間伐しようと音頭を取っても「経費の持ち出しがあるから」と林家(山林所有者)は動かず、「儲からないから」と林家が地べたごと山を売りたがる。おまけに、植林放棄は増えるばかり。これでは日本の森林が破壊されてしまうと、間伐などの費用を100%補助する定額補助が創設され、このほど成立した2009年度大型補正予算では、ついに1238億円(*1)が追加された。間伐対策から木材加工に至るまで、ほぼフルセット規格の予算になっている。
(*1)すべて定額補助ではなく、一部、定率補助(1/2)も混じっている。
当面は税金による山林整備でしのぐとしても、公的投資は無尽蔵ではない。大盤振る舞いはいつまでも続かない。日本の林業は間伐のその先を見据えるべきだ。
植林し、間伐し、50~60年後に皆伐し、また植林する――という日本型の林業モデルは、逼迫した木材需要を背景に、戦後の一時期にのみ成立し得た産業形態だった。
人件費が世界一となった今、これまでのような小規模集約的なモデルを官の力で繰り返そうというのは、非効率だし、かなり危険と言える。なぜならば、膨大な予算をあと何十年もつぎ込み続けなければならないからだ。それよりも、今、日本の林業は合理的な政策に発展すべき絶好のタイミングを迎えていることに目を向けるべきだ。
二束三文の日本の山林を狙う外資
足元だけを見れば、林業はこれまでにないくらいの関心を集めている。農業や林業への視線は熱く、林業は雇用対策としてブームにさえなっている。
山林に対する買い需要も一部で根強い。例えば、住友林業は今後1年間で、社有林を4万から5万ヘクタールに増やす計画だ。1ヘクタールの買い取り価格は20万円。坪単価は70円と驚くほど安い。木材流通のプロフェッショナルである企業も、物件を厳選しながら買い進めている。これら林業プロたちは今が底値と見ているのだろう。新興の不動産業者も参入している。条件が悪い山なら、さらに買い叩く。
はっきりとした狙いは分からないが、「海外資本が水源林を狙っている」という噂も絶えない。二束三文の値しかつかない日本の山林を外資が狙っているというのだ。すでに、三重県の大台町や長野県の天龍村では、中国資本が山林を購入しに来た、という動きや噂があったと新聞各紙が報道している。
一方、半ばファッションのように、林業が扱われるケースも増えた。「東京湾埋立地をみどりの山に! 木を植えよう、里山を再生しよう!」――。このようなスローガンがあちこちで叫ばれている。里山の再生や森林を守ることに反対する人など、そもそもいない。だから、引退間近の芸能人や知識人が森づくりにすり寄ってくる。林業にかかわってきた者として、林業が脚光を浴びることは喜ばしい限りではある。しかし、ブームはブームでしかない。林業現場の実態は、お寒い限りなのである。
200万円投資して、100万円の手取りしかない
林業利回りとは、林業に投下した資本がどれくらいの利益をもたらすものかを表す指標だが、今はもうない。平成6年。林業利回りが林業白書から消えた。それはなぜか。これまで辛うじてプラスで利回りが表記できたのだが、とうとう算出数字がマイナスになってしまったからだ。
現在の日本林業のコスト内訳を見てみよう。
スギの場合、苗木は1本当たり約100円だから、1ヘクタール当たり3000本で30万円。それが50年後に成林し、1ヘクタール当たり1000本の森になる。3000本の苗を植え、間伐(まびき)をして最終的には1000本にまで減らすということだ。50年生の立木の1本の価格を約1000円とすると、1ヘクタール当たり100万円。それが2009年現在のわが国の平均的な山林所有者の手取りと見込まれる。
一方、その50年間、山への投資は欠かせない。苗木代30万円に加え、整地作業30万円、植林20万円、下刈60万円、除伐20万円、路網や森林の管理40万円の合計約200万円が総投資額となる。金利は含まず投資額だけの単純合計だ。これに対する伐採時の立木の販売収入が前述の100万円なのだ。
50年間、梅雨・台風災害に遭うかもしれないし、野生獣害を被るかもしれない。いくら補助金が入るとはいえ、経営体として考えた時、リスキーでかなり厳しい。これは特異なケースではなく、平均的なスギの試算モデルなのである。
農業政策については、いろいろと論争があるが、こと森林政策については、異論は聞こえてこない。もちろん間伐は必要だし、それが地球温暖化対策に役立つという。それはそれで異論はない。
しかし、「拡大造林で増やした人工林すべてが産業・林業として可能性がある。だから今まで通りの林業を再生させよう! 林業の未来は明るい。同じ森林補助体系をこれからも繰り返そう」――この言説には無理がある。通常、ペイしない経済活動を私たちは産業とは呼ばない。産業としての林業はもう土俵を割りかけている。
実際、このような現状の中、土地ごと山を手放したがる林家は増えている。林業に未来が見えず、山里に夢と実業が見込めないからと、ムラを離れる林家が引きも切らない。一部マスコミは、林業の明るさだけを強調するが、そもそも対GNP比0.07%に満たない林業に過大な期待は禁物だ。パチンコ産業の市場規模は30兆円。林業はそのほぼ100分の1でしかない。
国際的には、日本林業はコスト面で太刀打ちできていない。世界最高のコストをかけているものの、木材は国際商品であり、国際価格のため、林家にとっての販売収入が増えることはない。
業が業として成り立たないため、森林の管理が疎かになり、山が荒れ始めている。
大分県ではついに、皆伐された山の6割が植林放棄となった。植えた後に要するコストを林家は用意できない。これを100%近い高率補助でしのごうとしても、負のスパイラルが始まる恐れがある。このままではツケは未来に及び、孫子が悲しむ。あと30年間も続けて今と同じような森への潤沢な公共投資を続けられるのか。その保証はどこにもない。
2009年度補正予算のような国家出動は、そうたびたびできるものではない。視界不良の日本林業。進むべき針路はいったいどんな方向だろうか。
なぜドイツの林業は今なお健在なのか
それを考える前に、ドイツの森を見てみよう。ドイツの森には、日本の10倍の林道が入っている。1ヘクタール当たり50メートルになる。これらの林道は1960年代までの人口増加期に大規模に建設された。この林道インフラという強みを持つため、200年の歴史を持つドイツ林業は今なお健在だ。現在、2~3サイクル目(*2)に入っている。
(*2)林業のサイクルは、植林~下刈り~間伐~伐採で一巡する。 1サイクルは数十~100年程度で、ドイツではこのサイクルをすでに2~3巡させている。日本は大半が1巡目だ。
森林情報もきちんとしている。林地の一筆ごとの境界情報を「軍」の情報管理部門が一元的に管理する。ドイツにとって山岳地帯は国境だから、戦略的な傾斜地対策が農業とともに実践され、林業用機械もその観点で発達していった。
林道網が行き届き、どこに何がどれだけあるかの森林情報がシステマチックに管理される。要は、在庫管理とロジスティックが徹底されており、これらが伐採、搬出、販売に力を発揮している。
対する日本はどうか。
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