日本国内で、あたかも中国のような集会が開かれている。高級ホテルで行われる、在日中国人による春節パーティー。子どもの発表会で上映される「国威発揚」のビデオ。本国と見紛(まが)うこの光景には、違和感を覚えるという在日中国人も少なくない。そんな日本人が知らない在日中国人の日常を、日経プレミアシリーズ『日本のなかの中国』(中島恵著)から抜粋・再構成してお届けする。

バックに中国政府、メイン席は8万円

 2024年1月下旬。都内の高級ホテルの大宴会場で、在日中国人による春節パーティーが盛大に開催された。

 参加した知人女性はこう話す。

 「中国では春節前夜の大みそか(中国語で除夕=チューシー)、日本の紅白歌合戦のようなテレビの特別番組『春節連歓晩会』(略称は『春晩』=チュンワン)が放送されます。多くの中国人は一家でこの番組を見るのですが、このパーティーは日本版のリアル『春晩』ですね。さまざまな出し物があり、とても豪華。ふだんは会えない有名人にも会えて、一緒に写真を撮ることができ、友だちにも自慢できます」

 事前に告知があったので、私も直播(=ジーボー:生中継)で覗(のぞ)いてみた。SNSで見るだけなら無料だ。

 午後5時半の開始時刻には300人程度しか中継を見ていなかったが、1時間後には3000人を超していた。

 舞台上では合唱、バレエ、雑技、内モンゴルの楽器である馬頭琴の演奏、朝鮮族の舞踊など20以上の演目が3時間以上にわたって披露された。日本で活躍する歌手、中国から招待された演奏家などに加え、都内の音楽教室に通う在日中国人の子どもたちも出演した。

 カメラは、舞台の目の前に設置された、横長で大きなメインテーブルに座る賓客も捉えていた。確認した限り、日本の首相経験者などの政治家、日中友好団体の代表、中国政府関係者、中国系企業の社長、日本の大学の教授など、在日中国人の間で名前が知られる大物ばかりだった。

 このパーティーから1カ月ほど経ったある日、ある中国人がやや声をひそめて、こんな話をしてくれた。

 「知っていますか。あのメインテーブルは、一人8万円もするんですよ。日本の有名人も出席しますが、多くが招待客。中国人でメインテーブルに座れるのは、有名企業の社長というだけでなく、中国政府の覚えがめでたい人、中国政府に貢献している人です」

 この中国人はメインテーブルの後方、一人1万5000円の円卓に座ったことがあるといい、その後、パーティーの主催団体が23年に発行した創立20周年記念の本を郵送してくれた。

 フルカラーで全255ページ、A3サイズくらいの大型本で、約2キロもあり、片手では持てないほど。目次のあと、駐日中国大使などの祝辞に続き、団体の20年間の記録、中国各地の日本同郷会などの紹介があった。

 この本を読めば、団体や企業をはじめ在日中国人にまつわるコミュニティーの概要がだいたいわかるといっていい。前述の中国人はいう。

 「東京に何年も住む中国人で、同郷会など複数のグループに入っていたら、この団体の存在は知っているはずで、おそらくパーティーにも行ったことがあると思います。この団体に参加できることは名誉で光栄なことだと思って、積極的に参加する人もいます。何といっても、バックに中国政府がついていますからね」

 その話しぶりから、何か「含み」があるように感じたが、その日、それ以上深く聞くことはできなかった。

偉い人を偉そうに見せる、どこかで見た光景

 別の日、別の中国人と雑談しているとき、再びこの団体の話題になった。その人はこんな話をした。

 「私もこの団体の別のイベントに参加したことがありますが、政府寄りであることは否定できません。そういえば、一度とても驚いたことがあります。イベントが始まる前、記念写真撮影のリハーサルを行ったのですが、団体の代表と大使館の人が中央に立つので、他の参加者は周囲に立つようにと指示されたのです。

 写真撮影のとき、カメラマンが指示するならわかりますが、わざわざリハーサルをさせられるんですよ。細かい立ち位置の調整のために、私たちは10分以上も立ちっぱなし。偉い人を、より偉く見せるため、私たちはその引き立て役でした。この光景、どこかで見たことがあるなと思ったら、それは中国と北朝鮮でした」

 私は半信半疑だった。色がついた団体なのかと想像したが、自分が信頼する知り合いもイベントに参加している。在日中国人団体として規模が大きいという以外、コミュニティーの中に入っていない私には、具体的なイメージが沸かなかった。

 しかし、24年の2月上旬、SNSの告知で知った、ある団体が主催する在日中国人の子どもの発表会を見に行き、彼らが話していた状況が少し理解できた。

 その発表会は都内のホールを貸し切って、平日の午後に行われた。少し早く会場に着くと、出演者の保護者や親戚などがすでに入場し、受付には在日中国系企業や団体から贈られた花が多数並べられていた。

 ホールに入ってみると、座席は3分の1ほどしか埋まっていなかった。見た限り、日本人の姿は確認できず、中国人の親子連れがほとんどだった。

 やや後方に座り周囲を見渡していると、近くの席に座る2組の親子の日本語の会話が聞こえてきた。親は中国なまりが強いが、小学校低学年くらいの子どもたちはネイティブだ。子ども同士は学校の話をしていたが、親同士の会話は中国語だった。

 プログラムは高級ホテルのイベントと同じく、舞踊、ミュージカル、合唱、京劇など。参加団体は在日中国人向けの芸術団などで、中国人の子どもが習い事をしている組織だった。

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