国内需要の拡大が難しくなる中、企業として成長するためには、新興国をはじめとする成長市場をターゲットとするしかない。このため多くの企業が海外に新しい拠点を設けている。ただし、海外工場の立ち上げは簡単にはうまくいかないし、また立ち上げたとしても利益を生み出すには苦労が伴う。海外進出支援を多くの企業で行っている高橋功吉・ジェムコ日本経営取締役に、失敗しない海外工場の立ち上げ方法などについて聞いた。

(聞き手は木村 知史)

高橋 功吉(たかはし・こうきち)氏
ジェムコ日本経営 取締役グローバル事業担当。大手家電メーカーにて、海外経営責任者等の要職を歴任後、ジェムコ日本経営に入社。2007年執行役員、2011年6月より取締役。上場企業経営トップ及びボードメンバーへの顧問型経営支援はじめ、グローバル戦略の構築から、製造現場の現場力向上、品質革新など、経営全般にわたり幅広く活躍している。実践に裏打ちされた「わかりやすい」コンサルティングが身上。(写真:的野 弘路)

多くの日本の製造業が、東南アジアをはじめとして海外拠点を設けようとしています。海外進出支援のコンサルタント業務を行っているジェムコ日本経営にも、多くの相談があるのではないでしょうか。

高橋:そうですね。確実に増えています。日本の需要が増えない中、成長しようとすれば、企業はグローバルで何とかやらざるを得ない状況に来ている。それが一気に加速しているという感じを受けています。問題なのは、慌てて海外拠点を設けようとしているからなのでしょうか。最初の立ち上げを失敗しているケースが非常に多いのです。

御社がコンサルに入っている企業にも多いのでしょうか?

高橋:我々が最初からコンサルを引き受けていれば、それはないように気を付けます。立ち上げに失敗している会社って報道を見ると分かるのですよ。例えば、上場企業が「インドに進出します。こういった内容で資本金はこれだけです」と報道するじゃないですか。その企業が、立ち上げたばかりなのに、増資しますと報道する。さらなる業務の拡大を目指してなどの理由で。これって明らかに資金がショートしたから増資したんですよ。まさか立ち上げを失敗したから増資した、とは言えませんけどね。こういった例って、結構多いんですよ。

量産初日に計画100%の良品生産を死守せよ

 立ち上げに失敗したら、その現地工場が利益を出すどころか、いつまでたっても足を引っ張るようになる。日本でもダメ、海外でもダメ、となってしまい打つ手がないですよね。

 だから私は海外において新工場を作る時、量産をいつと決めたら、その初日に100%生産計画通りに良品を作ることを死守するように指導します。ここが狂ったら、たちまち資金までが回らなくなるからなんです。

 もし量産の日に立ち上がらなかったとしましょう。すでに従業員を雇っているし、部品だって購入している。売り上げだけがないんです。入金はなくて支払いだけが予定通りに来る。当然資金はショートしますよね。とすると、資本金を増やすか、お金を借りるしかない。現地の金融事情などでお金を借りるのが嫌となると、親会社に頼るしかない。そうなると、親子ローンにするか、増資とするか。株主に説明する意味でも、さっきのような報道となるわけです。

もちろん工場稼働までに起きるいろいろな工程を想定し、そのうえで資本金も確保すると思うのですが。

高橋:それが結構甘いんです。立ち上げまでのスケジュールを明確にするのは当たり前。ただ、そのプロジェクトで、事前にどんな検討をしておかないといけないのか、何が必要となるか、どんな問題が想定されてどこに時間がかってどこにお金がかかるのか、その見積もりが極めて甘いんです。実際、投資の内容だけでなく運転資金の見方や創業時の費用として入れておくべき事項が抜けているということも散見されます。

 ここでは、計画通りの予算で、計画通りの生産を立ち上げるために重要な検討視点を大きく分けて三つお話しましょう。まず一つ目は生産システムをちゃんと現地に合わせて構築できているかどうか。例えば、こんな話があります。日本でうまく稼働している生産ラインがあった。搬送系などを含めて多くが自動化されているラインです。そのラインが日本ではちゃんと稼働しているから、そのまま海外に持っていって、同じようなラインを構築した。我々からすれば、そんな発想はまずしないのだけど。

自動化ラインを甘くみるな

自動化ラインだったら人のスキルに左右されないのでうまくいくんじゃないんですか。

高橋:自動化ラインをうまく稼働させるには、何が必要だと思いますか。優れたメンテナンス要員です。生産技術力がなければ、自動化ラインなんて宝の持ち腐れ。案の定、そのラインは動かなくなった。メンテナンスがしっかりとできていないのだから、ラインのあちこちでトラブルが発生して生産どころの話じゃない。生産技術の基礎がないところに自動化ラインを構築してはいけないんです。

 私が指導する場合、生産形態にもよりますが、搬送系の自動化は採算性の視点からも本当に必要かを確認します。いくら搬送しても付加価値は増えないばかりか搬送設備がストップすることで加工設備までストップしていたのでは話になりません。生産形態上、自動化しなくてはいけない場合もありますが、台車に載せてそれを人手で運べるのであればそれでもいいんです。メンテナンス要員の育成もできていない中で、無理に自動化すれば、トラブルの原因が増えると共にコストもかかりますから。

自動化を甘く見るなということですね。

高橋:もう一つの例を挙げましょう。ある企業では日本のモノ作りを推進する本部のようなものがあって、その指導のもと日本では全部セル生産にしている。そしてグローバルでのモノ作りにおいても、セル生産を標準にするという方針で、日本の技術者が海外に出向いて指導したんですよ。

 それをタイの工場でも実践しようとした。このセル生産の方式は実によくできているんです。部品が一台単位でトレイに詰められて各セルに届けられる。各セルでは作業者が一人で部品を組み立てていき、最終製品まで完成させるというものです。

 ところがうまく生産ができなかったんです。その理由はというと、人の入れ替わり。タイでは人が定着せず、頻繁に入れ替わるんです。タイ工場ではちゃんとトレーニングルームまで作られていました。きちんとトレーニングができるようになっているんですけど、教育する以上に人がどんどん入れ替わる。結局のところ一人で組み立てられるようなスキルを持てるところまでトレーニングができた頃には人がやめてしまい、生産ができなくなったんです。

 そこで、コンベヤ方式に変えさせました。指導した弊社のコンサルタントは、日本においてはセル生産の指導もするなど、セル生産のよいところも悪いところも熟知している。だから、タイの実情を鑑みて、この方式でやるのは難しいと判断したんです。それよりも従来のコンベヤ方式にして、ラインバランスをうまく調整した方が生産性が上がると。

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