環境ベンチャーを育成する施設があるんですけど、そこに日系企業として初めて入れそうなんです。まず1カ月間ブートキャンプをして、マーケティングなどの専門家たちが、どのターゲット層にどういう形で販売していくかといった戦略を一緒になって考えてくれるものです。その結果を見て、米国に進出するのであればオフィスも格安で使わせてもらえます。
中東諸国では、家庭用でも大きな可能性があります。例えば日本の一般的な家だと、1軒当たりの蛇口はせいぜいキッチンと洗面所と風呂で2~3カ所しかありませんが、中東では10カ所以上の蛇口が当たり前にあります。そして、砂漠地域なので毎日洗車するんです。いまは水代に補助金が出ているのですが、いずれそれが全額カットになる。(節水には)大きなビジネスチャンスがあって、すでに現地でパートナーを見つけました。
うちの今の課題は、会社の急成長に対して全然組織が追いつかず、ボトルネックになっていることですね。
急成長で体制整備が課題に
斎藤:そうでしょうね。それだけ急成長していれば。
高野:マネジメントできる人間も少なくて、まだ組織体制もできていない。それこそ会社の就業規則も、今つくっているところです。
また、生産数が倍、倍と増えるにつれて品質が下がってきた。僕が工場に入って一緒にやれたときはいいんですけど、今となっては、それもできないので質が落ちてきたと。製品は性能には問題ないですし、品質は合格ラインにはあるんです。ただ開発した人間のこだわりとして、最高の物を提供したいという思いがあります。お客様が気付くか分からない程度の差ですが、そのラインに到達しづらくなってきた。
こういう状況になることはある程度想定していたので、昨年から海外の大規模工場で量産を始めています。日本から工場が進出している特区があって、そこにある技術レベルの高い工場ならばBubble90が生産できると判断して生産をお願いしました。実は、自社の工場以外に、東大阪でこの製品を作れるところはない。それくらい難しいものです。
斎藤:そうなんですね。ただ、海外生産となると技術を盗まれるリスクもあるのではないかと思います。その点は心配ないのでしょうか。
高野:まず、ものすごく強い特許で守られています。うちは昨年、特許庁の集中支援企業というものに選んでいただいていまして、特許庁から派遣された先生が毎月いらして、より強化したほうがよい点などを指導していただいています。
斎藤:加工機械のプログラミングデータを丸ごと盗まれてしまうとか、そういう心配はないんでしょうか。
高野:まず、うちの技術を盗むためには3つのハードルがあります。1つは先ほどお話した特許、知財対策のところですね。もう1つは相当ハイスペックな機械でなければ加工できないこと。そもそもそんなハイスペックな機械は、うちか大企業しか持っていません。そしてもう1つは、加工のプロが見てもどうやって削っているかが分からないということです。これは父親の職人としてのノウハウなんですが、同業他社がそれを見ても、どうやって加工しているかは分からないと思います。
息子と父の二人三脚
斎藤:なるほど、そこにもまさに技術が承継されていて、お父さんの匠の技がそこに生きている。
高野:そうなんです。だから、この製品は、ある意味、偶然が重なったというのもあるんですけど、新しいアイデアと、それをNC旋盤加工機にプログラミングする力と、父が培かった匠としてのノウハウがあって初めて完成したものなんです。
斎藤:なるほど。まさに親子二人三脚でこの製品ができているということですか。ますます今後の展開が楽しみですね。今日はありがとうございました。
(構成:藤野太一)
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