前回、日本経済が成長の新しいけん引役を生み出せていない現状を書きました。もちろんスタートアップをめぐる環境や実績はここ数年で日本もだいぶ進歩しています。優秀な若者が起業するケースも増えています。地方からも有力なベンチャー企業が生まれるようになりました。ただ、まだまだ世界との差は大きい。2020年におけるスタートアップ企業の調達額は、米国では17兆円に上りました。一方、日本はその30分の1以下の約4500億円です。ユニコーンの数も日本は米国より二桁少ない、欧米諸国や中国、韓国と比べても見劣りします。差は大きく、そして拡大しています。

ディー・エヌ・エー(DeNA)会長の南場智子氏(写真:的野弘路)
ディー・エヌ・エー(DeNA)会長の南場智子氏(写真:的野弘路)

起業家も企業規模も10倍に

 5年以内にこのエコシステム全体の規模感と成功事例を10倍にしていくくらいの気合が必要です。ユニコーン数も10倍、トップ企業の規模(企業価値)も10倍、そのためには裾野も10倍。スタートアップエコシステムの全てのKPI(重要業績評価指標)を10倍に成長させることをビジョンとして広く共有すべきと考えています。変化のスピードも10倍。10日後にやることは明日やる覚悟です。

 そのために解決しなければならない課題はいくつもあります。

  • まだまだ足りない起業家たち
  • レイターステージを支える規模感の投資家/VC
  • 世界を目指さず小さい成功に向きがちな、早期上場を促す仕組みの解消
  • 起業家フレンドリーな法制度や慣習の構築
  • 既得権益を守る規制の撤廃

 まずは「人」の話から始めましょう。特にお金余り的な現象が起きている現状では、一番の課題は質の高い起業家の数です。起業する人、そこに集まる人、助ける人など、スタートアップのエコシステムに入り込んで躍動する人たちをどうやったら10倍にできるのか。ここは実は大企業(官庁含む)が貢献できることが大きい領域だと考えています。

 ひとつの特効薬は、新卒一括採用の撤廃です。優秀な若者の起業が増えてきた、と書きましたが、トップティアの学生たちの大部分はいまだに大企業(官庁含む)に吸い込まれていきます。そして大半がスタートアップとは縁遠いキャリアを全うして終わります。もったいない。親や親戚が喜び、友達にドヤ顔もでき、安定して良い収入を得られる(と思っている)大企業に将来幹部候補となる確率の高いメインストリーマーとして入社するのは、卒業時のほぼワンチャンスしかないのだから仕方ありません。

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沈みゆくタイタニックで特等席を争うな

 こうして大企業に飲み込まれ、その会社独特の仕事の進め方を身につけていきます。何かに気づいても会社を離れる勇気が出ず、組織内での昇進争いに精を出す人も多いでしょう。前回書いた日本の大企業の凋落を考えると、こういった個人の行動パターンは沈みゆくタイタニックで特等席を争っているように思えます。

 日本の教育は「間違えない達人」の量産システムであり、幼児期から誰かが決めた答えを言い当てる教育を受けます。決められたレールの上を上手に速く走る訓練です。進路などの大きな選択も、世間一般に重視される指標である偏差値をもとに決めていきます。そういった環境で成功してきた優秀層にとって、レールから外れるのはとても怖い。まして一度外れると二度と戻れない可能性が高いならなおさらです。

「寄り道プレミアム」をつけよう

 教育の問題は大きく、その改革も提唱したいが、それを待っていると10倍速では変われません。間違えたくない若者たちも安心してレールから外れられるよう、いつでもレールに戻れる環境を意識的につくることが有効です。新卒一括採用を通年採用にすればそれでよいのではなく、大学から大企業や官庁というレールのつながりを一旦切り離し、卒業から3カ月後でも、1年後でも3年後でも10年後でも、中途で入った人材が等しく社内のメインストリームで活躍するチャンスがある、という社会を大企業の協力を得てつくっていく。寄り道歓迎、むしろ寄り道プレミアムをつけてもよいと思います。

 学生たちは、卒業と同時に友達と起業する、あるいは先輩のスタートアップに参加してみる、あるいは日本の教育でほとんど醸成されない職業観を得るために大小様々な企業でインターンをしてもよいでしょう。世界を放浪してもいい。せっかく好奇心と吸収力が極めて高くリスクも取れる年代です。一度レールからすっかり解放されて経験を広げ、自分の限界にも挑戦してみる。そのあとやっぱり大企業に入りたいなら、ビジョンに共感できるところを探してドアをノックし、普通に入社試験や面接を受けられる。どのタイミングで入社しても等しく実績次第で幹部を目指せる。そういった社会にしていくべきだと考えます。

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