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半導体業界のプラットフォームを目指す──TMHの価値は大分の工場からグローバルへ
半導体製造装置や部品の調達を起点に、「半導体業界」の課題をさまざまな角度から解決していく──。2012年に大分の地で産声をあげたTMHは、祖業である半導体製造装置のメンテナンス事業を軸に、事業の幅を広げながら成長を続けてきました。
創業のきっかけは代表取締役の榎並大輔氏が東芝時代に感じた、国内半導体メーカーが抱える調達の課題です。国内外の優良なサプライヤーを発掘し、メーカーに結びつけることで、購買活動を後押しする。TMHはメーカーとサプライヤーの間に入って両者の取引をなめらかにする“商社”の役割を担っていますが、そこに「エンジニアリング」と「デジタル」の要素を加えることで、同社ならではの価値を提供しています。
業界出身者を中心とした専門性の高いエンジニアリングの力で、装置の購入だけでなく解体、搬出、設置、さらには生産性の改善に至るまでの業務をトータルでサポート。半導体に特化した越境ECサイト「LAYLA」には30万点を超えるアイテムが登録されており、国内の半導体工場の半数以上が活用するプラットフォームに育っています。
海外に拠点はないにも関わらず、今期の売上の海外比率は7割程度を見込んでおり、大分から国境をこえてビジネスを広げ続けているTMH。同社の歩みや今後の展望について、榎並氏と取締役の関真希氏に伺いました。
聞き手は2017年にTMHへ出資して以来、株主として同社の成長を間近で見てきたベータ・ベンチャーキャピタル代表取締役パートナーの林龍平です。
2006年株式会社東芝入社
2012年株式会社TMH設立 代表取締役就任
大手事業会社、デロイトトーマツコンサルティング社にてサプライチェーン改革、M&A、コスト改善など多数の経営改革に従事。2015年にTMHに入社。現職では、管理部門の責任者として、企業価値向上に資する活動に従事。新規事業構想策定・実行、ファンドレイジング、評価制度・規程等の制度設計、内部管理体制構築、IPO準備等をリードしている。
学生時代のお好み焼き屋の経営を経て、新卒で東芝へ
── TMHは2012年に大分で設立されたスタートアップですが、実は榎並さんが初めて大分に来られたのは社会人になってからのことだったそうですね。
榎並 : 新卒で入社した東芝で、最初に配属されたのが大分工場だったんです。それまでは大分はおろか、九州に足を踏み入れたこともありませんでした。もともと生まれたのはタイのバンコクで、子どもの頃は10年ほど海外で生活をしていました。日本で暮らすようになったのは中学3年生からなんです。
── 新卒で入社された東芝では半導体の調達業務に携わり、コスト削減に貢献されていたと伺っています。東芝を選ばれたのはどのような理由からだったのでしょうか。
榎並 : グローバルで仕事ができること、そして経験したことのないような大きなスケールのビジネスに携われると感じたことから東芝を選びました。
学生時代はそこまで就職したいという気持ちが強くなかったこともあり、友人とお好み焼き屋の経営に取り組んでいたことがあったんです。ただ、その際に感じたのが「店舗のキャパシティ以上のビジネスに育てるのが難しい」ということでした。
そのお好み焼き屋は、2店舗までにはなったのですが、店舗あたりの売上の上限が予測できてしまい、これから多店舗展開をしたところで、自分たちの力では大きなビジネスにはできそうになかった。そこで飲食店の事業は友人に譲り、就職する道を選びました。
私が就職活動をしていた2005年頃の東芝は、業績が好調で勢いがあり、グローバル展開にも力を入れていました。この会社であればたくさんのお金や人を動かして、学生時代の自分には成し得なかった大きな仕事ができるはず。幼少期から海外で暮らしてきた自分にとって、世界に向けて仕事ができる点も面白そうだと感じていました。
── そこから半導体の調達の現場で働かれるようになったわけですね。
榎並 : 面接の段階では原子力事業の営業をやりたいと話していたのですが、入社までの期間で他の事業にも興味が出てきたので、迷っていることを会社に伝えていたんです。結果的には、コーポレート調達部で働くことになりました。
調達部門に決まった時も特に戸惑いはなく面白そうだと感じていましたが、赴任先が大分工場になったことについては、びっくりしました。
調達の現場で感じた「コスト削減」のギャップ
── 調達部門でのご自身の経験が、現在のTMHのビジネスにも大きな影響を与えているかと思います。どのような経験から事業の着想を得られたのでしょうか。
榎並 : 現場で働く中で「海外での調達業務」に関する課題が多く発生しており、クレームなどの問題にもつながっていることに気づいたのです。
当時、韓国や台湾など海外の半導体メーカーが急速に勢力を広げていました。その躍進の裏には「優秀なサプライヤー」が存在しているはずだということはわかっていたのですが、そのサプライヤーをなかなか探し当てることができないでいたんです。
それならば直接海外のサプライヤーを回り、探索してみてはどうか。そのように社内で提案したところ、未知の海外の新規サプライヤーといきなり取引するのはリスクが高いことなどの理由から、実現には至りませんでした。当時は商社から紹介されたサプライヤーの中から選ぶのが当たり前、自社で直接探索をするという選択肢がなかったのです。
この経験は「もし自分が良質なサプライヤーを開拓してきて東芝のようなメーカーに提案することができれば、1つのビジネスになるかもしれない」というアイデアをもたらしてくれました。もともと国内のサプライヤーの監査や工場見学の経験はあったので、海外でも同じようなプロセスで良質なサプライヤーを探索できるのではないかという仮説もありました。
海外の半導体メーカーが安く製品を作れている要因の1つは、より安く部品を仕入れられていることです。それを後押ししている海外のサプライヤーを開拓していくことで、「コスト削減」という日本の半導体メーカーの重要な課題の解決に貢献できればと考えていました。
── 海外の半導体メーカーが勢いを増す中でサプライヤーにとっても取引先の選択肢が広がり、従来に比べて日本の半導体メーカーが良質なサプライヤーを獲得しづらくなるといった状況も生まれていたのでしょうか。
榎並 : 8インチまでのような旧世代のものに関してはまだ良かったんです。日本は半導体の工場数が世界で1番多く、サプライヤーの数も充実していました。でも300ミリなどの新世代のものになってくると事情が違ってきます。国内ではサードパーティベンダーと言われるような、純正メーカー以外の事業者がほとんど育っていません。海外の場合はそのような事業者が育っているため、安価に部品を仕入れやすく、最終的なコスト競争力の面で違いが生まれてくるのです。
もちろん日本のメーカーの生産技術は高いのですが、調達の課題、投資力、技術の陳腐化などにより、差別化が難しい状態に陥っていました。
── 榎並さんとしてはそのギャップが大きなビジネスチャンスになりうると捉え、起業に踏み切ったわけですね。
榎並 : 他の業界で例えると、自動車業界におけるイエローハットやオートバックスのようなアプローチです。トヨタの車に乗っている人にとって、トヨタの純正に出すのが1番安心できますが、その分価格は高くなりますよね。僕らは自動車業界におけるイエローハットやオートバックスのように、必ずしも純正品のみを扱うわけではないけれど、同等の品質を持つものを安く調達してきて、お客様に安価に提供する。そうすることで、お客様のコストの悩みを解消するというイメージです。
実際に東芝の現場では頻繁にクレームが発生するほど調達の課題が顕在化していましたし、一方で海外を見ていて間違いなく解決の糸口はあると確信できたので、この方向性で行こうと決めました。お世話になった東芝の方々にも「私が良いサプライヤーを見つけてくるので、よかったらサービスを使ってください」と伝えて退職しましたし、実際にTMHの最初のお客さんになってくれたのも東芝の大分工場でした。
最初の顧客は東芝の大分工場、カギは現場への解像度の高さ
── そこから他の大手メーカーなどにも早い段階から活用されていましたよね。業界に精通している榎並さんが立ち上げたとはいえ、大企業の口座はすぐに開けるものではないので、このお話を伺った際にすごく驚きました。
榎並 : もちろん古巣とはいえ、いきなり口座を開設いただくのは難しいです。最初は商社が間に入る形で取引をしていました。取引が継続する中で幅が広がっていき、1年ほどで直接取引をしていただけるようになりました。
── 裏を返せば、そのくらいTMHの事業のインパクトがあったということですよね。商社が間に入ったとしても、納得してもらえるような品質と価格帯だったわけですから。競合に当たるような企業もいたのでしょうか。
榎並 : もちろん同じようなアプローチを試みる商社などは存在していたと思います。ただ、そもそも半導体業界は異業種から参入するのが非常に難しい。製造プロセスや商慣習なども含めて半導体のことに熟知していなければ、相手にされません。その点、私はデバイスメーカーの経験があったので、お客様が気にされているポイントがわかっていたことは大きなアドバンテージになりました。
── 相当勉強されていたとは思うのですが、そのキモを東芝に在籍していた約3年半で見極められたというのはすごいですね。
榎並 : 勉強もしていましたし、実際に製造側の方とも協力しながらコスト削減に貢献できたという自負もありました。
また運が良かったのは、東芝の大分工場では、6インチ、8インチ、12インチと一通りの口径があったので、それぞれの装置や工程を覚えられる環境だったんです。ものすごく規模が大きい工場というわけではありませんでしたが、この土壌のおかげで、起業後にお客様とスムーズに話ができました。
── 2012年にTMHを創業された当初は、榎並さんお一人でスタートしたのでしょうか?
榎並 : 役員は私1人で、アルバイトのような形で手伝ってくれたメンバーが2人いました。1人は東芝を定年退職された業界出身で、もう1人は中国語と英語が話せる中国籍の学生でした。創業の地も現在のオフィスと同じこの建物なのですが、当時は小さな一角を借りていて、専用のトイレもない状態からのスタートでした。
── この場所は創業の地でもあるんですね。榎並さんが起業されてから今年で12年が経ちます。その間に市況の変化などもありましたが、売上という観点では創業以来ずっと伸び続けていますね。
榎並 : 新規事業に投資をした時期など赤字になった時期はありますが、売上という観点では一度も落ちたことはないです。
それこそ林さんに出資いただいた2017年は既存事業の土台が固まってきている中で、新規事業の「LAYLA」の構想を打ち出してエクイティファイナンスを実施するなど、事業拡大を見据えた変革のタイミングでした。2015年に現取締役の関、2016年に同じく現取締役の香月が加わり、組織としても基盤が強固になってきていたように思います。
プラットフォームビジネスでの失敗と再起
── 既存事業の土台を整えてきた中で、関さんや香月さんが加わりチームとしても強化された。そんなタイミングで打ち出した越境ECのLAYLAは、「仕組みで売上を作る」という新しい挑戦の一貫だと思いながら見ていました。
榎並 : おっしゃる通りですね。1人増えたら売上がいくら増える、といったような人に依存したビジネスモデルからの脱却を目指すという狙いもありました。
── 当時の僕の印象としては、TMHの強みは国内企業を中心にグローバルで半導体メーカーやサプライヤーとウェットな関係性を築いてきていたことだと感じていました。TMHが両者の間に入って取引を円滑にするのも良いけれど、その場所を提供するという方法もある。まさにLAYLAは半導体の「eBay」を狙えるようなサービスで、TMHの新規事業としても納得感がありましたし、伸びそうだとも思っていました。ただ、振り返ると立ち上げた後は大変な時期もありましたね。
榎並 : 大変でしたね。 新規事業を始めて採用も強化して、ここからガンガンいくぞというタイミングで売り上げが思うように伸びない。そこに半導体不況も重なり、苦戦しました。
関 : 最終的には、初期の構想からピボットすることを決断しました。当初は「アメリカのメーカーと韓国のサプライヤーをマッチングするから、自由に取引をしてください」といったように、グローバル対グローバルの取引をイメージしていたんです。
でも金額が大きいこともあって、直接やりとりしてる最中に途絶えてしまったり、取引が成立しても2回目以降は中抜きされてしまったり。マッチングの構築をスムーズにできない状態が続きました。BtoCと違ってウェブ広告をやれば順調に集客ができるかというと、ものすごくニッチな領域なのでそれも難しかった。
だから、まずは「対象を絞ろう」という結論に至ったんです。グローバルの風呂敷を広げていたところから方向転換し、既存事業で自分たちが本丸の市場としてきた国内の半導体メーカーをターゲットにしました。
── TMHの最も得意であるウェットな関係性の部分を、まずは掘り下げるアプローチに変えた。
関 : 現在、受発注自体はLAYLAの中では行っていません。LAYLA上でやるのは「発注」ではなくて「見積もり」。見積もりボタンを押すと運営に通知がきて、それ以降の取引はオフラインで進めるようになっています。デジタル完結ではなく、リアルとデジタルを融合したサービスにしたのですが、それがお客様のニーズに合致しました。
半導体メーカーには、企業ごとに独特の注文方式があります。個別のEDI(電子データ交換)が必要なところもあれば、FAXでないと受け付けていないところもある。一概に「オンラインで完結するEコマースです」という話をしたところで、うちはそのやり方では難しいと言われて、終わってしまうわけです。それでは結局課題は解決できないし、業界の発展にもつながりません。
だから「大丈夫です、今までとやり方は変えなくて良いですよ」というアプローチにしました。LAYLAをカタログサイトとして使ってもらい、欲しいものがあれば僕たちにリクエストをいただく。取引口座もすでにあるので「今までの購買スタイルから何も変える必要がない」という点が大切なんです。
お客様の従来のやり方にフィットさせていくことで導入先が広がり、現在では国内の半導体工場の半数以上に使ってもらえるまでになったという背景があります。
海外売上比率は約7割に、大分発半導体スタートアップが見据えるこれから
── 将来的にはセルフサーブに取引ができるプラットフォームを見据えながらも、まずは安心感や顧客の使い勝手を重視し、出会いの場を創出するところにフォーカスした点が分かれ目になりましたよね。現時点ではLAYLA上では流通額なども存在せず、あくまで取引が発生するフックとなるツールとなっている。
関 : あるべき姿はすべての半導体メーカーとサプライヤーがインターフェース上で直接つながり、ボタンを押すだけで半導体の部品や資材を取引できる世界だと考えています。
ただ、僕たちはその姿をイメージしすぎるあまり、最初からそこを目指して失敗してしまった。
振り返ると、あるべき姿を大切にしながらも、まずはパーツ単位で成功させるなり、今のように対象を絞るなり、小さく始めても良かったかもしれないと思います。
── 確かに最初は対象を絞って検証するというやり方は1つの選択肢ですよね。ただLAYLAの場合はそこに気付き、軌道修正できたのが良かったと思います。LAYLA自体は国内の半導体メーカーから広げていく道を選択したわけですが、事業全体としてはすでにグローバルでも伸びてきていますね。
榎並 : 半導体業界は垣根がない業界です。国に関係なく、装置や部品は共通のものが使われることも多いです。そのため自分たちも日本だけに留まる必要はないですし、実際に今期の売上も海外比率が7割ほどになる見通しです。
── それはこれまでの事業で培ってきたネットワークや地道なフィールドセールス活動が実った結果なのでしょうか。
榎並 : おっしゃるように海外向けの営業活動の成果もありますが、実はLAYLAを始めたことによる相乗効果も生まれてきています。例えば元々はサプライヤーとして出品の依頼をしていた海外企業が、自分たちも調達の課題を抱えているということで、取引先になったケースがありました。
半導体業界では目当ての部品の代替品が見つからないことも多く、特に装置などに関しては売る側が強いです。その装置が欲しいとなれば、仮にその国に事業所を設けていなくても取引が成立するということが、他の業界以上に多いように感じます。
ただ、まだまだ海外顧客は開拓できておらず、これからシェアを広げていける余地が十分にあります。仕入れルートを強くするという観点で、海外に拠点を設ける選択肢も検討していきたいです。
── 半導体不況があった中でも売上は着実に伸ばせているという点からも、TMHとしては良いポジションを確立できてきていますよね。僕個人としては「ゴールドラッシュでジーパンを売る」ようなビジネスだと捉えています。顧客が設備投資をするときも、反対に設備を縮小する時も力になれる。経営的にはどちらの局面でも売上を作れる構造になっているのは強いです。海外の話もありましたが、今後の事業展開はどのようにお考えでしょうか。
榎並 : 既存事業の拡大という観点で国内の拠点を増やすという選択肢もあります。例えば北海道ではRapidus(ラピダス)の工場の建設が話題を呼んでいますよね。現在TMHでは5つの国内拠点を構えていますが、これから半導体工場のニーズが増える地域に拠点を新設し、営業活動を強化していくことも検討していきます。
また新規事業として「プラットフォーム」の軸で打ち手を増やすことにも挑戦中です。現在は半導体業界における人材のマッチングに関するビジネスを準備していますが、この業界ではプラットフォームという切り口でやれることがまだまだたくさんあると考えています。
── 九州でも熊本を筆頭に半導体産業が盛り上がってきており、今後に対する期待も高まっているように感じています。最後に九州×TMHという観点から榎並さんの想いを伺えますでしょうか。
榎並 : 県からの助成金に加えて、地元企業や九州の投資家からも出資という形でサポートをしていただいています。また大分は人口あたりの留学生の比率が全国でもトップクラスに高い県としても知られています。TMHは外国籍のメンバーが全体の4割以上を占めますが、外国籍のメンバーの採用においても、大分に会社があることで助けられました。
だからこそ、大分や九州に対して恩返しをしていきたいという思いは強いです。半導体業界では熊本に注目が集まっていますが、これから九州全体としても投資が増え、工場の数も増えていくはず。そこでしっかりと半導体業界を後押ししていきながら、僕たち自身もこれまで以上に成長していきたいです。
── 留学生に限らず、大分で育ったグローバル人材の方々が活躍できる魅力的なフィールドが県内に1つ増えること。それだけでも大分にとっては良いことだと思いますし、そうなれば僕自身、九州・大分にゆかりのある1人の人間としてとても嬉しいです。
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