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2022年の研究と生活の振り返り

今年は特になにかあるわけでもないけど、どことなく落ち着かない年末を過ごしている。8年間通っている近所の食堂の餅つき会に呼んでいただいて、幼少のころ以来久しぶりに、餅をつかせていただいたりした。今年は、華々しい出来事はなく、アトリエにこもってSFを読みつつ未来の妄想をしながら研究の試行錯誤を続ける一方で、地に足をつけて生活している実感を得ようとした1年だった。

研究に関わる活動

昨年の振り返り によると、2022年は次の4点を目標にしていた。

  1. 博士論文の審査のための条件が最後1つ残っているので、その研究を完遂させる
  2. 統計・機械学習の基礎の勉強
  3. 手を動かしたからこそわかる現実の観察を踏まえた問題
  4. 複数の関連するコンテキストをうまく繋ぎ合わせて、相乗効果を重ねて、自分の成果につなげていく

1.は残念ながら未達。2.は少なくとも自分が取り組んでいる範囲ではそれなりにできたと思う。3.も想像以上に先行研究の結果を再現できないことを発覚させたことで、できているとはいえる。4.は行動変容があったものの自分の成果にまでは繋げられていない。

1.は2023年に持ち越し、4.は諦めてはいないものの今の環境の延長線上では難しいかなと思い始めている。

AIOps

さくらインターネット研究所で引き続き、AIOpsの研究に注力している。今年1年は、統計と機械学習を学び、自分で手を動かして、数理モデルを作り、評価することにひたすら注力していた。時系列データの異常検知、時系列クラスタリング、統計的因果探索、ネットワーク解析、深層学習(CNN)など必要な知識は多岐にわたる。定番のデータセットや評価指標がない領域に手をだしてしまった感があり、手法を実験で評価することに随分苦戦している。先行研究の結果が、手元のデータセットでは再現できないことが何度かあり、データ駆動のソフトウェアの汎化能力を保証する難しさを思い知ることとなった。また、AIOpsの障害管理の領域では、なにが正しい、あるいは何が望ましい状態のかを原理から演繹することが難しく、個々の現場のデータから帰納的にその状態を導くしかない。壁にあたっては少し前に進んでまた次の壁がでてくるの繰り返しで、論文も書けてないし、全然順調とは言えないんだけど、これはこれで研究らしい。 一方で、新規に獲得した知識の年間総量はこれまでで最多かもしれない。

5月に国内唯一のSREのカンファレンス SRE NEXT2022 で、途中成果のまとめをソフトウェアエンジニア向けに講演した。組織へのSRE適用事例をテーマとする講演が多い中で、少なくとも国内ではあまり見かけない領域でテクニカルな話ができたことは、国内ではレアな立ち位置であるSREの研究者としては良かったと思う。

研究コンセプトの更新 IPSJ-ONE2017での高度に発達したシステムの異常は神の怒りと見分けがつかない 以来、自分の研究コンセプトを更新できていなかった。そこで、情報処理学会の11研究会による主催のDICOMO 2022の招待講演に呼んでいたことをきっかけに、研究コンセプトを大幅に改訂した。この発表では、近未来のAI前提の情報社会に向けて、SREがどのようにあるべきかを1940年代から現在までを簡単に整理し、2040年代までの道筋を構想した。今ある技術ありきの未来予測ではなく、フィクションとして”こうなったらおもしろい”を提示している。そして、フィクションを現実にしていくための最初のフェーズのコンセプト”Interactive AIOps”を考えた。

この発表の後に、Stable Diffusion、ChatGPTなどの発展的なAIが登場し、AIをとりまく状況が大幅に変化した。人間は、これらのAIに対して、呪文と呼ばれるAIへの命令文を用いたAIとの対話を通して、もとめる成果物を製作したり、知識を獲得する。自分の構想では、いわゆる生成系AIを想定しているわけではないが、人間とAIの対話的な関係性は、自分のコンセプトを育てる上で大きなヒントになりえる。

2度の講演のおかげか、AIOps関連でこれまで繋がりのなかった大学の研究室や企業の新規開発事業部との相談、登壇・執筆・査読のご依頼などをご連絡いただけるようになった。いくつかのお話は多忙を理由にお断りさせていただいたものの、お話をいただけることはありがたいことだと思う。

博士課程

博士課程は3年目に入り、標準年限が過ぎ去ろうとしている。3本目の研究の進捗が思わしくないため、標準年限で修了することは諦めた。単位取得退学したあとに、博士論文の審査を受ける予定にしている。博士課程修了を優先するなら、AIOpsには手をださずに、時系列DBやネットワーク依存関係のトレースなどのシステムの観測技術に関する続きの研究をするべきだった。そうすれば今ごと予備審査を終えていたかその準備をしている頃合いだったと思う。しかし、強くやりたいと思えるネタもなかったので、今の所後悔はしていない。

プロダクティビティ

秋のはじめごろに、モデルをこねくり回していたずらに時間が過ぎてしまう感覚があった。そこで、プロジェクトを引き締めるために、アジャイル開発の手法を取り入れた。論文を投稿するまでのタスクを洗い出し、見積もりポイントを付与し、毎週ベロシティを計算し、現在地を明確にした。

昨年から愛用しているノートアプリのObsidianでは、2763ノートまで成長した。本来なら、ノート間のリンクを継続的につないで、ノートを孤立しないように維持することが望ましいのだけど、最近はその作業が滞っている。その結果、孤立ノートが目立つようになってしまった。

メンタリングとチームビルディング

さくらインターネット研究所で上級研究員に昇格し、研究所メンバーのメンタリングを担当することになった。前職のはてなでは、シニアエンジニアとしてメンターを務めていたので、はじめてのことではない。数年ぶりにチームビルディングのことを考えてはいるものの、現在の研究所では、各メンバーのキャリアやメンバーが取り組んでいるテーマ間に距離が大きすぎて、一つのチームとしてまとめることが難しくも感じている。そんななかでの試行錯誤や思考の途中結果を研究所のブログにまとめて次のように公開した。

ここ数年で、人との良い関係性は共感(Empathy)から始まるものだとだんだん考えるようになった。共感を示すには人の心に寄り添う必要があり、寄り添える人間でありたいと思うようになった。寄り添うとはいっても同情(Sympathy)することは類似の経験をしていないとなかなか難しいこともある。一方で、共感、つまり相手に理解を示すには、なぜ相手がそのように感じるかのプロセスを理解することであり、これは論文を書くときに必要な客観的思考と似ているようにも思う。以前は、めんどくさいからさっさとこうやって解決すればいいじゃんと共感のプロセスを省略する傾向が今よりも強かった。

このような心持ちの変化が原因であるかはわからないけど、何人かの同僚に話をしやすいと言ってもらえ、相談を受けることが増えてきたのはうれしい。

副業

昨年に続いて、Topotal でテクノロジアドバイザーをさせていただいている。昨年と変わらず、インシデントレスポンスのSaaSのWaroomをリリースするにあたって、プロダクトをどのように育てていくかを一緒に議論させていただくのが主なお仕事となった。前職のはてなでのサーバ監視SaaS Mackerel もまさにSREに直結するSaaSであり、Mackerel開発の初期のころをよく思い出す。その他、僕自身の研究の進捗があったり、インシデントレスポンスに関するおもしろい論文や文献があれば、雑談程度に共有させてもらったりしている。SREについて定期的に話せる場が他にあまりないので、貴重な機会になっている。

研究以外の生活

今年の前半は、実家の相続でトラブルがあり、諸事情で、両親とともに何人かの弁護士に相談に行ったり、両親の代わりに、文章を作成していたりしていた。5月ごろには一旦落ち着いてよかったが、客観的な会話ができない弁護士とやりとりしたり、まともに話が通じない親戚がいたりと、普段とかけはなれた状況に遭遇して、頭を抱えることも多かった。10代のころからこつこつ磨いてきた説明的な文章作成のスキルを両親に還元できたので、それはよかったと思う。

他にも感情の整理をつけないといけないことがあったりして、暮らしの価値観をすこし更新することになった。価値観の更新の影響もあって、今年の後半は、生活に変化を加えるように心がけた。

前からできるようになっておきたかった料理をはじめた。何年か前にもやろうとして、適当に作るとそんなに美味しくなかったりしたので継続に失敗した。最近は動画で細かく工程を教えてくれるので、真似すれば簡単でそれなりに美味しくなるので便利。足りない道具はすぐに買い足すようにして、調理工程や食材管理を改善していくとモチベーションを維持しやすいことに気づいた。パスタが好きで作るのが手軽なこともあってよく作っている。年末は年越し蕎麦を作って食べた。時間は使うけど、買い出しをして、食材を管理して、調理して、片付けをしてとやっていると生活をしている実感を持てるようになった。友人に作った料理の写真をみせては、一緒に喜んでもらっていた。

8年間通っている近所のお店のスタッフさんが今年独立され、おべんとう屋さんをはじめられたことがきっかけで、どちらのお店のスタッフさんともよく話をさせていただくようになった。スタッフさん同士で互いを愛称で呼び合われているのが印象的で、どことなく前職のはてなの文化を連想させる。知人・友人の多くが他県に住んでいる中で、一人暮らしのリモートワークは孤独を感じることもあり、ご近所付き合いをさせていただいていけるのはありがたいことだと思っている。どちらのお店も、居心地がよく料理がとてもおいしいので、京都に来られた際には、ぜひランチに行ってみてほしい。

2022年の研究成果リスト

今年の研究業績はあまりあがってない。というか主著論文を1本も書いていないことに気づいた。

論文誌論文

  1. Yuuki Tsubouchi, Masayoshi Furukawa, Ryosuke Matsumoto, Low Overhead TCP/UDP Socket-based Tracing for Discovering Network Services Dependencies, Journal of Information Processing, Vol.30, pp.260-268, 2022. [paper] [code].

国内会議録(査読付き)

  1. 林友佳, 松原克弥, 鷲北賢, 坪内佑樹,(ポスター)Situation Awarenessと認知心理学にもとづいたマイクロサービス型システム向け監視ダッシュボードの設計, インターネットと運用技術シンポジウム論文集, 2021, 97-98 (2021-11-18), 2021年12月.

国内会議録(査読なし)

  1. 林友佳, 松原克弥, 鷲北賢, 坪内佑樹, マイクロサービス型システムの監視におけるダッシュボードUI設計に起因する状況認識への影響, No.2022-IOT-56, Vol.38, pp.1-8, 2022年3月. [発表資料]

国内講演・講義

  1. 坪内佑樹, 鶴田博文, (招待講演) AI時代に向けたクラウドにおける信頼性エンジニアリングの未来構想, マルチメディア、分散、協調とモバイル(DICOMO2022)シンポジウム, 2022年7月14日 [予稿]
  2. 坪内佑樹, AIOps研究録―SREのためのシステム障害の自動原因診断, SRE NEXT 2022 ONLINE, 2022年5月15日 [動画]

Podcast

  1. yuuki, 18: AIOps with yuuki, e34.fm, 2022年5月

これまでの振り返り記事

年末の振り返りをはじめて10年経った。ソフトウェアエンジニアリングにしか興味がなかった時期は過ぎ去り、ついに生活に目を向けるようになってきている。

2023年の抱負

来年は、なんといっても博士号を取得したい。これが達成されれば、2023年は悪くない年になると思う。

これまでは、現実にありそうな一つ問題を発見してそれを解くことだけに取り組んできたが、ワンアイディアで終わってしまってそれ以降の研究につなげにくい問題を抱えていた。博士号取得後は、実運用上のデータ収集と課題を発見し、その課題を既存研究では解決できないことを実証した上で、DICOMO2022で発表したより広範で深い構想へつながるようなストーリーのある研究計画を立て、実現可能な環境づくりに取り組みたい。

2023年もよろしくお願いします。