「アポロンの落日」#２｜松田悠士郎

「アポロンの落日」#２｜松田悠士郎

癌。 腕に縋りつく女のやつれた顔から立ち昇る儚さの正体に気付かされた嶋野が、再び娘へ目を転じた瞬間...概要を表示 癌。 腕に縋りつく女のやつれた顔から立ち昇る儚さの正体に気付かされた嶋野が、再び娘へ目を転じた瞬間、母親が軽く目を見開いて口を右手で押さえ、身体を丸めて激しく咳き込み始めた。 「ママ！」 慌てた娘が靴を履いたまま駆け寄り、女子高生とは思えない力で嶋野を弾き飛ばして母親を介抱した。板の間に尻餅を突いた嶋野が、ナイフを握り直して立ち上がりかけた時、娘が母親を庇って嶋野の前に膝立ちになった。 「私はどうなってもいいから、ママは助けて！」 すると、間断無く咳き込んでいた母親が身体を起こし、娘の盾になった。 「やめて！　殺すなら私を殺して！　見ての通り、私はもう限られた命です、でもこの娘には将来があるんです、だから殺さないで！」 口の端から鮮やかな紅の鮮血を滴らせながら懇願する母親の顔に、悪夢に出て来る女の顔、かつて警察官だった頃の嶋野が誤射して死なせた女の顔が重なった。 「！」 息を飲む嶋野の耳に