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黄輪雑貨本店 新館

WESTERN STORIES

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    ウエスタン小説、第1話。
    無法の荒野。

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    1.
     ゴールドラッシュからは三十数年――そして戦争からも十数年が経ち――西部は少しずつ、落ち着きを見せようとしていた。
     だが、軍や教育、経済や法整備が充実する東部とは違い、西部におけるその落ち着きは、中には暴力と圧力――即ち「無法」によってもたらされるものもあり、それは到底、平和と呼べるようなものでは無かった。



     その町もまた、今まさに無法によって支配されようとしていた。
    「う、……ぐ……」
     町の裏路地で、老人が一人、胸を押さえてうずくまる。しかし胸を覆ったその両手の隙間からは、ボタボタと赤い血が流れ出している。
     致命傷を負ったのは明らかだった。
    「……こんな……ことを……して……っ」「どうなるって言うんだ?」
     うずくまる老人の周りに、若く、しかし汚い身なりの若者たちがぞろぞろと現れ、彼を取り囲む。
    「アンタはここで死ぬ。遺った娘は今アンタを撃ったあの、『ウルフ』の兄貴のものになる。そしてアンタの金もだ」
     この台詞に、その老人はさぞ悔しがるだろうと、若者たちの誰もが思っていた。
     ところが――老人は額に脂汗を浮かべながら、引きつったように笑って見せた。
    「……く、くく、くっ」
    「何がおかしい?」
     老人は口からびちゃ、と血を吐き、続いてこう言い捨てた。
    「くく、ぐっ、ゲホッ、あいつの言った通りだったからだよ……!
     やはりあの、あのっ、あの若造が、……ゲボッ、『スカーレット・ウルフ』だったか! やはり、あ、あいつは、……間違っていなかった!」
    「……なんだと?」
     老人を撃ってから今まで、ずっと黙っていた青年が、そこで口を開いた。
    「『あいつ』ってのは誰だ?」
    「ふ、ふふ、ははは……、言うものか!
     ゴホッ、お前に娘はやらん! 遺産も、町も、何一つな!
     わしは既に東部から探偵を呼び寄せ、密かに探らせていたのだ! もしわしが死のうとも、彼ならお前にしかるべき制裁を下してくれるはずだ!
     地獄で待っているぞ、『ウルフ』! 絞首台からそのまま、わしのところへ落ちて来るが……」
     老人が言い終わらないうちに、青年は彼の頭にもう一発、弾を撃ちこんでいた。
    「うるせえ、ジジイが……ッ!」
     青年は銃を納め、手下の若者たちに命じる。
    「吊るせ。いつものところにだ」
    「アイ・サー」
     頭の後ろ半分が無くなった老人の体を4人がかりで担ぎ、手下たちはその場を後にする。
     残った「ウルフ」は地面に残った血の跡を、ブーツで砂を蹴ってまぶしながら、こうつぶやいた。
    「『彼なら見抜くはずだ』……? 誰なんだ、そりゃ?」
     地面の跡が血とも泥とも付かなくなったところで、「ウルフ」は町の方へと顔を向ける。
    「ここで俺が『スカーレット・ウルフ』と町の奴らに知れちゃ、全部水の泡だ。
     東部から来たって奴……、そいつを捜さねえとな」
    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 1
    »»  2013.03.23.
    ウエスタン小説、第2話。
    女賞金稼ぎ。

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    2.
    「8000ドルとかあったらさ」
     サルーンのカウンターに腰かける若い女性が、壁にかかった文字だけの手配書を指差し、とろんとした声でこう続ける。
    「あたし、イギリスにでも行っちゃうわね」
    「そうですか。何をお求めに?」
     女性の手には、空になったグラスが握られている。
    「お求めって言うか、住みたいのよね。どこか郊外の、小さくて綺麗で由緒あるお屋敷を買って、ふわっふわのかわいい仔猫とか膝に乗せて、のんびり過ごしたいの」
    「それは結構ですな」
     一方、サルーンのマスターは適当な相槌を打ちながら、皿を綺麗に磨いている。
    「しかし8000ドルなどと言うのは、一市民には到底手の届かない額です。
     先程からお客様、あの手配書を肴に話をなさっていらっしゃいますが、もしかして……」
    「ええ、賞金稼ぎよ。一応ね。……実は8000ドルよりもっと多く、お金持ってたこともあったんだけど、……結局この国、いいえ、この西部をウロウロしてる間に、いつも使い潰しちゃうのよね」
    「ほう……、結構な腕利き、と言うわけですな。過去にはどんな大物を?」
    「そうね、言って知ってるかどうか分かんないけど……、『ハンサム・ジョー』とか、『メジャー・マッド』とか」
    「うん? ……いえ、聞いた覚えがありますね。いずれも凶悪な賞金首で、討ち取ったのは、……なるほど、女性と聞いています。
     その賞金稼ぎの名は、確か……『フェアリー』」
    「正確には『フェアリー・ミヌー』よ。かわいいでしょ?」
    「ええ」
     うなずいたマスターに、ミヌーはにこっと笑って見せた。



     と――サルーンの戸が乱暴に開かれ、マスクを付けた薄汚い身なりの若者たちが4人、ぞろぞろと押し入ってきた。
    「おい、そこの女!」
    「あたし?」
     ミヌーが応じると、若者の一人が人差し指をミヌーに向かって突きつける。
    「お前、余所者だな?」
    「そうよ」
    「来い」
     横柄にそう命じてきた若者に、ミヌーはくすっと笑って返す。
    「あたしに言うこと聞かせたいならまず、お金払いなさいな」
    「あ?」
    「用事は何? 一緒にデート? それとももっと楽しいことかしら? 高く付くけどね」
    「……ふざけてんじゃねえぞ! 来いと言ったら、つべこべ言わずさっさと……」
     若者が怒鳴り終らないうちに、突然仰向けに、ばたんと倒れた。
     彼は白目をむいており、そのマスクは酒と鼻血らしきもので、ぐしょぐしょに濡れている。ミヌーが持っていたグラスを、彼に投げ付けたのだ。
    「二度も言わせる気? あたしに言うこと聞かせたいなら、力ずくなんて野蛮な真似はよしてちょうだいな。
     あ、マスターさん。グラス、いくらだったかしら」
     投げたグラスを弁償しようとしたミヌーに対し、マスターは苦い顔を返す。
    「ミス・ミヌー。今のはいけません……。すぐに謝って、言うことを聞いた方がいいかと」
    「なんで?」
    「その……、あいつら、いえ、彼らは……」
     口ごもるマスターに代わる形で、残りの若者たちが答えた。
    「俺たちはこの町の番人、『ウルフ・ライダーズ』の者だ」
    「穏便に事を運ぼうと思ったが、仲間がこんな目に遭ったとなりゃ、話は別だ」
     若者たちは一斉に、腰に提げていた拳銃を取り出し、ミヌーに向けて構えた。
    「金がほしいと言ったな? 1ドル分の鉛弾でよければここにいる3人が、目一杯くれてやるぜ?」
    「それも嫌だってんなら、つべこべ言わずにさっさと来てもらおうか」
    「……はーい、はい」
     ミヌーは肩をすくめて、彼らの方へと歩いて行った。
    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 2
    »»  2013.03.24.
    ウエスタン小説、第3話。
    尋問。

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    3.
     ミヌーはサルーンから大通り、そして保安官のオフィスだった小屋らしきところへと連れて行かれた。
    「らしき」と言うのは、その小屋はあちこちに穴や血の跡が付いており、とても正義の番人が居てくれていそうな雰囲気ではなかったからだ。
     そして事実、保安官バッジを付けた人間は、そこには一人もいなかった。代わりにいたのは、ミヌーを連れてきた若者たちと同じようなマスクを被った、これもまた薄汚い若者たちだった。
    「そこに立て」
     若者の一人に命じられ、ミヌーは素直に、壁の前に立つ。その壁には他に男が4人、彼女と同様に並んで立っていた。
     一人は旅の牧師風の、40代半ばの痩せた男。一人はまだ20代前にも見える、みすぼらしい金髪。一人はどこか軟派そうな、赤毛の青年。そして残る一人は、フードを深く被った、いかにも行商人風の男だった。
    「これで全員か?」
    「ああ。この町に今いる余所者は、この5人で全部のはずだ」
    「間違い無いな?」
    「勿論だ」
     仲間内でボソボソと話し合った後、若者の一人が5人に向き直る。
    「単刀直入に聞くぞ。東部から来た探偵ってのは、誰だ?」
    「た、探偵?」
     牧師風の男が、おうむ返しに尋ねてくる。
    「そうだ。ちょっと込み入った事情がこの町に起こってな、それを詮索しようって奴が、東部からはるばるやって来ると聞いたんだ」
    「この町は俺たちのものだ。余所者にあれやこれや尋ねられたり、嗅ぎ回られたりするのは真っ平御免だ」
    「そこでつい最近、この町を訪れたって奴をこうして集めて、『穏便に』諭して帰してあげようってわけさ」
    「な、なら」
     と、牧師がほっとした顔をする。
    「私は見ての通り、旅の牧師だ。探偵なんかじゃない。無関係だよ、だから……」
    「だから?」
     若者の一人がじろ、と牧師をにらむ。
    「だ、だからここから出してくれると、その、穏便にだね、済むわけだ」
    「おいおい」
     また別の若者が、呆れた声を出す。
    「探偵ってのは変装もできるんだろ? あんたが牧師のふりをした探偵じゃないって証拠があるのか?」
    「えっ、い、いやいや、私は正真正銘……」
     うろたえる牧師に対し、若者たちは銃を付き付ける。
    「正真正銘の、何者だ? きちんと証拠、見せてくれよ、な?」
    「少しでも怪しいものがありゃ、……分かってるよな?」
    「ひ、ひえ……っ」
     怯える牧師の両腕を、若者たちががっちりと捕らえる。
    「身体検査だ! 真っ裸にしてやれ!」
    「おうっ!」
     若者たちは牧師の衣服を剥ぎ取り、引き裂き、不審な点がないか確かめる。
    「……うーん?」
    「普通の十字架に、ただの聖書」
    「僧服の中にも、変なもんは無い。強いて言えばこのちっちぇえ拳銃くらいか」
    「ご、護身用だ。旅の途中で襲われることもあるし……」
     牧師の弁解に、若者たちは顔を見合わせる。
    「……よし、お前は白だ。出て行っていい」
    「そ、そうか。……あの、服は」
     ボロボロに引きちぎられた服をつまみ、牧師は悲しそうな声を出す。
    「お前にもう用は無い。さっさとどこへでも行け」
    「い、いや、服を弁償……」
    「あ? 何か言ったか?」
    「い、いえ、……では」
     牧師はボタボタと涙を流しながら、何とか無事に残った十字架と聖書を手に、下着姿でオフィスをとぼとぼと出て行った。
    「さーて、次は……」「ちょっと」
     と、この成り行きを眺めていたミヌーが、彼らに声をかけた。
    「ん? なんだ?」
    「まさかお前が探偵だって言うんじゃないだろうな?」
    「違うわ。探偵なんかじゃない。それとは別の話。
     あんたたち、残ったあたしたち4人の服も、今みたいにむしり取るつもりかしら?」
    「ああ、そうだ。疑いが晴れるまで、きっちり調べさせてもらうぜ」
    「嫌だと言ったら?」
    「無理矢理やるまでだ」
     そう返し、両手をにぎにぎと動かしながらにじり寄ってくる若者に――ミヌーはがつっ、と足を振り上げた。
    「……お、ひょ、……ぉう」
     股間を蹴り上げられ、若者は顔を土気色に変えて倒れ込む。
    「なっ……!?」
    「身体検査されるなんて聞いてないし、お断りよ。
     失礼させてもらうわ」
     ミヌーはそう言って、腰に提げていた拳銃を取り出した。
    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 3
    »»  2013.03.25.
    ウエスタン小説、第4話。
    修羅場くぐり。

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    4.
     若者たちは拳銃を見た途端、顔色を変える。
    「てめえ……」
     そして一様に、彼らも拳銃を抜く。
    「まさかてめえが、……か?」
    「違うってば。違うけど、無理矢理脱がされて裸にされるのなんて、嫌だもの。
     お金だって、1セントもくれそうにないしね」
    「ふざけんな、勝手なことばかりべちゃくちゃわめきやがって……!」
     若者の一人が拳銃を構え、ミヌーに狙いを定める。
    「それはあんたたちでしょ? ……ねえ、一言だけ忠告しておくけど」
     ミヌーも拳銃を構えつつ、こう続けた。
    「あたしに物騒なものを向けて、無事でいられた奴はいないわよ」
    「抜かせッ!」
     若者はそのまま、拳銃の引き金を絞る。
     が――次の瞬間、若者の拳銃はぼごん、と鈍い音を立てて腔発する。当然、銃を握りしめていた若者の右手も無事では済まず、親指と人差し指が細切れになって吹き飛んだ。
    「う、……あ、あが、ぎゃああッ!?」
    「だから言ったじゃない」
     若者が引き金を引くその瞬間に、ミヌーがその銃口に向かって銃弾を撃ち込んだのだ。
    「さあ、どうするの? このままガンファイト? それとも素直に出て行かせてもらえるのかしら?」
     残った若者たちは、床をのたうち回り悶絶する仲間と、拳銃を向けるミヌーとを交互に見比べるが、それ以上の行動をしない。どうやら怒りと恐れが拮抗し、攻撃をためらっているらしかった。
     それを見抜いたミヌーは、続けざまに弾をバラ撒こうと構える。
     と――ボン、と言う音と共に突然、部屋中に白い煙が上がった。
    「なっ……!?」
    「なんだ、こりゃ!?」
    「げっほ、げほっ」
     突然の煙幕に、ミヌーも困惑する。
    「一体なに、これ……?」「おい、お嬢さん」
     これも突然、彼女の背後から声がかけられた。
    「逃げるが勝ちってヤツさ、一緒に来いよ」
    「え? ……ええ、そうね」
     一瞬戸惑ったが、言う通りである。
     ミヌーは声に従い、そのまま外へと逃げ出した。

    「げほっ、ごほっ、……くっそ」
     煙が薄まってきた頃には既に、連れてきた余所者たちの姿は無かった。
    「逃げられた、……か」
     若者たちは、一斉に顔を蒼ざめさせる。
    「このままじゃ……、まずいぜ」
    「これが知れたら、『ウルフ』の兄貴に……」
     と、部屋の奥から落ち着いた、これも若い男の声が聞こえてくる。
    「ああ、まずいな。非常にまずい」
    「……う……!」
     若者たちは声のした方を振り返り、そして一様に敬礼した。
    「……うん?」
     声をかけてきた男は、いまだ右手を押さえ倒れたままの若者に目を留める。
    「おいおい、大丈夫か?」
    「いてえ……いてえよ……」
    「そりゃ気の毒だな」
     それを受け――「ウルフ」はそのぐちゃぐちゃになった右手を思い切り、踏みつけた。
    「あがっ、あっ、あうあああー……ッ!?」
    「この能無しが」
     グリグリと踏みつけたまま、「ウルフ」は仲間を叱咤する。
    「あんなアバズレの挑発にひょいひょいと乗って、その隙に全員逃がしちまいやがって。
     使えねえなぁ、お前」
     右手を踏みつけたまま、「ウルフ」は拳銃を抜いて彼の額に銃口を当てる。
    「使えない奴は、さっさと処分しないとなぁ」
    「や、やめ……」
     パン、パンと二度銃声が響き、若者は動かなくなった。
    「……っ」
     真っ青な顔を並べる手下たちに、「ウルフ」はこう続けた。
    「俺が何故、こいつを殺したか分かるな?」
    「……」
    「理由は単純だ。使えない。その上、役にも立たない。
     走りもせず人も乗せず、餌ばかり食うだけの駄馬を飼う農場主はいねえだろ? 違うか?」
    「は……はい」
    「仰る通りです」
    「だろう? じゃあお前たちは何だ?」
    「ウルフ」は拳銃を、残る若者たちに向けた。
    「役に立つのか? 立たねえのか? どっちなんだ?
     立つって言うんならとっとと探偵を探して、捕まえるか殺すかして来いよ」
    「は、……はいっ!」
     若者たちは大慌てで、外へと駆け出そうとする。
    「あー、っと」
     と、それを「ウルフ」が止める。
    「その前に、だ。こいつをきちんと片付けとけ」
     そう言ってから、「ウルフ」はようやく踏みつけていた右手から、足を離した。
    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 4
    »»  2013.03.26.
    ウエスタン小説、第5話。
    邂逅。

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    5.
    「ふー……」
     保安官オフィスから十分に離れ、裏路地に入ったところで、ミヌーと、共に逃げ出した他の男たちとが、ようやく立ち止まる。
    「いやぁ、助かったぜ。流石に真っ向から煙幕ドカン、ってんじゃバレバレだからな。アンタがちょうど良く暴れてくれたから、うまく行ったってもんだぜ」
    「そりゃどーも」
     馴れ馴れしく手を差し出してきた赤毛の男に、ミヌーは肩をすくめるだけで返す。
    「ありゃ」
    「あたしもあんたも、お互い利用し合っただけでしょ? それでなんで、仲良くしなきゃいけないの?」
    「つれないねぇ。俺にとっちゃ命の恩人なんだし、せめて名前だけでも教えてほしいんだけどなぁ。
     俺の名はアデルバート・ネイサン。アデルって呼んでくれ」
    「あっそ」
     ぷいと顔を背け、立ち去ろうとするミヌーに、アデルは「ちょ、待ってくれよ」と呼びかけた。
    「何よ?」
    「アンタ、もう数日はここに滞在するつもりだろ?
     その格好とさっきの腕を見りゃ、どう考えてもアンタ、賞金稼ぎだ。狙うはアレだろ、『デリンジャー』だろう?」
    「はぁ?」
     振り向いたミヌーに、アデルはまくし立てる。
    「とぼけようったってそうは行かないぜ? 実は俺も、この辺りにそいつが現れたってうわさを聞いたんだ。アンタと同業者なんだよ、俺。
     だからさ、俺とアンタとで一緒に『デリンジャー』探しして、見付けて仕留めるなり捕まえるなりしたら、きっちり賞金を折半! どうだろう?」
    「嫌と言ったら?」
    「話はそれまでさ。それ以上は無い」
     アデルは肩をすくめつつも、なお話を続ける。
    「だけどもさ、さっき捕まった通り、この町にゃ別の、ヤバ気なヤツらもいる。
     この町であれこれ探し物しようとしても、十中八九あいつらが邪魔してくるだろうし、賞金首がこの町にいると知れりゃ、あいつら多分、横取りしようとしてくるぜ?
     ただ単に滞在するにしてもさ、このまま一人でいるってんじゃ、二日と経たないうちにヤツらに捕まってあれやこれや……」「男のくせに、よくもまあそんなにベラベラしゃべれるもんね」
     アデルの話を切り上げ、ミヌーはこう応じた。
    「でもあんたの言うことも、もっともね。一人でブラブラするには、この町は物騒過ぎるわ。それに賞金首がいるって聞いて、それを放っておくなんてもったいないし。
     いいわ、手を組みましょう。賞金はあんたが言った通り、半々で……」
     と、それまで黙っていた他の2人のうち、まだティーンに見える金髪が手を挙げた。
    「お、オレも一枚かませてくれよ! 『デリンジャー』って言や、8000ドルの賞金首じゃねーか! さ、3人で割っても、えーと、一人当たり2000くらいは……」
    「8000割る3は2666ドルだ、アホ。……お前は?」
     名前を聞かれ、金髪はこう答えた。
    「ディーン・マコーレー、に、25さ!」
    「嘘つけ。そのそばかすだらけの真っ赤な頬っぺたで、20超えてるわけねえだろが」
    「……じゅ、19」
    「それも嘘ね。あたしの見立てじゃ、せいぜい16くらい」
    「うっ、……あ、ああ、そうさ。姉御さんの言う通りさ」
     嘘を簡単に見抜かれ、ディーンはしゅんとなる。それを受け、アデルがやんわり諭そうとする。
    「賞金首にゃ多少詳しそうだが、坊やには荷が重い仕事になるぜ? 8000ってのは伊達じゃねえ。これまでに17人を殺した凶悪犯だ。しかもあいつは……」「かっ、覚悟の上だ!」
     ところがディーンは声を荒げ、アデルに食ってかかる。
    「他に金がポンと稼げる手段なんかねーんだ! そ、それともお二人方、この坊やを荒野に置き去りにしようってのか!?」
    「情けないこと言うわね」
     呆れるミヌーに対し、ディーンは開き直る。
    「情けなかろうが何だろーが、生きるためだ! そーやってオレはこの2年、放浪してきたんだ! 笑いたきゃ笑えっ!
     だがな、放浪してた分、腕はそれなりに立つんだぜ! いいのか、いざって時に『ああ、あの坊やを雇っておきゃよかった』って後悔してもよぉ!?」
    「悪いがお断りだ。坊やの腕なんて、たかが知れてる。
     ケガしないうちに、とっととこの町から出て行った方がいいぜ」
    「うー……っ」
     ディーンはそこで口ごもり、それ以上何も言い返さずに走り去っていった。
    「じゃ、決まりだな。よろしくな、……えーと」
    「ミヌーよ。エミル・ミヌー」
    「オッケー、よろしくミヌー」
    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 5
    »»  2013.03.27.
    ウエスタン小説、第6話。
    サルーン・ミーティング1。

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    6.
     サルーンに戻り、共にカウンターに座ったところで、アデルが話を切り出した。
    「そんで、だ。実はさっき、『デリンジャー』じゃないかってヤツを見付けたんだ。つい、さっきな」
    「ふうん……?」
     と、グラスを磨いていたマスターが苦い顔をする。
    「『デリンジャー』と言うのは……、あの『デリンジャー・セイント』ですか」
    「ご名答。曰く、無差別に人を殺して回り、さらには死体の胸に十字傷と、『この者は行いを欠いた信仰である』とか、ワケ分からん文章を刻んで立ち去るとか。
     ゾッとするほどイカれた野郎だ」
    「聖書にある言葉ね。本来の文章は、ヤコブの手紙第2章17節、『信仰は行いを欠けば死んだものである』よ。
     死体だからつまり、『行いを欠いた(動かない)信仰』ってことなんでしょうね。聞くだけで吐き気がするわ」
    「全くです。……そんな話をされると言うことは、まさか」
    「ああ。この町に来てる」
     これを聞いて、マスターは顔をしかめた。
    「本当ですか」
    「ああ。ついさっき、いかにもそいつだろうってのを見た。恐らく今晩、犠牲者が出る」
    「なんと……」
    「だが心配するな。犠牲者はほぼ間違いなく、『ウルフ・ライダーズ』の連中さ」
    「え?」
     一転、きょとんとした顔をしたマスターに、アデルはこう続ける。
    「その『ついさっき』ってのが――ミス・ミヌーも一緒に連れて来られた――保安官オフィスでの詰問だ。
     そん時に見たんだ、『デリンジャー』を」
    「……そうね。確かにあたしも見たわ。でもそれだけで、あの人がそうだって証拠になるかしら?」
    「なーに、俺の目はごまかされちゃいない。あいつで間違いない。
     そんなわけで、だ。今晩に備えて、今日は早めに……」
     アデルが言いかけたところで、ミヌーは席を立つ。
    「マスター、一人部屋って2つ空いてる?」
    「2階にございます。一泊、1ドル25セントです」
    「じゃ、そこ借りるわ。こいつはもういっこの部屋ね」
    「かしこまりました。こちら、鍵です」
    「ありがと」
     ニヤニヤと目配せをするアデルを一瞥し、ミヌーはすたすたと2階への階段へと歩いて行く。
     その手前でミヌーはアデルに振り向き、にこっと笑って見せた。
    「それじゃ今日は早めに寝るわね。おやすみ、アデル」
    「……ああ、おやすみ。夜9時には起こすよ。晩メシ、食うだろ?」
    「ええ、お願いね」
     そのまま階段を上がるミヌーを見送り、それからアデルはため息をついた。
    「あーあ、あしらわれちまったぜ」
    「金さえ払えばデートでも何でも請ける、と仰っていましたが」
    「はは……、そいつが俺に払える額かは、別の話さ。
     それじゃ俺も寝るとするか。マスター、鍵を」
     アデルも鍵を受け取り、2階へと上がった。



     そして時間は経ち、夜の10時――。
    「よいしょ、……っと」
     昼前にミヌーたちを拘束した「ライダーズ」たちがこそこそと、革袋を荷車に乗せて運んでいた。
     中身は昼前まで、自分たちの仲間だったものである。
    「こいつも災難だったよなぁ」
    「まったくだ。……同情なんかしねーがな」
    「確かにな。あの女にいらねー挑発したのもこいつだし、グラス投げ付けられて鼻血噴いたのもこいつ。滅多やたらに拳銃振り回して右手が千切れ飛んだのもこいつ。
     ……結局、自業自得って奴だ」
    「兄貴じゃねーが、役に立たない上に使えない奴だってのは、確かに言えるぜ。
     今だってこうやって、俺たちの手を焼かせてんだからな」
    「違いねえや、ははは……」
    「ひゃひゃひゃ……」
     とても死体を運んでいる最中とは思えない陽気さで、彼らは荷車を運んでいた。

     その時だった。
     ポン、と乾いた音が、裏路地に短く響く。
    「……なんだ?」
     誰からともなく発せられたその問いに答える代わりに、一人ががくんと膝を着いた。
    「どうした、……!?」
     突然うずくまった仲間の右耳が、どこにも無い。
     そこに空いた大穴からは、ドクドクと赤黒い血が噴き出していた。
    「な、な、なん、っ……」
     叫びかけた仲間も、同様に膝を着く。彼もまた同様に、いつの間にか左耳が弾け飛んでいた。
    「う、撃たれた……!?」「一体、どこから……っ」
     残った2人はただ右往左往するばかりで、拳銃すら取り出せないでいた。
    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 6
    »»  2013.03.28.
    ウエスタン小説、第7話。
    「デリンジャー・セイント」。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     と、そこへ――。
    「隠れてろ、バカ! 荷車の後ろに回り込め!」
     突然かけられた声に、残った「ライダーズ」の2人は慌てて従う。
    「お、おわ、わわわ……」
     彼らが隠れたところで、声をかけた本人――アデルと、ミヌーが現れた。
    「こう言うの、何だっけな? 因果応報って言うのか?」
    「『デリンジャー』風に言うなら、『自分で蒔いた種はまた、自分が刈り取ることになる』、ね」
     二人は暗がりに潜む、硝煙を上げる短銃(デリンジャー拳銃)を握りしめる男に目をやった。
    「僧服、どうしたの? どこかに適当なのがあったみたいね」
    「……」
    「この町にゃ教会はあっても、神父やシスターなんかはいなさそうだからな。その辺りから勝手に取って着てるんだろ。まったく、大した『聖者(セイント)』サマだぜ」
     男は静かに、月明かりの当たる場所まで歩み寄ってきた。
     その男は間違いなく、昼間「ライダーズ」たちに衣服をはぎ取られた、あの牧師だった。
    「私の邪魔をするのか、悪魔共め」
    「するさ。ならず者だろうが善悪の判断も付かないバカな若造だろうが、人が殺されようって時に見捨てられるほど、俺は冷血漢になった覚えは無いからな。
     しかし災難だったな――あんなトラブルさえなけりゃ、俺もアンタが『デリンジャー・セイント』とは気付かなかったよ。
     昼間、アンタがあいつらに剥かれてた時、短銃をあいつらが確かめてたが、単なる護身用のデリンジャーにしちゃライフリングはすり減ってるし、銃口なんかも火薬で焼けた跡があった。相当使い込んでなきゃ、あんな風にはならない。
     おまけに銃身やグリップまで改造してある――あれじゃ、『この銃は殺人用です』と言ってるようなもんだぜ。
     とは言え災難って言うなら、こいつらにとってもだがな。アンタを怒らせたりしなきゃ、こうして狙われることも……」「勘違いをするな、悪魔の手先よ」
    「セイント」は短銃に弾を込め、アデルに向ける。
    「呪われたこの町を救うため、私はやって来たのだ。私に与えられた辱めなど、些細なことに過ぎない。元よりこいつらは、滅するつもりだったのだ。
     この町は血の匂いがあまりにも濃過ぎる。その異臭の源たる悪魔共を、この聖なる銀弾で一匹残らず祓い、滅することが、私に課された使命なのだ。
     邪魔はさせんぞ!」
     そう叫び、「セイント」は――突然、身を翻した。
    「あっ……?」
     てっきりそのまま発砲してくると思い、身構えていた二人は虚を突かれる。
    「う、後ろだーッ!」
     荷車の陰に隠れていた「ライダーズ」たちが叫ぶ。
    「なに……!?」
     二人とも、とっさにその場を飛び退く。次の瞬間、二人の頭があった場所を、銀製の銃弾が飛んで行った。
    「は、速ええ……! ついさっきまでそこにいたのに!」
    「立ち去れ、悪魔よ!」
     上下2発装填のはずの短銃を、「セイント」は立て続けに5発、6発と発砲してくる。
    「指先まで速いわね、……手強いわ」
     ミヌーはかわしざまに拳銃を腰だめに構え、弾倉にあった6発全弾を撃ち尽くす。
     しかし1発も「セイント」に当たることなく、弾は建物の壁や遠くの木に当たるだけだった。
     一方、アデルも両手でライフルを構え、あちこちを走り回る「セイント」に向けて発砲するが――。
    「くっそ……、『セイント』どころか、まるでゴーストだ! 全っ然捉えられねえ!」



    「ははは……! お前たちのような悪魔ごときに、私が屈するものか!
     そろそろ決着を付けてやろう! 主の元へ召されるがいい!」
     ひた……、とミヌーの左肩に、冷たく骨ばった手が置かれる。
    「……!」
     彼女の背中に、「セイント」の持つ短銃がぐい、と当てられる。
     そして間も無く、パン、と乾いた音が、裏路地にこだました。

     ところが――。
    「……な、……なぜだ、主よ。
     私はまだ、使命を、……果たして……」
     どさっと乾いた音を立て、「セイント」はその場に倒れた。
    「『デリンジャー・セイント』だっけ。教えてあげるわ。
     こうやって使うのよ、こう言う小さい銃はね」
     ミヌーはくるりと振り返り、左手に持っていた、硝煙を上げる短銃をくるくると回して見せた。
    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 7
    »»  2013.03.29.
    ウエスタン小説、第8話。
    血と暴虐に飢えた狼。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     危険が去ったところで、アデルは隠れていた2人に声をかける。
    「生きてるか?」
    「は、はい」
     二人はガタガタと怯えつつも、アデルの問いかけにうなずいた。
    「で、何しようとするところだったんだ?」
    「え、……それは、あの」
    「その革袋。中身は、誰なんだ?」
    「う……」
     看破され、二人は顔を見合わせた後、大人しく白状した。
    「ひ、昼間、そこの姉御に右手を潰された奴だ。あの後、死んじまって」
    「あれだけで?」
    「い、いや、……あんたらに逃げられた後、すぐに俺たちのボスが来て、とどめを刺したんだ。『役立たずはいらない』って言って」
    「ふーん……、なるほどな」
     続いてアデルは、遠くに見えていた給水塔を指差す。
    「で、あそこに吊るすつもりだった、と」
    「な、何でそれを?」
    「簡単な推理だ。あの給水塔から放射状に、ちょうどこの荷車と同じ幅の轍が、いくつも延びている。
     んで、給水塔の足元には妙に黒ずんだ泥だまりだ。これで誰かを何人も運んであそこに吊るしてると分かんないようじゃ、探偵とは言えないな」
    「え……?」
     これを聞いた二人も、ミヌーも、一斉にアデルへ振り向く。
    「昼間こいつらが捜してるって言ってた探偵って、……まさか、あんただったの?」
    「いや……、それとは多分、違うと思うぜ。俺がこの町に来たのは偶然だよ。本当に『デリンジャー』を追ってのことだし。
     ま、それはともかくとして、確かに俺は探偵だ。東部のパディントン探偵局から来た、正真正銘の探偵さ。賞金稼ぎはその業務の一環ってわけだ」
    「ふーん……。
     それなら昼間の約束って、あれはどうするの?」
    「どう、って?」
    「『デリンジャー』の懸賞金よ。勝手に折半にしていいのかしら、って。後であんたの雇い先から、あれこれ言われたりしない?」
    「ああ……、業務上やむを得なきゃ、人の手を借りてもいいとは言われてるしな。
     どの道、懸賞金を手に入れても俺の懐に入るわけじゃない。給与としてほんの数分の1、入ってくるだけだし。
     半分と言っても4000ドル、大金だからな。局も納得するさ」
    「ならいいけどね。……で、正義の味方なら、今ここで行われようとしてたことについて、何か言うことがあるんじゃない?」
    「そりゃ、勿論。これは明らかに私刑だ。出るところに出て告発すれば、実刑は免れない。……ちゃんと保安官のいる町ならな」
    「……」
     アデルはそこで言葉を切り、「ライダーズ」たちをにらむ。
    「な、何だよ?」
    「聞かせてくれないか? この町にはなんで保安官がいない? 何故、こんな私刑がまかり通ってるんだ?」
    「……『ウルフ』だ」
     二人は恐る恐ると言った口ぶりで、この町に起こった凄惨な出来事を語った。



     このパレンタウンと言う町は、ほんの2年前までは穏やかな、しかし活気のある町だった。
     しかし町にあるうわさが上ったことを境に、それまでの平和は終わりを告げた。とびきりの無法者として名高い、あの「スカーレット・ウルフ」が潜んでいると言うのだ。

    「スカーレット・ウルフ」は、元は南軍の下士官であったが、歳はなんと、現在においてもまだ、30半ばにもならないのだと言う。
     相当若い頃、まだティーンであろう頃から既に並々ならぬ才覚を発揮し、各地で獅子奮迅の活躍。一時期は英雄ともてはやされたが、やがて彼自身の欠陥――極度に残忍で、感情が昂(たかぶ)ると仲間にさえ銃を向ける見境の無さから、彼は軍を追われることとなった。
     その後、彼は西へ西へと流れ、その行く先々である、奇妙な行動を執るようになった。それは言うなれば、「己のカリスマ性と破壊衝動の、執拗な誇示」であった。
     町へ密かに侵入し、そこで若者たちを惹きつけ、惑わし、己の忠実な兵隊に仕立て上げ、やがては町をその私兵によって制圧し、その私兵もろとも破壊する。
     まるで寄生虫のような所業と、それでもなお信奉される不可解な神秘性から、やがて彼は「狼」と呼ばれるようになった。

     その「ウルフ」が、このパレンタウンに現れたのだ。
    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 8
    »»  2013.03.30.
    ウエスタン小説、第9話。
    町を支配する者。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    9.
     初めに犠牲となったのは、保安官だった。
     まるで愚かな少年たちがいたずら半分で野兎を撲殺するがごとく、保安官は全身にあざを作り、バッジが無ければ判別ができないほどに顔をズタズタに引き裂かれた状態で、給水塔に吊るされていたのだ。
     勿論、こんな凶行があっては村の評判に関わるし、このまま暴力で町を支配されるわけには行かないとして、町民たちはすぐに新たな保安官を立て、事件の解決を試みた。
     しかしそれは、徒労に終わった――新たな保安官も、その助手も、任命されてから2日と経たないうちに、前保安官と同様の状態で、給水塔に吊るされたからだ。

     町民たちの心が折られたのを見透かしたように、若者たちの多くが「ウルフ・ライダーズ」と名乗るようになり、そしてあからさまな凶行に出始めた。
     これまでに吊るされたのは、全部で20名以上。一人ででも立ち向かおうとした町民、平和を願った神父やシスター、さらには仲間だったはずの若者までもが、次々と殺され、給水塔に吊るされていった。
     そしてつい2日前に吊るされたのが、この町の創始者でもある名士、オリバー・パレンバーグ氏である。



    「……で、『ウルフ』の兄貴はそのパレンバーグのおっさんを殺したんだけど、死ぬ間際におっさん、『東部から探偵を呼んだ』って」
    「それで探偵探しか。……で」
     アデルは台車にもたれかかり、続いてこう尋ねた。
    「その『ウルフ』は誰なんだ?」
    「……知らない」
    「は?」
     アデルは再度、若者二人をにらみつける。
    「知らないってことがあるかよ。お前ら今の今まで『兄貴』って呼んでたじゃねえか」
    「いや、本当に分かんないんだ。いつもマスクしてるし」
    「声も町中で聞いた覚え、無いし。突然俺たちの前に現れて、色々命令してくるばっかりで」
    「何だそりゃ……。何でそんな奴の言うこと聞こうと思うかねぇ」
    「し、仕方無いだろ!? 聞かなきゃ殺すって言われるし、それに、あの……」
     二人は口をそろえて、こんなことを口走った。
    「逆らえないような気持ちになるんだ……。この人には絶対逆らえない、って」
    「……眉唾モノだな。まあ、確かに俺も、『ウルフ』は人心を操れるってのは聞いた覚えがあるが。
     じゃあ何だ、お前らは顔も知らないようなヤツに『死体運べ』って言われたから、運んでるのか?」
    「……ああ」
     これを聞いたアデルは、はーっとため息をつき、それから若者二人の頭を、拳骨で殴りつけた。
    「痛えっ……!?」「何すんだよ!?」
    「目ぇ覚ませ、バカども。
     お前ら顔も分からんようなヤツに、死ぬまでこき使われる気か? いいや、このままこき使われてたらお前ら、そう遠くないうちに死ぬぞ。この革袋の中でおねんねしてるヤツみてーにな」
    「うっ……」
    「それでいいのか、お前ら? お前らは牛だの豚だのの家畜じゃねえ、真っ当な人として生まれたんだ。もっと自分の思う通り生きたいと、そうは思わねえのか?」
    「そりゃ、まあ……」
     傍でアデルの叱咤を聞いていたミヌーは内心、アデルの弁舌を評価していた。
    (良くもまあ、これだけ口が回るもんね。
     いいえ、回るだけじゃない。どう説得したらこの、血気盛んで自尊心の高い坊やたちを焚き付けられるか、まるで手に取るように把握してるわ。
     ま、元からこの坊やたちがあまりに素直過ぎる、根っからの間抜けってのもあるだろうけど)
     ミヌーの思った通り、この単純な若者たちは次第に顔を真っ赤にし、怒り出した。
    「……そうだよな、あんたの言う通りだ!」
    「よくよく考えたら、なんであんな奴に付き従わなきゃならねーんだ!」
     いきり立つ二人を、アデルがさらにあおる。
    「そう、その通りだ! 20にもならないうちから他人にへいこらする人生を送るだなんて、西部の男のすることじゃないぜ。
     大体からして、お前らが『ライダーズ』なんて名乗ってこの町を治めようとしたのも、結局はこの町を守りたい、そう言う気持ちからだろう?
     その愛する我が町を今まさに脅かしてるのは、誰だ?」
    「『ウルフ』だ!」「そうだ、『ウルフ』だ!」
    「おう、分かってるじゃねえか! じゃあどうする?」
    「決まってる! あいつの言いなりになってる俺たちの仲間を説得して、『ウルフ』を袋叩きにしてやるんだ!」
    「そりゃあいい! 無法にゃ無法でやり返さなくっちゃな! ……で」
     と、アデルは一転、声を潜める。
    「そのためにはちょっと、策を練らなきゃならない。
     まずはお前らが集められるだけ、『ライダーズ』を集めてくれ。俺が説得して、反旗を翻すように仕向け……、じゃない、味方に付けよう」
     その一瞬の言い直しに、ミヌーは噴き出しそうになった。
    (うふふ……、なーるほど。ついでに『ウルフ』も捕まえて、その懸賞金もブン獲る、と。
     あいつの懸賞金は16000ドル。あたしと折半したせいで出た4000ドルの赤字を、それで補填するつもりなのね)
    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 9
    »»  2013.03.31.
    ウエスタン小説、第10話。
    サルーン・ミーティング2。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    10.
    「ちぇ、見抜かれたか」
     サルーンに戻ったところで、ミヌーはアデルの目論見を看破したことを、本人に伝えてみた。
     するとアデルはぺろっと舌を出し、開き直って見せた。
    「ああ、そのつもりだ。まさか今更アンタに『4000ドルはやっぱり渡せねえ』なんて言えないからな」
    「そりゃそうよ。仮にあんたが、無理矢理そんな話に持ってくつもりだったら、あたしはあんたを撃ってるわね」
    「だろ? そりゃ御免だし、かと言ってこのまま東部に帰ったら、流石にどやされる。
     そんならもう一人賞金首を仕留めて帰れば、金は予定通り納められるし俺の評価も上がる。アンタもさらに8000ドル儲けられる。どこを向いても美味しい話だ。
     ってことで、もう一回手を貸してくれよ」
    「……図々しいったら無いわね。しかもその計算だとあんた、4000ドルもピンハネする気じゃない。
     ま、確かに美味しい話ではあるわね。いいわ、もう一仕事してあげる」
    「ありがとよ、ミヌー。……ふあっ」
     握手を交わしたところで、アデルが唐突に欠伸をする。
    「流石に『デリンジャー』相手で気が張ってたせいか、ちょっと疲れちまったな。明日も早く出るつもりだし、もうそろそろ寝るとするか」
    「そうね。あたしも疲れたわ」
     そう言って両手を上げ、背を伸ばすミヌーを見て、アデルがニヤニヤとした笑顔を向ける。
    「どうだい、多少は気心も知れたわけだし、今夜は一緒の部屋に……」
    「どうだか。あたしにとってあんたは今も、ただのお手伝いでしかないわ。
     おやすみ、アデル」
     ミヌーは昼と同様、ぷいと背を向けて席を立つ。
     背後から、アデルのしょんぼりとした声がかけられた。
    「……ああ、おやすみ。明日は7時に起こすよ」
    「ありがと」



     そして夜は明け、朝――。
    「起きろ! ミヌー、大変だ!」
     アデルが慌てた様子で、ミヌーの部屋の扉を叩いていた。
    「んん……むにゃ……何よ、うるさいわね……」
     部屋の時計を見ると、まだ6時をほんの少し過ぎたところである。
    「ふあ……、何かあったの?」
    「あったなんてもんじゃない! 昨夜の坊やたちが、あの給水塔に吊るされてるんだ!」
    「……えっ?」

     二人が急いで給水塔に向かうと、そこには既に、何人かの町民や野次馬がたむろしていた。
    「……」
     町民たちは無言で、給水塔に吊るされた人間を下ろそうとしている。
     吊るされていたのは、保安官オフィスで死んだ若者と、「デリンジャー」に殺された2人――そしてアデルの言った通り、昨夜アデルの口車に乗せられ、「打倒『ウルフ』」を唱えたあの2人だった。
    「まさか? 昨日の、今日でしょ?」
    「ああ……。俺たちが思っていたよりずっと早く、『ウルフ』は手を回してきたんだ。
     ほんの少しの反発も、反乱も許さないように、……ってな」
     昨晩の、アデルに焚き付けられ意気込んだ二人の顔を思い出し、ミヌーは嫌な気持ちになる。
     そしてそれは、アデルも同様だったのだろう。
    「胸糞悪いぜ……。俺がそそのかさなけりゃ、あいつらはまだ、生かされてたかも知れない」
    「……かもね」
     それ以上何もすることはできず、二人はサルーンに戻った。



     出鼻を最悪の形でくじかれ、二人は黙々と朝食を口に運ぶ。
    「……どうしたもんかね」
     スクランブルエッグをさらい終えたところで、アデルが口を開く。
    「どうもこうも無いわよ。仕掛けようにも、あいつはその度に、人を殺してる。何かする度に人が死ぬんじゃ、やってらんないわよ」
    「……だな。これじゃまるで、俺たちが疫病神だ」
    「実際そうでしょ。あんたがあの二人をあおったのは事実だし、それであいつらは殺されたのよ」
    「……言うな」
     アデルは食後のコーヒーに手を付けようともせず、うなだれている。
     それを見て、ミヌーはこう諭した。
    「あたしたちじゃ到底手に負えないわ。諦めた方がいいわね。あんたも手を引きなさいよ。
    これ以上下手に深入りしたら、今度はあたしたちが吊るされる羽目になるわ」
    「ぐっ……」
     アデルはうなだれたまま、悔しそうにうなった。

     と――落ち込む二人の着くテーブルに、ガタガタと騒々しい音を立てて座り込む者が現れた。
    「よぉよぉお二人さんよ、どうやら大分へこまされちまったらしいな?」
    「あ……?」
    「……あら、あんた」
     喜色満面でテーブルに着いたのは、あの金髪碧眼の小僧――ディーンだった。
    「あそこで皿拭いてるマスターから聞いたぜ、しくじって2人死なせたってな」
    「……おい、小僧」
     アデルが顔を挙げ、ディーンをにらみつける。
    「俺は心底、気分が悪いんだ。そのしまりのねーツラを、とっととどこかへやれ。さもなきゃ俺が死なせるのは2人じゃなく、3人になるぞ」
    「ま、ま、落ち着いてくれよ。ほら、ミヌーの姉御もそんな怖い顔しないでさ」
    「何の用よ? あたし今、とてもじゃないけどデートや仕事なんか、請ける気分じゃないんだけど」
    「そこさぁ」
     ディーンはニヤッと笑い、こう続けた。
    「もしかしたらまだ、『ウルフ』に一発食らわすチャンスが残ってるかも知れないぜ?」
    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 10
    »»  2013.04.01.
    ウエスタン小説、第11話。
    町長令嬢の醜聞。

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    11.
    「……なに?」
    「ちょっと待って?」
     二人は同時に声を挙げ、そしてミヌーが尋ねる。
    「あんた、『ウルフ』の話をどこで聞いたのよ?」
    「いやー、実はオレも『ウルフ』を追ってあっちこっち旅してたクチでさ。
     で、ここのマスターに根掘り葉掘り聞いたり、町を探し回ったりして、情報を集めてたんだ。
     それでだよ、お二方」
     ディーンはテーブルに身を乗り出し、小声でこうささやいた。
    「ちょっと臭う話をさ、聞いたワケなんだ」
    「臭う話?」
    「ああ。3日前殺されたって言う、この町の大地主で町長でもあったパレンバーグっておっさんのコトなんだけど、そのおっさんには一人娘がいる。
     で、これも聞いた話なんだが、数週間前からその娘さん、誰かにアツくなっちまったとか」
     得意げに話すディーンに対し、二人は冷淡に返す。
    「は?」
    「何の話してんだよ、お前」
    「ま、ま、最後まで聞いてくれよ。大事なのはここからさぁ。
     そんで4日前、つまりパレンバーグ町長の死ぬ前日にだ、町長は娘と大ゲンカしてたらしい。その内容ってのがまあ、屋敷の使用人とかからの又聞きになるんだけど、どうやら娘が誰かと結婚したいって言い出したのが原因らしい。
     そしてその晩に町長は殺され、翌朝になってあの給水塔に吊るされてるところを発見された、……ってわけだ」
    「だから?」
    「分かんねーかなー、つまりさ、その娘のホレ込んだ相手ってのがもしかしたら、『ウルフ』なんじゃないかってコトだよ。
     娘との恋路を邪魔された『ウルフ』は怒りのあまり、町長を惨殺! ああ、何と言う悲劇! ……って話だろ、どう考えても」
    「飛躍し過ぎね。元々、町長は『ウルフ』を捕まえようとしてたんだし、殺されたのはその報復でしょ」
    「それにしたってケンカしたその晩に、だぜ? 偶然にしちゃ、出来過ぎだろ?
     逆に言えばよ、それまでにも町長は『ウルフ』探ししてたはずだろ? じゃあケンカするより前に殺されても不思議じゃない。ところが何だってその日に殺しにかかったか? オレの仮説がたとえ間違いだったとしても、確実にそのケンカの内容に、『ウルフ』を動かすだけの何かがあったんじゃないか、……と、オレはにらんでる」
    「……ちょっとばかし強引な理屈もあるが、確かに臭うな」
     ここまでずっと、むすっとした顔をしていたアデルは一転、真剣な目つきになる。
    「色恋云々は置いといても、詳しく聞いてみるくらいの価値は、確かにありそうだ。
     行ってみるか。場所は知ってるか、坊や?」
    「ディーンって呼んでくれよ、アデルの兄貴。勿論知ってるぜ」
    「よし、行こう。……ミヌー、お前も来るよな?」
    「……ま、行くだけはね。それで結局手がかりがつかめなかったら、あたしはこれっきりにするわよ」
    「ああ、いいとも」



     十分ほど後、三人はパレンバーグ邸を訪れた。
     しかし娘との面会を打診したところ、応対したメイドからはにべもない答えが返ってきた。
    「お嬢様は現在、心労により伏せっておられます。申し訳ありませんが、お通しすることはできません」
     これを受けて、アデルは得意の口を使った。
    「そっか。いや、俺たちはただの余所者なんだけども、何でもつい先日、ここに住んでた町長さんが亡くなったって言うじゃないか。さぞやお嬢さん、悲しんでるだろうと思ってな。
     僭越ながら贈り物でもして、少しでも心の安らぎになればと思ったんだが……、そう言う事情じゃしょうがないな」
    「お気持ちだけ、お伝えしておきます。お心遣い、誠に感謝します」
    「ああ。……で、これも小耳に挟んだんだが、お嬢さん、町長さんとケンカなさったんだって? さぞ心を痛めてるだろうな、謝る機会を永遠に失ったわけだし」
    「ええ、まあ。……内容については、気軽にお話できるようなものではありませんが」
    「ああ、うんうん、そりゃそうだ、そんなのは言っちゃいけねえや。
     しかしそれにしても、町長さんがそこまで怒るような、そんな話だったのかい? 相当カッカしてたって聞いたが」
     当たり障りなく、しかし「これくらいの話はしても大丈夫だろう」と思わせる範囲で、アデルはメイドからそれとなく、状況を聞き出していく。
    「いえ……、内容は本当に言えませんが、私共が傍で聞く限りは――まあ、確かに突然『結婚したい人ができた』と聞かされて、仰天しない親はいないでしょうけど――あれほど激昂されるとは、思いもよりませんでしたね」
    「ふうん……? 相手も当然、その時言ったんだよな?」
    「いえ」
    「ほう? 相手の名前も言ってないのに、結婚したいって言った途端に怒り出したって言うのか?」
    「と言うよりも、私共も旦那様もその際、お相手の名前しか伺っていなかったのですが、その名前を耳にされた途端、旦那様は顔を真っ赤にして、……あ、と」
    「おっとと、危ない危ない。それ以上はこれ、だな」
     そう言って人差し指を唇に当てるアデルに、メイドはクスっと笑った。
    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 11
    »»  2013.04.02.
    ウエスタン小説、第12話。
    「ウルフ」の正体とは?

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    12.
     サルーンに戻ってきたところで、ディーンががっかりした声を挙げた。
    「あーあ、無駄足かよぉ。コレじゃどうしようもないぜ」
     ところが、アデルは活き活きとした目をしている。
    「いや、そうでもないな。かなり人物像が絞れた」
    「へっ?」
     意外そうな顔をしたディーンに、アデルはこう説明する。
    「やっぱり、パレンバーグ町長は『ウルフ』の正体に感づいてたんだ。でなきゃ名前を聞いただけで怒り出すわけが無い。
     そしてその、名前を出された相手は、この町の住人じゃない可能性が非常に高い」
    「どうしてそんなことまで分かるの?」
     ミヌーの問いに、アデルは問いで返す。
    「例えばだ――お前さん放浪歴が長そうだから、ピンとは来ないかも知れないが――親しくしてた近所のお姉さんだかが、これこれ某(なにがし)って相手を好きになったんだ、と告白してきたとする。
     そのお相手が自分も知ってるヤツだったら、『前から怪しいと思ってた』とか、『あの人とだなんて意外だ』とか、そう言う感想を抱かないか?」
    「うーん……、まあ、分からなくはないわね。そう思うかも」
    「だろ? ところがあのおしゃべりなメイド、それについては全く何も言わなかった。お似合いとも、意外だったとも、何の感想も言ってないんだ。
     ってコトはそんな風に思わない、思おうにも何の情報も無い、聞いたことのない相手、つまりこの町の住人であるメイドが知らない相手だったってコトになる」
    「流石ね、探偵さん」
    「どうも。で、ここから突き詰めていくとだ。
     そのお嬢さんの相手ってのはこの町の住人じゃない、即ち余所者だ。しかしその反面、町には頻繁に出入りしてるヤツって可能性が高い。でなきゃホレ込むまでに至るのは難しいからな。まあ、一目ボレって可能性はあるかも知れないが。
     しかしこう考えてみると、昨日の朝の出来事でいっこだけ引っかかってたコトに、一つの解答が付けられるんだ」
    「どう言うこと?」
     再度尋ねたミヌーに、アデルはまたも尋ね返した。
    「保安官オフィスに集められたのは何人だった? そして、そこから俺の煙幕に乗じて、まんまと逃げおおせたのは何人だった?」
    「え……と?」
     昨日のことを思い返し、ミヌーは首をかしげる。
    「そう言えば……、確かにそうね。言われて初めて気が付いた、……と言うか、忘れてたわ」
    「だろ?」
    「何がだよ」
     納得するミヌーに対し、ディーンは唇を尖らせている。
    「お二人ともさ、何の話してんだよ、ソレ」
    「お前さん、算数が本当に苦手と見えるな」
     アデルは呆れた顔をしつつ、こう続けた。
    「5引く1引く3だ」
    「はぁ?」
    「いいか、昨日『ライダーズ』の連中が保安官オフィスに集めてきた余所者は、5人だ。
     そのうち1人、『デリンジャー』は途中で追い出された。この時点で、残るは4人。
     で、ミヌーが暴れた隙に俺が煙幕を使って、そんでこの3人が固まって逃げおおせたわけだ。ここまではお前さんも、覚えてるはずだ」
    「ああ、まあ」
    「計算が合わないと思わないか? 5人集められて、そこから1人追い出されて、3人逃げたんだぜ?」
    「……あ」
     納得したような顔を見せたディーンは、しかしすぐに腑に落ちなさそうな表情になる。
    「でもソレがどうしたんだ? 1人逃げ遅れたアホがいただけじゃないのか?」
    「アホはお前さんだ。あのバカで血気盛んな『ライダーズ』が、おまけにミヌーに挑発された上に、集めた奴らにまんまと逃げられた、……となりゃ、ただ一人逃げ遅れたそいつに何もしないワケが無い。ほぼ間違いなく袋叩きに遭うだろう。
     だが、俺たちは今朝、そいつが何事も無かったかのようにピンピンしてるのを見てるんだ。あの給水塔の前で、野次馬に混じってな」
    「じゃあ、そいつもうまく逃げたんじゃねーのか? オレたちとは別方向に」
    「その可能性も無くはない。しかしもっと不可解なことが、『そいつ』に関係して起こってるんだよ。
     余所者に逃げられたその後すぐ、本当にその直後に、『ライダーズ』が一人殺されている。いくらなんでも『ウルフ』のこの動きは、奇妙なほど早すぎる。
     まるでその失敗を、自分のすぐ目の前で確認していたかのように、……な」
    「……じゃあ、そいつなのか?」
    「ああ、可能性は非常に高い。
     余所者で、かつ、頻繁に町へ出入りする人間。あの保安官オフィスで、『ライダーズ』の失敗をすぐ目の前で見ていた人間――状況的な証拠ばかりだが、それでもあいつが『ウルフ』である可能性を強く示していると、俺は確信している」
    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 12
    »»  2013.04.03.
    ウエスタン小説、第13話。
    「スカーレット・ウルフ」。

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    13.
     その時だった。
    「いらっしゃいませ」
     マスターの声が聞こえ、三人は顔を挙げ、入口を振り向いた。
    「……っ」
     振り向くと同時に、三人とも硬直する。
     そこに現れたのは、たった今その話をしていた、疑惑の人物――行商人だった。
    「……」
     行商人は深く被ったフードの奥から、ギラギラとした目を三人に向けている。
    「何か……、用か?」
     平静を装い、アデルがそう声をかけたが、行商人は答えない。
    「……」
     彼の後ろからマスクを着けた男たちが、続々とサルーンの中に入ってくる。
     だが、彼らはこの町で好き勝手に振る舞っていた「ライダーズ」と違い、そのほとんどが30、40を超えた、おおよそ青年とは言い難い、中年の男ばかりだった。
    「本隊ってわけか……、『ウルフ・ライダーズ』の」
    「そうだ」
     行商人はそこでようやく口を開き、フードを脱ぎ捨てる。
     そこに現れたのは確かにうわさ通りの、まだ30にも満たなさそうな若い男だった。
    「もっと時間をかけて兵隊を増やしてからこの町を食い潰すつもりだったが、町長のジジイが手を回してたからな。
     それにお前らもウロチョロしてたし、こりゃどうものんびりしてられん、……と思ってな。今日を以て、この町を消すことにした。
     お前らも町民も、一人残らず道連れにする」
    「何故だ? 金だけ奪って逃げりゃいいだろう?」
     アデルの問いに、「ウルフ」はチッチッ、と舌を鳴らした。
    「それじゃ駄目だ。俺のことを少なからず覚えてる奴らが、野放しになっちまう。そうなると後々面倒だ。俺も相当目を付けられてるからな、州軍やら捜査局やら、金目当ての探偵局やらに追い回されることになる。そんなのは真っ平御免だ。
     東洋の言葉にこんなのがある。『立つ鳥跡を濁さず』ってな。ちょっとでも痕跡を残せば、そこから俺の正体に感付く奴も出て来る。だからこれまで、俺は俺がいたって言う証拠を消してきたわけだ。評判以外はな」
    「なんだと?」
     ディーンの顔に、次第に赤みが差してくる。
    「西部じゃもう既に、『スカーレット・ウルフ』は悪魔扱いだ。これ以上の恐ろしい存在はいねえと、皆がうわさしている。
     俺にとっちゃ、それが何より心地いい……! 戦争じゃ人を100人やら200人やら殺しても大した働きと思われなかったが、『ウルフ』を名乗ってからは人口30人、40人足らずの町を潰すだけで、上を下への大騒ぎと来た!
     これだけの爽快感は、他じゃそうそう味わえるもんじゃねえ。これからももっと、俺はこの楽しい楽しい制圧・掃討作戦を続けていく。西部に草一本生えなくなるまでなぁ……!」
     得意げにそう言い放った「ウルフ」に向かって、ディーンが叫んだ。
    「ふざけんなああ……ッ! お前一人愉しむために、オレの町は潰されたって言うのかッ!」
    「なに……?」
     わずかに目を細めた「ウルフ」の前に、ディーンが対峙する。
    「忘れたとは言わせねえッ! オレは2年前にお前らが滅ぼした、バークフォードの生き残りだッ!
     この日をどれだけ待っていたか……! この日のために、オレは何度も地獄をかいくぐって来たんだ!
     ブッ殺してやる、『ウルフ』……!」
    「……ほ、お」
     ディーンの口上を聞いた「ウルフ」は――唐突に笑い出した。
    「……ふ、っ、……ふふ、ふふふ、くくくく、くく、は、アハハハハあ……っ!
     こりゃいい、こりゃ面白えことになったな!? ひっひひ、ひひひ、仇討ちってわけだ、いひひひ、ひゃひゃひゃひゃあ……!」
    「なっ、何がおかしいッ!?」
    「おかしくねえわけがねえだろ、くくく……!
     これだ、これだよ……! こう言う『何としてでも俺を殺してやる』って奴が出て来た時が、一番の幸せなんだよ!
     その負けん気一杯、恨み一杯の奴を」
     そこで言葉を切り、「ウルフ」は拳銃を抜く。
    「こうやって嬲り殺しにしてやるのがなぁッ!」
     そう叫ぶなり、「ウルフ」は引き金を引いた。
    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 13
    »»  2013.04.04.
    ウエスタン小説、第14話。
    名探偵の登場。

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    14.
     ボン、とサルーンの中に重い音がこだまする。
    「……っ!」
     ディーンは胸を押さえ、顔を真っ青にした。
    「ディーン!?」「お、おい……!」
     ミヌーとアデルの二人も顔を蒼ざめさせ、立ち上がる。

     ところが――。
    「あれ?」
     ディーンが唖然とした顔をしつつ、胸から手を離す。
    「オレ、……撃たれてねえ」
    「へ?」「え?」
     一転、ミヌーたちも目を丸くした。
    「……うっ、お、……おお」
     反対に、「ウルフ」がうずくまり、先程まで拳銃を握っていた右腕を、左手で押さえようとしている。
    「している」と言うのは、その押さえようとしている右腕が肘の先からズタズタになり、消し飛んでしまっていたからだ。
    「て、てめ、え……」
     顔中に脂汗を浮かべながら、「ウルフ」は横を向いた。
    「え……?」「まさか?」
    「ウルフ」の視線の先には、先程までずっと下を向き、皿を拭いていたマスターの姿があった。
     そのマスターは今、右手一本でショットガンを構えている。どうやら「ウルフ」がディーンを撃ち殺そうとするその直前に、マスターが「ウルフ」を銃撃したらしい。
    「ようやく正体を現したな、『ウルフ』。いや、ウィリス・ウォルトン」
    「な、に……? 何故、俺の、名前を……っ」
     うずくまったまま尋ねた「ウルフ」に、マスターはニヤ、と笑って見せた。

     次の瞬間、ミヌーもアデルも、ディーンも、そして恐らくは「ウルフ」とその部下たちも、これ以上無いくらいに驚かされた。
     それまでずっと、黙々とカウンターの中に突っ立っていたマスターが、いきなりぐい、と己のヒゲをつかみ、引き千切ったのだ。
    「いてて……、まあ、ちょっとばかり待ってくれ」
     そうつぶやきながら、次にマスターは白髪まじりの頭髪に手をかけ、はぎ取る。続いて蝶ネクタイを緩め、ベストを脱ぎ、緩められた襟元に手を入れて肉じゅばんを取り出し、それまで皿を拭いていたタオルで顔のしわをつるりと拭き取り、そして極め付けにはなんと、急に7インチも背を伸ばして見せたのだ。
     つい先程まで老人だったはずのマスターが、いかにも聡明そうな、しかしどこかひょうきんさも感じさせる、痩せた壮年の男へと変身したのだ。



    「て、てめえ、誰なんだ」
    「東洋のことわざを引用していたが、これは知っているかな? 東洋の狐は人に化けるそうだ。わたしも同じ『狐』なら、他人に化けることなんか造作も無い。
     お前ほどの賢しい奴なら、わたしの正体にもピンと来るんじゃあないかな」
    「狐だと、……! まさかお前が、ジジイに、呼ばれていたのか、っ」
    「その通り。
     このジェフ・パディントン――通称『ディテクティブ・フォックス』が、お前を捕らえに来たんだ」
    「……て、言うか」
     恐らくこの場において最も肝を潰していたのは、アデルだっただろう。
    「局長……、何故、アンタがここにいるんスか」
    「何故ってネイサン、そりゃあわたしが、ここの町長とは古い付き合いだったからさ。
     その旧友が、『どうも最近うちに出入りする行商人が怪しい』と電報をくれたんだ。それを受けたわたしは、彼と、彼の友人だったここのマスターと共謀して入れ替わり、その怪しい行商人や他の町民、客たちをそれとなく監視していたのさ。
     ちなみに本物のマスターは今、わたしの局で局員たちに、コーヒーを振る舞ってくれているはずさ。もっともネイサン、君は『デリンジャー』探しで3ヶ月ほど局にいなかったから、その事情は知る由も無かっただろう。
     さて、『ウルフ』。小賢しいお前のことだ、恐らく今は既にある程度の冷静さを取り戻しており、部下にどうやってこのサルーンを一斉攻撃させようかと、頭の中で算段を練っているのだろう。
     ところが外に待たせているお前の残りの部下は、少なくとも50人はいるはずなのに、何故か彼らは、衣ずれの音一つ発してこない。これは少しばかり、おかしいんじゃあないかな?」
    「……州軍まで、動かして、……包囲し返し、やがったな」
    「なかなか理解が早い。そう言うわけだから、無駄な抵抗はしない方がいいぞ。
     この先散々苦しめられることも、お前なら分かっているはずだ。これ以上苦痛を増やしてどうする?」
    「……く、……そおっ」
    「ウルフ」は顔を土気色にし、その場に倒れ込んだ。
    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 14
    »»  2013.04.05.
    ウエスタン小説、最終話。
    事件の終わりとコンビの誕生。

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    15.
     事件解決から一夜が明け、ふたたびサルーン内にて。
    「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!? じゃあ局長、俺たちより先に『ウルフ』が行商人だって分かってたんスか!?」
     アデルと、そしてミヌーの二人は、パディントン局長から今回の事件のいきさつを聞かされた。
     なんとミヌーたちが訪れるよりもっと早く、局長は「ウルフ」の当たりを付けていたと言うのだ。
    「ああ。しかし残念ながら、町長を含めて4名もの犠牲者を出してしまうとは。
     わたしがここまで出張っていながら、とんだ失態を演じてしまったもんだよ」
    「そうね。名探偵とは言い難い成果だったわね」
     ミヌーの言葉に、局長は顔をしかめる。
    「うーむ……。いや、言い訳するわけでは無いが、あいつも短気過ぎたんだ。
     娘から突然、『ウルフ』と結婚したいから、なんて言われたもんだから、あいつは『娘を獲られるくらいなら』って怒り狂って、一人でライフル片手に乗り込んだそうなんだ。
     歳を考えろ、ってもんだ。60過ぎたじいさんが一人でのこのこやって来て、30はじめの若造に敵うわけが無いと、誰でも分かるだろうに!
     しかも、わたしがこの話を聞いたのが、もう死んだ後だったんだ。どうしようもできなかったんだよ、本当」
    「一体誰から?」
    「半分は『ウルフ』の供述からだが、もう半分はあいつの娘からさ。今頃になって謝りたいと言っていたが、……何もかも遅過ぎたわけだ」
    「有名なパディントン探偵局のやった仕事にしちゃ、案外ずさんなもんね」
     そう返したミヌーに、局長は口をとがらせる。
    「とは言え解決はした。懸賞金もちゃんと出る。局にとってはちゃんと成果は挙げられた。
     ミス・パレンバーグも悲しんではいるが、父親の遺産はかなり大きい。この先も問題なく生きていけるだろう。
     あのディーンとか言う若者も、仇討ちができたから良しとしてるしな。恐らくこの町に残るか、どこかの町に流れ着くかして、後は平和に暮らすだろう。
     犠牲は多かったが、一応解決できたわけだ。……と、そうだ」
     急に局長が、表情を険しいものに変える。
    「ネイサン、君は局に8000ドル上納するところを、4000ドルでごまかそうとしていたね?」
    「う」
     痛いところを突かれ、アデルは苦い顔をする。
    「いや、別に構わんさ。君がわたしの目の前で言ってたように、4000ドルもそれなりの大金だからな。事情も知っているし、その点は不問にしておいてもいい。
     しかしその補填に『ウルフ』を狙おうと言うのは、ちょっとばかり粗忽な作戦じゃあないか?」
    「仰る通りで……」
     赤面するアデルに、局長はこう続けた。
    「君は頭は悪くないが、一人じゃあ突拍子もない、無茶な真似ばかりする。誰かにお目付け役を頼んで二人組で行動した方がいいと、わたしは思うんだがね」
     そう言ってから、局長はミヌーの方に目をやった。
    「……え? 局長さん、それってもしかして、あたしにってこと?」
    「傍で見ていた限りでは、なかなか相性は悪くない感じだったよ。悪くないコンビだ。
     どうだろう、ミス・ミヌー。うちの局で働いてみないかね?」
    「お断りよ。誰かに縛られるのは嫌いなの」
     ばっさり言い切ったミヌーに、局長はこう返してきた。
    「うちで働けば、色々お得なんだがねぇ。
     給金はきっちり出るし、旅費も出す。ひもじい思いを全くせずに、好き勝手に放浪ができると思えば、悪くない話だと思うがね。
     君は口ではイギリスで隠居したいとか言っていたが、まだまだ今のところはこの自由の国、期待にあふれる大地を、勝手気ままに歩き回りたいんじゃあないかな?」
    「……」
     これを聞いたミヌーは、何も言わずサルーンの外に目をやる。
     しばらく間をおいて、ミヌーは目をそらしたまま、尋ねてきた。
    「一つ、聞いていいかしら」
    「いいとも」
    「お給金、いくらかしら?」
    「月給で52ドルだ。いい仕事をすれば昇給もあるし、ボーナスも弾むつもりだよ。積立金もあるから、長く勤めてくれれば本当に、イギリスでの隠居もできるだろうね」
    「……そ」

     それから10分ほど後、局長が作ってくれた朝食を平らげる頃になってから――ミヌーは結局、この打診に応じた。



     この、エミル・ミヌーとアデルバート・ネイサンとの出会いが、後に様々な探偵譚を生み出すこととなるが――それはまた、別の話である。

    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ THE END
    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 15
    »»  2013.04.06.
    ウエスタン小説2作目、第1話。
    博打とオカルト。

    1.
     この国で合法的な賭博場、即ち「カジノ」が造られたのは1930年代はじめ、ネバダ州においてのことであるが、当然それ以前にも賭博は広く行われていた。

     そもそも「賭博」というこの行為自体は、この大陸に欧州からの移民が来るよりもっと昔から、世界のあちこちで行われている。
     ちなみに賭博のはじまりは、占いであると言われている。賭博に使用されているダイスも、元は牛骨を使った占いを起源としている。また、トランプも元々はタロットカードに代表される占いの道具であり、これらのことからも占いと賭博との関係は、相当に深い。

     現在においても、「それまで吉か、あるいは凶であるのか分からないことが、数瞬の後にはっきりと示される」と言うこの過程は、占いにも、賭博にも、共通して見られる。
     占いと賭博は、非常に似通っているのだ。



    「これで、私の、勝ち」
     たどたどしい英語でそう宣言された瞬間、男は頭を抱え、椅子から転げ落ちた。
    「うっ……、そだろ……ぉ」
    「まだやるか、ガン、……えー、ガン……マン」
    「や、……やるに決まってんだろッ」
     男はフラフラと立ち上がり、何とかテーブルに着き直す。
    「何賭ける、……マン」
    「ガンマン! ガンマンだ、ド田舎野郎!」
    「お前、もう違う」
     男の前に座る、派手な色をした羽を中折れ帽に載せた、その色黒の男は、ニヤニヤと笑っている。
    「ガン、ここ。私、勝った。ガン、獲物」
    「う……ぐ」
     男は挑発した「羽冠」をにらみつけるが、腰を探っても既に、相棒の姿はそこには無い。
    「次は何、賭ける」
    「……っ」
     男は腰から手を挙げ、自分の胸や尻のポケットを探ったが、1セントの金も出てこない。すべて「羽冠」に奪われたからだ。
    「……ちくしょう」
     男は諦め、席を離れようとした。
     ところが――。
    「チャンスやる」
    「……あ?」
     背中を見せかけた男に、「羽冠」はこんな提案をしてきた。
    「お前、まだ1つだけ、賭けるもの持ってる。
     お前の、命」
    「なんだと……?」
    「お前、命賭けるなら、私も、賭ける、それ」
    「つまり、……お前も命を賭けるって言いてえのか?」
    「そう」
     そう返すなり、「羽冠」はゴト、と男のものだったコルトをテーブルに置いた。
    「負けた奴、頭撃つ」
    「……やってやろうじゃねえか」
     男はもう一度椅子に座り直し――テーブルに散らばっていたトランプをばさっ、と払いのけた。
    「だがもうポーカーは勘弁だ。こいつで勝負しようじゃねえか」
     男はコルトから弾を抜き取り、一発だけ残して弾倉を回す。
    「こいつをこめかみに当てて、互いに一回ずつ引き金を引き合う。運悪く弾が発射されりゃ、そこでジ・エンドだ」
    「いい」
     男の提案に乗り、「羽冠」は1セントをテーブルに置く。
    「順番、これで決める。表、私。裏、お前」
    「いいだろう」
     男はコインをつかみ、親指で弾いた。
     コインはぴぃん、と鋭い音を立てて、バーの天井近くまで上がる。そして落ちてきたコインを男がつかみ、再度テーブルに置いた。
    「表が出たらお前が先に、裏が出たら俺が先に、だな?」
    「そう」
    「……」
     男は手を離す。コインは裏を向いていた。
    「……行くぜ」
     男はコルトの撃鉄を起こし、銃口を自分のこめかみに当てる。
    「頼むぜ……、相棒。俺のところに戻ってきてくれよ。
     俺ともう一丁、暴れ回ろうぜ。な?」
     祈りの言葉を愛銃にかけ、男は引き金を引く。



     パン、と火薬の弾ける音が、バーに響いた。
    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 1
    »»  2013.08.01.
    ウエスタン小説、第2話。
    眉唾な依頼。

    2.
    「そりゃまた物騒な」
     パディントン局長からの話を聞いて、探偵局員アデルバート・ネイサンは眉をひそめた。
    「俺は保安官でも用心棒でも軍人でも無いんですよ?」
    「しかし最善の方法はそれしか無いんだよ。それ以外のアプローチをしたら、ほぼ確実に君は死ぬ」
    「正直、胡散臭いっス……」
    「しかし事実、そいつと接触したガンマン、カウボーイ、用心棒、保安官、軍人、教師、牧師、牧場主、鉱山主、エトセトラ、エトセトラ、……ともかく色んな人間がそいつとテーブルを囲み、ギャンブルし、そして一人残らず死んでるんだ。27人、たった一人の例外も無く、だ。
     だから、そいつと接触した際に君が執るべき行動は一つしか無い。出会った瞬間に撃ち殺すしかないんだよ」
    「まあ、凶悪な賞金首って言うなら射殺もやむなしでしょうけど……」
     アデルは依頼書の人相書きに目を通し、「うーん」とうなる。
    「正体不明の胡散臭いインディアンって感じですけど、ただギャンブルしてただけでしょ、こいつ。しょっぴくだけじゃダメなんスかねぇ」
    「それが大きな問題なんだ。彼と卓を囲んだ27人全員が死んでいるわけだからね。
     彼自身に殺意が無いとしても、これだけ死者が出ているのだから、野放しにできない。クライアントもそう思っているからこその、この依頼なんだよ」



     依頼書の内容は、次の通りである。
    「近年、我が州およびその近隣州を徘徊する一人のインディアンによって、我が州各市町村で数多くの死亡者が発生している。
     目撃者によれば、『本人は賭博行為を行っただけ』とのことではあるが、彼と賭博を行った者は例外なく死亡していることから、彼自身が殺害した、あるいは殺害に関与した疑いが強い。
     そこで並々ならぬ実績を持つ貴君に、件の『デス・ギャンブラー』の捜索、および拿捕ないしは殺害を依頼したい。
     報酬は州が彼に課した懸賞金12000ドルと、私個人からの謝礼金3000ドルとする。

    A州知事 ……」



    「頼むよ、知事とは……」「はいはい、『昔からの付き合いなんだ』、でしょ? 素敵なご友人がいっぱいいらっしゃるのね」
     エプロン姿の女性が、コーヒーを盆に載せてやって来た。
     新しくパディントン探偵局の一員となった賞金稼ぎ、エミル・ミヌーである。
    「そうとも。だからこそこの探偵局もここまで大きくなったわけだ、うははは……」
     エミルの皮肉をものともせず、局長は高笑いして見せる。
    「はあ……。
     で、こいつに何を頼んでるの?」
     エミルはコーヒーを配り、アデルを親指で差す。
    「西部の、かなり西の方で話題になってる賞金首を仕留めてきてほしいのさ。君も『デス・ギャンブラー』のうわさを聞いたことはあるだろう?」
    「ええ。とんでもなく強いんですってね。銃や腕っ節じゃなく、博打の方だけど」
    「その通り。しかしその強さは、何と言うか……、あまりにも呪われた強さなんだ。
     さっきも話した通りだが、こいつは27人の人間を死に追いやっている。それも白人ばかりをな」
     これを聞き、エミルの鼻がぴく、と動く。
    「『ギャンブラー』はインディアン風の男だって話だけど、それを考えると死人が白人ばっかりって言うのも怪しいわよね」
    「ああ。しかも死者27名に、それ以外の共通点は無い。
     我々でその27名に対し身辺調査を行ってみたが、まったく関係性が無かったんだ。一番近い2人の住所を見ても、17、8マイルは距離が離れている。
     まあ……、もう一つ、共通点としてはだ」
    「全員『ギャンブラー』と博打してる最中か、その直後に死んでるんだよ。確かに『死神(デス)』だな、こいつは。
     とは言えですよ、局長。博打やってるだけで死ぬなんてこと、有り得るんスかね」
    「今は何とも言えん。そこは実地で調査しなけりゃ、結論は出んよ」
    「……ま、業務命令ならどこでも行きますよ。イギリスだろうとインドだろうと、ニッポンだろうと」
     アデルは肩をすくめ、コーヒーを一気に飲み干した。
    「頑張ってねー」
     エミルはそう返し、そそくさとその場を離れようとする。
     しかしそれを見逃す局長ではなく――。
    「君もね」
     局長はエミルの肩をつかみ、にこやかに微笑んできた。
    「……はーい、はい」
     エミルもアデル同様、肩をすくめて見せた。
    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 2
    »»  2013.08.02.
    ウエスタン小説、第3話。
    おしゃべりな仕立て屋。

    3.
    「2ヶ月ぶりの空気ね」
    「ああ。喉にくるな」
     駅を出た二人は、久々に荒野の光景を目にしていた。
     エミルも探偵局で見せていたエプロン姿では無く、一端の賞金稼ぎと一目で分かる出で立ちに戻っていた。
    「で、最後の目撃情報があったバーって、どこって言ってたっけ?」
    「あっちだ。あの、……ありゃ?」
     アデルが指差した建物には窓と言う窓に板が打ち付けられ、ドアにも大仰な閂が仕掛けられている。
    「閉店しちまった、……みたいだな」
    「そりゃまあ、陰気な事件が起こったバーなんて、誰も行きたがらないでしょうからね」
    「……とりあえず、聞き込みだな」

     二人はバーの隣にあった仕立て屋に入り、話を聞いてみた。
    「ああ……。お隣さん、ね」
    「何かあったのか? いや、血なまぐさいことがあったのは分かってるんだが、他に何か?」
    「あったとも。いやいや、あったなんてもんじゃない。むしろ起こしたんだよね、お隣さんが」
    「うん?」
     仕立て屋の主人は商売道具の定規で額をこすりながらこの町、カーマンバレーに起きた凶事について語った。
    「一週間前になるかな、……いや、その前から話をした方がいいかな。
     そう、きっかけは一ヶ月前に現れた、あのインディアンだったんだ。服装こそほとんど、良く見る放浪者と一緒なんだけど、帽子が奇抜な奴でさ。
     元は普通の中折れ帽だったっぽいんだけども、あっちこっちに赤かったり白かったりの羽をベタベタくっつけててさ。とんでもないセンスだなー、と思ったよ、マジで。
     だけどもっととんでもないことは、そいつが町に来た、その晩に起こったんだ。夕方くらいにバーに入ってきた、いかにもワルそうな放浪者の兄(あん)ちゃんが、そいつとポーカーしようってことになったんだよ。
     ところが『羽冠』の野郎――20戦くらいしたのかな――それを全部だ、つまり全勝しちまいやがったんだ。しまいには相手が大事そうにしてたコルトまで奪い取っちまって、もうその兄ちゃんはお冠だ。
     で、ここからが悲惨な話になるんだが……」
     エミルもアデルも、揃って「ようやくかよ」とは思っていたが、口には出さないでおいた。
    「『羽冠』の野郎が命を賭けようって言い出したんだ。頭に来てた兄ちゃんは当然、それに乗った。
     で、賭けの方法自体は兄ちゃんの思い付きっぽくてな、コルトに弾一発だけ込めて、自分のこめかみに銃口当てて引き金を引いて、弾が出たら負け、……って話だった」
    「……賭けになるの? リボルバーだったら弾倉から弾、見えるじゃない」
     突っ込んだエミルに、仕立て屋は肩をすくめて返した。
    「もう夜になってたからなぁ。カウンターに付いてたガス灯以外には灯りは無かったし、銃の形は分かっても、弾倉のどこに鉛弾が突っ込んであるのかまでは、見えなかったんじゃないかな。
     兄ちゃん自体、相当カッカしてたみたいだし、どっちにしたって目に入って無かったかもな」
    「そんなもんかしらね」
    「ま、ともかく賭けは行われたんだが、コイントスで後先決めて、一発目は兄ちゃんってことになった。
     で、自分のこめかみに銃を突き付けて、引き金を絞って、……で、一発目でズドンだ」
    「マジかよ」
    「マジもマジ、この目で見てたんだから。後片付けも手伝ったしね。
     ともかく勝負は『羽冠』の勝ちだ。残った鉛弾とコルトを持って、『羽冠』はさっさと店を出て行っちまった。
     それでさ、当然次の日は店が開けなかったし、死人が出たってうわさも広まって、客がぱったり来なくなっちまったんだ。
     もうマスター、がっくり落ち込んじゃっててさ。店の酒を片っ端から開けて、ヤケ酒飲んでたんだが……」
     と、ここでおしゃべりな仕立て屋は突然、声のトーンを落とした。
    「次の悲劇がその翌週、つまり今から三週間前に起こったんだ」
    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 3
    »»  2013.08.03.
    ウエスタン小説、第4話。
    3人のヒットマン。

    4.
    「酒浸りになってたマスターんとこに、賞金稼ぎが訪ねてきたんだ。
     何でもあの『羽冠』の野郎、『デス・ギャンブラー』なんて大層な仇名が付いてるらしいな。で、賞金稼ぎはそいつを狙ってこの街に来たんだが、それを聞いたマスターは大喜びさ。
     そりゃ、自分の店を潰した奴をブッ殺してくれるってんなら大歓迎だろうしな。そんなわけで、マスターは自分の持ってる情報をその賞金稼ぎに伝えた。
     ま、その『羽冠』なんだけどな、町にはたまーに顔を出して干し肉を買う程度で、寝床は町の外にあるっぽいんだ。それを教えたら、賞金稼ぎは『当たりは付いた』って言って、そのまま町の外に出て行って、……それっきりさ」
    「それっきりって、戻ってこなかったってこと? じゃあ、その賞金稼ぎ……」
    「『羽冠』を仕留めてさっさと離れたか、それとも返り討ちに遭ったか。
     だが前者でないことは、それから3日後に分かった。『羽冠』の野郎が平然と、町に干し肉とバーボンを買いに来たからな」
     仕立て屋は額をこするのをやめ、定規をぽい、と机に投げる。
    「そんで同じ日、最初に死んだ兄ちゃんの親友だって男が、仇討ちを宣言してこの町に来たんだ。で、賞金稼ぎと同じことを聞いて、同じように町を出て行った。
     そしてそいつも、それっきり、だ」
     これを聞いて、アデルが状況を読む。
    「その親友の男も、同じように戻ってこないってことは……」
    「ああ。間違いなく『羽冠』は、そいつをも返り討ちにしちまったんだろうな。
     それでいてあいつは、これまで通りに干し肉とバーボンを買っていきやがる。ふてぶてしいったらないぜ、まったく!
     町のみんながみんな、そう思ってたし、何よりマスターは心底、頭に来てたんだろうな。ついにショットガン持って、マスターは『羽冠』のところへ行っちまったのさ。
     ……そしてそれが」
    「一週間前のこと、ってわけね」
     仕立て屋はエミルの言葉に、無言でうなずいた。
    「これであいつに関わって死んだのは、30人って大台に乗ったわけか。……いや、きっと公になってない分も含めれば、もっと多くの人間が犠牲になっているんだろう。
     何としてでもその『羽冠』、捕まえなきゃならないな。……だが」
     アデルは腕を組み、ぶつぶつと独り言を唱える。
    「気になるのはその3人が、帰ってこないことだ。3人が3人とも、きっと武装していたはずだ。そして当然、それを使うつもりだったのは、間違いない」
    「そりゃまあ、そうでしょうね」
    「だが使ったってんなら、例え最終的には返り討ちにされたとしても、多少なりとも被害を与えてしかるべきだ。
     なのに『羽冠』はピンピンしてて、普通に酒と肉を買いに来たってんだろ? そりゃ大分、不自然だと思うがなぁ」
    「……確かに、言われてみればそうだな。ケガしてた感じは無かった」
    「となると『羽冠』は博打だけじゃなく、銃だか何だかの腕もいいってことになるな」
    「あるいは、襲ってきた奴らと博打やって勝った、ってことかもね」
     エミルの言葉を、アデルと仕立て屋が同時に首を振って否定した。
    「無い、無い」
    「仇や賞金首を目の前にして、わざわざそいつと博打するわけないだろ?」
    「……ま、そうね。じゃあやっぱり、凄腕ってことよね」

     仕立て屋を後にした二人は町を出て、「羽冠」の居場所を探すことにした。
    「当てはあるの?」
    「勿論。まず、『羽冠』はちょくちょく飯と酒を買いに来るって話だから、そう遠くないところに住処があるってことだ。
     そして買い物の内容からして、家族や飼ってる牛馬がいないのも明白。それに放浪してるって話だから、まともな家や住処は無いと見て間違いないだろう。
     となれば居場所は、徒歩で行ける距離にある――そうだな、男の足なら最大5~6マイルってところか――手ごろな掘っ建て小屋か、洞窟ってところだな。
     後は町の外、同じ方向に足跡が何筋も伸びてれば、それを追うだけだ」
    「流石ね」
     そしてアデルの推理通り、町の北側から外に向かって、男のものらしい足跡が何往復も伸びている。
     二人は早速、その跡を追うことにした。
    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 4
    »»  2013.08.04.
    ウエスタン小説、第5話。
    探偵業のABC。

    5.
     北へと続く足跡を確認しながら、アデルがつぶやく。
    「残り具合から見るに……、10往復は超えてるな。確かに仕立て屋のおっさんが言ってた通り、1ヶ月は滞在してるみたいだ」
     このつぶやきに、エミルが感心して見せる。
    「伊達に探偵なんて名乗ってないわね。他に何か分かることは?」
    「ん? そうだな……」
     エミルの反応に気を良くしたアデルは、途端に饒舌になる。
    「足跡の間隔からして、『羽冠』は身長60~63インチ、体重は140~145ポンドくらいだな。
     間隔の短さから、チビだってことは大体見当が付く。一方で、足跡が左に寄ったり、右に寄ったりでよたよたとしてるが、酔っぱらっているにしちゃ爪先の方向が一定で、しっかり定まっていることから、そうでは無いと分かる。
     となるとこれは、太鼓腹を抱えてがに股気味に歩いていることを示唆している。このカチカチに乾いた地面でもしっかり跡が残っているし、相当デブだってことは間違いない」
    「へぇ。他には?」
    「他には、……そうだな、靴底の形が妙にいびつだ。何度か直してるらしい。だが職人がこんなツギハギみたいな汚い直し方するわけ無いし、となると自分で直したんだろうと言うことが分かる。割と器用なタイプだな」
    「ふーん」
    「えーと、そうだな、他には……」「あのね」
     足跡にばかり目を向けているアデルの襟を、エミルがぐい、とつかんで引き上げた。
    「ぐえっ、……な、何すんだよ!?」
    「後ろ」
    「え?」
     アデルが振り向いたところで――彼は後方の岩陰に、誰かが慌てて隠れるのを確認した。
    「推理眼を披露するのは結構だけど、尾行に気付かないようじゃ、探偵失格なんじゃない?」
    「……耳が痛いね」
     アデルは首をさすりながら、岩陰へと声をかけた。
    「俺たちに何か用か?」
    「……」
     答えない尾行者に、今度はエミルが話しかける。
    「別に何もしないわよ。目的も一緒なんだろうし、一緒に来た方がいいんじゃない?」
    「……あ、はい」
     岩陰からおずおずと現れたのは、まだ15、6歳くらいの、赤毛と金髪の中間くらいの髪色の少女だった。
    「あの……、目的が一緒、って言うのは?」
     尋ねた少女に、エミルが答える。
    「こんな荒地にハイキングしに来るなんて、そんな酔狂な人はそうそういないわよ。大方、『羽冠』に会いに来たってところでしょ?」
    「は、はい。そうです」
     うなずいた少女を見て、アデルはエミルに向かって肩をすくめた。
    「……探偵顔負けだな。お前も相当の推理力を持ってるよ」
    「どうも」

     少女から詳しく話を聞いてみたところ、やはり「羽冠」に会いに来たのだと言う。
    「じゃあ、3日前に街を出たマスターは……」
    「はい。わたしの父です」
    「やっぱりね。で、3日も戻ってこないから、もしかして……、って?」
    「……はい。でも」
     少女は顔をこわばらせ、こう続ける。
    「もしかしたら、そうじゃないかも知れないし、だとしたら、何で戻ってこないのかって」
    「……君には悪いと思うが、十中八九、お父さんは」「アデル」
     アデルの言葉を遮り、エミルが尋ねる。
    「希望を持つのは大事だけど、それを裏切られた時の覚悟は今、しておいた方がいいわよ」
    「分かってます」
    「本当ね? 『羽冠』のところへ乗り込んですぐ、お父さんと、……いいえ、お父さん『だった』ものと出会ってしまっても、泣き叫んだりしないって、誓える?
     悪いけど、あたしたちは仕事で『羽冠』を捕まえに行くの。だから、あなたをなだめる余裕は無いわよ?」
    「……はい。誓います。ご迷惑は、絶対にかけません」
    「いいわ。それなら付いてらっしゃい。
     あたしはミヌー。エミル・ミヌーよ。そっちの探偵さんは、アデルバート・ネイサン。通称アデル」
    「よろしく」
     アデルの差し出した手を握りながら、少女も自己紹介した。
    「マゴット・レヴィントンです。マギーと呼んでください」
    「よろしくね、マギー」
    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 5
    »»  2013.08.05.
    ウエスタン小説、第6話。
    敗北者たちの末路。

    ※注意! 猟奇的描写有り!

    6.
     マギーと共に、さらに1マイル半ほど歩いたところで、一行は丘の上に小さな小屋があるのを見付けた。
     そしてそこへと足跡が伸びているのを確認し、エミルとアデルは無言でうなずき合う。
    「……と」
     きょとんとしているマギーを見て、エミルはここからの段取りを、彼女に耳打ちした。
    (間違いなく、『羽冠』はあそこにいるわ。でも万が一ここで逃げられたら、もうカーマンバレーに戻ってこないかも知れない。そうなったら全部無駄になるわ。
     だから気付かれないようにそっと近付いて、縄を使って縛る。もし抵抗するようなら、拳銃も使うつもりだから。
     あなたも気付かれないように、そっとあたしたちに付いてきてちょうだい。でも巻き込まれないように、ある程度の距離は取ってね)
    (分かりました)
     三人は静かに歩を進め、ゆっくりと小屋に近付く。
    「……」
     その途中で――三人ともが顔をしかめた。
    (……イカれてるわね)
    (ああ。自分の寝床のすぐ側だぜ)
    (ひどい……)
     身ぐるみはがされ、裸になった男の死体が2つ、丘の中腹に転がっていた。
     どちらも死後既に数日、あるいは十数日は経過しているらしく、その半分は腐り、残りの半分は野獣に食われて白骨化していた。
    (獲るもんだけ獲って、適当に投げ捨てたって感じだな)
    (反吐が出そうな奴ね。……あ)
     エミルがマギーの方を振り向くと、彼女は口を押さえて震えていた。
    (……え、エミルさん、わたし)
     顔を蒼くするマギーを見て、エミルがす、と掌を彼女の目にかざした。
    (手を引っ張っててあげるから、目を閉じてなさい)
    (す、すみません)
     死体を迂回し、どうにか小屋の扉前に到着したところで、アデルがドアノブに手をかける。
    (いいか? 1、2の3、で俺が中に入って捕まえる。エミルは銃を構えて牽制してくれ。
     もし奴が抵抗しそうなら、構わず撃て)
    (了解)
     エミルはマギーの手を握ったまま、腰のホルスターから拳銃を取り出し、撃鉄を起こす。
     それを確認し、アデルが左手でカウントする。
    (1、 2の、……3!)
     勢い良くドアを開け、アデルが踏み込む。
    「大人しくしろ! 手を挙げ、……っ」
     中に入ったところで、アデルが絶句した。
    「アデル!?」
     危険を察知したエミルも、マギーから手を離して中に押し入る。
    「……!」
     そして中に入ったところで、エミルも同様に絶句した。

    「……また『肉』が来たか」
     中にいたのは、確かに「羽冠」だった。
     だがその他に4匹――獣臭をつんと漂わせた野犬が、舌を出して彼の前に座り込んでいる。
     そしてそれを囲むように、何かの「塊」が横たわっていた。
    「……て、……め、え」
     アデルは顔を真っ蒼にしながら、背負っていた小銃を構える。
    「外の2人も、てめえが『捌いた』のか?」
    「そう。邪魔だった。埋めるの、面倒だった」
    「野犬を手なずけてまで?」
    「『肉』をやったら懐いた。色々便利だった」
    「……ここまで吐き気を催すのは、入局した時、レスリーの野郎に紅茶だと騙されてスピリット一気飲みさせられた時以来だぜ。
     エミル、……構やしねえ! 撃て!」
    「言われなくても!」
     二人は怒りに任せ、それぞれ銃を撃った。
     だが――エミルが6発、アデルが5発撃ったところで、またも二人は愕然とさせられた。
    「……何だと!?」
    「あ、……当たった、はずよね?」
     野犬4匹はこの一瞬ですべて倒れたが、肝心の「羽冠」は平然と座っている。
    「違う。当たらなかった」
     そう返し、「羽冠」は懐からバーボンの瓶を取り出し、ぐい、と一口呑み込む。
    「ふ、……ふざけんなッ!」
    「気が済むまで、撃てばいい。
     だが私には、当たらない」
    「……っ」
     二人は銃を構えはするものの、自分たちの攻撃が命中する気がまったくせず、撃つ気力が湧いてこない。
    「……くそッ」
     アデルは小銃を下げ、忌々しげに唾を吐く。
    「やめなさいよ、みっともない」
     エミルも拳銃の撃鉄を倒し、静観する。
    「そうね、当たりそうに無いわ。これ以上は弾の無駄ね。
     でも、あたしたちはあなたを捕まえに来たの。大人しく捕まってくれる気は、あるかしら」
    「無い」
    「羽冠」ににべも無くそう返されるが、エミルは食い下がる。
    「じゃあ、どうやったら捕まってくれるかしら」
    「私に言うこと、聞かせられるのは、神の他には、これだけ」
     そう言って「羽冠」は、懐からカードを1セット取り出して、空になっている皿の上に置いた。
    「私が聞くのは、神の言葉と、博打の結果だけ」
    「あ……? 聖職者気取りかよ、異常者の癖しやがって」
     毒づくアデルに、「羽冠」は鋭く「違う」と言い返した。
    「私は占い師だ。私の占いに神の声、宿る」
    「どうでもいいぜ、んなこと。
     ……合点が行った。誰も彼もてめーみたいなイカレ野郎と、何で博打なんかやるんだと思ってたが、つまりこう言うわけだ。
     それ以外にお前をブッ倒せる方法が無い、……ってことか」
    「そう。多分。でも誰も、勝ったこと、無い。
     この40年間」
    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 6
    »»  2013.08.06.
    ウエスタン小説、第7話。
    博打の始まり。

    7.
     アデルの推理は残念ながら1点、外れていた。
     アデルは「羽冠」の体格を小柄な肥満体と考えていた。しかし実際の「羽冠」は、確かに身長こそ低かったが、その体はげっそりと痩せていた。
    (なるほど、そりゃ体が重たくもなるわな。貴重品やら武器やら、あれこれ身に着けて放浪してるってことか。
     この小屋の中を見ればもっとはっきり推理できただろうが、……いや、そりゃもう推理じゃねーな)
     博打に臨むにあたって、まずエミルたちは「羽冠」に、小屋の中を掃除させた。これ以上マギーを外に置いておくわけには行かなかったし、と言って、中の惨状をまだ若い彼女に見せるわけには行かなかったからである。
     もう一つの理由として、「羽冠」からの妨害や、いわゆる「イカサマ」の可能性を封じておきたかったからである。この小屋はずっと「羽冠」が使っていた、いわば相手のテリトリーである。前もって洗っておかなければどんな邪魔が入るか、洞察に長けたエミルたち二人であっても予測しきれないためだ。
     更にもう一つ挙げるとするならば――エミルたちが踏み込んだ時、小屋の中にはいかにも呪術に使われそうな、怪しげな道具があちこちに置かれており、「何をされるか分からない」と言う懸念、おそれが強かったのだ。
    「片付けた。中、もう血の匂いしない」
    「ば、バカ! 黙ってろ!」
    「……」
     マギーは顔を真っ蒼にして、小屋の隅にうずくまっている。どうやら小屋の外で、エミルたちの会話を聞いていたらしい。
    「マギー」
    「……」
    「その……」
    「……」
     マギーの目に光は無い。相当なショックを受けているようだった。
    「……仇は、取るわ」
    「……」
     マギーはこくんとうなずき、そのまま膝に顔を埋めてしまった。
    「賭け、何にする?」
    「そうだな……」
     アデルはカードを手に取り、軽くシャッフルしつつ答えた。
    「ポーカーはどうだ?」
    「それも決める。私が聞いたのは、賭けるもの」
    「……ああ、そうだよな。それも決めなきゃな。
     俺たちが勝てば、お前の身柄を確保させてもらう。そのまま州立刑務所に引きずって行くからな」
    「分かった」
     あっさりと応じられ、アデルは面食らう。
    「いいのかよ? 俺たちがいきなり勝ったらお前、あっさり絞首刑だぞ?
     ギャンブルで人を殺したって話はまだ疑いの範疇だが、それよりもはっきり、3人の人間をバラバラにして犬に食わせるなんてクソみたいなことを、俺たちの目の前でしてやがったからな。
     俺たちの証言だけでも実刑は確実だ。その上余罪がはっきりすれば、終身刑や極刑は免れないだろう。それを分かってて、いいって言ってんのか?」
    「一回でも負けることがあるなら、私は受け入れる」
     これもまた、「羽冠」はあっさりと言ってのけた。
    「……チッ」
    「私が勝てば、一局ごとに100ドル」
    「いいだろう。……いや、待て」
     アデルは財布を尻ポケットから出し、中身を確認する。
    「……悪い。金はあまり持ち合わせてない。他には無いか?」
    「では、まずはお前のガンからもらう」
    「分かった。それでいい」
     アデルは背負っていた小銃を床に置き、テーブルに着く。
    「さっきも言った通り、ポーカーで構わないか?」
    「いい」
    「エミル、一緒にやるぞ」
    「ええ」
     エミルもテーブルに着き、続いて「羽冠」も座る。
    「……ああ、そうだ」
     と、アデルがテーブルを離れ、うずくまっていたマギーに声をかける。
    「悪い、マギー。ディーラーをやってくれ」
    「え……」
    「公平にやる以上、俺たちも『羽冠』の野郎も、ディーラーをやるわけに行かないからな」
    「でもわたし、ギャンブルなんて……」
    「カードを配ってくれるだけでいい」
    「……それ、なら」
     蒼ざめた顔のまま、マギーもテーブルに着く。
     4人が均等に座ったところで、ポーカーが始められた。
    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 7
    »»  2013.08.07.
    ウエスタン小説、第8話。
    ホールデム。

    8.
    「まず、1人につき2枚ずつ配ってくれ」
    「は、はい」
     アデルから説明を受けつつ、マギーはたどたどしくカードを配っていく。
    「で、これを俺たちが確認して、その2枚で勝負するか降りるかを決める。ここで全員降りたら仕切り直しだ。
     1人でも勝負するって奴がいれば、そこでまず1枚、チップを賭ける」
     話している間に、3人の手札確認が終わる。
     まずはエミルがチップを1枚、テーブルの中央に置く。
    「ベット(チップを賭けること)」
     対する「羽冠」もチップを置く。
    「コール(同額のチップを出し、賭けに乗ること)」
     一方、マギーに説明しながら自分の手札を確認したアデルは首を振る。
    「……ドロップ(勝負から降りること)だ。
     で、2人が勝負すると言ったから、ここで君がカードをシャッフルしてから、テーブルに3枚置いてくれ。
     俺たちは手持ちの2枚とそのテーブル上の3枚で、役を作る。もし作れない、無理だろうなと思ったら、ここでチェック(パスすること)できる。
     全員チェックなら、さらにもう1枚テーブルに置いてくれ。そこで改めて、チェックするか勝負するか決める。
     ここで1人だけ勝負できるって奴が出れば、そこでさらにチップを賭けた上で、手役を確認。ちゃんと手役が作れていれば、そこでそいつの勝ちになる。
     2人以上勝負できる奴がいた場合は、どちらもチップを賭けてから手役を見せ合う。その場合は手役の強い方が勝ちだ。
     勝った奴はそこまで賭けていたチップを総取りする。この流れで1ゲームだ。
     何ゲームか繰り返し、先にチップが無くなった方が負けだ」
     マギーがテーブルに置いたのは、それぞれクラブの2、5、9だった。
     これを見て、エミルはさらにチップを賭ける。
    「レイズ(ベットしている状態から、さらに上乗せすること)」
     そう言いながら、エミルは卓の下でピン、と親指、人差し指、中指を立てて見せる。
    (スリーカードができてる。行けるわ)
    (マジで?)
     が、「羽冠」も眉ひとつ動かさず、チップを上乗せしてきた。
    「コール」
    「……いいわよ」
     エミルと「羽冠」が、互いに手札を開く。
    「……っ」
     エミルが自分で言った通り、彼女の手役は2のスリーカードである。
     しかし――「羽冠」の手役はそのはるか上を行く、クラブのフラッシュだった。

     1局の勝負における手持ちチップはそれぞれ10枚ずつだったが、ゲームを5回行ったところで、エミルたちのチップは手元から消えた。
     言うまでも無く、「羽冠」の勝利である。
    「……」「……」
     この結果に、エミルもアデルも渋い顔をするしか無かった。
    「まずはガン、もらう」
     そう言って「羽冠」は、床に置かれていたアデルの小銃をつかんで後ろに放り投げた。
    「おい、乱暴に扱うなよ!」
     咎めたアデルに対し、「羽冠」はにべもなく返した。
    「もう私のもの。私がどうしようが、私の勝手」
    「~ッ」
     アデルは悔しそうな顔を見せていたが、一方のエミルは、彼の振舞いに演技臭いものを感じていた。
    (出たわね。このわざとらしい、大げさなパフォーマンス!
     ……何か、やる気ね?)
     エミルの様子に気付いたらしく、アデルがさも悔しそうに顔を覆って見せた、その裏で――エミルに向かって、ニヤリと笑いかけてきた。
     その上でバン、とテーブルを叩いて見せ、怒ったような顔を作って叫ぶ。
    「……ああ、くそッ! もう一勝負だ!」
    「構わない」
     相手が応じ、すぐに次の一局が始められた。

     たどたどしくマギーが切ったカードを確認し、アデルが上ずった声を出す。
    「よっし、……い、いや」
     と、その語調を急に落とし、迷ったような口ぶりをする。
    「……いや、……うーん、……行けるか。よし、行くぞ! ベット!」
    「コール」
     この回のゲームはエミルが降り、アデルと「羽冠」との勝負になる。
     続いてマギーがもう一枚配り、それを見たアデルがまた、顔を覆って見せる。
    「うー……ん、どうするかな、……まあ、行けるか。レイズ!」「おい」
     と、ここまでほとんど無表情だった「羽冠」が、ギロリとにらんできた。
    「……な、何だよ? 早くコールかチェックか……」「袖をまくれ」「えっ」
    「羽冠」に袖口を指され、アデルの額にじわ……、と汗が浮き出る。
    「まくれ」
    「……ああ」
     アデルは観念し、袖をまくる。
     そこからぱらぱらと、カードが落ちてきた。
    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 8
    »»  2013.08.08.
    ウエスタン小説、第9話。
    一触即発。

    9.
    「お前、賭けを穢(けが)したな」
     怒りに満ちた目で、「羽冠」がアデルをにらみつける。
    「いや、その、まあ」
    「私、言ったはず。賭けの結果と、神の言葉には従うと。
     私は賭けと神の言葉、同じと考えている。賭けでズルをする奴、神を冒涜したのと同じと考えている」
    「……だから?」
     ふてぶてしく、アデルが口を開く。
    「何かペナルティを課せ、ってことか?」
    「そう。
     お前たちが神を冒涜したら、その神から見放されると聞く。確か、は……、は……、『破門』と言うのか」
    「そうね」
    「お前たちにとってそれは、死を受けたに等しい罰だとも聞いている」
    「カトリックの人たちならそうらしいわね」
    「それに準じてもらう」
     そう言って、「羽冠」はアデルのものだった小銃を拾い、撃鉄を起こした。
    「うわっ、ちょ、ま、ま、待て、待て!」
     丸腰のアデルはテーブルから飛ぶように離れ、後ずさりする。
    「ちょ、ちょっとした出来心、いたずらみたいなもんだろ!?」
    「許さない」
    「待てって! お前が俺たちの宗教観に準じて罰を課すって言うならだ、聖書にだって『罪を犯した時、7の70倍くらいの回数は許してやっていい』って言葉があるんだから、1回くらいは大目に見てくれよ! な!」
    「知らない」
    「羽冠」はにべも無くそう返し、小銃を構えた。
     が――構えたままで、その動きは止まる。
    「撃てば、撃つか?」
    「そのつもりよ」
     エミルが「羽冠」に向け、拳銃を構えていたからだ。



    「当たらない」
    「当てるまで撃つわ。こんなバカでも、あたしには大事な相棒だもの。死んだら仇くらい討ってやらなきゃ」
    「……」
     場はしばらく硬直していたが、やがて「羽冠」が小銃を下ろし、撃鉄を戻した。
    「いいだろう。許してやる」
    「……は、ぁ」
     アデルは顔面一杯に冷や汗をかき、その場にへたり込んだ。
    「だが、もう賭けはさせない。賭けを冒涜した奴に、テーブルに着く資格、無い」
    「いいわ。後はあたしとあんたで勝負しましょう。
     でも、一つこっちから提案させてもらいたいんだけど、いいかしら?」
    「……何だ?」
    「何って、あんたに有利過ぎやしないかってことよ」
     エミルは「羽冠」を指差し、続いてテーブルの上のカードを指す。
    「あんたのねぐらにあったテーブルに着いて、あんたが用意したカードで勝負。で、こっちがちょっとでも変則的なことをしたら即ズドンだなんて、あんまりにも一方的じゃない」
    「それが何だ? お前たちがやると言った」
    「それでもよ。あんたの言う『賭け』って、公平だからこそやるんじゃないの? ハナっからあんたが圧倒的有利だって分かってるのに、それをあんたは公平って言うわけ?」
    「……何が言いたい」
     しわが深く刻まれた顔をしかめさせる「羽冠」に、エミルはこんな提案をした。
    「ギャンブルのタネはこっちで用意させて欲しいんだけど、いいかしら?」
    「ん……」
    「どの道あんた、どんなギャンブルでも負ける気しないんでしょ? それとも自分のカードじゃないと、心もとない?」
    「……ああ。いいだろう。どんなものでも、構わない」
     結局「羽冠」が折れ、エミルが一度町に戻り、ギャンブル用の道具を調達することになった。

     アデルが銃を奪われているため、町へはエミル一人が戻ることとなった。ちなみにマギーも町には戻らず、自分から「羽冠」を見張ると申し出ていた。
    「本当に大丈夫?」
    「はい」
     マギーは顔を蒼くしながらも、はっきりとした口調で答える。
    「あなたたちが父の仇を討ってくれるところを見たいんです。わたしにはできないことですから」
    「……ええ。約束するわ。
     こいつは絶対、あたしが仕留める」
     エミルは「羽冠」を指差し、そう断言した。
    (……と言っても。どうすればいいやら、ね)
     エミルは町に戻る前に、アデルと共に、打つ手を検討することにした。
    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 9
    »»  2013.08.09.
    ウエスタン小説、第10話。
    オカルトの中身。

    10.
     念のため、マギーに予備の短銃を渡して小屋に残し、エミルとアデルは相談していた。
    「大丈夫かな、マギー」
    「大丈夫よ。相手にも『この子を襲ったら、あたしが町に戻って用意するのはギャンブルのタネじゃなく、箱一杯のダイナマイトになるわよ』って念押ししたし」
    「ま、手早く相談を終わらせりゃ問題ないか」
     状況整理のため、エミルが起こっていた事実を挙げていく。
    「まず第一に、あいつが神の言葉を聞いてるなんてことは、まずありえないわ」
    「どうしてそう言える? あの神がかり的な強さは、どう説明するんだ?」
    「確かに異様な強さと言っていいわね。とても生半可な腕やツキじゃ、太刀打ちできないくらいだった。
     でももし神託を聞いている、言い換えれば『あらゆる物事について完全な情報を超自然的な方法で得ていて、相手がどんな手を持っているか、勝負する前から分かっている』と言うのなら、あんたがイカサマした時の反応はおかしい。明らかに遅いわ」
    「遅いって?」
    「もし事前にイカサマしてるってことが分かってたなら――イカサマに対してあんなキレ方するくらいだし――勝負に入る前に止めるはずよ。コールなんかするわけない。
     なのにあいつは勝負に乗ってから、イカサマをとがめた。つまり勝負に入るまで気付かなかったってことになる。だから神託を聞いたなんて眉唾な話は、まず嘘よ」
    「なるほどな」
    「他にももう一つ、気になることがあるわ。あたしたちが小屋に入ってすぐの時、あいつと野犬とを一緒に狙って撃ったけど、あいつには当たらなかった」
    「相当運がいい、ってことか……」
     アデルの返答に、エミルははあ、とため息をついた。
    「あんたね、仮にも探偵だって言うなら、話のオチを片っ端からオカルトで付けないでよ。何かの理由があるに決まってるでしょ?
     これもまあ、考えればそれなりには説明が付けられるのよ。野犬と中年男とじゃ、直感的にどっちが危険だと思う?」
    「まあ、野犬だな。……ふむ」
     今度は先程より、まともな答えを返す。
    「つまり、あいつは俺たちがどんな行動に出るか、予測が付いてたってことか。
     先に野犬を撃つ分、自分が狙われるまでに若干の余裕ができるし、その間に相手がどんなタイミングで発砲するかも把握できる。
     それが分かれば、銃を撃ってくる瞬間を狙ってかわせば、弾は当たらない、……ってことになるな」
    「多分、そうでしょうね。そしてこれは、あらゆることにつながってる気がする」
    「……ん、ん?」
     またも間抜けな顔をしたアデルを見て、エミルは苛立たしげに説明する。
    「あいつはあたしたちの行動を読んで、賭けを有利に運んでるってことじゃないかしら」
    「俺たちの行動を? うーん……、まあ、いい手が来ればそわそわもするし、ゴミ手が入れば勢いは落ちる。
     相手のそう言う、ちょっとした様子の違いを、あいつは正確に読んでる、……ってことか?」
    「多分ね。それと多分、観察眼も相当に鋭いわ。
     あんたが100ドル持ってないってことを、あいつはすぐに見抜いたもの」
    「え?」
    「先に銃を奪い、あんたからの攻撃手段を完璧に奪い、かつ、簡単に帰れないようにしたかったからよ。あんたがもっと持ってたら、多分あいつは賭け金を吊り上げたでしょうね。
     お金が無いなら代わりのものを出さなきゃ、賭けは成立しない。そこで銃を出せと言われたら、出さざるを得なくなるでしょ?」
    「確かに……。
     じゃあ全部、あいつの計算通りに運んでたってわけか。……しかし、それだとなおのこと、打つ手なんか見当たらねえな」
    「そんなこと言ってちゃ、何にもできないでしょ? 何か探さなきゃ」
    「だな。……本気でマイト持って来るしかないかなぁ」
    「バカ。
    もういいわ。あたしが何とかしてみる」
     エミルは踵を返し、町へと戻っていった。
    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 10
    »»  2013.08.10.
    ウエスタン小説、第11話。
    「羽冠」の受けた呪い。

    11.
     エミルを待つ間、アデルとマギーはずっと「羽冠」と向かい合っていた。
    「……その、なんだ」
     が、エミルが町に向かってから20分もしないうちに、アデルがしびれを切らして口を開いた。
    「このままにらみ合いってのもしんどいぜ。何か話でもしねえか?」
    「……」
    「羽冠」は答えず、干し肉を食いちぎっている。
    「えーと、ほら、アレだ。お前さん、40年負けなしって言ってたよな」
    「ああ」
    「マジで1回もか?」
    「ああ」
    「じゃあ、負けた相手は全員死んだって言うのも、マジな話なのか?」
    「いや」
     この問いには、「羽冠」は首を横に振った。
    「早めに勝負やめて逃げた奴、生きてる。死んだ奴、最期まで賭けたから」
    「懸命っちゃ懸命なんだろうな、逃げた奴は。つくづく博打に入れ込むもんじゃねえな」
    「私もそう思う」
     この返答を聞き、アデルは引っかかるものを感じた。
    「何だって? お前がそんなこと言うのかよ?」
    「何度も言った。賭けと神の言葉、私にとっては同じ。
     お前たちの神の言葉にもある、『神を試みてはならない』。神をすぐに頼る者、救われない。
     賭けも同じ。すぐ賭けの話しようとする奴、命を落とす」
    「でもお前さんは、相当博打やってきたんだろ?」
    「それが私の使命。それが私の宿命。それが私の」
     そこで「羽冠」は一旦言葉を切り、そしてこう続けた。
    「呪い」



     40年前――アメリカ西部、某所。
     あの熱狂、ゴールドラッシュがまさに沸き起こっていた最中であり、この地を訪れる白人は皆、黄金に心を奪われていた。
     その心を、強欲でドロドロに融かされ、壊れさせられた者も、決して少なくなかった。
     そして何より、彼とその家族、その一族にとって不幸であったのは、その心壊れた者たちが、あまりにも多かったことだった。

    「うう……おおお……」
     その惨状を目にし、彼は苦痛の悲鳴を漏らした。
     つい3日前まで、彼とその家族、その一族は、この小さな村で平和に過ごしていた。ところがこの地に金鉱があると言ううわさを聞き付けた白人たちが、そのど真ん中で暮らす彼らを疎んじ、襲い掛かったのだ。
    「おお……ああ……ああ……」
     結果は火を見るよりも明らかだった――村の人口の10倍を超える数の、銃武装した白人たちを相手に、彼らが敵う道理は存在しなかった。
     それでも彼は、必死になって戦った。無我夢中で斧を振り、矢を射ち、敵から奪った銃を構え、敢然と戦い抜いた。
     しかしそれは結局、徒労に終わった。
    「ああ……あああー……」
     彼以外の村人の姿が無くなり、四方八方から銃を突き付けられた彼は、最早泣くことしかできなかった。

     彼は白人らに捕らえられ、奴隷にさせられた。
     焦土と化したこの地を掘る白人たちの召使いにさせられ、ひとときの休みも無く働かされ続けた。
     しかし白人たちにとっても、わざわざ村ひとつ滅ぼし、大地に巨大な穴を空けるだけの手間に見合う報酬は得られなかった。
     金鉱は、この地のどこにも無かったのだ。

     見込みが無いと分かった途端、自分勝手にこの地を荒らし回っていた白人たちは何の謝罪も無く、そそくさとこの地を去っていった。
     そして最後に残ったのは、彼と、白人たちの中でも最も彼をいじめ抜いていた、豚のように太った男とその取り巻きだけだった。
    「おい、馬糞野郎」
     その太った男は、最後にもう一いじめしようと、彼にこんな提案を持ちかけた。
    「ちょっと賭けでもしようや」
    「はい」
     彼に拒否権が無いのを分かっていながら、太った男はなおもいびり倒す。
    「おいおい、お前賭けなんかできんのか? え? くせえ布一枚しか持ってねえお前がか? それとも俺の言葉が分からないか? ぐひひ、とことんバカでいやがる」
    「……」
    「黙ってんじゃねえよ、馬糞ッ!」
     蹴飛ばされ、踏みつけられ、髪の毛をむしり取られ、鼻を折られた後、彼は木箱に座らされた。
    「まあ、お前がやるって言うならやってやってもいいぜ、ぐひひ……。
     まあ、バカのお前でも分かるように、簡単な奴をしようや。ここにS&Wがある。この中に実弾5発、空包1発を入れてるから、適当に弾倉を回してから頭に銃口を当てて、それから引き金を引く。
     もし1回でも生き残れたら、お前に100ドルやるよ、ぐひひ」
    「は……い……」
     彼はフラフラになりながらも、男から銃を受け取り、弾倉を回す。
    「さあ、頭に当てろ」
    「……はい」
     彼は男に言われるがまま、拳銃を頭に当てた。
    (……これで死ねる。もうこれ以上の苦しみなんか、いらない)
     彼はある種、救いにも似た感情を抱きながら、引き金を引いた。

    だが、拳銃からはカチン、と言う乾いた音しか出てこなかった。
    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 11
    »»  2013.08.11.
    ウエスタン小説、第12話。
    下った天啓。

    12.
     その瞬間――太った男は飲んでいた酒を噴き出し、驚いた顔を見せた。
    「な……っ!? んなバカな!」
    「何で弾が出ねえ!?」
    「え、だって弾、全部……」
     この言葉を聞いた瞬間、彼はあらゆることを理解した。
    (全部、実包だったのか……!
     こいつらは、俺を何が何でも殺そうとしていた! しかも、俺の自殺に見せかけて! 自分たちには何の罪も無いと言いつくろおうとして!
     こいつらは悪だ! 邪悪だ! 悪魔だッ! どうしてこんな奴らに、俺が、俺の妻が、俺の娘が、兄が、弟が、妹が、両親が、村のみんなが殺されなければならなかった!?
     ……! そうか……! 神よ、そうだと言うのか!?)
     瞬間――彼は撃鉄を起こし、目の前の豚に向けて引き金を引く。
     先程の不発弾と違い、今度はちゃんと弾が発射され、豚の顔面を撃ち抜いた。
    「ぼげーッ!?」
     鼻だったところにぽっかりと空いた穴から不気味な悲鳴を上げ、豚は仰向けになって倒れる。
    「ぼ、ボス!?」
     手下たちが慌てふためいたその一瞬も、彼は逃さなかった。残っていた4人の手下に、彼は一発ずつ、正確に、ほんの少しの動揺も無く、弾を撃ち込んだ。
     全員があっけなく死に、彼一人になったところで、彼は英語でもフランス語でも、スペイン語でもない、かつて自分の村で使っていた言葉で、こうつぶやいた。
    「(6発の弾。1発は俺を生かした。残った5発の弾。悪魔は丁度、5匹いた。
     神は俺に、こいつらを殺せと命じたのだ。でなければどうして俺は生き残った? どうして弾は5発残っていた?
     そして今、確信した。俺はこいつらを、白い豚共を殺さねばならない。それが宿命、運命なのだ。
     ……そして神の言葉を聞く限り、俺は死なない。こうして博打で生き残ったことこそが、その何よりの証拠だ。
     神の言葉は、博打と共にある)」



    「……おい! おい、って!」
    「ん……」
     アデルが何度か声をかけたところで、「羽冠」は顔を挙げた。
    「おい、起きろよ」
    「すまない。酒が回った。眠った、少し」
    「戻って来たぞ、エミルが」
    「そうか」
    「羽冠」が目を覚ましたところで、エミルはテーブルにダイスを置いた。
    「次はこれで勝負よ。ダイスを投げて、その数の合計で競うの。
     ただ、次のルールを加えるわ。まず1つ目、ダイス3個のうち2個が同じ目になったら、合計の2倍。2つ目、ダイス3個とも同じ目が揃ったら、合計の3倍。
     そして最後に、1の目が3つ揃った時は、合計を55(6のゾロ目×3=54より1つ上)とする。オーケー?」
    「ああ」
    「勝負は1回ごとに清算。それじゃまず、あたしは100ドル賭けるわ」
     この額を聞き、アデルは目を丸くする。
    「いいのかよ?」
    「あんたと違って、あたしは貯金してるもの。それくらいのお金は持ち歩いてるわ」
    「ちぇ、俺だって東部に帰れば貯金はそこそこ……」
     ブツブツつぶやくアデルをよそに、エミルは「羽冠」に尋ねる。
    「あんたが負けたら、その場で連行。これでいいわね」
    「いい」
    「それじゃあたしから振るわよ」
     エミルはテーブルに置いていたダイスをつかみ、掌の上で軽く振る。
    「それっ」
     カラ、カラン……、と小気味のいい音を立て、ダイスは皿の上に落ちる。
    「……」
     エミルが出した目は、1・3・5。合計は9である。
    「おいおい……」「ああ……」
     あまりの出目の悪さに、アデルもマギーも苦い顔をしている。
    「ま、様子見だから。
     さあ、次はあんたの番よ」
    「分かった」
    「羽冠」もダイスを握り、そのまま手を離して皿に落とす。
    「……は!?」
     出た目を見て、アデルが素っ頓狂な声を漏らした。
    「4・6・6、……16の2倍、32」
    「……完敗ね」
     エミルは肩をすくめ、100ドルをテーブルに投げた。

     その100ドルをつかみながら、「羽冠」はエミルたちの知らない言葉でこうつぶやいた。
    「(……やはり一片の紛れも無い。俺には依然として、神が味方しているのだ)」
    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 12
    »»  2013.08.12.
    ウエスタン小説、第13話。
    ウエスタン・ルーレット。

    13.
     その後も3回、ダイスを使って賭けを行ったが、そのすべてにエミルは負けた。
    「ああ、そんな……」「なんでこうも出す目出す目、20やら30やら出るんだよ……」
    「……」
     だが、真っ青な顔をしているアデルたちに構わず、エミルはこんな提案をした。
    「……ダメね。もうお金がすっからかんよ。残ってるのはこのスコフィールドくらい」
     エミルは腰に提げていた拳銃を取り出し、テーブルに置いた。
    「だからこれが、最後の勝負になるわね」
    「……え?」
     ぎょっとするアデルに答えず、エミルはこう続けた。
    「多分こうなるだろうと思って、弾の出ない空包を5発用意してきたわ。
     もう分かるわよね、何をしようとしてるのか?」
    「ああ」
     小さくうなずいた「羽冠」に、エミルは拳銃から空包を1発抜いて手渡す。
    「薬莢のところに線が引いてあるでしょ? 見分けを付けるためだけど、ちゃんと5発あるか確認してちょうだい」
    「ああ」
     エミルに促され、「羽冠」はエミルの拳銃を確かめる。
    「……空包が5発。線を引いてないの、1発。確認した」
    「それじゃ弾倉を回すわよ」
    「羽冠」から拳銃を返され、エミルは弾倉を何度か回した。
    「さて、と。最後に、どっちが先に引き金を引くかだけど、これで決めましょう」
     そう言ってエミルは、ポケットからコインを取り出した。
    「表が出たらあんたが先に。裏が出たらあたしが先に引き金を引く、でどうかしら」
    「そのコイン、見せろ」
    「いいわよ」
     エミルからコインを受け取り、「羽冠」は表面を爪で引っかいたり、指の腹でこすったりして確かめる。
    「……普通の1セント」
    「そうよ?」
    「いいだろう、表が私、裏がお前」
    エミルは「羽冠」から渡されたコインを上に放り投げ、落ちてきたところをキャッチした。
    「……さあ、どっちが先に撃つことになるかしらね」
     エミルはコインを持った手をテーブルに付け、そのまま手を離す。
     コインは裏を向いていた。
    「……っ!?」
     何故か目を見開いた「羽冠」に構わず、エミルは拳銃を手に取る。
    「あたしから、……ね」
     エミルは銃口をこめかみに当て、撃鉄を起こす。
    「まず……、あたしから」
    「あ、あ」
     場がしん、と静まり返る。
     エミルの拳銃がカチン、と音を立てたが、弾は発射されなかった。
    「はぁ……。次、あんたよ」
    「……ああ」
     エミルから拳銃を受け取り、「羽冠」が撃鉄を起こす。
    「降参してもいいのよ?」
    「しない」
     カチン、と音が鳴る。
    「次、お前」
    「ええ」
     もう一度エミルが拳銃を手にし、引き金を引く。
     そしてこれも、弾が発射されることは無かった。
    「あんたよ」
    「……」
     もう一度「羽冠」が手にし、引き金を引く。そして、弾は出ない。
    「お……まえ」
    「ええ」
     エミルは3度、頭に銃口を当てて引き金を引く。
     これも――弾が発射されることは無かった。
    「……最後よ」
     エミルから拳銃を受け取ろうとする「羽冠」の手が、震えている。
    「分かってる?」
    「……」
    「次が最後よ」
    「……」
    「どうする? 降参する?」
    「……」
    「しないなら受け取って、頭に当てて引き金を引きなさい」
    「……」
    「どうするの?」
     しばらく硬直していた「羽冠」は――やがて、拳銃を受け取った。
    「どうして……、どうしてお前は」
    「あたしの銃が、あたしを撃つわけがないじゃない」
    「……そう言って死んだ奴、大勢いる」
    「光栄ね。あたしが唯一ってわけね」
    「……」
     初めて絶望した顔を見せた「羽冠」は、こめかみに銃口を当て――。
    「……い、や」
     次の瞬間、「羽冠」はエミルに向けて銃を構え、引き金を引く。
     パン、と言う鋭い音が、小屋の中にこだました。
    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 13
    »»  2013.08.13.
    ウエスタン小説、第14話。
    偏っていた勝負。

    14.
    「え……」
     銃声からワンテンポ遅れ、アデルが叫んだ。
    「エミルーッ!?」
    「うるさいわね」
    「……へっ?」
     拳銃からもうもうと煙が立ってはいるが、エミルは倒れることも血を吐くことも無く、ピンピンしている。
    「あんな弾じゃ死ぬわけないわ」
    「……え? え?」
    「……!」
    「あたしがスコフィールドに込めた弾は、雷管も何にも付いてない空包5発と、木炭の欠片を卵で固めて、鉛弾に似せて込めただけの、ニセモノ弾が1発。
     そんなのが当たったところで革のコート相手じゃ、粉々になるだけよ。ま、多少痛かったけど」
     胸に付いた炭を払いながら、エミルは「羽冠」に声をかける。
    「あんたは自分の頭に当てて撃たず、勝負相手を撃ち殺そうとした。あんたの負けよ」
    「い、イカサマ……っ」
     抗議しようとする「羽冠」に、エミルは冷たく言い返した。
    「イカサマ? あたしが何をしたって?
     実弾込めたなんて、言ってないでしょ? あんたが卑怯にも、あたしを撃っただけじゃない。どこがイカサマよ?」
    「こ、コイン、表が出るはずだった!」
    「へー。そうだったの」
    「……!」
    「おい、どう言うこった、そりゃ?」
     アデルの問いに、エミルはポケットからコインを取り出して放り投げる。
    「適当に投げてみなさい」
    「お、おう」
     エミルに言われるがまま、アデルはテーブルにコインを投げてみる。
     すると――「羽冠」が叫んだように、コインは表を向いた。何度トスしても――何回かに1回は裏が出るものの――やはり表ばかりが出る。
    「……なんで?」
    「そう言うコインだって言うことを、こいつは見抜いたのよ。多分裏が出やすいコインだったら、トスする前に『表がお前、裏が私』って決めたでしょうね」
    「よく……、分からないな。結局こいつは一体、何をしてたんだ?」
    「したって言うより、さっき検討した時に言った通り、観察力の問題ね。相手の目や動きとか、カードの混ざり方、ダイス自身の癖とかを見抜いてたんでしょうね。
     でなきゃダイスの時、あんな露骨に20や30は出ないわよ。町に行って、そう言うのを作ってもらってたのよ」
    「へぇ……?」
     きょとんとするアデルに苦笑しつつ、エミルはダイスを握りしめた。
    「さっきこいつがやってたみたいに、振り回さずにそのまま皿に落とせば……」
     カラン、と音を立てて皿に落ちたダイスは、5・6・6の目を出した。
    「おわっ」
    「6が極端に出やすくなるのよ。
     で、こいつがやっぱり観察眼で勝負を有利に運んでることがはっきりしたところで、次の勝負に出た。
     そしてコイントスの直前、あたしはこいつに見せたのとは別のコインと、こっそりすり替えたのよ。もう一枚の、極端に裏が出やすくなるコインとね」
     エミルはコイントスの時からずっと握っていたコインを、今度はマギーに渡した。
    「……本当、裏ばっかり」
     マギーが感心している横で、「羽冠」が悔しそうに頭を抱え、うめいている。
    「イカサマ……! イカサマだ……! コイン、すり替えるなんて……!」
    「同じ1セントよ? ただ、表か裏のどっちかが出やすいってだけで。それをイカサマだなんて言うのは、コインの違いが分かるあんただけよ。
     不服なら、もう一回勝負してあげてもいいわ。でも」
     エミルは「羽冠」に、こう言い放った。
    「あんたはもう、どんなギャンブルでも勝てないわ」



    「なに……!?」
    「羽冠」がいきり立ったところで、さらにこう続ける。
    「あんたは絶対勝てると高をくくった勝負で、卑怯な真似をして負けたのよ。
     そんな間抜け、あんたの神もきっと見放したでしょうね」
    「そ、そんなはず無い!」
    「羽冠」は叫び、テーブルに自前のダイスを置く。
    「私が勝つ! 勝たない、おかしい!」
    「いいわよ。さっきと同じルールで行くわ。あんたから振りなさい」
    「うう……、ううう……!」
     乱暴にダイスが投げられる。だが、出た目は1・2・3、最小目の6だった。
    「うあ……!? おお……、ばかな……、神よ……、(神よ……、私は……)」
    「あたしの番ね」
     エミルがひょい、とダイスをつかみ、軽く投げる。
     エミルは1・1・1のゾロ目――最大目の55を出した。
    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 14
    »»  2013.08.14.
    ウエスタン小説、最終話。
    ずるい局長。

    15.
     カーマンバレーでの「戦い」から1ヶ月後、パディントン探偵局にて。
     エミルとアデルは局内で、のんびり過ごしていた。
    「手紙が2通来たぞ。一つは……、ああ、州知事からだ」
    「じゃあ私宛てだな」
     アデルが持ってきた手紙を、パディントン局長がひょい、と手に取った。
    「……ふむ、……ほう、……おやおや」
    「何て言ってきたんです?」
    「『デス・ギャンブラー』についてだ。奴は結局、君たちとの勝負で完璧に参ってしまったらしい。
     収監されたその日から、よく分からない言葉でブツブツとうわ言のように何かをつぶやき続け、食事にもまったく手を付けず、夜も眠らず、と言う状態だったそうだ。
     しまいには看守らの問いかけにもまったく反応しなくなり、先週――いや、消印からすると半月前か――獄中で衰弱死したとのことだ」
    「そりゃまた……、何と言うか」
     神妙な顔をしたアデルに、局長はおどけて見せた。
    「何を渋い顔しとるのかね?
     結果はどうあれ、君たちは30人以上を殺害した凶悪犯を捕まえた。この事実に変わりはない。報酬もたんまりだ。
     一般市民が凶悪犯に怯える割合は確実に減ったし、その成果に見合う報酬も得た。誇っていいことじゃあないか」
    「まあ、そうなんスけども」
    「で、もう一通は誰からなの?」
     エプロン姿のエミルに尋ねられ、アデルは封筒をぴら、と持ち上げて見せる。
    「ほら、カーマンバレーで会った、あの女の子」
    「ん? ……ああ、マギーからね」
     アデルから手紙を受け取り、エミルは中身を読んだ。
    「……ふーん」
    「何て書いてあった?」
    「元気でやってます、って。バーもあの子が続けるそうよ。隣の仕立て屋さんが色々手伝ってくれるから、どうにかできそうだって」
     これを聞いて、アデルは目を丸くする。
    「へぇ? まだ落ち込んでるだろうと思ってたが……」
    「死体見ても吐いたり倒れたりしなかったし、案外神経が図太いのかもね。
     で、『またいらしてください』ですって」
    「まあ、機会があればだな」
     アデルの気の無さげな返答に、エミルも深々とうなずく。
    「そうね。……まあ、もうしばらくはゆっくり休みたいわね。
     こっちに就いて分かったけど、あたし、紅茶やお酒よりコーヒーの方が好きみたいだし。西部でテキーラとかバーボンとかを呷ってるより、もうしばらくはこの探偵局で、ミルクのたっぷり入った甘いコーヒーを楽しんでいたいわ」
    「同感。何だかんだ言って、やっぱりここは落ち着くよ。
     ってわけでエミル、コーヒー……」
    「いいわよ。局長も飲む?」
    「ああ、いただこう」
     エミルがキッチンへ向かったところで、局長は懐から何かを取り出した。
    「コーヒーができるまで、ちょっと遊んでみるか? いや、実はエミル嬢から『もう使わないだろうから』と、ダイスをプレゼントしてもらってね」
    「……はは」
     見覚えのあるそのダイスを確認し、アデルは笑う。
    「いいっスね、やりましょうか。何か賭けます?」
    「勿論だとも。そうだな……、今夜の食事なんてどうだ? 彼女と私の奥さんも入れて、4人分で」
    「ええ、分かりました。じゃ、俺から」
     アデルは内心ほくそ笑みながら、ダイスを振らずにコトン、とデスクに落とす。
    「……えっ」
     出た目は1・2・4の7だった。
    「え、ちょ、これっ……?」
    「ははは……、引っかかったな、ネイサン。確かに彼女からダイスをもらったが、これじゃあないんだ。
     こっちが、彼女からもらった方のダイスだ」
     そう言って局長は、今度はジャケットの左ポケットから、デスクに置いてあるものと良く似たダイスを取り出し、ぽい、と投げた。
    「確かに軽く投げると、6が出やすいね」
    「……ちぇ、だまされましたよ!」



     その日、エミルとアデル、局長夫妻は、近所で評判の高級レストラン「ターナー&クロッツ」で夕食を取った。
     そして、その代金12ドル60セントは、全額アデルの支払いとなった。

    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ THE END
    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 15
    »»  2013.08.15.
    1年ぶりのウエスタン小説。
    「撃てない」拳銃に魅せられた男たち。

    1.
     20世紀半ば、かの悪名高い政治団体、国家社会主義ドイツ労働者党、通称「ナチス」を率いた総統アドルフ・ヒトラーには、数々の逸話がある。
     その中でも最も煌びやかなうわさとして、「ワルサーP38を純金で造らせ、総統専用銃とした」と言うものがある。
     勿論金などと言う、恐ろしく柔らかい金属を主な素材にしては、鉛弾を撃つことなど到底できるわけが無い。そんな代物の引き金を実際に引こうものなら、たちまち暴発・腔発を起こし、銃自体が軟弾・散弾と化して、右腕が木端微塵になるであろうことは、想像に難くない。
     この黄金銃はあくまで「飾る」ための銃であり、言うなれば「美術品」なのである。これを発注したヒトラー氏も、恐らくは自分のデスクの奥底から密かに取り出しては、その輝きを眺めてほくそ笑む日々を過ごしていただろう、……と思われる。



     ナチスから、時代は半世紀以上もさかのぼるが――この時の彼も、きっと同じ気持ちだっただろう。
    「うひひひ……、まったく変な気持ちになっちまうわい」
     彼は自分の手に収まっている、ギラギラと光るSAAを眺めてほくそ笑んでいた。
    「まさか本当に、グリップから銃身まで全部、金で造ってくれるとはなぁ。やっぱりあいつは天才だな。
     ……ふひひ、しかも銃弾まで金と来た! 撃ってみたくってたまらねえが、……いやいや、折角の黄金銃が歪んじまわぁ」
     そんな独り言が漏れてしまうほどに、この黄金の塊は恐るべき魅力をたたえている。
    「……そーっと引き金引くくらいなら、曲がったりしねえよな」
     独り言で言い訳までして、男は黄金銃の撃鉄を起こした。
    「そーっと、そーっと……」
     引き金に指をかけたところで――パン、と音が響く。
    「……えっ?」
     音に驚いた男は、慌てて自分の握る黄金銃を確認するが、硝煙も何も上がっていない。撃鉄も起きたままである。
     と、黄金銃に汚れが付いているのに気付く。
    「おっと、いけねえ」
     男は右の袖口で、その赤い汚れを拭き取ろうとする。だが、拭いたと思った汚れが、さらにひどく広がっている。
    「チッ、なんだよ……?」
     自分の袖口が汚れているのかと、男は右腕を挙げる。
    「……あれ」
     右袖も、そして銃を握った左腕も、真っ赤に染まっていた。

     ボトボトと口から血を吐き、黄金銃を落としそうになった男の左腕を、「おおっと」とおどけた声を出してつかむ者が現れた。
    「もうしばらく、堪えていただきたい。この黄金銃が床に落ちようものなら、あの名ガンスミスが嘆かれる」
    「お……おま……え……おっ……おれ……をっ……」
    「その通り。あなたのハートを射止めたのは、このわたくしです。
     さて、お次はその脳天を痺れさせてご覧に入れましょう」
     そう言うなり、左手に持っていたSAAを――こちらは鉄製の――男の頭に突きつけ、即座に引き金を引く。
     パン、と火薬の弾ける音と共に、男の頭蓋も弾け飛んだ。
    「この煌めくピースメーカー、確かにわたくしが拝領いたしました。
     ああ、ご心配なさらず。わたくしのコレクションとして、この黄金銃は永遠に輝くことでしょう」
     西部の男には到底見えない、その白いスーツに身を包んだ男は黄金銃を懐にしまい、ひらりと身を翻してその場から消えた。
    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 1
    »»  2014.09.20.
    ウエスタン小説、第2話。
    保険請負詐欺。

    2.
    「最後の黄金王、射殺さる!!!

     今月3日、O州クレイトンフォードに在住の資産家、グレッグ・ポートマン氏が頭と背中を撃たれ、死亡しているのが見つかった。
     氏は57年、C州において金脈を発見したことを発端として巨財を成したことから、『西海岸最後の黄金王』と呼ばれていた。当局は金銭目的での強盗殺人事件と言う観点から、捜査を進めている模様」



    「と言うわけだ」
    「へ?」
     パディントン局長からいきなりニューヨーク・タイムズの地方欄を見せられ、アデルバート・ネイサンはきょとんとしていた。
    「これが……、何です?」
    「これに関連して、2つの依頼があった。
     1人目の依頼者はイギリスの、ニコルズ保険組合のブローカー(仲介人)であるレオン・ゴーディ氏。
     この事件の被害者であるポートマン氏から、ある美術品についての損害保険を請け負っていた」
    「ある美術品?」
     尋ねたアデルに、局長は肩をすくめてみせる。
    「なんでも、グリップから銃身から、果ては弾丸一発に至るまで、すべて黄金で造られたコルト・SAA(シングルアクションアーミー)だそうだ。
     何とも馬鹿げた、いかにも成金趣味のじじいが好みそうな美術品だ。そう思わんかね?」
    「え、ええ、確かに」
     アデルは同意してみせたが、直後に声が投げかけられる。
    「うそおっしゃい。ちょっと欲しいと思ったでしょ」
    「ぅへ? あ、いや、まさかぁ」
     アデルは苦笑いしつつ、声をかけてきた相手――相棒のエミル・ミヌーに振り返る。
    「俺がそんな、悪趣味な代物に興味持ったりするかって」
    「『全パーツが黄金製ってんなら、少なくとも1、2万ドルは堅いだろうな』って言いたげな顔してたわよ」
    「おっ、……う」
     内心を見抜かれ、アデルは顔を覆う。
     その様子を眺めていた局長は呆れた顔をしつつも、話を続ける。
    「実際にはもっと高値が付いている。氏本人の弁では、5万ドルで買い取りたいと言う者もあったそうだ」
    「ごま……っ!?」
     予想の3倍近い評価額を聞かされ、アデルの目が点になった。
    「そのため、この美術品が万一盗難に遭った場合、氏に降りる保険金は4万7千ドルと、これまた破格の金額となっていた。
     それが、ゴーディ君が慌てて私に依頼してきた理由でもある」
    「まさかそんなバカみたいな代物、盗む奴はいない。掛け金だけガッポリいただいてしまえ。……そう呑気に考えたそのゴーディさんは、その損害保険を引き受けちゃったって感じかしら?」
    「その通り。しかしゴーディ君は方々回ってみたものの、シティ(イギリス・ロンドン市内に設けられた、金融独立行政区)には真面目にこの黄金銃に美術的価値を見出してくれるような紳士はおらず、この保険金を支払ってくれる引受人を集められなかった。
     しかし金払いのいい氏からの金だけは得たい。そう考えたゴーディ君は虚偽の引受人をでっち上げ、その掛け金を丸ごと、自分の懐に入れてしまったのだ」
    「バカね」
     冷笑したエミルに、局長も深々とうなずいて同意する。
    「まったくだ。そして事が起こった今、彼は背任と横領、そして詐欺の罪による投獄の危機にさらされている。
     そしてそれは、第2の依頼人も同様だ。破産と言う点において、ね」
    「第2の依頼人って?」
     尋ねたエミルに、局長は応える代わりに、事務所の入り口に向かって声をかけた。
    「どうぞ、お入り下さい」
    「はい……」
     事務所のドアが開かれ、いかにも田舎紳士的な、もっさりとした金髪の青年が入ってきた。
    「紹介しよう。彼が2人目の依頼人、グレッグ・ポートマンJr(ジュニア)だ。依頼はゴーディ君と同様に、……おっと、肝心の依頼内容を言い忘れていたな。
     依頼内容はその黄金銃、SAAの奪還だ」
    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 2
    »»  2014.09.21.
    ウエスタン小説、第3話。
    間抜けな田舎紳士。

    3.
     応接室に通されたグレッグJrは、ひどく顔色が悪かった。
    「お願いします。あの銃が無ければ、いや、もしくは保険金が降りなければ、僕は破産してしまうんです」
    「と言うと?」
     尋ねたアデルに、グレッグは顔をくしゃくしゃに歪ませ、こう答えた。
    「父は金脈を掘り当てたことで巨額の富を得て、有数の資産家となりました。僕もそのおこぼれに預かり、ちょっとした商売を行っていたのですが、……まあ、その。あまり業績が芳しくなく、今では多額の負債をかかえております。
     今年中にその負債を解消しなければ、会社は倒産。僕も破産を免れません。そのため、当初は父に無心しようと思っていたのですが……」
    「ですが?」
    「どうやら晩年の父は、相当に金遣いが荒かったようでして。
     表向きは資産家として知られていましたが、死後にあちこちから、借金の返済を求める声がかかりまして。
     それらを処分する内、10万ドル以上あったはずの資産は、あっと言う間に消えてしまいました。残るはあの黄金銃だけとなり、私はそれを競売にかけ、負債を帳消しにしようと考えていました。
     しかし父が殺された際、この黄金銃が盗まれていたことが発覚しまして。まあ、銃が戻ってこなくとも、保険金が入ってくるのならと安堵していたのですが……」
     そこでグレッグは顔を覆い、頭を抱えてしまった。
    「保険金を請求したところで、ゴーディ君の罪が明らかになったわけだ。
     このまま支払いが行われなければ、アメリカとイギリスの両国で、紳士がそれぞれ1名ずつ消えることになる。
     しかし黄金銃があれば、その心配は無いわけだ。ポートマン氏は負債を消化でき、ゴーディ君は罪を問われること無く掛け金を丸儲け。双方不満なく終われたはずだが……」
    「呆れてものも言えないわね」
     話を聞いていたエミルは、顔をしかめる。
    「事業失敗も背任も、結局自己責任じゃないの。何が紳士よ」
     アデルも苦い顔で、それに同意する。
    「まったくだ。因果応報ってヤツじゃないか」
     それを受け、局長も苦笑いして返した。
    「まあ、まあ。確かに二人共、ほめられたことをしているわけじゃあない。私だって同感だ」
    「ううっ……」
     全員一致でなじられ、グレッグは消え入りそうな声でうめいた。
    「しかし依頼は依頼だ。黄金銃を取り戻すことができれば、両氏は破産せずに済む。我々も儲かる」
     局長の言葉に、エミルとアデルは首を傾げた。
    「どう言うことです?」
    「黄金銃を競売に出し、負債を消化できた後、余った金の75%を我々が契約金として受け取ることになっている。
     私のツテから聞いた黄金銃の予想落札価格は、少なくとも4万は堅いとのことだ。そしてポートマン氏の借金は残り約3万ドル。それを消化した、残り1万ドルのうち7500ドルが我々の懐に入る、と言うわけだ」
    「なーるほど。計画通りに行けば、いい収入になるってわけですね」
    「そう言うことだ。しかしこのまま放っておけば、我々には1セントの得にもならん。
     一方、ろくでもない男二人ではあるが、手を差し伸べてやれば金になる。それなら助けた方がいい。誰にでも納得行く話だろう?
     と言うわけでだ」
     局長はにっこり笑い、アデルとエミルに命令した。
    「早速ポートマンSr(シニア)の邸宅に向かい、黄金銃の手がかりを探しに行ってくれ」
    「……あえて言わせてもらうけど、局長」
     エミルは憂鬱な気分をどうにか押さえつけ、こう言った。
    「こんなバカみたいな依頼、二度と受けないでよ?」
     それを受け、局長はふてぶてしく返した。
    「金次第さ。
     例えまだオムツの取れないような3歳児から、よだれでベトベトになったクマちゃんを探してくれと言うようなチンケな依頼があったとしても、その親から報酬10万ドルを約束されたと言うのなら、私は二つ返事でOKするよ」
    「ゲスなこと言ってる、……ように見えて、実は逆ね。
     金にならなきゃこんなバカ依頼は絶対受けるもんか、って聞こえたわ」
     エミルの言葉に、局長はニヤッと笑って見せた。
    「そう言ったつもりだよ」
    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 3
    »»  2014.09.22.
    ウエスタン小説、第4話。
    不良刑事。

    4.
     エミルとアデルはグレッグを伴い、クレイトンフォードのポートマン邸を訪れた。
    「ふーん……。いかにもって感じ」
    「だな」
     目の前にそびえる建物は欧州風の、西部にはむしろ不釣り合いな洋館だった。
    「『ヨーロッパに憧れた成金の田舎紳士、祖先に思いを馳せつつおっ建てました』。……って感じだな」
    「あんまり親父の悪口言わないでくださいよ……」
    「悪口に聞こえたかしら?」
    「そりゃまあ」
     渋い顔をするグレッグに構わず、エミルたちは屋敷内に入る。
    「鍵は……、かかってないの?」
    「ええ。中には何にも無いですから、もう」
     そのまま中に進み、エントランスに入ったところで、色あせたコートを着た、やはり西部者には見えない男に出くわす。
    「何だ、あんたら?」
    「あんたこそ誰よ?」
     尋ね返したエミルに、男は面倒臭そうに名乗った。
    「ジェンソン・マドック。連邦特務捜査局……、ああ、いや、まあ、刑事みたいなもんだ」
    「刑事さんですって?」
     男の役職を聞き、グレッグはきょとんとする。
    「ここはもう、警察が捜査して引き上げた後のはずですけど」
    「そう聞いてるよ。俺は別管轄でな、再調査に来たんだ。で、あんた方は誰だ?」
    「申し遅れました。僕は……」
     名乗りかけたグレッグを制し、アデルが答える。
    「俺とそっちのお嬢さんは、パディントン探偵局の者だ。彼は依頼人で、ここの持ち主の息子さんだ」
    「と言うことは、グレッグ・ポートマンJrだな。彼については分かった。なるほど、ここにいる権利があるな」
     そう前置きし、ジェンソン刑事はアデルたちをにらみつけた。
    「だがお前らにそんな権利は無い。とっとと失せな」
    「何よ、それ」
     エミルは口を挟もうとしたが、アデルは「まあまあ」と彼女を制し、ジェンソン刑事に応じる。
    「そう邪険にしなさんな。あんたもどうせ、黄金銃事件で来たんだろ?」
    「あ?」
    「ここの家主が持ってた黄金銃を盗んだ奴。そいつを追ってる。そうだろ?」
    「だとしたら何だ?」
     ジェンソン刑事は煙草を口にくわえ、斜に構えてアデルをにらむ。
    「あんたらとベタベタ馴れ合いしながら、仲良くみんなで事件解決に向かいましょ、てか?
     ヘッ、寝言は寝てから言ってくれんかねぇ?」
    「……まあ、なんだ」
     アデルも多少、頬をひくつかせてはいたが、それでも穏便に済ませようと言い繕う。
    「悪い話じゃ無いはずだろ? 双方情報を出し合えば、事件の早期解決に……」
     アデルの言葉を遮るように、エントランスにパン、と音が鳴り響く。
     ジェンソン刑事は絶句したアデルの鼻先に、硝煙をくゆらせるリボルバーを向けていた。



    「今のは空砲だ。まあ、そうそうポコポコと、人死になんぞ出したかないからな。これでビビって降参する奴も多いから、一発目はカラ撃ちで勘弁してやってる。
     だがこれじゃ言うこと聞かないって奴には……」
     ジェンソン刑事はリボルバーに実包を込め、撃鉄を起こした。
    「仕方なく、本物をブチ込んでやることにしてるんだ。
     分かったらさっさと出てけ。挨拶だろうと言い訳だろうと、これ以上ゴチャゴチャ言いやがったらブッ放すぞ、ボケ」
    「……」
     エミルたち3人は無言で、屋敷を後にした。

    「なんだありゃ……。ヤバすぎだろ」
    「取り付く島もない、ってどころか、取り付かせる船も出させないって感じね」
    「あの……」
     と、二人の後ろで縮こまっていたグレッグが、恐る恐る声をかけてくる。
    「なんで僕まで追い出されちゃったんでしょう?」
    「追い出されたって言うか……」
    「あんたが一緒に来たんでしょ?」
    「……でしたっけ?」
     きょとんとした顔でそう返したグレッグに、エミルたちは呆れ返っていた。
    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 4
    »»  2014.09.23.
    ウエスタン小説、第5話。
    連邦特務捜査局。

    5.
    《ははは……、災難だったな》
     アデルからの報告を受け、パディントン局長は電話口の向こうで笑った。
    《なるほど、連邦特務捜査局の人間ならやりかねんな。いや、もうやったのか》
    「ご存知で?」
    《うむ。過去に何度かかち合ったことがある。
     実はその組織は名前こそ『連邦』とは付いているが、合衆国政府からはまだ、公式に認められていないんだ》
    「へぇ?」
     間を置いて、パディントン局長の申し訳無さそうな声が続く。
    《相応の成果を挙げれば、大統領も認めるんだろうが……。その『相応の成果』を度々、我々が横取りしてるもんだからなぁ。
     関係者筋の予想じゃ、公認されるにはあと10年、いや、20年はかかるんじゃないかと言われてる始末だ》
    「……なるほど。そりゃ、俺の鼻先にライトニング向けて、罵詈雑言かましてくるわけだ」
    《とりあえず時間を置いて、改めて調査開始だな。そのマドックとか言う捜査官とまた接触すると、何かと面倒なことになるだろう。今後も気をつけてくれ》
    「ええ、了解です」
     電話が切れたところで、エミルがアデルを軽くなじる。
    「あんた、探偵局の名前を使いすぎなんじゃない?」
    「え?」
    「あの時も、『関係者筋にそう名乗っておけば、ヘコヘコ頭を下げて協力してくれるだろ』って高をくくって、そう名乗ったんでしょ」
    「……まあな」
    「その結果がこれなんだけど?」
    「悪かったよ。今後は控える。……つもりだ」
     予定では、本日ポートマン邸に泊まるはずだったのだが――その屋敷にジェンソン刑事が居座っているために、彼らはさんさんと日差しが照りつける街中をうろうろする羽目になった。



     夕方になり、ジェンソン刑事が出て行ったことを確認したところで、エミルたちはようやくポートマン邸に入ることができた。
    「あら、ガス使えるのね。案外近代的じゃない」
    「いえ、多分切れてます」
    「……ホントね」
     ガスコンロのスイッチを何度ひねってもガスが出てこないことを確かめ、エミルはがっかりする。
    「じゃ、薪は?」
    「あると思います。多分、地下の倉庫に」
    「とりあえず温かいご飯は食べられそうね。アデル、ご飯買い出ししてきて」
    「おう。エミルは?」
    「キッチン使えるようにしとくわ。コーヒーくらい飲みたいでしょ?」
    「だな。じゃ、行ってくる」
     アデルが出かけたところで、グレッグが恐る恐る尋ねてくる。
    「あの、ミヌーさん」
    「なに?」
    「もしかして、ネイサンさんとはお付き合いを……?」
    「まさか」
     質問を鼻で笑って返したエミルに、グレッグは顔を赤くして謝る。
    「ご、ごめんなさい! 失礼なことを」
    「そんなに失礼でもないわよ。
     付き合いはわりと長いけど、恋人じゃないってだけ。傍から見たら勘違いする人もいるでしょうけどね」
    「は、はあ」
    「男と女がいたらイコール関係有りだって思う人は一杯いるし、気にしないでいいわよ。
     で、倉庫ってどこかしら?」
    「あ、はい。ご案内します」
     グレッグに案内され、エミルは地下へ降りる。
    「子供の頃、よくここで遊んでました。ひんやりしてて、友達と遊ぶのにはうってつけでしたよ」
    「ふうん」
    「ここが薪の貯蔵庫です。……あれ?」
     と、グレッグが薪の傍らに置いてある、丸く細長い、エミルの身長半分程度の大きさの缶に目をやる。
    「すみません、ミヌーさん。あったみたいです、ガス」
    「みたいね」
    「上に持って行ってコンロにつなげば、ちゃんと使えると思います」
    「重たそうね」
    「ガスは空気より軽いんですよ。大丈夫です」
     そう言って、グレッグはガスボンベを持ち上げようとする。
    「……っ、よい、……しょ、……ぐ、……重たっ」
     しかしビクともせず、グレッグはその場にへたり込む。
    「気体なら空気より軽かったでしょうけど、普通は液体になるまで圧縮して、鉄のボンベに詰めてあるのよ? 重たいに決まってるじゃない」
    「……すみません」
     へたり込んだままのグレッグをよそに、エミルはボンベに手をやる。
    「アデルと二人がかりなら運べそうね。後で取りに戻りましょ」
    「はい」
     そのまま倉庫から出ようとして――エミルは地下室の壁に、赤い筋がうっすら走っていることに気付いた。
    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 5
    »»  2014.09.24.
    ウエスタン小説、第6話。
    事件の痕跡。

    6.
    「赤い筋……? 血か?」
    「ええ、多分」
     買い出しから戻ってきたアデルに、エミルは地下室に残っていた血痕のことを伝えた。
    「恐らく、ポートマンSrのものだな。……ふむ」
     アデルを伴い、エミルとグレッグは再度、地下室へと降りる。
    「なるほど。確かに血だな、こりゃ」
    「名探偵さん。ここから何か導き出せるかしら?」
    「ああ。まずその前に、だ。情報の整理をしとこう」
     アデルは廊下の奥にある部屋を指差す。
    「情報によれば、あの部屋でポートマンSrが殺害されているのが見つかったそうだ。
     遺体は扉に頭を向け、仰向けになった状態で見つかった。遺体に引きずった跡は無く、その部屋で殺されたことは間違いない。
     だが左腕の辺りに右腕でつかまれたような跡があったそうだ。と言うのも、遺体の左手と左手首辺りに血だまりがあったんだと。
     で、そこから犯人は左利きだって話になった」
    「どうしてそんなことが分かるんです?」
     尋ねてきたグレッグに、エミルが答える。
    「あたしがこうやってあんたに背を向けてた場合、あんたはどっちの手であたしの左腕をつかむかしら?」
    「そりゃ……」
     グレッグは左手を挙げかけて、「あれ?」とつぶやく。
    「そう。両手に何にも持ってない状態なら、百人中百人が左手で左腕をつかむ。でもその犯人は、わざわざ右手で左腕をつかんでた。
     理由は簡単。左手に銃を持ってたからよ。ポートマンSrも、彼を背中から撃った犯人もね」
    「あ、そうか。ええ、確かに親父も左利きでした」
    「で、さっきのお前さんの質問だが」
     アデルは廊下に設置されている、豪奢なガス灯を指差した。
    「事件当時、老齢のポートマンSrがこのガス灯を使わずに地下の廊下を行き来していたとは考えにくいし、恐らく点いていただろう。
     一方、この廊下は大の大人が3人突っ立ってても左右に隙間があるくらいには広い。その幅広の廊下を犯人が行き来したとして、だ。どうしてここに、血の跡が付くのか?」
    「手を壁に付きつつ、……じゃないですか?」
     答えたグレッグに、アデルはもったいぶった様子でうなずく。
    「その通り。犯人は血の着いた右手を壁に付けつつ、廊下を歩いていたんだ。この幅のある、明るいはずの廊下を、だぜ?」
    「そうなると……、脚が悪かったか、目が悪かったかってことになるわね」
    「後者だろう。手すりがあるとは言え、脚の悪い奴が階段を昇り降りするのは辛い。
     これである程度、犯人像が絞れたわけだ。左利きで、目の悪い奴。そして珍妙な美術品に目が無い、と。
     ……この条件に適う奴に、俺は一人だけ思い当たるのがいる」
    「へえ?」
    「だ、誰です?」
     尋ねたエミルたちに、アデルはニヤッと笑って答えた。
    「狙う獲物はいつでも一風変わった代物だが、一度狙えば決して逃さない。西部にゃ不釣合いの白いスーツに白いシルクハット、極めつけはクラシックな片眼鏡。
     通称、『イクトミ』。人呼んで、西部の怪盗紳士さ」
    「いく……と、み?」
    「変わった名前ですね。ニッポンかどこかの人なんですか?」
    「いや、一説によればフランス系とインディアンの混血だそうだ。『イクトミ』ってのは、インディアン神話に出てくる怪人でな。本来は好色な蜘蛛男だって話だ。
     ま、ともかくそのイクトミが今回の件に絡んできてると、俺はにらんでる。黄金銃なんてけったいな代物を狙うってやり口はどうも奴っぽいし、目が悪いってのも一致してる。それに、うわさじゃ左利きらしいからな」
    「……で?」
     尋ねたエミルに、アデルは「え?」と返す。
    「そのイクトミが犯人であるとして、どうやって取り返すのよ? そいつの居場所、知ってんの?」
     聞かれた途端、アデルは得意げな様子から一転、しゅんとした顔をする。
    「……怪盗だからな。神出鬼没、住所不定って奴だ」
    「はあ……」
     エミルは頭を抱え、ため息をついた。
    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 6
    »»  2014.09.25.
    ウエスタン小説、第7話。
    追いかけ合い、化かし合い。

    7.
    「……ええ……恐らく……はい……」
     探偵局に電話連絡を行っているアデルを放って、エミルとグレッグは夕食を食べ始めた。
    「流石、探偵さんですね。犯人像を絞って、イクトミ氏と突き止めるなんて」
    「そこまではいいけどね。問題はそこから先よ。犯人が分かったところで、そいつの居場所が分かんなきゃ話にならないわ」
    「……ですね」
     エミルはベーコンを口に放り込みつつ、未だ電話に張り付いたままのアデルを眺める。
    「……あー……なるほど……捜査官を……」
     と、アデルがぼそっとつぶやいた言葉を耳にし、エミルはアデルに尋ねる。
    「尾行しろって?」
    「ぅえ? ……ええ、……ええ、エミルが、……はい」
     アデルは電話口に手を当てつつ、エミルに振り返る。
    「『その通りだ』、だとさ」
    「分かったわ」
     エミルの返事を聞いて、アデルは再度電話に応じる。
    「はい、オーケーです。……ええ、じゃあ」
     電話を切り、アデルが振り返る。
    「何で分かった?」
    「それしかないでしょ?」
    「え? え?」
     きょとんとしているグレッグに、アデルが説明する。
    「昼間いた、あのジェンソン・マドックって捜査官。あいつもイクトミを追っていると見て間違いないだろう。
     イクトミはあちこちの州で指名手配されてる、超一級のお尋ね者だからな。捕まえりゃジェンソン刑事の組織には相当の箔がつく。恐らくはあの刑事、そっち方面から捜査してたんだろう。その過程で、ここに来た可能性は高い」
    「あたしたちと同じく、黄金銃を探すのが目的ってことも考えられるけどね」
    「いや、その線は薄いだろう。
     俺たちが黄金銃を探してるのは、ポートマンJrらの依頼によってだ。特に依頼されたわけでもないのに、わざわざこんなド田舎まで、黄金銃のためだけに来るとは思えない。イクトミを探してるのは、ほぼ間違いないだろう。
     あの刑事もそこそこ有能だって話だし、今日の捜査でイクトミの線が濃いだろうと結論づけたはずだ。となれば連邦ナントカって組織から、奴に関する何らかの情報が提供されてるはずだ。
     非公式とは言え合衆国政府お付きの組織だ。俺たちの知らない情報源をゴロゴロ持っていてもおかしくない」
    「なるほどね。それじゃ次の狙いは」
    「ジェンソン刑事、だな」



     翌朝、エミルたちは近隣の宿を当たり、早速ジェンソン刑事が泊まっている場所を突き止めた。
     しかも情報によれば、彼は泊まっていた宿を今朝になって突然チェックアウトし、そのまま街を出ようとしているとのことだった。
    「そりゃいい。奴さん、早速追ったようだな」
    「急ぎましょ。もう列車が来てるわ」
     エミルたち3人は、急いで駅へと向かった。

     それから3分後――グレッグが列車に乗り込んでから一瞬後、あのジェンソン刑事がのそ、と窓から身を乗り出し、かばんを外に投げる。
    「よっこいせ、……っと」
     続いてジェンソン刑事自身も窓から降り、ホームに戻る。
    「あの、ちょっと」
     声をかけてきた駅員に、ジェンソン刑事は手を振って返す。
    「忘れ物だ。気にせず出発してくれや」
    「は、……はい」
     駅員は何度もジェンソン刑事の方を振り返りながら、車掌に合図を出す。
     そのまま列車が走り出したところで、ジェンソン刑事は煙草を口にくわえ、クックッと笑い出した。
    「アホ探偵共が。尾行に気が付いてねーとでも思ってんのかよ」
     笑いながら、彼はコートのポケットを探る。
    「どうぞ」
     と、彼の前にライターが差し出される。
    「おっ? 悪い、……な」
     ジェンソン刑事は目の前の二人を見て、口をぽかんと開ける。
     その口から煙草がぽろっと落ちたが、エミルはそれを空中でつかみ、ジェンソン刑事の口に、元通り差し込んだ。
    「……畜生め。あのボンボンは囮ってわけか」
    「悪いなぁ、刑事さん」
     アデルはライターを向け、彼の煙草に火を点けた。
    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 7
    »»  2014.09.26.
    ウエスタン小説、第8話。
    商売敵と手を組む。

    8.


     エミルたちはそのまま、駅のホームでジェンソン刑事を詰問し始めた。
    「あなたの狙いは?」
    「誰が答えるかよ」
    「言わないならこっちから言うぜ。イクトミだろ?」
    「知らんね。誰だ、そりゃ?」
    「あら。『イクトミ』が人名ってことは知ってるのね」
    「う……」
     目をそらし、煙草をふかすジェンソン刑事に、アデルが馴れ馴れしく言葉をかける。
    「まあ、そんな邪険にしなさんな。協力してマイナスになることは無いんだぜ? 俺たちの目的は限りなく近いが、厳密には別なんだからさ」
    「どう言う意味だ?」
     チラ、といぶかしげな目を向けたジェンソン刑事に、アデルはこう続ける。
    「あんたの目的はイクトミだ。だが俺たちの目的は、イクトミが盗んだ黄金銃だ。
     協力してイクトミを捕まえたところで、俺たちはイクトミなんかどうでもいい。俺たちにとって大事なのは黄金銃の方なんだからさ。
     だからさ、ここは一つ、協力し合わないか?」
    「俺に何のメリットがある? お前らみたいな足手まといがいても迷惑だ」
    「その足手まといに裏をかかれたのは誰かしら?」
    「……チッ」
     忌々しそうににらみつけてくるジェンソン刑事に、エミルはこう続けた。
    「今こいつが言ったみたいに、あたしたちの目的はあくまで黄金銃よ。イクトミの逮捕には協力してあげるし、そいつの身柄もあんたの勝手にしていいわ。懸賞金がどうの、って話もしない。
     少なくともあたしたちには、あんたを出し抜けるくらいの技量はあるし、悪い話じゃないはずよ?」
    「……」
     ジェンソン刑事は吸口ギリギリまで燃えた煙草を捨て、二本目を懐から取り出す。
    「火、くれ」
    「おう」
     素直に火を点けたアデルに、ジェンソン刑事は渋々と言いたげな目を向けた。
    「分かった。そうまで言うなら協力してやってもいい。
     確認するが、お前らは黄金銃さえ手に入ればいいんだな?」
    「ええ」「そうだ」
    「いいだろう。それじゃ、俺の知ってることを話そう。
     どうせ次の列車が来るまで、3時間はあるんだからな。コーヒーでも飲みながら話そうや」
     そう返したジェンソン刑事に、エミルは「あら」と声を上げる。
    「珍しいわね。てっきりバーボンかテキーラって言うかと思ったけど」
    「あんたらも東部者だろ? 西部の雑な酒は嫌いなんだ」
    「気が合うわね。あたしもコーヒー派よ。そっちのもね」

     3人は一旦駅を後にし、近くのサルーンに移った。
    「さて、と。じゃあまず、イクトミの出自辺りから話すとするか」
    「出自?」
     尋ねたアデルに、ジェンソン刑事は口にくわえた煙草を向ける。
    「イクトミがヘンテコなお宝ばっかり盗んでるってことは知ってるな?」
    「ああ、まあ」
    「そこんとこに関係してくる。
     あんたらはどうか知らんが、俺んとこじゃ『科学捜査』って奴を積極的に取り入れてるんだよ。マサチューセッツからお偉い先生を呼んだりしてな。
     その一例として、犯人の犯行動機を、そいつがガキだった頃に何かしらの原因があるんじゃないかって推察ができるかって言う実験をしてるんだが、その関係でイクトミについても、ガキの頃の調査をしてた。
     で、風のうわさ通り、確かに奴にはフランスの血が入ってるらしいって話の裏は取れた」
    「へぇ……」
    「で、今回奴が盗んだ黄金銃についてだが、妙な点が一つあるんだ」
    「ん?」
     話が飛び、エミルたちは揃って首を傾げる。
    「まあ、聞け。
     あんたらは不思議に思わないか? 黄金製と言っても銃は銃、本来はドンパチやるためのブツだ。美術品の題材にしちゃ不釣り合いなこと、この上無い。
     だのに情報筋によれば、競売で4万、5万の高値が付くって話だ。こう聞けば変だろ?」
    「確かにね。SAAと同じくらいの金なら、せいぜい1万ちょっと程度でしょ?」
    「金の量だけ考えりゃ、確かにそうさ。
     しかしモノには作った職人の『技術料』ってのが込みになってる。黄金銃に5万なんて高値が付く理由は、それだ」
    「名のある職人が作ったってことか?」
    「そう言うことだ。そいつの名はディミトリ・アルジャン。フランス系の名ガンスミスだ」
    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 8
    »»  2014.09.27.
    ウエスタン小説、第9話。
    イクトミ捜査線。

    9.
    「アルジャン……!?」
     名前を聞いた途端、エミルは立ち上がった。
    「どうした?」
    「……いえ。……なんでも。続けてちょうだい、刑事さん」
    「ああ。まあ、そのアルジャンってのが、その界隈じゃ有名な職人でな。そいつが仕上げた銃は、かなりの高値で取引されてることが多い。
     黄金製で、名ガンスミスが仕上げたピースメーカーだ。そう聞けば、高値が付くのもおかしい話じゃ無いだろ?」
    「なるほどな……。
     ん、ってことは、イクトミが黄金銃を狙ったのは」
    「言ってみりゃ、フランス製だからな。
     これまでにも奴が盗んだ品物は、フランスに関係してることが多い。曰く、ルイ14世のかつらだとか、ナポレオン戦術論の草稿だとか。まあ、7割は眉唾ものだが、残り3割は本物の美術品だ。
     今回の黄金銃も、ギリギリその3割に入るだろう。そしてそれ故、今回の事件を解決し、奴をムショに叩き込めれば、我が連邦特務捜査局の有用性が強く実証されることになる」
    「だろうな。そしてその時は、我がパディントン探偵局も依頼を完遂し、評判が上がるってわけだ」
    「で、刑事さん?」
     アデルとジェンソン刑事が揃ってニヤッと笑ったところで、エミルが口を挟む。
    「肝心の、イクトミの居場所なんかは分かってるの?」
    「ああ。これも我が局の『科学捜査』の賜物でな」
     ジェンソン刑事は懐から、一枚の紙を取り出した。
    「イクトミの、ここ数ヶ月の犯行現場を記したものだ。奴はここ最近、N州からO州ときて、そしてC州に入った。そしてそれらの現場は」
     ジェンソン刑事は窓の外に目をやり、通りの向こうにある駅へとあごをしゃくって見せる。
    「あのワットウッド&ボールドロイド西部開拓鉄道の路線とほぼ一致している。恐らく列車で移動しつつ、獲物を狙っているんだろう。
     と言うわけで、次に奴が狙いそうなのは……」
     ジェンソン刑事が言いかけたところで、アデルがそれを次いだ。
    「その鉄道の大株主で資産家兼蒐集家の、メルヴィン・ワットウッド氏の邸宅、か。隣駅だな」
    「そう言うことだ」
     と、そこまで話したところで――駅からほとんど一直線に、バタバタと駆け込んでくる者が現れた。
    「ぜーっ、ぜーっ……、ど、どうでした? うまく騙せましたか?」
    「どうも、ポートマンさん。助かったぜ、おつかれさん」
    「い、いえいえ、そんな。……あ、あれ? 刑事さんが……」
    「話を付けたところよ。協力してくれるって」
    「そ、そうですか」
     しゅんとなるグレッグに、エミルが笑いかける。
    「ありがとね、ポートマンさん。あなたのおかげよ」
    「あ、いや、そんな、えへへ……」
     一転、嬉しそうに笑ったグレッグを見て、アデルはため息を付く。
    「はあ……。依頼人にこんなことを言っちゃ失礼だが、あんた、商売には向いて無さそうだな」
    「そんなことありませんよ」
     グレッグはくちびるをとがらせ、こう反論した。
    「何一つ失敗せざる者は何一つ行動せざる者って言いますし。失敗してるだけ、成長してるんですよ、僕は」
    「はあ? ……まあ、いいや」
     グレッグの良く分からない返答を聞き、アデルは手を振って話を切り上げた。

     4人揃って列車に乗ったところで、ジェンソン刑事が小声で話し始めた。
    「奴の犯行は計画的だ。場当たり的に、かつ立て続けに行ったことは、これまで無い。
     まず、ある程度金を持った奴の家を探り、フランス製のお宝と思しきものがあれば狙いを定める。そうして侵入と逃走の経路を確保してから、ようやく仕事に入る。
     そしてその仕事において、奴は完遂するためには殺人も厭わない。このまま放っておけば、ワットウッド氏の身も危ないだろう」
    「ああ。密かにワットウッド邸へ先回りし、氏の安全を確保すると共に、イクトミを待ち構えなきゃならんな」
    「そうは言っても、いきなりあたしたちが押しかけてきて『殺されるかも知れないから中に入れろ』なんて言っても、門前払いを食うだけよ」
    「問題はそこだな」
     エミルたちが難しい顔を並べたところで、グレッグが手を挙げる。
    「あのー」
    「なに?」
    「ワットウッド氏のところですよね? 隣町なので、家族ぐるみで付き合いがあります。僕が行けば多分、入れてくれると……」
    「へぇ? あなたも案外、頼りになるのね」
    「へへ、どうも」
    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 9
    »»  2014.09.28.
    ウエスタン小説、第10話。
    大富豪、ワットウッド翁。

    10.
     グレッグの紹介により、エミルたちはワットウッド翁にすんなりと面会することができた。
    「ふむ、ふむ。なるほど、お話はよく分かりました。お伝えいただき、ありがとうございます」
     エミルたちから事情を聞いたワットウッド翁はうんうんとうなずき、にっこりと笑みを浮かべた。
    「確かに皆様の仰る通り、わたしには多少ながらコレクションと呼べるものがございます。
     特に最近拵えたものは、そのイクトミなる怪盗が狙って然るべき逸品でしょうな」
     そう言って、ワットウッド翁は杖を手に立ち上がる。
    「こちらへどうぞ。お見せいたしましょう」
    「あ、はい」
     立場上、グレッグを先頭にし、エミルたちは翁の後に続く。
    「実を言いますとその逸品、ポートマンSrと共に発注したものでしてな」
    「と言うと……、D・アルジャンに?」
    「さよう。モデルにしようとしたものがイギリス拳銃だったので、彼も最初は渋っておりましたが、一年以上も頼みに頼み込んで、ようやく拵えてもらった次第です。
     それだけに、下手な白金よりもずっと希少価値は高い。祖国の紳士たちもその点を認めてくれたようで、保険金もなんと、7万8千ドルもの値が付いております」
    「7万8千……!?」
     額を聞いて、アデルが素頓狂な声を出す。それを受けて、ワットウッド翁はコホン、と咳払いをし、こう返す。
    「無論お分かりでしょうが、金は問題ではありません。
     フランス人の血を引く稀代のガンスミス、ディミトリ・アルジャンが、イギリス製の拳銃を拵えてくれた。ここに並々ならぬ意義があるのです。
     もしサザビーズやクリスティーズ(どちらも競売の大手)でこれが出品されるとなれば、わたしは10万や20万出したとしても、まったく惜しくはありませんな」
    「え、ええ、そうですか、はあ」
     あまりに己の実生活とスケールがかけ離れた話に、流石のアデルもぼんやりとした返事を返すしか無かった。

    成金のポートマンSrと違い、ワットウッド翁は確かに、本物の資産家らしかった。
    「まさかこりゃ……、オーチスか?」
     屋敷の中央に設置された網目状の扉と中の小部屋――エレベータを見て、アデルが唖然とする。
    「さよう。マンハッタンのホフウォートビルにあるものと同じものを取り付けております。最近はめっきり足腰が弱くなったせいで、すっかりこれに頼りっぱなしですよ」
     エミルたちはエレベータに乗り、地下へと降りる。
    (分からん)
     ぼそ、とアデルがささやく。
    (何が?)
    (なんだってこのじいさん、西部に住んでんだ? ここまで家に金かけられるってんなら、それこそマンハッタンでもブルックリンでも住めるはずだろ)
    (ワットウッドさんの勝手でしょ?)
    「色々あるのですよ」
     二人の会話を聞いていたらしく、ワットウッド翁はエミルたちに背を向けたまま答える。
    「す、すみません」
    「一つ言うとすれば、東部での人間関係に嫌気が差した、と言ったところでしょうか。会社での私は『人』ではなく、『金庫』扱いですからな」
    「はあ……」
    「さ、着きました。どうぞ、こちらへ」
     ワットウッド翁を先頭に、一行は廊下を進む。
     その突き当りに、銀行の金庫室を思わせる、まるで鉄塊のような扉が現れた。
    「ここが先程お話した黄金銃をはじめ、私の宝が飾られている部屋です。
     ですので、少々お待ちください。この扉には鍵が5つも付いているものですから」
     翁は懐から鍵束を取り出し、扉の鍵を開け始めた。

     と――その間に、エミルは一言も発さず、アデルに目配せする。
     アデルも無言でウインクし、それに応じた。
    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 10
    »»  2014.09.29.
    ウエスタン小説、第11話。
    金庫の中の蜘蛛。

    11.
    「大変お待たせいたしました。どうぞ、お入り下さい」
     宝物庫の扉が開き、ワットウッド翁がまず中へと入る。それに続く形でグレッグ、ジェンソン刑事が入り、そして最後にエミルとアデルが入室した。
    「……っ」
     アデルは三度、絶句する。
     そこにはあちこちに、ギラギラと光る美術品や金塊が積まれていたからだ。
    「皆様は紳士とお見受けしておりますし、あり得ないこととは思いますが、この部屋の物には一切、お手を触れないようお願いいたします」
    「え、ええ。勿論」
     壁に飾られた、金糸で編まれた蝶ネクタイに腕を伸ばしかけたアデルは、慌てて引っ込める。
    「こちらに飾っておりますのが件の黄金銃、イギリス拳銃ウェブリーの全パーツを黄金で拵えたものです。
     勿論、易々と盗まれぬよう、こうして合金製の箱に鍵をかけて収めております」
     そう前置きし、ワットウッド翁は箱の鍵を開けようとした。

    「待って」
     と、それをエミルが止める。
    「如何されました、お嬢さん?」
     自慢の一品を披露しようとしていたワットウッド翁は、当然むっとした顔をする。
    「ワットウッドさん。今、その鍵を開けたらあなた、殺されるわよ」
    「何ですって?」
     エミルは拳銃を取り出し――グレッグに向けた。
    「な、何するんですか!?」
    「お芝居はそこまでよ、グレッグ・ポートマンJr。……いいえ、イクトミ」
    「は……?」
     目を白黒させるグレッグに、エミルはこう尋ねる。
    「どこからどう見ても、片田舎の三流アメリカ紳士。そんなあなたが、どうしてフランスの諺なんか知ってたのかしら?」
    「え?」
    「『何一つ失敗せざる者は何一つ行動せざる者である(Il n'y a que celui qui ne fait rien qui ne se trompe jamais)』よ」
    「あ……と」
    「フランスびいきが仇になったわね、キザったらし」
    「い、いや、ミヌーさん」
    「あと、もう一つ。あなたは少なくとも昨日までは、右利きだったはずだけど? ポートマン邸でご飯食べた時、右手でフォークをつかんでたし。
     そんなあなたがサルーンに寄って以降は、左手にフォークを持って、左手でかばんを提げて。
     まるで列車に乗った途端、人が変わったみたいじゃない。『入れ替わりました』って言ってるようなもんよ」
    「……」
    「極めつけは、ここの廊下。
     昨夜、ポートマン邸の地下にいた時は普通に歩いてたのに、ここじゃずっと、壁に右手を付いてたわね。裸眼じゃ右に何があるか分からないくらい、目が悪いみたいね」
    「……マジでか?」
     ジェンソン刑事も拳銃を取り出し、グレッグに向ける。
    「……」
     ワットウッド翁は目を剥き、箱を抱きしめるように構える。
    「逃がしゃしないぞ、言っとくけどな」
     アデルはいつの間にか、部屋の出入口に陣取っている。
    「……ふ、ふふ」
     と、グレッグが笑い出す。
     その声は今までの頼りないものではなく、フランス訛りをわざと付けたような、勿体ぶったものに変わっていた。
    「失礼、マドモアゼル。少々お待ちいただきたい」
    「その二重あごでもはがすつもり?」
     エミルは拳銃を構えたまま、相手のあごをぐい、とつかみ、引きちぎった。
    「いだっ……」
    「そう言うの、もう飽きてんのよ」
    「ああ、局長のお家芸だからな」
    「……つくづく人の見せ場を奪ってくれる方々だ」
     あごをさすりながら、グレッグだったもの――イクトミはそうつぶやく。
    「しかしどうか、せめて普通には、変装を解かせていただきたい」
    「どうぞ。さっさと脱ぎなさいよ」
    「……ええ」
    「ちょっと聞くけどな」
     と、アデルが尋ねる。
    「本者のポートマンJrはどうした? その服と言い、かばんと言い、彼が持っていたものに見えるんだが」
    「彼なら生きていますよ。ただ、人目に出られない格好ですので、今日、明日は貨物車の中で、ジャガイモやオクラなどと一緒に潜んでおられることでしょう」
    「殺してないんだな?」
    「不要な殺人は、しないに越したことはありませんからね」
    「ポートマンSrは殺したくせに、か?」
     この質問にも、イクトミはしれっと答える。
    「彼の場合、黄金銃のある部屋の鍵は、彼しか持っていなかったもので」
    「じゃあワットウッド氏も……、か?」
    「状況が同じなら、結果も然るべきでしょう」
    「……ふてぶてしい奴め」
     ジェンソン刑事はイクトミをにらみながら、手錠を懐から出した。
    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 11
    »»  2014.09.30.
    ウエスタン小説、第12話。
    イクトミ確保。

    12.
     片眼鏡に白いシルクハット、そして白いスーツに着替え、顔のメイクも落としたところで、イクトミの両腕に手錠がかけられた。
    「さあ、きりきり歩け」
     ジェンソン刑事は拳銃をイクトミの背中にゴリゴリと押し付けながら、彼を歩かせる。
    「いたっ、いたたた……。はいはい、歩きますよ。歩きますとも」
     イクトミは素直に、部屋の出口へと向かう。
    「……うーむ」
     一方、ワットウッド翁は残念そうな顔をしている。
    「折角のコレクション、見せられなくて残念だったわね、ワットウッドさん」
    「ええ。……よろしければ後ほど、見に来られますか?」
    「遠慮しとくわ。あたしは黄金にも撃てない銃にも、興味無いし」
    「……そうですか」
    「俺はちょっとは……」
     言いかけたアデルに、エミルが突っ込む。
    「黄金製ならなんでも、でしょ?」
    「……へへ」

     ワットウッド邸を後にしたところで、ジェンソン刑事が詰問する。
    「こないだのポートマン邸事件からそう日は経ってないし、お前も盗人旅行の途中だ。と言うことは、この近辺にこれまで盗んだものを置いてる、倉庫なり何なりがあるはずだ。
     こいつらとの約束でな、黄金銃だけは今すぐこいつらの手に渡したい。どこにあるのか、とっとと吐け」
    「あら」
     ジェンソン刑事の言葉を、エミルは意外に感じた。
    「随分親身になってくれるのね?」
    「勘違いすんな。馴れ合うつもりは一切無いと言ったはずだ。あくまで約束を守るってだけのことだ」
    「はい、はい」
    「で?」
     ジェンソン刑事に背中を小突かれ、イクトミは渋々答えた。
    「ええ、ええ、確かにございますとも。
     C州の山中、レッドロック砦跡。そこが私の宝物庫です」
    「C州か。道理でこの辺りをうろちょろしてるわけだ。
     よし、そこへ連れて行け」
    「仰る通りに」



     一行は再度列車に乗り、イクトミが示した場所へと向かった。
    「砦跡と言っていたが、一体いつの時代のものなんだ? お前の祖先が騎兵隊と戦ってた頃のか?」
    「さあ? それは私にも分かりません。
     ただ、近隣の者は口をそろえて、『忌まわしき土地』と呼んで恐れています。根城にして以来、誰かがやって来たことは一度もありませんよ」
    「なんだってそんな、いわくつきの不気味な場所を選んだんだ?」
    「人が寄り付かないからです。人のいない場所なら、盗みにやって来る者も必然的にいませんからね」
    「考えたわね」
    「ちなみに、今までいくらくらい盗んだんだ?」
     アデルの質問に、イクトミは大仰にかぶりを振る。
    「『いくら』? ワットウッド卿も仰っていたでしょう、公が取り沙汰す価値の多寡など、コレクターにとっては問題になりません。
     わたくしは、わたくしの心を満たすものにのみ、わたくしだけの価値を見出し、我が物とするのです」
    「……ああ、そうかい。ご高説どうも」
     話しているうちに、列車はその砦跡近くの街に到着する。
    「どうしますか?」
     駅を出たところで、イクトミが尋ねてくる。
    「どうします、って?」
    「もう正午を過ぎています。このまま砦跡に向かうとなれば、着く頃には日が暮れているはずですが……」
    「さっさと切り上げて帰りたいからな。とっとと行くぞ」
     ジェンソン刑事に即答され、イクトミは肩をすくめた。
    「やれやれ、熱心なことだ」
    「ふざけてるとそのスーツに穴開けて、星条旗にしてやるぞ。早く歩け」
     ぐり、とまたも拳銃を背中に押し当てられ、イクトミは顔を若干歪ませた。
    「刑事さん。それはいい加減、非常に痛いのですが、ご容赦いただけませんか?」
    「お前がやるべきことをちゃっちゃとやれば、やめてやるさ」
    「はい、はい、分かりました。それではしばし、我慢するといたしましょう」
     終始ジェンソン刑事がイクトミの背中を拳銃でつつきつつ、一行はレッドロック砦跡へと向かった。
    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 12
    »»  2014.10.01.
    ウエスタン小説、第13話。
    岩の中の宝物庫。

    13.
     イクトミが忠告していた通り、レッドロック砦跡に到着する頃には既に、夕日が地平線の向こうに沈もうとしていた。
    「こちらが我が宝物庫です。どうぞ、お入り下さい」
     依然、ジェンソン刑事に背中をつつかれながらも、イクトミは恭しい態度で一行を招き入れた。
    「外から見た分には、赤茶けた岩が積んであるようにしか見えなかったが……」
    「確かにこれは、立派な砦ね」
     巧妙に積まれた岩の隙間をぬうようにして入ると、そこには大きめのリビング程度の空間が広がっていた。
     そしてそのあちこちに、一見ガラクタとしか思えないようなものが、無造作に置かれている。
    「なんだこりゃ? 『ピアノ協奏曲ロ短調 F・F・チョピン』……、変な名前だな」
    「ショパンも知らないのですか!? 何という無学な方だ! それはフランスから移民してきた音楽家を先祖に持つ実業家から……」「いい、いい。うんちくなんか聞きたくない」
    「こっちの裸婦画もフランス関係? いい趣味してるわね」
    「おお、お目が高い! マネの作品です。さすがマドモアゼル・ミヌー」
    「そう言う意味で言ったんじゃないけどね」
    「おい、この設計図ってまさか……?」
    「そう、お察しの通り、ベドロー島に建立されている『自由の女神』像の設計図原案です。ただ、実際に建てられたものと違って、そちらは旗を持っていますがね」
     物品を指す度、イクトミが嬉々として説明するが、エミルたちの目にはただただ、胡散臭いものが並んでいるようにしか映らなかった。
    「……で、肝心の黄金銃はどこだ?」
    「ああ、そうでした。ええ、あちらに飾ってあります」
     イクトミは壁を指差す。
     そこには確かに、ギラギラと光る黄金製のSAAが飾られていた。
    「確かにそれらしいな。
     探偵、約束の品だ。持って帰れ」
    「ああ」
     アデルはうなずき、壁へと近付く。
     と、途中で立ち止まり、振り返ろうとした。
    「おい、椅子かなんか……」
     が――アデルが振り返りかけたその瞬間、室内にパン、パンと音が響いた。

    「うぐっ……」「……っ」
     アデルが胸を押さえて倒れ、エミルもどさりと倒れこむ。
    「……」
     硝煙のたなびく室内に立つのは、イクトミとジェンソン刑事だけになった。
    「……へっ」
     と、ジェンソン刑事が短く笑い、イクトミの手錠を外す。
    「お前も下手打ったな、え?」
    「ええ、確かに」
     ジェンソン刑事の問いに、イクトミが肩をすくめて答える。
    「まったく、この二人がクレイトンフォードに現れた時は、どうしようかと思いましたよ」
    「追い返したつもりだったがな、あの時は。ま、こうやってノコノコ付いてくることも考えてはいたからな。
     まったくアホな奴らだよ。こっちがちょっと下手に出りゃ、簡単に信用しやがって。俺とお前がグルになってるって可能性を考えてなかったらしいな」
    「わたくしとしては、お二人がそうであって助かりましたがね。これで妙な追っ手は消え、これまで通りあなただけが、わたくしを追う『振り』をしてくれるわけなのですから」
    「そう言うことだ。……さてと、それじゃさっさと始末しちまうか、こいつら」
    「外に出しておけば十分でしょう。あなたの『お仲間』が綺麗さっぱり片付けてくれますよ」
    「はっ、『お仲間』か。違いねえや、ひひひ……」
     ジェンソン刑事が下卑た笑いを漏らしたところで――ぼそ……、と声が聞こえてきた。
    「なるほどな。あんたが『コヨーテ』ってわけか」
    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 13
    »»  2014.10.02.
    ウエスタン小説、第14話。
    「コヨーテ」。

    14.
    「……!?」
     イクトミとジェンソン刑事は目を丸くし、倒れた二人がいるはずの場所に目をやる。
    「い、……いねえ!?」
    「いつの間に!?」
    「あんたたちがベラベラ裏事情をしゃべってバカ笑いしてる間に、よ」
     そう答えながら、エミルとアデルが銃を構えて現れる。
    「俺たちがこれっぽっちも気付いてないと思ってたのか?
     凶悪犯を捕まえといて、本部に連絡もせず、いきなりアジトへ乗り込むような奴が怪しくないわけ無いだろうが」
    「それ以前に、よ。どうして地元警察の捜査がとっくに終わった後で、あんたはポートマン邸に現れたのかしら?
     別件での捜査なんて言ったけど、それは真っ赤な嘘。本当は次のヤマ、ワットウッド邸に忍び込むための下準備。相棒のイクトミをグレッグ・ポートマンJrに変装させるための、材料探しだったのよ」
    「ぐっ……」
     ジェンソン刑事の顔を、ぼたぼたと汗が流れ落ちる。
    「恐らくこれまでの、イクトミの犯行の半分以上は、あんたが加担してるはずだ。そうでなきゃ、これだけ滅多やたらに盗みを働きまくって、未だに誰も捕まえられないってわけが無い。
     インディアン神話でも、イクトミには『コヨーテ』ってパートナーがいるからな。あんたがそうなんだろ?」
    「……ふ、ふふ」
     ジェンソン刑事は袖で額の汗を拭き、開き直る。
    「バレちゃあ、仕方ねえ。……今度こそ、死んでもらうぜッ!」
     パン、パンとリボルバーの音が響く。
     ところが、ジェンソン刑事の正面にいるエミルたちは、ピンピンしている。
    「な……っ? なんで死なない!?」
    「さっきも言った通り、あんたの正体にはクレイトンフォードにいた時点で粗方、気が付いてた。
     だもんで、駅であんたの煙草に火を点けた隙に、銃をすり替えておいたのさ。空包しか入ってないやつとな。
     あの時、俺の鼻先に突き付けてくれたおかげで、まったく同じやつを調達できた。いやぁ、助かったぜ」
     アデルがニヤニヤしながら言い放った言葉に、ジェンソン刑事は顔面蒼白になる。
    「……ばっ、バカなっ」
     ジェンソン刑事はなおもリボルバーの引き金を引くが、出るのは音ばかりである。
     やがて破裂音も聞こえなくなり、カチ、カチと弾倉が回るだけになった。
    「う……うう……っ」
    「あんたのライトニングは、これよ」
     エミルはジェンソン刑事にそう告げ、彼が持っていたリボルバーを彼に向かって発砲した。
    「うっ……、ぎゃあああっ!?」
     両手足を撃たれ、ジェンソン刑事は絶叫する。
    「殺さないでおいてあげるわ。あんたを連邦特務捜査局に引き渡せば、口止め料がたんまり出てきそうだもの」
    「ひいっ……、ひいっ……」
    「で、こっちのライトニングにはあと2発、弾が残ってる。あたしが元々持ってるスコフィールドにも、6発。
     ついでに言うとアデルも銃を持ってる。逃げた瞬間、あたしたちはマジであんたを星条旗にするわよ」
    「ついでって言うなよ。……ま、そう言うことだ」
     エミルたちに銃を向けられ、イクトミの顔には明らかに、焦りの色が浮かんでいた。
    「これは……、なるほど、なるほど。絶体絶命ですな、何の紛れも無く」
    「そうよ。分かったら、そこに落ちてる手錠を自分でかけなさい」
    「大人しく投降すりゃ、命までは取りゃしない。そこのクズ刑事と違って、俺たちは正義を大事にするからな」
    「……」
     イクトミは黙り込み――次の瞬間、天井まで跳び上がった。
    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 14
    »»  2014.10.03.
    ウエスタン小説、第15話。
    怪盗紳士の謎の言葉。

    15.
    「なっ……!」
     視界から一瞬相手が消え、アデルは慌ててライフルを構える。
    「伊達にイクトミ(蜘蛛男)と名乗っているわけではないのですよ」
     だが次の瞬間、アデルの頭上にイクトミが移動し、そのまま両肩に乗る。
    「ぐあっ……!?」
     アデルは体勢を崩し、床に押し倒される。
     イクトミはアデルの肩に両足を載せたまま、リボルバーを彼の頭に向ける。
     が――次の瞬間、イクトミは再び跳び上がる。そして一瞬前まで彼がいた空間を、2発の弾丸が通過していく。
    「みだりに発砲しないでいただきたい。貴重なコレクションに傷が付いてしまう」
    「だったらじっとしてなさいよッ!」
     エミルはジェンソン刑事から奪っていたリボルバーを捨て、自分のリボルバーを構える。
     イクトミは天井に貼り付きながら、慇懃な仕草でかぶりを振る。
    「それは了承いたしかねますな。星条旗はわたくしの肌に合わないものでね」
    「だったらフランス国旗でもいいけど? 真っ赤な血、白いスーツ、真っ蒼な死に顔。お似合いじゃないかしら?」
    「まったく、乱暴なお嬢さんだ」
     イクトミは両手を離し、足だけでぶらんと天井から垂れ下がり、その姿勢のまま、またも肩をすくめて見せた。
    「『大閣下』はお喜びになるでしょうが、ね」
    「……!」
     イクトミの言葉に、エミルの顔が真っ蒼になった。



    「ど、どうした、エミル……?」
     フラフラと起き上がったアデルに、エミルは顔を背け、応えない。
     だが――エミルは突如、絶叫しながら、イクトミに向かってリボルバーを乱射した。
    「……る、……どおおおああああああッ!」
     天井にいくつもの穴が開く。
     だが、イクトミはそれよりも早く床に降り立ち、全弾をかわしていた。
    「はあっ……、はあっ……」
     エミルは蒼い顔をしたまま、リボルバーに弾を込め始める。
     だが、イクトミが素早く動き、エミルの腕に手刀を振り下ろした。
    「あっ……!」
     リボルバーが落ちると共に、イクトミはまたも跳び上がり、出口付近にまで移動した。
    「Calmez-vous mademoiselle, s'il vous plait.(落ち着いて下さいませ、お嬢様)
     ……今宵はこの辺にいたしましょう。首尾よくあなたか彼のどちらかを殺せたとしても、残ったもう一方に殺されるでしょうからね。
     このまま戦えば、双方の被害はあまりにも大きい。であれば、戦わぬが吉と言うもの。このまま失礼させていただきます。
     次にお目見えする時まで、ごきげんよう」
     一方的に別れを告げ、イクトミはそのまま消えた。



     イクトミが姿を消してから1時間ほどの間、アデルは気を失ったジェンソン刑事の介抱と拘束を行い、そして茫然自失の状態にあったエミルを座らせ、毛布をかけ、部屋に置いてあったバーボンを飲ませた。
    「落ち着いたか?」
    「……ええ」
     ようやく顔に血の気が戻ってきたエミルに、アデルは恐る恐る質問する。
    「イクトミって、お前の知り合い、……じゃないよな?」
    「ええ。初対面よ」
    「でも、……なんか、あっちは知ってるっぽかったな」
    「みたいね」
    「あいつに何て言ったんだ? 『……るど』とか何とか言ってた気がしたけど」
    「……さあ? 我を忘れてたもの」
    「あいつが言ってた『大閣下』って誰だ?」
    「……」
     エミルはうつむき、小さな声でこう返した。
    「……知らないわ……」
    「そう、か」
     これ以上は何も聞けず、アデルも黙り込んだ。



     エミルたちが街に戻ったのは結局、翌日になってからだった。
     ちなみに――イクトミが言っていた通り、グレッグはこの日、貨物列車の中で発見、保護された。
     ジェンソン刑事についても、連絡を入れて数日のうちに、パディントン局長を含む探偵局の人間と連邦特務捜査局の人間が連れ立って現れ、即座に拘束・逮捕された。
    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 15
    »»  2014.10.04.
    ウエスタン小説、第16話。
    エミルの過去。

    16.
    「凶悪犯、イクトミを捕り逃してしまったのは残念ではあるが、依頼自体は完遂できたと言える。黄金銃を無事に取り戻せたわけだからな。ポートマンJrも喜んでいるよ。間もなくこちらにやって来るそうだ。
     その他、確保した美術品――かどうかは詳しく調べないことにはまだ分からんが――についても、元の持ち主を探し次第、返却・返還していくつもりだ。我が探偵局の評判は大幅に上がるだろう。
     よくやった、二人とも」
    「ありがとうございます、局長」
     パディントン局長と会話を交わしながらも、アデルの目は泳いでいる。
     未だ落ち込んだ様子のエミルが気になって仕方ないためだ。
    「……コホン」
     見かねたらしく、パディントン局長が咳払いをする。
    「どうしたんだ、二人とも? 一体何があった?」
    「あ……、いえ、そのですね」「アデル」
     と、エミルが顔を上げる。
    「大丈夫、あたしから話すわ」
    「分かった」
     エミルはアデルとパディントン局長とを交互に見て、それから――いつもの彼女らしくない様子で――話し始めた。
    「イクトミは、過去にあたしが仕留めた、ある人物と関係があったようです」
    「ほう?」
    「その人物は非常に危険な男で、……ともかく、本人は死んでいるはずです。
     しかしイクトミの話し振りから察すると、まだ何かしら、影響力を持っているようです。もしかしたら、その男が持っていた組織はまだ、残っているのかも知れません」
    「ふむ」
    「いずれ、イクトミはまた、あたしと接触しようとするでしょう。そしてその時は必ず、何かの事件が起こります。
     ……あたしは探偵局を離れます。迷惑、かけられませんから」
    「何を寝ぼけているのかね?」
     エミルの話を聞いたパディントン局長は、それを鼻で笑った。
    「事件を解決するのが我が探偵局の仕事だ。我々に仕事をするなと言うのかね?」
    「いえ、そうじゃありません。あまりにも凶悪な……」「200オーバーだ」「……はい?」
     パディントン局長はエミルの両肩に手を置き、自信たっぷりにこう続けた。
    「我々がこれまでに捕まえた、懸賞金1000ドルを超える凶悪犯の数だ。1万ドル以上に及ぶような奴なら15、6人はいる。
     わたしを信じなさい、エミル・ミヌー。わたしは今世紀アメリカ最大の名探偵であり、それに次ぐ人材を山ほど率いている名指揮官でもある。君の言う組織など、わたしが、……いや、わたしたちが、完膚なきまでに蹴散らしてやればいいんだ。
     信じなさい。わたしたちは、きっとそれをやれると」
    「……」
    「ともかく、今は気を取り直すことだ。
     ポートマンJrが来たら、みんなでワットウッド氏のところに戻ろう。彼の秘蔵コレクションを見せて、……いや、飲ませてもらおう」
    「え?」
     思いもよらない言葉に、エミルも、アデルもきょとんとする。
    「まさか……」
    「お知り合い?」
    「勿論だ。私はこの国の、大抵の名士とは友人なんだぞ? ワットウッド氏もその例に漏れず、な。
     彼はすぐ金細工や高価な機械なんかを披露したがるが、それはその方が大抵の人間の目を惹くからなんだ。コレクターの例に漏れず、目立ちたがりなんだよ、彼は。
     だが『いいお酒があるか』と聞いたら、彼はそっちの方が百倍喜ぶ。それに見目麗しいお嬢さんのためなら、気前よくワインの1本や2本、開けてくれるだろうさ」
    「……はは」「……ふふっ」
     パディントン局長の明るい振る舞いに、二人の間にようやく笑顔が戻った。

    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ THE END
    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 16
    »»  2014.10.05.
    年一回更新のウエスタン小説。
    大陸横断鉄道。

    1.
     日本やフランス、その他欧州圏の人間には信じられない事実であろうが、アメリカ合衆国には現在に至るまで、「国鉄」なるものが存在したことが無い。つまりアメリカ合衆国が単独で、ひとつの鉄道会社や鉄道網を所有した事実は無いのだ。
     即ち、アメリカ全土を網羅し、西部開拓史の象徴の一つにもなっている「鉄道」は全て在野、民間人の所有なのである。

     開拓史を代表する鉄道網――その最たる例は何と言っても、「大陸横断鉄道」だろう。
     西部開拓民が長年建設を要望していたこの鉄道網は、南北戦争中に着工された。それ故、この鉄道網には「合衆国の分断に歯止めをかける」と言う、政治的な目論見もあったとされている。
     だが、そんな裏事情を抜きにしても、この鉄道には国家的な意義があったことは間違いない。事実、鉄道網の完成前には、東海岸から西海岸までの横断には数ヶ月を要していたが、完成後にはおよそ一週間にまで短縮されている。
     交通網の劇的な充足は、西部の開拓をより一層加速させた。

     一方で――この鉄道が2つのものを完膚なきまでに破壊したこともまた、厳然たる事実である。
     一つは敷設用地の確保のため、インディアンの土地が大規模に奪われたこと。そしてもう一つは列車の安全運行のため、線路を横切るバッファローが大量に殺されたこと。
     この鉄道網は、合衆国にとって大きな利益をもたらしたと共に、一つの文化、一つの種を「人為的に絶滅せしめた」と言う暗黒面も、同時に持ち合わせている。



     そして、公には知られざるもう一つの暗黒面がこの時代、密かに存在していた。
    「おーし、積み終わったな!」
     黒塗りの貨物列車の中から、顔を布で隠した男が現れる。
    「行くぞ! 火ぃ入れろッ!」
    「了解っス!」
     男の手下らしき数名が、先頭の機関車両に乗り込む。
    「グズグズするなよ! もうじき夜明けだからな!」
    「分かってますって! すぐ出せます!」
     手下が答えた通り、間もなく機関車から蒸気が立ち上り始める。
    「……へっ、来やがったな」
     と、男が灯り一つ無い街中に、大きな影を見付ける。
    「準備でき次第出せ! 保安官が馬で来てるぞ!」
    「了解! 出ます!」
     ぼおおお……、と音を立てて、機関車の煙突から白煙が噴き上がる。
    「……アハハ、ハハ」
     列車が動き出したと同時に、男は笑い出した。
    「間抜けだねぇ、奴らときたら! 時代は既に『コイツ』なんだぜ? まーだ馬なんか使ってやがらぁ」
     パン、パンとライフルの音が聞こえてくるが、男たちの乗る列車には到底、届かない。
    「そんじゃ、ま」
     男は保安官らしき影に、おどけた仕草で敬礼して見せる。
    「お見送りご苦労さん、……ってか」
     やがて影は街ごと、地平線の向こうへと消えていく。
     列車が時速30マイルほどの速度に達した辺りで、男は顔から布を外した。
    「ふう……」
     あらわになったその顔を、地平線から昇ってきた朝日が照らす。
    「今日もいーい天気になりそうだぜ」
     男は貨物車の中に目をやり、手下たちを一瞥してから、隅に置いてあったバーボンの瓶を手に取る。
    「祝杯と行こうや。我が強盗団が、今回の仕事も無事に成功させたことを祝って」
    「ええ」「いただきます」
     手下たちが酒瓶を手に取る一方で、男は機関車にいる手下にも声をかける。
    「ほれ、お前も飲め」
    「ありがとうございます、ボス」
     にっこり笑って酒瓶を受け取った手下に向かって、男も満面の笑みで返す。
    「いいってことよ。
     よし、全員酒持ったな? それじゃ……、乾杯!」
     男は――たった今、汚れ仕事を終えたばかりとは思えない――さわやかな仕草で、酒をあおった。
    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 1
    »»  2015.08.09.
    ウエスタン小説、第2話。
    半役人。

    2.
    「前回の事件のおかげで、連邦特務捜査局とパイプができたんだ」
     パディントン局長はニコニコ笑いながら、アデルとエミルに話し始めた。
    「ま、向こうにしてみたら、弱みを握られたと思っているかも知れないがね。
     それはともかく、彼らから合同捜査を打診されたんだ。建前上は今後の業務提携を目して良好な関係を築き……、とか何とか言う話だったが、ま、実際のところは業を煮やした末の、苦肉の策と言うところだろうね」
    「どう言うこと?」
     尋ねたエミルに、パディントン局長は肩をすくめて返す。
    「3年ほど前から、西部の鉄道網を悪用している輩がいるらしい。
     街で盗みを働き、その盗品を列車に載せて、そのままとんずら。それを何度も繰り返しているそうだ。
     当然これは、窃盗と言う犯罪のみならず、正規の列車運行に悪影響を及ぼす、大変迷惑な行為でもある。ゆえに合衆国政府も、彼らの存在を極めて悪質なものとして憂慮しており、その直下にある連邦特務捜査局にとっても第一に検挙すべき相手だ。
     ところが、だ」
     パディントン局長はデスクに地図を広げ、各鉄道会社の路線図を示す。
    「現在、西部には1万マイルを超える距離の鉄道網が敷かれている。これをつぶさに監視することは、捜査局の人員と権力では不可能だ。
     そのために、『優先的に処理すべき案件』と決定されながらも、最初の事件発生から現在に至るまで、捜査に本腰を入れることは不可能だったわけだ。
     で、今回の件についてだが。依然として、捜査局は我が探偵局の存在を疎ましく思っていることは間違い無いだろう。その上、捜査官の汚職と言うスキャンダルを握られてすり寄られては、うっとうしくて仕方が無いはずだ。
     しかし対応を誤れば、捜査局の醜聞を公表される危険がある。そう考えた彼らは、この事件を我々に回してきたんだろう」
    「なるほど。うまく行かなければ逆に我々を非難して縁を切れる、うまく行けば自分たちの手柄にできるし、『どうだ、自分たちはあんた方のお役に立つだろう?』と示すことで、手を切らせないようにおもねることができる、ってわけですね。
     やれやれ、つくづくお役人ってのは!」
    「厳密には『半』役人と言ったところだろうが、確かに同感だ。
     一応、向こうからも人員を出してくれるそうだが、……人数を聞いて愕然としたよ」
    「何名だったの?」
     エミルの問いに、パディントン局長は手を開いて見せた。



    「50名? 鉄道を見張るにしちゃ、少なすぎない?」
    「5名だ」
    「……冗談よね?」
    「私は冗談が大好きだが、これは冗談じゃあないんだ。
     彼らが長年、合衆国から認可されない理由が分かった気がしたよ。この広大な合衆国を網羅しつつある鉄道網を見張る人員を、たったの5名しか用意できないとは!
     私のつかんでいる情報によれば、彼らの規模は最低でも300名程度のはずなんだ。その中から、たったの5名! 『第一に処理すべき案件』に対する捜査人員がこの程度じゃあ、彼らの捜査能力が疑われても仕方が無い。
     いや、実際に私も今回ばかりは、唖然としてしまったよ」
    「バカな質問で恐縮ですが、残りの295名は何を?」
     尋ねたアデルに、パディントン局長はかぶりを振る。
    「州警察とほとんど変わらん。事件が起こったと聞けばそこへ行き、近隣を捜索して犯人を探す。違いは捜査範囲が州をまたぐと言う程度だ。
     はっきり言ってしまえば、我々とほぼ変わらん。いや、我々の方が自由が利く分、まだましな働きをしているよ」
    「……で、さっきから嫌な予感がしてるんだけど」
    「その予感はきっと当たりだよ、エミル」
     顔を見合わせたエミルとアデルに、パディントン局長がニコニコと笑いながら、鷹揚にうなずいて見せる。
    「うむ。君たちには捜査局の人間と共に、まずはスターリング&レイノルズ鉄道の本社に行ってもらう」
    「本社ってどこ?」
    「西部C州のリッチバーグにある。つい先日にもその街が襲われたばかりだから、まだ何らかの手がかりも残っているだろう」
    「だといいけどね」
    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 2
    »»  2015.08.10.
    ウエスタン小説、第3話。
    三重のがっかり。

    3.
     今回の仕事に取り掛かった時点で、エミルはまず、3度落胆した。
     まず1つ目は、同行する捜査官が、お世辞にも優秀とは言いがたい青年だったからである。
    「はじめまして、クインシー捜査官。俺はパディントン探偵局のアデルバート・ネイサン。こっちはエミル・ミヌーだ」
    「よろしく」
     駅ではじめて顔を合わせた際、相手の捜査官はコチコチとした動作で、手を恐る恐る差し出してきた。
    「よ、よろしくお願いします。ぼ、僕は、えっと、サミュエル・クインシーと、はい、申します、……ど、どうも」
     吃音癖があるのか、もしくは極度の上がり症らしく、サム捜査官はこの短い挨拶でさえ、噛み気味に述べていた。
     アデルは相手の差し出した手を握りつつ、やんわりと尋ねてみる。
    「まあ、そんなに緊張なさらず。……失礼ですが、お仕事は何年ほど?」
    「実は、あの、これが、はじめてで……、すみません」
    「あら、そうなの?」
     相手の頼りない返答に、エミルとアデルは目配せする。
    (特務局って、何考えてんのかしらね? 重要な仕事って言ってたクセして、寄越すのはこんな若造?)
    (連中も匙投げてんだろうな。『もうどうでもいいや』って感じが見え見えだぜ)
    「あ、あのー……?」
     その様子を伺っていたサムが、心配そうに二人を眺めてくる。
    「ああ、いえ、何でも。
     まあ、これから一緒に仕事するんですし、まずは肚を割って話しましょう。……敬語とかも無くて構いませんから」
    「は、はい」

     まずは打ち解けるため、三人は近くのサルーンに入った。
    「コーヒーでいいかしら?」
    「え、あ、はい」
     依然おどおどとしているサムに、アデルがあれこれと尋ねる。
    「で、サム。歳はいくつだ?」
    「に、22です」
    「へぇ、そうは見えないな。てっきり高校を出たてのハイティーンかと思ってたが」
    「よく言われます」
    「特務局に入ったきっかけは?」
    「大学でスカウトされまして」
    「大学? 何を専攻してたんだ?」
    「えっと、あの、犯罪心理学って言って、何と言うか、その」
    「いや、内容とかは別にいい。まあ、この業界向けのことをやってたってワケだ。
     しかし大学で勉強してたってのと、あんたの性格からすれば、どっちかって言うと内勤向けだと思うんだがなぁ……? どうして俺たちと組むことに?」
    「本当はそのはずだったんですけど、部長が『一度くらい現場を見た方がいい』って、それで、だから、ここに……」
    「なるほどな。ま、そう言う事情なら、今回の事件はそこそこ安心して当たれると思うぜ。上も半分諦めてるような捜査だ。そこいらをうろついて、手がかりがありゃ報告して、無けりゃそれでおしまいだ。
     そう考えりゃ、ちょっとした旅行みたいなもんだ。あんまり気負わなくていいぜ」
    「は、はあ」
     その後も1時間近くアデルはあれこれと話しかけていたが、サムの態度には結局、あまり開放的な変化は見られなかった。

     いつまでもサムに構っていられないため、三人は本来の目的である、スターリング&レイノルズ鉄道本社へと向かった。
     しかしそこで受けた対応もまた、エミルをがっかりさせるものだった。
    「あぁん? パットン鑑定団と、連邦国富調査局?」
    「パディントン探偵局と連邦特務捜査局です」
    「知らねえなぁ。めんどくさそうだから、他当たってくれや」
     社長と面会したところ、かなりぞんざいにあしらわれたからである。
    「いえ、ですから御社の鉄道網においてですね……」
    「知らねえなぁ」
    「被害が出ていると……」
    「うちにゃなーんにも盗まれたもんなんかねえ。他人が泥棒に遭ったとか言われても、関係ねえ」
    「いや、しかし御社の鉄道網が不正に使用されて……」
    「知らねえなぁ。うちんとこの通常運行にゃ、問題ねえらしいからなぁ。
     なあ、あんたら。もう話すんのめんどくさいから、帰ってくれや」
     取り付く島もなく、三人は憮然とした顔で応接室を後にした。



    「何あれ? ふざけ過ぎでしょ」
    「自分さえよけりゃ、って感じだな。反吐が出そうだったぜ」
     先程のサルーンに戻り、エミルとアデルは憤慨する。
    「態度からして、金だけ出してるみたいね」
    「ああ。『寝てりゃ金が入ってくる』みたいな雰囲気だったな」
    「どうしようもないわね。そのうち潰れるわ、あんな会社」
    「同感。勝手に潰れりゃいいんだ」
     と、サムが恐る恐る手を挙げる。
    「これから、どうするんですか?」
    「……どうしようも無いさ。社長があんな様子じゃ、現場の保全なんかもやっちゃいないだろう。手がかりはまず、残っちゃいないさ」
    「つまりおしまいってことよ。もう帰るだけね」
    「えっ、……えぇー……」
     エミルが落胆した3つ目の理由は、今回の仕事があまりにも、馬鹿馬鹿しく感じられたためである。
    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 3
    »»  2015.08.11.
    ウエスタン小説、第4話。
    捜査続行。

    4.
     その日の晩、三人はサルーンの1階に集まって夕食を取っていた。
    「あのー」
     と、サムが恐る恐る尋ねてくる。
    「どうした?」
    「本当にもう、調査は……」
    「ああ」
     アデルは一瞬周りを見回し、サムに目配せした。
    「えっ?」
     しかし、要領の悪いサムはきょとんとしている。
     見かねたエミルが、サムの椅子を蹴っ飛ばす。サムは椅子ごと、床へ横倒しになった。
    「おわっ!?」
    「ごめんなさいね、引っ掛けちゃったわ」
    「あいてて……、ひ、ひどいですよ」
     立ち上がろうとしたサムを、アデルが助け起こし――ているように見せかけ、彼の耳元で囁く。
    (勿論、これで終わりなんてことは無いぜ)
    「えっ?」
    (バカ、声がでかい)
    「……あ、すみません」
    「ったく、大丈夫かよ、お前さん」
     サムが椅子に座り直したところで、アデルは口元をフォークで指し示した。
    (詳しいことは部屋で話す。後でお前の部屋に集まろう)
    「……」
     口の動きだけで示したアデルに、サムはぎこちなくうなずいて返した。

     夜遅く、三人はサムの泊まる部屋に集まった。
    「明日早く、S&R鉄道の車輌基地に忍び込むぞ」
    「え? ど、どうしてですか?」
    「ちょっと気になってな。お前さんも、あの社長がバカそうだってことは感じただろ?」
    「え、ええ、まあ、そう言う言い方は、えっと、……まあ、でも、はい」
    「あの社長の態度からすると、S&R鉄道の管理体制はかなり甘そうだ。
    『らしい』だの『めんどくさい』だのこぼしてたし、あのバカ社長は恐らく、人員や車輌とかの細かい管理については全部、人任せにしてるんだろう。
     となりゃ、実際に管理してる奴なり外部の奴なりが、何かしらピンハネできるんじゃないか? 俺はそう考えた」
    「『何かしら』? それってつまり……」
     尋ねたエミルに、アデルは深々とうなずいた。
    「ああ。考えてみりゃ、そこいらの泥棒が列車を1輌まるまる手に入れられるなんてこと、そうそう有るわけが無い。あそこみたいに、よっぽど管理の緩い鉄道会社から盗んだのでもなけりゃな」
    「そもそも、あの社長の態度も怪しいわよね。さっさと帰って欲しそうにしてたし。いかにも『秘密を抱えてます』って感じ」
    「確かにな。もしかしたら、もしかするかも知れんぜ。
     で、その裏付けのために明日、車輌基地を調べる。……と言うわけでだ、今日はもう寝ちまおう」
    「わっ、分かりました!」
     ようやく「らしい」仕事ができると分かり、サムは嬉しそうに敬礼する。
    「おいおい、大げさだなぁ」
     アデルも笑いながら、敬礼を返した。



     日付が変わり、未明頃。
     エミルたち三人は密かに、S&R鉄道の車輌基地前に集まっていた。
    「見張りは?」
    「いないわ」
     最も身軽なエミルが基地の外壁に登り、双眼鏡で安全を確認する。
    「本当、管理がなってないわね。守衛所みたいなのがあるけど、中で2人、ぐっすり寝てるわ。酒瓶抱えて」
    「とんでもない会社だなぁ。マジで潰れるぜ」
     エミルが先んじて中に入り、内側から門を開ける。アデルとサムはそのまま、門から侵入した。
    「他に見回ってるらしい人影も無し。調べ放題ね」
    「よし、じゃあちゃっちゃと回っちまおう」
     三人はまず、倉庫へと向かう。
    「ん……、と」
    「それらしいのがあったぜ」
     入って間もなく、アデルが箱を棚から下ろす。
    「『18XX下半期 車輌管理リスト』。……はは、こりゃひでえ」
     アデルが中の書類を確認し、顔をひきつらせる。
    「どうしたの?」
    「大当たりだ。3年前の9月、ユニオン・パシフィック鉄道から蒸気機関車8輌を購入してる。
     だが月末に、『7輌の間違い』って訂正されてる。しかし9月の半ばまでには、8輌分の運行記録が付けられている。
     いくらなんでも、こんなもんでごまかせないっつの」
    「杜撰(ずさん)もいいところね。社長は気付かなかったのかしらね?」
    「あの調子じゃ、気付いちゃいないだろうな。それともグルだったか」
     その他の資料を確かめれば確かめるほど、この会社がいかに放漫な管理体制であるかが判明していった。
    「この3年間でちょくちょく、機関車の予備パーツやら保安部品やらの数が合わないことが起こっているらしい。
     明らかに盗まれてるが、……ま、社長にバレたらまずいってことなんだろ、無理矢理帳尻合わせてごまかしてるな」
    「ここまで来ると、恐らく社長は無関係ね。もし一枚噛んでるなら、ここの管理記録に残る前にガメるでしょうし」
    「だろうな。そしてここの奴らも無関係だろう。……関係するまでも無いからな。外から堂々盗めちまうし」
     流石のサムも、「これはひどいですね、本当に」とつぶやいていた。
    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 4
    »»  2015.08.12.

    ウエスタン小説、第1話。
    無法の荒野。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     ゴールドラッシュからは三十数年――そして戦争からも十数年が経ち――西部は少しずつ、落ち着きを見せようとしていた。
     だが、軍や教育、経済や法整備が充実する東部とは違い、西部におけるその落ち着きは、中には暴力と圧力――即ち「無法」によってもたらされるものもあり、それは到底、平和と呼べるようなものでは無かった。



     その町もまた、今まさに無法によって支配されようとしていた。
    「う、……ぐ……」
     町の裏路地で、老人が一人、胸を押さえてうずくまる。しかし胸を覆ったその両手の隙間からは、ボタボタと赤い血が流れ出している。
     致命傷を負ったのは明らかだった。
    「……こんな……ことを……して……っ」「どうなるって言うんだ?」
     うずくまる老人の周りに、若く、しかし汚い身なりの若者たちがぞろぞろと現れ、彼を取り囲む。
    「アンタはここで死ぬ。遺った娘は今アンタを撃ったあの、『ウルフ』の兄貴のものになる。そしてアンタの金もだ」
     この台詞に、その老人はさぞ悔しがるだろうと、若者たちの誰もが思っていた。
     ところが――老人は額に脂汗を浮かべながら、引きつったように笑って見せた。
    「……く、くく、くっ」
    「何がおかしい?」
     老人は口からびちゃ、と血を吐き、続いてこう言い捨てた。
    「くく、ぐっ、ゲホッ、あいつの言った通りだったからだよ……!
     やはりあの、あのっ、あの若造が、……ゲボッ、『スカーレット・ウルフ』だったか! やはり、あ、あいつは、……間違っていなかった!」
    「……なんだと?」
     老人を撃ってから今まで、ずっと黙っていた青年が、そこで口を開いた。
    「『あいつ』ってのは誰だ?」
    「ふ、ふふ、ははは……、言うものか!
     ゴホッ、お前に娘はやらん! 遺産も、町も、何一つな!
     わしは既に東部から探偵を呼び寄せ、密かに探らせていたのだ! もしわしが死のうとも、彼ならお前にしかるべき制裁を下してくれるはずだ!
     地獄で待っているぞ、『ウルフ』! 絞首台からそのまま、わしのところへ落ちて来るが……」
     老人が言い終わらないうちに、青年は彼の頭にもう一発、弾を撃ちこんでいた。
    「うるせえ、ジジイが……ッ!」
     青年は銃を納め、手下の若者たちに命じる。
    「吊るせ。いつものところにだ」
    「アイ・サー」
     頭の後ろ半分が無くなった老人の体を4人がかりで担ぎ、手下たちはその場を後にする。
     残った「ウルフ」は地面に残った血の跡を、ブーツで砂を蹴ってまぶしながら、こうつぶやいた。
    「『彼なら見抜くはずだ』……? 誰なんだ、そりゃ?」
     地面の跡が血とも泥とも付かなくなったところで、「ウルフ」は町の方へと顔を向ける。
    「ここで俺が『スカーレット・ウルフ』と町の奴らに知れちゃ、全部水の泡だ。
     東部から来たって奴……、そいつを捜さねえとな」

    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 1

    2013.03.23.[Edit]
    ウエスタン小説、第1話。無法の荒野。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. ゴールドラッシュからは三十数年――そして戦争からも十数年が経ち――西部は少しずつ、落ち着きを見せようとしていた。 だが、軍や教育、経済や法整備が充実する東部とは違い、西部におけるその落ち着きは、中には暴力と圧力――即ち「無法」によってもたらされるものもあり、それは到底、平和と呼べるようなものでは無かった。 その町もまた、今ま...

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    ウエスタン小説、第2話。
    女賞金稼ぎ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「8000ドルとかあったらさ」
     サルーンのカウンターに腰かける若い女性が、壁にかかった文字だけの手配書を指差し、とろんとした声でこう続ける。
    「あたし、イギリスにでも行っちゃうわね」
    「そうですか。何をお求めに?」
     女性の手には、空になったグラスが握られている。
    「お求めって言うか、住みたいのよね。どこか郊外の、小さくて綺麗で由緒あるお屋敷を買って、ふわっふわのかわいい仔猫とか膝に乗せて、のんびり過ごしたいの」
    「それは結構ですな」
     一方、サルーンのマスターは適当な相槌を打ちながら、皿を綺麗に磨いている。
    「しかし8000ドルなどと言うのは、一市民には到底手の届かない額です。
     先程からお客様、あの手配書を肴に話をなさっていらっしゃいますが、もしかして……」
    「ええ、賞金稼ぎよ。一応ね。……実は8000ドルよりもっと多く、お金持ってたこともあったんだけど、……結局この国、いいえ、この西部をウロウロしてる間に、いつも使い潰しちゃうのよね」
    「ほう……、結構な腕利き、と言うわけですな。過去にはどんな大物を?」
    「そうね、言って知ってるかどうか分かんないけど……、『ハンサム・ジョー』とか、『メジャー・マッド』とか」
    「うん? ……いえ、聞いた覚えがありますね。いずれも凶悪な賞金首で、討ち取ったのは、……なるほど、女性と聞いています。
     その賞金稼ぎの名は、確か……『フェアリー』」
    「正確には『フェアリー・ミヌー』よ。かわいいでしょ?」
    「ええ」
     うなずいたマスターに、ミヌーはにこっと笑って見せた。



     と――サルーンの戸が乱暴に開かれ、マスクを付けた薄汚い身なりの若者たちが4人、ぞろぞろと押し入ってきた。
    「おい、そこの女!」
    「あたし?」
     ミヌーが応じると、若者の一人が人差し指をミヌーに向かって突きつける。
    「お前、余所者だな?」
    「そうよ」
    「来い」
     横柄にそう命じてきた若者に、ミヌーはくすっと笑って返す。
    「あたしに言うこと聞かせたいならまず、お金払いなさいな」
    「あ?」
    「用事は何? 一緒にデート? それとももっと楽しいことかしら? 高く付くけどね」
    「……ふざけてんじゃねえぞ! 来いと言ったら、つべこべ言わずさっさと……」
     若者が怒鳴り終らないうちに、突然仰向けに、ばたんと倒れた。
     彼は白目をむいており、そのマスクは酒と鼻血らしきもので、ぐしょぐしょに濡れている。ミヌーが持っていたグラスを、彼に投げ付けたのだ。
    「二度も言わせる気? あたしに言うこと聞かせたいなら、力ずくなんて野蛮な真似はよしてちょうだいな。
     あ、マスターさん。グラス、いくらだったかしら」
     投げたグラスを弁償しようとしたミヌーに対し、マスターは苦い顔を返す。
    「ミス・ミヌー。今のはいけません……。すぐに謝って、言うことを聞いた方がいいかと」
    「なんで?」
    「その……、あいつら、いえ、彼らは……」
     口ごもるマスターに代わる形で、残りの若者たちが答えた。
    「俺たちはこの町の番人、『ウルフ・ライダーズ』の者だ」
    「穏便に事を運ぼうと思ったが、仲間がこんな目に遭ったとなりゃ、話は別だ」
     若者たちは一斉に、腰に提げていた拳銃を取り出し、ミヌーに向けて構えた。
    「金がほしいと言ったな? 1ドル分の鉛弾でよければここにいる3人が、目一杯くれてやるぜ?」
    「それも嫌だってんなら、つべこべ言わずにさっさと来てもらおうか」
    「……はーい、はい」
     ミヌーは肩をすくめて、彼らの方へと歩いて行った。

    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 2

    2013.03.24.[Edit]
    ウエスタン小説、第2話。女賞金稼ぎ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「8000ドルとかあったらさ」 サルーンのカウンターに腰かける若い女性が、壁にかかった文字だけの手配書を指差し、とろんとした声でこう続ける。「あたし、イギリスにでも行っちゃうわね」「そうですか。何をお求めに?」 女性の手には、空になったグラスが握られている。「お求めって言うか、住みたいのよね。どこか郊外の、小さくて綺麗で...

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    ウエスタン小説、第3話。
    尋問。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ミヌーはサルーンから大通り、そして保安官のオフィスだった小屋らしきところへと連れて行かれた。
    「らしき」と言うのは、その小屋はあちこちに穴や血の跡が付いており、とても正義の番人が居てくれていそうな雰囲気ではなかったからだ。
     そして事実、保安官バッジを付けた人間は、そこには一人もいなかった。代わりにいたのは、ミヌーを連れてきた若者たちと同じようなマスクを被った、これもまた薄汚い若者たちだった。
    「そこに立て」
     若者の一人に命じられ、ミヌーは素直に、壁の前に立つ。その壁には他に男が4人、彼女と同様に並んで立っていた。
     一人は旅の牧師風の、40代半ばの痩せた男。一人はまだ20代前にも見える、みすぼらしい金髪。一人はどこか軟派そうな、赤毛の青年。そして残る一人は、フードを深く被った、いかにも行商人風の男だった。
    「これで全員か?」
    「ああ。この町に今いる余所者は、この5人で全部のはずだ」
    「間違い無いな?」
    「勿論だ」
     仲間内でボソボソと話し合った後、若者の一人が5人に向き直る。
    「単刀直入に聞くぞ。東部から来た探偵ってのは、誰だ?」
    「た、探偵?」
     牧師風の男が、おうむ返しに尋ねてくる。
    「そうだ。ちょっと込み入った事情がこの町に起こってな、それを詮索しようって奴が、東部からはるばるやって来ると聞いたんだ」
    「この町は俺たちのものだ。余所者にあれやこれや尋ねられたり、嗅ぎ回られたりするのは真っ平御免だ」
    「そこでつい最近、この町を訪れたって奴をこうして集めて、『穏便に』諭して帰してあげようってわけさ」
    「な、なら」
     と、牧師がほっとした顔をする。
    「私は見ての通り、旅の牧師だ。探偵なんかじゃない。無関係だよ、だから……」
    「だから?」
     若者の一人がじろ、と牧師をにらむ。
    「だ、だからここから出してくれると、その、穏便にだね、済むわけだ」
    「おいおい」
     また別の若者が、呆れた声を出す。
    「探偵ってのは変装もできるんだろ? あんたが牧師のふりをした探偵じゃないって証拠があるのか?」
    「えっ、い、いやいや、私は正真正銘……」
     うろたえる牧師に対し、若者たちは銃を付き付ける。
    「正真正銘の、何者だ? きちんと証拠、見せてくれよ、な?」
    「少しでも怪しいものがありゃ、……分かってるよな?」
    「ひ、ひえ……っ」
     怯える牧師の両腕を、若者たちががっちりと捕らえる。
    「身体検査だ! 真っ裸にしてやれ!」
    「おうっ!」
     若者たちは牧師の衣服を剥ぎ取り、引き裂き、不審な点がないか確かめる。
    「……うーん?」
    「普通の十字架に、ただの聖書」
    「僧服の中にも、変なもんは無い。強いて言えばこのちっちぇえ拳銃くらいか」
    「ご、護身用だ。旅の途中で襲われることもあるし……」
     牧師の弁解に、若者たちは顔を見合わせる。
    「……よし、お前は白だ。出て行っていい」
    「そ、そうか。……あの、服は」
     ボロボロに引きちぎられた服をつまみ、牧師は悲しそうな声を出す。
    「お前にもう用は無い。さっさとどこへでも行け」
    「い、いや、服を弁償……」
    「あ? 何か言ったか?」
    「い、いえ、……では」
     牧師はボタボタと涙を流しながら、何とか無事に残った十字架と聖書を手に、下着姿でオフィスをとぼとぼと出て行った。
    「さーて、次は……」「ちょっと」
     と、この成り行きを眺めていたミヌーが、彼らに声をかけた。
    「ん? なんだ?」
    「まさかお前が探偵だって言うんじゃないだろうな?」
    「違うわ。探偵なんかじゃない。それとは別の話。
     あんたたち、残ったあたしたち4人の服も、今みたいにむしり取るつもりかしら?」
    「ああ、そうだ。疑いが晴れるまで、きっちり調べさせてもらうぜ」
    「嫌だと言ったら?」
    「無理矢理やるまでだ」
     そう返し、両手をにぎにぎと動かしながらにじり寄ってくる若者に――ミヌーはがつっ、と足を振り上げた。
    「……お、ひょ、……ぉう」
     股間を蹴り上げられ、若者は顔を土気色に変えて倒れ込む。
    「なっ……!?」
    「身体検査されるなんて聞いてないし、お断りよ。
     失礼させてもらうわ」
     ミヌーはそう言って、腰に提げていた拳銃を取り出した。

    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 3

    2013.03.25.[Edit]
    ウエスタン小説、第3話。尋問。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ミヌーはサルーンから大通り、そして保安官のオフィスだった小屋らしきところへと連れて行かれた。「らしき」と言うのは、その小屋はあちこちに穴や血の跡が付いており、とても正義の番人が居てくれていそうな雰囲気ではなかったからだ。 そして事実、保安官バッジを付けた人間は、そこには一人もいなかった。代わりにいたのは、ミヌーを連れてきた若...

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    ウエスタン小説、第4話。
    修羅場くぐり。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     若者たちは拳銃を見た途端、顔色を変える。
    「てめえ……」
     そして一様に、彼らも拳銃を抜く。
    「まさかてめえが、……か?」
    「違うってば。違うけど、無理矢理脱がされて裸にされるのなんて、嫌だもの。
     お金だって、1セントもくれそうにないしね」
    「ふざけんな、勝手なことばかりべちゃくちゃわめきやがって……!」
     若者の一人が拳銃を構え、ミヌーに狙いを定める。
    「それはあんたたちでしょ? ……ねえ、一言だけ忠告しておくけど」
     ミヌーも拳銃を構えつつ、こう続けた。
    「あたしに物騒なものを向けて、無事でいられた奴はいないわよ」
    「抜かせッ!」
     若者はそのまま、拳銃の引き金を絞る。
     が――次の瞬間、若者の拳銃はぼごん、と鈍い音を立てて腔発する。当然、銃を握りしめていた若者の右手も無事では済まず、親指と人差し指が細切れになって吹き飛んだ。
    「う、……あ、あが、ぎゃああッ!?」
    「だから言ったじゃない」
     若者が引き金を引くその瞬間に、ミヌーがその銃口に向かって銃弾を撃ち込んだのだ。
    「さあ、どうするの? このままガンファイト? それとも素直に出て行かせてもらえるのかしら?」
     残った若者たちは、床をのたうち回り悶絶する仲間と、拳銃を向けるミヌーとを交互に見比べるが、それ以上の行動をしない。どうやら怒りと恐れが拮抗し、攻撃をためらっているらしかった。
     それを見抜いたミヌーは、続けざまに弾をバラ撒こうと構える。
     と――ボン、と言う音と共に突然、部屋中に白い煙が上がった。
    「なっ……!?」
    「なんだ、こりゃ!?」
    「げっほ、げほっ」
     突然の煙幕に、ミヌーも困惑する。
    「一体なに、これ……?」「おい、お嬢さん」
     これも突然、彼女の背後から声がかけられた。
    「逃げるが勝ちってヤツさ、一緒に来いよ」
    「え? ……ええ、そうね」
     一瞬戸惑ったが、言う通りである。
     ミヌーは声に従い、そのまま外へと逃げ出した。

    「げほっ、ごほっ、……くっそ」
     煙が薄まってきた頃には既に、連れてきた余所者たちの姿は無かった。
    「逃げられた、……か」
     若者たちは、一斉に顔を蒼ざめさせる。
    「このままじゃ……、まずいぜ」
    「これが知れたら、『ウルフ』の兄貴に……」
     と、部屋の奥から落ち着いた、これも若い男の声が聞こえてくる。
    「ああ、まずいな。非常にまずい」
    「……う……!」
     若者たちは声のした方を振り返り、そして一様に敬礼した。
    「……うん?」
     声をかけてきた男は、いまだ右手を押さえ倒れたままの若者に目を留める。
    「おいおい、大丈夫か?」
    「いてえ……いてえよ……」
    「そりゃ気の毒だな」
     それを受け――「ウルフ」はそのぐちゃぐちゃになった右手を思い切り、踏みつけた。
    「あがっ、あっ、あうあああー……ッ!?」
    「この能無しが」
     グリグリと踏みつけたまま、「ウルフ」は仲間を叱咤する。
    「あんなアバズレの挑発にひょいひょいと乗って、その隙に全員逃がしちまいやがって。
     使えねえなぁ、お前」
     右手を踏みつけたまま、「ウルフ」は拳銃を抜いて彼の額に銃口を当てる。
    「使えない奴は、さっさと処分しないとなぁ」
    「や、やめ……」
     パン、パンと二度銃声が響き、若者は動かなくなった。
    「……っ」
     真っ青な顔を並べる手下たちに、「ウルフ」はこう続けた。
    「俺が何故、こいつを殺したか分かるな?」
    「……」
    「理由は単純だ。使えない。その上、役にも立たない。
     走りもせず人も乗せず、餌ばかり食うだけの駄馬を飼う農場主はいねえだろ? 違うか?」
    「は……はい」
    「仰る通りです」
    「だろう? じゃあお前たちは何だ?」
    「ウルフ」は拳銃を、残る若者たちに向けた。
    「役に立つのか? 立たねえのか? どっちなんだ?
     立つって言うんならとっとと探偵を探して、捕まえるか殺すかして来いよ」
    「は、……はいっ!」
     若者たちは大慌てで、外へと駆け出そうとする。
    「あー、っと」
     と、それを「ウルフ」が止める。
    「その前に、だ。こいつをきちんと片付けとけ」
     そう言ってから、「ウルフ」はようやく踏みつけていた右手から、足を離した。

    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 4

    2013.03.26.[Edit]
    ウエスタン小説、第4話。修羅場くぐり。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 若者たちは拳銃を見た途端、顔色を変える。「てめえ……」 そして一様に、彼らも拳銃を抜く。「まさかてめえが、……か?」「違うってば。違うけど、無理矢理脱がされて裸にされるのなんて、嫌だもの。 お金だって、1セントもくれそうにないしね」「ふざけんな、勝手なことばかりべちゃくちゃわめきやがって……!」 若者の一人が拳銃を構え、ミ...

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    ウエスタン小説、第5話。
    邂逅。

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    5.
    「ふー……」
     保安官オフィスから十分に離れ、裏路地に入ったところで、ミヌーと、共に逃げ出した他の男たちとが、ようやく立ち止まる。
    「いやぁ、助かったぜ。流石に真っ向から煙幕ドカン、ってんじゃバレバレだからな。アンタがちょうど良く暴れてくれたから、うまく行ったってもんだぜ」
    「そりゃどーも」
     馴れ馴れしく手を差し出してきた赤毛の男に、ミヌーは肩をすくめるだけで返す。
    「ありゃ」
    「あたしもあんたも、お互い利用し合っただけでしょ? それでなんで、仲良くしなきゃいけないの?」
    「つれないねぇ。俺にとっちゃ命の恩人なんだし、せめて名前だけでも教えてほしいんだけどなぁ。
     俺の名はアデルバート・ネイサン。アデルって呼んでくれ」
    「あっそ」
     ぷいと顔を背け、立ち去ろうとするミヌーに、アデルは「ちょ、待ってくれよ」と呼びかけた。
    「何よ?」
    「アンタ、もう数日はここに滞在するつもりだろ?
     その格好とさっきの腕を見りゃ、どう考えてもアンタ、賞金稼ぎだ。狙うはアレだろ、『デリンジャー』だろう?」
    「はぁ?」
     振り向いたミヌーに、アデルはまくし立てる。
    「とぼけようったってそうは行かないぜ? 実は俺も、この辺りにそいつが現れたってうわさを聞いたんだ。アンタと同業者なんだよ、俺。
     だからさ、俺とアンタとで一緒に『デリンジャー』探しして、見付けて仕留めるなり捕まえるなりしたら、きっちり賞金を折半! どうだろう?」
    「嫌と言ったら?」
    「話はそれまでさ。それ以上は無い」
     アデルは肩をすくめつつも、なお話を続ける。
    「だけどもさ、さっき捕まった通り、この町にゃ別の、ヤバ気なヤツらもいる。
     この町であれこれ探し物しようとしても、十中八九あいつらが邪魔してくるだろうし、賞金首がこの町にいると知れりゃ、あいつら多分、横取りしようとしてくるぜ?
     ただ単に滞在するにしてもさ、このまま一人でいるってんじゃ、二日と経たないうちにヤツらに捕まってあれやこれや……」「男のくせに、よくもまあそんなにベラベラしゃべれるもんね」
     アデルの話を切り上げ、ミヌーはこう応じた。
    「でもあんたの言うことも、もっともね。一人でブラブラするには、この町は物騒過ぎるわ。それに賞金首がいるって聞いて、それを放っておくなんてもったいないし。
     いいわ、手を組みましょう。賞金はあんたが言った通り、半々で……」
     と、それまで黙っていた他の2人のうち、まだティーンに見える金髪が手を挙げた。
    「お、オレも一枚かませてくれよ! 『デリンジャー』って言や、8000ドルの賞金首じゃねーか! さ、3人で割っても、えーと、一人当たり2000くらいは……」
    「8000割る3は2666ドルだ、アホ。……お前は?」
     名前を聞かれ、金髪はこう答えた。
    「ディーン・マコーレー、に、25さ!」
    「嘘つけ。そのそばかすだらけの真っ赤な頬っぺたで、20超えてるわけねえだろが」
    「……じゅ、19」
    「それも嘘ね。あたしの見立てじゃ、せいぜい16くらい」
    「うっ、……あ、ああ、そうさ。姉御さんの言う通りさ」
     嘘を簡単に見抜かれ、ディーンはしゅんとなる。それを受け、アデルがやんわり諭そうとする。
    「賞金首にゃ多少詳しそうだが、坊やには荷が重い仕事になるぜ? 8000ってのは伊達じゃねえ。これまでに17人を殺した凶悪犯だ。しかもあいつは……」「かっ、覚悟の上だ!」
     ところがディーンは声を荒げ、アデルに食ってかかる。
    「他に金がポンと稼げる手段なんかねーんだ! そ、それともお二人方、この坊やを荒野に置き去りにしようってのか!?」
    「情けないこと言うわね」
     呆れるミヌーに対し、ディーンは開き直る。
    「情けなかろうが何だろーが、生きるためだ! そーやってオレはこの2年、放浪してきたんだ! 笑いたきゃ笑えっ!
     だがな、放浪してた分、腕はそれなりに立つんだぜ! いいのか、いざって時に『ああ、あの坊やを雇っておきゃよかった』って後悔してもよぉ!?」
    「悪いがお断りだ。坊やの腕なんて、たかが知れてる。
     ケガしないうちに、とっととこの町から出て行った方がいいぜ」
    「うー……っ」
     ディーンはそこで口ごもり、それ以上何も言い返さずに走り去っていった。
    「じゃ、決まりだな。よろしくな、……えーと」
    「ミヌーよ。エミル・ミヌー」
    「オッケー、よろしくミヌー」

    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 5

    2013.03.27.[Edit]
    ウエスタン小説、第5話。邂逅。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「ふー……」 保安官オフィスから十分に離れ、裏路地に入ったところで、ミヌーと、共に逃げ出した他の男たちとが、ようやく立ち止まる。「いやぁ、助かったぜ。流石に真っ向から煙幕ドカン、ってんじゃバレバレだからな。アンタがちょうど良く暴れてくれたから、うまく行ったってもんだぜ」「そりゃどーも」 馴れ馴れしく手を差し出してきた赤毛の男に、...

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    ウエスタン小説、第6話。
    サルーン・ミーティング1。

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    6.
     サルーンに戻り、共にカウンターに座ったところで、アデルが話を切り出した。
    「そんで、だ。実はさっき、『デリンジャー』じゃないかってヤツを見付けたんだ。つい、さっきな」
    「ふうん……?」
     と、グラスを磨いていたマスターが苦い顔をする。
    「『デリンジャー』と言うのは……、あの『デリンジャー・セイント』ですか」
    「ご名答。曰く、無差別に人を殺して回り、さらには死体の胸に十字傷と、『この者は行いを欠いた信仰である』とか、ワケ分からん文章を刻んで立ち去るとか。
     ゾッとするほどイカれた野郎だ」
    「聖書にある言葉ね。本来の文章は、ヤコブの手紙第2章17節、『信仰は行いを欠けば死んだものである』よ。
     死体だからつまり、『行いを欠いた(動かない)信仰』ってことなんでしょうね。聞くだけで吐き気がするわ」
    「全くです。……そんな話をされると言うことは、まさか」
    「ああ。この町に来てる」
     これを聞いて、マスターは顔をしかめた。
    「本当ですか」
    「ああ。ついさっき、いかにもそいつだろうってのを見た。恐らく今晩、犠牲者が出る」
    「なんと……」
    「だが心配するな。犠牲者はほぼ間違いなく、『ウルフ・ライダーズ』の連中さ」
    「え?」
     一転、きょとんとした顔をしたマスターに、アデルはこう続ける。
    「その『ついさっき』ってのが――ミス・ミヌーも一緒に連れて来られた――保安官オフィスでの詰問だ。
     そん時に見たんだ、『デリンジャー』を」
    「……そうね。確かにあたしも見たわ。でもそれだけで、あの人がそうだって証拠になるかしら?」
    「なーに、俺の目はごまかされちゃいない。あいつで間違いない。
     そんなわけで、だ。今晩に備えて、今日は早めに……」
     アデルが言いかけたところで、ミヌーは席を立つ。
    「マスター、一人部屋って2つ空いてる?」
    「2階にございます。一泊、1ドル25セントです」
    「じゃ、そこ借りるわ。こいつはもういっこの部屋ね」
    「かしこまりました。こちら、鍵です」
    「ありがと」
     ニヤニヤと目配せをするアデルを一瞥し、ミヌーはすたすたと2階への階段へと歩いて行く。
     その手前でミヌーはアデルに振り向き、にこっと笑って見せた。
    「それじゃ今日は早めに寝るわね。おやすみ、アデル」
    「……ああ、おやすみ。夜9時には起こすよ。晩メシ、食うだろ?」
    「ええ、お願いね」
     そのまま階段を上がるミヌーを見送り、それからアデルはため息をついた。
    「あーあ、あしらわれちまったぜ」
    「金さえ払えばデートでも何でも請ける、と仰っていましたが」
    「はは……、そいつが俺に払える額かは、別の話さ。
     それじゃ俺も寝るとするか。マスター、鍵を」
     アデルも鍵を受け取り、2階へと上がった。



     そして時間は経ち、夜の10時――。
    「よいしょ、……っと」
     昼前にミヌーたちを拘束した「ライダーズ」たちがこそこそと、革袋を荷車に乗せて運んでいた。
     中身は昼前まで、自分たちの仲間だったものである。
    「こいつも災難だったよなぁ」
    「まったくだ。……同情なんかしねーがな」
    「確かにな。あの女にいらねー挑発したのもこいつだし、グラス投げ付けられて鼻血噴いたのもこいつ。滅多やたらに拳銃振り回して右手が千切れ飛んだのもこいつ。
     ……結局、自業自得って奴だ」
    「兄貴じゃねーが、役に立たない上に使えない奴だってのは、確かに言えるぜ。
     今だってこうやって、俺たちの手を焼かせてんだからな」
    「違いねえや、ははは……」
    「ひゃひゃひゃ……」
     とても死体を運んでいる最中とは思えない陽気さで、彼らは荷車を運んでいた。

     その時だった。
     ポン、と乾いた音が、裏路地に短く響く。
    「……なんだ?」
     誰からともなく発せられたその問いに答える代わりに、一人ががくんと膝を着いた。
    「どうした、……!?」
     突然うずくまった仲間の右耳が、どこにも無い。
     そこに空いた大穴からは、ドクドクと赤黒い血が噴き出していた。
    「な、な、なん、っ……」
     叫びかけた仲間も、同様に膝を着く。彼もまた同様に、いつの間にか左耳が弾け飛んでいた。
    「う、撃たれた……!?」「一体、どこから……っ」
     残った2人はただ右往左往するばかりで、拳銃すら取り出せないでいた。

    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 6

    2013.03.28.[Edit]
    ウエスタン小説、第6話。サルーン・ミーティング1。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. サルーンに戻り、共にカウンターに座ったところで、アデルが話を切り出した。「そんで、だ。実はさっき、『デリンジャー』じゃないかってヤツを見付けたんだ。つい、さっきな」「ふうん……?」 と、グラスを磨いていたマスターが苦い顔をする。「『デリンジャー』と言うのは……、あの『デリンジャー・セイント』ですか」「ご名答。...

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    ウエスタン小説、第7話。
    「デリンジャー・セイント」。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     と、そこへ――。
    「隠れてろ、バカ! 荷車の後ろに回り込め!」
     突然かけられた声に、残った「ライダーズ」の2人は慌てて従う。
    「お、おわ、わわわ……」
     彼らが隠れたところで、声をかけた本人――アデルと、ミヌーが現れた。
    「こう言うの、何だっけな? 因果応報って言うのか?」
    「『デリンジャー』風に言うなら、『自分で蒔いた種はまた、自分が刈り取ることになる』、ね」
     二人は暗がりに潜む、硝煙を上げる短銃(デリンジャー拳銃)を握りしめる男に目をやった。
    「僧服、どうしたの? どこかに適当なのがあったみたいね」
    「……」
    「この町にゃ教会はあっても、神父やシスターなんかはいなさそうだからな。その辺りから勝手に取って着てるんだろ。まったく、大した『聖者(セイント)』サマだぜ」
     男は静かに、月明かりの当たる場所まで歩み寄ってきた。
     その男は間違いなく、昼間「ライダーズ」たちに衣服をはぎ取られた、あの牧師だった。
    「私の邪魔をするのか、悪魔共め」
    「するさ。ならず者だろうが善悪の判断も付かないバカな若造だろうが、人が殺されようって時に見捨てられるほど、俺は冷血漢になった覚えは無いからな。
     しかし災難だったな――あんなトラブルさえなけりゃ、俺もアンタが『デリンジャー・セイント』とは気付かなかったよ。
     昼間、アンタがあいつらに剥かれてた時、短銃をあいつらが確かめてたが、単なる護身用のデリンジャーにしちゃライフリングはすり減ってるし、銃口なんかも火薬で焼けた跡があった。相当使い込んでなきゃ、あんな風にはならない。
     おまけに銃身やグリップまで改造してある――あれじゃ、『この銃は殺人用です』と言ってるようなもんだぜ。
     とは言え災難って言うなら、こいつらにとってもだがな。アンタを怒らせたりしなきゃ、こうして狙われることも……」「勘違いをするな、悪魔の手先よ」
    「セイント」は短銃に弾を込め、アデルに向ける。
    「呪われたこの町を救うため、私はやって来たのだ。私に与えられた辱めなど、些細なことに過ぎない。元よりこいつらは、滅するつもりだったのだ。
     この町は血の匂いがあまりにも濃過ぎる。その異臭の源たる悪魔共を、この聖なる銀弾で一匹残らず祓い、滅することが、私に課された使命なのだ。
     邪魔はさせんぞ!」
     そう叫び、「セイント」は――突然、身を翻した。
    「あっ……?」
     てっきりそのまま発砲してくると思い、身構えていた二人は虚を突かれる。
    「う、後ろだーッ!」
     荷車の陰に隠れていた「ライダーズ」たちが叫ぶ。
    「なに……!?」
     二人とも、とっさにその場を飛び退く。次の瞬間、二人の頭があった場所を、銀製の銃弾が飛んで行った。
    「は、速ええ……! ついさっきまでそこにいたのに!」
    「立ち去れ、悪魔よ!」
     上下2発装填のはずの短銃を、「セイント」は立て続けに5発、6発と発砲してくる。
    「指先まで速いわね、……手強いわ」
     ミヌーはかわしざまに拳銃を腰だめに構え、弾倉にあった6発全弾を撃ち尽くす。
     しかし1発も「セイント」に当たることなく、弾は建物の壁や遠くの木に当たるだけだった。
     一方、アデルも両手でライフルを構え、あちこちを走り回る「セイント」に向けて発砲するが――。
    「くっそ……、『セイント』どころか、まるでゴーストだ! 全っ然捉えられねえ!」



    「ははは……! お前たちのような悪魔ごときに、私が屈するものか!
     そろそろ決着を付けてやろう! 主の元へ召されるがいい!」
     ひた……、とミヌーの左肩に、冷たく骨ばった手が置かれる。
    「……!」
     彼女の背中に、「セイント」の持つ短銃がぐい、と当てられる。
     そして間も無く、パン、と乾いた音が、裏路地にこだました。

     ところが――。
    「……な、……なぜだ、主よ。
     私はまだ、使命を、……果たして……」
     どさっと乾いた音を立て、「セイント」はその場に倒れた。
    「『デリンジャー・セイント』だっけ。教えてあげるわ。
     こうやって使うのよ、こう言う小さい銃はね」
     ミヌーはくるりと振り返り、左手に持っていた、硝煙を上げる短銃をくるくると回して見せた。

    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 7

    2013.03.29.[Edit]
    ウエスタン小説、第7話。「デリンジャー・セイント」。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. と、そこへ――。「隠れてろ、バカ! 荷車の後ろに回り込め!」 突然かけられた声に、残った「ライダーズ」の2人は慌てて従う。「お、おわ、わわわ……」 彼らが隠れたところで、声をかけた本人――アデルと、ミヌーが現れた。「こう言うの、何だっけな? 因果応報って言うのか?」「『デリンジャー』風に言うなら、『自分で蒔い...

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    ウエスタン小説、第8話。
    血と暴虐に飢えた狼。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     危険が去ったところで、アデルは隠れていた2人に声をかける。
    「生きてるか?」
    「は、はい」
     二人はガタガタと怯えつつも、アデルの問いかけにうなずいた。
    「で、何しようとするところだったんだ?」
    「え、……それは、あの」
    「その革袋。中身は、誰なんだ?」
    「う……」
     看破され、二人は顔を見合わせた後、大人しく白状した。
    「ひ、昼間、そこの姉御に右手を潰された奴だ。あの後、死んじまって」
    「あれだけで?」
    「い、いや、……あんたらに逃げられた後、すぐに俺たちのボスが来て、とどめを刺したんだ。『役立たずはいらない』って言って」
    「ふーん……、なるほどな」
     続いてアデルは、遠くに見えていた給水塔を指差す。
    「で、あそこに吊るすつもりだった、と」
    「な、何でそれを?」
    「簡単な推理だ。あの給水塔から放射状に、ちょうどこの荷車と同じ幅の轍が、いくつも延びている。
     んで、給水塔の足元には妙に黒ずんだ泥だまりだ。これで誰かを何人も運んであそこに吊るしてると分かんないようじゃ、探偵とは言えないな」
    「え……?」
     これを聞いた二人も、ミヌーも、一斉にアデルへ振り向く。
    「昼間こいつらが捜してるって言ってた探偵って、……まさか、あんただったの?」
    「いや……、それとは多分、違うと思うぜ。俺がこの町に来たのは偶然だよ。本当に『デリンジャー』を追ってのことだし。
     ま、それはともかくとして、確かに俺は探偵だ。東部のパディントン探偵局から来た、正真正銘の探偵さ。賞金稼ぎはその業務の一環ってわけだ」
    「ふーん……。
     それなら昼間の約束って、あれはどうするの?」
    「どう、って?」
    「『デリンジャー』の懸賞金よ。勝手に折半にしていいのかしら、って。後であんたの雇い先から、あれこれ言われたりしない?」
    「ああ……、業務上やむを得なきゃ、人の手を借りてもいいとは言われてるしな。
     どの道、懸賞金を手に入れても俺の懐に入るわけじゃない。給与としてほんの数分の1、入ってくるだけだし。
     半分と言っても4000ドル、大金だからな。局も納得するさ」
    「ならいいけどね。……で、正義の味方なら、今ここで行われようとしてたことについて、何か言うことがあるんじゃない?」
    「そりゃ、勿論。これは明らかに私刑だ。出るところに出て告発すれば、実刑は免れない。……ちゃんと保安官のいる町ならな」
    「……」
     アデルはそこで言葉を切り、「ライダーズ」たちをにらむ。
    「な、何だよ?」
    「聞かせてくれないか? この町にはなんで保安官がいない? 何故、こんな私刑がまかり通ってるんだ?」
    「……『ウルフ』だ」
     二人は恐る恐ると言った口ぶりで、この町に起こった凄惨な出来事を語った。



     このパレンタウンと言う町は、ほんの2年前までは穏やかな、しかし活気のある町だった。
     しかし町にあるうわさが上ったことを境に、それまでの平和は終わりを告げた。とびきりの無法者として名高い、あの「スカーレット・ウルフ」が潜んでいると言うのだ。

    「スカーレット・ウルフ」は、元は南軍の下士官であったが、歳はなんと、現在においてもまだ、30半ばにもならないのだと言う。
     相当若い頃、まだティーンであろう頃から既に並々ならぬ才覚を発揮し、各地で獅子奮迅の活躍。一時期は英雄ともてはやされたが、やがて彼自身の欠陥――極度に残忍で、感情が昂(たかぶ)ると仲間にさえ銃を向ける見境の無さから、彼は軍を追われることとなった。
     その後、彼は西へ西へと流れ、その行く先々である、奇妙な行動を執るようになった。それは言うなれば、「己のカリスマ性と破壊衝動の、執拗な誇示」であった。
     町へ密かに侵入し、そこで若者たちを惹きつけ、惑わし、己の忠実な兵隊に仕立て上げ、やがては町をその私兵によって制圧し、その私兵もろとも破壊する。
     まるで寄生虫のような所業と、それでもなお信奉される不可解な神秘性から、やがて彼は「狼」と呼ばれるようになった。

     その「ウルフ」が、このパレンタウンに現れたのだ。

    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 8

    2013.03.30.[Edit]
    ウエスタン小説、第8話。血と暴虐に飢えた狼。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. 危険が去ったところで、アデルは隠れていた2人に声をかける。「生きてるか?」「は、はい」 二人はガタガタと怯えつつも、アデルの問いかけにうなずいた。「で、何しようとするところだったんだ?」「え、……それは、あの」「その革袋。中身は、誰なんだ?」「う……」 看破され、二人は顔を見合わせた後、大人しく白状した。「ひ、昼間...

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    ウエスタン小説、第9話。
    町を支配する者。

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    9.
     初めに犠牲となったのは、保安官だった。
     まるで愚かな少年たちがいたずら半分で野兎を撲殺するがごとく、保安官は全身にあざを作り、バッジが無ければ判別ができないほどに顔をズタズタに引き裂かれた状態で、給水塔に吊るされていたのだ。
     勿論、こんな凶行があっては村の評判に関わるし、このまま暴力で町を支配されるわけには行かないとして、町民たちはすぐに新たな保安官を立て、事件の解決を試みた。
     しかしそれは、徒労に終わった――新たな保安官も、その助手も、任命されてから2日と経たないうちに、前保安官と同様の状態で、給水塔に吊るされたからだ。

     町民たちの心が折られたのを見透かしたように、若者たちの多くが「ウルフ・ライダーズ」と名乗るようになり、そしてあからさまな凶行に出始めた。
     これまでに吊るされたのは、全部で20名以上。一人ででも立ち向かおうとした町民、平和を願った神父やシスター、さらには仲間だったはずの若者までもが、次々と殺され、給水塔に吊るされていった。
     そしてつい2日前に吊るされたのが、この町の創始者でもある名士、オリバー・パレンバーグ氏である。



    「……で、『ウルフ』の兄貴はそのパレンバーグのおっさんを殺したんだけど、死ぬ間際におっさん、『東部から探偵を呼んだ』って」
    「それで探偵探しか。……で」
     アデルは台車にもたれかかり、続いてこう尋ねた。
    「その『ウルフ』は誰なんだ?」
    「……知らない」
    「は?」
     アデルは再度、若者二人をにらみつける。
    「知らないってことがあるかよ。お前ら今の今まで『兄貴』って呼んでたじゃねえか」
    「いや、本当に分かんないんだ。いつもマスクしてるし」
    「声も町中で聞いた覚え、無いし。突然俺たちの前に現れて、色々命令してくるばっかりで」
    「何だそりゃ……。何でそんな奴の言うこと聞こうと思うかねぇ」
    「し、仕方無いだろ!? 聞かなきゃ殺すって言われるし、それに、あの……」
     二人は口をそろえて、こんなことを口走った。
    「逆らえないような気持ちになるんだ……。この人には絶対逆らえない、って」
    「……眉唾モノだな。まあ、確かに俺も、『ウルフ』は人心を操れるってのは聞いた覚えがあるが。
     じゃあ何だ、お前らは顔も知らないようなヤツに『死体運べ』って言われたから、運んでるのか?」
    「……ああ」
     これを聞いたアデルは、はーっとため息をつき、それから若者二人の頭を、拳骨で殴りつけた。
    「痛えっ……!?」「何すんだよ!?」
    「目ぇ覚ませ、バカども。
     お前ら顔も分からんようなヤツに、死ぬまでこき使われる気か? いいや、このままこき使われてたらお前ら、そう遠くないうちに死ぬぞ。この革袋の中でおねんねしてるヤツみてーにな」
    「うっ……」
    「それでいいのか、お前ら? お前らは牛だの豚だのの家畜じゃねえ、真っ当な人として生まれたんだ。もっと自分の思う通り生きたいと、そうは思わねえのか?」
    「そりゃ、まあ……」
     傍でアデルの叱咤を聞いていたミヌーは内心、アデルの弁舌を評価していた。
    (良くもまあ、これだけ口が回るもんね。
     いいえ、回るだけじゃない。どう説得したらこの、血気盛んで自尊心の高い坊やたちを焚き付けられるか、まるで手に取るように把握してるわ。
     ま、元からこの坊やたちがあまりに素直過ぎる、根っからの間抜けってのもあるだろうけど)
     ミヌーの思った通り、この単純な若者たちは次第に顔を真っ赤にし、怒り出した。
    「……そうだよな、あんたの言う通りだ!」
    「よくよく考えたら、なんであんな奴に付き従わなきゃならねーんだ!」
     いきり立つ二人を、アデルがさらにあおる。
    「そう、その通りだ! 20にもならないうちから他人にへいこらする人生を送るだなんて、西部の男のすることじゃないぜ。
     大体からして、お前らが『ライダーズ』なんて名乗ってこの町を治めようとしたのも、結局はこの町を守りたい、そう言う気持ちからだろう?
     その愛する我が町を今まさに脅かしてるのは、誰だ?」
    「『ウルフ』だ!」「そうだ、『ウルフ』だ!」
    「おう、分かってるじゃねえか! じゃあどうする?」
    「決まってる! あいつの言いなりになってる俺たちの仲間を説得して、『ウルフ』を袋叩きにしてやるんだ!」
    「そりゃあいい! 無法にゃ無法でやり返さなくっちゃな! ……で」
     と、アデルは一転、声を潜める。
    「そのためにはちょっと、策を練らなきゃならない。
     まずはお前らが集められるだけ、『ライダーズ』を集めてくれ。俺が説得して、反旗を翻すように仕向け……、じゃない、味方に付けよう」
     その一瞬の言い直しに、ミヌーは噴き出しそうになった。
    (うふふ……、なーるほど。ついでに『ウルフ』も捕まえて、その懸賞金もブン獲る、と。
     あいつの懸賞金は16000ドル。あたしと折半したせいで出た4000ドルの赤字を、それで補填するつもりなのね)

    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 9

    2013.03.31.[Edit]
    ウエスタン小説、第9話。町を支配する者。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -9. 初めに犠牲となったのは、保安官だった。 まるで愚かな少年たちがいたずら半分で野兎を撲殺するがごとく、保安官は全身にあざを作り、バッジが無ければ判別ができないほどに顔をズタズタに引き裂かれた状態で、給水塔に吊るされていたのだ。 勿論、こんな凶行があっては村の評判に関わるし、このまま暴力で町を支配されるわけには行かない...

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    ウエスタン小説、第10話。
    サルーン・ミーティング2。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    10.
    「ちぇ、見抜かれたか」
     サルーンに戻ったところで、ミヌーはアデルの目論見を看破したことを、本人に伝えてみた。
     するとアデルはぺろっと舌を出し、開き直って見せた。
    「ああ、そのつもりだ。まさか今更アンタに『4000ドルはやっぱり渡せねえ』なんて言えないからな」
    「そりゃそうよ。仮にあんたが、無理矢理そんな話に持ってくつもりだったら、あたしはあんたを撃ってるわね」
    「だろ? そりゃ御免だし、かと言ってこのまま東部に帰ったら、流石にどやされる。
     そんならもう一人賞金首を仕留めて帰れば、金は予定通り納められるし俺の評価も上がる。アンタもさらに8000ドル儲けられる。どこを向いても美味しい話だ。
     ってことで、もう一回手を貸してくれよ」
    「……図々しいったら無いわね。しかもその計算だとあんた、4000ドルもピンハネする気じゃない。
     ま、確かに美味しい話ではあるわね。いいわ、もう一仕事してあげる」
    「ありがとよ、ミヌー。……ふあっ」
     握手を交わしたところで、アデルが唐突に欠伸をする。
    「流石に『デリンジャー』相手で気が張ってたせいか、ちょっと疲れちまったな。明日も早く出るつもりだし、もうそろそろ寝るとするか」
    「そうね。あたしも疲れたわ」
     そう言って両手を上げ、背を伸ばすミヌーを見て、アデルがニヤニヤとした笑顔を向ける。
    「どうだい、多少は気心も知れたわけだし、今夜は一緒の部屋に……」
    「どうだか。あたしにとってあんたは今も、ただのお手伝いでしかないわ。
     おやすみ、アデル」
     ミヌーは昼と同様、ぷいと背を向けて席を立つ。
     背後から、アデルのしょんぼりとした声がかけられた。
    「……ああ、おやすみ。明日は7時に起こすよ」
    「ありがと」



     そして夜は明け、朝――。
    「起きろ! ミヌー、大変だ!」
     アデルが慌てた様子で、ミヌーの部屋の扉を叩いていた。
    「んん……むにゃ……何よ、うるさいわね……」
     部屋の時計を見ると、まだ6時をほんの少し過ぎたところである。
    「ふあ……、何かあったの?」
    「あったなんてもんじゃない! 昨夜の坊やたちが、あの給水塔に吊るされてるんだ!」
    「……えっ?」

     二人が急いで給水塔に向かうと、そこには既に、何人かの町民や野次馬がたむろしていた。
    「……」
     町民たちは無言で、給水塔に吊るされた人間を下ろそうとしている。
     吊るされていたのは、保安官オフィスで死んだ若者と、「デリンジャー」に殺された2人――そしてアデルの言った通り、昨夜アデルの口車に乗せられ、「打倒『ウルフ』」を唱えたあの2人だった。
    「まさか? 昨日の、今日でしょ?」
    「ああ……。俺たちが思っていたよりずっと早く、『ウルフ』は手を回してきたんだ。
     ほんの少しの反発も、反乱も許さないように、……ってな」
     昨晩の、アデルに焚き付けられ意気込んだ二人の顔を思い出し、ミヌーは嫌な気持ちになる。
     そしてそれは、アデルも同様だったのだろう。
    「胸糞悪いぜ……。俺がそそのかさなけりゃ、あいつらはまだ、生かされてたかも知れない」
    「……かもね」
     それ以上何もすることはできず、二人はサルーンに戻った。



     出鼻を最悪の形でくじかれ、二人は黙々と朝食を口に運ぶ。
    「……どうしたもんかね」
     スクランブルエッグをさらい終えたところで、アデルが口を開く。
    「どうもこうも無いわよ。仕掛けようにも、あいつはその度に、人を殺してる。何かする度に人が死ぬんじゃ、やってらんないわよ」
    「……だな。これじゃまるで、俺たちが疫病神だ」
    「実際そうでしょ。あんたがあの二人をあおったのは事実だし、それであいつらは殺されたのよ」
    「……言うな」
     アデルは食後のコーヒーに手を付けようともせず、うなだれている。
     それを見て、ミヌーはこう諭した。
    「あたしたちじゃ到底手に負えないわ。諦めた方がいいわね。あんたも手を引きなさいよ。
    これ以上下手に深入りしたら、今度はあたしたちが吊るされる羽目になるわ」
    「ぐっ……」
     アデルはうなだれたまま、悔しそうにうなった。

     と――落ち込む二人の着くテーブルに、ガタガタと騒々しい音を立てて座り込む者が現れた。
    「よぉよぉお二人さんよ、どうやら大分へこまされちまったらしいな?」
    「あ……?」
    「……あら、あんた」
     喜色満面でテーブルに着いたのは、あの金髪碧眼の小僧――ディーンだった。
    「あそこで皿拭いてるマスターから聞いたぜ、しくじって2人死なせたってな」
    「……おい、小僧」
     アデルが顔を挙げ、ディーンをにらみつける。
    「俺は心底、気分が悪いんだ。そのしまりのねーツラを、とっととどこかへやれ。さもなきゃ俺が死なせるのは2人じゃなく、3人になるぞ」
    「ま、ま、落ち着いてくれよ。ほら、ミヌーの姉御もそんな怖い顔しないでさ」
    「何の用よ? あたし今、とてもじゃないけどデートや仕事なんか、請ける気分じゃないんだけど」
    「そこさぁ」
     ディーンはニヤッと笑い、こう続けた。
    「もしかしたらまだ、『ウルフ』に一発食らわすチャンスが残ってるかも知れないぜ?」

    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 10

    2013.04.01.[Edit]
    ウエスタン小説、第10話。サルーン・ミーティング2。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -10.「ちぇ、見抜かれたか」 サルーンに戻ったところで、ミヌーはアデルの目論見を看破したことを、本人に伝えてみた。 するとアデルはぺろっと舌を出し、開き直って見せた。「ああ、そのつもりだ。まさか今更アンタに『4000ドルはやっぱり渡せねえ』なんて言えないからな」「そりゃそうよ。仮にあんたが、無理矢理そんな話に...

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    ウエスタン小説、第11話。
    町長令嬢の醜聞。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    11.
    「……なに?」
    「ちょっと待って?」
     二人は同時に声を挙げ、そしてミヌーが尋ねる。
    「あんた、『ウルフ』の話をどこで聞いたのよ?」
    「いやー、実はオレも『ウルフ』を追ってあっちこっち旅してたクチでさ。
     で、ここのマスターに根掘り葉掘り聞いたり、町を探し回ったりして、情報を集めてたんだ。
     それでだよ、お二方」
     ディーンはテーブルに身を乗り出し、小声でこうささやいた。
    「ちょっと臭う話をさ、聞いたワケなんだ」
    「臭う話?」
    「ああ。3日前殺されたって言う、この町の大地主で町長でもあったパレンバーグっておっさんのコトなんだけど、そのおっさんには一人娘がいる。
     で、これも聞いた話なんだが、数週間前からその娘さん、誰かにアツくなっちまったとか」
     得意げに話すディーンに対し、二人は冷淡に返す。
    「は?」
    「何の話してんだよ、お前」
    「ま、ま、最後まで聞いてくれよ。大事なのはここからさぁ。
     そんで4日前、つまりパレンバーグ町長の死ぬ前日にだ、町長は娘と大ゲンカしてたらしい。その内容ってのがまあ、屋敷の使用人とかからの又聞きになるんだけど、どうやら娘が誰かと結婚したいって言い出したのが原因らしい。
     そしてその晩に町長は殺され、翌朝になってあの給水塔に吊るされてるところを発見された、……ってわけだ」
    「だから?」
    「分かんねーかなー、つまりさ、その娘のホレ込んだ相手ってのがもしかしたら、『ウルフ』なんじゃないかってコトだよ。
     娘との恋路を邪魔された『ウルフ』は怒りのあまり、町長を惨殺! ああ、何と言う悲劇! ……って話だろ、どう考えても」
    「飛躍し過ぎね。元々、町長は『ウルフ』を捕まえようとしてたんだし、殺されたのはその報復でしょ」
    「それにしたってケンカしたその晩に、だぜ? 偶然にしちゃ、出来過ぎだろ?
     逆に言えばよ、それまでにも町長は『ウルフ』探ししてたはずだろ? じゃあケンカするより前に殺されても不思議じゃない。ところが何だってその日に殺しにかかったか? オレの仮説がたとえ間違いだったとしても、確実にそのケンカの内容に、『ウルフ』を動かすだけの何かがあったんじゃないか、……と、オレはにらんでる」
    「……ちょっとばかし強引な理屈もあるが、確かに臭うな」
     ここまでずっと、むすっとした顔をしていたアデルは一転、真剣な目つきになる。
    「色恋云々は置いといても、詳しく聞いてみるくらいの価値は、確かにありそうだ。
     行ってみるか。場所は知ってるか、坊や?」
    「ディーンって呼んでくれよ、アデルの兄貴。勿論知ってるぜ」
    「よし、行こう。……ミヌー、お前も来るよな?」
    「……ま、行くだけはね。それで結局手がかりがつかめなかったら、あたしはこれっきりにするわよ」
    「ああ、いいとも」



     十分ほど後、三人はパレンバーグ邸を訪れた。
     しかし娘との面会を打診したところ、応対したメイドからはにべもない答えが返ってきた。
    「お嬢様は現在、心労により伏せっておられます。申し訳ありませんが、お通しすることはできません」
     これを受けて、アデルは得意の口を使った。
    「そっか。いや、俺たちはただの余所者なんだけども、何でもつい先日、ここに住んでた町長さんが亡くなったって言うじゃないか。さぞやお嬢さん、悲しんでるだろうと思ってな。
     僭越ながら贈り物でもして、少しでも心の安らぎになればと思ったんだが……、そう言う事情じゃしょうがないな」
    「お気持ちだけ、お伝えしておきます。お心遣い、誠に感謝します」
    「ああ。……で、これも小耳に挟んだんだが、お嬢さん、町長さんとケンカなさったんだって? さぞ心を痛めてるだろうな、謝る機会を永遠に失ったわけだし」
    「ええ、まあ。……内容については、気軽にお話できるようなものではありませんが」
    「ああ、うんうん、そりゃそうだ、そんなのは言っちゃいけねえや。
     しかしそれにしても、町長さんがそこまで怒るような、そんな話だったのかい? 相当カッカしてたって聞いたが」
     当たり障りなく、しかし「これくらいの話はしても大丈夫だろう」と思わせる範囲で、アデルはメイドからそれとなく、状況を聞き出していく。
    「いえ……、内容は本当に言えませんが、私共が傍で聞く限りは――まあ、確かに突然『結婚したい人ができた』と聞かされて、仰天しない親はいないでしょうけど――あれほど激昂されるとは、思いもよりませんでしたね」
    「ふうん……? 相手も当然、その時言ったんだよな?」
    「いえ」
    「ほう? 相手の名前も言ってないのに、結婚したいって言った途端に怒り出したって言うのか?」
    「と言うよりも、私共も旦那様もその際、お相手の名前しか伺っていなかったのですが、その名前を耳にされた途端、旦那様は顔を真っ赤にして、……あ、と」
    「おっとと、危ない危ない。それ以上はこれ、だな」
     そう言って人差し指を唇に当てるアデルに、メイドはクスっと笑った。

    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 11

    2013.04.02.[Edit]
    ウエスタン小説、第11話。町長令嬢の醜聞。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -11.「……なに?」「ちょっと待って?」 二人は同時に声を挙げ、そしてミヌーが尋ねる。「あんた、『ウルフ』の話をどこで聞いたのよ?」「いやー、実はオレも『ウルフ』を追ってあっちこっち旅してたクチでさ。 で、ここのマスターに根掘り葉掘り聞いたり、町を探し回ったりして、情報を集めてたんだ。 それでだよ、お二方」 ディーンはテ...

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    ウエスタン小説、第12話。
    「ウルフ」の正体とは?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    12.
     サルーンに戻ってきたところで、ディーンががっかりした声を挙げた。
    「あーあ、無駄足かよぉ。コレじゃどうしようもないぜ」
     ところが、アデルは活き活きとした目をしている。
    「いや、そうでもないな。かなり人物像が絞れた」
    「へっ?」
     意外そうな顔をしたディーンに、アデルはこう説明する。
    「やっぱり、パレンバーグ町長は『ウルフ』の正体に感づいてたんだ。でなきゃ名前を聞いただけで怒り出すわけが無い。
     そしてその、名前を出された相手は、この町の住人じゃない可能性が非常に高い」
    「どうしてそんなことまで分かるの?」
     ミヌーの問いに、アデルは問いで返す。
    「例えばだ――お前さん放浪歴が長そうだから、ピンとは来ないかも知れないが――親しくしてた近所のお姉さんだかが、これこれ某(なにがし)って相手を好きになったんだ、と告白してきたとする。
     そのお相手が自分も知ってるヤツだったら、『前から怪しいと思ってた』とか、『あの人とだなんて意外だ』とか、そう言う感想を抱かないか?」
    「うーん……、まあ、分からなくはないわね。そう思うかも」
    「だろ? ところがあのおしゃべりなメイド、それについては全く何も言わなかった。お似合いとも、意外だったとも、何の感想も言ってないんだ。
     ってコトはそんな風に思わない、思おうにも何の情報も無い、聞いたことのない相手、つまりこの町の住人であるメイドが知らない相手だったってコトになる」
    「流石ね、探偵さん」
    「どうも。で、ここから突き詰めていくとだ。
     そのお嬢さんの相手ってのはこの町の住人じゃない、即ち余所者だ。しかしその反面、町には頻繁に出入りしてるヤツって可能性が高い。でなきゃホレ込むまでに至るのは難しいからな。まあ、一目ボレって可能性はあるかも知れないが。
     しかしこう考えてみると、昨日の朝の出来事でいっこだけ引っかかってたコトに、一つの解答が付けられるんだ」
    「どう言うこと?」
     再度尋ねたミヌーに、アデルはまたも尋ね返した。
    「保安官オフィスに集められたのは何人だった? そして、そこから俺の煙幕に乗じて、まんまと逃げおおせたのは何人だった?」
    「え……と?」
     昨日のことを思い返し、ミヌーは首をかしげる。
    「そう言えば……、確かにそうね。言われて初めて気が付いた、……と言うか、忘れてたわ」
    「だろ?」
    「何がだよ」
     納得するミヌーに対し、ディーンは唇を尖らせている。
    「お二人ともさ、何の話してんだよ、ソレ」
    「お前さん、算数が本当に苦手と見えるな」
     アデルは呆れた顔をしつつ、こう続けた。
    「5引く1引く3だ」
    「はぁ?」
    「いいか、昨日『ライダーズ』の連中が保安官オフィスに集めてきた余所者は、5人だ。
     そのうち1人、『デリンジャー』は途中で追い出された。この時点で、残るは4人。
     で、ミヌーが暴れた隙に俺が煙幕を使って、そんでこの3人が固まって逃げおおせたわけだ。ここまではお前さんも、覚えてるはずだ」
    「ああ、まあ」
    「計算が合わないと思わないか? 5人集められて、そこから1人追い出されて、3人逃げたんだぜ?」
    「……あ」
     納得したような顔を見せたディーンは、しかしすぐに腑に落ちなさそうな表情になる。
    「でもソレがどうしたんだ? 1人逃げ遅れたアホがいただけじゃないのか?」
    「アホはお前さんだ。あのバカで血気盛んな『ライダーズ』が、おまけにミヌーに挑発された上に、集めた奴らにまんまと逃げられた、……となりゃ、ただ一人逃げ遅れたそいつに何もしないワケが無い。ほぼ間違いなく袋叩きに遭うだろう。
     だが、俺たちは今朝、そいつが何事も無かったかのようにピンピンしてるのを見てるんだ。あの給水塔の前で、野次馬に混じってな」
    「じゃあ、そいつもうまく逃げたんじゃねーのか? オレたちとは別方向に」
    「その可能性も無くはない。しかしもっと不可解なことが、『そいつ』に関係して起こってるんだよ。
     余所者に逃げられたその後すぐ、本当にその直後に、『ライダーズ』が一人殺されている。いくらなんでも『ウルフ』のこの動きは、奇妙なほど早すぎる。
     まるでその失敗を、自分のすぐ目の前で確認していたかのように、……な」
    「……じゃあ、そいつなのか?」
    「ああ、可能性は非常に高い。
     余所者で、かつ、頻繁に町へ出入りする人間。あの保安官オフィスで、『ライダーズ』の失敗をすぐ目の前で見ていた人間――状況的な証拠ばかりだが、それでもあいつが『ウルフ』である可能性を強く示していると、俺は確信している」

    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 12

    2013.04.03.[Edit]
    ウエスタン小説、第12話。「ウルフ」の正体とは?- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -12. サルーンに戻ってきたところで、ディーンががっかりした声を挙げた。「あーあ、無駄足かよぉ。コレじゃどうしようもないぜ」 ところが、アデルは活き活きとした目をしている。「いや、そうでもないな。かなり人物像が絞れた」「へっ?」 意外そうな顔をしたディーンに、アデルはこう説明する。「やっぱり、パレンバーグ町長は『...

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    ウエスタン小説、第13話。
    「スカーレット・ウルフ」。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    13.
     その時だった。
    「いらっしゃいませ」
     マスターの声が聞こえ、三人は顔を挙げ、入口を振り向いた。
    「……っ」
     振り向くと同時に、三人とも硬直する。
     そこに現れたのは、たった今その話をしていた、疑惑の人物――行商人だった。
    「……」
     行商人は深く被ったフードの奥から、ギラギラとした目を三人に向けている。
    「何か……、用か?」
     平静を装い、アデルがそう声をかけたが、行商人は答えない。
    「……」
     彼の後ろからマスクを着けた男たちが、続々とサルーンの中に入ってくる。
     だが、彼らはこの町で好き勝手に振る舞っていた「ライダーズ」と違い、そのほとんどが30、40を超えた、おおよそ青年とは言い難い、中年の男ばかりだった。
    「本隊ってわけか……、『ウルフ・ライダーズ』の」
    「そうだ」
     行商人はそこでようやく口を開き、フードを脱ぎ捨てる。
     そこに現れたのは確かにうわさ通りの、まだ30にも満たなさそうな若い男だった。
    「もっと時間をかけて兵隊を増やしてからこの町を食い潰すつもりだったが、町長のジジイが手を回してたからな。
     それにお前らもウロチョロしてたし、こりゃどうものんびりしてられん、……と思ってな。今日を以て、この町を消すことにした。
     お前らも町民も、一人残らず道連れにする」
    「何故だ? 金だけ奪って逃げりゃいいだろう?」
     アデルの問いに、「ウルフ」はチッチッ、と舌を鳴らした。
    「それじゃ駄目だ。俺のことを少なからず覚えてる奴らが、野放しになっちまう。そうなると後々面倒だ。俺も相当目を付けられてるからな、州軍やら捜査局やら、金目当ての探偵局やらに追い回されることになる。そんなのは真っ平御免だ。
     東洋の言葉にこんなのがある。『立つ鳥跡を濁さず』ってな。ちょっとでも痕跡を残せば、そこから俺の正体に感付く奴も出て来る。だからこれまで、俺は俺がいたって言う証拠を消してきたわけだ。評判以外はな」
    「なんだと?」
     ディーンの顔に、次第に赤みが差してくる。
    「西部じゃもう既に、『スカーレット・ウルフ』は悪魔扱いだ。これ以上の恐ろしい存在はいねえと、皆がうわさしている。
     俺にとっちゃ、それが何より心地いい……! 戦争じゃ人を100人やら200人やら殺しても大した働きと思われなかったが、『ウルフ』を名乗ってからは人口30人、40人足らずの町を潰すだけで、上を下への大騒ぎと来た!
     これだけの爽快感は、他じゃそうそう味わえるもんじゃねえ。これからももっと、俺はこの楽しい楽しい制圧・掃討作戦を続けていく。西部に草一本生えなくなるまでなぁ……!」
     得意げにそう言い放った「ウルフ」に向かって、ディーンが叫んだ。
    「ふざけんなああ……ッ! お前一人愉しむために、オレの町は潰されたって言うのかッ!」
    「なに……?」
     わずかに目を細めた「ウルフ」の前に、ディーンが対峙する。
    「忘れたとは言わせねえッ! オレは2年前にお前らが滅ぼした、バークフォードの生き残りだッ!
     この日をどれだけ待っていたか……! この日のために、オレは何度も地獄をかいくぐって来たんだ!
     ブッ殺してやる、『ウルフ』……!」
    「……ほ、お」
     ディーンの口上を聞いた「ウルフ」は――唐突に笑い出した。
    「……ふ、っ、……ふふ、ふふふ、くくくく、くく、は、アハハハハあ……っ!
     こりゃいい、こりゃ面白えことになったな!? ひっひひ、ひひひ、仇討ちってわけだ、いひひひ、ひゃひゃひゃひゃあ……!」
    「なっ、何がおかしいッ!?」
    「おかしくねえわけがねえだろ、くくく……!
     これだ、これだよ……! こう言う『何としてでも俺を殺してやる』って奴が出て来た時が、一番の幸せなんだよ!
     その負けん気一杯、恨み一杯の奴を」
     そこで言葉を切り、「ウルフ」は拳銃を抜く。
    「こうやって嬲り殺しにしてやるのがなぁッ!」
     そう叫ぶなり、「ウルフ」は引き金を引いた。

    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 13

    2013.04.04.[Edit]
    ウエスタン小説、第13話。「スカーレット・ウルフ」。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -13. その時だった。「いらっしゃいませ」 マスターの声が聞こえ、三人は顔を挙げ、入口を振り向いた。「……っ」 振り向くと同時に、三人とも硬直する。 そこに現れたのは、たった今その話をしていた、疑惑の人物――行商人だった。「……」 行商人は深く被ったフードの奥から、ギラギラとした目を三人に向けている。「何か……、用か...

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    ウエスタン小説、第14話。
    名探偵の登場。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    14.
     ボン、とサルーンの中に重い音がこだまする。
    「……っ!」
     ディーンは胸を押さえ、顔を真っ青にした。
    「ディーン!?」「お、おい……!」
     ミヌーとアデルの二人も顔を蒼ざめさせ、立ち上がる。

     ところが――。
    「あれ?」
     ディーンが唖然とした顔をしつつ、胸から手を離す。
    「オレ、……撃たれてねえ」
    「へ?」「え?」
     一転、ミヌーたちも目を丸くした。
    「……うっ、お、……おお」
     反対に、「ウルフ」がうずくまり、先程まで拳銃を握っていた右腕を、左手で押さえようとしている。
    「している」と言うのは、その押さえようとしている右腕が肘の先からズタズタになり、消し飛んでしまっていたからだ。
    「て、てめ、え……」
     顔中に脂汗を浮かべながら、「ウルフ」は横を向いた。
    「え……?」「まさか?」
    「ウルフ」の視線の先には、先程までずっと下を向き、皿を拭いていたマスターの姿があった。
     そのマスターは今、右手一本でショットガンを構えている。どうやら「ウルフ」がディーンを撃ち殺そうとするその直前に、マスターが「ウルフ」を銃撃したらしい。
    「ようやく正体を現したな、『ウルフ』。いや、ウィリス・ウォルトン」
    「な、に……? 何故、俺の、名前を……っ」
     うずくまったまま尋ねた「ウルフ」に、マスターはニヤ、と笑って見せた。

     次の瞬間、ミヌーもアデルも、ディーンも、そして恐らくは「ウルフ」とその部下たちも、これ以上無いくらいに驚かされた。
     それまでずっと、黙々とカウンターの中に突っ立っていたマスターが、いきなりぐい、と己のヒゲをつかみ、引き千切ったのだ。
    「いてて……、まあ、ちょっとばかり待ってくれ」
     そうつぶやきながら、次にマスターは白髪まじりの頭髪に手をかけ、はぎ取る。続いて蝶ネクタイを緩め、ベストを脱ぎ、緩められた襟元に手を入れて肉じゅばんを取り出し、それまで皿を拭いていたタオルで顔のしわをつるりと拭き取り、そして極め付けにはなんと、急に7インチも背を伸ばして見せたのだ。
     つい先程まで老人だったはずのマスターが、いかにも聡明そうな、しかしどこかひょうきんさも感じさせる、痩せた壮年の男へと変身したのだ。



    「て、てめえ、誰なんだ」
    「東洋のことわざを引用していたが、これは知っているかな? 東洋の狐は人に化けるそうだ。わたしも同じ『狐』なら、他人に化けることなんか造作も無い。
     お前ほどの賢しい奴なら、わたしの正体にもピンと来るんじゃあないかな」
    「狐だと、……! まさかお前が、ジジイに、呼ばれていたのか、っ」
    「その通り。
     このジェフ・パディントン――通称『ディテクティブ・フォックス』が、お前を捕らえに来たんだ」
    「……て、言うか」
     恐らくこの場において最も肝を潰していたのは、アデルだっただろう。
    「局長……、何故、アンタがここにいるんスか」
    「何故ってネイサン、そりゃあわたしが、ここの町長とは古い付き合いだったからさ。
     その旧友が、『どうも最近うちに出入りする行商人が怪しい』と電報をくれたんだ。それを受けたわたしは、彼と、彼の友人だったここのマスターと共謀して入れ替わり、その怪しい行商人や他の町民、客たちをそれとなく監視していたのさ。
     ちなみに本物のマスターは今、わたしの局で局員たちに、コーヒーを振る舞ってくれているはずさ。もっともネイサン、君は『デリンジャー』探しで3ヶ月ほど局にいなかったから、その事情は知る由も無かっただろう。
     さて、『ウルフ』。小賢しいお前のことだ、恐らく今は既にある程度の冷静さを取り戻しており、部下にどうやってこのサルーンを一斉攻撃させようかと、頭の中で算段を練っているのだろう。
     ところが外に待たせているお前の残りの部下は、少なくとも50人はいるはずなのに、何故か彼らは、衣ずれの音一つ発してこない。これは少しばかり、おかしいんじゃあないかな?」
    「……州軍まで、動かして、……包囲し返し、やがったな」
    「なかなか理解が早い。そう言うわけだから、無駄な抵抗はしない方がいいぞ。
     この先散々苦しめられることも、お前なら分かっているはずだ。これ以上苦痛を増やしてどうする?」
    「……く、……そおっ」
    「ウルフ」は顔を土気色にし、その場に倒れ込んだ。

    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 14

    2013.04.05.[Edit]
    ウエスタン小説、第14話。名探偵の登場。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -14. ボン、とサルーンの中に重い音がこだまする。「……っ!」 ディーンは胸を押さえ、顔を真っ青にした。「ディーン!?」「お、おい……!」 ミヌーとアデルの二人も顔を蒼ざめさせ、立ち上がる。 ところが――。「あれ?」 ディーンが唖然とした顔をしつつ、胸から手を離す。「オレ、……撃たれてねえ」「へ?」「え?」 一転、ミヌーたちも目...

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    ウエスタン小説、最終話。
    事件の終わりとコンビの誕生。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    15.
     事件解決から一夜が明け、ふたたびサルーン内にて。
    「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!? じゃあ局長、俺たちより先に『ウルフ』が行商人だって分かってたんスか!?」
     アデルと、そしてミヌーの二人は、パディントン局長から今回の事件のいきさつを聞かされた。
     なんとミヌーたちが訪れるよりもっと早く、局長は「ウルフ」の当たりを付けていたと言うのだ。
    「ああ。しかし残念ながら、町長を含めて4名もの犠牲者を出してしまうとは。
     わたしがここまで出張っていながら、とんだ失態を演じてしまったもんだよ」
    「そうね。名探偵とは言い難い成果だったわね」
     ミヌーの言葉に、局長は顔をしかめる。
    「うーむ……。いや、言い訳するわけでは無いが、あいつも短気過ぎたんだ。
     娘から突然、『ウルフ』と結婚したいから、なんて言われたもんだから、あいつは『娘を獲られるくらいなら』って怒り狂って、一人でライフル片手に乗り込んだそうなんだ。
     歳を考えろ、ってもんだ。60過ぎたじいさんが一人でのこのこやって来て、30はじめの若造に敵うわけが無いと、誰でも分かるだろうに!
     しかも、わたしがこの話を聞いたのが、もう死んだ後だったんだ。どうしようもできなかったんだよ、本当」
    「一体誰から?」
    「半分は『ウルフ』の供述からだが、もう半分はあいつの娘からさ。今頃になって謝りたいと言っていたが、……何もかも遅過ぎたわけだ」
    「有名なパディントン探偵局のやった仕事にしちゃ、案外ずさんなもんね」
     そう返したミヌーに、局長は口をとがらせる。
    「とは言え解決はした。懸賞金もちゃんと出る。局にとってはちゃんと成果は挙げられた。
     ミス・パレンバーグも悲しんではいるが、父親の遺産はかなり大きい。この先も問題なく生きていけるだろう。
     あのディーンとか言う若者も、仇討ちができたから良しとしてるしな。恐らくこの町に残るか、どこかの町に流れ着くかして、後は平和に暮らすだろう。
     犠牲は多かったが、一応解決できたわけだ。……と、そうだ」
     急に局長が、表情を険しいものに変える。
    「ネイサン、君は局に8000ドル上納するところを、4000ドルでごまかそうとしていたね?」
    「う」
     痛いところを突かれ、アデルは苦い顔をする。
    「いや、別に構わんさ。君がわたしの目の前で言ってたように、4000ドルもそれなりの大金だからな。事情も知っているし、その点は不問にしておいてもいい。
     しかしその補填に『ウルフ』を狙おうと言うのは、ちょっとばかり粗忽な作戦じゃあないか?」
    「仰る通りで……」
     赤面するアデルに、局長はこう続けた。
    「君は頭は悪くないが、一人じゃあ突拍子もない、無茶な真似ばかりする。誰かにお目付け役を頼んで二人組で行動した方がいいと、わたしは思うんだがね」
     そう言ってから、局長はミヌーの方に目をやった。
    「……え? 局長さん、それってもしかして、あたしにってこと?」
    「傍で見ていた限りでは、なかなか相性は悪くない感じだったよ。悪くないコンビだ。
     どうだろう、ミス・ミヌー。うちの局で働いてみないかね?」
    「お断りよ。誰かに縛られるのは嫌いなの」
     ばっさり言い切ったミヌーに、局長はこう返してきた。
    「うちで働けば、色々お得なんだがねぇ。
     給金はきっちり出るし、旅費も出す。ひもじい思いを全くせずに、好き勝手に放浪ができると思えば、悪くない話だと思うがね。
     君は口ではイギリスで隠居したいとか言っていたが、まだまだ今のところはこの自由の国、期待にあふれる大地を、勝手気ままに歩き回りたいんじゃあないかな?」
    「……」
     これを聞いたミヌーは、何も言わずサルーンの外に目をやる。
     しばらく間をおいて、ミヌーは目をそらしたまま、尋ねてきた。
    「一つ、聞いていいかしら」
    「いいとも」
    「お給金、いくらかしら?」
    「月給で52ドルだ。いい仕事をすれば昇給もあるし、ボーナスも弾むつもりだよ。積立金もあるから、長く勤めてくれれば本当に、イギリスでの隠居もできるだろうね」
    「……そ」

     それから10分ほど後、局長が作ってくれた朝食を平らげる頃になってから――ミヌーは結局、この打診に応じた。



     この、エミル・ミヌーとアデルバート・ネイサンとの出会いが、後に様々な探偵譚を生み出すこととなるが――それはまた、別の話である。

    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ THE END

    DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 15

    2013.04.06.[Edit]
    ウエスタン小説、最終話。事件の終わりとコンビの誕生。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -15. 事件解決から一夜が明け、ふたたびサルーン内にて。「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!? じゃあ局長、俺たちより先に『ウルフ』が行商人だって分かってたんスか!?」 アデルと、そしてミヌーの二人は、パディントン局長から今回の事件のいきさつを聞かされた。 なんとミヌーたちが訪れるよりもっと早く、局長は「ウル...

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    ウエスタン小説2作目、第1話。
    博打とオカルト。

    1.
     この国で合法的な賭博場、即ち「カジノ」が造られたのは1930年代はじめ、ネバダ州においてのことであるが、当然それ以前にも賭博は広く行われていた。

     そもそも「賭博」というこの行為自体は、この大陸に欧州からの移民が来るよりもっと昔から、世界のあちこちで行われている。
     ちなみに賭博のはじまりは、占いであると言われている。賭博に使用されているダイスも、元は牛骨を使った占いを起源としている。また、トランプも元々はタロットカードに代表される占いの道具であり、これらのことからも占いと賭博との関係は、相当に深い。

     現在においても、「それまで吉か、あるいは凶であるのか分からないことが、数瞬の後にはっきりと示される」と言うこの過程は、占いにも、賭博にも、共通して見られる。
     占いと賭博は、非常に似通っているのだ。



    「これで、私の、勝ち」
     たどたどしい英語でそう宣言された瞬間、男は頭を抱え、椅子から転げ落ちた。
    「うっ……、そだろ……ぉ」
    「まだやるか、ガン、……えー、ガン……マン」
    「や、……やるに決まってんだろッ」
     男はフラフラと立ち上がり、何とかテーブルに着き直す。
    「何賭ける、……マン」
    「ガンマン! ガンマンだ、ド田舎野郎!」
    「お前、もう違う」
     男の前に座る、派手な色をした羽を中折れ帽に載せた、その色黒の男は、ニヤニヤと笑っている。
    「ガン、ここ。私、勝った。ガン、獲物」
    「う……ぐ」
     男は挑発した「羽冠」をにらみつけるが、腰を探っても既に、相棒の姿はそこには無い。
    「次は何、賭ける」
    「……っ」
     男は腰から手を挙げ、自分の胸や尻のポケットを探ったが、1セントの金も出てこない。すべて「羽冠」に奪われたからだ。
    「……ちくしょう」
     男は諦め、席を離れようとした。
     ところが――。
    「チャンスやる」
    「……あ?」
     背中を見せかけた男に、「羽冠」はこんな提案をしてきた。
    「お前、まだ1つだけ、賭けるもの持ってる。
     お前の、命」
    「なんだと……?」
    「お前、命賭けるなら、私も、賭ける、それ」
    「つまり、……お前も命を賭けるって言いてえのか?」
    「そう」
     そう返すなり、「羽冠」はゴト、と男のものだったコルトをテーブルに置いた。
    「負けた奴、頭撃つ」
    「……やってやろうじゃねえか」
     男はもう一度椅子に座り直し――テーブルに散らばっていたトランプをばさっ、と払いのけた。
    「だがもうポーカーは勘弁だ。こいつで勝負しようじゃねえか」
     男はコルトから弾を抜き取り、一発だけ残して弾倉を回す。
    「こいつをこめかみに当てて、互いに一回ずつ引き金を引き合う。運悪く弾が発射されりゃ、そこでジ・エンドだ」
    「いい」
     男の提案に乗り、「羽冠」は1セントをテーブルに置く。
    「順番、これで決める。表、私。裏、お前」
    「いいだろう」
     男はコインをつかみ、親指で弾いた。
     コインはぴぃん、と鋭い音を立てて、バーの天井近くまで上がる。そして落ちてきたコインを男がつかみ、再度テーブルに置いた。
    「表が出たらお前が先に、裏が出たら俺が先に、だな?」
    「そう」
    「……」
     男は手を離す。コインは裏を向いていた。
    「……行くぜ」
     男はコルトの撃鉄を起こし、銃口を自分のこめかみに当てる。
    「頼むぜ……、相棒。俺のところに戻ってきてくれよ。
     俺ともう一丁、暴れ回ろうぜ。な?」
     祈りの言葉を愛銃にかけ、男は引き金を引く。



     パン、と火薬の弾ける音が、バーに響いた。

    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 1

    2013.08.01.[Edit]
    ウエスタン小説2作目、第1話。博打とオカルト。1. この国で合法的な賭博場、即ち「カジノ」が造られたのは1930年代はじめ、ネバダ州においてのことであるが、当然それ以前にも賭博は広く行われていた。 そもそも「賭博」というこの行為自体は、この大陸に欧州からの移民が来るよりもっと昔から、世界のあちこちで行われている。 ちなみに賭博のはじまりは、占いであると言われている。賭博に使用されているダイスも、元は...

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    ウエスタン小説、第2話。
    眉唾な依頼。

    2.
    「そりゃまた物騒な」
     パディントン局長からの話を聞いて、探偵局員アデルバート・ネイサンは眉をひそめた。
    「俺は保安官でも用心棒でも軍人でも無いんですよ?」
    「しかし最善の方法はそれしか無いんだよ。それ以外のアプローチをしたら、ほぼ確実に君は死ぬ」
    「正直、胡散臭いっス……」
    「しかし事実、そいつと接触したガンマン、カウボーイ、用心棒、保安官、軍人、教師、牧師、牧場主、鉱山主、エトセトラ、エトセトラ、……ともかく色んな人間がそいつとテーブルを囲み、ギャンブルし、そして一人残らず死んでるんだ。27人、たった一人の例外も無く、だ。
     だから、そいつと接触した際に君が執るべき行動は一つしか無い。出会った瞬間に撃ち殺すしかないんだよ」
    「まあ、凶悪な賞金首って言うなら射殺もやむなしでしょうけど……」
     アデルは依頼書の人相書きに目を通し、「うーん」とうなる。
    「正体不明の胡散臭いインディアンって感じですけど、ただギャンブルしてただけでしょ、こいつ。しょっぴくだけじゃダメなんスかねぇ」
    「それが大きな問題なんだ。彼と卓を囲んだ27人全員が死んでいるわけだからね。
     彼自身に殺意が無いとしても、これだけ死者が出ているのだから、野放しにできない。クライアントもそう思っているからこその、この依頼なんだよ」



     依頼書の内容は、次の通りである。
    「近年、我が州およびその近隣州を徘徊する一人のインディアンによって、我が州各市町村で数多くの死亡者が発生している。
     目撃者によれば、『本人は賭博行為を行っただけ』とのことではあるが、彼と賭博を行った者は例外なく死亡していることから、彼自身が殺害した、あるいは殺害に関与した疑いが強い。
     そこで並々ならぬ実績を持つ貴君に、件の『デス・ギャンブラー』の捜索、および拿捕ないしは殺害を依頼したい。
     報酬は州が彼に課した懸賞金12000ドルと、私個人からの謝礼金3000ドルとする。

    A州知事 ……」



    「頼むよ、知事とは……」「はいはい、『昔からの付き合いなんだ』、でしょ? 素敵なご友人がいっぱいいらっしゃるのね」
     エプロン姿の女性が、コーヒーを盆に載せてやって来た。
     新しくパディントン探偵局の一員となった賞金稼ぎ、エミル・ミヌーである。
    「そうとも。だからこそこの探偵局もここまで大きくなったわけだ、うははは……」
     エミルの皮肉をものともせず、局長は高笑いして見せる。
    「はあ……。
     で、こいつに何を頼んでるの?」
     エミルはコーヒーを配り、アデルを親指で差す。
    「西部の、かなり西の方で話題になってる賞金首を仕留めてきてほしいのさ。君も『デス・ギャンブラー』のうわさを聞いたことはあるだろう?」
    「ええ。とんでもなく強いんですってね。銃や腕っ節じゃなく、博打の方だけど」
    「その通り。しかしその強さは、何と言うか……、あまりにも呪われた強さなんだ。
     さっきも話した通りだが、こいつは27人の人間を死に追いやっている。それも白人ばかりをな」
     これを聞き、エミルの鼻がぴく、と動く。
    「『ギャンブラー』はインディアン風の男だって話だけど、それを考えると死人が白人ばっかりって言うのも怪しいわよね」
    「ああ。しかも死者27名に、それ以外の共通点は無い。
     我々でその27名に対し身辺調査を行ってみたが、まったく関係性が無かったんだ。一番近い2人の住所を見ても、17、8マイルは距離が離れている。
     まあ……、もう一つ、共通点としてはだ」
    「全員『ギャンブラー』と博打してる最中か、その直後に死んでるんだよ。確かに『死神(デス)』だな、こいつは。
     とは言えですよ、局長。博打やってるだけで死ぬなんてこと、有り得るんスかね」
    「今は何とも言えん。そこは実地で調査しなけりゃ、結論は出んよ」
    「……ま、業務命令ならどこでも行きますよ。イギリスだろうとインドだろうと、ニッポンだろうと」
     アデルは肩をすくめ、コーヒーを一気に飲み干した。
    「頑張ってねー」
     エミルはそう返し、そそくさとその場を離れようとする。
     しかしそれを見逃す局長ではなく――。
    「君もね」
     局長はエミルの肩をつかみ、にこやかに微笑んできた。
    「……はーい、はい」
     エミルもアデル同様、肩をすくめて見せた。

    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 2

    2013.08.02.[Edit]
    ウエスタン小説、第2話。眉唾な依頼。2.「そりゃまた物騒な」 パディントン局長からの話を聞いて、探偵局員アデルバート・ネイサンは眉をひそめた。「俺は保安官でも用心棒でも軍人でも無いんですよ?」「しかし最善の方法はそれしか無いんだよ。それ以外のアプローチをしたら、ほぼ確実に君は死ぬ」「正直、胡散臭いっス……」「しかし事実、そいつと接触したガンマン、カウボーイ、用心棒、保安官、軍人、教師、牧師、牧場主、...

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    ウエスタン小説、第3話。
    おしゃべりな仕立て屋。

    3.
    「2ヶ月ぶりの空気ね」
    「ああ。喉にくるな」
     駅を出た二人は、久々に荒野の光景を目にしていた。
     エミルも探偵局で見せていたエプロン姿では無く、一端の賞金稼ぎと一目で分かる出で立ちに戻っていた。
    「で、最後の目撃情報があったバーって、どこって言ってたっけ?」
    「あっちだ。あの、……ありゃ?」
     アデルが指差した建物には窓と言う窓に板が打ち付けられ、ドアにも大仰な閂が仕掛けられている。
    「閉店しちまった、……みたいだな」
    「そりゃまあ、陰気な事件が起こったバーなんて、誰も行きたがらないでしょうからね」
    「……とりあえず、聞き込みだな」

     二人はバーの隣にあった仕立て屋に入り、話を聞いてみた。
    「ああ……。お隣さん、ね」
    「何かあったのか? いや、血なまぐさいことがあったのは分かってるんだが、他に何か?」
    「あったとも。いやいや、あったなんてもんじゃない。むしろ起こしたんだよね、お隣さんが」
    「うん?」
     仕立て屋の主人は商売道具の定規で額をこすりながらこの町、カーマンバレーに起きた凶事について語った。
    「一週間前になるかな、……いや、その前から話をした方がいいかな。
     そう、きっかけは一ヶ月前に現れた、あのインディアンだったんだ。服装こそほとんど、良く見る放浪者と一緒なんだけど、帽子が奇抜な奴でさ。
     元は普通の中折れ帽だったっぽいんだけども、あっちこっちに赤かったり白かったりの羽をベタベタくっつけててさ。とんでもないセンスだなー、と思ったよ、マジで。
     だけどもっととんでもないことは、そいつが町に来た、その晩に起こったんだ。夕方くらいにバーに入ってきた、いかにもワルそうな放浪者の兄(あん)ちゃんが、そいつとポーカーしようってことになったんだよ。
     ところが『羽冠』の野郎――20戦くらいしたのかな――それを全部だ、つまり全勝しちまいやがったんだ。しまいには相手が大事そうにしてたコルトまで奪い取っちまって、もうその兄ちゃんはお冠だ。
     で、ここからが悲惨な話になるんだが……」
     エミルもアデルも、揃って「ようやくかよ」とは思っていたが、口には出さないでおいた。
    「『羽冠』の野郎が命を賭けようって言い出したんだ。頭に来てた兄ちゃんは当然、それに乗った。
     で、賭けの方法自体は兄ちゃんの思い付きっぽくてな、コルトに弾一発だけ込めて、自分のこめかみに銃口当てて引き金を引いて、弾が出たら負け、……って話だった」
    「……賭けになるの? リボルバーだったら弾倉から弾、見えるじゃない」
     突っ込んだエミルに、仕立て屋は肩をすくめて返した。
    「もう夜になってたからなぁ。カウンターに付いてたガス灯以外には灯りは無かったし、銃の形は分かっても、弾倉のどこに鉛弾が突っ込んであるのかまでは、見えなかったんじゃないかな。
     兄ちゃん自体、相当カッカしてたみたいだし、どっちにしたって目に入って無かったかもな」
    「そんなもんかしらね」
    「ま、ともかく賭けは行われたんだが、コイントスで後先決めて、一発目は兄ちゃんってことになった。
     で、自分のこめかみに銃を突き付けて、引き金を絞って、……で、一発目でズドンだ」
    「マジかよ」
    「マジもマジ、この目で見てたんだから。後片付けも手伝ったしね。
     ともかく勝負は『羽冠』の勝ちだ。残った鉛弾とコルトを持って、『羽冠』はさっさと店を出て行っちまった。
     それでさ、当然次の日は店が開けなかったし、死人が出たってうわさも広まって、客がぱったり来なくなっちまったんだ。
     もうマスター、がっくり落ち込んじゃっててさ。店の酒を片っ端から開けて、ヤケ酒飲んでたんだが……」
     と、ここでおしゃべりな仕立て屋は突然、声のトーンを落とした。
    「次の悲劇がその翌週、つまり今から三週間前に起こったんだ」

    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 3

    2013.08.03.[Edit]
    ウエスタン小説、第3話。おしゃべりな仕立て屋。3.「2ヶ月ぶりの空気ね」「ああ。喉にくるな」 駅を出た二人は、久々に荒野の光景を目にしていた。 エミルも探偵局で見せていたエプロン姿では無く、一端の賞金稼ぎと一目で分かる出で立ちに戻っていた。「で、最後の目撃情報があったバーって、どこって言ってたっけ?」「あっちだ。あの、……ありゃ?」 アデルが指差した建物には窓と言う窓に板が打ち付けられ、ドアにも大仰...

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    ウエスタン小説、第4話。
    3人のヒットマン。

    4.
    「酒浸りになってたマスターんとこに、賞金稼ぎが訪ねてきたんだ。
     何でもあの『羽冠』の野郎、『デス・ギャンブラー』なんて大層な仇名が付いてるらしいな。で、賞金稼ぎはそいつを狙ってこの街に来たんだが、それを聞いたマスターは大喜びさ。
     そりゃ、自分の店を潰した奴をブッ殺してくれるってんなら大歓迎だろうしな。そんなわけで、マスターは自分の持ってる情報をその賞金稼ぎに伝えた。
     ま、その『羽冠』なんだけどな、町にはたまーに顔を出して干し肉を買う程度で、寝床は町の外にあるっぽいんだ。それを教えたら、賞金稼ぎは『当たりは付いた』って言って、そのまま町の外に出て行って、……それっきりさ」
    「それっきりって、戻ってこなかったってこと? じゃあ、その賞金稼ぎ……」
    「『羽冠』を仕留めてさっさと離れたか、それとも返り討ちに遭ったか。
     だが前者でないことは、それから3日後に分かった。『羽冠』の野郎が平然と、町に干し肉とバーボンを買いに来たからな」
     仕立て屋は額をこするのをやめ、定規をぽい、と机に投げる。
    「そんで同じ日、最初に死んだ兄ちゃんの親友だって男が、仇討ちを宣言してこの町に来たんだ。で、賞金稼ぎと同じことを聞いて、同じように町を出て行った。
     そしてそいつも、それっきり、だ」
     これを聞いて、アデルが状況を読む。
    「その親友の男も、同じように戻ってこないってことは……」
    「ああ。間違いなく『羽冠』は、そいつをも返り討ちにしちまったんだろうな。
     それでいてあいつは、これまで通りに干し肉とバーボンを買っていきやがる。ふてぶてしいったらないぜ、まったく!
     町のみんながみんな、そう思ってたし、何よりマスターは心底、頭に来てたんだろうな。ついにショットガン持って、マスターは『羽冠』のところへ行っちまったのさ。
     ……そしてそれが」
    「一週間前のこと、ってわけね」
     仕立て屋はエミルの言葉に、無言でうなずいた。
    「これであいつに関わって死んだのは、30人って大台に乗ったわけか。……いや、きっと公になってない分も含めれば、もっと多くの人間が犠牲になっているんだろう。
     何としてでもその『羽冠』、捕まえなきゃならないな。……だが」
     アデルは腕を組み、ぶつぶつと独り言を唱える。
    「気になるのはその3人が、帰ってこないことだ。3人が3人とも、きっと武装していたはずだ。そして当然、それを使うつもりだったのは、間違いない」
    「そりゃまあ、そうでしょうね」
    「だが使ったってんなら、例え最終的には返り討ちにされたとしても、多少なりとも被害を与えてしかるべきだ。
     なのに『羽冠』はピンピンしてて、普通に酒と肉を買いに来たってんだろ? そりゃ大分、不自然だと思うがなぁ」
    「……確かに、言われてみればそうだな。ケガしてた感じは無かった」
    「となると『羽冠』は博打だけじゃなく、銃だか何だかの腕もいいってことになるな」
    「あるいは、襲ってきた奴らと博打やって勝った、ってことかもね」
     エミルの言葉を、アデルと仕立て屋が同時に首を振って否定した。
    「無い、無い」
    「仇や賞金首を目の前にして、わざわざそいつと博打するわけないだろ?」
    「……ま、そうね。じゃあやっぱり、凄腕ってことよね」

     仕立て屋を後にした二人は町を出て、「羽冠」の居場所を探すことにした。
    「当てはあるの?」
    「勿論。まず、『羽冠』はちょくちょく飯と酒を買いに来るって話だから、そう遠くないところに住処があるってことだ。
     そして買い物の内容からして、家族や飼ってる牛馬がいないのも明白。それに放浪してるって話だから、まともな家や住処は無いと見て間違いないだろう。
     となれば居場所は、徒歩で行ける距離にある――そうだな、男の足なら最大5~6マイルってところか――手ごろな掘っ建て小屋か、洞窟ってところだな。
     後は町の外、同じ方向に足跡が何筋も伸びてれば、それを追うだけだ」
    「流石ね」
     そしてアデルの推理通り、町の北側から外に向かって、男のものらしい足跡が何往復も伸びている。
     二人は早速、その跡を追うことにした。

    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 4

    2013.08.04.[Edit]
    ウエスタン小説、第4話。3人のヒットマン。4.「酒浸りになってたマスターんとこに、賞金稼ぎが訪ねてきたんだ。 何でもあの『羽冠』の野郎、『デス・ギャンブラー』なんて大層な仇名が付いてるらしいな。で、賞金稼ぎはそいつを狙ってこの街に来たんだが、それを聞いたマスターは大喜びさ。 そりゃ、自分の店を潰した奴をブッ殺してくれるってんなら大歓迎だろうしな。そんなわけで、マスターは自分の持ってる情報をその賞金...

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    ウエスタン小説、第5話。
    探偵業のABC。

    5.
     北へと続く足跡を確認しながら、アデルがつぶやく。
    「残り具合から見るに……、10往復は超えてるな。確かに仕立て屋のおっさんが言ってた通り、1ヶ月は滞在してるみたいだ」
     このつぶやきに、エミルが感心して見せる。
    「伊達に探偵なんて名乗ってないわね。他に何か分かることは?」
    「ん? そうだな……」
     エミルの反応に気を良くしたアデルは、途端に饒舌になる。
    「足跡の間隔からして、『羽冠』は身長60~63インチ、体重は140~145ポンドくらいだな。
     間隔の短さから、チビだってことは大体見当が付く。一方で、足跡が左に寄ったり、右に寄ったりでよたよたとしてるが、酔っぱらっているにしちゃ爪先の方向が一定で、しっかり定まっていることから、そうでは無いと分かる。
     となるとこれは、太鼓腹を抱えてがに股気味に歩いていることを示唆している。このカチカチに乾いた地面でもしっかり跡が残っているし、相当デブだってことは間違いない」
    「へぇ。他には?」
    「他には、……そうだな、靴底の形が妙にいびつだ。何度か直してるらしい。だが職人がこんなツギハギみたいな汚い直し方するわけ無いし、となると自分で直したんだろうと言うことが分かる。割と器用なタイプだな」
    「ふーん」
    「えーと、そうだな、他には……」「あのね」
     足跡にばかり目を向けているアデルの襟を、エミルがぐい、とつかんで引き上げた。
    「ぐえっ、……な、何すんだよ!?」
    「後ろ」
    「え?」
     アデルが振り向いたところで――彼は後方の岩陰に、誰かが慌てて隠れるのを確認した。
    「推理眼を披露するのは結構だけど、尾行に気付かないようじゃ、探偵失格なんじゃない?」
    「……耳が痛いね」
     アデルは首をさすりながら、岩陰へと声をかけた。
    「俺たちに何か用か?」
    「……」
     答えない尾行者に、今度はエミルが話しかける。
    「別に何もしないわよ。目的も一緒なんだろうし、一緒に来た方がいいんじゃない?」
    「……あ、はい」
     岩陰からおずおずと現れたのは、まだ15、6歳くらいの、赤毛と金髪の中間くらいの髪色の少女だった。
    「あの……、目的が一緒、って言うのは?」
     尋ねた少女に、エミルが答える。
    「こんな荒地にハイキングしに来るなんて、そんな酔狂な人はそうそういないわよ。大方、『羽冠』に会いに来たってところでしょ?」
    「は、はい。そうです」
     うなずいた少女を見て、アデルはエミルに向かって肩をすくめた。
    「……探偵顔負けだな。お前も相当の推理力を持ってるよ」
    「どうも」

     少女から詳しく話を聞いてみたところ、やはり「羽冠」に会いに来たのだと言う。
    「じゃあ、3日前に街を出たマスターは……」
    「はい。わたしの父です」
    「やっぱりね。で、3日も戻ってこないから、もしかして……、って?」
    「……はい。でも」
     少女は顔をこわばらせ、こう続ける。
    「もしかしたら、そうじゃないかも知れないし、だとしたら、何で戻ってこないのかって」
    「……君には悪いと思うが、十中八九、お父さんは」「アデル」
     アデルの言葉を遮り、エミルが尋ねる。
    「希望を持つのは大事だけど、それを裏切られた時の覚悟は今、しておいた方がいいわよ」
    「分かってます」
    「本当ね? 『羽冠』のところへ乗り込んですぐ、お父さんと、……いいえ、お父さん『だった』ものと出会ってしまっても、泣き叫んだりしないって、誓える?
     悪いけど、あたしたちは仕事で『羽冠』を捕まえに行くの。だから、あなたをなだめる余裕は無いわよ?」
    「……はい。誓います。ご迷惑は、絶対にかけません」
    「いいわ。それなら付いてらっしゃい。
     あたしはミヌー。エミル・ミヌーよ。そっちの探偵さんは、アデルバート・ネイサン。通称アデル」
    「よろしく」
     アデルの差し出した手を握りながら、少女も自己紹介した。
    「マゴット・レヴィントンです。マギーと呼んでください」
    「よろしくね、マギー」

    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 5

    2013.08.05.[Edit]
    ウエスタン小説、第5話。探偵業のABC。5. 北へと続く足跡を確認しながら、アデルがつぶやく。「残り具合から見るに……、10往復は超えてるな。確かに仕立て屋のおっさんが言ってた通り、1ヶ月は滞在してるみたいだ」 このつぶやきに、エミルが感心して見せる。「伊達に探偵なんて名乗ってないわね。他に何か分かることは?」「ん? そうだな……」 エミルの反応に気を良くしたアデルは、途端に饒舌になる。「足跡の間隔か...

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    ウエスタン小説、第6話。
    敗北者たちの末路。

    ※注意! 猟奇的描写有り!

    6.
     マギーと共に、さらに1マイル半ほど歩いたところで、一行は丘の上に小さな小屋があるのを見付けた。
     そしてそこへと足跡が伸びているのを確認し、エミルとアデルは無言でうなずき合う。
    「……と」
     きょとんとしているマギーを見て、エミルはここからの段取りを、彼女に耳打ちした。
    (間違いなく、『羽冠』はあそこにいるわ。でも万が一ここで逃げられたら、もうカーマンバレーに戻ってこないかも知れない。そうなったら全部無駄になるわ。
     だから気付かれないようにそっと近付いて、縄を使って縛る。もし抵抗するようなら、拳銃も使うつもりだから。
     あなたも気付かれないように、そっとあたしたちに付いてきてちょうだい。でも巻き込まれないように、ある程度の距離は取ってね)
    (分かりました)
     三人は静かに歩を進め、ゆっくりと小屋に近付く。
    「……」
     その途中で――三人ともが顔をしかめた。
    (……イカれてるわね)
    (ああ。自分の寝床のすぐ側だぜ)
    (ひどい……)
     身ぐるみはがされ、裸になった男の死体が2つ、丘の中腹に転がっていた。
     どちらも死後既に数日、あるいは十数日は経過しているらしく、その半分は腐り、残りの半分は野獣に食われて白骨化していた。
    (獲るもんだけ獲って、適当に投げ捨てたって感じだな)
    (反吐が出そうな奴ね。……あ)
     エミルがマギーの方を振り向くと、彼女は口を押さえて震えていた。
    (……え、エミルさん、わたし)
     顔を蒼くするマギーを見て、エミルがす、と掌を彼女の目にかざした。
    (手を引っ張っててあげるから、目を閉じてなさい)
    (す、すみません)
     死体を迂回し、どうにか小屋の扉前に到着したところで、アデルがドアノブに手をかける。
    (いいか? 1、2の3、で俺が中に入って捕まえる。エミルは銃を構えて牽制してくれ。
     もし奴が抵抗しそうなら、構わず撃て)
    (了解)
     エミルはマギーの手を握ったまま、腰のホルスターから拳銃を取り出し、撃鉄を起こす。
     それを確認し、アデルが左手でカウントする。
    (1、 2の、……3!)
     勢い良くドアを開け、アデルが踏み込む。
    「大人しくしろ! 手を挙げ、……っ」
     中に入ったところで、アデルが絶句した。
    「アデル!?」
     危険を察知したエミルも、マギーから手を離して中に押し入る。
    「……!」
     そして中に入ったところで、エミルも同様に絶句した。

    「……また『肉』が来たか」
     中にいたのは、確かに「羽冠」だった。
     だがその他に4匹――獣臭をつんと漂わせた野犬が、舌を出して彼の前に座り込んでいる。
     そしてそれを囲むように、何かの「塊」が横たわっていた。
    「……て、……め、え」
     アデルは顔を真っ蒼にしながら、背負っていた小銃を構える。
    「外の2人も、てめえが『捌いた』のか?」
    「そう。邪魔だった。埋めるの、面倒だった」
    「野犬を手なずけてまで?」
    「『肉』をやったら懐いた。色々便利だった」
    「……ここまで吐き気を催すのは、入局した時、レスリーの野郎に紅茶だと騙されてスピリット一気飲みさせられた時以来だぜ。
     エミル、……構やしねえ! 撃て!」
    「言われなくても!」
     二人は怒りに任せ、それぞれ銃を撃った。
     だが――エミルが6発、アデルが5発撃ったところで、またも二人は愕然とさせられた。
    「……何だと!?」
    「あ、……当たった、はずよね?」
     野犬4匹はこの一瞬ですべて倒れたが、肝心の「羽冠」は平然と座っている。
    「違う。当たらなかった」
     そう返し、「羽冠」は懐からバーボンの瓶を取り出し、ぐい、と一口呑み込む。
    「ふ、……ふざけんなッ!」
    「気が済むまで、撃てばいい。
     だが私には、当たらない」
    「……っ」
     二人は銃を構えはするものの、自分たちの攻撃が命中する気がまったくせず、撃つ気力が湧いてこない。
    「……くそッ」
     アデルは小銃を下げ、忌々しげに唾を吐く。
    「やめなさいよ、みっともない」
     エミルも拳銃の撃鉄を倒し、静観する。
    「そうね、当たりそうに無いわ。これ以上は弾の無駄ね。
     でも、あたしたちはあなたを捕まえに来たの。大人しく捕まってくれる気は、あるかしら」
    「無い」
    「羽冠」ににべも無くそう返されるが、エミルは食い下がる。
    「じゃあ、どうやったら捕まってくれるかしら」
    「私に言うこと、聞かせられるのは、神の他には、これだけ」
     そう言って「羽冠」は、懐からカードを1セット取り出して、空になっている皿の上に置いた。
    「私が聞くのは、神の言葉と、博打の結果だけ」
    「あ……? 聖職者気取りかよ、異常者の癖しやがって」
     毒づくアデルに、「羽冠」は鋭く「違う」と言い返した。
    「私は占い師だ。私の占いに神の声、宿る」
    「どうでもいいぜ、んなこと。
     ……合点が行った。誰も彼もてめーみたいなイカレ野郎と、何で博打なんかやるんだと思ってたが、つまりこう言うわけだ。
     それ以外にお前をブッ倒せる方法が無い、……ってことか」
    「そう。多分。でも誰も、勝ったこと、無い。
     この40年間」

    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 6

    2013.08.06.[Edit]
    ウエスタン小説、第6話。敗北者たちの末路。※注意! 猟奇的描写有り!6. マギーと共に、さらに1マイル半ほど歩いたところで、一行は丘の上に小さな小屋があるのを見付けた。 そしてそこへと足跡が伸びているのを確認し、エミルとアデルは無言でうなずき合う。「……と」 きょとんとしているマギーを見て、エミルはここからの段取りを、彼女に耳打ちした。(間違いなく、『羽冠』はあそこにいるわ。でも万が一ここで逃げられた...

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    ウエスタン小説、第7話。
    博打の始まり。

    7.
     アデルの推理は残念ながら1点、外れていた。
     アデルは「羽冠」の体格を小柄な肥満体と考えていた。しかし実際の「羽冠」は、確かに身長こそ低かったが、その体はげっそりと痩せていた。
    (なるほど、そりゃ体が重たくもなるわな。貴重品やら武器やら、あれこれ身に着けて放浪してるってことか。
     この小屋の中を見ればもっとはっきり推理できただろうが、……いや、そりゃもう推理じゃねーな)
     博打に臨むにあたって、まずエミルたちは「羽冠」に、小屋の中を掃除させた。これ以上マギーを外に置いておくわけには行かなかったし、と言って、中の惨状をまだ若い彼女に見せるわけには行かなかったからである。
     もう一つの理由として、「羽冠」からの妨害や、いわゆる「イカサマ」の可能性を封じておきたかったからである。この小屋はずっと「羽冠」が使っていた、いわば相手のテリトリーである。前もって洗っておかなければどんな邪魔が入るか、洞察に長けたエミルたち二人であっても予測しきれないためだ。
     更にもう一つ挙げるとするならば――エミルたちが踏み込んだ時、小屋の中にはいかにも呪術に使われそうな、怪しげな道具があちこちに置かれており、「何をされるか分からない」と言う懸念、おそれが強かったのだ。
    「片付けた。中、もう血の匂いしない」
    「ば、バカ! 黙ってろ!」
    「……」
     マギーは顔を真っ蒼にして、小屋の隅にうずくまっている。どうやら小屋の外で、エミルたちの会話を聞いていたらしい。
    「マギー」
    「……」
    「その……」
    「……」
     マギーの目に光は無い。相当なショックを受けているようだった。
    「……仇は、取るわ」
    「……」
     マギーはこくんとうなずき、そのまま膝に顔を埋めてしまった。
    「賭け、何にする?」
    「そうだな……」
     アデルはカードを手に取り、軽くシャッフルしつつ答えた。
    「ポーカーはどうだ?」
    「それも決める。私が聞いたのは、賭けるもの」
    「……ああ、そうだよな。それも決めなきゃな。
     俺たちが勝てば、お前の身柄を確保させてもらう。そのまま州立刑務所に引きずって行くからな」
    「分かった」
     あっさりと応じられ、アデルは面食らう。
    「いいのかよ? 俺たちがいきなり勝ったらお前、あっさり絞首刑だぞ?
     ギャンブルで人を殺したって話はまだ疑いの範疇だが、それよりもはっきり、3人の人間をバラバラにして犬に食わせるなんてクソみたいなことを、俺たちの目の前でしてやがったからな。
     俺たちの証言だけでも実刑は確実だ。その上余罪がはっきりすれば、終身刑や極刑は免れないだろう。それを分かってて、いいって言ってんのか?」
    「一回でも負けることがあるなら、私は受け入れる」
     これもまた、「羽冠」はあっさりと言ってのけた。
    「……チッ」
    「私が勝てば、一局ごとに100ドル」
    「いいだろう。……いや、待て」
     アデルは財布を尻ポケットから出し、中身を確認する。
    「……悪い。金はあまり持ち合わせてない。他には無いか?」
    「では、まずはお前のガンからもらう」
    「分かった。それでいい」
     アデルは背負っていた小銃を床に置き、テーブルに着く。
    「さっきも言った通り、ポーカーで構わないか?」
    「いい」
    「エミル、一緒にやるぞ」
    「ええ」
     エミルもテーブルに着き、続いて「羽冠」も座る。
    「……ああ、そうだ」
     と、アデルがテーブルを離れ、うずくまっていたマギーに声をかける。
    「悪い、マギー。ディーラーをやってくれ」
    「え……」
    「公平にやる以上、俺たちも『羽冠』の野郎も、ディーラーをやるわけに行かないからな」
    「でもわたし、ギャンブルなんて……」
    「カードを配ってくれるだけでいい」
    「……それ、なら」
     蒼ざめた顔のまま、マギーもテーブルに着く。
     4人が均等に座ったところで、ポーカーが始められた。

    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 7

    2013.08.07.[Edit]
    ウエスタン小説、第7話。博打の始まり。7. アデルの推理は残念ながら1点、外れていた。 アデルは「羽冠」の体格を小柄な肥満体と考えていた。しかし実際の「羽冠」は、確かに身長こそ低かったが、その体はげっそりと痩せていた。(なるほど、そりゃ体が重たくもなるわな。貴重品やら武器やら、あれこれ身に着けて放浪してるってことか。 この小屋の中を見ればもっとはっきり推理できただろうが、……いや、そりゃもう推理じゃ...

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    ウエスタン小説、第8話。
    ホールデム。

    8.
    「まず、1人につき2枚ずつ配ってくれ」
    「は、はい」
     アデルから説明を受けつつ、マギーはたどたどしくカードを配っていく。
    「で、これを俺たちが確認して、その2枚で勝負するか降りるかを決める。ここで全員降りたら仕切り直しだ。
     1人でも勝負するって奴がいれば、そこでまず1枚、チップを賭ける」
     話している間に、3人の手札確認が終わる。
     まずはエミルがチップを1枚、テーブルの中央に置く。
    「ベット(チップを賭けること)」
     対する「羽冠」もチップを置く。
    「コール(同額のチップを出し、賭けに乗ること)」
     一方、マギーに説明しながら自分の手札を確認したアデルは首を振る。
    「……ドロップ(勝負から降りること)だ。
     で、2人が勝負すると言ったから、ここで君がカードをシャッフルしてから、テーブルに3枚置いてくれ。
     俺たちは手持ちの2枚とそのテーブル上の3枚で、役を作る。もし作れない、無理だろうなと思ったら、ここでチェック(パスすること)できる。
     全員チェックなら、さらにもう1枚テーブルに置いてくれ。そこで改めて、チェックするか勝負するか決める。
     ここで1人だけ勝負できるって奴が出れば、そこでさらにチップを賭けた上で、手役を確認。ちゃんと手役が作れていれば、そこでそいつの勝ちになる。
     2人以上勝負できる奴がいた場合は、どちらもチップを賭けてから手役を見せ合う。その場合は手役の強い方が勝ちだ。
     勝った奴はそこまで賭けていたチップを総取りする。この流れで1ゲームだ。
     何ゲームか繰り返し、先にチップが無くなった方が負けだ」
     マギーがテーブルに置いたのは、それぞれクラブの2、5、9だった。
     これを見て、エミルはさらにチップを賭ける。
    「レイズ(ベットしている状態から、さらに上乗せすること)」
     そう言いながら、エミルは卓の下でピン、と親指、人差し指、中指を立てて見せる。
    (スリーカードができてる。行けるわ)
    (マジで?)
     が、「羽冠」も眉ひとつ動かさず、チップを上乗せしてきた。
    「コール」
    「……いいわよ」
     エミルと「羽冠」が、互いに手札を開く。
    「……っ」
     エミルが自分で言った通り、彼女の手役は2のスリーカードである。
     しかし――「羽冠」の手役はそのはるか上を行く、クラブのフラッシュだった。

     1局の勝負における手持ちチップはそれぞれ10枚ずつだったが、ゲームを5回行ったところで、エミルたちのチップは手元から消えた。
     言うまでも無く、「羽冠」の勝利である。
    「……」「……」
     この結果に、エミルもアデルも渋い顔をするしか無かった。
    「まずはガン、もらう」
     そう言って「羽冠」は、床に置かれていたアデルの小銃をつかんで後ろに放り投げた。
    「おい、乱暴に扱うなよ!」
     咎めたアデルに対し、「羽冠」はにべもなく返した。
    「もう私のもの。私がどうしようが、私の勝手」
    「~ッ」
     アデルは悔しそうな顔を見せていたが、一方のエミルは、彼の振舞いに演技臭いものを感じていた。
    (出たわね。このわざとらしい、大げさなパフォーマンス!
     ……何か、やる気ね?)
     エミルの様子に気付いたらしく、アデルがさも悔しそうに顔を覆って見せた、その裏で――エミルに向かって、ニヤリと笑いかけてきた。
     その上でバン、とテーブルを叩いて見せ、怒ったような顔を作って叫ぶ。
    「……ああ、くそッ! もう一勝負だ!」
    「構わない」
     相手が応じ、すぐに次の一局が始められた。

     たどたどしくマギーが切ったカードを確認し、アデルが上ずった声を出す。
    「よっし、……い、いや」
     と、その語調を急に落とし、迷ったような口ぶりをする。
    「……いや、……うーん、……行けるか。よし、行くぞ! ベット!」
    「コール」
     この回のゲームはエミルが降り、アデルと「羽冠」との勝負になる。
     続いてマギーがもう一枚配り、それを見たアデルがまた、顔を覆って見せる。
    「うー……ん、どうするかな、……まあ、行けるか。レイズ!」「おい」
     と、ここまでほとんど無表情だった「羽冠」が、ギロリとにらんできた。
    「……な、何だよ? 早くコールかチェックか……」「袖をまくれ」「えっ」
    「羽冠」に袖口を指され、アデルの額にじわ……、と汗が浮き出る。
    「まくれ」
    「……ああ」
     アデルは観念し、袖をまくる。
     そこからぱらぱらと、カードが落ちてきた。

    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 8

    2013.08.08.[Edit]
    ウエスタン小説、第8話。ホールデム。8.「まず、1人につき2枚ずつ配ってくれ」「は、はい」 アデルから説明を受けつつ、マギーはたどたどしくカードを配っていく。「で、これを俺たちが確認して、その2枚で勝負するか降りるかを決める。ここで全員降りたら仕切り直しだ。 1人でも勝負するって奴がいれば、そこでまず1枚、チップを賭ける」 話している間に、3人の手札確認が終わる。 まずはエミルがチップを1枚、テー...

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    ウエスタン小説、第9話。
    一触即発。

    9.
    「お前、賭けを穢(けが)したな」
     怒りに満ちた目で、「羽冠」がアデルをにらみつける。
    「いや、その、まあ」
    「私、言ったはず。賭けの結果と、神の言葉には従うと。
     私は賭けと神の言葉、同じと考えている。賭けでズルをする奴、神を冒涜したのと同じと考えている」
    「……だから?」
     ふてぶてしく、アデルが口を開く。
    「何かペナルティを課せ、ってことか?」
    「そう。
     お前たちが神を冒涜したら、その神から見放されると聞く。確か、は……、は……、『破門』と言うのか」
    「そうね」
    「お前たちにとってそれは、死を受けたに等しい罰だとも聞いている」
    「カトリックの人たちならそうらしいわね」
    「それに準じてもらう」
     そう言って、「羽冠」はアデルのものだった小銃を拾い、撃鉄を起こした。
    「うわっ、ちょ、ま、ま、待て、待て!」
     丸腰のアデルはテーブルから飛ぶように離れ、後ずさりする。
    「ちょ、ちょっとした出来心、いたずらみたいなもんだろ!?」
    「許さない」
    「待てって! お前が俺たちの宗教観に準じて罰を課すって言うならだ、聖書にだって『罪を犯した時、7の70倍くらいの回数は許してやっていい』って言葉があるんだから、1回くらいは大目に見てくれよ! な!」
    「知らない」
    「羽冠」はにべも無くそう返し、小銃を構えた。
     が――構えたままで、その動きは止まる。
    「撃てば、撃つか?」
    「そのつもりよ」
     エミルが「羽冠」に向け、拳銃を構えていたからだ。



    「当たらない」
    「当てるまで撃つわ。こんなバカでも、あたしには大事な相棒だもの。死んだら仇くらい討ってやらなきゃ」
    「……」
     場はしばらく硬直していたが、やがて「羽冠」が小銃を下ろし、撃鉄を戻した。
    「いいだろう。許してやる」
    「……は、ぁ」
     アデルは顔面一杯に冷や汗をかき、その場にへたり込んだ。
    「だが、もう賭けはさせない。賭けを冒涜した奴に、テーブルに着く資格、無い」
    「いいわ。後はあたしとあんたで勝負しましょう。
     でも、一つこっちから提案させてもらいたいんだけど、いいかしら?」
    「……何だ?」
    「何って、あんたに有利過ぎやしないかってことよ」
     エミルは「羽冠」を指差し、続いてテーブルの上のカードを指す。
    「あんたのねぐらにあったテーブルに着いて、あんたが用意したカードで勝負。で、こっちがちょっとでも変則的なことをしたら即ズドンだなんて、あんまりにも一方的じゃない」
    「それが何だ? お前たちがやると言った」
    「それでもよ。あんたの言う『賭け』って、公平だからこそやるんじゃないの? ハナっからあんたが圧倒的有利だって分かってるのに、それをあんたは公平って言うわけ?」
    「……何が言いたい」
     しわが深く刻まれた顔をしかめさせる「羽冠」に、エミルはこんな提案をした。
    「ギャンブルのタネはこっちで用意させて欲しいんだけど、いいかしら?」
    「ん……」
    「どの道あんた、どんなギャンブルでも負ける気しないんでしょ? それとも自分のカードじゃないと、心もとない?」
    「……ああ。いいだろう。どんなものでも、構わない」
     結局「羽冠」が折れ、エミルが一度町に戻り、ギャンブル用の道具を調達することになった。

     アデルが銃を奪われているため、町へはエミル一人が戻ることとなった。ちなみにマギーも町には戻らず、自分から「羽冠」を見張ると申し出ていた。
    「本当に大丈夫?」
    「はい」
     マギーは顔を蒼くしながらも、はっきりとした口調で答える。
    「あなたたちが父の仇を討ってくれるところを見たいんです。わたしにはできないことですから」
    「……ええ。約束するわ。
     こいつは絶対、あたしが仕留める」
     エミルは「羽冠」を指差し、そう断言した。
    (……と言っても。どうすればいいやら、ね)
     エミルは町に戻る前に、アデルと共に、打つ手を検討することにした。

    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 9

    2013.08.09.[Edit]
    ウエスタン小説、第9話。一触即発。9.「お前、賭けを穢(けが)したな」 怒りに満ちた目で、「羽冠」がアデルをにらみつける。「いや、その、まあ」「私、言ったはず。賭けの結果と、神の言葉には従うと。 私は賭けと神の言葉、同じと考えている。賭けでズルをする奴、神を冒涜したのと同じと考えている」「……だから?」 ふてぶてしく、アデルが口を開く。「何かペナルティを課せ、ってことか?」「そう。 お前たちが神を冒...

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    ウエスタン小説、第10話。
    オカルトの中身。

    10.
     念のため、マギーに予備の短銃を渡して小屋に残し、エミルとアデルは相談していた。
    「大丈夫かな、マギー」
    「大丈夫よ。相手にも『この子を襲ったら、あたしが町に戻って用意するのはギャンブルのタネじゃなく、箱一杯のダイナマイトになるわよ』って念押ししたし」
    「ま、手早く相談を終わらせりゃ問題ないか」
     状況整理のため、エミルが起こっていた事実を挙げていく。
    「まず第一に、あいつが神の言葉を聞いてるなんてことは、まずありえないわ」
    「どうしてそう言える? あの神がかり的な強さは、どう説明するんだ?」
    「確かに異様な強さと言っていいわね。とても生半可な腕やツキじゃ、太刀打ちできないくらいだった。
     でももし神託を聞いている、言い換えれば『あらゆる物事について完全な情報を超自然的な方法で得ていて、相手がどんな手を持っているか、勝負する前から分かっている』と言うのなら、あんたがイカサマした時の反応はおかしい。明らかに遅いわ」
    「遅いって?」
    「もし事前にイカサマしてるってことが分かってたなら――イカサマに対してあんなキレ方するくらいだし――勝負に入る前に止めるはずよ。コールなんかするわけない。
     なのにあいつは勝負に乗ってから、イカサマをとがめた。つまり勝負に入るまで気付かなかったってことになる。だから神託を聞いたなんて眉唾な話は、まず嘘よ」
    「なるほどな」
    「他にももう一つ、気になることがあるわ。あたしたちが小屋に入ってすぐの時、あいつと野犬とを一緒に狙って撃ったけど、あいつには当たらなかった」
    「相当運がいい、ってことか……」
     アデルの返答に、エミルははあ、とため息をついた。
    「あんたね、仮にも探偵だって言うなら、話のオチを片っ端からオカルトで付けないでよ。何かの理由があるに決まってるでしょ?
     これもまあ、考えればそれなりには説明が付けられるのよ。野犬と中年男とじゃ、直感的にどっちが危険だと思う?」
    「まあ、野犬だな。……ふむ」
     今度は先程より、まともな答えを返す。
    「つまり、あいつは俺たちがどんな行動に出るか、予測が付いてたってことか。
     先に野犬を撃つ分、自分が狙われるまでに若干の余裕ができるし、その間に相手がどんなタイミングで発砲するかも把握できる。
     それが分かれば、銃を撃ってくる瞬間を狙ってかわせば、弾は当たらない、……ってことになるな」
    「多分、そうでしょうね。そしてこれは、あらゆることにつながってる気がする」
    「……ん、ん?」
     またも間抜けな顔をしたアデルを見て、エミルは苛立たしげに説明する。
    「あいつはあたしたちの行動を読んで、賭けを有利に運んでるってことじゃないかしら」
    「俺たちの行動を? うーん……、まあ、いい手が来ればそわそわもするし、ゴミ手が入れば勢いは落ちる。
     相手のそう言う、ちょっとした様子の違いを、あいつは正確に読んでる、……ってことか?」
    「多分ね。それと多分、観察眼も相当に鋭いわ。
     あんたが100ドル持ってないってことを、あいつはすぐに見抜いたもの」
    「え?」
    「先に銃を奪い、あんたからの攻撃手段を完璧に奪い、かつ、簡単に帰れないようにしたかったからよ。あんたがもっと持ってたら、多分あいつは賭け金を吊り上げたでしょうね。
     お金が無いなら代わりのものを出さなきゃ、賭けは成立しない。そこで銃を出せと言われたら、出さざるを得なくなるでしょ?」
    「確かに……。
     じゃあ全部、あいつの計算通りに運んでたってわけか。……しかし、それだとなおのこと、打つ手なんか見当たらねえな」
    「そんなこと言ってちゃ、何にもできないでしょ? 何か探さなきゃ」
    「だな。……本気でマイト持って来るしかないかなぁ」
    「バカ。
    もういいわ。あたしが何とかしてみる」
     エミルは踵を返し、町へと戻っていった。

    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 10

    2013.08.10.[Edit]
    ウエスタン小説、第10話。オカルトの中身。10. 念のため、マギーに予備の短銃を渡して小屋に残し、エミルとアデルは相談していた。「大丈夫かな、マギー」「大丈夫よ。相手にも『この子を襲ったら、あたしが町に戻って用意するのはギャンブルのタネじゃなく、箱一杯のダイナマイトになるわよ』って念押ししたし」「ま、手早く相談を終わらせりゃ問題ないか」 状況整理のため、エミルが起こっていた事実を挙げていく。「まず第...

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    ウエスタン小説、第11話。
    「羽冠」の受けた呪い。

    11.
     エミルを待つ間、アデルとマギーはずっと「羽冠」と向かい合っていた。
    「……その、なんだ」
     が、エミルが町に向かってから20分もしないうちに、アデルがしびれを切らして口を開いた。
    「このままにらみ合いってのもしんどいぜ。何か話でもしねえか?」
    「……」
    「羽冠」は答えず、干し肉を食いちぎっている。
    「えーと、ほら、アレだ。お前さん、40年負けなしって言ってたよな」
    「ああ」
    「マジで1回もか?」
    「ああ」
    「じゃあ、負けた相手は全員死んだって言うのも、マジな話なのか?」
    「いや」
     この問いには、「羽冠」は首を横に振った。
    「早めに勝負やめて逃げた奴、生きてる。死んだ奴、最期まで賭けたから」
    「懸命っちゃ懸命なんだろうな、逃げた奴は。つくづく博打に入れ込むもんじゃねえな」
    「私もそう思う」
     この返答を聞き、アデルは引っかかるものを感じた。
    「何だって? お前がそんなこと言うのかよ?」
    「何度も言った。賭けと神の言葉、私にとっては同じ。
     お前たちの神の言葉にもある、『神を試みてはならない』。神をすぐに頼る者、救われない。
     賭けも同じ。すぐ賭けの話しようとする奴、命を落とす」
    「でもお前さんは、相当博打やってきたんだろ?」
    「それが私の使命。それが私の宿命。それが私の」
     そこで「羽冠」は一旦言葉を切り、そしてこう続けた。
    「呪い」



     40年前――アメリカ西部、某所。
     あの熱狂、ゴールドラッシュがまさに沸き起こっていた最中であり、この地を訪れる白人は皆、黄金に心を奪われていた。
     その心を、強欲でドロドロに融かされ、壊れさせられた者も、決して少なくなかった。
     そして何より、彼とその家族、その一族にとって不幸であったのは、その心壊れた者たちが、あまりにも多かったことだった。

    「うう……おおお……」
     その惨状を目にし、彼は苦痛の悲鳴を漏らした。
     つい3日前まで、彼とその家族、その一族は、この小さな村で平和に過ごしていた。ところがこの地に金鉱があると言ううわさを聞き付けた白人たちが、そのど真ん中で暮らす彼らを疎んじ、襲い掛かったのだ。
    「おお……ああ……ああ……」
     結果は火を見るよりも明らかだった――村の人口の10倍を超える数の、銃武装した白人たちを相手に、彼らが敵う道理は存在しなかった。
     それでも彼は、必死になって戦った。無我夢中で斧を振り、矢を射ち、敵から奪った銃を構え、敢然と戦い抜いた。
     しかしそれは結局、徒労に終わった。
    「ああ……あああー……」
     彼以外の村人の姿が無くなり、四方八方から銃を突き付けられた彼は、最早泣くことしかできなかった。

     彼は白人らに捕らえられ、奴隷にさせられた。
     焦土と化したこの地を掘る白人たちの召使いにさせられ、ひとときの休みも無く働かされ続けた。
     しかし白人たちにとっても、わざわざ村ひとつ滅ぼし、大地に巨大な穴を空けるだけの手間に見合う報酬は得られなかった。
     金鉱は、この地のどこにも無かったのだ。

     見込みが無いと分かった途端、自分勝手にこの地を荒らし回っていた白人たちは何の謝罪も無く、そそくさとこの地を去っていった。
     そして最後に残ったのは、彼と、白人たちの中でも最も彼をいじめ抜いていた、豚のように太った男とその取り巻きだけだった。
    「おい、馬糞野郎」
     その太った男は、最後にもう一いじめしようと、彼にこんな提案を持ちかけた。
    「ちょっと賭けでもしようや」
    「はい」
     彼に拒否権が無いのを分かっていながら、太った男はなおもいびり倒す。
    「おいおい、お前賭けなんかできんのか? え? くせえ布一枚しか持ってねえお前がか? それとも俺の言葉が分からないか? ぐひひ、とことんバカでいやがる」
    「……」
    「黙ってんじゃねえよ、馬糞ッ!」
     蹴飛ばされ、踏みつけられ、髪の毛をむしり取られ、鼻を折られた後、彼は木箱に座らされた。
    「まあ、お前がやるって言うならやってやってもいいぜ、ぐひひ……。
     まあ、バカのお前でも分かるように、簡単な奴をしようや。ここにS&Wがある。この中に実弾5発、空包1発を入れてるから、適当に弾倉を回してから頭に銃口を当てて、それから引き金を引く。
     もし1回でも生き残れたら、お前に100ドルやるよ、ぐひひ」
    「は……い……」
     彼はフラフラになりながらも、男から銃を受け取り、弾倉を回す。
    「さあ、頭に当てろ」
    「……はい」
     彼は男に言われるがまま、拳銃を頭に当てた。
    (……これで死ねる。もうこれ以上の苦しみなんか、いらない)
     彼はある種、救いにも似た感情を抱きながら、引き金を引いた。

    だが、拳銃からはカチン、と言う乾いた音しか出てこなかった。

    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 11

    2013.08.11.[Edit]
    ウエスタン小説、第11話。「羽冠」の受けた呪い。11. エミルを待つ間、アデルとマギーはずっと「羽冠」と向かい合っていた。「……その、なんだ」 が、エミルが町に向かってから20分もしないうちに、アデルがしびれを切らして口を開いた。「このままにらみ合いってのもしんどいぜ。何か話でもしねえか?」「……」「羽冠」は答えず、干し肉を食いちぎっている。「えーと、ほら、アレだ。お前さん、40年負けなしって言ってたよ...

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    ウエスタン小説、第12話。
    下った天啓。

    12.
     その瞬間――太った男は飲んでいた酒を噴き出し、驚いた顔を見せた。
    「な……っ!? んなバカな!」
    「何で弾が出ねえ!?」
    「え、だって弾、全部……」
     この言葉を聞いた瞬間、彼はあらゆることを理解した。
    (全部、実包だったのか……!
     こいつらは、俺を何が何でも殺そうとしていた! しかも、俺の自殺に見せかけて! 自分たちには何の罪も無いと言いつくろおうとして!
     こいつらは悪だ! 邪悪だ! 悪魔だッ! どうしてこんな奴らに、俺が、俺の妻が、俺の娘が、兄が、弟が、妹が、両親が、村のみんなが殺されなければならなかった!?
     ……! そうか……! 神よ、そうだと言うのか!?)
     瞬間――彼は撃鉄を起こし、目の前の豚に向けて引き金を引く。
     先程の不発弾と違い、今度はちゃんと弾が発射され、豚の顔面を撃ち抜いた。
    「ぼげーッ!?」
     鼻だったところにぽっかりと空いた穴から不気味な悲鳴を上げ、豚は仰向けになって倒れる。
    「ぼ、ボス!?」
     手下たちが慌てふためいたその一瞬も、彼は逃さなかった。残っていた4人の手下に、彼は一発ずつ、正確に、ほんの少しの動揺も無く、弾を撃ち込んだ。
     全員があっけなく死に、彼一人になったところで、彼は英語でもフランス語でも、スペイン語でもない、かつて自分の村で使っていた言葉で、こうつぶやいた。
    「(6発の弾。1発は俺を生かした。残った5発の弾。悪魔は丁度、5匹いた。
     神は俺に、こいつらを殺せと命じたのだ。でなければどうして俺は生き残った? どうして弾は5発残っていた?
     そして今、確信した。俺はこいつらを、白い豚共を殺さねばならない。それが宿命、運命なのだ。
     ……そして神の言葉を聞く限り、俺は死なない。こうして博打で生き残ったことこそが、その何よりの証拠だ。
     神の言葉は、博打と共にある)」



    「……おい! おい、って!」
    「ん……」
     アデルが何度か声をかけたところで、「羽冠」は顔を挙げた。
    「おい、起きろよ」
    「すまない。酒が回った。眠った、少し」
    「戻って来たぞ、エミルが」
    「そうか」
    「羽冠」が目を覚ましたところで、エミルはテーブルにダイスを置いた。
    「次はこれで勝負よ。ダイスを投げて、その数の合計で競うの。
     ただ、次のルールを加えるわ。まず1つ目、ダイス3個のうち2個が同じ目になったら、合計の2倍。2つ目、ダイス3個とも同じ目が揃ったら、合計の3倍。
     そして最後に、1の目が3つ揃った時は、合計を55(6のゾロ目×3=54より1つ上)とする。オーケー?」
    「ああ」
    「勝負は1回ごとに清算。それじゃまず、あたしは100ドル賭けるわ」
     この額を聞き、アデルは目を丸くする。
    「いいのかよ?」
    「あんたと違って、あたしは貯金してるもの。それくらいのお金は持ち歩いてるわ」
    「ちぇ、俺だって東部に帰れば貯金はそこそこ……」
     ブツブツつぶやくアデルをよそに、エミルは「羽冠」に尋ねる。
    「あんたが負けたら、その場で連行。これでいいわね」
    「いい」
    「それじゃあたしから振るわよ」
     エミルはテーブルに置いていたダイスをつかみ、掌の上で軽く振る。
    「それっ」
     カラ、カラン……、と小気味のいい音を立て、ダイスは皿の上に落ちる。
    「……」
     エミルが出した目は、1・3・5。合計は9である。
    「おいおい……」「ああ……」
     あまりの出目の悪さに、アデルもマギーも苦い顔をしている。
    「ま、様子見だから。
     さあ、次はあんたの番よ」
    「分かった」
    「羽冠」もダイスを握り、そのまま手を離して皿に落とす。
    「……は!?」
     出た目を見て、アデルが素っ頓狂な声を漏らした。
    「4・6・6、……16の2倍、32」
    「……完敗ね」
     エミルは肩をすくめ、100ドルをテーブルに投げた。

     その100ドルをつかみながら、「羽冠」はエミルたちの知らない言葉でこうつぶやいた。
    「(……やはり一片の紛れも無い。俺には依然として、神が味方しているのだ)」

    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 12

    2013.08.12.[Edit]
    ウエスタン小説、第12話。下った天啓。12. その瞬間――太った男は飲んでいた酒を噴き出し、驚いた顔を見せた。「な……っ!? んなバカな!」「何で弾が出ねえ!?」「え、だって弾、全部……」 この言葉を聞いた瞬間、彼はあらゆることを理解した。(全部、実包だったのか……! こいつらは、俺を何が何でも殺そうとしていた! しかも、俺の自殺に見せかけて! 自分たちには何の罪も無いと言いつくろおうとして! こいつらは悪...

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    ウエスタン小説、第13話。
    ウエスタン・ルーレット。

    13.
     その後も3回、ダイスを使って賭けを行ったが、そのすべてにエミルは負けた。
    「ああ、そんな……」「なんでこうも出す目出す目、20やら30やら出るんだよ……」
    「……」
     だが、真っ青な顔をしているアデルたちに構わず、エミルはこんな提案をした。
    「……ダメね。もうお金がすっからかんよ。残ってるのはこのスコフィールドくらい」
     エミルは腰に提げていた拳銃を取り出し、テーブルに置いた。
    「だからこれが、最後の勝負になるわね」
    「……え?」
     ぎょっとするアデルに答えず、エミルはこう続けた。
    「多分こうなるだろうと思って、弾の出ない空包を5発用意してきたわ。
     もう分かるわよね、何をしようとしてるのか?」
    「ああ」
     小さくうなずいた「羽冠」に、エミルは拳銃から空包を1発抜いて手渡す。
    「薬莢のところに線が引いてあるでしょ? 見分けを付けるためだけど、ちゃんと5発あるか確認してちょうだい」
    「ああ」
     エミルに促され、「羽冠」はエミルの拳銃を確かめる。
    「……空包が5発。線を引いてないの、1発。確認した」
    「それじゃ弾倉を回すわよ」
    「羽冠」から拳銃を返され、エミルは弾倉を何度か回した。
    「さて、と。最後に、どっちが先に引き金を引くかだけど、これで決めましょう」
     そう言ってエミルは、ポケットからコインを取り出した。
    「表が出たらあんたが先に。裏が出たらあたしが先に引き金を引く、でどうかしら」
    「そのコイン、見せろ」
    「いいわよ」
     エミルからコインを受け取り、「羽冠」は表面を爪で引っかいたり、指の腹でこすったりして確かめる。
    「……普通の1セント」
    「そうよ?」
    「いいだろう、表が私、裏がお前」
    エミルは「羽冠」から渡されたコインを上に放り投げ、落ちてきたところをキャッチした。
    「……さあ、どっちが先に撃つことになるかしらね」
     エミルはコインを持った手をテーブルに付け、そのまま手を離す。
     コインは裏を向いていた。
    「……っ!?」
     何故か目を見開いた「羽冠」に構わず、エミルは拳銃を手に取る。
    「あたしから、……ね」
     エミルは銃口をこめかみに当て、撃鉄を起こす。
    「まず……、あたしから」
    「あ、あ」
     場がしん、と静まり返る。
     エミルの拳銃がカチン、と音を立てたが、弾は発射されなかった。
    「はぁ……。次、あんたよ」
    「……ああ」
     エミルから拳銃を受け取り、「羽冠」が撃鉄を起こす。
    「降参してもいいのよ?」
    「しない」
     カチン、と音が鳴る。
    「次、お前」
    「ええ」
     もう一度エミルが拳銃を手にし、引き金を引く。
     そしてこれも、弾が発射されることは無かった。
    「あんたよ」
    「……」
     もう一度「羽冠」が手にし、引き金を引く。そして、弾は出ない。
    「お……まえ」
    「ええ」
     エミルは3度、頭に銃口を当てて引き金を引く。
     これも――弾が発射されることは無かった。
    「……最後よ」
     エミルから拳銃を受け取ろうとする「羽冠」の手が、震えている。
    「分かってる?」
    「……」
    「次が最後よ」
    「……」
    「どうする? 降参する?」
    「……」
    「しないなら受け取って、頭に当てて引き金を引きなさい」
    「……」
    「どうするの?」
     しばらく硬直していた「羽冠」は――やがて、拳銃を受け取った。
    「どうして……、どうしてお前は」
    「あたしの銃が、あたしを撃つわけがないじゃない」
    「……そう言って死んだ奴、大勢いる」
    「光栄ね。あたしが唯一ってわけね」
    「……」
     初めて絶望した顔を見せた「羽冠」は、こめかみに銃口を当て――。
    「……い、や」
     次の瞬間、「羽冠」はエミルに向けて銃を構え、引き金を引く。
     パン、と言う鋭い音が、小屋の中にこだました。

    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 13

    2013.08.13.[Edit]
    ウエスタン小説、第13話。ウエスタン・ルーレット。13. その後も3回、ダイスを使って賭けを行ったが、そのすべてにエミルは負けた。「ああ、そんな……」「なんでこうも出す目出す目、20やら30やら出るんだよ……」「……」 だが、真っ青な顔をしているアデルたちに構わず、エミルはこんな提案をした。「……ダメね。もうお金がすっからかんよ。残ってるのはこのスコフィールドくらい」 エミルは腰に提げていた拳銃を取り出し、...

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    ウエスタン小説、第14話。
    偏っていた勝負。

    14.
    「え……」
     銃声からワンテンポ遅れ、アデルが叫んだ。
    「エミルーッ!?」
    「うるさいわね」
    「……へっ?」
     拳銃からもうもうと煙が立ってはいるが、エミルは倒れることも血を吐くことも無く、ピンピンしている。
    「あんな弾じゃ死ぬわけないわ」
    「……え? え?」
    「……!」
    「あたしがスコフィールドに込めた弾は、雷管も何にも付いてない空包5発と、木炭の欠片を卵で固めて、鉛弾に似せて込めただけの、ニセモノ弾が1発。
     そんなのが当たったところで革のコート相手じゃ、粉々になるだけよ。ま、多少痛かったけど」
     胸に付いた炭を払いながら、エミルは「羽冠」に声をかける。
    「あんたは自分の頭に当てて撃たず、勝負相手を撃ち殺そうとした。あんたの負けよ」
    「い、イカサマ……っ」
     抗議しようとする「羽冠」に、エミルは冷たく言い返した。
    「イカサマ? あたしが何をしたって?
     実弾込めたなんて、言ってないでしょ? あんたが卑怯にも、あたしを撃っただけじゃない。どこがイカサマよ?」
    「こ、コイン、表が出るはずだった!」
    「へー。そうだったの」
    「……!」
    「おい、どう言うこった、そりゃ?」
     アデルの問いに、エミルはポケットからコインを取り出して放り投げる。
    「適当に投げてみなさい」
    「お、おう」
     エミルに言われるがまま、アデルはテーブルにコインを投げてみる。
     すると――「羽冠」が叫んだように、コインは表を向いた。何度トスしても――何回かに1回は裏が出るものの――やはり表ばかりが出る。
    「……なんで?」
    「そう言うコインだって言うことを、こいつは見抜いたのよ。多分裏が出やすいコインだったら、トスする前に『表がお前、裏が私』って決めたでしょうね」
    「よく……、分からないな。結局こいつは一体、何をしてたんだ?」
    「したって言うより、さっき検討した時に言った通り、観察力の問題ね。相手の目や動きとか、カードの混ざり方、ダイス自身の癖とかを見抜いてたんでしょうね。
     でなきゃダイスの時、あんな露骨に20や30は出ないわよ。町に行って、そう言うのを作ってもらってたのよ」
    「へぇ……?」
     きょとんとするアデルに苦笑しつつ、エミルはダイスを握りしめた。
    「さっきこいつがやってたみたいに、振り回さずにそのまま皿に落とせば……」
     カラン、と音を立てて皿に落ちたダイスは、5・6・6の目を出した。
    「おわっ」
    「6が極端に出やすくなるのよ。
     で、こいつがやっぱり観察眼で勝負を有利に運んでることがはっきりしたところで、次の勝負に出た。
     そしてコイントスの直前、あたしはこいつに見せたのとは別のコインと、こっそりすり替えたのよ。もう一枚の、極端に裏が出やすくなるコインとね」
     エミルはコイントスの時からずっと握っていたコインを、今度はマギーに渡した。
    「……本当、裏ばっかり」
     マギーが感心している横で、「羽冠」が悔しそうに頭を抱え、うめいている。
    「イカサマ……! イカサマだ……! コイン、すり替えるなんて……!」
    「同じ1セントよ? ただ、表か裏のどっちかが出やすいってだけで。それをイカサマだなんて言うのは、コインの違いが分かるあんただけよ。
     不服なら、もう一回勝負してあげてもいいわ。でも」
     エミルは「羽冠」に、こう言い放った。
    「あんたはもう、どんなギャンブルでも勝てないわ」



    「なに……!?」
    「羽冠」がいきり立ったところで、さらにこう続ける。
    「あんたは絶対勝てると高をくくった勝負で、卑怯な真似をして負けたのよ。
     そんな間抜け、あんたの神もきっと見放したでしょうね」
    「そ、そんなはず無い!」
    「羽冠」は叫び、テーブルに自前のダイスを置く。
    「私が勝つ! 勝たない、おかしい!」
    「いいわよ。さっきと同じルールで行くわ。あんたから振りなさい」
    「うう……、ううう……!」
     乱暴にダイスが投げられる。だが、出た目は1・2・3、最小目の6だった。
    「うあ……!? おお……、ばかな……、神よ……、(神よ……、私は……)」
    「あたしの番ね」
     エミルがひょい、とダイスをつかみ、軽く投げる。
     エミルは1・1・1のゾロ目――最大目の55を出した。

    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 14

    2013.08.14.[Edit]
    ウエスタン小説、第14話。偏っていた勝負。14.「え……」 銃声からワンテンポ遅れ、アデルが叫んだ。「エミルーッ!?」「うるさいわね」「……へっ?」 拳銃からもうもうと煙が立ってはいるが、エミルは倒れることも血を吐くことも無く、ピンピンしている。「あんな弾じゃ死ぬわけないわ」「……え? え?」「……!」「あたしがスコフィールドに込めた弾は、雷管も何にも付いてない空包5発と、木炭の欠片を卵で固めて、鉛弾に似せ...

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    ウエスタン小説、最終話。
    ずるい局長。

    15.
     カーマンバレーでの「戦い」から1ヶ月後、パディントン探偵局にて。
     エミルとアデルは局内で、のんびり過ごしていた。
    「手紙が2通来たぞ。一つは……、ああ、州知事からだ」
    「じゃあ私宛てだな」
     アデルが持ってきた手紙を、パディントン局長がひょい、と手に取った。
    「……ふむ、……ほう、……おやおや」
    「何て言ってきたんです?」
    「『デス・ギャンブラー』についてだ。奴は結局、君たちとの勝負で完璧に参ってしまったらしい。
     収監されたその日から、よく分からない言葉でブツブツとうわ言のように何かをつぶやき続け、食事にもまったく手を付けず、夜も眠らず、と言う状態だったそうだ。
     しまいには看守らの問いかけにもまったく反応しなくなり、先週――いや、消印からすると半月前か――獄中で衰弱死したとのことだ」
    「そりゃまた……、何と言うか」
     神妙な顔をしたアデルに、局長はおどけて見せた。
    「何を渋い顔しとるのかね?
     結果はどうあれ、君たちは30人以上を殺害した凶悪犯を捕まえた。この事実に変わりはない。報酬もたんまりだ。
     一般市民が凶悪犯に怯える割合は確実に減ったし、その成果に見合う報酬も得た。誇っていいことじゃあないか」
    「まあ、そうなんスけども」
    「で、もう一通は誰からなの?」
     エプロン姿のエミルに尋ねられ、アデルは封筒をぴら、と持ち上げて見せる。
    「ほら、カーマンバレーで会った、あの女の子」
    「ん? ……ああ、マギーからね」
     アデルから手紙を受け取り、エミルは中身を読んだ。
    「……ふーん」
    「何て書いてあった?」
    「元気でやってます、って。バーもあの子が続けるそうよ。隣の仕立て屋さんが色々手伝ってくれるから、どうにかできそうだって」
     これを聞いて、アデルは目を丸くする。
    「へぇ? まだ落ち込んでるだろうと思ってたが……」
    「死体見ても吐いたり倒れたりしなかったし、案外神経が図太いのかもね。
     で、『またいらしてください』ですって」
    「まあ、機会があればだな」
     アデルの気の無さげな返答に、エミルも深々とうなずく。
    「そうね。……まあ、もうしばらくはゆっくり休みたいわね。
     こっちに就いて分かったけど、あたし、紅茶やお酒よりコーヒーの方が好きみたいだし。西部でテキーラとかバーボンとかを呷ってるより、もうしばらくはこの探偵局で、ミルクのたっぷり入った甘いコーヒーを楽しんでいたいわ」
    「同感。何だかんだ言って、やっぱりここは落ち着くよ。
     ってわけでエミル、コーヒー……」
    「いいわよ。局長も飲む?」
    「ああ、いただこう」
     エミルがキッチンへ向かったところで、局長は懐から何かを取り出した。
    「コーヒーができるまで、ちょっと遊んでみるか? いや、実はエミル嬢から『もう使わないだろうから』と、ダイスをプレゼントしてもらってね」
    「……はは」
     見覚えのあるそのダイスを確認し、アデルは笑う。
    「いいっスね、やりましょうか。何か賭けます?」
    「勿論だとも。そうだな……、今夜の食事なんてどうだ? 彼女と私の奥さんも入れて、4人分で」
    「ええ、分かりました。じゃ、俺から」
     アデルは内心ほくそ笑みながら、ダイスを振らずにコトン、とデスクに落とす。
    「……えっ」
     出た目は1・2・4の7だった。
    「え、ちょ、これっ……?」
    「ははは……、引っかかったな、ネイサン。確かに彼女からダイスをもらったが、これじゃあないんだ。
     こっちが、彼女からもらった方のダイスだ」
     そう言って局長は、今度はジャケットの左ポケットから、デスクに置いてあるものと良く似たダイスを取り出し、ぽい、と投げた。
    「確かに軽く投げると、6が出やすいね」
    「……ちぇ、だまされましたよ!」



     その日、エミルとアデル、局長夫妻は、近所で評判の高級レストラン「ターナー&クロッツ」で夕食を取った。
     そして、その代金12ドル60セントは、全額アデルの支払いとなった。

    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ THE END

    DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 15

    2013.08.15.[Edit]
    ウエスタン小説、最終話。ずるい局長。15. カーマンバレーでの「戦い」から1ヶ月後、パディントン探偵局にて。 エミルとアデルは局内で、のんびり過ごしていた。「手紙が2通来たぞ。一つは……、ああ、州知事からだ」「じゃあ私宛てだな」 アデルが持ってきた手紙を、パディントン局長がひょい、と手に取った。「……ふむ、……ほう、……おやおや」「何て言ってきたんです?」「『デス・ギャンブラー』についてだ。奴は結局、君た...

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    1年ぶりのウエスタン小説。
    「撃てない」拳銃に魅せられた男たち。

    1.
     20世紀半ば、かの悪名高い政治団体、国家社会主義ドイツ労働者党、通称「ナチス」を率いた総統アドルフ・ヒトラーには、数々の逸話がある。
     その中でも最も煌びやかなうわさとして、「ワルサーP38を純金で造らせ、総統専用銃とした」と言うものがある。
     勿論金などと言う、恐ろしく柔らかい金属を主な素材にしては、鉛弾を撃つことなど到底できるわけが無い。そんな代物の引き金を実際に引こうものなら、たちまち暴発・腔発を起こし、銃自体が軟弾・散弾と化して、右腕が木端微塵になるであろうことは、想像に難くない。
     この黄金銃はあくまで「飾る」ための銃であり、言うなれば「美術品」なのである。これを発注したヒトラー氏も、恐らくは自分のデスクの奥底から密かに取り出しては、その輝きを眺めてほくそ笑む日々を過ごしていただろう、……と思われる。



     ナチスから、時代は半世紀以上もさかのぼるが――この時の彼も、きっと同じ気持ちだっただろう。
    「うひひひ……、まったく変な気持ちになっちまうわい」
     彼は自分の手に収まっている、ギラギラと光るSAAを眺めてほくそ笑んでいた。
    「まさか本当に、グリップから銃身まで全部、金で造ってくれるとはなぁ。やっぱりあいつは天才だな。
     ……ふひひ、しかも銃弾まで金と来た! 撃ってみたくってたまらねえが、……いやいや、折角の黄金銃が歪んじまわぁ」
     そんな独り言が漏れてしまうほどに、この黄金の塊は恐るべき魅力をたたえている。
    「……そーっと引き金引くくらいなら、曲がったりしねえよな」
     独り言で言い訳までして、男は黄金銃の撃鉄を起こした。
    「そーっと、そーっと……」
     引き金に指をかけたところで――パン、と音が響く。
    「……えっ?」
     音に驚いた男は、慌てて自分の握る黄金銃を確認するが、硝煙も何も上がっていない。撃鉄も起きたままである。
     と、黄金銃に汚れが付いているのに気付く。
    「おっと、いけねえ」
     男は右の袖口で、その赤い汚れを拭き取ろうとする。だが、拭いたと思った汚れが、さらにひどく広がっている。
    「チッ、なんだよ……?」
     自分の袖口が汚れているのかと、男は右腕を挙げる。
    「……あれ」
     右袖も、そして銃を握った左腕も、真っ赤に染まっていた。

     ボトボトと口から血を吐き、黄金銃を落としそうになった男の左腕を、「おおっと」とおどけた声を出してつかむ者が現れた。
    「もうしばらく、堪えていただきたい。この黄金銃が床に落ちようものなら、あの名ガンスミスが嘆かれる」
    「お……おま……え……おっ……おれ……をっ……」
    「その通り。あなたのハートを射止めたのは、このわたくしです。
     さて、お次はその脳天を痺れさせてご覧に入れましょう」
     そう言うなり、左手に持っていたSAAを――こちらは鉄製の――男の頭に突きつけ、即座に引き金を引く。
     パン、と火薬の弾ける音と共に、男の頭蓋も弾け飛んだ。
    「この煌めくピースメーカー、確かにわたくしが拝領いたしました。
     ああ、ご心配なさらず。わたくしのコレクションとして、この黄金銃は永遠に輝くことでしょう」
     西部の男には到底見えない、その白いスーツに身を包んだ男は黄金銃を懐にしまい、ひらりと身を翻してその場から消えた。

    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 1

    2014.09.20.[Edit]
    1年ぶりのウエスタン小説。「撃てない」拳銃に魅せられた男たち。1. 20世紀半ば、かの悪名高い政治団体、国家社会主義ドイツ労働者党、通称「ナチス」を率いた総統アドルフ・ヒトラーには、数々の逸話がある。 その中でも最も煌びやかなうわさとして、「ワルサーP38を純金で造らせ、総統専用銃とした」と言うものがある。 勿論金などと言う、恐ろしく柔らかい金属を主な素材にしては、鉛弾を撃つことなど到底できるわけ...

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    ウエスタン小説、第2話。
    保険請負詐欺。

    2.
    「最後の黄金王、射殺さる!!!

     今月3日、O州クレイトンフォードに在住の資産家、グレッグ・ポートマン氏が頭と背中を撃たれ、死亡しているのが見つかった。
     氏は57年、C州において金脈を発見したことを発端として巨財を成したことから、『西海岸最後の黄金王』と呼ばれていた。当局は金銭目的での強盗殺人事件と言う観点から、捜査を進めている模様」



    「と言うわけだ」
    「へ?」
     パディントン局長からいきなりニューヨーク・タイムズの地方欄を見せられ、アデルバート・ネイサンはきょとんとしていた。
    「これが……、何です?」
    「これに関連して、2つの依頼があった。
     1人目の依頼者はイギリスの、ニコルズ保険組合のブローカー(仲介人)であるレオン・ゴーディ氏。
     この事件の被害者であるポートマン氏から、ある美術品についての損害保険を請け負っていた」
    「ある美術品?」
     尋ねたアデルに、局長は肩をすくめてみせる。
    「なんでも、グリップから銃身から、果ては弾丸一発に至るまで、すべて黄金で造られたコルト・SAA(シングルアクションアーミー)だそうだ。
     何とも馬鹿げた、いかにも成金趣味のじじいが好みそうな美術品だ。そう思わんかね?」
    「え、ええ、確かに」
     アデルは同意してみせたが、直後に声が投げかけられる。
    「うそおっしゃい。ちょっと欲しいと思ったでしょ」
    「ぅへ? あ、いや、まさかぁ」
     アデルは苦笑いしつつ、声をかけてきた相手――相棒のエミル・ミヌーに振り返る。
    「俺がそんな、悪趣味な代物に興味持ったりするかって」
    「『全パーツが黄金製ってんなら、少なくとも1、2万ドルは堅いだろうな』って言いたげな顔してたわよ」
    「おっ、……う」
     内心を見抜かれ、アデルは顔を覆う。
     その様子を眺めていた局長は呆れた顔をしつつも、話を続ける。
    「実際にはもっと高値が付いている。氏本人の弁では、5万ドルで買い取りたいと言う者もあったそうだ」
    「ごま……っ!?」
     予想の3倍近い評価額を聞かされ、アデルの目が点になった。
    「そのため、この美術品が万一盗難に遭った場合、氏に降りる保険金は4万7千ドルと、これまた破格の金額となっていた。
     それが、ゴーディ君が慌てて私に依頼してきた理由でもある」
    「まさかそんなバカみたいな代物、盗む奴はいない。掛け金だけガッポリいただいてしまえ。……そう呑気に考えたそのゴーディさんは、その損害保険を引き受けちゃったって感じかしら?」
    「その通り。しかしゴーディ君は方々回ってみたものの、シティ(イギリス・ロンドン市内に設けられた、金融独立行政区)には真面目にこの黄金銃に美術的価値を見出してくれるような紳士はおらず、この保険金を支払ってくれる引受人を集められなかった。
     しかし金払いのいい氏からの金だけは得たい。そう考えたゴーディ君は虚偽の引受人をでっち上げ、その掛け金を丸ごと、自分の懐に入れてしまったのだ」
    「バカね」
     冷笑したエミルに、局長も深々とうなずいて同意する。
    「まったくだ。そして事が起こった今、彼は背任と横領、そして詐欺の罪による投獄の危機にさらされている。
     そしてそれは、第2の依頼人も同様だ。破産と言う点において、ね」
    「第2の依頼人って?」
     尋ねたエミルに、局長は応える代わりに、事務所の入り口に向かって声をかけた。
    「どうぞ、お入り下さい」
    「はい……」
     事務所のドアが開かれ、いかにも田舎紳士的な、もっさりとした金髪の青年が入ってきた。
    「紹介しよう。彼が2人目の依頼人、グレッグ・ポートマンJr(ジュニア)だ。依頼はゴーディ君と同様に、……おっと、肝心の依頼内容を言い忘れていたな。
     依頼内容はその黄金銃、SAAの奪還だ」

    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 2

    2014.09.21.[Edit]
    ウエスタン小説、第2話。保険請負詐欺。2.「最後の黄金王、射殺さる!!! 今月3日、O州クレイトンフォードに在住の資産家、グレッグ・ポートマン氏が頭と背中を撃たれ、死亡しているのが見つかった。 氏は57年、C州において金脈を発見したことを発端として巨財を成したことから、『西海岸最後の黄金王』と呼ばれていた。当局は金銭目的での強盗殺人事件と言う観点から、捜査を進めている模様」「と言うわけだ」「へ?」...

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    ウエスタン小説、第3話。
    間抜けな田舎紳士。

    3.
     応接室に通されたグレッグJrは、ひどく顔色が悪かった。
    「お願いします。あの銃が無ければ、いや、もしくは保険金が降りなければ、僕は破産してしまうんです」
    「と言うと?」
     尋ねたアデルに、グレッグは顔をくしゃくしゃに歪ませ、こう答えた。
    「父は金脈を掘り当てたことで巨額の富を得て、有数の資産家となりました。僕もそのおこぼれに預かり、ちょっとした商売を行っていたのですが、……まあ、その。あまり業績が芳しくなく、今では多額の負債をかかえております。
     今年中にその負債を解消しなければ、会社は倒産。僕も破産を免れません。そのため、当初は父に無心しようと思っていたのですが……」
    「ですが?」
    「どうやら晩年の父は、相当に金遣いが荒かったようでして。
     表向きは資産家として知られていましたが、死後にあちこちから、借金の返済を求める声がかかりまして。
     それらを処分する内、10万ドル以上あったはずの資産は、あっと言う間に消えてしまいました。残るはあの黄金銃だけとなり、私はそれを競売にかけ、負債を帳消しにしようと考えていました。
     しかし父が殺された際、この黄金銃が盗まれていたことが発覚しまして。まあ、銃が戻ってこなくとも、保険金が入ってくるのならと安堵していたのですが……」
     そこでグレッグは顔を覆い、頭を抱えてしまった。
    「保険金を請求したところで、ゴーディ君の罪が明らかになったわけだ。
     このまま支払いが行われなければ、アメリカとイギリスの両国で、紳士がそれぞれ1名ずつ消えることになる。
     しかし黄金銃があれば、その心配は無いわけだ。ポートマン氏は負債を消化でき、ゴーディ君は罪を問われること無く掛け金を丸儲け。双方不満なく終われたはずだが……」
    「呆れてものも言えないわね」
     話を聞いていたエミルは、顔をしかめる。
    「事業失敗も背任も、結局自己責任じゃないの。何が紳士よ」
     アデルも苦い顔で、それに同意する。
    「まったくだ。因果応報ってヤツじゃないか」
     それを受け、局長も苦笑いして返した。
    「まあ、まあ。確かに二人共、ほめられたことをしているわけじゃあない。私だって同感だ」
    「ううっ……」
     全員一致でなじられ、グレッグは消え入りそうな声でうめいた。
    「しかし依頼は依頼だ。黄金銃を取り戻すことができれば、両氏は破産せずに済む。我々も儲かる」
     局長の言葉に、エミルとアデルは首を傾げた。
    「どう言うことです?」
    「黄金銃を競売に出し、負債を消化できた後、余った金の75%を我々が契約金として受け取ることになっている。
     私のツテから聞いた黄金銃の予想落札価格は、少なくとも4万は堅いとのことだ。そしてポートマン氏の借金は残り約3万ドル。それを消化した、残り1万ドルのうち7500ドルが我々の懐に入る、と言うわけだ」
    「なーるほど。計画通りに行けば、いい収入になるってわけですね」
    「そう言うことだ。しかしこのまま放っておけば、我々には1セントの得にもならん。
     一方、ろくでもない男二人ではあるが、手を差し伸べてやれば金になる。それなら助けた方がいい。誰にでも納得行く話だろう?
     と言うわけでだ」
     局長はにっこり笑い、アデルとエミルに命令した。
    「早速ポートマンSr(シニア)の邸宅に向かい、黄金銃の手がかりを探しに行ってくれ」
    「……あえて言わせてもらうけど、局長」
     エミルは憂鬱な気分をどうにか押さえつけ、こう言った。
    「こんなバカみたいな依頼、二度と受けないでよ?」
     それを受け、局長はふてぶてしく返した。
    「金次第さ。
     例えまだオムツの取れないような3歳児から、よだれでベトベトになったクマちゃんを探してくれと言うようなチンケな依頼があったとしても、その親から報酬10万ドルを約束されたと言うのなら、私は二つ返事でOKするよ」
    「ゲスなこと言ってる、……ように見えて、実は逆ね。
     金にならなきゃこんなバカ依頼は絶対受けるもんか、って聞こえたわ」
     エミルの言葉に、局長はニヤッと笑って見せた。
    「そう言ったつもりだよ」

    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 3

    2014.09.22.[Edit]
    ウエスタン小説、第3話。間抜けな田舎紳士。3. 応接室に通されたグレッグJrは、ひどく顔色が悪かった。「お願いします。あの銃が無ければ、いや、もしくは保険金が降りなければ、僕は破産してしまうんです」「と言うと?」 尋ねたアデルに、グレッグは顔をくしゃくしゃに歪ませ、こう答えた。「父は金脈を掘り当てたことで巨額の富を得て、有数の資産家となりました。僕もそのおこぼれに預かり、ちょっとした商売を行ってい...

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    ウエスタン小説、第4話。
    不良刑事。

    4.
     エミルとアデルはグレッグを伴い、クレイトンフォードのポートマン邸を訪れた。
    「ふーん……。いかにもって感じ」
    「だな」
     目の前にそびえる建物は欧州風の、西部にはむしろ不釣り合いな洋館だった。
    「『ヨーロッパに憧れた成金の田舎紳士、祖先に思いを馳せつつおっ建てました』。……って感じだな」
    「あんまり親父の悪口言わないでくださいよ……」
    「悪口に聞こえたかしら?」
    「そりゃまあ」
     渋い顔をするグレッグに構わず、エミルたちは屋敷内に入る。
    「鍵は……、かかってないの?」
    「ええ。中には何にも無いですから、もう」
     そのまま中に進み、エントランスに入ったところで、色あせたコートを着た、やはり西部者には見えない男に出くわす。
    「何だ、あんたら?」
    「あんたこそ誰よ?」
     尋ね返したエミルに、男は面倒臭そうに名乗った。
    「ジェンソン・マドック。連邦特務捜査局……、ああ、いや、まあ、刑事みたいなもんだ」
    「刑事さんですって?」
     男の役職を聞き、グレッグはきょとんとする。
    「ここはもう、警察が捜査して引き上げた後のはずですけど」
    「そう聞いてるよ。俺は別管轄でな、再調査に来たんだ。で、あんた方は誰だ?」
    「申し遅れました。僕は……」
     名乗りかけたグレッグを制し、アデルが答える。
    「俺とそっちのお嬢さんは、パディントン探偵局の者だ。彼は依頼人で、ここの持ち主の息子さんだ」
    「と言うことは、グレッグ・ポートマンJrだな。彼については分かった。なるほど、ここにいる権利があるな」
     そう前置きし、ジェンソン刑事はアデルたちをにらみつけた。
    「だがお前らにそんな権利は無い。とっとと失せな」
    「何よ、それ」
     エミルは口を挟もうとしたが、アデルは「まあまあ」と彼女を制し、ジェンソン刑事に応じる。
    「そう邪険にしなさんな。あんたもどうせ、黄金銃事件で来たんだろ?」
    「あ?」
    「ここの家主が持ってた黄金銃を盗んだ奴。そいつを追ってる。そうだろ?」
    「だとしたら何だ?」
     ジェンソン刑事は煙草を口にくわえ、斜に構えてアデルをにらむ。
    「あんたらとベタベタ馴れ合いしながら、仲良くみんなで事件解決に向かいましょ、てか?
     ヘッ、寝言は寝てから言ってくれんかねぇ?」
    「……まあ、なんだ」
     アデルも多少、頬をひくつかせてはいたが、それでも穏便に済ませようと言い繕う。
    「悪い話じゃ無いはずだろ? 双方情報を出し合えば、事件の早期解決に……」
     アデルの言葉を遮るように、エントランスにパン、と音が鳴り響く。
     ジェンソン刑事は絶句したアデルの鼻先に、硝煙をくゆらせるリボルバーを向けていた。



    「今のは空砲だ。まあ、そうそうポコポコと、人死になんぞ出したかないからな。これでビビって降参する奴も多いから、一発目はカラ撃ちで勘弁してやってる。
     だがこれじゃ言うこと聞かないって奴には……」
     ジェンソン刑事はリボルバーに実包を込め、撃鉄を起こした。
    「仕方なく、本物をブチ込んでやることにしてるんだ。
     分かったらさっさと出てけ。挨拶だろうと言い訳だろうと、これ以上ゴチャゴチャ言いやがったらブッ放すぞ、ボケ」
    「……」
     エミルたち3人は無言で、屋敷を後にした。

    「なんだありゃ……。ヤバすぎだろ」
    「取り付く島もない、ってどころか、取り付かせる船も出させないって感じね」
    「あの……」
     と、二人の後ろで縮こまっていたグレッグが、恐る恐る声をかけてくる。
    「なんで僕まで追い出されちゃったんでしょう?」
    「追い出されたって言うか……」
    「あんたが一緒に来たんでしょ?」
    「……でしたっけ?」
     きょとんとした顔でそう返したグレッグに、エミルたちは呆れ返っていた。

    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 4

    2014.09.23.[Edit]
    ウエスタン小説、第4話。不良刑事。4. エミルとアデルはグレッグを伴い、クレイトンフォードのポートマン邸を訪れた。「ふーん……。いかにもって感じ」「だな」 目の前にそびえる建物は欧州風の、西部にはむしろ不釣り合いな洋館だった。「『ヨーロッパに憧れた成金の田舎紳士、祖先に思いを馳せつつおっ建てました』。……って感じだな」「あんまり親父の悪口言わないでくださいよ……」「悪口に聞こえたかしら?」「そりゃまあ」...

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    ウエスタン小説、第5話。
    連邦特務捜査局。

    5.
    《ははは……、災難だったな》
     アデルからの報告を受け、パディントン局長は電話口の向こうで笑った。
    《なるほど、連邦特務捜査局の人間ならやりかねんな。いや、もうやったのか》
    「ご存知で?」
    《うむ。過去に何度かかち合ったことがある。
     実はその組織は名前こそ『連邦』とは付いているが、合衆国政府からはまだ、公式に認められていないんだ》
    「へぇ?」
     間を置いて、パディントン局長の申し訳無さそうな声が続く。
    《相応の成果を挙げれば、大統領も認めるんだろうが……。その『相応の成果』を度々、我々が横取りしてるもんだからなぁ。
     関係者筋の予想じゃ、公認されるにはあと10年、いや、20年はかかるんじゃないかと言われてる始末だ》
    「……なるほど。そりゃ、俺の鼻先にライトニング向けて、罵詈雑言かましてくるわけだ」
    《とりあえず時間を置いて、改めて調査開始だな。そのマドックとか言う捜査官とまた接触すると、何かと面倒なことになるだろう。今後も気をつけてくれ》
    「ええ、了解です」
     電話が切れたところで、エミルがアデルを軽くなじる。
    「あんた、探偵局の名前を使いすぎなんじゃない?」
    「え?」
    「あの時も、『関係者筋にそう名乗っておけば、ヘコヘコ頭を下げて協力してくれるだろ』って高をくくって、そう名乗ったんでしょ」
    「……まあな」
    「その結果がこれなんだけど?」
    「悪かったよ。今後は控える。……つもりだ」
     予定では、本日ポートマン邸に泊まるはずだったのだが――その屋敷にジェンソン刑事が居座っているために、彼らはさんさんと日差しが照りつける街中をうろうろする羽目になった。



     夕方になり、ジェンソン刑事が出て行ったことを確認したところで、エミルたちはようやくポートマン邸に入ることができた。
    「あら、ガス使えるのね。案外近代的じゃない」
    「いえ、多分切れてます」
    「……ホントね」
     ガスコンロのスイッチを何度ひねってもガスが出てこないことを確かめ、エミルはがっかりする。
    「じゃ、薪は?」
    「あると思います。多分、地下の倉庫に」
    「とりあえず温かいご飯は食べられそうね。アデル、ご飯買い出ししてきて」
    「おう。エミルは?」
    「キッチン使えるようにしとくわ。コーヒーくらい飲みたいでしょ?」
    「だな。じゃ、行ってくる」
     アデルが出かけたところで、グレッグが恐る恐る尋ねてくる。
    「あの、ミヌーさん」
    「なに?」
    「もしかして、ネイサンさんとはお付き合いを……?」
    「まさか」
     質問を鼻で笑って返したエミルに、グレッグは顔を赤くして謝る。
    「ご、ごめんなさい! 失礼なことを」
    「そんなに失礼でもないわよ。
     付き合いはわりと長いけど、恋人じゃないってだけ。傍から見たら勘違いする人もいるでしょうけどね」
    「は、はあ」
    「男と女がいたらイコール関係有りだって思う人は一杯いるし、気にしないでいいわよ。
     で、倉庫ってどこかしら?」
    「あ、はい。ご案内します」
     グレッグに案内され、エミルは地下へ降りる。
    「子供の頃、よくここで遊んでました。ひんやりしてて、友達と遊ぶのにはうってつけでしたよ」
    「ふうん」
    「ここが薪の貯蔵庫です。……あれ?」
     と、グレッグが薪の傍らに置いてある、丸く細長い、エミルの身長半分程度の大きさの缶に目をやる。
    「すみません、ミヌーさん。あったみたいです、ガス」
    「みたいね」
    「上に持って行ってコンロにつなげば、ちゃんと使えると思います」
    「重たそうね」
    「ガスは空気より軽いんですよ。大丈夫です」
     そう言って、グレッグはガスボンベを持ち上げようとする。
    「……っ、よい、……しょ、……ぐ、……重たっ」
     しかしビクともせず、グレッグはその場にへたり込む。
    「気体なら空気より軽かったでしょうけど、普通は液体になるまで圧縮して、鉄のボンベに詰めてあるのよ? 重たいに決まってるじゃない」
    「……すみません」
     へたり込んだままのグレッグをよそに、エミルはボンベに手をやる。
    「アデルと二人がかりなら運べそうね。後で取りに戻りましょ」
    「はい」
     そのまま倉庫から出ようとして――エミルは地下室の壁に、赤い筋がうっすら走っていることに気付いた。

    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 5

    2014.09.24.[Edit]
    ウエスタン小説、第5話。連邦特務捜査局。5.《ははは……、災難だったな》 アデルからの報告を受け、パディントン局長は電話口の向こうで笑った。《なるほど、連邦特務捜査局の人間ならやりかねんな。いや、もうやったのか》「ご存知で?」《うむ。過去に何度かかち合ったことがある。 実はその組織は名前こそ『連邦』とは付いているが、合衆国政府からはまだ、公式に認められていないんだ》「へぇ?」 間を置いて、パディント...

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    ウエスタン小説、第6話。
    事件の痕跡。

    6.
    「赤い筋……? 血か?」
    「ええ、多分」
     買い出しから戻ってきたアデルに、エミルは地下室に残っていた血痕のことを伝えた。
    「恐らく、ポートマンSrのものだな。……ふむ」
     アデルを伴い、エミルとグレッグは再度、地下室へと降りる。
    「なるほど。確かに血だな、こりゃ」
    「名探偵さん。ここから何か導き出せるかしら?」
    「ああ。まずその前に、だ。情報の整理をしとこう」
     アデルは廊下の奥にある部屋を指差す。
    「情報によれば、あの部屋でポートマンSrが殺害されているのが見つかったそうだ。
     遺体は扉に頭を向け、仰向けになった状態で見つかった。遺体に引きずった跡は無く、その部屋で殺されたことは間違いない。
     だが左腕の辺りに右腕でつかまれたような跡があったそうだ。と言うのも、遺体の左手と左手首辺りに血だまりがあったんだと。
     で、そこから犯人は左利きだって話になった」
    「どうしてそんなことが分かるんです?」
     尋ねてきたグレッグに、エミルが答える。
    「あたしがこうやってあんたに背を向けてた場合、あんたはどっちの手であたしの左腕をつかむかしら?」
    「そりゃ……」
     グレッグは左手を挙げかけて、「あれ?」とつぶやく。
    「そう。両手に何にも持ってない状態なら、百人中百人が左手で左腕をつかむ。でもその犯人は、わざわざ右手で左腕をつかんでた。
     理由は簡単。左手に銃を持ってたからよ。ポートマンSrも、彼を背中から撃った犯人もね」
    「あ、そうか。ええ、確かに親父も左利きでした」
    「で、さっきのお前さんの質問だが」
     アデルは廊下に設置されている、豪奢なガス灯を指差した。
    「事件当時、老齢のポートマンSrがこのガス灯を使わずに地下の廊下を行き来していたとは考えにくいし、恐らく点いていただろう。
     一方、この廊下は大の大人が3人突っ立ってても左右に隙間があるくらいには広い。その幅広の廊下を犯人が行き来したとして、だ。どうしてここに、血の跡が付くのか?」
    「手を壁に付きつつ、……じゃないですか?」
     答えたグレッグに、アデルはもったいぶった様子でうなずく。
    「その通り。犯人は血の着いた右手を壁に付けつつ、廊下を歩いていたんだ。この幅のある、明るいはずの廊下を、だぜ?」
    「そうなると……、脚が悪かったか、目が悪かったかってことになるわね」
    「後者だろう。手すりがあるとは言え、脚の悪い奴が階段を昇り降りするのは辛い。
     これである程度、犯人像が絞れたわけだ。左利きで、目の悪い奴。そして珍妙な美術品に目が無い、と。
     ……この条件に適う奴に、俺は一人だけ思い当たるのがいる」
    「へえ?」
    「だ、誰です?」
     尋ねたエミルたちに、アデルはニヤッと笑って答えた。
    「狙う獲物はいつでも一風変わった代物だが、一度狙えば決して逃さない。西部にゃ不釣合いの白いスーツに白いシルクハット、極めつけはクラシックな片眼鏡。
     通称、『イクトミ』。人呼んで、西部の怪盗紳士さ」
    「いく……と、み?」
    「変わった名前ですね。ニッポンかどこかの人なんですか?」
    「いや、一説によればフランス系とインディアンの混血だそうだ。『イクトミ』ってのは、インディアン神話に出てくる怪人でな。本来は好色な蜘蛛男だって話だ。
     ま、ともかくそのイクトミが今回の件に絡んできてると、俺はにらんでる。黄金銃なんてけったいな代物を狙うってやり口はどうも奴っぽいし、目が悪いってのも一致してる。それに、うわさじゃ左利きらしいからな」
    「……で?」
     尋ねたエミルに、アデルは「え?」と返す。
    「そのイクトミが犯人であるとして、どうやって取り返すのよ? そいつの居場所、知ってんの?」
     聞かれた途端、アデルは得意げな様子から一転、しゅんとした顔をする。
    「……怪盗だからな。神出鬼没、住所不定って奴だ」
    「はあ……」
     エミルは頭を抱え、ため息をついた。

    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 6

    2014.09.25.[Edit]
    ウエスタン小説、第6話。事件の痕跡。6.「赤い筋……? 血か?」「ええ、多分」 買い出しから戻ってきたアデルに、エミルは地下室に残っていた血痕のことを伝えた。「恐らく、ポートマンSrのものだな。……ふむ」 アデルを伴い、エミルとグレッグは再度、地下室へと降りる。「なるほど。確かに血だな、こりゃ」「名探偵さん。ここから何か導き出せるかしら?」「ああ。まずその前に、だ。情報の整理をしとこう」 アデルは廊下...

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    ウエスタン小説、第7話。
    追いかけ合い、化かし合い。

    7.
    「……ええ……恐らく……はい……」
     探偵局に電話連絡を行っているアデルを放って、エミルとグレッグは夕食を食べ始めた。
    「流石、探偵さんですね。犯人像を絞って、イクトミ氏と突き止めるなんて」
    「そこまではいいけどね。問題はそこから先よ。犯人が分かったところで、そいつの居場所が分かんなきゃ話にならないわ」
    「……ですね」
     エミルはベーコンを口に放り込みつつ、未だ電話に張り付いたままのアデルを眺める。
    「……あー……なるほど……捜査官を……」
     と、アデルがぼそっとつぶやいた言葉を耳にし、エミルはアデルに尋ねる。
    「尾行しろって?」
    「ぅえ? ……ええ、……ええ、エミルが、……はい」
     アデルは電話口に手を当てつつ、エミルに振り返る。
    「『その通りだ』、だとさ」
    「分かったわ」
     エミルの返事を聞いて、アデルは再度電話に応じる。
    「はい、オーケーです。……ええ、じゃあ」
     電話を切り、アデルが振り返る。
    「何で分かった?」
    「それしかないでしょ?」
    「え? え?」
     きょとんとしているグレッグに、アデルが説明する。
    「昼間いた、あのジェンソン・マドックって捜査官。あいつもイクトミを追っていると見て間違いないだろう。
     イクトミはあちこちの州で指名手配されてる、超一級のお尋ね者だからな。捕まえりゃジェンソン刑事の組織には相当の箔がつく。恐らくはあの刑事、そっち方面から捜査してたんだろう。その過程で、ここに来た可能性は高い」
    「あたしたちと同じく、黄金銃を探すのが目的ってことも考えられるけどね」
    「いや、その線は薄いだろう。
     俺たちが黄金銃を探してるのは、ポートマンJrらの依頼によってだ。特に依頼されたわけでもないのに、わざわざこんなド田舎まで、黄金銃のためだけに来るとは思えない。イクトミを探してるのは、ほぼ間違いないだろう。
     あの刑事もそこそこ有能だって話だし、今日の捜査でイクトミの線が濃いだろうと結論づけたはずだ。となれば連邦ナントカって組織から、奴に関する何らかの情報が提供されてるはずだ。
     非公式とは言え合衆国政府お付きの組織だ。俺たちの知らない情報源をゴロゴロ持っていてもおかしくない」
    「なるほどね。それじゃ次の狙いは」
    「ジェンソン刑事、だな」



     翌朝、エミルたちは近隣の宿を当たり、早速ジェンソン刑事が泊まっている場所を突き止めた。
     しかも情報によれば、彼は泊まっていた宿を今朝になって突然チェックアウトし、そのまま街を出ようとしているとのことだった。
    「そりゃいい。奴さん、早速追ったようだな」
    「急ぎましょ。もう列車が来てるわ」
     エミルたち3人は、急いで駅へと向かった。

     それから3分後――グレッグが列車に乗り込んでから一瞬後、あのジェンソン刑事がのそ、と窓から身を乗り出し、かばんを外に投げる。
    「よっこいせ、……っと」
     続いてジェンソン刑事自身も窓から降り、ホームに戻る。
    「あの、ちょっと」
     声をかけてきた駅員に、ジェンソン刑事は手を振って返す。
    「忘れ物だ。気にせず出発してくれや」
    「は、……はい」
     駅員は何度もジェンソン刑事の方を振り返りながら、車掌に合図を出す。
     そのまま列車が走り出したところで、ジェンソン刑事は煙草を口にくわえ、クックッと笑い出した。
    「アホ探偵共が。尾行に気が付いてねーとでも思ってんのかよ」
     笑いながら、彼はコートのポケットを探る。
    「どうぞ」
     と、彼の前にライターが差し出される。
    「おっ? 悪い、……な」
     ジェンソン刑事は目の前の二人を見て、口をぽかんと開ける。
     その口から煙草がぽろっと落ちたが、エミルはそれを空中でつかみ、ジェンソン刑事の口に、元通り差し込んだ。
    「……畜生め。あのボンボンは囮ってわけか」
    「悪いなぁ、刑事さん」
     アデルはライターを向け、彼の煙草に火を点けた。

    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 7

    2014.09.26.[Edit]
    ウエスタン小説、第7話。追いかけ合い、化かし合い。7.「……ええ……恐らく……はい……」 探偵局に電話連絡を行っているアデルを放って、エミルとグレッグは夕食を食べ始めた。「流石、探偵さんですね。犯人像を絞って、イクトミ氏と突き止めるなんて」「そこまではいいけどね。問題はそこから先よ。犯人が分かったところで、そいつの居場所が分かんなきゃ話にならないわ」「……ですね」 エミルはベーコンを口に放り込みつつ、未だ電...

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    ウエスタン小説、第8話。
    商売敵と手を組む。

    8.


     エミルたちはそのまま、駅のホームでジェンソン刑事を詰問し始めた。
    「あなたの狙いは?」
    「誰が答えるかよ」
    「言わないならこっちから言うぜ。イクトミだろ?」
    「知らんね。誰だ、そりゃ?」
    「あら。『イクトミ』が人名ってことは知ってるのね」
    「う……」
     目をそらし、煙草をふかすジェンソン刑事に、アデルが馴れ馴れしく言葉をかける。
    「まあ、そんな邪険にしなさんな。協力してマイナスになることは無いんだぜ? 俺たちの目的は限りなく近いが、厳密には別なんだからさ」
    「どう言う意味だ?」
     チラ、といぶかしげな目を向けたジェンソン刑事に、アデルはこう続ける。
    「あんたの目的はイクトミだ。だが俺たちの目的は、イクトミが盗んだ黄金銃だ。
     協力してイクトミを捕まえたところで、俺たちはイクトミなんかどうでもいい。俺たちにとって大事なのは黄金銃の方なんだからさ。
     だからさ、ここは一つ、協力し合わないか?」
    「俺に何のメリットがある? お前らみたいな足手まといがいても迷惑だ」
    「その足手まといに裏をかかれたのは誰かしら?」
    「……チッ」
     忌々しそうににらみつけてくるジェンソン刑事に、エミルはこう続けた。
    「今こいつが言ったみたいに、あたしたちの目的はあくまで黄金銃よ。イクトミの逮捕には協力してあげるし、そいつの身柄もあんたの勝手にしていいわ。懸賞金がどうの、って話もしない。
     少なくともあたしたちには、あんたを出し抜けるくらいの技量はあるし、悪い話じゃないはずよ?」
    「……」
     ジェンソン刑事は吸口ギリギリまで燃えた煙草を捨て、二本目を懐から取り出す。
    「火、くれ」
    「おう」
     素直に火を点けたアデルに、ジェンソン刑事は渋々と言いたげな目を向けた。
    「分かった。そうまで言うなら協力してやってもいい。
     確認するが、お前らは黄金銃さえ手に入ればいいんだな?」
    「ええ」「そうだ」
    「いいだろう。それじゃ、俺の知ってることを話そう。
     どうせ次の列車が来るまで、3時間はあるんだからな。コーヒーでも飲みながら話そうや」
     そう返したジェンソン刑事に、エミルは「あら」と声を上げる。
    「珍しいわね。てっきりバーボンかテキーラって言うかと思ったけど」
    「あんたらも東部者だろ? 西部の雑な酒は嫌いなんだ」
    「気が合うわね。あたしもコーヒー派よ。そっちのもね」

     3人は一旦駅を後にし、近くのサルーンに移った。
    「さて、と。じゃあまず、イクトミの出自辺りから話すとするか」
    「出自?」
     尋ねたアデルに、ジェンソン刑事は口にくわえた煙草を向ける。
    「イクトミがヘンテコなお宝ばっかり盗んでるってことは知ってるな?」
    「ああ、まあ」
    「そこんとこに関係してくる。
     あんたらはどうか知らんが、俺んとこじゃ『科学捜査』って奴を積極的に取り入れてるんだよ。マサチューセッツからお偉い先生を呼んだりしてな。
     その一例として、犯人の犯行動機を、そいつがガキだった頃に何かしらの原因があるんじゃないかって推察ができるかって言う実験をしてるんだが、その関係でイクトミについても、ガキの頃の調査をしてた。
     で、風のうわさ通り、確かに奴にはフランスの血が入ってるらしいって話の裏は取れた」
    「へぇ……」
    「で、今回奴が盗んだ黄金銃についてだが、妙な点が一つあるんだ」
    「ん?」
     話が飛び、エミルたちは揃って首を傾げる。
    「まあ、聞け。
     あんたらは不思議に思わないか? 黄金製と言っても銃は銃、本来はドンパチやるためのブツだ。美術品の題材にしちゃ不釣り合いなこと、この上無い。
     だのに情報筋によれば、競売で4万、5万の高値が付くって話だ。こう聞けば変だろ?」
    「確かにね。SAAと同じくらいの金なら、せいぜい1万ちょっと程度でしょ?」
    「金の量だけ考えりゃ、確かにそうさ。
     しかしモノには作った職人の『技術料』ってのが込みになってる。黄金銃に5万なんて高値が付く理由は、それだ」
    「名のある職人が作ったってことか?」
    「そう言うことだ。そいつの名はディミトリ・アルジャン。フランス系の名ガンスミスだ」

    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 8

    2014.09.27.[Edit]
    ウエスタン小説、第8話。商売敵と手を組む。8. エミルたちはそのまま、駅のホームでジェンソン刑事を詰問し始めた。「あなたの狙いは?」「誰が答えるかよ」「言わないならこっちから言うぜ。イクトミだろ?」「知らんね。誰だ、そりゃ?」「あら。『イクトミ』が人名ってことは知ってるのね」「う……」 目をそらし、煙草をふかすジェンソン刑事に、アデルが馴れ馴れしく言葉をかける。「まあ、そんな邪険にしなさんな。協力し...

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    ウエスタン小説、第9話。
    イクトミ捜査線。

    9.
    「アルジャン……!?」
     名前を聞いた途端、エミルは立ち上がった。
    「どうした?」
    「……いえ。……なんでも。続けてちょうだい、刑事さん」
    「ああ。まあ、そのアルジャンってのが、その界隈じゃ有名な職人でな。そいつが仕上げた銃は、かなりの高値で取引されてることが多い。
     黄金製で、名ガンスミスが仕上げたピースメーカーだ。そう聞けば、高値が付くのもおかしい話じゃ無いだろ?」
    「なるほどな……。
     ん、ってことは、イクトミが黄金銃を狙ったのは」
    「言ってみりゃ、フランス製だからな。
     これまでにも奴が盗んだ品物は、フランスに関係してることが多い。曰く、ルイ14世のかつらだとか、ナポレオン戦術論の草稿だとか。まあ、7割は眉唾ものだが、残り3割は本物の美術品だ。
     今回の黄金銃も、ギリギリその3割に入るだろう。そしてそれ故、今回の事件を解決し、奴をムショに叩き込めれば、我が連邦特務捜査局の有用性が強く実証されることになる」
    「だろうな。そしてその時は、我がパディントン探偵局も依頼を完遂し、評判が上がるってわけだ」
    「で、刑事さん?」
     アデルとジェンソン刑事が揃ってニヤッと笑ったところで、エミルが口を挟む。
    「肝心の、イクトミの居場所なんかは分かってるの?」
    「ああ。これも我が局の『科学捜査』の賜物でな」
     ジェンソン刑事は懐から、一枚の紙を取り出した。
    「イクトミの、ここ数ヶ月の犯行現場を記したものだ。奴はここ最近、N州からO州ときて、そしてC州に入った。そしてそれらの現場は」
     ジェンソン刑事は窓の外に目をやり、通りの向こうにある駅へとあごをしゃくって見せる。
    「あのワットウッド&ボールドロイド西部開拓鉄道の路線とほぼ一致している。恐らく列車で移動しつつ、獲物を狙っているんだろう。
     と言うわけで、次に奴が狙いそうなのは……」
     ジェンソン刑事が言いかけたところで、アデルがそれを次いだ。
    「その鉄道の大株主で資産家兼蒐集家の、メルヴィン・ワットウッド氏の邸宅、か。隣駅だな」
    「そう言うことだ」
     と、そこまで話したところで――駅からほとんど一直線に、バタバタと駆け込んでくる者が現れた。
    「ぜーっ、ぜーっ……、ど、どうでした? うまく騙せましたか?」
    「どうも、ポートマンさん。助かったぜ、おつかれさん」
    「い、いえいえ、そんな。……あ、あれ? 刑事さんが……」
    「話を付けたところよ。協力してくれるって」
    「そ、そうですか」
     しゅんとなるグレッグに、エミルが笑いかける。
    「ありがとね、ポートマンさん。あなたのおかげよ」
    「あ、いや、そんな、えへへ……」
     一転、嬉しそうに笑ったグレッグを見て、アデルはため息を付く。
    「はあ……。依頼人にこんなことを言っちゃ失礼だが、あんた、商売には向いて無さそうだな」
    「そんなことありませんよ」
     グレッグはくちびるをとがらせ、こう反論した。
    「何一つ失敗せざる者は何一つ行動せざる者って言いますし。失敗してるだけ、成長してるんですよ、僕は」
    「はあ? ……まあ、いいや」
     グレッグの良く分からない返答を聞き、アデルは手を振って話を切り上げた。

     4人揃って列車に乗ったところで、ジェンソン刑事が小声で話し始めた。
    「奴の犯行は計画的だ。場当たり的に、かつ立て続けに行ったことは、これまで無い。
     まず、ある程度金を持った奴の家を探り、フランス製のお宝と思しきものがあれば狙いを定める。そうして侵入と逃走の経路を確保してから、ようやく仕事に入る。
     そしてその仕事において、奴は完遂するためには殺人も厭わない。このまま放っておけば、ワットウッド氏の身も危ないだろう」
    「ああ。密かにワットウッド邸へ先回りし、氏の安全を確保すると共に、イクトミを待ち構えなきゃならんな」
    「そうは言っても、いきなりあたしたちが押しかけてきて『殺されるかも知れないから中に入れろ』なんて言っても、門前払いを食うだけよ」
    「問題はそこだな」
     エミルたちが難しい顔を並べたところで、グレッグが手を挙げる。
    「あのー」
    「なに?」
    「ワットウッド氏のところですよね? 隣町なので、家族ぐるみで付き合いがあります。僕が行けば多分、入れてくれると……」
    「へぇ? あなたも案外、頼りになるのね」
    「へへ、どうも」

    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 9

    2014.09.28.[Edit]
    ウエスタン小説、第9話。イクトミ捜査線。9.「アルジャン……!?」 名前を聞いた途端、エミルは立ち上がった。「どうした?」「……いえ。……なんでも。続けてちょうだい、刑事さん」「ああ。まあ、そのアルジャンってのが、その界隈じゃ有名な職人でな。そいつが仕上げた銃は、かなりの高値で取引されてることが多い。 黄金製で、名ガンスミスが仕上げたピースメーカーだ。そう聞けば、高値が付くのもおかしい話じゃ無いだろ?」...

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    ウエスタン小説、第10話。
    大富豪、ワットウッド翁。

    10.
     グレッグの紹介により、エミルたちはワットウッド翁にすんなりと面会することができた。
    「ふむ、ふむ。なるほど、お話はよく分かりました。お伝えいただき、ありがとうございます」
     エミルたちから事情を聞いたワットウッド翁はうんうんとうなずき、にっこりと笑みを浮かべた。
    「確かに皆様の仰る通り、わたしには多少ながらコレクションと呼べるものがございます。
     特に最近拵えたものは、そのイクトミなる怪盗が狙って然るべき逸品でしょうな」
     そう言って、ワットウッド翁は杖を手に立ち上がる。
    「こちらへどうぞ。お見せいたしましょう」
    「あ、はい」
     立場上、グレッグを先頭にし、エミルたちは翁の後に続く。
    「実を言いますとその逸品、ポートマンSrと共に発注したものでしてな」
    「と言うと……、D・アルジャンに?」
    「さよう。モデルにしようとしたものがイギリス拳銃だったので、彼も最初は渋っておりましたが、一年以上も頼みに頼み込んで、ようやく拵えてもらった次第です。
     それだけに、下手な白金よりもずっと希少価値は高い。祖国の紳士たちもその点を認めてくれたようで、保険金もなんと、7万8千ドルもの値が付いております」
    「7万8千……!?」
     額を聞いて、アデルが素頓狂な声を出す。それを受けて、ワットウッド翁はコホン、と咳払いをし、こう返す。
    「無論お分かりでしょうが、金は問題ではありません。
     フランス人の血を引く稀代のガンスミス、ディミトリ・アルジャンが、イギリス製の拳銃を拵えてくれた。ここに並々ならぬ意義があるのです。
     もしサザビーズやクリスティーズ(どちらも競売の大手)でこれが出品されるとなれば、わたしは10万や20万出したとしても、まったく惜しくはありませんな」
    「え、ええ、そうですか、はあ」
     あまりに己の実生活とスケールがかけ離れた話に、流石のアデルもぼんやりとした返事を返すしか無かった。

    成金のポートマンSrと違い、ワットウッド翁は確かに、本物の資産家らしかった。
    「まさかこりゃ……、オーチスか?」
     屋敷の中央に設置された網目状の扉と中の小部屋――エレベータを見て、アデルが唖然とする。
    「さよう。マンハッタンのホフウォートビルにあるものと同じものを取り付けております。最近はめっきり足腰が弱くなったせいで、すっかりこれに頼りっぱなしですよ」
     エミルたちはエレベータに乗り、地下へと降りる。
    (分からん)
     ぼそ、とアデルがささやく。
    (何が?)
    (なんだってこのじいさん、西部に住んでんだ? ここまで家に金かけられるってんなら、それこそマンハッタンでもブルックリンでも住めるはずだろ)
    (ワットウッドさんの勝手でしょ?)
    「色々あるのですよ」
     二人の会話を聞いていたらしく、ワットウッド翁はエミルたちに背を向けたまま答える。
    「す、すみません」
    「一つ言うとすれば、東部での人間関係に嫌気が差した、と言ったところでしょうか。会社での私は『人』ではなく、『金庫』扱いですからな」
    「はあ……」
    「さ、着きました。どうぞ、こちらへ」
     ワットウッド翁を先頭に、一行は廊下を進む。
     その突き当りに、銀行の金庫室を思わせる、まるで鉄塊のような扉が現れた。
    「ここが先程お話した黄金銃をはじめ、私の宝が飾られている部屋です。
     ですので、少々お待ちください。この扉には鍵が5つも付いているものですから」
     翁は懐から鍵束を取り出し、扉の鍵を開け始めた。

     と――その間に、エミルは一言も発さず、アデルに目配せする。
     アデルも無言でウインクし、それに応じた。

    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 10

    2014.09.29.[Edit]
    ウエスタン小説、第10話。大富豪、ワットウッド翁。10. グレッグの紹介により、エミルたちはワットウッド翁にすんなりと面会することができた。「ふむ、ふむ。なるほど、お話はよく分かりました。お伝えいただき、ありがとうございます」 エミルたちから事情を聞いたワットウッド翁はうんうんとうなずき、にっこりと笑みを浮かべた。「確かに皆様の仰る通り、わたしには多少ながらコレクションと呼べるものがございます。 特...

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    ウエスタン小説、第11話。
    金庫の中の蜘蛛。

    11.
    「大変お待たせいたしました。どうぞ、お入り下さい」
     宝物庫の扉が開き、ワットウッド翁がまず中へと入る。それに続く形でグレッグ、ジェンソン刑事が入り、そして最後にエミルとアデルが入室した。
    「……っ」
     アデルは三度、絶句する。
     そこにはあちこちに、ギラギラと光る美術品や金塊が積まれていたからだ。
    「皆様は紳士とお見受けしておりますし、あり得ないこととは思いますが、この部屋の物には一切、お手を触れないようお願いいたします」
    「え、ええ。勿論」
     壁に飾られた、金糸で編まれた蝶ネクタイに腕を伸ばしかけたアデルは、慌てて引っ込める。
    「こちらに飾っておりますのが件の黄金銃、イギリス拳銃ウェブリーの全パーツを黄金で拵えたものです。
     勿論、易々と盗まれぬよう、こうして合金製の箱に鍵をかけて収めております」
     そう前置きし、ワットウッド翁は箱の鍵を開けようとした。

    「待って」
     と、それをエミルが止める。
    「如何されました、お嬢さん?」
     自慢の一品を披露しようとしていたワットウッド翁は、当然むっとした顔をする。
    「ワットウッドさん。今、その鍵を開けたらあなた、殺されるわよ」
    「何ですって?」
     エミルは拳銃を取り出し――グレッグに向けた。
    「な、何するんですか!?」
    「お芝居はそこまでよ、グレッグ・ポートマンJr。……いいえ、イクトミ」
    「は……?」
     目を白黒させるグレッグに、エミルはこう尋ねる。
    「どこからどう見ても、片田舎の三流アメリカ紳士。そんなあなたが、どうしてフランスの諺なんか知ってたのかしら?」
    「え?」
    「『何一つ失敗せざる者は何一つ行動せざる者である(Il n'y a que celui qui ne fait rien qui ne se trompe jamais)』よ」
    「あ……と」
    「フランスびいきが仇になったわね、キザったらし」
    「い、いや、ミヌーさん」
    「あと、もう一つ。あなたは少なくとも昨日までは、右利きだったはずだけど? ポートマン邸でご飯食べた時、右手でフォークをつかんでたし。
     そんなあなたがサルーンに寄って以降は、左手にフォークを持って、左手でかばんを提げて。
     まるで列車に乗った途端、人が変わったみたいじゃない。『入れ替わりました』って言ってるようなもんよ」
    「……」
    「極めつけは、ここの廊下。
     昨夜、ポートマン邸の地下にいた時は普通に歩いてたのに、ここじゃずっと、壁に右手を付いてたわね。裸眼じゃ右に何があるか分からないくらい、目が悪いみたいね」
    「……マジでか?」
     ジェンソン刑事も拳銃を取り出し、グレッグに向ける。
    「……」
     ワットウッド翁は目を剥き、箱を抱きしめるように構える。
    「逃がしゃしないぞ、言っとくけどな」
     アデルはいつの間にか、部屋の出入口に陣取っている。
    「……ふ、ふふ」
     と、グレッグが笑い出す。
     その声は今までの頼りないものではなく、フランス訛りをわざと付けたような、勿体ぶったものに変わっていた。
    「失礼、マドモアゼル。少々お待ちいただきたい」
    「その二重あごでもはがすつもり?」
     エミルは拳銃を構えたまま、相手のあごをぐい、とつかみ、引きちぎった。
    「いだっ……」
    「そう言うの、もう飽きてんのよ」
    「ああ、局長のお家芸だからな」
    「……つくづく人の見せ場を奪ってくれる方々だ」
     あごをさすりながら、グレッグだったもの――イクトミはそうつぶやく。
    「しかしどうか、せめて普通には、変装を解かせていただきたい」
    「どうぞ。さっさと脱ぎなさいよ」
    「……ええ」
    「ちょっと聞くけどな」
     と、アデルが尋ねる。
    「本者のポートマンJrはどうした? その服と言い、かばんと言い、彼が持っていたものに見えるんだが」
    「彼なら生きていますよ。ただ、人目に出られない格好ですので、今日、明日は貨物車の中で、ジャガイモやオクラなどと一緒に潜んでおられることでしょう」
    「殺してないんだな?」
    「不要な殺人は、しないに越したことはありませんからね」
    「ポートマンSrは殺したくせに、か?」
     この質問にも、イクトミはしれっと答える。
    「彼の場合、黄金銃のある部屋の鍵は、彼しか持っていなかったもので」
    「じゃあワットウッド氏も……、か?」
    「状況が同じなら、結果も然るべきでしょう」
    「……ふてぶてしい奴め」
     ジェンソン刑事はイクトミをにらみながら、手錠を懐から出した。

    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 11

    2014.09.30.[Edit]
    ウエスタン小説、第11話。金庫の中の蜘蛛。11.「大変お待たせいたしました。どうぞ、お入り下さい」 宝物庫の扉が開き、ワットウッド翁がまず中へと入る。それに続く形でグレッグ、ジェンソン刑事が入り、そして最後にエミルとアデルが入室した。「……っ」 アデルは三度、絶句する。 そこにはあちこちに、ギラギラと光る美術品や金塊が積まれていたからだ。「皆様は紳士とお見受けしておりますし、あり得ないこととは思います...

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    ウエスタン小説、第12話。
    イクトミ確保。

    12.
     片眼鏡に白いシルクハット、そして白いスーツに着替え、顔のメイクも落としたところで、イクトミの両腕に手錠がかけられた。
    「さあ、きりきり歩け」
     ジェンソン刑事は拳銃をイクトミの背中にゴリゴリと押し付けながら、彼を歩かせる。
    「いたっ、いたたた……。はいはい、歩きますよ。歩きますとも」
     イクトミは素直に、部屋の出口へと向かう。
    「……うーむ」
     一方、ワットウッド翁は残念そうな顔をしている。
    「折角のコレクション、見せられなくて残念だったわね、ワットウッドさん」
    「ええ。……よろしければ後ほど、見に来られますか?」
    「遠慮しとくわ。あたしは黄金にも撃てない銃にも、興味無いし」
    「……そうですか」
    「俺はちょっとは……」
     言いかけたアデルに、エミルが突っ込む。
    「黄金製ならなんでも、でしょ?」
    「……へへ」

     ワットウッド邸を後にしたところで、ジェンソン刑事が詰問する。
    「こないだのポートマン邸事件からそう日は経ってないし、お前も盗人旅行の途中だ。と言うことは、この近辺にこれまで盗んだものを置いてる、倉庫なり何なりがあるはずだ。
     こいつらとの約束でな、黄金銃だけは今すぐこいつらの手に渡したい。どこにあるのか、とっとと吐け」
    「あら」
     ジェンソン刑事の言葉を、エミルは意外に感じた。
    「随分親身になってくれるのね?」
    「勘違いすんな。馴れ合うつもりは一切無いと言ったはずだ。あくまで約束を守るってだけのことだ」
    「はい、はい」
    「で?」
     ジェンソン刑事に背中を小突かれ、イクトミは渋々答えた。
    「ええ、ええ、確かにございますとも。
     C州の山中、レッドロック砦跡。そこが私の宝物庫です」
    「C州か。道理でこの辺りをうろちょろしてるわけだ。
     よし、そこへ連れて行け」
    「仰る通りに」



     一行は再度列車に乗り、イクトミが示した場所へと向かった。
    「砦跡と言っていたが、一体いつの時代のものなんだ? お前の祖先が騎兵隊と戦ってた頃のか?」
    「さあ? それは私にも分かりません。
     ただ、近隣の者は口をそろえて、『忌まわしき土地』と呼んで恐れています。根城にして以来、誰かがやって来たことは一度もありませんよ」
    「なんだってそんな、いわくつきの不気味な場所を選んだんだ?」
    「人が寄り付かないからです。人のいない場所なら、盗みにやって来る者も必然的にいませんからね」
    「考えたわね」
    「ちなみに、今までいくらくらい盗んだんだ?」
     アデルの質問に、イクトミは大仰にかぶりを振る。
    「『いくら』? ワットウッド卿も仰っていたでしょう、公が取り沙汰す価値の多寡など、コレクターにとっては問題になりません。
     わたくしは、わたくしの心を満たすものにのみ、わたくしだけの価値を見出し、我が物とするのです」
    「……ああ、そうかい。ご高説どうも」
     話しているうちに、列車はその砦跡近くの街に到着する。
    「どうしますか?」
     駅を出たところで、イクトミが尋ねてくる。
    「どうします、って?」
    「もう正午を過ぎています。このまま砦跡に向かうとなれば、着く頃には日が暮れているはずですが……」
    「さっさと切り上げて帰りたいからな。とっとと行くぞ」
     ジェンソン刑事に即答され、イクトミは肩をすくめた。
    「やれやれ、熱心なことだ」
    「ふざけてるとそのスーツに穴開けて、星条旗にしてやるぞ。早く歩け」
     ぐり、とまたも拳銃を背中に押し当てられ、イクトミは顔を若干歪ませた。
    「刑事さん。それはいい加減、非常に痛いのですが、ご容赦いただけませんか?」
    「お前がやるべきことをちゃっちゃとやれば、やめてやるさ」
    「はい、はい、分かりました。それではしばし、我慢するといたしましょう」
     終始ジェンソン刑事がイクトミの背中を拳銃でつつきつつ、一行はレッドロック砦跡へと向かった。

    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 12

    2014.10.01.[Edit]
    ウエスタン小説、第12話。イクトミ確保。12. 片眼鏡に白いシルクハット、そして白いスーツに着替え、顔のメイクも落としたところで、イクトミの両腕に手錠がかけられた。「さあ、きりきり歩け」 ジェンソン刑事は拳銃をイクトミの背中にゴリゴリと押し付けながら、彼を歩かせる。「いたっ、いたたた……。はいはい、歩きますよ。歩きますとも」 イクトミは素直に、部屋の出口へと向かう。「……うーむ」 一方、ワットウッド翁は...

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    ウエスタン小説、第13話。
    岩の中の宝物庫。

    13.
     イクトミが忠告していた通り、レッドロック砦跡に到着する頃には既に、夕日が地平線の向こうに沈もうとしていた。
    「こちらが我が宝物庫です。どうぞ、お入り下さい」
     依然、ジェンソン刑事に背中をつつかれながらも、イクトミは恭しい態度で一行を招き入れた。
    「外から見た分には、赤茶けた岩が積んであるようにしか見えなかったが……」
    「確かにこれは、立派な砦ね」
     巧妙に積まれた岩の隙間をぬうようにして入ると、そこには大きめのリビング程度の空間が広がっていた。
     そしてそのあちこちに、一見ガラクタとしか思えないようなものが、無造作に置かれている。
    「なんだこりゃ? 『ピアノ協奏曲ロ短調 F・F・チョピン』……、変な名前だな」
    「ショパンも知らないのですか!? 何という無学な方だ! それはフランスから移民してきた音楽家を先祖に持つ実業家から……」「いい、いい。うんちくなんか聞きたくない」
    「こっちの裸婦画もフランス関係? いい趣味してるわね」
    「おお、お目が高い! マネの作品です。さすがマドモアゼル・ミヌー」
    「そう言う意味で言ったんじゃないけどね」
    「おい、この設計図ってまさか……?」
    「そう、お察しの通り、ベドロー島に建立されている『自由の女神』像の設計図原案です。ただ、実際に建てられたものと違って、そちらは旗を持っていますがね」
     物品を指す度、イクトミが嬉々として説明するが、エミルたちの目にはただただ、胡散臭いものが並んでいるようにしか映らなかった。
    「……で、肝心の黄金銃はどこだ?」
    「ああ、そうでした。ええ、あちらに飾ってあります」
     イクトミは壁を指差す。
     そこには確かに、ギラギラと光る黄金製のSAAが飾られていた。
    「確かにそれらしいな。
     探偵、約束の品だ。持って帰れ」
    「ああ」
     アデルはうなずき、壁へと近付く。
     と、途中で立ち止まり、振り返ろうとした。
    「おい、椅子かなんか……」
     が――アデルが振り返りかけたその瞬間、室内にパン、パンと音が響いた。

    「うぐっ……」「……っ」
     アデルが胸を押さえて倒れ、エミルもどさりと倒れこむ。
    「……」
     硝煙のたなびく室内に立つのは、イクトミとジェンソン刑事だけになった。
    「……へっ」
     と、ジェンソン刑事が短く笑い、イクトミの手錠を外す。
    「お前も下手打ったな、え?」
    「ええ、確かに」
     ジェンソン刑事の問いに、イクトミが肩をすくめて答える。
    「まったく、この二人がクレイトンフォードに現れた時は、どうしようかと思いましたよ」
    「追い返したつもりだったがな、あの時は。ま、こうやってノコノコ付いてくることも考えてはいたからな。
     まったくアホな奴らだよ。こっちがちょっと下手に出りゃ、簡単に信用しやがって。俺とお前がグルになってるって可能性を考えてなかったらしいな」
    「わたくしとしては、お二人がそうであって助かりましたがね。これで妙な追っ手は消え、これまで通りあなただけが、わたくしを追う『振り』をしてくれるわけなのですから」
    「そう言うことだ。……さてと、それじゃさっさと始末しちまうか、こいつら」
    「外に出しておけば十分でしょう。あなたの『お仲間』が綺麗さっぱり片付けてくれますよ」
    「はっ、『お仲間』か。違いねえや、ひひひ……」
     ジェンソン刑事が下卑た笑いを漏らしたところで――ぼそ……、と声が聞こえてきた。
    「なるほどな。あんたが『コヨーテ』ってわけか」

    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 13

    2014.10.02.[Edit]
    ウエスタン小説、第13話。岩の中の宝物庫。13. イクトミが忠告していた通り、レッドロック砦跡に到着する頃には既に、夕日が地平線の向こうに沈もうとしていた。「こちらが我が宝物庫です。どうぞ、お入り下さい」 依然、ジェンソン刑事に背中をつつかれながらも、イクトミは恭しい態度で一行を招き入れた。「外から見た分には、赤茶けた岩が積んであるようにしか見えなかったが……」「確かにこれは、立派な砦ね」 巧妙に積ま...

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    ウエスタン小説、第14話。
    「コヨーテ」。

    14.
    「……!?」
     イクトミとジェンソン刑事は目を丸くし、倒れた二人がいるはずの場所に目をやる。
    「い、……いねえ!?」
    「いつの間に!?」
    「あんたたちがベラベラ裏事情をしゃべってバカ笑いしてる間に、よ」
     そう答えながら、エミルとアデルが銃を構えて現れる。
    「俺たちがこれっぽっちも気付いてないと思ってたのか?
     凶悪犯を捕まえといて、本部に連絡もせず、いきなりアジトへ乗り込むような奴が怪しくないわけ無いだろうが」
    「それ以前に、よ。どうして地元警察の捜査がとっくに終わった後で、あんたはポートマン邸に現れたのかしら?
     別件での捜査なんて言ったけど、それは真っ赤な嘘。本当は次のヤマ、ワットウッド邸に忍び込むための下準備。相棒のイクトミをグレッグ・ポートマンJrに変装させるための、材料探しだったのよ」
    「ぐっ……」
     ジェンソン刑事の顔を、ぼたぼたと汗が流れ落ちる。
    「恐らくこれまでの、イクトミの犯行の半分以上は、あんたが加担してるはずだ。そうでなきゃ、これだけ滅多やたらに盗みを働きまくって、未だに誰も捕まえられないってわけが無い。
     インディアン神話でも、イクトミには『コヨーテ』ってパートナーがいるからな。あんたがそうなんだろ?」
    「……ふ、ふふ」
     ジェンソン刑事は袖で額の汗を拭き、開き直る。
    「バレちゃあ、仕方ねえ。……今度こそ、死んでもらうぜッ!」
     パン、パンとリボルバーの音が響く。
     ところが、ジェンソン刑事の正面にいるエミルたちは、ピンピンしている。
    「な……っ? なんで死なない!?」
    「さっきも言った通り、あんたの正体にはクレイトンフォードにいた時点で粗方、気が付いてた。
     だもんで、駅であんたの煙草に火を点けた隙に、銃をすり替えておいたのさ。空包しか入ってないやつとな。
     あの時、俺の鼻先に突き付けてくれたおかげで、まったく同じやつを調達できた。いやぁ、助かったぜ」
     アデルがニヤニヤしながら言い放った言葉に、ジェンソン刑事は顔面蒼白になる。
    「……ばっ、バカなっ」
     ジェンソン刑事はなおもリボルバーの引き金を引くが、出るのは音ばかりである。
     やがて破裂音も聞こえなくなり、カチ、カチと弾倉が回るだけになった。
    「う……うう……っ」
    「あんたのライトニングは、これよ」
     エミルはジェンソン刑事にそう告げ、彼が持っていたリボルバーを彼に向かって発砲した。
    「うっ……、ぎゃあああっ!?」
     両手足を撃たれ、ジェンソン刑事は絶叫する。
    「殺さないでおいてあげるわ。あんたを連邦特務捜査局に引き渡せば、口止め料がたんまり出てきそうだもの」
    「ひいっ……、ひいっ……」
    「で、こっちのライトニングにはあと2発、弾が残ってる。あたしが元々持ってるスコフィールドにも、6発。
     ついでに言うとアデルも銃を持ってる。逃げた瞬間、あたしたちはマジであんたを星条旗にするわよ」
    「ついでって言うなよ。……ま、そう言うことだ」
     エミルたちに銃を向けられ、イクトミの顔には明らかに、焦りの色が浮かんでいた。
    「これは……、なるほど、なるほど。絶体絶命ですな、何の紛れも無く」
    「そうよ。分かったら、そこに落ちてる手錠を自分でかけなさい」
    「大人しく投降すりゃ、命までは取りゃしない。そこのクズ刑事と違って、俺たちは正義を大事にするからな」
    「……」
     イクトミは黙り込み――次の瞬間、天井まで跳び上がった。

    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 14

    2014.10.03.[Edit]
    ウエスタン小説、第14話。「コヨーテ」。14.「……!?」 イクトミとジェンソン刑事は目を丸くし、倒れた二人がいるはずの場所に目をやる。「い、……いねえ!?」「いつの間に!?」「あんたたちがベラベラ裏事情をしゃべってバカ笑いしてる間に、よ」 そう答えながら、エミルとアデルが銃を構えて現れる。「俺たちがこれっぽっちも気付いてないと思ってたのか? 凶悪犯を捕まえといて、本部に連絡もせず、いきなりアジトへ乗り...

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    ウエスタン小説、第15話。
    怪盗紳士の謎の言葉。

    15.
    「なっ……!」
     視界から一瞬相手が消え、アデルは慌ててライフルを構える。
    「伊達にイクトミ(蜘蛛男)と名乗っているわけではないのですよ」
     だが次の瞬間、アデルの頭上にイクトミが移動し、そのまま両肩に乗る。
    「ぐあっ……!?」
     アデルは体勢を崩し、床に押し倒される。
     イクトミはアデルの肩に両足を載せたまま、リボルバーを彼の頭に向ける。
     が――次の瞬間、イクトミは再び跳び上がる。そして一瞬前まで彼がいた空間を、2発の弾丸が通過していく。
    「みだりに発砲しないでいただきたい。貴重なコレクションに傷が付いてしまう」
    「だったらじっとしてなさいよッ!」
     エミルはジェンソン刑事から奪っていたリボルバーを捨て、自分のリボルバーを構える。
     イクトミは天井に貼り付きながら、慇懃な仕草でかぶりを振る。
    「それは了承いたしかねますな。星条旗はわたくしの肌に合わないものでね」
    「だったらフランス国旗でもいいけど? 真っ赤な血、白いスーツ、真っ蒼な死に顔。お似合いじゃないかしら?」
    「まったく、乱暴なお嬢さんだ」
     イクトミは両手を離し、足だけでぶらんと天井から垂れ下がり、その姿勢のまま、またも肩をすくめて見せた。
    「『大閣下』はお喜びになるでしょうが、ね」
    「……!」
     イクトミの言葉に、エミルの顔が真っ蒼になった。



    「ど、どうした、エミル……?」
     フラフラと起き上がったアデルに、エミルは顔を背け、応えない。
     だが――エミルは突如、絶叫しながら、イクトミに向かってリボルバーを乱射した。
    「……る、……どおおおああああああッ!」
     天井にいくつもの穴が開く。
     だが、イクトミはそれよりも早く床に降り立ち、全弾をかわしていた。
    「はあっ……、はあっ……」
     エミルは蒼い顔をしたまま、リボルバーに弾を込め始める。
     だが、イクトミが素早く動き、エミルの腕に手刀を振り下ろした。
    「あっ……!」
     リボルバーが落ちると共に、イクトミはまたも跳び上がり、出口付近にまで移動した。
    「Calmez-vous mademoiselle, s'il vous plait.(落ち着いて下さいませ、お嬢様)
     ……今宵はこの辺にいたしましょう。首尾よくあなたか彼のどちらかを殺せたとしても、残ったもう一方に殺されるでしょうからね。
     このまま戦えば、双方の被害はあまりにも大きい。であれば、戦わぬが吉と言うもの。このまま失礼させていただきます。
     次にお目見えする時まで、ごきげんよう」
     一方的に別れを告げ、イクトミはそのまま消えた。



     イクトミが姿を消してから1時間ほどの間、アデルは気を失ったジェンソン刑事の介抱と拘束を行い、そして茫然自失の状態にあったエミルを座らせ、毛布をかけ、部屋に置いてあったバーボンを飲ませた。
    「落ち着いたか?」
    「……ええ」
     ようやく顔に血の気が戻ってきたエミルに、アデルは恐る恐る質問する。
    「イクトミって、お前の知り合い、……じゃないよな?」
    「ええ。初対面よ」
    「でも、……なんか、あっちは知ってるっぽかったな」
    「みたいね」
    「あいつに何て言ったんだ? 『……るど』とか何とか言ってた気がしたけど」
    「……さあ? 我を忘れてたもの」
    「あいつが言ってた『大閣下』って誰だ?」
    「……」
     エミルはうつむき、小さな声でこう返した。
    「……知らないわ……」
    「そう、か」
     これ以上は何も聞けず、アデルも黙り込んだ。



     エミルたちが街に戻ったのは結局、翌日になってからだった。
     ちなみに――イクトミが言っていた通り、グレッグはこの日、貨物列車の中で発見、保護された。
     ジェンソン刑事についても、連絡を入れて数日のうちに、パディントン局長を含む探偵局の人間と連邦特務捜査局の人間が連れ立って現れ、即座に拘束・逮捕された。

    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 15

    2014.10.04.[Edit]
    ウエスタン小説、第15話。怪盗紳士の謎の言葉。15.「なっ……!」 視界から一瞬相手が消え、アデルは慌ててライフルを構える。「伊達にイクトミ(蜘蛛男)と名乗っているわけではないのですよ」 だが次の瞬間、アデルの頭上にイクトミが移動し、そのまま両肩に乗る。「ぐあっ……!?」 アデルは体勢を崩し、床に押し倒される。 イクトミはアデルの肩に両足を載せたまま、リボルバーを彼の頭に向ける。 が――次の瞬間、イクトミ...

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    ウエスタン小説、第16話。
    エミルの過去。

    16.
    「凶悪犯、イクトミを捕り逃してしまったのは残念ではあるが、依頼自体は完遂できたと言える。黄金銃を無事に取り戻せたわけだからな。ポートマンJrも喜んでいるよ。間もなくこちらにやって来るそうだ。
     その他、確保した美術品――かどうかは詳しく調べないことにはまだ分からんが――についても、元の持ち主を探し次第、返却・返還していくつもりだ。我が探偵局の評判は大幅に上がるだろう。
     よくやった、二人とも」
    「ありがとうございます、局長」
     パディントン局長と会話を交わしながらも、アデルの目は泳いでいる。
     未だ落ち込んだ様子のエミルが気になって仕方ないためだ。
    「……コホン」
     見かねたらしく、パディントン局長が咳払いをする。
    「どうしたんだ、二人とも? 一体何があった?」
    「あ……、いえ、そのですね」「アデル」
     と、エミルが顔を上げる。
    「大丈夫、あたしから話すわ」
    「分かった」
     エミルはアデルとパディントン局長とを交互に見て、それから――いつもの彼女らしくない様子で――話し始めた。
    「イクトミは、過去にあたしが仕留めた、ある人物と関係があったようです」
    「ほう?」
    「その人物は非常に危険な男で、……ともかく、本人は死んでいるはずです。
     しかしイクトミの話し振りから察すると、まだ何かしら、影響力を持っているようです。もしかしたら、その男が持っていた組織はまだ、残っているのかも知れません」
    「ふむ」
    「いずれ、イクトミはまた、あたしと接触しようとするでしょう。そしてその時は必ず、何かの事件が起こります。
     ……あたしは探偵局を離れます。迷惑、かけられませんから」
    「何を寝ぼけているのかね?」
     エミルの話を聞いたパディントン局長は、それを鼻で笑った。
    「事件を解決するのが我が探偵局の仕事だ。我々に仕事をするなと言うのかね?」
    「いえ、そうじゃありません。あまりにも凶悪な……」「200オーバーだ」「……はい?」
     パディントン局長はエミルの両肩に手を置き、自信たっぷりにこう続けた。
    「我々がこれまでに捕まえた、懸賞金1000ドルを超える凶悪犯の数だ。1万ドル以上に及ぶような奴なら15、6人はいる。
     わたしを信じなさい、エミル・ミヌー。わたしは今世紀アメリカ最大の名探偵であり、それに次ぐ人材を山ほど率いている名指揮官でもある。君の言う組織など、わたしが、……いや、わたしたちが、完膚なきまでに蹴散らしてやればいいんだ。
     信じなさい。わたしたちは、きっとそれをやれると」
    「……」
    「ともかく、今は気を取り直すことだ。
     ポートマンJrが来たら、みんなでワットウッド氏のところに戻ろう。彼の秘蔵コレクションを見せて、……いや、飲ませてもらおう」
    「え?」
     思いもよらない言葉に、エミルも、アデルもきょとんとする。
    「まさか……」
    「お知り合い?」
    「勿論だ。私はこの国の、大抵の名士とは友人なんだぞ? ワットウッド氏もその例に漏れず、な。
     彼はすぐ金細工や高価な機械なんかを披露したがるが、それはその方が大抵の人間の目を惹くからなんだ。コレクターの例に漏れず、目立ちたがりなんだよ、彼は。
     だが『いいお酒があるか』と聞いたら、彼はそっちの方が百倍喜ぶ。それに見目麗しいお嬢さんのためなら、気前よくワインの1本や2本、開けてくれるだろうさ」
    「……はは」「……ふふっ」
     パディントン局長の明るい振る舞いに、二人の間にようやく笑顔が戻った。

    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ THE END

    DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 16

    2014.10.05.[Edit]
    ウエスタン小説、第16話。エミルの過去。16.「凶悪犯、イクトミを捕り逃してしまったのは残念ではあるが、依頼自体は完遂できたと言える。黄金銃を無事に取り戻せたわけだからな。ポートマンJrも喜んでいるよ。間もなくこちらにやって来るそうだ。 その他、確保した美術品――かどうかは詳しく調べないことにはまだ分からんが――についても、元の持ち主を探し次第、返却・返還していくつもりだ。我が探偵局の評判は大幅に上がる...

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    年一回更新のウエスタン小説。
    大陸横断鉄道。

    1.
     日本やフランス、その他欧州圏の人間には信じられない事実であろうが、アメリカ合衆国には現在に至るまで、「国鉄」なるものが存在したことが無い。つまりアメリカ合衆国が単独で、ひとつの鉄道会社や鉄道網を所有した事実は無いのだ。
     即ち、アメリカ全土を網羅し、西部開拓史の象徴の一つにもなっている「鉄道」は全て在野、民間人の所有なのである。

     開拓史を代表する鉄道網――その最たる例は何と言っても、「大陸横断鉄道」だろう。
     西部開拓民が長年建設を要望していたこの鉄道網は、南北戦争中に着工された。それ故、この鉄道網には「合衆国の分断に歯止めをかける」と言う、政治的な目論見もあったとされている。
     だが、そんな裏事情を抜きにしても、この鉄道には国家的な意義があったことは間違いない。事実、鉄道網の完成前には、東海岸から西海岸までの横断には数ヶ月を要していたが、完成後にはおよそ一週間にまで短縮されている。
     交通網の劇的な充足は、西部の開拓をより一層加速させた。

     一方で――この鉄道が2つのものを完膚なきまでに破壊したこともまた、厳然たる事実である。
     一つは敷設用地の確保のため、インディアンの土地が大規模に奪われたこと。そしてもう一つは列車の安全運行のため、線路を横切るバッファローが大量に殺されたこと。
     この鉄道網は、合衆国にとって大きな利益をもたらしたと共に、一つの文化、一つの種を「人為的に絶滅せしめた」と言う暗黒面も、同時に持ち合わせている。



     そして、公には知られざるもう一つの暗黒面がこの時代、密かに存在していた。
    「おーし、積み終わったな!」
     黒塗りの貨物列車の中から、顔を布で隠した男が現れる。
    「行くぞ! 火ぃ入れろッ!」
    「了解っス!」
     男の手下らしき数名が、先頭の機関車両に乗り込む。
    「グズグズするなよ! もうじき夜明けだからな!」
    「分かってますって! すぐ出せます!」
     手下が答えた通り、間もなく機関車から蒸気が立ち上り始める。
    「……へっ、来やがったな」
     と、男が灯り一つ無い街中に、大きな影を見付ける。
    「準備でき次第出せ! 保安官が馬で来てるぞ!」
    「了解! 出ます!」
     ぼおおお……、と音を立てて、機関車の煙突から白煙が噴き上がる。
    「……アハハ、ハハ」
     列車が動き出したと同時に、男は笑い出した。
    「間抜けだねぇ、奴らときたら! 時代は既に『コイツ』なんだぜ? まーだ馬なんか使ってやがらぁ」
     パン、パンとライフルの音が聞こえてくるが、男たちの乗る列車には到底、届かない。
    「そんじゃ、ま」
     男は保安官らしき影に、おどけた仕草で敬礼して見せる。
    「お見送りご苦労さん、……ってか」
     やがて影は街ごと、地平線の向こうへと消えていく。
     列車が時速30マイルほどの速度に達した辺りで、男は顔から布を外した。
    「ふう……」
     あらわになったその顔を、地平線から昇ってきた朝日が照らす。
    「今日もいーい天気になりそうだぜ」
     男は貨物車の中に目をやり、手下たちを一瞥してから、隅に置いてあったバーボンの瓶を手に取る。
    「祝杯と行こうや。我が強盗団が、今回の仕事も無事に成功させたことを祝って」
    「ええ」「いただきます」
     手下たちが酒瓶を手に取る一方で、男は機関車にいる手下にも声をかける。
    「ほれ、お前も飲め」
    「ありがとうございます、ボス」
     にっこり笑って酒瓶を受け取った手下に向かって、男も満面の笑みで返す。
    「いいってことよ。
     よし、全員酒持ったな? それじゃ……、乾杯!」
     男は――たった今、汚れ仕事を終えたばかりとは思えない――さわやかな仕草で、酒をあおった。

    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 1

    2015.08.09.[Edit]
    年一回更新のウエスタン小説。大陸横断鉄道。1. 日本やフランス、その他欧州圏の人間には信じられない事実であろうが、アメリカ合衆国には現在に至るまで、「国鉄」なるものが存在したことが無い。つまりアメリカ合衆国が単独で、ひとつの鉄道会社や鉄道網を所有した事実は無いのだ。 即ち、アメリカ全土を網羅し、西部開拓史の象徴の一つにもなっている「鉄道」は全て在野、民間人の所有なのである。 開拓史を代表する鉄道網...

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    ウエスタン小説、第2話。
    半役人。

    2.
    「前回の事件のおかげで、連邦特務捜査局とパイプができたんだ」
     パディントン局長はニコニコ笑いながら、アデルとエミルに話し始めた。
    「ま、向こうにしてみたら、弱みを握られたと思っているかも知れないがね。
     それはともかく、彼らから合同捜査を打診されたんだ。建前上は今後の業務提携を目して良好な関係を築き……、とか何とか言う話だったが、ま、実際のところは業を煮やした末の、苦肉の策と言うところだろうね」
    「どう言うこと?」
     尋ねたエミルに、パディントン局長は肩をすくめて返す。
    「3年ほど前から、西部の鉄道網を悪用している輩がいるらしい。
     街で盗みを働き、その盗品を列車に載せて、そのままとんずら。それを何度も繰り返しているそうだ。
     当然これは、窃盗と言う犯罪のみならず、正規の列車運行に悪影響を及ぼす、大変迷惑な行為でもある。ゆえに合衆国政府も、彼らの存在を極めて悪質なものとして憂慮しており、その直下にある連邦特務捜査局にとっても第一に検挙すべき相手だ。
     ところが、だ」
     パディントン局長はデスクに地図を広げ、各鉄道会社の路線図を示す。
    「現在、西部には1万マイルを超える距離の鉄道網が敷かれている。これをつぶさに監視することは、捜査局の人員と権力では不可能だ。
     そのために、『優先的に処理すべき案件』と決定されながらも、最初の事件発生から現在に至るまで、捜査に本腰を入れることは不可能だったわけだ。
     で、今回の件についてだが。依然として、捜査局は我が探偵局の存在を疎ましく思っていることは間違い無いだろう。その上、捜査官の汚職と言うスキャンダルを握られてすり寄られては、うっとうしくて仕方が無いはずだ。
     しかし対応を誤れば、捜査局の醜聞を公表される危険がある。そう考えた彼らは、この事件を我々に回してきたんだろう」
    「なるほど。うまく行かなければ逆に我々を非難して縁を切れる、うまく行けば自分たちの手柄にできるし、『どうだ、自分たちはあんた方のお役に立つだろう?』と示すことで、手を切らせないようにおもねることができる、ってわけですね。
     やれやれ、つくづくお役人ってのは!」
    「厳密には『半』役人と言ったところだろうが、確かに同感だ。
     一応、向こうからも人員を出してくれるそうだが、……人数を聞いて愕然としたよ」
    「何名だったの?」
     エミルの問いに、パディントン局長は手を開いて見せた。



    「50名? 鉄道を見張るにしちゃ、少なすぎない?」
    「5名だ」
    「……冗談よね?」
    「私は冗談が大好きだが、これは冗談じゃあないんだ。
     彼らが長年、合衆国から認可されない理由が分かった気がしたよ。この広大な合衆国を網羅しつつある鉄道網を見張る人員を、たったの5名しか用意できないとは!
     私のつかんでいる情報によれば、彼らの規模は最低でも300名程度のはずなんだ。その中から、たったの5名! 『第一に処理すべき案件』に対する捜査人員がこの程度じゃあ、彼らの捜査能力が疑われても仕方が無い。
     いや、実際に私も今回ばかりは、唖然としてしまったよ」
    「バカな質問で恐縮ですが、残りの295名は何を?」
     尋ねたアデルに、パディントン局長はかぶりを振る。
    「州警察とほとんど変わらん。事件が起こったと聞けばそこへ行き、近隣を捜索して犯人を探す。違いは捜査範囲が州をまたぐと言う程度だ。
     はっきり言ってしまえば、我々とほぼ変わらん。いや、我々の方が自由が利く分、まだましな働きをしているよ」
    「……で、さっきから嫌な予感がしてるんだけど」
    「その予感はきっと当たりだよ、エミル」
     顔を見合わせたエミルとアデルに、パディントン局長がニコニコと笑いながら、鷹揚にうなずいて見せる。
    「うむ。君たちには捜査局の人間と共に、まずはスターリング&レイノルズ鉄道の本社に行ってもらう」
    「本社ってどこ?」
    「西部C州のリッチバーグにある。つい先日にもその街が襲われたばかりだから、まだ何らかの手がかりも残っているだろう」
    「だといいけどね」

    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 2

    2015.08.10.[Edit]
    ウエスタン小説、第2話。半役人。2.「前回の事件のおかげで、連邦特務捜査局とパイプができたんだ」 パディントン局長はニコニコ笑いながら、アデルとエミルに話し始めた。「ま、向こうにしてみたら、弱みを握られたと思っているかも知れないがね。 それはともかく、彼らから合同捜査を打診されたんだ。建前上は今後の業務提携を目して良好な関係を築き……、とか何とか言う話だったが、ま、実際のところは業を煮やした末の、苦...

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    ウエスタン小説、第3話。
    三重のがっかり。

    3.
     今回の仕事に取り掛かった時点で、エミルはまず、3度落胆した。
     まず1つ目は、同行する捜査官が、お世辞にも優秀とは言いがたい青年だったからである。
    「はじめまして、クインシー捜査官。俺はパディントン探偵局のアデルバート・ネイサン。こっちはエミル・ミヌーだ」
    「よろしく」
     駅ではじめて顔を合わせた際、相手の捜査官はコチコチとした動作で、手を恐る恐る差し出してきた。
    「よ、よろしくお願いします。ぼ、僕は、えっと、サミュエル・クインシーと、はい、申します、……ど、どうも」
     吃音癖があるのか、もしくは極度の上がり症らしく、サム捜査官はこの短い挨拶でさえ、噛み気味に述べていた。
     アデルは相手の差し出した手を握りつつ、やんわりと尋ねてみる。
    「まあ、そんなに緊張なさらず。……失礼ですが、お仕事は何年ほど?」
    「実は、あの、これが、はじめてで……、すみません」
    「あら、そうなの?」
     相手の頼りない返答に、エミルとアデルは目配せする。
    (特務局って、何考えてんのかしらね? 重要な仕事って言ってたクセして、寄越すのはこんな若造?)
    (連中も匙投げてんだろうな。『もうどうでもいいや』って感じが見え見えだぜ)
    「あ、あのー……?」
     その様子を伺っていたサムが、心配そうに二人を眺めてくる。
    「ああ、いえ、何でも。
     まあ、これから一緒に仕事するんですし、まずは肚を割って話しましょう。……敬語とかも無くて構いませんから」
    「は、はい」

     まずは打ち解けるため、三人は近くのサルーンに入った。
    「コーヒーでいいかしら?」
    「え、あ、はい」
     依然おどおどとしているサムに、アデルがあれこれと尋ねる。
    「で、サム。歳はいくつだ?」
    「に、22です」
    「へぇ、そうは見えないな。てっきり高校を出たてのハイティーンかと思ってたが」
    「よく言われます」
    「特務局に入ったきっかけは?」
    「大学でスカウトされまして」
    「大学? 何を専攻してたんだ?」
    「えっと、あの、犯罪心理学って言って、何と言うか、その」
    「いや、内容とかは別にいい。まあ、この業界向けのことをやってたってワケだ。
     しかし大学で勉強してたってのと、あんたの性格からすれば、どっちかって言うと内勤向けだと思うんだがなぁ……? どうして俺たちと組むことに?」
    「本当はそのはずだったんですけど、部長が『一度くらい現場を見た方がいい』って、それで、だから、ここに……」
    「なるほどな。ま、そう言う事情なら、今回の事件はそこそこ安心して当たれると思うぜ。上も半分諦めてるような捜査だ。そこいらをうろついて、手がかりがありゃ報告して、無けりゃそれでおしまいだ。
     そう考えりゃ、ちょっとした旅行みたいなもんだ。あんまり気負わなくていいぜ」
    「は、はあ」
     その後も1時間近くアデルはあれこれと話しかけていたが、サムの態度には結局、あまり開放的な変化は見られなかった。

     いつまでもサムに構っていられないため、三人は本来の目的である、スターリング&レイノルズ鉄道本社へと向かった。
     しかしそこで受けた対応もまた、エミルをがっかりさせるものだった。
    「あぁん? パットン鑑定団と、連邦国富調査局?」
    「パディントン探偵局と連邦特務捜査局です」
    「知らねえなぁ。めんどくさそうだから、他当たってくれや」
     社長と面会したところ、かなりぞんざいにあしらわれたからである。
    「いえ、ですから御社の鉄道網においてですね……」
    「知らねえなぁ」
    「被害が出ていると……」
    「うちにゃなーんにも盗まれたもんなんかねえ。他人が泥棒に遭ったとか言われても、関係ねえ」
    「いや、しかし御社の鉄道網が不正に使用されて……」
    「知らねえなぁ。うちんとこの通常運行にゃ、問題ねえらしいからなぁ。
     なあ、あんたら。もう話すんのめんどくさいから、帰ってくれや」
     取り付く島もなく、三人は憮然とした顔で応接室を後にした。



    「何あれ? ふざけ過ぎでしょ」
    「自分さえよけりゃ、って感じだな。反吐が出そうだったぜ」
     先程のサルーンに戻り、エミルとアデルは憤慨する。
    「態度からして、金だけ出してるみたいね」
    「ああ。『寝てりゃ金が入ってくる』みたいな雰囲気だったな」
    「どうしようもないわね。そのうち潰れるわ、あんな会社」
    「同感。勝手に潰れりゃいいんだ」
     と、サムが恐る恐る手を挙げる。
    「これから、どうするんですか?」
    「……どうしようも無いさ。社長があんな様子じゃ、現場の保全なんかもやっちゃいないだろう。手がかりはまず、残っちゃいないさ」
    「つまりおしまいってことよ。もう帰るだけね」
    「えっ、……えぇー……」
     エミルが落胆した3つ目の理由は、今回の仕事があまりにも、馬鹿馬鹿しく感じられたためである。

    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 3

    2015.08.11.[Edit]
    ウエスタン小説、第3話。三重のがっかり。3. 今回の仕事に取り掛かった時点で、エミルはまず、3度落胆した。 まず1つ目は、同行する捜査官が、お世辞にも優秀とは言いがたい青年だったからである。「はじめまして、クインシー捜査官。俺はパディントン探偵局のアデルバート・ネイサン。こっちはエミル・ミヌーだ」「よろしく」 駅ではじめて顔を合わせた際、相手の捜査官はコチコチとした動作で、手を恐る恐る差し出してき...

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    ウエスタン小説、第4話。
    捜査続行。

    4.
     その日の晩、三人はサルーンの1階に集まって夕食を取っていた。
    「あのー」
     と、サムが恐る恐る尋ねてくる。
    「どうした?」
    「本当にもう、調査は……」
    「ああ」
     アデルは一瞬周りを見回し、サムに目配せした。
    「えっ?」
     しかし、要領の悪いサムはきょとんとしている。
     見かねたエミルが、サムの椅子を蹴っ飛ばす。サムは椅子ごと、床へ横倒しになった。
    「おわっ!?」
    「ごめんなさいね、引っ掛けちゃったわ」
    「あいてて……、ひ、ひどいですよ」
     立ち上がろうとしたサムを、アデルが助け起こし――ているように見せかけ、彼の耳元で囁く。
    (勿論、これで終わりなんてことは無いぜ)
    「えっ?」
    (バカ、声がでかい)
    「……あ、すみません」
    「ったく、大丈夫かよ、お前さん」
     サムが椅子に座り直したところで、アデルは口元をフォークで指し示した。
    (詳しいことは部屋で話す。後でお前の部屋に集まろう)
    「……」
     口の動きだけで示したアデルに、サムはぎこちなくうなずいて返した。

     夜遅く、三人はサムの泊まる部屋に集まった。
    「明日早く、S&R鉄道の車輌基地に忍び込むぞ」
    「え? ど、どうしてですか?」
    「ちょっと気になってな。お前さんも、あの社長がバカそうだってことは感じただろ?」
    「え、ええ、まあ、そう言う言い方は、えっと、……まあ、でも、はい」
    「あの社長の態度からすると、S&R鉄道の管理体制はかなり甘そうだ。
    『らしい』だの『めんどくさい』だのこぼしてたし、あのバカ社長は恐らく、人員や車輌とかの細かい管理については全部、人任せにしてるんだろう。
     となりゃ、実際に管理してる奴なり外部の奴なりが、何かしらピンハネできるんじゃないか? 俺はそう考えた」
    「『何かしら』? それってつまり……」
     尋ねたエミルに、アデルは深々とうなずいた。
    「ああ。考えてみりゃ、そこいらの泥棒が列車を1輌まるまる手に入れられるなんてこと、そうそう有るわけが無い。あそこみたいに、よっぽど管理の緩い鉄道会社から盗んだのでもなけりゃな」
    「そもそも、あの社長の態度も怪しいわよね。さっさと帰って欲しそうにしてたし。いかにも『秘密を抱えてます』って感じ」
    「確かにな。もしかしたら、もしかするかも知れんぜ。
     で、その裏付けのために明日、車輌基地を調べる。……と言うわけでだ、今日はもう寝ちまおう」
    「わっ、分かりました!」
     ようやく「らしい」仕事ができると分かり、サムは嬉しそうに敬礼する。
    「おいおい、大げさだなぁ」
     アデルも笑いながら、敬礼を返した。



     日付が変わり、未明頃。
     エミルたち三人は密かに、S&R鉄道の車輌基地前に集まっていた。
    「見張りは?」
    「いないわ」
     最も身軽なエミルが基地の外壁に登り、双眼鏡で安全を確認する。
    「本当、管理がなってないわね。守衛所みたいなのがあるけど、中で2人、ぐっすり寝てるわ。酒瓶抱えて」
    「とんでもない会社だなぁ。マジで潰れるぜ」
     エミルが先んじて中に入り、内側から門を開ける。アデルとサムはそのまま、門から侵入した。
    「他に見回ってるらしい人影も無し。調べ放題ね」
    「よし、じゃあちゃっちゃと回っちまおう」
     三人はまず、倉庫へと向かう。
    「ん……、と」
    「それらしいのがあったぜ」
     入って間もなく、アデルが箱を棚から下ろす。
    「『18XX下半期 車輌管理リスト』。……はは、こりゃひでえ」
     アデルが中の書類を確認し、顔をひきつらせる。
    「どうしたの?」
    「大当たりだ。3年前の9月、ユニオン・パシフィック鉄道から蒸気機関車8輌を購入してる。
     だが月末に、『7輌の間違い』って訂正されてる。しかし9月の半ばまでには、8輌分の運行記録が付けられている。
     いくらなんでも、こんなもんでごまかせないっつの」
    「杜撰(ずさん)もいいところね。社長は気付かなかったのかしらね?」
    「あの調子じゃ、気付いちゃいないだろうな。それともグルだったか」
     その他の資料を確かめれば確かめるほど、この会社がいかに放漫な管理体制であるかが判明していった。
    「この3年間でちょくちょく、機関車の予備パーツやら保安部品やらの数が合わないことが起こっているらしい。
     明らかに盗まれてるが、……ま、社長にバレたらまずいってことなんだろ、無理矢理帳尻合わせてごまかしてるな」
    「ここまで来ると、恐らく社長は無関係ね。もし一枚噛んでるなら、ここの管理記録に残る前にガメるでしょうし」
    「だろうな。そしてここの奴らも無関係だろう。……関係するまでも無いからな。外から堂々盗めちまうし」
     流石のサムも、「これはひどいですね、本当に」とつぶやいていた。

    DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 4

    2015.08.12.[Edit]
    ウエスタン小説、第4話。捜査続行。4. その日の晩、三人はサルーンの1階に集まって夕食を取っていた。「あのー」 と、サムが恐る恐る尋ねてくる。「どうした?」「本当にもう、調査は……」「ああ」 アデルは一瞬周りを見回し、サムに目配せした。「えっ?」 しかし、要領の悪いサムはきょとんとしている。 見かねたエミルが、サムの椅子を蹴っ飛ばす。サムは椅子ごと、床へ横倒しになった。「おわっ!?」「ごめんなさいね...

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