エセー物語(エッセイ+超短編ストーリー)[006]56年前に出した絵はがきを骨董屋で発見 歌になるために
── タカスギシンタロ(超短編ナンバーズ) ──

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◎56年前に出した絵はがきを骨董屋で発見

先日、Oさんから父に手紙が届いた。父は元生物学者。Oさんもやはり元研究者という関係である。手紙には一枚の絵はがきが同封されていた。

ずいぶん古い写真つき絵はがきで、少し退色している。写真には高い場所から見た都会の町並みが広がっていて、遠くには海が見える。

建造物には矢印が引かれ、"Port of Oakland"とか"Bay Bridge"などの書き込みがある。どうやらサンフランシスコの絵はがきのようだ。消印を見ると1961年。今から56年も前のものだ。



文面を見ると、父親がアメリカから恩師のT先生に宛てて出した絵はがきらしかった。父がカリフォルニア大学のバークレイ校で働いていた、当時のものだろう。




1961年は「もはや戦後ではない」という時代ではあるが、それでも当時、アメリカで働く日本人研究者は少なかった。渡米も飛行機ではなく、貨客船で10日もかかったのだとか。

そんなアメリカからの便りには、きっと今とは比べものにならないほどの重みがあったに違いない。

アメリに渡った父の第一印象は「こんな国と戦争して勝てっこない」というものだった。港には使う必要がなくなった軍艦が数え切れないほど係留されていた。人々の生活はとにかく豊かで、食べ物はすべて巨大。ゴムのように伸びる不思議な食べ物は、のちにピザというものだと教わった。

それにしてもどうして、父がT先生に宛てて出した絵はがきを、Oさんが持っていたのか。Oさんの手紙には、この絵はがきを手に入れた経緯が記されていた。

それによれば絵はがきは、鳥取の骨董屋さんで見つけたのだという。鳥取在住のOさんが、行きつけの骨董屋を訪れた際に発見したものらしい。Oさんは刀剣に詳しいので、きっと骨董屋さんにも出入りしているのだろう。

使用済みの絵はがきが骨董として流通しているのには驚いたが、たしかに古い絵はがきには一定の需要があるように思える。額に入れたりすれば、十分アンティークとして、お洒落なカフェに飾れそうだ。

その骨董屋さんには、父宛の絵はがきだけではなく、ほかのひとからT先生へ宛てた絵はがきも多数あったのだそうだ。さらには、T先生宛だけではなく、T先生が家族に宛てて出した絵はがきも混ざっていたという。

つまり、これはT先生宅にまとめられた絵はがきが、先生がお亡くなりになったあと、何らかの理由で外部に流出したものなのだろう。

56年も前に出した絵はがきが友人の手によって発見されるというのは、奇跡に近い出来事だと思う。昨日受け取ったメールでさえ、なかなか見つからないのに……。

しかしこの話にはまだいくつかの謎があるのだ。

まず、なぜ鳥取の骨董屋だったのか。

T先生は晩年は東京にお住まいだった。遺品の整理の際に、たとえば捨ててしまった家具の引き出しに、絵はがきが入っていたということも十分考えられるだろう。それを骨董屋が手に入れた、なんてこともあるかも知れない。

しかし、それがどういう経緯で鳥取の骨董屋までたどり着いたのか。大いなる不思議がある。

そのあたりを発見者のOさんも疑問に思い、骨董屋さんに入手経路を尋ねてみたのだそうだ。その結果、また新しい謎が立ち上がることになる。

絵はがきの出所の住所が、なんとOさんの仕事の前任者のお宅だったのである。

ちなみにその前任者とT先生とは、直接の接点はまったくない。偶然といえば偶然なのかも知れないが、それにしても偶然が重なりすぎている。

Oさんの前任者という、この微妙な距離感が、より不思議な雰囲気を醸し出しているのかもしれない。二人をつなぐ第三者の存在がぼんやりと予測されるのである。

しかし今日のところはここまで。これ以上の情報はまだ上がってきていない。

さて、肝心の絵はがきの内容だが「マウスでまず始めに "A" strain, C3H, C57-Black, BALB/C, RIIIの5つのstrainをそれぞれ連続発情にして色々比較してみることから始めます」というものだった。うん。よく分からない。

この葉書のあとしばらくして、父は「エストロゲンによる膣上皮の不可逆的増殖」という発見をするのだが、その前の段階の話のようだ。今でいう環境ホルモンの先駆的研究だと思っていただければよいと思います。

ちなみにこの葉書を出したことを覚えているかどうか父に尋ねたところ「まったく記憶にない」とのことでした。なにしろ、いまから56年も前のことですからね。卒寿おめでとう。


◎歌になるために   タカスギシンタロ

黒やぎは手紙を食べてしまう。白やぎから届いた手紙はもちろん、自分の手紙さえ、書いたそばから食べてしまう。だから返信できないし、なによりこれでは歌にならない。

それにしても、いったい白やぎはどうやって手紙を出したのか。彼には手紙を食べないだけの自制心があるのだろうか。いやいや、それでは歌にならない。

しかたがないので白やぎに会いに行くことにした。突然の訪問にもかかわらず、白やぎはあたたかく迎えてくれた。

「手紙だろ? 食べちゃうよね」

白やぎは新聞紙を食べながら続ける。

「でもそれでは歌にならないだろ。だから毒のインクを使ったのさ。さすがのぼくも毒だと分かってる物は食べられないから。まさか手紙を食べてないよね」

「……」

「毒のインクで『食べるな』って手紙を書いたのさ」

「……」

「冗談だよ」

白やぎは笑い、黒やぎにも新聞紙を勧めた。

「食べなきゃ歌にならないもの。コツは同時に何枚も手紙を書くんだ。同じ文面で何枚も。うまくいけばそのうち一枚くらいは最後まで書き通せるのさ」

家に帰った黒やぎは教えられた通りにやってみた。だが、やっぱり全部食べてしまう。

「使ってみる手はあるな」

黒やぎは毒のインク瓶を手につぶやく。手紙を食べるのが白やぎであれ、自分であれ、歌になるには違いない。


【タカスギシンタロ】
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