円高の是正が定着し、製造基盤の海外流出には一定の歯止めがかかっている。ただ、国内市場だけではジリ貧になるのは目に見えていることもあって、中小企業の海外進出ブームは続いている。政府も5年間で、1万社の海外展開という目標を掲げ、支援している。
では、既に海外に進出している中小企業は、現地で事業を展開する中でどのようなカベにぶつかっているのか。中国やタイに進出した中小企業向けに各種情報や調査サービスを提供する、FNA(ファクトリー・ネット・アジア)グループの井上直樹CEO(最高経営責任者)に聞いた。(聞き手は熊野 信一郎)
政府は成長戦略の一環で、中小企業の海外進出を促進しようとしています。有力な進出先はどこになるでしょうか。
井上:製造業の海外進出数は圧倒的に中国とタイのツートップが多く、それはこれからも続くと思います。確かに「チャイナ・プラスワン」や「タイ・プラスワン」の動きによって、インドネシアやベトナムへの進出も増えています。ただ、中小のモノ作り企業の場合、部材メーカーやメンテナンスなどの支援企業なしには活動できません。今後も、中国とタイが現実的な進出先の圧倒的上位であり続けるでしょう。
現地での競争も激しくなっています。進出済みの企業はどのようなことで悩んでいるのでしょうか。
井上:『中小企業白書』などの多くの調査では、「販売先の確保」や「現地人材の確保」などが定番の優先課題として挙げられています。そうした外部の市場環境や競争環境よりも、実際の問題は企業の内側にあることが多いのではないでしょうか。組織のあり方や経営体制に弱点があり、それによって製品のポテンシャルを十分に発揮できていないケースが多くあるように思います。
中小企業の場合、人材が不足し、本社との連携が不足している傾向にあります。大企業の現地法人のように、ゼネラルマネジャーのような存在がいないことがその原因です。駐在員として最初に現地に送り込まれるのは、多くの場合、生産系の人材となります。マネジメントの経験が不足しているので、財務や調達、人事などの管理の優先順位がどうしても下がってしまい、場合によっては事故につながってしまうこともあります。
事業を伸ばしていくためには、現地発信型の戦略立案も必要となります。ただ、それを担う現地トップにそうした経験がないのですから、難しいのは当たり前です。こうした問題を、解決の糸口が明確にならないままにずるずると引きずっている企業が少なくありません。
それでは、現地での事業を成長させることは難しくなりますね。
井上:中国やタイの市場が伸びている間は、荒削りな経営でもある程度は成長軌道を描くことができました。ですから、こうした組織の問題は放置されてきたという側面はあります。ただ、今は中国もタイも市場が踊り場を迎え、競争も激化しています。これまでのように成長を前提とした戦略では、競争に勝つのは難しくなってきています。精度の高い経営なくして競争力を高めることはできません。逆に言えば、今のうちに体制を立て直しておけば、次に市場環境が回復した時に、機敏に動くことができるはずです。
海外「ミニ本社」の限界
現状、進出企業の弱点はどこにありそうですか
井上:私どもは、中国とタイに拠点を持つ会員企業それぞれ50社にアンケートを実施しました。会社の機能別に、現地化の度合いを聞いてみたのです。例えば調達や生産の部門では、現地のリーダーにより適切に運営されている割合が高くなりました。つまり、現地化に成功しているわけです。その反対に、セールス面では特定の人物に頼っていたり、設計・開発業務は日本からの指導で動いているなど、企業の弱点になっていることがよく分かります。
機能によって現地化の習熟度が大きく差が出る傾向は、中国とタイで同じでした。ということは、地域的な特性でもなければ、進出からの時間によって生じている問題でもないということを意味しており、放っておけばいつまでたっても同じ問題を抱えていることになります。それは同時に、これから進出する企業も高い確率で直面するということです。
なぜ機能ごとに差が出るのでしょうか。
井上:先ほども述べたように、どうしても現地のマネジメントが生産系の人材に偏っていることもあります。より根本的な問題としては、日本の本社にその原因があると考えるべきでしょう。本社が抱える組織としての弱点が、海外で表面化しているとも言えると思います。
ですから、これから進出を考えている企業は、本社の業務プロセスを見直して、どの部分を日本に残したり、現地との連携を深めたりするかなどのプロセス別の具体的対策が必要です。我々もこれまでは進出企業に対して市場の情報提供や情報発信支援のみを手がけてきましたが、新たな取り組みとして経営コンサルティング会社のアットストリームと提携し、進出前の中小企業の海外展開支援を強化しようと考えています。
本社で、どこから手を付けるべきなのでしょうか。
井上:まず取り組むべきは、本社の業務プロセスの可視化です。中小企業では、個々の業務フローが曖昧になっていることが多いのが現実です。それでも、日本国内であれば従来と同じようなやり方で仕事をしていればある程度は対応できるので、大きな問題になりません。
ただ、新しい顧客や取引先を開拓しなければならない海外展開では、個々の業務のプロセスをきちんと定義し、可視化しておく必要があります。それがなければ、実際にスタッフを雇って教育することも難しいですし、海外でビジネスを拡大する上での大きな阻害要因となってしまいます。
ですから、進出前に本社を変えることが必要になってきます。例えば、広島に本社を置く自動車向けの精密部品メーカーの住野工業のように、初の海外進出が決まったことで本社の業務プロセスを洗い出した事例も出てきています。そうすることで、海外では未経験の受注から生産、在庫管理や原価管理まで、進出当初から業務フローを確立し、短期間で事業を立ち上げることに成功しました。こうした取り組みは、海外展開のためだけではなく、本社の競争力の底上げにもつながるはずです。
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