INTERVIEW

街の暮らしに戻ってからこそ、ふと自然を思い出せるキャンプフィールド —— ist 事業責任者 興梠泰明 × ist 棟梁 小竹将通

長野県八ヶ岳エリアに位置するキャンプフィールド「ist」。ここには通常のキャンプサイトに加えて、レセプションとカフェバーが併設した「ラウンジ」や、キッチン付きの宿泊棟「Hut」など建築にこだわったユニークで居心地の良い空間が点在しています。

暮らしと自然がゆるやかに繋がる独自のキャンプフィールドが生まれた背景を、ist事業責任者の興梠泰明さんと、棟梁を務めた小竹将通さんにお聞きしました。

興梠泰明(こうろきやすあき)

2017年入社。Nui.で1年間働いたのち、外部の会社に出向し、カンボジアでホテル立ち上げを経験。帰国後、事業責任者としてist - Aokinodaira Fieldを立ち上げる。istでは「自然とともにある」を理念に、暮らしと自然がシームレスにつながる場所を目指している。サーフィンと渓流釣りが好き。

小竹将通(こたけまさみち)

物づくりと山歩きをこよなく愛する大工。20歳のときに革細工にのめり込み、様々な革のルーツを探す旅をしていた。24歳で山の水環境屎尿処理問題に興味を持ち、建築の道に進む。現在は、山小屋の修復職人不足を解決するため、極地建築集団の設立に向け準備中。また、ライブ感や即興性とともに建築を作り上げる集団「ワーカブルース」で活動している。自称、建築バカ。

 

—— キャンプ場として、建築にこだわるというのは珍しい気がします。一般的な建築のように、先にすべてのデザインや設計をしてから施工するのではなく、棟梁の小竹さんと事業責任者の興梠さんが、そこで目指す体験やそのための建物のディテールについて、都度意見を交わしながら完成させたとお聞きしました。そもそもどういう想いからスタートしたのでしょう?

興梠:本来、キャンプ場は自分たちでご飯をつくるのが醍醐味だから、家のように過ごせる場所やカフェバー、レストランは要りません。でもistは、いわゆるキャンプ場というよりも、その人の暮らしを豊かにする空間というのがコンセプトのひとつ。Hutを中心に人が集えたり、キャンプをしなくてもコーヒーが飲めたり、ご飯を食べられる場所が欲しかったんです。

その上で、istで自然を感じてくれたゲストが、たとえば家に帰ってからも「ちょっと花を飾ってみよう」と自然に対する捉え方や日常の行動を変えてくれたら嬉しいなと思っています。それを体現するために、ラウンジは必要な場所でした。

小竹:ラウンジには花を飾るとか、Hutに一輪挿しを置くということを、デザインの話として議論してきましたね。施工現場でも、実はカウンターが出来上がった時に花を飾るようにしたんです。するとガヤガヤした工事中の現場にも花が少しあるだけで、空気がスッとするような感じがあって。

興梠:小さな変化だけど、そういうことをistの空間を通して伝えていきたいと考えていました。この前提を小竹さんや大工さんたちと話して、感性を共有できたからこそistという場所はできた気がします。小竹さんからは、こういうことを考えるときにノートを一冊持つといいよとプレゼントされて。

小竹:僕はパースなどをデジタルじゃなくて手描きで伝えるのが重要だと思っていて。手描きと言っても、決して絵が上手というわけじゃないんですよ。今はCGが主流になっているけれど、そうしてデザインされた空間はCGらしいラインだなと一目でわかる。ジョン君(編集部注:興梠さんの通称)だけじゃなく、若い大工さんにもノートを渡すようにしてるんです。

だからistは手描きでやろうと。出来上がった空間だけじゃなく、抽象的なイメージを共有しながら設計やデザインを進めるような非効率なエネルギーのキャッチボールを続けていく中に、建築をやりたいという若い人の未来もあるんじゃないかなと思っているんです。

興梠:いただいたノートに、立ち上げにあたっての業務的なことなども書いていって、結局1冊使い切りました。僕は言語化が苦手で、感性だけで生きてきた。だから言葉にするのはすごく苦労しました。でも小竹さんと話すと、感性のところで会話が成り立っていくので、進めやすかったです。

Hutは暮らしの営みの延長で過ごせる。だけど視線の先には自然がある。

—— istの特徴として欠かせないのが「Hut」と呼ばれる寝室とキッチンのついた小屋の存在だと思います。これはどういう経緯で?

興梠:宿泊棟を作りたいという想いはあったのですが、構想当初はキャビンとかコテージという呼び方をしていました。小竹さんと対話する中で「Hut」という言葉が出てきたんです。

小竹:ヨーロッパには、山小屋を転々とするという意味の「Hut to Hut」という言葉があります。このHutという響きが好きで、いつか日本でやってみたいと思っていました。

興梠:じゃあどういうHutを作りたいか?という考えを深めたいけれど、僕は建築にも小屋にも詳しくない。そこで小竹さんに教えてもらったのが、建築家の中村好文さんや詩人の立原道造さんでした。中村さんもご自身が携わる建築に「Hut」という単語をよく使用するので、イメージが掴めてきた気がします。

小竹:立原さんは詩人ですが建築家としての足跡も残していて、生前に構想したものの中に「ヒアシンスハウス」という、本当に小さな小屋があります。寝て、書き物ができて、トイレがあるだけの5坪くらいの空間。さいたま市に、その構想を元に竣工させた実物があって、ジョン君は実際にそこに行ってみたんだよね?

興梠:はい。炊事場はなかったけれど、必要な要素が全部詰まっていました。空間に気持ちよさを感じる要素はいくつかあって、ヒアシンスハウスは狭いながらも光と風の取り入れ方が特に印象的で。これまでに行ったコテージなどで、広すぎてどう過ごしていいかわからなくなったり、スペースを持て余してしまったりしたことがありました。

小竹:現代の住居は、より大きくより便利に、という方に向かっています。でも、それを小さく小さく、ある程度不便なままで留めておく。そういった空間の作り方にも、日本人の精神性とも通じた小屋というものがあるかと思います。

興梠:だからistでは20平米くらいの中に寝室とキッチンがあって、1泊2日〜2泊3日くらいを持て余さずに使える小屋にしよう、と決めたんです。

興梠:Hutには最小限ながら生活に必要な機能がひと通り揃っているので、普段の暮らしの延長で過ごすことができる。だけどふと視線を上げると、普段では見られない自然が見える。だから、istでの体験を終えて街に戻ったときにも、この自然の中で感じた風の心地よさなどを思い出せるようにしたかったんです。

小竹:ist - Aokinodaira Fieldはとにかく広大なので、Hutを4棟建てる場所を選ぶのには相当悩みましたね。この景色を見せたいからこの窓がある、というのは全てのHutでこだわりました。自分たちの理想を実現するために、実際に施工する場所まで木枠を運んで「ベッドで目が覚めたときに見えるのはこの景色かな」と確認し、「景色の主役となる木を切らなくていいようにするにはどうしようか」と考えたり。非効率な作り方ではありますが、場内のHutはひとつとして同じものはありません。場所に合わせてカスタマイズしながら作っていったんです。

キッチンで孤立しない。清々しい景色のトイレは忘れない。建築でデザインされた「体験」とは?

—— それぞれのHutが異なるコンセプトで作られたそうですね。特にこだわったポイントは?

興梠:nestという棟では、キッチンカウンターが「く」の字に曲がっています。僕は最初、ストレートがいいと伝えたんですけど、担当してくれた大工のヒロさんが「キッチンに立つ人は孤立しやすい。料理をしていても孤立しないように曲げて、テーブルとつなげたい。顔を合わせたり、会話ができるようにしたい」と言ってくれて。今ではこの形でよかったなと思います。

小竹:3つ目につくったcoalは、中は炭化コルクで外は焼杉。中も外も黒の壁で設えています。部屋が落ち着いた暗さだからこそ、余計に窓の外の景色が際立って見えるのも特徴ですね。一般的には窓を大きく取りますが、あえて小さく作ることで光が線になる設計を考えました。夕方に西日が差し込むと光の筋がきれいに入ります。

興梠:coalの中には何かアクセントが欲しいと思っていて、黒壁に映えるだろうと僕が東京まで赤い冷蔵庫を買いに行った日があったんです。istに戻ったら、ちょうどキッチンの壁が同系統の赤色に塗られていて。相談していなかったのに、「お互い考えていること同じやな」と思いましたね(笑)。

小竹:たしかに(笑)。特にcoalはジョン君と一緒に作った感じがありました。

—— istのトイレも、他では体験できないような絶景を感じられますよね。

興梠:正直、Hutとラウンジに予算を注ぎ込んでいたので、トイレにはお金をかけられなくて。最低限の清潔感があればいいと思っていたんです。そこに小竹さんが「空が見えるトイレを作りたい」と提案してくれました。

小竹:海外でも山の中でもそうなんだけど、トイレってその時の景色を覚えているよなぁ、という印象が昔からありました。トイレの爽快感と緑の美しさが相まって気持ちいい!というのができないかなと考えました(笑)。istでトイレしてるときに空を見たら、その空のことを忘れないんじゃないかと。

興梠:もちろん、オペレーションの観点では、トイレが外から見えないようにとか、心理的に「見られているんじゃないか」という不安がないようにとか、配慮も重ねました。だからずっと窓の高さについては大工さんたちと議論をしていましたね。

小竹:完成したトイレ、長居したくなっちゃうよね。本とか読みたい。日常に帰って「素敵なトイレだったな」という記憶を持ち帰ってもらえたら、おうちのトイレに花を飾ってみるとか、そこでも行動の変化が起こるかもしれません。

天気や季節ごとに表情を変えるistを楽しむには?

—— ラウンジのレセプション横の壁には、興梠さんの「ist」にかける強い想いが込められていると伺いました。

興梠:まさに、istでやりたいことをこの壁で伝えられたら、という想いがあって今の形になりました。レセプションは都市から森への入り口の機能を果たします。だからレセプションの部分はなるべく直線的で都会的なイメージで、隣のバーカウンターはナチュラルな素材で、自然を感じてもらえるようにしました。

そもそも「ist」という言葉は「地峡(isthmus、大陸と大陸を結ぶ狭い土地)」が由来。この壁の左側は漆喰だけれどモルタル風にして都市を、右側は藁が入った漆喰で自然をイメージしました。都市と自然の二つを結ぶ曲線でistらしさを表現しています。

小竹:バーカウンターの棚の一枚板は僕がずっと保管していた古材で、支えている枝は大工さんがこの辺りを散歩していて拾ってきた枝。手前の荒々しい柱は興梠が切って、チェーンソーで皮を剥いだ木材でできています。

小竹:カウンターの木材は、ラウンジの両サイドに生えていた樹種の違う2本の木を組み合わせました。実は乾燥もさせず生木のまま使っているので、変化し続けているんです。

興梠:このバーカウンターがラウンジをはみ出して建物の外に突き出しているのも、ここにいるスタッフたちがどうケアしていくのかというところを考えていくのが良いだろうと判断しました。生きている木だし、外に突き出して雨風に晒されるので木材の乾燥度合いも変わっていくし、フラットじゃないところも出てくる。大工さんたちが作り上げてくれた空間をスタッフである自分たちの手でケアしていくことで、愛着が湧いていくのではないかなと思って。それは、僕たちが手を動かして間伐や草刈りをしながら森の手入れを行うことと近いと思います。

スタッフだけでなく、ここを訪れる人にも、建築に用いられている素材の変化やその違和感を通して、自然の良さを感じてもらえるかな、と。

—— 私がistに滞在して心地よさを感じた点の一つに「鏡がない」ということがありました。たとえば普段は手を洗うたびに鏡に目が行き、化粧の崩れや髪型などが気になってしまいます。けれど、鏡がないことによって、そういったことから解放されたような気持ちになりました。

小竹:新しく作ったトイレのいくつかには鏡もついていますが、初期に建てたラウンジなどには今も鏡を設置していません。ここに鏡がないっていうのもいいですよね。蛇口をひねるとき、普通なら鏡が目に入るところに一輪挿しが置いてあって、花が生けてある。

興梠:ラウンジもHutも、利便性だけを考えたらもっといろんなものがあった方がいいのかもしれません。だけど、そういった要望をすべて受け入れてしまうと、istで本当に提供したい体験から離れてしまうと思うんです。自分たちの実現したい景色を信じて「やらない」という決断をした場面も多くありました。

—— お二人はここで長い時間を過ごしてきたと思うのですが、特に気に入っている場所、お客様に感じていただきたい良さはどんなところにありますか?

興梠:ラウンジだったら、雨が降っている日の大きな窓側のカウンターが好きですね。室内で雨から守られている中で、雨を眺めたり、雨音を聞いたり。湿度で際立った森の匂いが時折入ってくる瞬間も好きです。一方で、バーカウンターで朝ごはんを作っている音が聞こえてくるのもいいですね。

小竹:僕は坂道を線路の方に登っていって、曲がったときに見える夕方の西日がすごく好きです。istの中にベンチがあるのは唯一あそこだけなんですけど、この景色を見てもらいたくてあえてベンチを設置しました。

興梠:そこの光は本当にきれい。左側の苔もすごく美しくて。

小竹:こういう瞬間は天気や季節でも変わるから、ぜひ全部のHutに泊まりに来てお客様にも楽しんでもらいたいです。ひとつ泊まったら、あっちにも泊まってみたい、と思ってもらえたら嬉しいですね。

興梠:もちろんHutだけでなく、たとえばForestCというキャンプサイトはカラマツが多くて、森の雰囲気もガラっと変わります。川沿いは広葉樹だけれど、上に行けば針葉樹のまた雰囲気の違った気持ちよさがある。そういったところでのキャンプや散歩も体感していただきたいです。

小竹:キャンプ場というと、開けている場所が多い印象だけれど、ここはひっそりとして森のイメージが強いですね。夜はこんなに真っ暗になるのか、と感じることもあれば、ラウンジへ来れば「こんなあったかいところがあったのか」とも感じられます。

興梠:たしかに、キャンプサイトやHutが距離を保ちながら点在しているので、人が多くてもランタンなどが点々と灯り、営みが美しく見える余白がistの良さなのかもしれません。ここで、五感で味わったことは忘れないはず。ここでの体験が、何かの拍子に都市での生活の中でも脳裏に浮かぶ。そんな体験が提供できたらと思っています。

 

執筆

山本梨央

小田原の山伏寺に生まれ育つ。株式会社cinraで「CINRA JOB」事業部長やクリエイター移住促進、企業のオウンドメディア立ち上げなどを経験した後、フリーランスとして独立。現在は編集者・ライター・Podcastディレクターなどをしながら、企業の採用コンサルや発酵デパートメントでのディレクターも担当。毎日着物で生活中。

企画・ディレクション / 撮影

なかごみ

デザイン会社でのディレクター、アパレルブランドでのコミュニケーション責任者を経て、フリーランスとして独立。Brand Editorとしていくつかの会社に関わり、文章をつくったり、写真を撮ったり、発信にまつわる企画やディレクションをしています。好きなお酒は、ビールとワイン。