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前回のつづき。 江戸期の宗太夫坑を見た後に入場口に戻ってきて、今度は明治期の道遊(どうゆう)坑へ。... 前回のつづき。 江戸期の宗太夫坑を見た後に入場口に戻ってきて、今度は明治期の道遊(どうゆう)坑へ。 こちらの坑道は大きく、水平で、ほぼストレートに延びている。 宗太夫坑のような人形展示はない。 入口からすぐの部分には金山に関する説明書きが点々と掲示されていた。 金鉱脈のできかたの図。 マグマの近くまで滲みて高温・高圧になった地下水に金銀が溶け込み、断層から上方に吹き出し、それが沈殿し鉱床・鉱脈になる。 佐渡金山の金鉱脈は金銀を含む石英脈で8ヶ所ある。 中央を左右に横切る「青盤脈」が最大で2100m。左側現在地の右下の赤い線が「道遊の割戸(わりと)」がある道遊脈でこちらは脈幅が35mで最大だった。 金鉱石の写真。 矢印の、白い石英脈の中の輝銀鉱という鉱物がわずかに金を含む。 金の含有量は、江戸初期には1トン当たり100g以上あったが次第に低下し、昭和初期には5g、平成元年の休山時では1gだっ
2015/09/15 リンク