社会人がビジネスで身に付けるべき知識は何か。その1つは、間違いなく「会計・財務」でしょう。なぜなら、あらゆる仕事は売り上げや利益、コストといった数字と関わっているからです。その仕組みを知ることは、社内外の状況を適切に把握し、さまざまな課題に対する解決策を考える際にきっと役立ちます。
会計・財務分野はビジネスで重要な分野のため、たくさんの解説書が刊行されています。「日経の本」のなかでえりすぐりの良書を、会計・財務の分野の書籍を数多く手がけてきた編集部の小谷雅俊が、理論・実践の横軸とレベルの縦軸で配置して紹介します。
マンガで会計の教養が身に付く はじめの一冊におすすめ
1. 『マンガ 会計の世界史』(田中靖浩著、星井博文シナリオ、飛高翔作画、日経ビジネス人文庫)
会計をとにかく分かりやすい本で学びたい、会計に苦手意識がある、そんな人にお薦めなのが本書。会計が生まれ発展していった歴史をマンガでたどりながら、会計の基礎を楽しく学ぶことができます。ベストセラー 『会計の世界史 イタリア、イギリス、アメリカ-500年の物語』(田中靖浩著、日本経済新聞出版) をマンガ化したものです。
本書の構成は、15世紀のイタリアから始まる会計の歴史をマンガで描き、その後に会計の基本を解説しています。簿記、株式会社、決算書、原価計算といった重要なトピックスを学ぶことができます。
著者の田中靖浩さんはベテランの公認会計士で、会計や企業経営など幅広いテーマのセミナー講師を頻繁に務めており、著書も多数あります。田中さんの著書 『実学入門 経営がみえる会計 目指せ!キャッシュフロー経営』 (日本経済新聞出版。現在は第4版を電子書籍で販売中)は、私が新人の頃、会社の先輩から「会計を勉強するのにいい本があるよ」と薦められたものでした。当時、まったくの初心者だった私でも、会計と実際のビジネスのつながりがとても分かりやすく理解でき、その後、ビジネス書の企画・編集の仕事をする上で基礎となった思い出深い本です。『マンガ 会計の世界史』も、そうした田中さんの説明のうまさが遺憾なく発揮されています。
65年間読み継がれるレジェンド 全体像を理解できる入門書
2. 『財務諸表の見方<第14版>』(日本経済新聞社編、日経文庫)
本書は日経文庫の“レジェンド”といっていい1冊。1960年に初版が刊行され、改訂を重ねながら65年間読まれ続けています。累計部数は65万部に到達。会計や財務というテーマがいかにビジネスパーソンに必要なものなのか、証明している本といえます。
「財務諸表」とは会社の経営状況を表す貸借対照表、損益計算書、キャッシュフロー計算書の3つを指し、「財務3表」とも呼ばれます。本書ではこれらの読み方を丁寧に解説。会計・財務分野は独特の専門用語がたくさん出てきてなかなか取っつきにくいのですが、そうした用語の意味を一つひとつ学んで全体像を理解するために最適な入門書です。
日経文庫では、他にも会計・財務のロングセラーが多数あります。会計学の入門書として数多くの大学や企業でテキストとして採用されている 『会計学入門 第5版』(桜井久勝著) 、企業価値の算出方法などを学ぶ 『コーポレート・ファイナンス入門<第2版>』(砂川伸幸著) 、企業のCFO(最高財務責任者)の視点から学べる 『戦略的コーポレートファイナンス』(中野誠著) などもお薦めです。
手を動かして本質を学べる「ドリル形式」
3. 『書いてマスター! 財務3表一体ドリル』(國貞克則著、日本経済新聞出版)
手を動かしながら会計を深く理解したい方にお薦めなのがこの本。ビジネスで発生する数字を財務3表に自分で記入することで学ぶドリル形式になっているのが特長です。すべての企業に共通する「お金を集める」「投資する」「利益をあげる」という3つの活動がどのように財務3表に反映されるのか、20問ほどの問題を解いていくことで身に付きます。
著者の國貞克則さんは、累計90万部のベストセラー 『財務3表一体理解法』(朝日新書) シリーズを著書に持ち、会計分野の明快な解説に定評がある方。本書は『財務3表』シリーズのドリル編に位置づけられるもので、2007年に刊行された『書いてマスター! 決算書ドリル』(日本経済新聞出版社)、その改訂版として2010年に刊行された『書いてマスター!財務3表 実践ドリル』(同)を再改訂して2025年1月に刊行されました。ロングセラーを15年ぶりに全面改訂し、さらにパワーアップした一冊になっています。
稲盛流の経営哲学と会計の本質が詰まっている
4. 『稲盛和夫の実学 経営と会計』(稲盛和夫著、日経ビジネス人文庫)
この本は、「日経の本」の会計・財務分野のなかで最も売れている一冊。1998年に単行本として刊行された後、2000年に文庫化され、累計の発行部数は70万部に達するベストセラーとなっています。著者の稲盛和夫さんは京セラやKDDIを創業して大企業に育て上げた名経営者。2010年には経営破綻した日本航空(JAL)の会長に就任し、再建したことでも知られています。稲盛さんの経営哲学や経営手法はビジネスパーソンに熱く支持されており、数々のベストセラーがあります。
本書のメッセージは、帯のキャッチコピーになっている「会計がわからんで経営ができるか!」に端的に表されているでしょう。もうけとは、値決めとは、お金とはなんなのか。キャッシュベース、採算向上、透明な経営など7つの原則を説き明かします。稲盛流の経営の原理原則と結び付いた会計を解説する名著です。
文庫版で約200ページとコンパクトなことも本書の特徴。短時間で経営に生きる会計のエッセンスを学ぶことができます。
企業事例から生きた数字の読み方が分かる
5. 『ビジネススクールで身につける 会計×戦略思考』(大津広一著、日本経済新聞出版)
ビジネスパーソンにとって、会計や財務の知識はビジネスの実践で使えてこそ価値があるものです。この本は、そうしたニーズに応えてくれる一冊。会計と経営戦略を結び付けて解説しているのが特長で、トヨタ自動車やキヤノン、オリエンタルランド(東京ディズニーリゾートの運営会社)など実在の企業の経営数字をたくさん使って、生きた数字の読み方を解説しています。
タイトルにあるように、会計の知識はもちろん、経営戦略の考え方もしっかり身に付く本ですが、決して堅苦しい内容ではなく、会話形式の部分があったり、企業の経営数字から実在の企業を当てるクイズを展開したりして、楽しく学べるのもいいところです。本書の続編となる 『ビジネススクールで身につける ファイナンス×事業数値化力』(大津広一著) もさらに深く学ぶためにお薦めです。
著者の大津広一さんは米国公認会計士で経営コンサルタント。さまざまな企業の研修やセミナーの講師も務めており、本書にはそのノウハウが詰まっています。日経BOOKプラスの連載「あの会社の課題図書」に登場する日本たばこ産業(JT)でも大津さんが研修の講師を務めており、記事中で本書の魅力を伝えています。
数式を使わない解説で、専門知識がなくても理解が進む
6. 『実況!ビジネス力養成講義 ファイナンス』(石野雄一著、日本経済新聞出版)
この本はタイトルに「講義」とあるように、著者の石野雄一さんが1日で行っているファイナンス講義を忠実に再現したもので、講義調で理解しやすい解説が大きな特長です。形式的な会計ルールではなく、実際のビジネスで必須の運用利回りや企業価値、フリーキャッシュフローといった考え方を学べます。
石野さんは、ベストセラー 『ざっくり分かるファイナンス 経営センスを磨くための財務』(光文社新書) 、 『道具としてのファイナンス』(日本実業出版社) を執筆した方。本書もこれらの本と同じく、会計の専門家ではないビジネスパーソンでも理解できるように、数式を使わずに重要なポイントに絞って解説しており、ロングセラーとなっています。
ビジネスの「数字」を徹底解説 投資家視点の数字の読み方も
7. 『ビジネス数字思考トレーニング コンサルタントが必ず身につける定番スキル』(長谷川正人著、日経BP)
この本はビジネスで登場する数字をさまざまな切り口で解説するもので、当然、会計・財務分野の数字も取り上げています。決算書を読み解くスキルとして財務3表の基本知識を解説するほか、東京ディスニーリゾートや近鉄グループホールディングスなど実際の企業の数字を基に、会計数字と企業が展開する事業を関連づけて読む方法を紹介します。
他にも、企業の株式を買う投資家の視点から見た数字の読み方も解説しており、会計・財務とつながりが深い分野の知識も学べる便利な一冊。著者は長年、野村総合研究所で証券アナリスト業務や経営コンサルティング業務に携わり、大学でも教えている企業分析のベテランで、 『ヤバい決算書』(日経ビジネス人文庫) 、 『テキストには書いていない 決算書の新常識』(日本経済新聞出版) など会計関連書を多数執筆しています。
ROICの基本書として売れ続けるロングセラー
8. 『ROIC経営 稼ぐ力の創造と戦略的対話』(KPMG FAS、あずさ監査法人編、日本経済新聞出版)
「ROIC」とは投下資本利益率のことで、企業の稼ぐ力を判断するための指標です。事業資産からどれだけ効率的に本業の利益を生み出しているかを測定しており、近年、企業経営や株式投資で注目されています。
本書は、ROAやROEとの関係性、ROICの効果的な使い方、現場展開を通じた資本生産性の向上などを、直感的に把握できる図表とともに具体的に紹介。2017年刊行ですが、7年以上たった現在でもROICの基本書として着実に売れ続けるロングセラーとなっています。会計や財務の知識を経営に生かすために役立つ一冊です。
この本の実践編となる 『ROIC経営 実践編 事業ポートフォリオの組換えと企業価値向上』(KPMG FAS、あずさ監査法人編) では、事業ポートフォリオを適切に評価して事業を入れ替え、ROICを企業価値の向上につなげる方法を解説しています。2冊を併せて読むと、「ROIC経営」の基本から実践まで身に付けることができるでしょう。
本格的に学びたい人の定番 パート分けが使いやすい
9. 『新・現代会計入門 第6版』(伊藤邦雄著、日本経済新聞出版)
この本は、会計を本格的に学びたい方のためのテキスト。前身となる『ゼミナール 現代会計入門 第6版』は1994年刊行で、改訂を重ねながら31年使われ続けている会計分野の定番書です。会計基準や制度の説明にとどまらず、企業の行動にも焦点を当て、その背後にある要因の説明に多くのスペースを割いており、会計基準や制度が実際の企業活動にどのような影響を与えているかを多面的に理解することができます。
760ページもあるいわゆる鈍器本ですが、第2章から第14章までを5つの部に分けており、必要なところから読むことができます。さらに、各章の中も3つのパートに分けており、制度やルールを学びたいなら「Accounting Today」を、理論や歴史を調べたいなら「Theory and History」を、実務への応用例を知りたいなら各章の「Field Study」を読み進めるというように、読みやすくする工夫を随所にこらしています。ぜひチャレンジしてみてください。
著者の伊藤邦雄さんは一橋大学名誉教授で、経済産業省の研究会座長としていわゆる「伊藤レポート」をとりまとめたことでも有名です。上場企業の社外取締役も多数務めており、企業経営の現場を熟知しています。実践的なテキストと言えるでしょう。
専門家からも愛される、MBAの定番テキスト
10. 『コーポレート・ファイナンス 第10版(上)(下)』(リチャード・A・ブリーリー、スチュワート・C・マイヤーズ、フランクリン・アレン著/藤井眞理子、國枝繁樹監訳、日経BP)
この本は、アメリカのMBA(経営学修士)、ロースクールで使用されている定番のテキスト。英語版の初版は1981年で、40年以上たった今も読み継がれている名著です。現在販売している第10版は2014年刊行ですが、毎年、確実に売れ続けており、今でも高く評価されていることがうかがえます。
先に紹介した『新・現代会計入門 第6版』のさらに上を行く、上下巻併せて1600ページある鈍器本ですが、会計・財務を本格的に学ぶなら取り組みたい本。私が会計や経営分野の著者の研究室やオフィスに伺った際に、何度もこの本が置いてあるのを見かけました。専門家の方々にも愛されている本と言えるでしょう。
この分野のテキストとしては、 『ゼミナール コーポレートファイナンス』(朝岡大輔、砂川伸幸、岡田紀子著) もあります。この本では、エクセルファイルをダウンロードして、手を動かしながらコーポレートファイナンスを学ぶことができます。
文/小谷雅俊(日経BOOKプラス副編集長)










