「今年こそは英語をものにするぞ」と、2017年の年頭に目標を立てたビジネスパーソンは少なくないのではないか。しかし今年もすでに1カ月近くが経ち、英語学習の継続がすでに怪しくなっている読者の方もいるのでは…。
そんなビジネスパーソンに参考になるのが、ソフトバンク勤務時代に20代で社長室長となり、1年で英語が話せるようになったという経験を基に、“1年英語マスタープログラム”「トライズ」を事業展開するトライオン社長、三木雄信氏の体験だ。
英語が話せなかったにも関わらず、孫正義社長と海外企業との交渉に同行して、「ナスダック・ジャパン」などのプロジェクト立ち上げにかかわる必要があり、超スピードで英語をものにしたという。その秘訣はどこにあったのか、三木氏に話を聞いた。
(聞き手は、柳生譲治)
孫社長から「英語はできるか?」と聞かれ…

三菱地所を経て、1998年にソフトバンクに入社。2000年に27歳で社長室長に就任。孫正義氏の下で、「ナスダック・ジャパン市場開設」「Yahoo! BB事業立ち上げ」などを担当する。英会話は大の苦手だったが、ソフトバンク入社後に猛勉強し、仕事に必要な英語だけを集中的に学習する独自のやり方で「英語で交渉できるレベル」にわずか1年で到達。2006年にジャパン・フラッグシップ・プロジェクトを設立し、社長兼CEOに就任。同年、子会社のトライオンを設立し、2013年に英会話スクール事業に進出。2015年には1年で英語をマスターするプログラム『TORAIZ(トライズ)』を開始し、英語教育を根本から変えていくことを目指している。『【新書版】海外経験ゼロでも仕事が忙しくても「英語は1年」でマスターできる』など著書多数。
20代半ばでソフトバンクに転職し、「ナスダック・ジャパン」や米ヤフーなどとの交渉に同行するようになったとき、英語がまったく話せなかったと聞きました。
三木:英語とはまったく関係のない分野の不動産会社から縁あってソフトバンクに転職し、ほどなくして孫正義さんの海外企業との交渉に同行しました。入社のときに孫正義さんから「三木君、英語はできるか?」と聞かれて、つい「日常会話くらいなら…」と答えてしまったのですが、この安易なひとことが自分の首を絞めることになりました(笑)。
元々、大学を卒業して就職するときも完全な国内志向でしたし、実際には英語などまったく話すことはできなかったのです。孫社長の海外出張に同行すると、自分が議事録係を仰せつかりましたが、そもそも英語が聞き取れないので地獄の苦しみを味わいました。
米ヤフーの創業者のジェリー・ヤンさんや、初代CEOティム・クーグルさんなどが出席するミーティングに出ても、私はひと言も発することができません。私がずっと黙っているのを見て、クーグルさんには「こいつは、なんなんだ」と呆れられてしまう始末でした。私は「最速で英語を身につけねばクビになる」と切羽詰まりました。
孫さんの英語を聞いて「できるかも」
学生時代ならともかく、おそらく超多忙の毎日だったことと思います。英語を勉強する時間を捻出するのは大変だったのでは。
三木:当時は孫社長の下で、ナスダック・ジャパンの立ち上げや日本債券信用銀行(現在のあおぞら銀行)の買収など、いくつもの大きな案件に携わっていた頃だったので、確かに仕事は目の回るような忙しさでした。夜ふけに家に帰り、さらに家でも持ち帰った仕事をするという日もしばしばでした。なので、時間は限られていました。
しかし、私にとって心強かったのは、ソフトバンクに入社して仕事をしながら英語を使えるようになったという先輩たちが周りにたくさんいたことでした。ヤフーの前社長の井上雅博さんや、現在ソフトバンクグループの副社長を務めていらっしゃる宮内謙さんも、入社してから英語を話せるようになったそうです。
そして何よりも自分の不安を払拭してくれたのは、孫正義社長ご自身の英語でした。ユーチューブで孫社長が英語を話している動画を探して、聞いていただくとわかりますが、難しい単語は使わず、話すスピードもゆっくりです。孫社長が使っている英単語を分析したこともあるのですが、大半が中学や高校で習う単語で、そのほかは例えばIT系などの専門用語が入るくらいです。
それでも、世界中の大物と一歩も引くことなく、英語で話し合いをし、米アップルの社長だったスティーブ・ジョブズ氏に代表されるような超大物たちを説得してきたのです。英語を学ぼうという人は最初に一度、孫さんの英語を聞いた方がいいと思います。
(ここで孫正義さんが英語を話している動画をスマホで見る)
投資した時間と労力の効果を最大化する
なるほど、日本人にも聞き取りやすい英語ですね。
三木:それはつまり、かなり日本語なまりの英語だということです(笑)。私は孫さんの英語を聞きながら、「流暢に話す必要はないのだ」「限られた表現を覚えればいいのだ」ということを理解しました。読者の方々も、孫社長の英語をロールモデルにすれば、「自分にもできるかも」「なんとかなりそうだ」と思えるのではないかと思います。
とはいえ、私の場合、英語に割ける時間も労力も限られていましたから、その中でいかに効率的に英語を学ぶかを考えると、自然な流れで、“ソフトバンク流仕事術”を英語学習に適用したような勉強法になりました。というのは、つまり──自分の「ゴール」を再認識して、そのゴールに到達するために効果が最大限に上がる勉強を最優先にするということです。優先順位を大胆につけるわけです。
「ROI英語勉強法」と言ってもいいかもしれません。ROI(Return On Investment)とは、投資した資本に対して得られる利益の割合のことですよね。自分に必要な英語はどんな英語かを突き詰め、そして、自分の目標を達成するために成果の上がる勉強に集中する。そうではない勉強は省略するということです。
ゴールを設定し、何を捨てるかを決める
「ゴール」とはなんでしょう。
三木:その当時の自分としては、「交渉で負けない英語力を1年で絶対身につける」ということがゴールでした。その頃の私の仕事は、孫社長が交渉相手の方と大枠の条件を決めた後、その枠の中の細部を詰めていくことだったからです。
具体的にどういう勉強を捨てて、どういう勉強に集中したのでしょう。
三木:例えば、英語のリーディングやライティング、発音の矯正、単語学習(暗記)などはとりあえずやらないと決めました。もし必要になれば、その都度、対策を取ればいいと割り切ったのです。
そして、スピーキングとヒアリングを集中的に鍛えることに決めました。交渉力で負けない英語を身につけるには、スピーキングとヒアリングが何よりも欠かせないからです。
一方、自分を含めて日本人の多くはリーディングはある程度できますし、面と向かって対応する必要のないライティングは、スピーキングやヒアリングに比べて、“手抜き”ができるだろうという計算がありました。“手抜き”とは例えば、あらかじめ用意しておいた英文メールのひな形集を使い回すといったことですね。
教材は「ウォール街」と薄い本に絞り込む
スピーキングやヒアリングを学ぶために、具体的にどのような教材を使ったのですか。
三木:多くの教材を学ぶ時間はありません。教材は絞り込みました。まず、楽しさがなければ続かないですから、映画のビデオとその音声を録音したテープ、その映画の英文シナリオ。そして、英語で交渉する時に使うフレーズをまとめた薄い本一冊だけに教材を絞り、それらに集中しました。
英語力がついてから参考にした教材はほかにもありますが、基本的には1本の映画と、交渉フレーズの薄い本の学習だけで、1年後にはビジネスの交渉で誰にも負けない英語力を身につけることができました。
私の場合、外資系の投資銀行と交渉したりする機会が増えていたため、金融業界が舞台の「ウォール街」のビデオを見るとともに、ビデオの音声が録音されたテープを繰り返し聞きました。出てくる用語がまさに自分が必要とする専門用語だったので最適でした。参考になる交渉シーンも満載だったのです。
さらに、「ウォール街」の音声を単に聞くだけではなく、フォーインという会社が出版している「スクリーンプレイ」という英語シナリオのシリーズから出ていた「ウォール街」のシナリオの英文のセリフと、耳から聞こえる音声とを一つひとつ、丁寧につけ合わせていきました。
たまたま、私は「ウォール街」でしたが、これから同様の勉強をしたいという方なら、自分の仕事内容と近い世界の映画を教材にするのが一番よいと思います。スクリーンプレイでは、たくさんの名画の英文シナリオがラインナップされています。
「シャドーイング」に集中、音声が聞こえるように
映画を見るだけで、英語が聞けるようになるわけではないのですね?
三木:漫然と映画の音声を聞くだけではダメです。音声と英文とをつけあわせて、脳内の回路をひもづけ直す作業が必要です。音声を聞いたら、正確に聞き取れたかどうかをテキスト(英文シナリオ)で確認し、すべて聞き取れていなければ再度音声を聞く。正しく聞き取れるようになるまで、この作業を粘り強く繰り返すことが重要なのです。
例えば、「local」という英単語を日本人は「ロー・カ・ル」と発音しますが、実際にはどちらかというと「ロコ」に近い。「talk about」はリエゾンという現象により「k」と「a」が連結し、さらに最後の「t」の音は消失する。「トーカバウ」のように聞こえます。そのように、音声と単語の結びつけの回路を再構築して、一つひとつ体で覚えていく作業を継続することがとても大切です。
音声を体で覚えるために、とりわけ、「シャドーイング(聞こえてくる音を、少し遅れて追いかけながら口に出す練習法)」を集中して行いました。コツコツとその作業を続けていると、ある日突然、一気に英語の聞き取りができるようになる「テイクオフ」という瞬間がやってきます。
思考錯誤をしながら英語を学んで分かったのは、「シャドーイング」はスピーキングのためのトレーニングではなくて、英語の音声を聞けるようになるためのトレーニングだということでした。耳から聞き取れなかったものは口に出して再現できません。シャドーイングをすると音声に、より集中するようになります。一つひとつのフレーズごとにシャドーイングをして、聞き取れない部分があればその部分に戻る。シナリオのテキストで英文を確認したら、再度、同じフレーズの音声をシャドーイングする。その繰り返しです。シャドーイングを繰り返していくと、不思議と英語の音声が聞き取れるようになっていました。
私は通勤時間や移動時間などに、ぶつぶつ口に出してシャドーイングをするのが常でした。トレーニングを始めるまでネイティブの話す英語がまったくわからず青ざめていた自分でさえ、たった半年ほどでビジネス英語の聞き取りにはほぼ困らないレベルになりました。「シャドーイング」は絶対におすすめです。ヒアリング力が必ずアップします。
単語力は「The Oxford 3000」で十分
ビジネスシーンではさまざまな専門用語も飛び交いますよね。単語力の向上は必要ないのでしょうか。
三木:基本的な英語としては、オックスフォード大学出版局で、日常会話でよく使われる3000語の基本的な語彙をリストアップした「The Oxford 3000」が分かれば十分です。ウェブサイトで公開されています。
孫社長のスピーチの90%以上はここに掲載された単語でカバーされています。ちなみに、米国大統領になったドナルド・トランプ氏の語彙を調べたこともありますが、やはり決して多くはなく、スピーチの約88%が「The Oxford 3000」の単語で占められていました。もともとネイティブのひとたちが普段使っている単語の大半は、日本の中学で学ぶような単語なのです。私は、この3000語を覚えていれば、ビジネス上の基本的な語彙はほぼ問題ないと思っています。
一方、使うことが想定される専門用語については、A4の紙1枚にあらかじめまとめておくことをお勧めします。「専門用語シート」と私は呼んでいるのですが、必要なときにそれを見ながら話せばいい。社長室長になった翌年、やはり20代で自分は「品質管理本部長」になり、ヤフーBB用の通信機器について台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業と交渉することになりました。それまで主に担当していた金融分野とはまったく異なる世界です。しかし、そうなったら、品質管理に関する英語の本を探してきて、その単語をA4に抜き出しておけばいいのです。
同時に、交渉時には自分の言いたいポイントを簡単にまとめた、やはりA4サイズの「メモ書き」も用意していました。そのA4のメモを先方に渡し、メモに沿って話をすれば確実に相手に伝わりますし、少なくとも大きな失敗は避けられます。とりわけ数字はメモにキチンと書く。英語に不慣れな日本人が数字を言うと、ケタを間違いやすいので。そうしたメモを渡したうえで、強く言うべきところでは、必要に応じガンガン机をたたいたりして交渉していました(笑)。
大きな声で話すことも、英語の場合とくに大切なのです。ふだんの声が大きい人の方が英語をマスターするのが間違いなく速いです。
言い回しは、一つだけ覚える
イディオム(熟語)など表現力を上げるための勉強はいかがでしょう。
三木:私はイディオムも覚えませんでした。イディオムはたいていほかの単語で言い換えることができるためです。例えば「take part in」(参加する)なら、「join」と言えば済みます。
ほかにも、英語の教材で、同じことを伝えるために数パターンの言い回しが書いてあることがありますが、そういう場合は一番丁寧な言い方だけ覚えて、その言い方ひとつだけで押します。ネイティブはこういう言い方をするなどと書いてあったりしますが、ネイティブのように話すことが私のゴールではありませんでした。ビジネス上の英語では、あくまで言いたいことが伝われば十分なのです。
英語学習は挫折する人が多いです。モチベーションを維持するために必要なことはなんでしょう。
「VERSANT」と勉強仲間の存在でモチベーションを維持
三木:私が今運営している英語学校「TORAIZ(トライズ)」で勧めているのが、「VERSANT(ヴァーサント)」と呼ばれるリスニング・スピーキングを重視した測定テスト。有料(1回:5400円)ですが、24時間、電話でどこででも受けられます。できれば月に1回くらい受けて英語力を数値化してみると、自分の英語力が伸びていることがわかり、モチベーションが上がること請け合いです。スポーツの練習で記録を取るようなものです。こうして数字ですべて管理するというのも、ソフトバンク流ですね。
ただし、やはりスポーツと同じで、トレーニングを繰り返していても、なかなか成果が出ない時期が誰にでも必ず来ます。それは自然なこととして、理解しておいた方がいいです。でも、それこそが爆発的に英語力が伸びるための準備期間。そこで諦めたり悩んだりせずにコツコツと勉強を続けてほしいと思います。
もう一つ重要なのは、勉強仲間の存在です。社内の同僚や、英語学校に通っている方ならその仲間が最適でしょう。励まし合っていける存在はとても重要です。競い合う仲間がいないと、三日坊主に終わってしまいがちです。
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