安倍晋三政権が成長戦略の中で、日本のこれからの成長産業として期待を寄せる医療産業。だが、その主要なプレーヤーである日本の製薬会社は新薬の欠乏症に陥り、グローバルな競争力を低下させ続けている。
こうした事態を招いた原因は何か。どうすれば新薬欠乏症から抜け出し、再び成長軌道に乗ることができるのか。現在も製薬大手エーザイの主力製品である「アリセプト」。この世界で最初のアルツハイマー型認知症治療薬を開発し、今も自ら設立した創薬ベンチャーのファルマエイトで認知症の根本治療薬の開発に挑んでいる杉本八郎・同志社大学教授に、日本の製薬業界の課題とその処方箋について聞いた。
(聞き手は中野目 純一)
医療産業が日本のこれからの成長産業として注目される中、その主要な担い手と期待されている国内の製薬会社は、なかなか新薬を出せずに苦しんでいます。閉塞感が広がり、製薬会社が自ら新薬を開発することはもはや困難とあきらめムードさえ漂っているような印象を受けます。
杉本:創薬における現在の潮流の1つはオープンイノベーションです。具体的には、すべてを自社で行うのではなく、大学やベンチャー企業などが創出した新薬のシーズ(種)を導入する、臨床試験においても社外のCRO(医薬品開発業務受託機関)などを利用するというように、社外の成果を取り入れたり、協力を求めたりすることが主流になってきています。
ですから、自前主義にこだわることはよくないのですが、一方で自主開発をあきらめてしまうのは問題だと思います。そうした風潮が出てきた理由には、もちろん自主開発によって新薬を出すことができていないことがありますが、それだけではない。2000年代の半ばに相次いだ国内製薬企業のM&A(合併・買収)が成果を上げていないことも大きいと見ています。
「これから新薬を創出するには年間1000億円以上の研究開発費が必要だ」という見方が当時広まり、それが1つのきっかけとなって、いくつかの会社が合併に踏み切りました。だが、国内の大手同士が合併しても年間の研究開発費は1000億円になかなか届かない。そして実際に新薬も出てこない。
ですが、年間の研究開発費が1000億円以上なければ、新薬を開発できないというのは幻想です。
例えば、世界最大手のファイザーは年間1兆円ぐらいの研究開発費を約10年にわたって投入しましたが、自社では1つも新薬を出すことはできませんでした。その間に同社が発売した新薬は、すべて買収した会社のものです。
こうした状況を見て、「欧米の巨大製薬企業でも新薬の開発に成功していない。もはや製薬会社が自力で薬を創り出す時代ではなくなった」と思って、自社開発を半ばあきらめ、欧米勢に倣ってベンチャー企業から新薬のシーズを導入し始めました。
ですが、ベンチャー企業が新薬のシーズを創り出しているということは、新薬の創出と企業の規模には相関関係はないということです。
実際、私がエーザイで最初に手がけた新薬である血圧降下剤「デタントール」は、1人で開発しました。アリセプトを生んだアルツハイマー型認知症治療薬の開発も、最初はわずか3人でスタートしました。
結局は新薬を生み出すのは、研究開発費の規模ではなく、熱意と根性なのです。知恵を出せば、桶狭間の戦いにおいて2000人の兵で2万5000人の今川軍を破ったといわれる織田信長のように、規模で劣っていても勝利をものにできる。日本の製薬企業で社長を務められている方々には、「やる前から勝負をあきらめるな」と申し上げたいですね。
国が創薬ベンチャー向けファンドを作るのも一案
確かに、ベンチャー企業の方が新薬の創出に向いているのであれば、国内の製薬企業が自社の研究開発部門を細かく分割して、いくつものベンチャー企業的なグループからなる形にしてもいいはずです。しかし、そうしたことはせずに、海外の創薬ベンチャーから新薬のシーズを買う方向にもっぱら動いているようです。
杉本:そう。欧米のベンチャーからはシーズを買うけど、国内のベンチャーからは買わない。中には有望なシーズを持っているところもあるのに…。ここには欧米勢のまねをする舶来主義がまだ強く残っています。
日本のベンチャーを巡ってもう1つ問題なのは、「日本のバイオベンチャーはもうダメだ」と思って、ベンチャーキャピタルが投資をしないので、研究開発の資金を確保することが困難になっている点です。そもそも新薬の開発には15年くらいかかるので、ベンチャーキャピタルの投資サイクルとは合わないのかもしれない。彼らが投資してからリターンを回収するまでの期間は大体5年くらいでしょう。
となると、国が創薬ベンチャーだけを対象としたロングレンジのベンチャーキャピタルを設けるべきなのかもしれない。安倍首相が真剣に製薬を成長産業にしたいと考えているのであれば、国内の創薬ベンチャーを対象としたファンドを国で組成してもいい。そうしたものができれば、状況は大きく変わるでしょう。
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