【特集1】米国SaaS上場企業の95%はエンタープライズがターゲット? SaaS企業がSMBではなくエンタープライズを開拓すべきワケ
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エンタープライズをターゲットにしているSaaS企業が成長している
2018年に「SaaS元年」を迎えたSaaS市場は年平均成長率15%超の勢いで急速に拡大しており、2021年までに約5,800億円(※1)の市場になると予測されている。このSaaS市場において昨今トレンドになっているのがエンタープライズ企業の開拓だ。
※1 参照:富士キメラ総研「ソフトウェアビジネス新市場 2017年版」
日本の約10倍の規模がある米国のSaaS市場に目を移すと、エンタープライズ企業を開拓する重要性が見えてくる。Blossom Street Venturesの調査によれば、米国で上場しているSaaS企業81社のうち76社がエンタープライズ企業をターゲットとしており、およそ95%を占めているのだ。一方、SMB企業のみをターゲットとしているSaaS企業はわずか4社に留まっている。
また、エンタープライズ企業を対象としている米国SaaS企業の上場時の平均年間契約額を見てみると、製薬業界向けCRMを提供するVeeva Systemsは約8,400万円(顧客数は約170社で、ARR(Annual Recuring Revenue:年間契約額)が約145億円、HCM(Human Capital Management)を提供するWorkdayは約6,750万円(顧客数は約325社で、ARR約220億円)と言われており(※2)、エンタープライズ企業に注力することでARR100億円超での大型上場を実現している。
※2 参照:前田ヒロ氏「成功しているSaaS企業の価格設定とは?そして「死の谷」を避ける方法」
SMB企業のみをターゲットとした場合早々に成長の踊り場を迎える
それではなぜSMB企業のみをターゲットとするのが難しいのか。それは、SMB企業はエンタープライズ企業に比べて解約率が高い一方で、SMB企業一社一社に対して手厚くカスタマーサクセスを行うのが費用対効果の観点から難しいためだと考えられる。
SaaSは利用期間や利用人数にもとづく従量課金モデルのため、会社規模の小さいSMB企業にとってはまず導入コストが小さく、またSMB企業は意思決定構造がシンプルで意思決定スピードが速いため、結果としてSaaSの導入スピードが速い。そのため、特にSaaSスタートアップにとっては初期のマネタイズにおいてメインターゲットになる。
しかし、導入スピードが速い分解約率は高い傾向にあり、一般的にSMB企業の月次の解約率は3%~7%と言われている(※3)。そのため、SMB企業を中心として顧客ポートフォリオを構成している場合、顧客数が増えれば増えるほど高い解約率によって解約顧客数も増加し、まさに穴の開いたバケツ状態に陥ってしまうのだ。
それに対して、エンタープライズ企業の月次の解約率は0.5%~1%と言われており(※3)、獲得の難易度は高いものの着実に利用し続けてもらえるためしっかりとストックし、結果として高いLTV(Life Time Value:顧客生涯価値)を実現できる。
※3 参照:Masayuki Minato「SaaSの顧客セグメントの広げ方とイノベーションのジレンマ」
さらに、日本市場においては特に2つの難しさがある。1つ目はそもそものSMB市場の規模の小ささだ。米国ではSMB企業が約3,020万社存在するとされる一方で、日本には約360万社しかない(※4)。そして2つ目がITリテラシーの低さだ。日本企業は欧米企業に比べてITリテラシーが低いため、顧客自身によるSaaSのセルフオンボーディングが難しいため解約率がさらに高くなる傾向にあり、また解約を阻止するためにLTVが低いSMB企業に対してもより手厚いカスタマーサクセスが求められるためますます投資対効果が合わなくなってしまう。
※4 参照:中小企業庁「中小企業・小規模事業者の数(2016年6月時点)
このような背景もあり、SMB企業をターゲットとした場合、初期フェーズではPMF(Product Market Fit)にともなって急成長を実現できるものの早々に市場を刈り取ってしまうため成熟期に突入し、それ以降は穴の開いたバケツ状態と化すことで新規獲得しても解約と相殺されてしまい成長が停滞するという状況に陥ってしまうのだ。
成長が停滞した後、中途半端に価格改定やカスタマーサクセスの採用を行っても付け焼刃でしかない。価格に関しては、米国のSaaS企業37社が上場した際の平均年間契約額を見るとわかるように、低単価で完全にセルフオンボーディングを実現するか、高単価でしっかりとカスタマーサクセスをするかの二択になっている。
カスタマーサクセスの採用に関しては、労働人口の減少に伴って営業人口も減少しており、低コストでカスタマーサクセスの人員を採用・維持し続けることがますます難しくなっている。そのため、SMB企業のセルフオンボーディングが難しい場合SMB企業向けのカスタマーサクセスを採用し続けるよりも、エンタープライズ企業をターゲットとして少数精鋭のカスタマーサクセス組織を再構築する方が理にかなっている。
はじめからエンタープライズ企業を開拓するために必要なのは資金力
「SaaSの立ち上げにあたってSMB企業からスタートすると成長の踊り場を迎えてしまうのであれば、はじめからエンタープライズ企業を開拓すればよいのではないか?」という発想も出てくる。この問いに対しては「十分な資金力があればエンタープライズ企業から始めても良い」というのが答えだろう。
エンタープライズ企業の開拓について営業と開発の2つの側面で見てみると、まず営業に関してはSMB企業の開拓と比べて意思決定構造の複雑さや影響規模の大きさからやはり高い営業スキルが必要となり、その分優秀な営業人材の採用と維持に大きな投資が必要になる。また、開発に関しても求められる要件の複雑さや検証の長さから開発投資が大きくなる。そのため、SMB企業の開拓と比較して、エンタープライズ企業の開拓の方が資金力が必要だ。
この資金力の必要性に鑑みると、SaaSスタートアップがはじめからエンタープライズ企業を開拓するのは現実的ではなく、やはりSMB企業から開拓するケースが多くなる。一方で資金力のある大手企業の新規事業として、また一つ目の事業が成功したスタートアップの新規事業としてSaaSビジネスを行うのであれば、はじめからエンタープライズ企業を開拓するのも有効だと言えるだろう。十分なキャッシュがあるか、既存事業で強力なキャッシュエンジンがあることが条件だ。
エンタープライズ企業へのシフトを実現するための3つのポイント
そのため資金力がないSaaSスタートアップはSMB企業から開拓するケースが一般的であり、PMF・市場刈り取り後に成長の踊り場を迎え、エンタープライズ企業へのシフトを目指していく流れがある。だからこそSaaSスタートアップが一定成長を実現してきた今のタイミングでエンタープライズ企業の開拓がトレンドになってきているのだろう。
それでは、エンタープライズ企業へのシフトを実現するためには何をすべきか。エンタープライズ企業の開拓には営業と開発のコストがかかると述べたが、この営業と開発に求められる要件の変化にしっかりと向き合い、時間をかけて改革に取り組んでいくことが重要だろう。一朝一夕で対応できるものではない。
営業の観点で言えば、エンタープライズ企業への営業において求められる営業スキルをいかに確保していくかという営業戦略がポイントだ。エンタープライズ企業は意思決定構造が複雑で意思決定に時間がかかるためいかにキーマンを押さえるかが重要だが、そのためにはマーケティング戦略の転換、営業チャネルの整備が必要不可欠だ。これらについて特集第2回で解説する(6月上旬を予定)。
一方開発の観点で言えば、エンタープライズ企業から求められるプロダクト要件を満たすことと、同じくエンタープライズ企業を開拓しようとしている競合に対して差別化できるプロダクト価値を作ることがポイントだ。これらについては特集第3回で解説する(6月中旬を予定)。
IBMパートナーリーグを含む、SaaSとの協業取り組みはこちら
IBMパートナーリーグは、日本のエンタープライズ企業に最新のテクノロジーを提供している日本IBMが生み出す次世代のエコシステムだ。エンタープライズ企業の開拓においては前述のとおり営業とプロダクトが重要になるが、IBMパートナーリーグは、営業の観点ではIBMやパートナー企業の営業ネットワーク、プロダクトの観点ではIBMおよびパートナー企業のテクノロジーを活かして競争力のあるサービスを構築。最終的には、パートナーのサービスを通じてエンタープライズ企業に価値を届ける高度なコラボレーションのためのエコシステムを構築している。
以下、IBMパートナーリーグを含む、IBMとSaaSの協業取り組みを紹介していきたい。
(1)ビジネス企画の拡大におけるコラボレーション
OBCの奉行シリーズといえば、中堅・中小市場において会計や給与人事の分野でシェアNo.1([2016年/2017年]ノークリサーチ調査)を持つサービスだが、IBMビジネス・パートナーが奉行V ERP10や奉行i 10シリーズの展開を全国でけん引している。
エンタープライズ要件を理解している各地のIBMビジネス・パートナーが適切なサービスを選択、組み合わせ、ときには業界特化型サービス(Vertical SaaS)と組み合わせながら、最適なシステムを顧客に届けている様相だ。
IBMパートナーリーグは、販路を拡大したいサービス(SaaS)ベンダーと、顧客の幅広い要件に応えることで差別化を測りたいサービス・インテグレーターとが出会える貴重な場だ。
(2)SaaSによるデータやテクノロジー活用の例
IBMパートナーリーグにおけるコラボレーションではないが、日本IBMのデータやテクノロジーをビジネスに活用している事例もある。
たとえば、気象ビッグデータを分析し、その日の天気や気温の変化に合わせたコーディネートを提案するWebアプリ「TNQL(テンキュール)」では、IBMグループ企業The Weather Companyが提供する気象データを活用、ユーザーのコーディネートや色の好みをIBM Watsonに学習させ、パーソナライズされたサービスを提供している。
また、iPhoneにインストールしておくだけで歩数と道のりを自動で記録し、訪問場所や撮影した写真をログできるアプリ「SilentLog」では、毎日の生活から蓄積される大量のライフログをIBM Analytics Engineを活用してデータ分析し、分析時間の削減、データ付加価値の拡大に成功している。
IBMパートナーリーグに関心のある方は気軽に事務局に問い合わせてほしい。
【IBMパートナーリーグお問い合わせ先】
IBMパートナーリーグ事務局
[email protected]
IBMのパートナーに対する取り組みはこちら
ibm.biz/japancsp
特集連載記事一覧
第2回 営業マネージャーが押さえるべき3つの営業チャネルとは
第3回 SaaSのエンタープライズ開拓で対応すべき開発要件と付加価値
第4回 IBMが考えるSaaSがエンタープライズ規模で利用されるポイント