意外と新しい和声の歴史
古代の昔から音楽は存在していましたが、その音楽の長い歴史の中でも、和声の誕生は意外と最近のことです(最近とは言っても300年から400年ほど前まで遡りますが)。もちろんハーモニーは古代から存在していましたし、大勢で歌う時に和声らしきものを人々は自然に作っていたと思われますが、現在一般的に考えられる和声や和声法が誕生したのは近代に入ってからと言えるでしょう。
和声、もしくは和声法の誕生の中で特に有名な人物は、フランスの作曲家ラモーです。彼は『自然原理に還元した和声論』の中で当時の和声法をまとめています。後の和声法の教程に影響を与えたラモーのこの著物は、奇遇にもこれまた後の多くの音楽家に影響を与えたバッハの『平均律クラヴィーア曲集』第1巻と同じ1722年に発表されています。
ところでこの『平均律クラヴィーア曲集』の「平均律」とは、「12等分平均律(1オクターブを12等分して割り出した音律のこと)」のことですが、この12等分平均律が可能だからこそ、作曲家達は近代の和声を発展させることができました。12等分平均律が和声法の発展に際してどのように作用したのかという問題はとても専門的な内容になりますので解説を省きますが、ここでは平均律が和声法にとって重要な役割を持っているということを覚えておいてください。
今回は、近代に誕生した和声理論を、いわゆる古典派期の作曲家がどのように作曲に活かしたのか見ていきましょう。
古典派とソナタ
ところで、「古典派」の作曲家とは誰のことを指すのでしょうか? 一般的に古典派音楽とは18世紀中頃から19世紀初頭にかけての音楽とされ、その代表的な作曲家はハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンと言われています。なお、ベートーヴェンはロマン派に属すると考える人もいます。また、最近では「ロマン派の音楽」とは言わないで、「19世紀の音楽」と言ったりもするそうです。
このように様々に解釈され得ますし、用語も様々なので、「古典派」や「ロマン派」という言葉で考えることは不必要な気もしますが、便宜上わかりやすくするために、ここでは「古典派」や「ロマン派」という用語を用いて説明したいと思います。
さて、古典派期の作曲家にとって特別な楽曲はソナタでした。ソナタとはソナタ形式で解釈される作品のことです。今はあくまで古典派期の和声に注目をしたいため、ソナタ形式について詳細に説明することはしませんが、和声を理解するために少なくとも知っておいた方が良いことに限定して解説します。
ソナタ形式は、「提示部」、「展開部」、「再現部」の3つの部分から成り立ち、全体は第1主題と第2主題という2つの主題でできています(主題とは短いメロディのことだと考えてください)。
ソナタ形式の中で和声法的に興味深い箇所は、提示部の推移句と展開部です。提示部の中ではまず第1主題が現れ、その次に第2主題が出ますが、慣例的に、主調で作られる第1主題に対して、第2主題は属調になるように作られます。つまり第1主題がCdurの時、第2主題はGdurになるわけです。しかしそれはそのソナタが長調である場合で、もし短調ならば、第1主題に対して第2主題は平行調になります。たとえばamollのソナタであればその第2主題はCdurになるのですね。
どちらにしても第1主題と第2主題の調は異なることが一般的です。なので、この2つの主題の間には転調するプロセスが必要で、そのプロセスが推移句です。
そして展開部では、第1主題や第2主題を様々に変形させます。その中でも転調が重要な役割を持ちます。しかし推移句の転調と展開部の転調はそれぞれ目的が異なります。ドイツの作曲家ディーター・デ・ラ・モッテは『大作曲家の和声』の中で、「第2主題を目ざす転調経路※は聴き手を納得させようとするものだが、これに対して展開部の転調は聴き手をびっくりさせようとするものである」(※「転調経路」とはここで言うところの「推移句の転調」のこと)と述べています。
モーツァルトの推移句を見てみる
ここでモーツァルトの作品を題材にして、推移句と展開部の転調法を見てみましょう。ここで取り上げる作品はピアノ・ソナタK.V.333。Bdurのソナタですので、第2主題はFdurになります。
推移句は「聴き手を納得させるもの」。なので、転調するとは言ってもあまり大げさに派手にやるのではなく、出来る限り自然にスムーズに調を変えることが理想です。転調の自然さにおいて、モーツァルトよりも優れているものはなかなかいないのではと思えます。さて、このソナタの第1主題と第2主題は次のようなメロディです。
譜例1
23小節目から始まる第2主題にかけて、どのような和声進行がされているでしょうか? その和声進行を簡素にまとめると次のようになります。なお、このように簡素にまとめることを「和声を要約する」と言ったりします。
譜例2
10小節目までは第1主題になっていて、11小節目から推移句になります。12小節目にBdurのドッペル・ドミナンテが現れますが、この和音は属調の属和音、つまりFdurの属和音にあたる和音になり、Bdurからその属調に転調する際にはとても便利な和音です。12小節目以降はこのドッペル・ドミナンテが頻繁に現れます。1度ドッペル・ドミナンテが出されただけでは自然に属調に転調することは難しいものですが、このようにドッペル・ドミナンテを繰り返すことによって、より自然にFdurに転調することができるのです。
さらに17小節目にはFdurのドッペル・ドミナンテにあたる「g-h-d-f」の和音が出てきますが、この和音はFdurには含まれても、Bdurには含まれない和音なので、17小節目からはほぼFdurになっていると聴き取ることが出来ます。また、Fdurのドッペル・ドミナンテが現れる17小節目以降にIの和音が1度も出てこないことに注目しましょう。このことによって、23小節目でFdurのIの和音で演奏される第2主題が、より効果的に聴こえるように演出されているのです。
雰囲気の変わる展開部の和声について
続いて、展開部の転調方法を見ていきましょう。展開部の和声進行は次のようになっています。
譜例3
展開部の転調過程には、特に決まったルールはありません。モーツァルトのこの作品の場合は、Fdur→gmoll→Fdur→fmoll→cmoll→Bdur→gmoll→Bdurと転調しています。30小節ある展開部の中で様々な調に転調していますが、それぞれは基本的にBdurもしくはFdurの近親調です。このうちのcmollのみ近親調ではありませんが、その前の調であるfmollからすると属調にあたります。
そして和声法的に興味深い点は8小節目のfmollです。ここで急に雰囲気が変わり驚きを感じますが、和声法的にはしっかりと準備されていると見ることができます。ここで雰囲気が急変しているように感じる要因として、その直前の7小節目がFdurのI2-V7になっていることにあります。ここがドミナンテなので、通常であれば8小節目はFdurのIになるはずですが、fmollに変わっています。この意外な転調こそが聴き手をびっくりさせます。
とは言っても、fmollの特有音であるasの音は、事前に6小節目で使われています。この和音はFdurのドッペル・ドミナンテの準固有和音。同じくfmollにも含まれる和音です。
譜例4
この和音によって、fmollへの転調の準備がこっそりと行われています。今回見たように転調には様々なコツがあり、作曲家の個性があります。今回は課題として次の作品の転調過程について考察してみてください。
課題
この譜例はモーツァルトのピアノ・ソナタK.V.545の展開部です。
前回の課題の解答例は次のとおりです。
前回課題解答例
課題1
課題2
課題3
まとめ
今回はモーツァルトのピアノ・ソナタを題材にし、作品独自の転調方法を探ってみました。一言に転調とは言っても、ソナタの中では、聴き手を納得させる転調と聴き手を驚かせる転調の2種類があり、モーツァルトの作品の中でその使い分けが巧みに行われていました。
次回はベートーヴェンの転調法について注目して、モーツァルトとの違いを探ってみましょう。