今年の1月、フォルクスワーゲン・ジャパンは2019年度中にThe Beatleの販売を終了することを発表しました。
ワーゲン・ビートルの初代モデルは、私が免許を取って初めて買ったクルマです。
昔から免許を取ったら乗りたかったクルマが三台ありました。「ジープ」「赤いシヴォレーコルベットスティグレイスポーツクーペ」、そして「黄色いワーゲン」でした。
そしていろいろ探し回って手に入れたのが「黄色いワーゲン」だったのです。
当時はビートル専門のお店がいろんな場所にありました。
ここシェルオート販売もそんなお店の一つで、わたしのビートルもここで買いました。
わたしのビートルは1976製の1200LSE、フロントウインドウは1303シリーズなどのようにカーブしていなくて昔風のフラットタイプのものです。
ボディサイドの黒いストライプはどうしても付けたかったものです。
色はもちろん目のさめるような黄色! 当時「黄色いワーゲンを見たらその日はいい事がある!」と言われ、街中を走っているとよく子供たちに指さされました。
フロントウインドウにあった三角窓も特徴的で、逆向きに開けば走行中に強制的に風が入ってきますしタバコを吸っていてもすぐ換気できました。
さらにこの三角窓には忘れない思い出があって、ある時当時の彼女(今の奥さん)とドライブに行って河原で休憩した後ビートルに戻ったら、キーを車内に入れっぱなしだったのに気が付きました。 ドアは開けられず途方にくれていた時に近くでサイン会場(笑;)を開いていたおまわりさん達が寄ってたかってこの三角窓をこじ開けてドアを開けてくれたのです!
リアのエンジンフードの黒いカバーもお気に入りで、「D」のステッカーもビートルにはお約束でした。
ビートルの特徴といえば「リアエンジン、リアホイールドライブ」ですからフロントフードの中はトランクとスペアタイヤ入れです。
トランクといってもほんとに狭くて小さなバッグが入るかどうかといった程度です。
マイ・ビートルの思い出はまだまだあります。 何といってもスゴイのが「ハンドルから水が噴き出した!」ということ。それも何度かありました。
フロント内にあるスペアタイヤには写真の丸印のように中央に水の入ったタンクがあります。 これがウインドウォッシャー液なんです。 そしてご覧のようにこのタンクにはスペアタイヤから黒いゴムチューブが伸びています。 そのゴムホースがさらにハンドルの所まで来てウイドウォッシャーを操作するとゴムホースが繋がってフロントウインドウから液が噴き出すという仕組みです。
でもこのゴムホースがすぐに劣化してヒビがはいってくるのでスペアタイヤの空気圧によってハンドルから水を噴き出すというありさまでした。
悪い事ばかりではなくて、スペアタイヤの空気圧が下がってくるとウインドウォッシャー液が出なくなるので、空気圧のチェックができるというものでした。
リアに積んでいるエンジンは排気量1580ccのKジェトロニクスのインジェクションタイプです。
昔のビートルの写真を見るとエンジンルームはスカスカで隙間だらけでしたが、私のビートルはクーラーのユニットが載っているせいもありぎっしりでした。
ヒーターの構造も特殊です。 通常のクルマは水冷ユニットから暖気を取りますが空冷のビートルの場合それはできません。 エンジンの排熱を利用していました。 そのダクトも紙製ですぐ壊れたので東急ハンズで買ったアルミダクトで作り直しました。
コンソールもシンプルでした。 メーターはスピードメーターのみ。 オーディオはモノラルのAMラジオだけです。
私はノブをすべてウッドタイプに変え、ハッチの蓋にも木目のシールを張りました。
コンソールの下にはクーラー(エアコンではない!)ユニットがありますが、このクーラーが効かないこと効かないこと! 三角窓を開けた方が涼しいくらいでした(笑;
最終的に私のビートルのコンソールはこうなりました。
基本は同じですが、下にメーターボックスを取り付け(後で)タコメーターも付け、小物を奥台も助手席に付けました。
今ではもうこんな事は出来ないでしょうけど、当時はこんな遊び心も黙認されていました。
フロントにあるガソリンリッドには吸盤で付けるおもちゃの水道蛇口を付けました。
当時はセルフスタンドなんてありませんので、ガソリンスタンドで給油するときは皆一瞬驚いて、その後ニッコリしてくれました。
リアにもこんな大きなゼンマイのネジも付けました。 落ちないようにヒモも付けましたが速度を出すと曲がってしまうので低速の街中専用でした。
リアウインドウ内側の「揺れるDr.スランプ、アラレちゃん・スインガー」が時代を感じさせます。
写真が残っていないのが残念ですが、当時はジョーク用品として屋根の上に吸盤で付ける「TAXI」と書かれたユニットがあり、これを付けて走るとホントに何人かに手を挙げられる事があったのですぐに止めました。
リアシートにはヘッドレストは無く、その後ろの棚にはワーゲンのミニカーをいっぱい並べて飾っていました。
フロントコンソールにはカーステレオを付けたのでパイオニアのリアスピーカーを載せました。
後ろから来るクルマにわかりやすいように(?)「VW」の文字を下げています。
ビートルの変わったところとして、バッテリーの位置があります。 エンジンルームにあるのが普通でしょうけどビートルではリアシートを持ち上げるとその中に格納されています。 寒さ対策にもなるし雨で濡れる事がないというようによく考えられています。
このビートルではいろんな所にドライブに行きましたのでとっても思い出深いクルマとなりました。
当時、20歳代前半、若いし昔のファッションですね。
あっ「足が長いですねぇ!」というコメント、待ってます(笑;
当時から、出先でクルマの不調があるとすぐに修理しないと気が済まない性格で、よく彼女(現奥さん)から呆れられていました。
ところでビートルのジャッキアップも独特でした。
パンタグラフ式でもオイルジャッキでもなく、写真赤丸のような縦長の棒状のものでした。 横に伸びるステーをボディー内にある角パイプに差し込み、ジャッキの横にあるハンドルを回していくとネジを切った横ステーが上に上がっていき車体を持ち上げる構造でした。
これは会社の人たちとビートルでキャンプに行った時のものです。 写っているのは同僚とその娘さんです。
当時は恥ずかしげもなくこんなビートルのイラストのあるトレーナーをペアルックで着ていました。
ちゃんと前と後ろでビートルの絵がそれぞれ描かれていました。
ビートルが好きで、鉄道模型のNゲージ用の手のひらサイズのミニカーを自分のビートルと同じスタイルに改造しました。
フロントのバンパー、ワイパー、ミラー、サイドターンランプ、アンテナ、車内のルームミラーなどを自作。
ナンバーは乗っていた自分のビートルのものにしました。
リアのエンジンフードとドアは作り直して開けられるようにして、エンジンを再現。
これだけ大好きだったワーゲンですが、実はトラブルも多発していました。
上にも書いた「ハンドル水噴き」だけでなく、クラッチワイヤーの断線二回、高速道路でのマフラー脱落、高速ではエンジンが始動できずトラックの運転手さんたちに押し掛けして(これでエンジンが掛かってしまうのです!)など枚挙にいとまがありません。
さらに燃費が悪くリッター7、8キロというものでした。
そして最初に書いたように乗りたかったクルマ二代目の「ジープ」、に代わる同じ三菱から出ていた当時大人気の四輪駆動車、初代パジェロへ乗り換えました。
ビートルは手放しましたがこのミニカーはまだリビングに飾ってあります。
コメント
ジン さんへ、
お久しぶりですって、私は毎日ブログ、見てますよ。
>あ、脚が・・・(笑
お約束どおり、ありがとざいます!
もう40年近く昔のハナシですね。
今の若い人たちと違って、私たちの時代の人間は、
免許が取れる年代になると原付や二輪、クルマの免許や
バイクや車が欲しくてたまりませんでしたね。
昔のスパージェッターやウルトラセブンに出てきたような
腕に付けたビデオシーバーで顔を見ながら通話できる機械が
実際にできてるんですからね。
ワーゲン、ビートル、やっぱり今の時代には合わないのかもしれませんね。
あ、脚が・・・(笑
オレがまだ鼻たれガキだった頃のよき時代ですね。
早く車やバイクに乗りたくて仕方なかった頃です。
現代も日進月歩で物や景色が変わっていきますが
あの70年代は斬新で革新的な物が次々生み出されていった気がします。
子供だったからそう感じたのかな?
大人になったから電話が持ち歩けるようになっても感動しなくなったのかな?