藤本健のDigital Audio Laboratory
第853回
8K/ハイレゾ対応で、通信費5,000円から試せるライブ配信「eContent」って何だ?
2020年6月8日 08:30
コロナ禍でイベントやライブなどが制限され、多くのアーティスト、ミュージシャンが苦境に立たされている。そうした中で注目されているのがライブ配信だが、問題となるのがライブ配信で如何に収益を上げるかだ。
YouTube Liveやツイキャスなどの無料配信でファンは喜んでくれるが、やはりそれだけでは生きていけない。YouTubeのスーパーチャットやSHOWROOMなど、いくつかの投げ銭システムは存在しているが、収益を上げていく上ではあまり効率のいいシステムとはいえず、アーティストにとって最適なシステムというのがまだ見当たらない状況だ。そこに、1週間前、eContentなる有料ライブ配信のためのサービスが発表された。
つくばを拠点とする日本のベンチャー企業・輝日が開発し、発表したものだが、たまたまSNSのタイムライン上で見かけて気になったので、知人経由で連絡をとってみた。その結果、その日のうちにオンラインミーティングで話を聞くことができ、また6月3日には、同サービスを使った配信の現場にも立ち会うことができた。
かなり多くの可能性を秘めたサービスだと思えたので、eContentとはどんなサービスで、どのように使うものなのか、実際の収益性やそれにかかる費用などについても紹介してみたいと思う。
コンテンツ配信プラットフォーム「eContent」とは
ライブハウスでの公演をメインのビジネスにしているアーティスト、ミュージシャンにとって、現在の状況は最悪だ。もちろん出演者だけでなく、ライブハウスの経営者、ローディー、PAエンジニア……などなど、多くの人たちが厳しい状況にあり、連日のようにライブハウス閉鎖のニュースが流れてくるのに、いたたまれない気持ちになる。
そこに活路を見出す可能性があるのが、ライブ配信だ。
無観客でライブを行ない、それをネット配信するという話をよく聞くようになったし、実際この連載においても3月末に無観客コンサート配信の現場を取材したこともあった(第844回)。
こうした状況が短期間であれば、ファンへのサービスであったり、認知向上のためのプロモーション活動と割り切ることができなくもない。しかし、このように長期間におよび、しかもいつ解除されるのかも分からず、解除されても観客が戻ってきてくれるのかも分からない状況では、生きていくことは不可能。もし、ネット配信でもしっかりした形で収益が上げられるようになれば、新しい展開も考えられそうだが、これまでそれにマッチしたサービスがほとんど存在していなかったのが実情といえる。
そんな中、誕生したeContentは非常にユニークなサービスだ。
「eContentは、携帯会社が5GBとか10GBと謳って展開している通信サービスのプラットフォーム版なんです。弊社所有のサーバーを使っており、AWSなどを使っていないのでコストを下げることが可能です。JASRACとNexToneとの包括契約をしているので、音楽を提供する方々にも安心して利用していただけます。またYouTubeなどを使っているわけではないので、拡張機能によってダウンロードされてしまうという心配もありません」と輝日の佐藤大哲氏は話す。
“携帯会社の会社のプラットフォーム版”という意味が最初、ピンと来なかったのだが、よく聞いてみるととてもシンプルな、まさにデータ容量に応じて配信サービスを利用できるサービスだった。
トライアルからビジネスまで5種類のプランがあり、容量に応じて値段が異なるというもので、実は今回のプレスリリース(5月29日)においては最低料金の5,000円から試すことができるトライアルプランを発表した、というものだったのだ。
トライアルプランの場合は100GBまでとなっているが、これは何を意味するのだろう。
例えば、60分のライブを行ない、DVD程度の画質で3.6GBだったとする。この場合は100GB÷3.6GB=27人に配信できることを意味する。この配信を見るためのチケットを、仮に1,000円で27人に販売した場合、売り上げは27,000円となり、費用の5,000円を差し引いた22,000円が粗利となるわけだ。追加容量は100GBごとに4,000円となっているので、チケットの売れ行きによって容量を増やしていくことができ、収益を高めることができるというわけだ。
実際の視聴者の立場から見ると、チケットとしてシリアルキーを購入し、そのシリアルキーをeContentのサイトで入力すると、ライブをリアルタイムで、またはオンデマンドで視聴することができる仕組みになっている。
この際、ブラウザで視聴できるから特定のアプリをインストールする必要もなく簡単に使うことができ、PCでもスマホでも同じように視聴できるのも便利なところ。その視聴を何回できるのか、いつまでできるのか、何時間できるのか……というのは、コンテンツ提供者側が設定する形になっている。
「チケットの販売をアーティストの方が自ら行なえば販売手数料0円でファンの方に届けていくことができるほか、別途手数料はかかりますがシリアルキーの自動発行、決済機能も用意しています」と、輝日サービスマネージャーの藤本飛彩氏は話す。
話を聞くと、eContent売上の振込用銀行口座を設定すると、eシリアルキーがを自動発行できるようになり、これをユーザーに販売するページが利用できるようになるとのこと。クレジットカード決済や銀行振り込み、コンビニ決済など各種決済が利用できるそうで、その際の決済手数料を除いた売り上げの90%が翌々月の第一週に指定口座に振り込まれるというのだ。つまり手数料10%だけでこの仕組みが利用できるというのはリーズナブルな感じだ。
しかも、この手数料10%の中にはJASRACとNexToneの包括契約での著作権使用料も含まれているので、その点の心配がないのも嬉しいところ。バンドの演奏をライブ配信する際、誰かのカバー曲を演奏する場合、その楽曲の著作権料をどのように支払うかが難しいところだが、eContentであれば利用楽曲申請さえすればOKなのだ。
ところで先ほど、3.6GBのビデオを配信をする例を記述したが、1人のユーザーが10回視聴するとそれだけで36GBを使用してしまい、eContentのプラットフォーム使用料はどんどん上がっていく計算になるが、再生は1回のみなどと制限しておけば使用料を抑えることができる。
また通信環境によって映像サイズやビットレートなども変わってくるが、これもeContent側で最適化して送り出すことができる。もし利用者の多くがスマホで受信するような場合、元が3.6GBのコンテンツであっても、実際に使用する容量は抑えられる仕組みだ。
使用する容量は増えるが、必要に応じて4Kや8Kなどの高画質映像で配信することができるのも、YouTubeなどの仕様に左右されず独自のプラットフォームを採用しているeContentの強みという。
「映像にこだわるコンテンツであれば4Kや8Kにでき、フレームレートも最大120まで対応可能です。また、音質にこだわるのであれば、映像の解像度などは落としつつ96kHz/24bitの非圧縮などのハイレゾ音声で送ることもできます。どのような仕様でコンテンツを配信するかは、提供者側が自由に設定できるようにしました。必要に応じて正方形のアスペクトで映像配信したり、スマホなどにマッチする縦型の映像にするなど、自由に設定できるのも他にないメリットだと思います」と藤本氏。
とはいえ、これまでこうしたシステムはなかったのか、競合となるものはないのだろうか?
「収益化ということでいえば、YouTubeでも可能ですし、ニコニコ動画でも動画単品を売るといったことが可能です。またSHOWROOMや17 Liveなどでも投げ銭システム的なものが用意されているので、競合になるとは思います。ただ利益率が非常に低かったり、映像や音声の質に制約があったりするため、eContentは多くのクリエイターのみなさんにとって大きく貢献できるものだと考えています」と佐藤氏は話す。
確かにYouTubeであればメンバーシップ制で活動費を集めたり、スーパーチャットで投げ銭的に使うことができるが、Googleがかなりの手数料を差し引くため、手元には50%程度しか残らないというような話を聞く。また公式チャンネルを作って収益化を実現するためには1,000人以上の登録者がまず必要というのもネックだし、YouTubeの運営側の判断で収益化を実現できないケースも多々あるようなので、収益の根幹をYouTubeに頼るのは難しいところだ。
ニコニコでも、チャンネル会員の制度があるが、やはり30~40%程度の手数料は引かれるようだし、画質や音質においての制約も多く、アーティスト側・ファン側双方が納得いくサービスができるかというと、厳しい面も多いように感じる。SHOWROOMや17 Liveはスマホでお手軽放送ができるというメリットはあるが、本格的なライブを配信するということはあまり想定されていないため、現状は選びにくい。
とはいえ、YouTubeもニコニコも、またSHOWROOMや17 Liveも基本的に無料で利用可能で、どれだけ再生されても無料で使えるのが常識のようになっている中、再生されるごとに容量がカウントされ、それに応じて料金がかかる従量課金にしっくりこない……という人も少なくないだろう。そこをどう判断するかはユーザー次第だが、これによって実際収益化が実現できるのであれば、考え方を切り替えるのもありではないかと思う。
eContentを利用したオンラインセミナーを取材
では、実際どんなアーティスト、ミュージシャンがeContentを利用しているのだろうか?
ぜひ現場を取材してみたいと思い、聞いてみたところ「まだ、発表して間もないサービスであるため、問い合わせなどは多数いただいていますが、具体的なライブの配信予定などは決まっていません。ただ、音楽関係のセミナーであれば、6月3日に行なわれるので、ご案内することは可能です」と藤本氏。
eContent自体は、コンサートなどを配信することだけを可能にするシステムではないので、セミナーの配信というのもあるだろう。そもそもeContentは動画に限らず、イラストでも写真でもPDFでもコンテンツを配信するということであれば、さまざまな用途で利用できるのだ。
そこで、まずはセミナーの現場でもいいので見てみたい旨を伝えたところ、個人的には「なんだ、そういうことか!」と腑に落ちる返事が返ってきた。
というのも、そのセミナーというのがOTAIRECORD MUSIC SCHOOLが行なうオンラインセミナー「劇伴制作の現場」であり、講師は作曲家の多田彰文氏、元ランティスのプロデューサーで現在Precious toneの代表取締役の佐藤純之介氏だったのだ。
裏方のメンバーも含めほとんどが知り合いで、企画段階から筆者のところにも話が来ており、講師に多田氏を推薦したのも私だった。そのため、彼らがFacebookなどでeContentの発表をシェアしていて、筆者も気づいた……という狭い世界での話だったわけだ。
とはいえ、これまで見てきた通り、eContentの意義は非常に大きいと思うし、面白いことは間違いない。セミナー自体は生配信すると同時にアーカイブされ、オンデマンドでも見ることができるというので、ぜひ一度現場を見てみようと取材に出かけることにした。
東京・秋葉原にあるOTAIRECORD MUSIC SCHOOLに出向くと、通常はDJ教室を開いている場所から多田彰文氏、佐藤純之介氏、それにファシリテーターである新堀拓児氏を交えてのトークを配信を行なっていた。
OTAIRECORD MUSIC SCHOOLを運営するオタイオーディオの代表取締役、井上揚介氏にeContentを利用することになった背景を少し聞いてみた。
「今回始めたこのセミナーはOTAIRECORD MUSIC SCHOOLとスペイン・バルセロナにあるMICROFUSA MUSIC SCHOOLの2つが組んで展開するグローバルWEBセミナーです。今回はまず日本の受講生向けに有料のセミナーを展開し、後日これに翻訳した字幕を入れた上で海外にも配信していく予定です。普段、OTAIRECORDでもDJライブをYouTube Liveで配信しており、チャリティーのためにスーパーチャット機能を利用して収益化もしているのですが、今回は少し目的も異なり、より確実な収益化を目指したいということがありました。また今日行なうもう一つのセミナー『音楽から見るアニメ基礎文化論』の講師・砂守岳央さんから紹介いただいたということもあり、トライアルとしてeContentを使ってみることにしたのです」とのこと。
日本から海外へこのコンテンツを出すことにおいては、バルセロナのMICROFUSA側に任せるとのことだが、どのように収益化していくかはまだハッキリしていない模様だ。現場に来ていた輝日の藤本氏に訊ねてみると……
「eContentは、現時点において国内向けのサービスとしています。ただ、国外でも対応できるようにしているので、国外のサーバーと契約することで通信可能であることは確認済みです」とのこと。今後、海外展開もできるようになると面白いことになりそうだ。
セミナーの配信現場には、2台の一眼レフカメラが据えてあり、これで3人のトークをとらえるとともに、プレゼンテーション資料などは講師のPCからHDMIで出力。これをローランドのVR-1HDで切り替えながら配信を行なっていた。この際、この現場からeContentへの送りにはOBSを使っていたので、配信方法自体はYouTubeやニコニコ動画などでの場合と基本的には同じだ。
現場で放送画面を確認していたところ、普段YouTube Liveやニコニコ生放送などで配信しているのと比較して、タイムラグが非常に小さかったのは印象的だった。また配信終了後、そのままアーカイブされていたので、帰宅後にシリアルキーを入れて見てみたところ、フルHDの画面だが非常にキレイであったのに加え、画面に余計な広告が入ったり、別の情報が映ることなく、シンプルにセミナーだけが見れるというのは新鮮にも感じた。この辺は広告をメインのビジネスモデルにしているYouTubeなどとの大きな違いかもしれない。
今後、このeContentを利用したコンサートのライブ配信などが行なわれていくのか。また実際にそのチケットであるシリアルキーを購入して視聴する人がどのくらい出てくるのか。これからの展開を見守っていきたい。