日米韓3カ国の首脳が8月、安全保障協力について協議を進めると決めた。「協力」という表現は耳に心地よい。けれども、日韓の間で国益の対立が生じるのは必至だ。中でも、朝鮮半島有事における在韓邦人の退避と、在日米軍基地の使用は火種となりかねない。この対立を乗り越えるカギが2つある。

日米韓の3カ国は同じ方向を向いて歩き続けられるか(写真:AP/アフロ)
日米韓の3カ国は同じ方向を向いて歩き続けられるか(写真:AP/アフロ)

 日米韓3カ国の首脳が8月18日、米ワシントン近郊の山荘「キャンプデービッド」に集まり、首脳会談に臨んだ。その成果の主柱は安全保障協力。首脳共同声明で「日米同盟と米韓同盟の間の戦略的連携を強化し、日米韓の安全保障協力を新たな高みへと引き上げる」と合意した。

 この合意を実現するための手段の1つが「協議」だ。「我々の共通の利益及び安全保障に影響を及ぼす地域の挑戦、挑発及び脅威」に連携して対応すべく「三か国の政府が相互に迅速な形で協議することにコミット」した。この方針を世界に示すべく、首脳共同声明とは独立の成果文書をわざわざ作成した。

 3カ国の政府は、安全保障協力の具体的取り組みとして、(1)3カ国軍事演習や(2)弾道ミサイル防衛(BMD)、(3)北朝鮮のサイバー活動に対抗する取り組みを挙げる。いずれも、喫緊の課題であり、3カ国の協力は日本にポジティブな効果をもたらす印象がある。

 だが、朝鮮半島有事や台湾有事の懸念が高まる今日の地域情勢を鑑みれば、「日米韓の安全保障協力を新たな高みへと引き上げる」には、これら3つの取り組みにとどまることなく、さらに先についても「協議」する必要が生じる。この点は想像に難くない。

 そして、「さらに先」に関する協議は、日本にポジティブな効果だけをもたらすものではない恐れがある。自国が攻撃目標となるのを、日本が覚悟しなければならない事態も協議のテーマとなり得る。日韓の間で国益の対立があらわになる恐れがある。

弾薬や戦闘機の部品を韓国に供給

 日米韓の3カ国が連携して対応すべき大きな課題として朝鮮半島有事と台湾有事が想定される。ここでは、朝鮮半島有事をにらんでどのような連携が協議の議題になり得るかを考える。

 まずは、防衛装備品の韓国への供給だろう。例えば弾薬だ。「自衛隊が使う89式5.56㎜小銃は北大西洋条約機構(NATO)仕様の弾薬を使う。韓国軍も同じ仕様の弾薬を使用するので融通できる」(地経学研究所の尾上定正シニアフェロー兼国際安全保障秩序グループ長)。

 現代の戦争において、弾薬はいくらあっても十分ではない。ロシアによるウクライナ侵攻をめぐる報道は、ロシア、ウクライナともに弾薬不足に苦しむ状況を伝える。よって、自衛隊と韓国軍の間で物品役務相互提供協定(ACSA)を締結し、平時から弾薬をやりとりできるようにしておくことが考えられる。日本は既に、米国のほか、英国・オーストラリア・カナダ・フランスとACSAを結んでいる。

 さらに朝鮮半島有事の際には、重要影響事態を認定して、後方支援活動の一環として韓国に弾薬を提供することが考えられる。重要影響事態とは「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態」。後方支援活動とは、水・燃料・食事などの補給、人員や物品の輸送、修理・整備、医療、通信の提供などを指す。従来は、後方支援活動を提供する相手は米国だけで、弾薬は提供の対象外であったが、2015年の安保法制整備に伴い、対象が広がった。

 弾薬に加えて、米戦闘機F-15やF-16の部品を韓国に提供することも考えられる。F-15は日韓がともに運用している。日本では三菱重工業が米ボーイングとライセンス契約を結び国内で生産している。日本はF-15に搭載するF100エンジンの部品を米国に移転した実績がある。

 また日本は、F-16をベースに日米共同で改造開発したF-2を運用している。この2つの戦闘機には共通部分が数多くある。F-2開発で培った技術を生かし、F-16用の部品を作って韓国に供給することも考えられるだろう。

 ちなみに、韓国の安全保障政策に詳しい、キヤノングローバル戦略研究所の伊藤弘太郎主任研究員によると、韓国の防衛産業もF-15の部品を製造し米国に納めている。V-22オスプレイの部品を製造し米ボーイングに納めてもいる。日本の陸上自衛隊が使用するオスプレイにも韓国製の部品が組み込まれている。

 戦闘機の部品に関する取り組みは、米国企業とのライセンス契約や日本の防衛装備品移転三原則との兼ね合いなど、解決すべき問題もあろうが、それらをクリアし供給体制を築くことはできるだろう。自衛隊と韓国軍の間で信頼を醸成する機会にもなるし、日本の防衛産業の事業拡大にも資する。

尾上定正(おうえ・さだまさ)
尾上定正(おうえ・さだまさ)
地経学研究所シニアフェロー兼国際安全保障秩序グループ長。1959年生まれ。元空将。1982年に防衛大学校を卒業し、航空自衛隊に入隊。 統合幕僚監部防衛計画部長、航空自衛隊幹部学校長、北部航空方面隊司令官、航空自衛隊補給本部長などを歴任し、2017年に退官。著書に『台湾有事と日本の安全保障』など

 しかし実は、こうした防衛装備品の移転は、日本に「覚悟」を求める協力だ。北朝鮮が韓国に侵攻し朝鮮半島有事となれば、「日本が取るこれらの行動を元に北朝鮮が日本を敵国と見なす恐れがある。日本企業の工場や、戦闘機の部品を格納する航空自衛隊の基地が北朝鮮の攻撃目標となりかねない」(前出の尾上氏)。

基地使用を許せば北朝鮮の攻撃目標に

 さらに大きな覚悟を求められるのは、日本にある基地の使用をめぐる協議だ。北朝鮮が韓国に侵攻すれば、まずは米韓連合軍が対処する。米韓連合軍は韓国軍と在韓米軍から構成されるもので、在韓米軍司令官が司令官となる。

 米韓連合軍の兵たんの拠点となるのは、米軍が使用する日本の基地だ。日米安全保障条約の第6条に基づく。

日米安全保障条約 第6条

日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。

 同条は旧安保条約から引き継いだもの。もともと朝鮮半島有事と台湾有事を想定して設けられたと条項といわれる。

 ただし、米軍は日本の基地を無条件に使用できるわけではない。1960年に同条約を改定する際、日本は第6条に基づく基地の使用に留保を付けた。

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