天才マンガ家と寄り添う伴走者の物語『あーとかうーしか言えない』感想解説|鷹野凌の漫画レビュー
今回は、しゃべるのが苦手な天才肌の成人マンガ家と寄り添い伴走する女性編集者の物語『あーとかうーしか言えない』をレビューします。著者は近藤笑真(こんどう・しょうま)さん。本作のプロトタイプを2018年4月にTwitterで発表して話題になり、2019年1月から小学館の「マンガワン」と「裏サンデー」で連載デビュー。本稿執筆時点で1巻が刊行中で、投票受付中の「次にくるマンガ大賞 2019」Webマンガ部門にノミネートされています。
ジャンル的には「仕事マンガ」ではあるものの、成人マンガ誌の編集部とマンガ家を描いている作品なので、マンガ内マンガでちょこちょこエロいシーンが出てきます。そういうのが苦手な方はご注意を。
裏サンデー「あーとかうーしか言えない」
「次にくるマンガ大賞 2019」Webマンガ部門ノミネート作品一覧
Twitterで公開されたプロトタイプ版
『あーとかうーしか言えない』作品紹介
『あーとかうーしか言えない』 1巻 近藤笑真/小学館
突然上京してきたマンガ家志望者
成人マンガ誌「月刊X+C」(エクスタシー)の編集者・タナカカツミは、マンガのキャラクターに対する愛情を育んできた生い立ちから、成人マンガ誌の仕事が嫌いではないものの、読み切りで終わり「実用性」のため行為の一点に向け強引に展開されるストーリーなどに、やや不満を持っている様子が伺えます。
そんなタナカが偶然、電話で応対したのが「あー」とか「うー」しか言わない謎の女の子。それが、突然上京しマンガを持ち込みに来た、戸田聖子でした。戸田はしゃべることができないわけではなく、言葉を脳内で組み立てアウトプットするまでの時間がかかるタイプ。私も似たような傾向があり、若干親近感。
タナカが読んだ戸田の持ち込み作品は、「実用性」にはやや欠ける(つまりエロシーンが短い)ものの、描きたい芯が伝わってくるいい作品。タナカは月例賞に出すため原稿を預り、編集長は「他誌に取られる前に」と即決で「準入選」を決めます。どうやら戸田は、相当な実力の持ち主のようです。
まるで野良犬でも拾ったかのような
ところがそんな戸田は、髪の毛はボサボサ、お風呂にも入っていないようで、くさい。お金もほとんど持っていない、泊まる場所も決まっていないという戸田の状況に気づいたタナカは、
「なら今日は私の家へ来ませんか?」
と戸田へ提案します。そして戸田はそのまま、タナカの家に居ついてしまうのです。まるで野良犬でも拾ったかのような。ほんのり百合要素。こうしてタナカは、編集者としてだけでなく、同居人として、そして友人として、戸田に寄り添っていくことになるのです。
戸田が「あー」とか「うー」と言いながら考えているシーンではよく、言葉の断片や記憶映像が挿入されます。そこから、戸田がなにを思っているのか、また、どういう生い立ちなのかが、断片的に明かされています。コミュニケーションに障害があるため、友だちができず、馬鹿にされ、心や体も傷つき、淀みを溜め込んできた様子が伺えます。
そんな戸田にタナカは、編集者として真剣に向き合い、寄り添います。編集者は作家の伴走者と言われますが、まさにそれ。タナカは戸田の「あー」とか「うー」のトーンや表情などから、戸田の言いたいことを的確に把握できるようになります。ある意味特殊能力。タナカは天涯孤独の身であると冒頭で明かされていますが、そういった生い立ちが影響しているのかもしれません。
突然上京してきたマンガ家志望者
細かなところですが「おっ」と思ったのが、戸田が持ち込みに来る冒頭のシーン。プロトタイプ版では応対したタナカが、
「女性は珍しいですよ」
「作家も読者も多くは男性です」
と語っていたのが、小学館版では
「女性が成人誌に持ち込みされるのは珍しい…って以前は私も思ってたんですけど、成人向け描かれる女性の方って多いんですよ。」
とセリフが変わっています。著者の近藤さんが、当初は思い込みで書いたセリフを、商業媒体へ載せる際、実態に即して修正したのでしょう。読者からの指摘なのか、編集者の指摘なのか、実際のところはわかりません。が、本作は“伴走する編集者”を描いているだけに、きっと編集者が良い仕事をしたのではないか、と勝手な想像をしておきたいところです。
なお、単行本は電子版にもちゃんと、カバー裏表紙や表紙カバーの折り返し、本体表紙・裏表紙なども収録されています。とくに表紙カバー折り返しは、本編のできごとのその後が反映されていて、思わずプッと吹きました。こういうの好き。神は細部に宿るのです。
『あーとかうーしか言えない』 1巻 近藤笑真/小学館