H-IIAロケット29号機の打ち上げ(2015年11月24日)、三菱重工業が初めて海外から受注した静止衛星の商業打ち上げだ(搭載しているのはカナダ・テレサット社の通信放送衛星「Telstar 12 VANTAGE」)。この打ち上げは、従来からのJAXA/三菱重工による打ち上げのスキームを使って行われたが、これまではそれ以外の会社組織が日本において打ち上げを行おうとした場合の法的な根拠がなかった(写真:松浦晋也)。
H-IIAロケット29号機の打ち上げ(2015年11月24日)、三菱重工業が初めて海外から受注した静止衛星の商業打ち上げだ(搭載しているのはカナダ・テレサット社の通信放送衛星「Telstar 12 VANTAGE」)。この打ち上げは、従来からのJAXA/三菱重工による打ち上げのスキームを使って行われたが、これまではそれ以外の会社組織が日本において打ち上げを行おうとした場合の法的な根拠がなかった(写真:松浦晋也)。

 現在開催中の第192回国会で、宇宙開発に関する2つの法案が可決、成立した。

 「人工衛星等の打上げ及び人工衛星の管理に関する法律案」と「 衛星リモートセンシング記録の適正な取扱いの確保に関する法律案」だ。このうち、「人工衛星等の打上げ及び人工衛星の管理に関する法律案」は「宇宙活動法」という仮称で、長い間検討されてきた(以下、宇宙活動法と記述する)。

 民間企業が本格的に宇宙におけるビジネスを展開するためには、「このようなことをすればビジネスができる」と法律で規定する必要がある。

 法律がなければ、やり放題ではあるが、逆に周囲から文句も付け放題となり、円滑かつ継続的なビジネスは難しい。「こうすれば、このような活動を行える」という法律を作ることで、民間の行う宇宙活動が正当なものだと、国が法的に保証しなくてはならない。

 日本は、2008年に宇宙基本法を施行し、宇宙開発に対する国としての態度を法律として明文化した。が、基本法は理念と基本体制を記述するものであって、具体的な個々の施策は別途法律を制定する必要がある。

 宇宙活動法が成立したことで、やっと打ち上げビジネスを日本で本格的に行う下地ができたわけである。

 が、問題点もまた大きい。宇宙活動法は「こうすれば、このようなことができる」といった、新規参入により産業を活発化する方向ではなく、「これこれをするにあたって、あれをしてはいけない、これをしてはいけない」という、国による事業の規制を主軸に起草されているのである。

法文に並ぶ許可の数々

 法案の具体的な条項を見ていこう。

 法律の目的は第1条で「我が国における人工衛星等の打上げ及び人工衛星の管理に係る許可に関する制度並びに人工衛星等の落下等により生ずる損害の賠償に関する制度を設けることにより、宇宙の開発及び利用に関する諸条約を的確かつ円滑に実施するとともに、公共の安全を確保し、あわせて、当該損害の被害者の保護を図り、もって国民生活の向上及び経済社会の発展に寄与すること」と定義している。

 つまり、この法の第一目的は「宇宙の開発及び利用に関する諸条約を的確かつ円滑に実施する」ことで、次が「公共の安全の確保」と「当該損害の被害者の保護」、経済社会の発展は3番目なのである。

 そのことを意識してか、第3条に「法律の施行に当たって産業の技術力及び国際競争力の強化を図るよう適切な配慮をする」と入っている。法の目的はあくまでも国の宇宙活動にあって、民間産業の発展は「国が配慮」するものなのだ。

 続く第4条以降は、ひたすら「許可」について、そして、その許可を得るにあたって国に提出する書類についてである。

「国内に所在し、又は日本国籍を有する船舶若しくは航空機に搭載された打上げ施設を用いて人工衛星等の打上げを行おうとする者は、その都度、内閣総理大臣の許可を受けなければならない。(第4条の1)」

「前項の許可を受けようとする者は、内閣府令で定めるところにより、次に掲げる事項を記載した申請書に内閣府令で定める書類を添えて、これを内閣総理大臣に提出しなければならない。(第4条の2)」

「内閣総理大臣は、申請により、人工衛星の打上げ用ロケットの設計について型式認定を行う。(第13条の1)」

「内閣総理大臣は、申請により、国内に所在し、又は日本国籍を有する船舶若しくは航空機に搭載された打上げ施設について、これを用いて行う人工衛星等の打上げに係る人工衛星の打上げ用ロケットの型式(その設計が第十三条第一項の型式認定又は外国認定を受けたものに限る。)ごとに、適合認定を行う。(第16条)」

「国内に所在する人工衛星管理設備を用いて人工衛星の管理を行おうとする者は、人工衛星ごとに、内閣総理大臣の許可を受けなければならない。(第20条)」

「内閣総理大臣は、第十三条第一項の型式認定を受けた人工衛星の打上げ用ロケットの設計がロケット安全基準に適合せず、又はロケット安全基準に適合しなくなるおそれがあると認めるときは、当該型式認定を受けた者に対し、ロケット安全基準に適合させるため、又はロケット安全基準に適合しなくなるおそれをなくするために必要な設計の変更を命ずることができる。(第33条)」

 ロケットそのもの、ロケットを打ち上げるための地上設備、打ち上げ前に衛星を整備するための施設――すべてについて内閣総理大臣の許可が必要となっている。許可の条件や許可を得るための書類の書式は、別途内閣府令で定めることになっている。総理がいちいち書類を審査する時間があるはずもなく、実際の作業は内閣府、つまり内閣府・宇宙開発戦略本部が担うことになる。つまり、この法律は「日本におけるロケット打ち上げのすべての許可権限を内閣府・宇宙開発戦略本部が持つ」という法律である。

古い護送船団方式を念頭に置いた法律の構造

 これは日本の官僚システムにおいて長い長い“歴史と伝統”を持つガバナンスの形態だ。内閣総理大臣という、選挙によって国民の信任を得た権力を表に立てつつ、実際には官僚が仕事を代行する。しかも、許可の条件や書式など、実際の手続きに関する部分は官庁が定めるところの府令・省令で決めることになっており、官僚の権限は非常に大きい。

 この仕組みの目的は、官民が緊密に一体となった産業構造、つまりは“護送船団”の構築だ。民間は許可が得られるかどうかが死活問題となるので、必然的に官庁の顔色をうかがうようになる。官庁は許可権限の手綱を閉めたり緩めたりして民間をコントロールし、適当なところで天下りの席を民間にそれとなく要求する。民間は、官庁側の内部の雰囲気を知りたいので官庁経験者を天下りとして受け入れる。

 こうした人の動きを通じて、民間と官庁との間に阿吽の呼吸で、物事に対応できる仕組みができあがり、国としては矛盾のない形で産業政策を進めることができるようになる。

 この仕組みは、ガバナンスに関する情報の流通が「人から人へ」の面談で伝達していた時代はうまく回った。

 しかし1980年代からの情報のデジタル化と、1990年代以降のインターネットの出現と普及により、より高速な意志決定と行動が可能になり、特に新興のベンチャー企業を中心に、意志決定の速度を武器とする経営戦略が一般化した。

 宇宙ビジネスももちろん例外ではない。米国のスペースXやブルー・オリジンを初めとした“ニュー・スペース”と呼ばれる21世紀に起業した宇宙ベンチャーは、例外なくIT技術を徹底活用し、高速意志決定を経営の基本としている。

IT技術で高速化する民間の意志決定についていくことができるか

 IT技術を活用した高速意志決定が当たり前となった世界に、許可権限を中心とした護送船団方式のための法律を制定する――ここで問題になるのは、「日本政府は本気で、世界の宇宙ビジネスにおいて勝つ気があるのか」ということである。

 宇宙ビジネスを成長させようとしている国は日本だけではない。欧米はもちろんのこと、中国でも宇宙ベンチャーが次々と誕生している(中国の管制室は"黒髪ふさふさ"2016年11月16日、参照)。また、イスラエルやインドやイラク、それどころかエジプトやトルコ、台湾、ドバイなど、宇宙に積極的な姿勢で取り組む国は増えており、いずれこれらの国でも宇宙ベンチャーが起業するだろう。これらの宇宙ベンチャーは、間違いなくスピード感のある意志決定で、急速な会社の成長を狙ってくる。そして激しい競争の中からごく一部が勝ち抜き、次の世代のスペースXと目されるようになるのだ。

 日本の宇宙ベンチャーはそのような環境の中に割って入り、戦っていかねばならない。

 そんな日本の宇宙ベンチャーの意志決定の速度を、何事にも政府の許可が必要な制度が邪魔をする可能性がある。「政府の許可が出てから」で、決断に時間がかかるようでは、他国のライバルに対して後れを取る。まして「言うことを聞かなければ、陰に日向に許可の引き延ばし」ということにでもなったら大変だ。決断の遅れから不利な立場に追い込まれ、結局市場から退場ということにもなりかねない。そして、日本の宇宙ベンチャーが育たなければ、そもそも「人工衛星等の打上げ及び人工衛星の管理に関する法律」を作った意味もなくなる。

 内閣府・宇宙開発戦略本部がネット時代以前と同じメンタリティで、「護送船団」を作るつもりで「人工衛星等の打上げ及び人工衛星の管理に関する法律」を運用すれば、大変効率的に日本の宇宙ベンチャーの芽を潰すことができるだろう。

民間との「利益重視」な密着関係を

 ともあれ法律はできてしまったので、この法律をうまく運用することで、日本は宇宙ビジネスの世界で勝ち抜いていくしかない。

 方法はある。

 中国の産業政策が「規制する側の官と規制される側の民が、人事的に癒着していて、その結果うまくはまると官民一体の迅速な意志決定を可能にしている」と評価されているのを思いだそう。中国大陸の長い歴史の中で、かの国の軍閥は常に一般人民からの搾取によって組織を回してきた。これに対抗するために毛沢東が採ったのが、人民解放軍を「必要な機能をすべて持つ組織」と規定すること。兵にとって食料が必要ならば人民解放軍は畑を持つし耕作もする。託児所が必要なら託児所を運営するし、老いた兵を世話する養老院だって経営する。

 その結果、鄧小平による経済改革が始まった時、まず企業経営に乗り出したのは各地の人民解放軍だった。官業から派生する形で民業が分離し、発展してきたため、人事的に両者は一体であり、よく言えば政策と経営方針が一体化した迅速な意志決定が可能になり、悪く言えば官民は“人”という要素を通じて癒着している。

 実のところ、かつての日本の護送船団方式の産業政策を支えた法と人事の構造は、現在の中国とかなり近い、天下りが官民の人をつなぎ、法の具体的な意図は府令・省令レベルに任されているので、柔軟に変更しうる。

 今の日本と中国が異なるのは、日本の場合はその仕組みがあくまで「官をトップとして整然と行動する護送船団方式の産業構造の構築と維持」に使われているのに対して、中国では「関係各人の利益の増大」のために使われているということだ。それが同時に中国の絶えることのない汚職の温床にもなっている。

 つまり、今回の宇宙活動法のもとで日本が宇宙産業を将来の基幹産業として伸ばしていくためには、汚職を防ぎつつ中国の方式を取り込めば良いということになる。

官は指導役ではなくサービス・プロバイダー

 具体的にどうすれば良いか。官が「民間を指導する/支配する」という意識を捨てて「官とは、民業を促進するためのサービス・プロバイダーである」という意識を持ち、行動するのだ。

 官がサービス・プロバイダーとして、民間のニーズを素早く察知し、顧客(すなわち民間宇宙ベンチャーの意志や意図)を先回りして察知し、顧客満足度を上げるべくサービス(すなわち宇宙活動法の具体的な運用)を向上させていけば、自ずと日本の宇宙ベンチャーは成長軌道に乗る。成長軌道に乗れば資金繰りも楽になり、資金的余裕が出ればさらなる成長を目指すことができるようになる。産業全体が成長すれば、1990年代初頭のバブル経済破裂以降、どうにも成長軌道に復帰できない日本経済に対する下支えともなるだろう。

 そのためには官の側の意識改革が必要になる。例えば、天下りを宇宙ベンチャーに送り込むのではなく、むしろ内閣府・宇宙開発戦略本部が、民間側のニーズを素早く把握するために民間ベンチャーの人材を受け入れる必要があるだろう。

 内閣府の人事には各官庁から内閣府への出向者の椅子の取り合いという側面があり、椅子のひとつを民間に回すのは容易なことではないだろうが、国際競争で海外の宇宙ベンチャーに勝ちたいのなら、ためらわず実行する必要がある。

 法律はできた。次はそれをいかに巧みに運用して、新たな成長産業という果実を得るかである。そのために「儲けたい人々」の知恵と行動力を借りるのだ。

■変更履歴
記事掲載当初、本文中で「内閣府・宇宙戦略室」としていましたが、正しくは「内閣府・宇宙開発戦略本部」です。お詫びして訂正します。本文は修正済みです [2016/12/12 14:00]
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