Otaku ワールドへようこそ![12]人さがしの夏:募る思い伝えたい
── GrowHair ──

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話の発端は、夏も盛りに差し掛かった8月上旬である。ひょっとしてこの時季になるとひときわ寂しさが募ったり孤独が身にしみたりすることが案外よくあるものなのか。もしかしてそれは世界的にもそうなのか。

愛・地球博会場内で開かれた世界コスプレサミット終了後、夜行の快速列車で帰京し、8月8日(月)の早朝に帰り着くと、見知らぬアメリカ人男性からメールが届いていた。差出し人にはLuisとあり、タイトルには"I need your help."(お力を貸して下さい)とある。迷惑メールの類かと、危うく読まずに捨てそうになったが、なんとなく切羽詰った気配を感じていちおう開いてみると……。


私のホームページに写真を載せているコスプレイヤーさんの一人、「さくらこ」と、かつて知り合いだったのだという。14年前、Luisが19歳のときにカリフォルニアで出会ったのだが、音信が途切れてしまい、ぜひもう一度会いたく、もし彼女の連絡先を知っているなら教えてもらえないだろうかという。一生恩に着る、とある。

さくらこは、ほぼ一年近く前、夏コミで東京ミュウミュウのコスプレをしているのを撮らせてもらった二人組のひとりである。残念ながら、連絡先までは聞いていない。その場で名前を聞いて、掲載許可をもらっただけなので。しかし、それであきらめずにネットを検索してみると、彼女と一緒に写真に写っている相方のホームページを見つけることができた。見ると、さくらこの写真も載っている。そのURLを教えてあげた。メールアドレスも載っているので、まず相方さんに聞いてみては?

5分足らずで返事が来た。6:34am。ものすごく感謝しているという内容。「これが私にとってどれだけの意味を持つか、きっと分かってはもらえないでしょうけど」とある。彼女が日本に帰ってからしばらくは手紙をやりとりしていたが、あるときから連絡がとれなくなっていたのだという。さらに1時間後、もう一通メールが来た。その相方さんにメールを打ったという。

その日の午後、またメールが来た。まだ返事が来たわけではないようだが、さくらこへの思いがつづってある。「彼女が遠くへ行ってしまったのは分かっているし、これだけの年月が経ってしまってはもうほとんど望みがないかもしれない。14年の間にはいろいろなことがあったとしても仕方がない。だけど、彼女がずっと忘れられない理由というのは他でもない、彼女がこちらにいた頃から好きになってしまい、だけど、そのときは勇気がなくて、思いを伝えることができなかったから。以来、彼女を思い出さなかった日は一日たりともない。何とかして連絡をとって、今度こそ思いを伝えたい。それだけでいい。どうか幸運を祈っていて下さい。音信が再開するかもしれないと思うと、わくわくするけど、反面、緊張で居ても立ってもいられない気持ちだ」。がんばれよ。

●先回り、ショボい結果に

2日後、Luisから何も言ってこないということは、相方さんからの返事をまだ待っているのだろうか。こっちでも手掛かりが見つからないかとそのサイトを見ていると、掲示板があった。読んでいくとさくらこの書き込みもあり、メールアドレスが残してある。先回りしては興をそぐかと思いつつも、早く展開が知りたくて、さくらこに直接メールを送ってみた。これこれこういう話なんだけど、14年前、カリフォルニアにいましたか、と。夕方6時ごろ。

夜10時ごろ返事が来た。なんとっ。「私は日本生まれの日本育ちなので、海外で生活したことはありません」とな。人違いじゃん。がぁーーーっ。終了~。わずか3日間の盛り上がりであった。写真を見てまでも間違うなんて、どうかしてるよ。

恋煩い氏にメールを送った。「時として我々は現実の厳しさと冷淡さに直面しなくてはならない。だけど、我々には希望をもつという能力が備わっており、それを頼りにものごとを前へ前へと進めていかなくてはならない。(中略)悪いけど、私にできることはすべてしたと思う。力を落とすなよ」。

返事が来た。14年前の写真と私のサイトの写真は本当によく似ているのだとか。しかも名前まで同じなもんだから、てっきりそうかと思ったと。私には本当に感謝しているという。で、これからもあきらめずに探すという。

ところでさくらこは私のことをよーく覚えていてくれた。今年の夏コミにも参加するので、よろしく、とある。実際、その週の土曜日にコミケのコスプレ広場で会うことができた。アドレスを探し出して送ってしまった水曜の変なメールのことを謝ると、気にしていないし、楽しめたという。だけど14年前に19歳だったなんて、そんな歳では絶対にないという。そりゃ確かに失礼な話だなー。「見つかることを祈ってます」との言葉をもらった。

●引越しで途切れた音信

話は水曜に戻るが……。Luisは私にはすごく感謝しているし、とんだ茶番につき合わせて申し訳ないことをしたという。そう言われると、ここで降りてしまうには忍びないような気がしてくる。まだ私にできることはないか。

しかしその一方では、それが本当にいいことなのかという疑問もないわけではなかった。思いが募るあまり、自分の側の思いにばかり囚われてしまい、相手のことを考えるゆとりをなくしていたとしたら、探し出された本人にはかえって迷惑が及ぶことになりはしないか。純粋に人を思う一途な心も、一歩間違えばストーカー行為の原動力にもなりかねない。とりあえず、これまでの経緯はどうなっているのか聞いてみた。もんのすごく長いメールが来た。要約すると……。

さくらことは大学時代に知り合った。授業の後で街へ出て食事でもどうかと誘ったらOKしてくれたのが始まり。彼氏彼女という形ではつきあってはいなかったかもしれないけれど、多くの時間を共有した。彼女が日本に帰ってからも、何通も手紙をやりとりした。電話番号も聞いていた。

ところが引越したときに、彼女からの手紙を全部入れていた箱をなくしてしまった。しかも、新しい住所はまだ伝えていなかった。そのころ彼女はいやな感じの男からつきあってくれとしつこく迫られていて、どうしたらいいかと相談してきていた。その手紙が最後になった。

彼女の住所は部分的にしか覚えてなくて、その部分だけ書いて手紙を何通か送ったけれど、返事が来なかった。おそらく届いていなかったのだろう。インターネットが普及しだしてからは、検索サイトに名前を入れてみたりしたが、ヒットしたサイトは全部無関係だった。それから日本語を勉強し、パソコンの言語設定を日本語にしたら、検索サイトの表示も日本語になった。ひらがなで「さくらこ」と入れてヒットしたのが私のサイトだった。

それと、部分的に覚えていた住所から、完全と思われる住所が復元できた。留学先から帰ったときの住所ということは、おそらくご両親のところだろう。もし本人がいなくてご両親が読んでも分かるよう、日本語で手紙を書きたい。

彼女が今でも私にとってどれほどの存在かと言えば、もし彼女が見つかってつきあいを再開してくれるというのであれば、アメリカでの生活を何もかも捨てて、日本に移り住みたいほどだ。彼女が弾いていた曲を聴くとつらい。彼女に思いを伝えられなかったのがつらい。再会することができたら、今度は必ず言う。遅すぎたかもしれないが、思いが伝えられればそれでいい。今の状態では、他の人に思いを向けることなど、全然できない。最近、また元の街に引っ越してきた。どうしてもあの頃のことを思い出してしまう。

……ということで、和訳を手伝ってあげた。14年間の募る思いを抱えているとは言え、まわりが見えなくなって猪突猛進、トラブルを起こしてしまう、といったアブナいタイプの人ではなさそうだ。

●探偵まがいのこと

こういうことに加担するのはいいことなのか、どうなのよ、という葛藤にはかなり悩んだ。追いかけている側が純粋な動機からだとしても、探されている側にとって、単純に喜べることなのか。例えば既に結婚して、子供もいて、平穏無事に暮らしているとしよう。それを知った彼は、これはどうにもならぬ、とあきらめるというのもひとつのありうる結末だ。それで終われば何でもないとは言え、探し出された方には心配の種が残らないか。探し出されたこと自体にも、喜べないものがありはしないか。

逆に手を引いてしまった場合、自分には火の粉が降りかかることはなくても、その後のことに素知らぬふりをすることになる。もし成り行きをずっと見守っていれば、まずいことになりそうな風向きになってきたときには、手を打つことだってできる。

ストーカー被害がよく話題になるご時世でもあり、アンケートをとったらおそらくこの手の人探しには反対する人の方が多いかもしれない。現在の社会は不信や猜疑に覆われている。人を見たら泥棒と思う側の理屈が支配的になってきている。しかしそれは、ここ数年の傾向であって、以前はそうではなかったし、将来はどうなるか分からない。

5~6年前、原宿でビジュアル系のコスチュームの人たちを撮らせてもらっていた頃、彼女らの差し出す名刺には本名や住所が書かれていた。おかげで写真を送ってあげることもできたし、お礼の手紙や年賀状やイベントの案内などをもらうこともあった。それがなくなったのは、やはりトラブルが起きるからなのだろう。同人誌の奥付からも、本名や住所は消えていく傾向にある。世の中を変えていく力は悪意の者が握っているというのも皮肉なもんだな。

将来の世の中は、犯罪抑止の名目の下に、プライバシーは一切認められず、すべての人のすべての行為がお互いに筒抜け、というふうになっているかもしれない。今回のような人探しは誰にでもいとも簡単にできる代りに、探していること自体がまた筒抜け。おかげで悪いことはできない。あるいは、反動で、社会は別の方向性を追求しているかもしれない。日本というひとつの狭い地域における、ある過渡期の事情に左右されて、ものごとの善悪を簡単に判断してしまうのも、どうだろう。

というような葛藤に悩みつつ、8月11日(木)の仕事帰りに千葉県のその番地へ行ってみた。着いたのは夜の10時半。探し当てたその番地には10軒ほどの家が該当し、一軒一軒表札を見てみるも、彼女の姓は見当たらず。しかし、この挙動、思いっきり不審だよな。見られて通報でもされた日にゃ、即、犯罪者。そうなったらデジクリに獄中記を書こう。

公衆電話で電話帳をめくってみるが、やはりその住所にその姓の人、なし。その住所の区画の真ん中へんには広い駐車場がある。ひょっとすると以前には家があって、引っ越した跡地なのかもしれない。

Luisにそのことを伝えた。引っ越したとしても、ちゃんと郵便局に届け出ていれば転送してもらえるので、その住所に手紙を送ってもらうことにした。もう、可能性薄。あとは近所に聞き込みとか。うう、だんだんヤバくなる気が……。

●新たなる手がかり

8月16日(火)になって、新たな手がかりを見つけたという知らせが来た。運命のめぐり合わせで、かつてさくらこと一緒に住んでいた人に偶然出くわしたという。彼女が持っている住所は、自分のよりも新しいという。旧住所と新住所に手紙を送り、返事を待っているというのが現在の状況。

さらなる展開があったら、またお知らせします。

【GrowHair】[email protected]
カメコ。……なのだが、今回はオタクワールドでも何でもなくてすいません。Luisにその種の話題を振ってみても、全然反応してくれない。なじみがないらしい。さくらこさんのことが上手くいった暁には、アナハイムで開かれるアニメエキスポに案内ぐらいしてくれてもバチは当らないと思うが。
< http://www.geocities.jp/layerphotos/
>