新入社員が一斉入社する4月が目前に迫った。が、今どきの若者の教育に手を焼く経営者や管理職は少なくない。ダスキンの加盟店業務の傍ら、600社以上に経営指導する「中小企業経営のカリスマ」こと、武蔵野(東京都小金井市)の小山昇社長も例外ではない。「ゆとり世代」の大量離職にあった苦い経験を振り返り、「今どきの若者の気質に『会社が合わせる』のが鉄則。間違っても、会社の都合に『若者を合わせさせよう』などと考えてはいけない」と、警鐘を鳴らす。ここ数年、新入社員を甘やかすかのような方向に舵を切ってきた、自社の人事施策とその効果、そして背後にある考え方を披露する。

 「いい人を選んで採用したい」「やる気のない社員には辞めてもらって、いい人と入れ替えたい」――それが、多くの経営者や人事担当者の本音でしょう。

 そして実際、その戦略が正しい時代もありました。

 しかし、悲しいかな、そんな贅沢を言っていられない時代が来てしまいました。

 今まさに、企業間の競争のルールが変わろうとしています。薄々気づいている人は多いと思いますが、あらためて確認しましょう。

 競争の基準が「売り上げの奪い合い」から、「人の奪い合い」にシフトしています。

 このうねりは、1980~90年代に、大量生産型の企業が衰退し、少量多品種生産の企業が伸びたことに比肩するほど、大きなものです。

 人手不足が原因で店舗を閉鎖したり、倒産したりする企業が話題になりました。私が経営指導をしている中小企業でも、受注できる仕事は山ほどあるのに、人手が足りないばかりに受注できないという悲鳴を聞きます。

 売り上げの確保より先に、人手確保に知恵を絞るべし。  ちゃんと働く人を一定数確保できれば、売り上げは後からついてくる。

 極端にいえば、それがこれからの企業経営の真理です。

ルール変更を、チャンスに変えよう

 社員との関係も、自ずと変わります。働きたい人がたくさんいて、企業が選べた時代は終わり、働き手が企業を選ぶ時代です。

 しかし、悲観することはありません。ゲームのルールが変わったからこそ、新しいルールにいち早く適応すれば、大逆転が可能です。

武蔵野の小山社長。ダスキンの加盟店業務を手掛ける傍ら、600社以上に経営指導するコンサルタントの顔も持つ(写真:栗原克己)
武蔵野の小山社長。ダスキンの加盟店業務を手掛ける傍ら、600社以上に経営指導するコンサルタントの顔も持つ(写真:栗原克己)

 その意味で、私が数年前に見学して、驚嘆した中小企業がありました。

 東大阪の物流会社なのですが、高卒の新卒を約50人採用して、辞めたのはわずか1、2人ほど。今どきの若者の気質を考えれば、驚異的な定着率で、地元の教育委員会が視察にきたそうです。

 その秘訣は2つありました。

 第1に、新入社員だけ始業時間を遅くしました。本来の始業は9時ですが、新入社員は当面10時に出勤すればいいとしたのです。社会人としての生活のリズムを作るまでの慣らし期間を作ってあげたというわけです。

 第2に、新入社員の指導係に、パートの女性社員たちを任命しました。これが大いに効果を上げました。

 なぜでしょうか。

 その答えを探るヒントとして、質問します。

 今どきの高校生が、まともに会話できる相手は誰か、皆さんには分かりますか。

「一緒にいる」けど、「会話」しない

 先生でも先輩でもなければ、友達でもありません。彼らは友達と「一緒にいる」としても、「会話」はしていません。友達とは、同じ場所を共有しながら、個別にゲームやLINEを楽しんでいるだけです。

 そして唯一、まともな会話を交わすのは、お母さんなのです。

 だから、新人の教育係には、お母さんのように優しいパートの女性社員がぴったりだったのです。

 この会社の取り組みに、新入社員をどこまで甘やかすのかと、あきれる人もいるかもしれません。

 しかし、現実を見据えれば、このレベルからスタートする若者をしっかり育て上げた企業こそが、これからの勝利者になるのです。この流通会社の新卒社員と同世代が、数年後には、大卒の新人として我が社にも入社してくるはず。私もこの会社から大いに学ばなくてはと、気持ちを引き締めました。

企業説明会に来場した学生に送る礼状。武蔵野では、内定した学生が入社前の研修の一環として手書きする(写真:鈴木愛子)
企業説明会に来場した学生に送る礼状。武蔵野では、内定した学生が入社前の研修の一環として手書きする(写真:鈴木愛子)

 というのも、そのころ私は、まさに新入社員の教育に悪戦苦闘していたのです。

 いわゆる「ゆとり教育」を受けた世代が、新入社員として入ってくるようになって数年後のこと。彼ら、彼女らの指導に手こずる経営者は多いですが、私もその例外ではありませんでした。

 そんな私に、偉そうなことを言われたくない。そう思われる方もいらっしゃるでしょうが、ただ一つだけ、強く訴えたいことがあります。

 今までの会社のやり方に、今どきの「若者を合わさせよう」とすると、必ず失敗します。  今どきの「若者に合わせる」形で、会社のやり方を変える。これが鉄則です。

 私の会社では3年前、新卒入社の社員16人のうち、約半数が入社1、2年で辞めてしまいました。新入社員の大量離職は久しぶりの経験で、驚くと同時に反省しました。

 それまでも薄々は感じていたのです。「ゆとり世代」と呼ばれる若者には、それ以前の世代にはないクセがある。この点を、自分がもっと突きつめて探っていれば、こんな事態にはならなかったはず。そう考えて、あらためて今どきの若者について、深く考察しました。

 何より顕著な特徴は、決断力の欠如です。インターネットにあふれる情報の多さに惑わされているのでしょうか。しかも、学校で学ぶべきことの量は減らされた世代です。情報量の多さに情報処理能力が追いつかず、決断を下せなくなってしまっているのではないか。そんな仮説が立てられます。

 そのなかで2つのタイプが生まれているように感じました。

 1つは、自分で決断できないから、他人に頼るタイプ。良く言えば、素直で従順。会社のカラーに染まりやすく、あまり辞めません。

 もう1つは、自主性を重んじる教育の影響なのか、「自分で決める」ことに、こだわるタイプです。この人たちは、会社のカラーに染まることを潔しとせず、辞職しやすい。特に、私たち武蔵野のように、社風が明確な会社ほど危険です。今から思えば、辞めた新入社員は皆、こちらのタイプでした。

自分で決めたいくせに、自分で決められない……

 このタイプの若者が厄介なのは、自分で決めたい意欲が強い割に、自分の頭でゼロから考えるのは苦手な人が多いことです。

 彼ら、彼女らにとって理想的なのは、選択肢を示してもらうことです。例えば、上司が「君に任せる仕事には、2つのやり方がある。Aという方法は、難しいけれど、高い成果を期待できる。一方、Bという方法は、比較的優しいけれど、ずば抜けた成果は望めない」という具合です。そこで「Aにします」と答えて、自分で「決める」と、非常にモチベーションが上がります。

 だからといって、そこで放置してはダメです。

 「じゃあ、実際にAでやれるように、具体的な計画をつくろうね」と、上司や先輩が声を掛け、一緒につくる。  さらに、「自分でAと決めたのだから、ちゃんとやろうね」と、実行状況を随時チェックし、フォローする。

 ここまでやってあげるとやっと動き出す。きめ細やかな対応が不可欠です。

 「そんな七面倒なこと、やっていられるかっ!」と思われる読者もいるかもしれません。

 しかし、今どきの若者の気質は、経営者1人、企業1社の力で、どうにかできるものではありません。まして我々は中小企業。こちらが合わせるしかないのです。

 私は、そう覚悟を決めて、新入社員の教育方法の改革に乗り出しました。

 まず、新入社員全員に、マンツーマンの「お世話係」の先輩をつけました。以前から「チューター」はいましたが、何人かを1人がまとめて見る体制で、十分に目が行き届いていませんでした。そこで一人ひとりを、よりきめ細かく見られるようにしたのです。

 さらに、それぞれの新入社員が「自分で決める」ことにこだわるタイプかどうかを、適性検査で調べました。そして、こだわるタイプには、先ほど説明したような、選択肢を与えて選ばせる指導をするよう、管理職や「お世話係」の先輩に命じました。

 この改革は、成果を上げました。昨年の新入社員、亀田匠海(たくみ)は、営業成績を競うキャンペーンで並みいる先輩を押さえて1位になりました。この亀田も、自分で決めたいタイプ。3年前なら、辞めていたはずの社員です。

 どうやら、ゆとり世代には、上の世代にはないポテンシャルがあるようです。育て方のツボを押さえれば、ぐんと伸びます。そのツボを探るべく、全国の経営者、そして、人事担当者の皆さん、ともに頑張りましょう。

昨年行われた武蔵野の内定者研修で、公衆トイレを掃除。最初は恐々と掃除を始めた学生たちだが、徐々にテンションがアップ。大いに盛り上がって終わった(撮影:栗原克己)
昨年行われた武蔵野の内定者研修で、公衆トイレを掃除。最初は恐々と掃除を始めた学生たちだが、徐々にテンションがアップ。大いに盛り上がって終わった(撮影:栗原克己)

(構成:小野田鶴)

本コラムで独自の若手育成論を披露した、武蔵野の小山社長が、若手社員向けに社会人の心得を説いた著書『会社脳の鍛え方』。4月に入社する新入社員向けのテキストとしても好適です。書店でお手に取るなり、アマゾンの「なか見!検索」にて、一度、ご覧になっていただければ幸いです。

    【主な内容】
  • 第1章 あなたは失敗するために社会に出ました
  • 第2章 会社は仕事をするところではありません
  • 第3章 あなたはいま、無我夢中で働くべき時期です
  • 第4章 ほんの小さな心掛けがあなたを「仕事ができる人」にします。
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