子供の私は、将来は正八のような大人になりたいと思っていた。ヘラヘラといい加減で、女の子にくだらないちょっかいを出して相手に小馬鹿にされているけど愛されている、そんな大人になりたかった。中村主水や念仏の鉄も好きだったけど、ああいう感じの渋くてカッコいい大人になろうとは、これっぽっちも思わなかった。主水や鉄も普段はユーモラスなんだけれど、あれは韜晦という感じがして、素があんな感じの正八のほうになりたかった。子供だから、正八の優しさ・繊細さには目がむいておらず、そういう表面の軽薄さと愛されているという部分に目がむいていた。
あんなに正八になりたかったのに、自分がいつも不機嫌そうになんかブツブツ言っている偏屈なおじさんになるとは想像だにしていなかった。まあ、原稿以外では、普段はバカなことしか言ってなかったり、だらしなかったりするのだが、なんか正八とはかけ離れているのである。
誰に対しても優しいのは場合によっては罪でもある
正八のイメージもあって、火野正平自体も好きになっていった。この頃に私が得た火野氏に関する情報はたいてい山城新伍が司会をやっている複数のバラエティ番組からのものだった。過去のプレイボーイ振りのエピソードが大半なのだが、子供てきには外見がカッコいい感じがしない氏が滅茶苦茶モテてるということに、「なんだかわからないけどスゴい!」と思っていた。
小学生の頃、西川峰子(現・仁支川峰子)が好きで、どこがと言ったら顔が好きだったのだが、山城が西川に火野の話を振るところを多数見た。別れた火野に対する愛情が溢れる西川の様子を見ているうちに火野のことがより好きになっていった。そこに「自分も西川峰子にモテたい!」という気持ちがそこにあったのかどうかは、今となってはよくわからない。ちなみに西川峰子に女性的魅力を感じて好きなのがバレると絶対にイジられると思ったので、あの頃の自分は友達はおろか、家族の前でもそれを口にしなかった。今だったら、何か言われても「余計なお世話だ!」と言えるのだが。あと、鮎川いずみも同じように好きだった。
携帯電話はおろか、コードレス電話機すらなかった時代。家のどこにいても火野と電話ができるように異常に長いコードを電話機につけていたという西川のエピソードが好きだ。西川の恋心の可愛さが伝わってくるエピソードだし、そこまでさせてしまう火野正平の魅力が伝わってくるエピソードでもある。
成人してからは、彼の自由さ、どこか草臥れたような雰囲気とにじみ出る他人への気遣いに大人を感じていた。それは子供の頃に感じていた中村主水みたいな大人のそれとはまた違うものだったけれど。役者としても魅力的な人で、正八のような本人のキャラをいかした「当て振り」のような役が印象的だったりするのだが、悪役をやってもちゃんと怖いのである。主役を張ることは、ほぼ無かった人だが、画面に出ると場面が色づく役者さんだった。
今のコンプライアンスでは最高11股と言われる火野正平のような生き方(1971年に結婚した相手と事実上別れた後も離婚届を出していなかったことが2016年に発覚しており、ずっと不倫をしていたということになる)は許されないだろうし、当時でも仕事をホサれていたわけだが、女性側から恨まれていたという話は不思議と表にでてこなかった。私が物心ついてから、そのような芸能人は彼だけである。普通は別れた後にボロクソ言われるものだがそうならないし、どう考えてもモメて泥沼化しそうな状況でもそうならないし、色々と火野だからというしかないようなことが起こる。