国内市場の成熟が進む中、今後、欧米や新興国に主戦場をシフトしていかざるを得ない日本企業。当然、そこで働く個人も「スキルの国際化」が急務となりつつある。グローバル対応が求められるのは語学力のみならず。「日本人の9割は欧米の常識に反する間違ったファッション知識を持っており、国際交渉の場や海外人脈を作る上でハンディになりかねない」と危惧しているのが、松屋銀座の紳士服バイヤー、宮崎俊一氏だ。宮崎氏に「ビジネスファッションの国際常識」について話を聞いた。
(聞き手は鈴木 信行)

1965年北海道生まれ。1989年株式会社松屋入社。96年より紳士服バイヤーとして活躍。大学やビジネススクールでファッションビジネスの講師を務めるほか、セミナー活動なども展開中。著書に『成功する男のファッションの秘訣60』(講談社)など(写真:鈴木愛子)
著書や講演会などで「日本人の9割は間違ったスーツ選びをしている」と主張されている。具体的にどの辺りに問題があるのでしょう。
宮崎:最も顕著なのはサイズ感。多くの人が自分の体型よりワンサイズ大きなスーツを着てしまっている。肩幅が狭いとかお腹が出ているとか自分の体型にコンプレックスを持つ人ほど、それを隠そうと大き目の服を選びがち。だが、そこが根本的な誤解なんです。
本来、スーツというのは、適正なサイズを選びさえすれば、その人の体型の弱点をしっかりカバーしてくれるアイテム。スーツ選び次第で、辛いダイエットなどしなくても、その日から5kg痩せて見せることすら可能になる。逆にサイズが合わないと、ますますコンプレックスに感じている部分が強調されかねません。
裾を長くしても足は長く見えない
例えば。
宮崎:例えばズボンの裾。自分の足が短いのではと気にしている人ほど裾を長くしようとするが、そんなことをすれば足の短さをより際立たせてしまう。本当に足を長く見せたければ、くるぶしぐらいまで裾を上げた方がすっきり見える。にもかかわらず、足を長く見せたいあまり、「忠臣蔵の“殿中でござる”」みたいな人もいる。
忠臣蔵? デンチュウ? ……ああ、なるほど。確かに「松の廊下」で浅野内匠頭が吉良上野介に斬り付けた時は、相当に裾が長かった気がする。それこそくるぶし程度ならもっとフットワークも軽快で、あるいは撃ち損じなかったかも。
宮崎:まあ忠臣蔵は1つの例えですが、そのぐらい、足を長く見せたいなら裾を上げた方がいいという話です。
でも、本当にそうでしょうか。いい年をした会社員のズボンの裾が短いと、子供っぽいというか俗に言う“とっちゃん坊や”みたいになりそうな気がする。実際、出版業界では「夏場は、取材がない日はTシャツにショートパンツ」という出で立ちの者も珍しくないが、特に足が長くは見えません。
宮崎:いや裾を上げろと言うのはあくまでスーツの話で、足を露出すればという話ではない。そもそもTシャツにショートパンツなど、国際基準で言えば、ビジネスパーソンとして有り得ない格好です。
Tシャツと言えば、著書で「40歳を過ぎた人が着るアイテムではない」とも主張されています。
宮崎:Tシャツはスーツとは逆に、体の欠点を全くカバーしてくれないアイテム。ぽっこり出たお腹や貧相な体格などがそのまま出てしまいます。
鍛えていれば? お腹を引き締め、大胸筋をそれなりに鍛えていれば、40歳を超えてなおTシャツが似合う人もいるのでは。
宮崎:ダメです。「いかにも鍛えました」という体型の中高年がTシャツを着ると、“努力の跡”が浮き出て、一層痛々しくなる。「頑張って必死に若作りしている」という印象がにじみ出て、余計みっともないことになってしまうんです。また、一見、若々しく見える人でも、年齢を重ねると首のしわや日焼けのしみなどがどうしても出てくる。襟がないTシャツはそれもカバーしてくれない。実際、私自身、40歳を過ぎてからは外出の際にTシャツは着ていない。Tシャツというアイテムが自分の年齢にふさわしくないと気付いたからです。
40歳を過ぎてしまえば、マッチョにせよメタボにせよ痩せにせよTシャツはNG。これが宮崎流ファッションの基本である、と。しかし現実には、日本のビジネスパーソンの多くは今日もオーバーサイズのスーツで通勤し、休日はTシャツ姿で過ごしている。なぜ、ファッションの常識がうまく日本に伝わらなかったのでしょう。
適正サイズを薦めると売り上げが伸びない
宮崎:スーツに限って話をすれば、理由はいくつかあると思う。まず、販売員自身がファッションの基本を正しく理解していないケースがある。また、販売員が正しい知識を持っていても、お客様に遠慮して、適正なサイズを無理にお勧めしないことも多い。なにしろ、9割のお客様はワンサイズ大き目のスーツを買おうと来店してくるわけだから、それを間違いだと諭し一回り小さいスーツをお勧めするのは、販売員にとってかなり勇気が必要な行為になる。一つ間違えばせっかく買う気になっているお客様の気分を害し、販売機会を失いかねません。
なるほど。正しいファッションの啓発も大事だが、日々の売り上げノルマの達成も販売員さんにとっては重要です。
宮崎:もちろん中には、今話したようなことを理解してくださって「それならジャストサイズのスーツを買ってみよう」と言ってくれるお客様もいる。ただ、それでも油断できない。家に帰って試着した際、奥様が「随分サイズの小さいスーツを買ってきたわね」とダメ出しすることが少なくないからです。最悪の場合、返品やクレームにつながりかねない。
また、日本の男性の場合、時間をかけて服を選ばないことも、多くの人のスーツが体に合わない一因だと思う。本当に自分の体型に合うスーツを選ぶなら、10回は試着する必要がある。
10回?! とても無理です。面倒くさい。
宮崎:そうおっしゃる男性はとても多い。では逆に聞きますが、スーツではなく6万~7万円の家電製品だったらどうですか。
そりゃあ他社製品との性能を比較したり、色々な店舗を回って値段を見比べたり慎重に検討してから買います。
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