コロナ出口戦略の指針ー緊急事態宣言解除基準の考え方、経済と命を両立させる方法

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緊急事態宣言が5/31まで延長される見込みです。自粛はいつまでつづくのでしょうか?出口戦略という言葉が流行りはじめています。どういう基準で、いつ経済を再開するべきなのでしょうか。

これに関しては、いくつかの知事が考えを表明しているものの、政府からは明確な基準は聞こえません。日本が何処へ向かおうとしているのか釈然としません。

本エントリでは、いま考えられている解除基準の欠点を指摘したうえで、有るべき自粛解除基準の考え方を示すと共に、その後の出口戦略とコストについて考えます。

できるだけ簡明に書きましたので、少々長いですが、ぜひ最後までよんでみてください。

医療キャパシティを基準にした解除基準は、経済か命かというトレードオフになる

まず最初に、県知事による出口戦略の案について触れます。

大阪の吉村知事は「病床使用率」をあげました。これが一定以下であれば、医療キャパシティに余裕が有り、感染拡大を受け止める余裕があるということでしょう。千葉市長の熊谷氏は、自粛の目的は封じ込めではなく、医療崩壊を防ぐことにあるとしました。感染者が増えたら制限をきつくし、感染者が減ったら制限を緩める。自粛と解除を繰り返し、ワクチン登場まで耐え忍ぶという持久戦の考え方です[1]。

このように、感染を医療崩壊の手前でコントロールしつつ、その範囲で経済活動を再開する方針を一般に「緩和政策」といいます。

この政策の問題点は2つあります。ひとつは、医療キャパシティがそれほど多くない場合、経済活動の再開余地が少ないということです。直ぐに感染者が増えてしまえば、また自粛を行うほかありません。持久戦のあいだ経済活動や行動は制限されたままになります。

次に、感染者の抑制手段が自粛によるものでは経済ダメージが膨大になることが分かっているということです。今後感染が再拡大した場合、もう一度緊急事態宣言を出すことができるのでしょうか?2回目はできたとして、3回目はどうでしょうか?

緩和政策では、感染者と経済活動はトレードオフの関係になります。ですので、経済か命か、といった綱引きが続くことになります。

そこで、よりよい解除基準を示します。

※以下の提案は、Tomas Pueyo氏の、ハンマー&ダンス戦略によるもので、その内容をかみくだいて日本のケースに当てはめて解説したものです。図表及び数値算定の根拠こちらになります。詳しくは原文をお読みください。

感染者<検査能力という解除基準

では、新しい解除基準を示しましょう。それは、

新規感染者 < 検査・追跡・隔離能力

というものです。

コンセプトがもっともわかりやすく示されている図を示します。韓国の事例です。

赤色の線は、毎日の新規感染者です。緑の線は検査の実施数です。グラフの前半では、赤い線が緑の線を上回っています。この状態は、検査で把握できない感染者が存在する状態です。つまり赤く塗られた面積がそれです。

この状態では、感染者が何処にいるのかわからず、個別の対策ができません。そこで韓国は、検査数を増やしました。それが図の後半です。検査数が新規の感染者をすべて捉えらるようになると、感染者が何処にいて、どういう行動をしたのかが目に見えるようになります。「視力」を獲得したのです[2]。

その後は、感染者とその接触者を徹底的に追跡し、すべてに検査をおこない、隔離をおこないました。その結果、新規の感染者はどんどんと減っていき、先日ゼロを達成しています。

次は、感染が爆発したイタリアのケースです。

新規感染者は緩やかに低下していますが、同時に検査の数も大きくふえています。いずれ緑の線が、赤を超える時期がおとずれます。そうです、其の時がまさに、自粛を緩和できる時なのです。

自粛緩和できる時とは、新規の感染者<検査・追跡・隔離能力になった時というのは、こういうことです。

日本のケースを見てみましょう。日本は赤色の線は緩やかかつ絶対値が少なく推移しています。感染爆発はおこっていません。しかしながら、検査数ものびておらず、ずっと赤色の線の下のままです。

つまりどういうことかというと、数は少ないものの、追うことができない患者が多く存在するということになります。

この状態で、自粛を解除しても、追い切れない感染者が居る以上、どこかでまた感染拡大を起こしてしまうかもしれません。

最後は台湾の事例です。最初から検査数が感染者を上回っており、すべてを完璧に対処した例です。模範ですね。台湾ではコロナはすでに終息しました。同様に早期に対策したのがニュージーランドで、新規感染はゼロになりました。文化の違いによって対策ができないということではない傍証です。

左辺を下げ、右辺を増強すること

「新規の感染者 < 検査・追跡・隔離能力」

という不等式を達成するためにはどうすればよいでしょうか。それは、左辺を下げて、右辺を増やすことにほかなりません。

左辺を減らすとは、現在の、緊急事態宣言です。市中のどこの感染者がいるかわからない状況では、いまのような一律な自粛が必要です。

その間に、右辺である検査・追跡・隔離能力をふやします。これが左辺をうわまわれば、自粛が解除できるようになります。

経済と命はトレードオフではありません。

検査・追跡・隔離を基本においた国では、コロナの新規患者が急激にへってきています。2月の早期から徹底した対策をおこなった台湾・ベトナム、香港、マカオでは、すでに10〜14日程度新規感染がゼロになっており、事実上、コロナが終息したと思われます。

私はそのベトナムに住んでいます。ベトナムでは2月の始めから対策がおこなわれました。感染者を徹底追跡し、接触したすベての人に検査をおこない、早期に隔離しました。いわゆる3密で感染がおきたときも、其の場にいたひとをすべて洗い出し、バーの客ごと、マンションごと隔離をおこないました。こうした徹底的な方策によって、4月の3週目に、ほぼ収束をみたのです。万が一、今後コロナが再発しても検査インフラがあるので、ごく少数の内に封じ込めることができるでしょう。

私が強調したいのは、こうした対策と経済の運営は両立するということです。最終的にベトナムは3週間の飲食店の閉鎖・旅行の禁止などのソフトロックダウンをおこないましたが、それで済みました。

現在では、国内移動もできるようになり、飲食店も再開して誕生会を開くこともできますし、小さな息子に予防接種をうけさせるために病院にいっても感染を心配することもありません。スーパーも通常営業で物資は不足していません。日常生活で不安を感じることはありません。安心感がちがいます。

ベトナムではコロナ死者はゼロです。ベトナムは命もまもって、経済も守ったのです。

韓国では、テグでの感染爆発があったにもかかわらず、ソウルなどの大都市が封鎖されることはありませんでした。期間中ずっと飲食店は開いたままで、経済にダメージをおうことなく、感染者ゼロまでもっていきました。

このように、コロナの対策と、経済は両立するのです。

当然感染爆発がおきて手に終えなくなったときは、都市封鎖などのコストの高い方法しか手当ができません。何処にコロナが居るのかわからないのですから、目標を定めず無差別爆撃するほかないのです。しかし、これは経済へのダメージが大きく、多大なコストがかかっているのはご存知のとおりです。

しかし、一旦、新規感染数<検査・追跡・隔離能力を達成すれば、それ以降のコストは安くなります。

新規感染数<検査能力は、物理でいうところの「相転移」だということです。ある点を超えると、液体が個体になって手で掴めるようになる。相転移に至るまでは命と経済はトレードオフですが、相転移以降は両立ができるのです。緊急事態宣言の解除基準は、この相転移を基準にすべきなのです。

追跡に掛かるコスト

追跡に掛かるコストを試算します。湖北省ではピーク時に「5人の調査員からなるチームが1,800あり、接触者を追跡していました。これは9,000人の調査員」でした。この事例から、感染者1人を追跡するコストは、約12–15人日という試算です。

日本では毎日の新規感染者は200〜300前後です。これにコストを掛け算すると、多く見積もって、4500人日ということになります。毎日4500人がこの作業に当たる必要があります。休日や交代人員を見込んで6000人が必要です。これらの人のコストが一日3万円かかるとすると、1.8億円/日になります。追跡に掛かるコストが、年間で657億円になります。

検査そのものに掛かるコストですが、もれを少なく検査するには、感染者の33倍ほどを検査する必要があります[2]。つまり、一日10,000検査です。1検査あたり諸々で3万円のコストがかかるとすると、3億円/日です。年間で、1095億円です。

これに加えて隔離コストがあります。一日あたり1000人を14日隔離するとします。隔離施設に2万円・日かかるとして、2.8億円/日です。年間1022億円です。

ざっと見積もって、対策予算は年間3000億円です。

当然ですが、緊急事態宣言の延長で、日時の感染者数がもっと下がれば、コストは下がります。また対策していけば、感染者は減っていきますので、数カ月後にはさらに少ない患者数になり、コストも下がります。

これらのコストは、自粛要請による経済の停止とくらべると、比較するのが馬鹿馬鹿しいほど小さく見えます。

これらの体制を整えることは先進国である日本には十分可能であるように私は見えます。緊急事態宣言で新規感染者の抑制に成功したいまなら、十分な体制を準備できれば、現時点でも緊急事態宣言は解除することが可能です。

全員を追跡出来る必要はない

追跡というと、接触者全員を完全に把握する必要があるように捉えられ無理ではないかという声がでます。そうではありません。

これは基本再生産数R0を基準として、終息に必要な追跡率%を算出したものです。このグラフからは、欧米で考えられているR0=2.5の場合は、接触者の80%を特定して隔離することで、感染の拡大を1以下に抑えることができると読めます。

日本の場合は生活様式の違いなどからR0がもっと少ないといわれており、専門家チームも支持しています。仮に日本でのR0が1.5の場合、接触者の20%を追跡するだけで感染拡大を防止でき、60%を追跡できれば拡大は0.6程度に収めることができ、十分実効的です。

ITによる追跡の効率化

しかしながら、追跡には、いくつかのハードルがあります。ITを使わない場合の限界です。日本のクラスタ班は、紙ベースでヒアリングを行い、おそらくエクセルなどで管理をしていたようです。これでは、日時の感染者が数人であれば対処できますが、数が増えれば能力をオーバーします。

またヒアリングベースでは、嘘をついたり、隠し事をすることがあります。日本で夜の街でクラスタがおきているのに、行動を伏せたいことから、黙秘や嘘をついた人がいることはご存知のとおりです。また人は過去2週間の行動をすべて覚えているわけではありませんから漏れが出ます。

そこで韓国や台湾はITをつかっています。具体的には、携帯電話のGPSや、クレジットカード・電子マネーの利用歴のデータを利用して、追跡班が行動を特定できるようにしています。監視カメラのデータも使います。ヒアリングベースより追跡能力が飛躍的に高まります。(プライバシーの問題は後述)。

中国では建物に入ったり、乗り物に乗る際に、QRコードを読み取る必要が有ります。いつ誰がQRコードを読み取ったかを調べれば、同じ乗り物に乗った人を特定できます。QRコードを読まなければ乗り物に乗れない規則ですので、実効性があります。

感染力の強いコロナをすべて追跡し隔離できるとは、ITに疎い人にとっては不可能としか思えないかもしれません。事実20年前であれば不可能だったでしょう。しかし、今の時代なら可能なのです。私達には武器が有るのです。これは驚くべきことでしょう。

出口戦略のまとめ

以上が、ハンマー・ダンスのブログの内容を簡潔にまとめた上で、日本でのコストなどを盛り込んだ出口戦略になります。

そして何よりも嬉しいことは、この方法をつづければ、いずれ患者数は減っていきゼロになることです。それは、東アジアの先進事例からもわかります。緊急事態宣言はもう必要ありません。

まとめます。

・「新規感染者 < 検査・追跡・隔離能力」を緊急事態宣言解除基準とすること。

・日本の感染者数だけでいえば、すでに解除できるレベルにあるが、検査・追跡・隔離の能力が低く、解除できる不等式を満たせていない

・経済と命はトレードオフではなく、両立できる。さらに感染者をゼロにすることすら可能である。

・検査、追跡、隔離に掛かる費用は、緊急事態宣言の再適用をくりかえす経済損失より、バカバカしくなるほど安い(3000億円)。

・東アジアの事例から類推すれば、日本の現在感染者水準からなら数カ月程度で終息まで可能。長期戦も、ワクチンを待つ必要も、神風(遺伝子やBCG効果)を期待する必要もありません。

最後に、すごく重要なので強調しておきますが、これは私が考えた案では決してありません。オリジナルの考えではありません。台湾・韓国・ニュージーランドなどですでに実績があり、成功している方法について紹介しているだけです。世界ですでに成功した事例を元にしているということです。

参考までに、すでに終息と思われる国(新規の市中感染が10日ほどでていない)はベトナム、マカオ、香港。新規の市中感染がゼロになったのが、韓国、ニュージーランド。ほぼゼロが続いているのがアイスランド、中国。この路線で頑張っていてやり通せそうなのが、シンガポール、マレーシア、オーストラリア、タイ。ドイツがこの路線への転換を模索中。以上です。

日本における実行上の課題

さて、ここまでお読みになって、いくつかの課題も目にみえてきたとおもいます。日本における課題をかいておきます。

隔離の実効性ついて

東アジアの事例では、隔離に実効性をもたせるためにいろいろな工夫がされています。

最もキツイのは、保釈中の容疑者のようにGPSをバンドをつけて、ホテルなどの隔離施設にいれることです(香港)。食事などは配給されます。台湾などでは、自宅待機の実効性を持たせるために、抜き打ちで一日になんどか当局より連絡が有ります。その電話を取らなかったり、自宅以外にいると判明したら、罰則があります。

日本でも、こうした法律による罰則付き、または一定の強制力をともなう隔離が可能であるかどうかです。私は法律の専門でもなく、こうしたことが可能かどうかは存じません。立法が可能かどうかもわかりません。

いずれにしても、隔離に実効性がなければ、対策の根本がぬけてしまうので、重要です[3]。

なお空港検疫も隔離の実効性がないと意味をなしません。国内感染がへっても、海外からの輸入ケースはあり続けるからです。日本国民の母国への帰国を拒否することはできませんので。

追跡の効率化について

ITを使わない限り、追跡の効率化は望めません。すでにクラスタ追跡班が紙とエクセルで望んで惨敗しているので、同じ失敗を繰り返すのはよろしくありません。しかしながら、こういうところへのITの活用は日本の実に苦手な分野であります。どうやったら出来るのかは私にはわかりませんが、必須であるといえます。

接触追跡アプリですが、あのシンガポールでも普及しておらず、感染予防に役立つレベルに達してません。アプリは美しいのですが、実効性という意味では、位置情報・買い物情報・監視カメラというすぐ活用できるデータが早く、またそれで十分というのが先例です。長期的には、国民と連携をとるアプリが普及するのは望ましいです。

検査の拡大について

日本でなぜ検査の絶対能力が増えないのかについては私は実情を知りません。いろいろな事情があるのかもしれませんが、新興国のベトナムですら必要な検査を行えているのですから、先進国の日本であればクリアしてしかるべきでしょう。

また検査結果が判明するまでのタイムラグも関係してきます。3日遅れだと感染拡大を止めるのが難しくなります[4]。即日が望ましいです。

プライバシーについて

追跡に際してプライバシーや私権が制限されるとの声が根強いです。私には、コロナが収まるのメリットにくらべて、現状から追加的に喪失するプライバシーは殆どないように思います。

まず、追跡チームのデータアクセスは限定的です。すべての国民の個人データに無制限にアクセスできるわけではなく、感染者をキーにして追跡期間も過去2週間です。またコロナが終息すればそれらのデータは破棄しても良いでしょう。

また、すでに犯罪捜査においては、警察の要請があれば、携帯電話会社やカード会社は必要なデータを渡しています。監視カメラも当然見れます。こうした事が既に行われているのでから、コロナ追跡を許しても、追加的にプライバシーの権利が損なわれるということにはならないと思います。

残された時間

緊急事態宣言はあと1ヶ月つづきそうです。その後は、経済とのバランスを考えて、出口がみえなくても解除せざる得ないようにもおもえます。つまり、有効な対策インフラを整備するのに残された貴重な時間は1ヶ月ほどです。日本は先進国ですから、能力、予算、人員、経済ともに、十分出来るはずです。

ただこの方法を取るかどうか、日本の体制や文化にふさわしいかどうか、プライバシーの制限をどこまで許容するか、何をコストと考えどこまで許容するかなどは、議論があってしかるべきです。個人的にはこれが良いと思いますが、最終的に決めるのは国民です。

最後に。出口戦略について話題にしたり、手がかりを必要とすることがあったら、ぜひこのエントリを紹介してください。なるべく多くの人に読んでもらい、考えてもらいたいので。

<注記>

[1] https://www.facebook.com/toshihito.kumagai

[2]検査数の3%の範囲に陽性者が収まることをグリーングラフの前提としている。右側の軸の検査数軸は左側の軸の感染者数の33倍になっている。これにより、十分な検査を実施できているかどうかを確認できる。詳しくは原文にて根拠が書かれています。

[3]ただし、隔離については必ずしも100%隔離する必要はなく、幅のある数字である。一定数を隔離できれば収束にむかう。その条件は、追跡できた数や、R0などの他の条件と組み合わせで決まる。これも原文を参照されたし。

[4]「隔離と検疫の両方に2日間の遅延がある場合、この措置だけで感染拡大を阻止するには感染者の少なくとも70%〜90%を隔離し、接触者の少なくとも70%〜90%を追跡できる必要があります」「感染者隔離して検疫するまでに3日の遅れがあるならば、流行を止めることはひどく難しいでしょう。」

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