11月9日、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチン任意接種を受けてきた。新型コロナワクチンの接種は計8回となる。接種したのは新しいタイプのレプリコンワクチンである「コスタイベ」(メーカーはMeiji Seikaファルマ)。反ワクチン論者が激烈に拒否反応を示したので話題になっているが、色々資料を読んで、デメリットよりもメリットのほうが大きいと判断した。

 レプリコンワクチンというのは、mRNAワクチンの一種。mRNAワクチンに、mRNA自体を複製する酵素(の設計図)が含まれるmRNAワクチンのことだ。といっても、そもそも「mRNAワクチンって何?」という方もおられるだろうから、ごくごくかいつまんで解説しよう。すでにご存じの方、興味がない方は次のページへ飛ばしてください。

ざっくり、mRNAワクチン

 細胞の中では、遺伝子として書き込まれた情報に基づいてタンパク質がつくられる。遺伝情報は細胞の核内のDNAという物質が保持している。一方、タンパク質がつくられるのは、細胞内のリボソームという別の場所だ。DNAからリボソームへと「こういうタンパク質をつくる」という設計図を運搬する物質がmRNA(メッセンジャーRNA)だ。

 一方、人体の免疫は、ウイルス表面のスパイクタンパク質などを認識し、ウイルスを攻撃する抗体を作成する。事前に「これがスパイクタンパク質だ」と免疫に教えておけば、ウイルスが人体に侵入してきた時に素早くウイルスを撃退できる。ワクチンの基本原理である。

 免疫に「これがスパイクタンパク質だ」と教えるには、体内にスパイクタンパク質を入れるという難関がある。かつてはヒトの病気の原因となるウイルスと似ているけれど、ヒトでは病気を起こさないような、別の動物が感染する病気のウイルスを人体に植え付けたり、薬品で不活性化した――つまり増殖しないようにした――ウイルスを直接注射したりと、様々な方法が試された。

 ウイルスの粒子は多種多様なタンパク質を含んでいる。新型コロナワクチンでは免疫をつけるのに必要なのはスパイクタンパク質だけだ。その他のタンパク質が入ると、何かの拍子に人体に悪さをしないとも限らない。できれば、純粋なスパイクタンパク質だけを人体に注入して免疫をつけさせたい。

 そこでmRNAだ。スパイクタンパク質だけをつくるように設計したmRNAを細胞内のリボソームに送り込む。するとリボソームはmRNAに書き込まれた設計図に従ってスパイクタンパク質を製造し、そのスパイクタンパク質を使って免疫は学習してウイルスの侵入に備える――これがmRNAワクチンである。

 mRNAワクチンでは、体に入れるのはスパイクタンパク質そのものではなく、mRNAの設計図のみ。人体に直接スパイクタンパク質をつくらせて、免疫をつけるわけだ。体内で生成するのは間違いなくスパイクタンパク質のみなので安全性が高い。しかも、mRNAは非常に壊れやすい物質なので、用が済めばきれいに消える。この点でも安全性は高い。

 が、その壊れやすいmRNAをどうやって体細胞内部まで届けるかとか、そもそも人体の仕組みをそんな風に利用して本当に健康に害はないのか、mRNAが不安定すぎてすぐに壊れてしまう、とか色々な問題があって、なかなか実用化できなかった。

 それが新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)のタイミングで実用化に成功。新しい方式のワクチンなので、当初は専門家の間でも安全性に対する懸念の声があったが、大規模な臨床試験で安全性を確認して実用化にこぎつけた。しかも全世界的に大規模な接種を行った結果、一層強力に安全性も確認されることとなった。

 そのmRNAワクチンにmRNA自体を複製する酵素の設計図を追加したのがレプリコンワクチンだ。酵素の設計図を追加することで、1回の接種に必要なmRNAそのものの量が減る。体内でmRNAが、(mRNAの情報から作られた)酵素によって増幅するからだ。また、体内でmRNAを生成するので、より自然な過程でタンパク質が作られ、さらに増幅させる分、細胞内で比較的長く免疫を刺激する。結果として、獲得した免疫が長く続くことが期待できる。もちろん人体の細胞は代謝(※)をしているので、酵素も注射されたmRNAも増幅したmRNAも、いずれは消えて後には残らない。

代謝:体内で物質を変化させる化学反応のこと。酸素の吸収、栄養分の消化やエネルギーへの転換、骨、筋肉などの生成、修復、不要な老廃物の体外への排出(最終的には二酸化炭素や尿素などになって出ていく)などが含まれる。

 レプリコンワクチンもまた、そんなにうまくいくものかとか、何か悪いこと(副反応)が起きるのではないかという懸念を乗り越えて、臨床試験を経て安全性が確認され、日本においてはこの秋の接種から実用化された。

 レプリコンワクチンに対する反対の意見を見ていくと、「体内でmRNAが増殖する」というところに懸念を感じているようである。反ワクチン論者は、「レプリコンワクチンを接種した者の体内でmRNAが無限に増殖し、そこから発生したウイルスや有害な物質が体外に出て、周囲の人を感染させる。シェディング(伝播)という現象だ」などと主張。真に受けた飲食店や、マッサージサロンなどが、レプリコンワクチン接種者の入店を拒否する張り紙を出すという騒ぎになった。

 昔そんなアニメ映画を見たな、と記憶を探る。3編の短編で構成されるオムニバス映画「MEMORIES」(1995年)だ。その2番目の短編「最臭兵器」(岡村天斎監督)が、そんな話だった。

 とある地方に立地する製薬会社の研究所。一人の研究員が、ちょっとした手違いで会社で開発中の薬を服用してしまう。その薬は軍事用に開発されていたもので、体からひどい臭気が発するように服用者の体質をつくり変えてしまう効果があった。

 彼に近づく者は、あまりの臭気に悶絶(もんぜつ)・昏倒(こんとう)して倒れてしまう。誰も彼を倒すことも救うこともできない。強くなる一方の臭気に被害は拡大し、ついに政府は研究員を殺害して事態を収拾しようとする。殺されてたまるか、と東京へと向かう研究員――。

 「最臭兵器」は基本的にドタバタギャグ映画で、オチも「それはなかろ」と言いたいヒドい(ほめ言葉)ものだったが、今回のレプリコンワクチンを巡る騒動が、まんま重なる。

 子どもが、うっかり犬のウンチを踏んだ子を「えんがちょ」と言って避けるみたいな話だ。その意味では、大人の感性というのは子どもの時からいくらも進歩せず、そのまま一生続くものなのかもしれない。それにしても、ワクチンに対する忌避が「えんがちょ」に至るというのは、大人といってもいいかげん情けない存在なのだな、としみじみ感じる。

こんなしょうもないウソがなぜ広がるのか

 前に書いた通り、新型コロナウイルス感染症のパンデミックは終わるどころか、社会に感染症がどっかりと居座ってしまったまま、5年が過ぎてしまった(「峰先生に聞く『2024年、マスクはすべきかいらないか』」)。

 私は、健康な人生を全うしたければ、継続的に年に1~2回ワクチン接種を受けるしかない、と判断している。今後もワクチン接種を定期的に続けるつもりだ。

 しかし「レプリコンワクチン接種者の体からウイルスが発散して、周囲の者を感染させるシェディングという現象」なんて、一体どこからそんな話が出て来たものやら、と考え、YouTube(ユーチューブ)の存在に行き当たる。

 試しにYouTubeで「シェディング」を検索すると、うわあっ、関連動画が出てくる出てくる……。

 とりあえず、再生回数の多い順に見ていったが、実にみんな勝手なことを言っている。「シェディングというような現象はない」とまともな解説をする医師もいれば、シェディングの存在を前提に「シェディングの治療法」を説く自称医師もいる。「シェディング被害とはこんなものだ!」というような動画もあれば、地方自治体関係者らしきアカウントが「シェディングの被害に注意喚起」というような動画をアップしていたりもする。

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