地味な女・地味な県
── もみのこゆきと ──

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「あんたいつもいつも忙しいわけじゃないでしょ。うちの○○とか△◇の提出書類とか作ってよ」
「え、いや、そのそれは基本的にお客様の方で作っていただくものでして……」
「なんでそのくらいの時間もないの。そんな時間もないほど忙しくないでしょ。誰からお金もらってんの。やってよ」

何言ってんだよ、このクソヤロー!。そこまで金もらってねぇぞ。持ち帰り残業してるくらい夏は仕事が逼迫してんだボケナス。あたしを勝手におまえんとこの事務員にすんじゃね。ヤラせるつもりならもっと金払え。あたしが男だったら、おまえなんかラブホにラチって、ひっくり返してでんぐり返して「気持ちいいんだろ? わかってんだよ、ほら」とか言ってピノキオみたいな鼻っ柱へし折って「ごめんなさい、もう許して」って言わせてやるのによ。

冒頭のありがたいお言葉を頂戴したわたしの怒りを、舞城王太郎の「阿修羅ガール」風に表現するとこんな感じである。だいたい初対面の人間に向かって、つーか対面したこともない人間に向かって、いきなり電話で「あんた」とか言ってるあんたってどうよ。

しかし、実際はチキンハートなわたしであるので、「は、左様でございますか。お客様は神様でございます。平和こそ全人類の願い。世界の国からこんにちは」と卑屈に返答し、電話口で唇をかみしめ涙する程度の抵抗しかできないのであるが。

♪私 お人好しだから
♪イヤとなかなか言えない
♪だから仕事がふえるの
♪コピーお茶くみばかり 損してる
(地味な女 by 森高千里)

さて、その舞城王太郎なる作家であるが、覆面作家でプロフィールの詳細は明らかにされていない。わかっているのは、せいぜい福井県の出身であるということくらいだ。

ふーん。福井県ねぇ。


鹿児島県で生まれ育ったわたしは、大いなる田舎者コンプレックスとともに生きている。脳内には日本の全都道府県が独自の田舎者指数によって厳然たる階層構造をなしているのだが、「貧乏で田舎者な県」とは別に、「地味な県」というカテゴリーがある。「地味な都道府県」でなくても大丈夫だ。なぜなら、「都道府」が付いている時点で既に地味ではない。

わたしが考える「地味な県」のトップを独走しているのが、実は福井県と茨城県である。福井県・茨城県と聞いて何を思い浮かべるか。何も思い浮かばない。せっかくだから、都道府県名より一番に思い出すものを挙げてみた。

北海道 :牛乳
青森県 :りんご
岩手県 :クラムボンは笑ったよ
宮城県 :牛タン
秋田県 :なまはげ
山形県 :佐藤錦
福島県 :喜多方ラーメン
茨城県 :───
栃木県 :宇都宮餃子
群馬県 :草津温泉
埼玉県 :さいたまんぞう
千葉県 :落花生
東京都 :東京ブギウギ♪
神奈川県 :横浜たそがれホテルの小部屋♪
新潟県 :ササニシキ
富山県 :チューリップ
石川県 :兼六園
福井県 :───
山梨県 :ワイン
長野県 :軽井沢
岐阜県 :宝暦治水
静岡県 :うなぎパイ
愛知県 :名古屋嬢 ※< http://ja.wikipedia.org/wiki/名古屋嬢
>
三重県 :サーフボードに乗った岩下志麻
滋賀県 :琵琶湖
京都府 :大原三千院 恋に破れた女がひとり♪
大阪府 :たこやき
兵庫県 :すみれの花咲く頃♪
奈良県 :大仏
和歌山県 :明石家さんま
鳥取県 :ゲ、ゲ、ゲゲゲのゲ♪
島根県 :出雲大社
岡山県 :今は亡き倉敷チボリ公園
広島県 :お好み焼き
山口県 :薩長同盟
徳島県 :阿波踊り
香川県 :オリーブの首飾り♪
愛媛県 :ポンジュース
高知県 :南国土佐を後にして♪
福岡県 :明太子
佐賀県 :有田焼
長崎県 :中華街
熊本県 :スザンヌ
大分県 :湯布院
宮崎県 :君たちキウイ・パパイヤ・マンゴーだね♪
鹿児島県 :西郷隆盛でごわす
沖縄県 :わした島ウチナー♪

ちなみに、鹿児島県・和歌山県・神奈川県は「地味な県」ではない。47も都道府県がある中で、全角4文字必要なのは、この3県だけなのだ。都道府県名が羅列されているときに、見つけやすいったらありゃしない。

島根県も十分地味な気がするが、あそこには独身者の聖地「出雲大社」がある。知人の女性は毎年バスツアーで出雲大社に行き、わたしにも縁結びのお守りを買ってきてくれる。勝手に「地味な県」に入れては神罰が下るかもしれないので、一応外しておこう。

埼玉県で「さいたまんぞう」しか思い出せないなんて、あんた、そりゃ埼玉も十分地味だと思ってやしませんか? と思われそうだが、そんなことはない。「さ・い・た・ま」母音が「あ」である文字の含有率が75%もあると、音の響きが地味に聞こえないのだ。

福井県と茨城県のことが気になって職場の女子に聞いてみた。わが職場には栃木の大学出身の女子がいるのだ。茨城のご近所なので、茶碗を洗いながら尋ねてみたところ「あぁ、水戸ですね、水戸。水戸黄門、水戸納豆ですよ」。なるほど、水戸とは茨城であったか。全く脳内リンクしていなかった。

しかし福井県については、その他の女子に聞いても、誰も何も思い出せないのであった。不憫である、福井県。不憫すぎて、湯舟に浸かっている間中、福井県のことを考えてみた。やっと搾り出したのがメガネだ。確かアラスカ州知事のペイリンがかけていたメガネが、福井県のメーカー製造ではなかったか。

わたしの脳内には、「貧乏で田舎で不憫な県」カテゴリーに、鹿児島県・青森県・高知県が勝手にリスティングされているのだが、「地味で不憫な県」カテゴリーには福井県を初代王者として祀り上げ、勝手に連帯感を深めることとしよう。

【もみのこ ゆきと】[email protected]
働くおじさん・働くおばさんと無駄話するのが仕事の窓際事務員。かつてはシステムエンジニア。