Index ~作品もくじ~
- DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 1
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- DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 6
- DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 7
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- DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 9
- DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 10
- DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 11
- DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 12
- DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 13
- DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 14
- DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 15
- DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 1
- DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 2
- DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 3
- DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 4
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- DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 13
- DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 14
- DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 15
- DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 1
- DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 2
- DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 3
- DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 4
- DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 5
- DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 6
- DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 7
- DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 8
- DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 9
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- DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 14
- DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 15
- DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 16
- DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 1
- DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 2
- DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 3
- DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 4
»» 2013.03.23.
ウエスタン小説、第2話。
女賞金稼ぎ。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
2.
「8000ドルとかあったらさ」
サルーンのカウンターに腰かける若い女性が、壁にかかった文字だけの手配書を指差し、とろんとした声でこう続ける。
「あたし、イギリスにでも行っちゃうわね」
「そうですか。何をお求めに?」
女性の手には、空になったグラスが握られている。
「お求めって言うか、住みたいのよね。どこか郊外の、小さくて綺麗で由緒あるお屋敷を買って、ふわっふわのかわいい仔猫とか膝に乗せて、のんびり過ごしたいの」
「それは結構ですな」
一方、サルーンのマスターは適当な相槌を打ちながら、皿を綺麗に磨いている。
「しかし8000ドルなどと言うのは、一市民には到底手の届かない額です。
先程からお客様、あの手配書を肴に話をなさっていらっしゃいますが、もしかして……」
「ええ、賞金稼ぎよ。一応ね。……実は8000ドルよりもっと多く、お金持ってたこともあったんだけど、……結局この国、いいえ、この西部をウロウロしてる間に、いつも使い潰しちゃうのよね」
「ほう……、結構な腕利き、と言うわけですな。過去にはどんな大物を?」
「そうね、言って知ってるかどうか分かんないけど……、『ハンサム・ジョー』とか、『メジャー・マッド』とか」
「うん? ……いえ、聞いた覚えがありますね。いずれも凶悪な賞金首で、討ち取ったのは、……なるほど、女性と聞いています。
その賞金稼ぎの名は、確か……『フェアリー』」
「正確には『フェアリー・ミヌー』よ。かわいいでしょ?」
「ええ」
うなずいたマスターに、ミヌーはにこっと笑って見せた。
と――サルーンの戸が乱暴に開かれ、マスクを付けた薄汚い身なりの若者たちが4人、ぞろぞろと押し入ってきた。
「おい、そこの女!」
「あたし?」
ミヌーが応じると、若者の一人が人差し指をミヌーに向かって突きつける。
「お前、余所者だな?」
「そうよ」
「来い」
横柄にそう命じてきた若者に、ミヌーはくすっと笑って返す。
「あたしに言うこと聞かせたいならまず、お金払いなさいな」
「あ?」
「用事は何? 一緒にデート? それとももっと楽しいことかしら? 高く付くけどね」
「……ふざけてんじゃねえぞ! 来いと言ったら、つべこべ言わずさっさと……」
若者が怒鳴り終らないうちに、突然仰向けに、ばたんと倒れた。
彼は白目をむいており、そのマスクは酒と鼻血らしきもので、ぐしょぐしょに濡れている。ミヌーが持っていたグラスを、彼に投げ付けたのだ。
「二度も言わせる気? あたしに言うこと聞かせたいなら、力ずくなんて野蛮な真似はよしてちょうだいな。
あ、マスターさん。グラス、いくらだったかしら」
投げたグラスを弁償しようとしたミヌーに対し、マスターは苦い顔を返す。
「ミス・ミヌー。今のはいけません……。すぐに謝って、言うことを聞いた方がいいかと」
「なんで?」
「その……、あいつら、いえ、彼らは……」
口ごもるマスターに代わる形で、残りの若者たちが答えた。
「俺たちはこの町の番人、『ウルフ・ライダーズ』の者だ」
「穏便に事を運ぼうと思ったが、仲間がこんな目に遭ったとなりゃ、話は別だ」
若者たちは一斉に、腰に提げていた拳銃を取り出し、ミヌーに向けて構えた。
「金がほしいと言ったな? 1ドル分の鉛弾でよければここにいる3人が、目一杯くれてやるぜ?」
「それも嫌だってんなら、つべこべ言わずにさっさと来てもらおうか」
「……はーい、はい」
ミヌーは肩をすくめて、彼らの方へと歩いて行った。
女賞金稼ぎ。
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2.
「8000ドルとかあったらさ」
サルーンのカウンターに腰かける若い女性が、壁にかかった文字だけの手配書を指差し、とろんとした声でこう続ける。
「あたし、イギリスにでも行っちゃうわね」
「そうですか。何をお求めに?」
女性の手には、空になったグラスが握られている。
「お求めって言うか、住みたいのよね。どこか郊外の、小さくて綺麗で由緒あるお屋敷を買って、ふわっふわのかわいい仔猫とか膝に乗せて、のんびり過ごしたいの」
「それは結構ですな」
一方、サルーンのマスターは適当な相槌を打ちながら、皿を綺麗に磨いている。
「しかし8000ドルなどと言うのは、一市民には到底手の届かない額です。
先程からお客様、あの手配書を肴に話をなさっていらっしゃいますが、もしかして……」
「ええ、賞金稼ぎよ。一応ね。……実は8000ドルよりもっと多く、お金持ってたこともあったんだけど、……結局この国、いいえ、この西部をウロウロしてる間に、いつも使い潰しちゃうのよね」
「ほう……、結構な腕利き、と言うわけですな。過去にはどんな大物を?」
「そうね、言って知ってるかどうか分かんないけど……、『ハンサム・ジョー』とか、『メジャー・マッド』とか」
「うん? ……いえ、聞いた覚えがありますね。いずれも凶悪な賞金首で、討ち取ったのは、……なるほど、女性と聞いています。
その賞金稼ぎの名は、確か……『フェアリー』」
「正確には『フェアリー・ミヌー』よ。かわいいでしょ?」
「ええ」
うなずいたマスターに、ミヌーはにこっと笑って見せた。
と――サルーンの戸が乱暴に開かれ、マスクを付けた薄汚い身なりの若者たちが4人、ぞろぞろと押し入ってきた。
「おい、そこの女!」
「あたし?」
ミヌーが応じると、若者の一人が人差し指をミヌーに向かって突きつける。
「お前、余所者だな?」
「そうよ」
「来い」
横柄にそう命じてきた若者に、ミヌーはくすっと笑って返す。
「あたしに言うこと聞かせたいならまず、お金払いなさいな」
「あ?」
「用事は何? 一緒にデート? それとももっと楽しいことかしら? 高く付くけどね」
「……ふざけてんじゃねえぞ! 来いと言ったら、つべこべ言わずさっさと……」
若者が怒鳴り終らないうちに、突然仰向けに、ばたんと倒れた。
彼は白目をむいており、そのマスクは酒と鼻血らしきもので、ぐしょぐしょに濡れている。ミヌーが持っていたグラスを、彼に投げ付けたのだ。
「二度も言わせる気? あたしに言うこと聞かせたいなら、力ずくなんて野蛮な真似はよしてちょうだいな。
あ、マスターさん。グラス、いくらだったかしら」
投げたグラスを弁償しようとしたミヌーに対し、マスターは苦い顔を返す。
「ミス・ミヌー。今のはいけません……。すぐに謝って、言うことを聞いた方がいいかと」
「なんで?」
「その……、あいつら、いえ、彼らは……」
口ごもるマスターに代わる形で、残りの若者たちが答えた。
「俺たちはこの町の番人、『ウルフ・ライダーズ』の者だ」
「穏便に事を運ぼうと思ったが、仲間がこんな目に遭ったとなりゃ、話は別だ」
若者たちは一斉に、腰に提げていた拳銃を取り出し、ミヌーに向けて構えた。
「金がほしいと言ったな? 1ドル分の鉛弾でよければここにいる3人が、目一杯くれてやるぜ?」
「それも嫌だってんなら、つべこべ言わずにさっさと来てもらおうか」
「……はーい、はい」
ミヌーは肩をすくめて、彼らの方へと歩いて行った。
»» 2013.03.24.
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»» 2013.03.27.
»» 2013.03.28.
ウエスタン小説、第7話。
「デリンジャー・セイント」。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
7.
と、そこへ――。
「隠れてろ、バカ! 荷車の後ろに回り込め!」
突然かけられた声に、残った「ライダーズ」の2人は慌てて従う。
「お、おわ、わわわ……」
彼らが隠れたところで、声をかけた本人――アデルと、ミヌーが現れた。
「こう言うの、何だっけな? 因果応報って言うのか?」
「『デリンジャー』風に言うなら、『自分で蒔いた種はまた、自分が刈り取ることになる』、ね」
二人は暗がりに潜む、硝煙を上げる短銃(デリンジャー拳銃)を握りしめる男に目をやった。
「僧服、どうしたの? どこかに適当なのがあったみたいね」
「……」
「この町にゃ教会はあっても、神父やシスターなんかはいなさそうだからな。その辺りから勝手に取って着てるんだろ。まったく、大した『聖者(セイント)』サマだぜ」
男は静かに、月明かりの当たる場所まで歩み寄ってきた。
その男は間違いなく、昼間「ライダーズ」たちに衣服をはぎ取られた、あの牧師だった。
「私の邪魔をするのか、悪魔共め」
「するさ。ならず者だろうが善悪の判断も付かないバカな若造だろうが、人が殺されようって時に見捨てられるほど、俺は冷血漢になった覚えは無いからな。
しかし災難だったな――あんなトラブルさえなけりゃ、俺もアンタが『デリンジャー・セイント』とは気付かなかったよ。
昼間、アンタがあいつらに剥かれてた時、短銃をあいつらが確かめてたが、単なる護身用のデリンジャーにしちゃライフリングはすり減ってるし、銃口なんかも火薬で焼けた跡があった。相当使い込んでなきゃ、あんな風にはならない。
おまけに銃身やグリップまで改造してある――あれじゃ、『この銃は殺人用です』と言ってるようなもんだぜ。
とは言え災難って言うなら、こいつらにとってもだがな。アンタを怒らせたりしなきゃ、こうして狙われることも……」「勘違いをするな、悪魔の手先よ」
「セイント」は短銃に弾を込め、アデルに向ける。
「呪われたこの町を救うため、私はやって来たのだ。私に与えられた辱めなど、些細なことに過ぎない。元よりこいつらは、滅するつもりだったのだ。
この町は血の匂いがあまりにも濃過ぎる。その異臭の源たる悪魔共を、この聖なる銀弾で一匹残らず祓い、滅することが、私に課された使命なのだ。
邪魔はさせんぞ!」
そう叫び、「セイント」は――突然、身を翻した。
「あっ……?」
てっきりそのまま発砲してくると思い、身構えていた二人は虚を突かれる。
「う、後ろだーッ!」
荷車の陰に隠れていた「ライダーズ」たちが叫ぶ。
「なに……!?」
二人とも、とっさにその場を飛び退く。次の瞬間、二人の頭があった場所を、銀製の銃弾が飛んで行った。
「は、速ええ……! ついさっきまでそこにいたのに!」
「立ち去れ、悪魔よ!」
上下2発装填のはずの短銃を、「セイント」は立て続けに5発、6発と発砲してくる。
「指先まで速いわね、……手強いわ」
ミヌーはかわしざまに拳銃を腰だめに構え、弾倉にあった6発全弾を撃ち尽くす。
しかし1発も「セイント」に当たることなく、弾は建物の壁や遠くの木に当たるだけだった。
一方、アデルも両手でライフルを構え、あちこちを走り回る「セイント」に向けて発砲するが――。
「くっそ……、『セイント』どころか、まるでゴーストだ! 全っ然捉えられねえ!」
「ははは……! お前たちのような悪魔ごときに、私が屈するものか!
そろそろ決着を付けてやろう! 主の元へ召されるがいい!」
ひた……、とミヌーの左肩に、冷たく骨ばった手が置かれる。
「……!」
彼女の背中に、「セイント」の持つ短銃がぐい、と当てられる。
そして間も無く、パン、と乾いた音が、裏路地にこだました。
ところが――。
「……な、……なぜだ、主よ。
私はまだ、使命を、……果たして……」
どさっと乾いた音を立て、「セイント」はその場に倒れた。
「『デリンジャー・セイント』だっけ。教えてあげるわ。
こうやって使うのよ、こう言う小さい銃はね」
ミヌーはくるりと振り返り、左手に持っていた、硝煙を上げる短銃をくるくると回して見せた。
「デリンジャー・セイント」。
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7.
と、そこへ――。
「隠れてろ、バカ! 荷車の後ろに回り込め!」
突然かけられた声に、残った「ライダーズ」の2人は慌てて従う。
「お、おわ、わわわ……」
彼らが隠れたところで、声をかけた本人――アデルと、ミヌーが現れた。
「こう言うの、何だっけな? 因果応報って言うのか?」
「『デリンジャー』風に言うなら、『自分で蒔いた種はまた、自分が刈り取ることになる』、ね」
二人は暗がりに潜む、硝煙を上げる短銃(デリンジャー拳銃)を握りしめる男に目をやった。
「僧服、どうしたの? どこかに適当なのがあったみたいね」
「……」
「この町にゃ教会はあっても、神父やシスターなんかはいなさそうだからな。その辺りから勝手に取って着てるんだろ。まったく、大した『聖者(セイント)』サマだぜ」
男は静かに、月明かりの当たる場所まで歩み寄ってきた。
その男は間違いなく、昼間「ライダーズ」たちに衣服をはぎ取られた、あの牧師だった。
「私の邪魔をするのか、悪魔共め」
「するさ。ならず者だろうが善悪の判断も付かないバカな若造だろうが、人が殺されようって時に見捨てられるほど、俺は冷血漢になった覚えは無いからな。
しかし災難だったな――あんなトラブルさえなけりゃ、俺もアンタが『デリンジャー・セイント』とは気付かなかったよ。
昼間、アンタがあいつらに剥かれてた時、短銃をあいつらが確かめてたが、単なる護身用のデリンジャーにしちゃライフリングはすり減ってるし、銃口なんかも火薬で焼けた跡があった。相当使い込んでなきゃ、あんな風にはならない。
おまけに銃身やグリップまで改造してある――あれじゃ、『この銃は殺人用です』と言ってるようなもんだぜ。
とは言え災難って言うなら、こいつらにとってもだがな。アンタを怒らせたりしなきゃ、こうして狙われることも……」「勘違いをするな、悪魔の手先よ」
「セイント」は短銃に弾を込め、アデルに向ける。
「呪われたこの町を救うため、私はやって来たのだ。私に与えられた辱めなど、些細なことに過ぎない。元よりこいつらは、滅するつもりだったのだ。
この町は血の匂いがあまりにも濃過ぎる。その異臭の源たる悪魔共を、この聖なる銀弾で一匹残らず祓い、滅することが、私に課された使命なのだ。
邪魔はさせんぞ!」
そう叫び、「セイント」は――突然、身を翻した。
「あっ……?」
てっきりそのまま発砲してくると思い、身構えていた二人は虚を突かれる。
「う、後ろだーッ!」
荷車の陰に隠れていた「ライダーズ」たちが叫ぶ。
「なに……!?」
二人とも、とっさにその場を飛び退く。次の瞬間、二人の頭があった場所を、銀製の銃弾が飛んで行った。
「は、速ええ……! ついさっきまでそこにいたのに!」
「立ち去れ、悪魔よ!」
上下2発装填のはずの短銃を、「セイント」は立て続けに5発、6発と発砲してくる。
「指先まで速いわね、……手強いわ」
ミヌーはかわしざまに拳銃を腰だめに構え、弾倉にあった6発全弾を撃ち尽くす。
しかし1発も「セイント」に当たることなく、弾は建物の壁や遠くの木に当たるだけだった。
一方、アデルも両手でライフルを構え、あちこちを走り回る「セイント」に向けて発砲するが――。
「くっそ……、『セイント』どころか、まるでゴーストだ! 全っ然捉えられねえ!」
「ははは……! お前たちのような悪魔ごときに、私が屈するものか!
そろそろ決着を付けてやろう! 主の元へ召されるがいい!」
ひた……、とミヌーの左肩に、冷たく骨ばった手が置かれる。
「……!」
彼女の背中に、「セイント」の持つ短銃がぐい、と当てられる。
そして間も無く、パン、と乾いた音が、裏路地にこだました。
ところが――。
「……な、……なぜだ、主よ。
私はまだ、使命を、……果たして……」
どさっと乾いた音を立て、「セイント」はその場に倒れた。
「『デリンジャー・セイント』だっけ。教えてあげるわ。
こうやって使うのよ、こう言う小さい銃はね」
ミヌーはくるりと振り返り、左手に持っていた、硝煙を上げる短銃をくるくると回して見せた。
»» 2013.03.29.
»» 2013.03.30.
»» 2013.03.31.
»» 2013.04.01.
»» 2013.04.02.
»» 2013.04.03.
»» 2013.04.04.
ウエスタン小説、第14話。
名探偵の登場。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
14.
ボン、とサルーンの中に重い音がこだまする。
「……っ!」
ディーンは胸を押さえ、顔を真っ青にした。
「ディーン!?」「お、おい……!」
ミヌーとアデルの二人も顔を蒼ざめさせ、立ち上がる。
ところが――。
「あれ?」
ディーンが唖然とした顔をしつつ、胸から手を離す。
「オレ、……撃たれてねえ」
「へ?」「え?」
一転、ミヌーたちも目を丸くした。
「……うっ、お、……おお」
反対に、「ウルフ」がうずくまり、先程まで拳銃を握っていた右腕を、左手で押さえようとしている。
「している」と言うのは、その押さえようとしている右腕が肘の先からズタズタになり、消し飛んでしまっていたからだ。
「て、てめ、え……」
顔中に脂汗を浮かべながら、「ウルフ」は横を向いた。
「え……?」「まさか?」
「ウルフ」の視線の先には、先程までずっと下を向き、皿を拭いていたマスターの姿があった。
そのマスターは今、右手一本でショットガンを構えている。どうやら「ウルフ」がディーンを撃ち殺そうとするその直前に、マスターが「ウルフ」を銃撃したらしい。
「ようやく正体を現したな、『ウルフ』。いや、ウィリス・ウォルトン」
「な、に……? 何故、俺の、名前を……っ」
うずくまったまま尋ねた「ウルフ」に、マスターはニヤ、と笑って見せた。
次の瞬間、ミヌーもアデルも、ディーンも、そして恐らくは「ウルフ」とその部下たちも、これ以上無いくらいに驚かされた。
それまでずっと、黙々とカウンターの中に突っ立っていたマスターが、いきなりぐい、と己のヒゲをつかみ、引き千切ったのだ。
「いてて……、まあ、ちょっとばかり待ってくれ」
そうつぶやきながら、次にマスターは白髪まじりの頭髪に手をかけ、はぎ取る。続いて蝶ネクタイを緩め、ベストを脱ぎ、緩められた襟元に手を入れて肉じゅばんを取り出し、それまで皿を拭いていたタオルで顔のしわをつるりと拭き取り、そして極め付けにはなんと、急に7インチも背を伸ばして見せたのだ。
つい先程まで老人だったはずのマスターが、いかにも聡明そうな、しかしどこかひょうきんさも感じさせる、痩せた壮年の男へと変身したのだ。
「て、てめえ、誰なんだ」
「東洋のことわざを引用していたが、これは知っているかな? 東洋の狐は人に化けるそうだ。わたしも同じ『狐』なら、他人に化けることなんか造作も無い。
お前ほどの賢しい奴なら、わたしの正体にもピンと来るんじゃあないかな」
「狐だと、……! まさかお前が、ジジイに、呼ばれていたのか、っ」
「その通り。
このジェフ・パディントン――通称『ディテクティブ・フォックス』が、お前を捕らえに来たんだ」
「……て、言うか」
恐らくこの場において最も肝を潰していたのは、アデルだっただろう。
「局長……、何故、アンタがここにいるんスか」
「何故ってネイサン、そりゃあわたしが、ここの町長とは古い付き合いだったからさ。
その旧友が、『どうも最近うちに出入りする行商人が怪しい』と電報をくれたんだ。それを受けたわたしは、彼と、彼の友人だったここのマスターと共謀して入れ替わり、その怪しい行商人や他の町民、客たちをそれとなく監視していたのさ。
ちなみに本物のマスターは今、わたしの局で局員たちに、コーヒーを振る舞ってくれているはずさ。もっともネイサン、君は『デリンジャー』探しで3ヶ月ほど局にいなかったから、その事情は知る由も無かっただろう。
さて、『ウルフ』。小賢しいお前のことだ、恐らく今は既にある程度の冷静さを取り戻しており、部下にどうやってこのサルーンを一斉攻撃させようかと、頭の中で算段を練っているのだろう。
ところが外に待たせているお前の残りの部下は、少なくとも50人はいるはずなのに、何故か彼らは、衣ずれの音一つ発してこない。これは少しばかり、おかしいんじゃあないかな?」
「……州軍まで、動かして、……包囲し返し、やがったな」
「なかなか理解が早い。そう言うわけだから、無駄な抵抗はしない方がいいぞ。
この先散々苦しめられることも、お前なら分かっているはずだ。これ以上苦痛を増やしてどうする?」
「……く、……そおっ」
「ウルフ」は顔を土気色にし、その場に倒れ込んだ。
名探偵の登場。
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14.
ボン、とサルーンの中に重い音がこだまする。
「……っ!」
ディーンは胸を押さえ、顔を真っ青にした。
「ディーン!?」「お、おい……!」
ミヌーとアデルの二人も顔を蒼ざめさせ、立ち上がる。
ところが――。
「あれ?」
ディーンが唖然とした顔をしつつ、胸から手を離す。
「オレ、……撃たれてねえ」
「へ?」「え?」
一転、ミヌーたちも目を丸くした。
「……うっ、お、……おお」
反対に、「ウルフ」がうずくまり、先程まで拳銃を握っていた右腕を、左手で押さえようとしている。
「している」と言うのは、その押さえようとしている右腕が肘の先からズタズタになり、消し飛んでしまっていたからだ。
「て、てめ、え……」
顔中に脂汗を浮かべながら、「ウルフ」は横を向いた。
「え……?」「まさか?」
「ウルフ」の視線の先には、先程までずっと下を向き、皿を拭いていたマスターの姿があった。
そのマスターは今、右手一本でショットガンを構えている。どうやら「ウルフ」がディーンを撃ち殺そうとするその直前に、マスターが「ウルフ」を銃撃したらしい。
「ようやく正体を現したな、『ウルフ』。いや、ウィリス・ウォルトン」
「な、に……? 何故、俺の、名前を……っ」
うずくまったまま尋ねた「ウルフ」に、マスターはニヤ、と笑って見せた。
次の瞬間、ミヌーもアデルも、ディーンも、そして恐らくは「ウルフ」とその部下たちも、これ以上無いくらいに驚かされた。
それまでずっと、黙々とカウンターの中に突っ立っていたマスターが、いきなりぐい、と己のヒゲをつかみ、引き千切ったのだ。
「いてて……、まあ、ちょっとばかり待ってくれ」
そうつぶやきながら、次にマスターは白髪まじりの頭髪に手をかけ、はぎ取る。続いて蝶ネクタイを緩め、ベストを脱ぎ、緩められた襟元に手を入れて肉じゅばんを取り出し、それまで皿を拭いていたタオルで顔のしわをつるりと拭き取り、そして極め付けにはなんと、急に7インチも背を伸ばして見せたのだ。
つい先程まで老人だったはずのマスターが、いかにも聡明そうな、しかしどこかひょうきんさも感じさせる、痩せた壮年の男へと変身したのだ。
「て、てめえ、誰なんだ」
「東洋のことわざを引用していたが、これは知っているかな? 東洋の狐は人に化けるそうだ。わたしも同じ『狐』なら、他人に化けることなんか造作も無い。
お前ほどの賢しい奴なら、わたしの正体にもピンと来るんじゃあないかな」
「狐だと、……! まさかお前が、ジジイに、呼ばれていたのか、っ」
「その通り。
このジェフ・パディントン――通称『ディテクティブ・フォックス』が、お前を捕らえに来たんだ」
「……て、言うか」
恐らくこの場において最も肝を潰していたのは、アデルだっただろう。
「局長……、何故、アンタがここにいるんスか」
「何故ってネイサン、そりゃあわたしが、ここの町長とは古い付き合いだったからさ。
その旧友が、『どうも最近うちに出入りする行商人が怪しい』と電報をくれたんだ。それを受けたわたしは、彼と、彼の友人だったここのマスターと共謀して入れ替わり、その怪しい行商人や他の町民、客たちをそれとなく監視していたのさ。
ちなみに本物のマスターは今、わたしの局で局員たちに、コーヒーを振る舞ってくれているはずさ。もっともネイサン、君は『デリンジャー』探しで3ヶ月ほど局にいなかったから、その事情は知る由も無かっただろう。
さて、『ウルフ』。小賢しいお前のことだ、恐らく今は既にある程度の冷静さを取り戻しており、部下にどうやってこのサルーンを一斉攻撃させようかと、頭の中で算段を練っているのだろう。
ところが外に待たせているお前の残りの部下は、少なくとも50人はいるはずなのに、何故か彼らは、衣ずれの音一つ発してこない。これは少しばかり、おかしいんじゃあないかな?」
「……州軍まで、動かして、……包囲し返し、やがったな」
「なかなか理解が早い。そう言うわけだから、無駄な抵抗はしない方がいいぞ。
この先散々苦しめられることも、お前なら分かっているはずだ。これ以上苦痛を増やしてどうする?」
「……く、……そおっ」
「ウルフ」は顔を土気色にし、その場に倒れ込んだ。
»» 2013.04.05.
»» 2013.04.06.
»» 2013.08.01.
ウエスタン小説、第2話。
眉唾な依頼。
2.
「そりゃまた物騒な」
パディントン局長からの話を聞いて、探偵局員アデルバート・ネイサンは眉をひそめた。
「俺は保安官でも用心棒でも軍人でも無いんですよ?」
「しかし最善の方法はそれしか無いんだよ。それ以外のアプローチをしたら、ほぼ確実に君は死ぬ」
「正直、胡散臭いっス……」
「しかし事実、そいつと接触したガンマン、カウボーイ、用心棒、保安官、軍人、教師、牧師、牧場主、鉱山主、エトセトラ、エトセトラ、……ともかく色んな人間がそいつとテーブルを囲み、ギャンブルし、そして一人残らず死んでるんだ。27人、たった一人の例外も無く、だ。
だから、そいつと接触した際に君が執るべき行動は一つしか無い。出会った瞬間に撃ち殺すしかないんだよ」
「まあ、凶悪な賞金首って言うなら射殺もやむなしでしょうけど……」
アデルは依頼書の人相書きに目を通し、「うーん」とうなる。
「正体不明の胡散臭いインディアンって感じですけど、ただギャンブルしてただけでしょ、こいつ。しょっぴくだけじゃダメなんスかねぇ」
「それが大きな問題なんだ。彼と卓を囲んだ27人全員が死んでいるわけだからね。
彼自身に殺意が無いとしても、これだけ死者が出ているのだから、野放しにできない。クライアントもそう思っているからこその、この依頼なんだよ」
依頼書の内容は、次の通りである。
「近年、我が州およびその近隣州を徘徊する一人のインディアンによって、我が州各市町村で数多くの死亡者が発生している。
目撃者によれば、『本人は賭博行為を行っただけ』とのことではあるが、彼と賭博を行った者は例外なく死亡していることから、彼自身が殺害した、あるいは殺害に関与した疑いが強い。
そこで並々ならぬ実績を持つ貴君に、件の『デス・ギャンブラー』の捜索、および拿捕ないしは殺害を依頼したい。
報酬は州が彼に課した懸賞金12000ドルと、私個人からの謝礼金3000ドルとする。
A州知事 ……」
「頼むよ、知事とは……」「はいはい、『昔からの付き合いなんだ』、でしょ? 素敵なご友人がいっぱいいらっしゃるのね」
エプロン姿の女性が、コーヒーを盆に載せてやって来た。
新しくパディントン探偵局の一員となった賞金稼ぎ、エミル・ミヌーである。
「そうとも。だからこそこの探偵局もここまで大きくなったわけだ、うははは……」
エミルの皮肉をものともせず、局長は高笑いして見せる。
「はあ……。
で、こいつに何を頼んでるの?」
エミルはコーヒーを配り、アデルを親指で差す。
「西部の、かなり西の方で話題になってる賞金首を仕留めてきてほしいのさ。君も『デス・ギャンブラー』のうわさを聞いたことはあるだろう?」
「ええ。とんでもなく強いんですってね。銃や腕っ節じゃなく、博打の方だけど」
「その通り。しかしその強さは、何と言うか……、あまりにも呪われた強さなんだ。
さっきも話した通りだが、こいつは27人の人間を死に追いやっている。それも白人ばかりをな」
これを聞き、エミルの鼻がぴく、と動く。
「『ギャンブラー』はインディアン風の男だって話だけど、それを考えると死人が白人ばっかりって言うのも怪しいわよね」
「ああ。しかも死者27名に、それ以外の共通点は無い。
我々でその27名に対し身辺調査を行ってみたが、まったく関係性が無かったんだ。一番近い2人の住所を見ても、17、8マイルは距離が離れている。
まあ……、もう一つ、共通点としてはだ」
「全員『ギャンブラー』と博打してる最中か、その直後に死んでるんだよ。確かに『死神(デス)』だな、こいつは。
とは言えですよ、局長。博打やってるだけで死ぬなんてこと、有り得るんスかね」
「今は何とも言えん。そこは実地で調査しなけりゃ、結論は出んよ」
「……ま、業務命令ならどこでも行きますよ。イギリスだろうとインドだろうと、ニッポンだろうと」
アデルは肩をすくめ、コーヒーを一気に飲み干した。
「頑張ってねー」
エミルはそう返し、そそくさとその場を離れようとする。
しかしそれを見逃す局長ではなく――。
「君もね」
局長はエミルの肩をつかみ、にこやかに微笑んできた。
「……はーい、はい」
エミルもアデル同様、肩をすくめて見せた。
眉唾な依頼。
2.
「そりゃまた物騒な」
パディントン局長からの話を聞いて、探偵局員アデルバート・ネイサンは眉をひそめた。
「俺は保安官でも用心棒でも軍人でも無いんですよ?」
「しかし最善の方法はそれしか無いんだよ。それ以外のアプローチをしたら、ほぼ確実に君は死ぬ」
「正直、胡散臭いっス……」
「しかし事実、そいつと接触したガンマン、カウボーイ、用心棒、保安官、軍人、教師、牧師、牧場主、鉱山主、エトセトラ、エトセトラ、……ともかく色んな人間がそいつとテーブルを囲み、ギャンブルし、そして一人残らず死んでるんだ。27人、たった一人の例外も無く、だ。
だから、そいつと接触した際に君が執るべき行動は一つしか無い。出会った瞬間に撃ち殺すしかないんだよ」
「まあ、凶悪な賞金首って言うなら射殺もやむなしでしょうけど……」
アデルは依頼書の人相書きに目を通し、「うーん」とうなる。
「正体不明の胡散臭いインディアンって感じですけど、ただギャンブルしてただけでしょ、こいつ。しょっぴくだけじゃダメなんスかねぇ」
「それが大きな問題なんだ。彼と卓を囲んだ27人全員が死んでいるわけだからね。
彼自身に殺意が無いとしても、これだけ死者が出ているのだから、野放しにできない。クライアントもそう思っているからこその、この依頼なんだよ」
依頼書の内容は、次の通りである。
「近年、我が州およびその近隣州を徘徊する一人のインディアンによって、我が州各市町村で数多くの死亡者が発生している。
目撃者によれば、『本人は賭博行為を行っただけ』とのことではあるが、彼と賭博を行った者は例外なく死亡していることから、彼自身が殺害した、あるいは殺害に関与した疑いが強い。
そこで並々ならぬ実績を持つ貴君に、件の『デス・ギャンブラー』の捜索、および拿捕ないしは殺害を依頼したい。
報酬は州が彼に課した懸賞金12000ドルと、私個人からの謝礼金3000ドルとする。
A州知事 ……」
「頼むよ、知事とは……」「はいはい、『昔からの付き合いなんだ』、でしょ? 素敵なご友人がいっぱいいらっしゃるのね」
エプロン姿の女性が、コーヒーを盆に載せてやって来た。
新しくパディントン探偵局の一員となった賞金稼ぎ、エミル・ミヌーである。
「そうとも。だからこそこの探偵局もここまで大きくなったわけだ、うははは……」
エミルの皮肉をものともせず、局長は高笑いして見せる。
「はあ……。
で、こいつに何を頼んでるの?」
エミルはコーヒーを配り、アデルを親指で差す。
「西部の、かなり西の方で話題になってる賞金首を仕留めてきてほしいのさ。君も『デス・ギャンブラー』のうわさを聞いたことはあるだろう?」
「ええ。とんでもなく強いんですってね。銃や腕っ節じゃなく、博打の方だけど」
「その通り。しかしその強さは、何と言うか……、あまりにも呪われた強さなんだ。
さっきも話した通りだが、こいつは27人の人間を死に追いやっている。それも白人ばかりをな」
これを聞き、エミルの鼻がぴく、と動く。
「『ギャンブラー』はインディアン風の男だって話だけど、それを考えると死人が白人ばっかりって言うのも怪しいわよね」
「ああ。しかも死者27名に、それ以外の共通点は無い。
我々でその27名に対し身辺調査を行ってみたが、まったく関係性が無かったんだ。一番近い2人の住所を見ても、17、8マイルは距離が離れている。
まあ……、もう一つ、共通点としてはだ」
「全員『ギャンブラー』と博打してる最中か、その直後に死んでるんだよ。確かに『死神(デス)』だな、こいつは。
とは言えですよ、局長。博打やってるだけで死ぬなんてこと、有り得るんスかね」
「今は何とも言えん。そこは実地で調査しなけりゃ、結論は出んよ」
「……ま、業務命令ならどこでも行きますよ。イギリスだろうとインドだろうと、ニッポンだろうと」
アデルは肩をすくめ、コーヒーを一気に飲み干した。
「頑張ってねー」
エミルはそう返し、そそくさとその場を離れようとする。
しかしそれを見逃す局長ではなく――。
「君もね」
局長はエミルの肩をつかみ、にこやかに微笑んできた。
「……はーい、はい」
エミルもアデル同様、肩をすくめて見せた。
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ウエスタン小説、第9話。
一触即発。
9.
「お前、賭けを穢(けが)したな」
怒りに満ちた目で、「羽冠」がアデルをにらみつける。
「いや、その、まあ」
「私、言ったはず。賭けの結果と、神の言葉には従うと。
私は賭けと神の言葉、同じと考えている。賭けでズルをする奴、神を冒涜したのと同じと考えている」
「……だから?」
ふてぶてしく、アデルが口を開く。
「何かペナルティを課せ、ってことか?」
「そう。
お前たちが神を冒涜したら、その神から見放されると聞く。確か、は……、は……、『破門』と言うのか」
「そうね」
「お前たちにとってそれは、死を受けたに等しい罰だとも聞いている」
「カトリックの人たちならそうらしいわね」
「それに準じてもらう」
そう言って、「羽冠」はアデルのものだった小銃を拾い、撃鉄を起こした。
「うわっ、ちょ、ま、ま、待て、待て!」
丸腰のアデルはテーブルから飛ぶように離れ、後ずさりする。
「ちょ、ちょっとした出来心、いたずらみたいなもんだろ!?」
「許さない」
「待てって! お前が俺たちの宗教観に準じて罰を課すって言うならだ、聖書にだって『罪を犯した時、7の70倍くらいの回数は許してやっていい』って言葉があるんだから、1回くらいは大目に見てくれよ! な!」
「知らない」
「羽冠」はにべも無くそう返し、小銃を構えた。
が――構えたままで、その動きは止まる。
「撃てば、撃つか?」
「そのつもりよ」
エミルが「羽冠」に向け、拳銃を構えていたからだ。
「当たらない」
「当てるまで撃つわ。こんなバカでも、あたしには大事な相棒だもの。死んだら仇くらい討ってやらなきゃ」
「……」
場はしばらく硬直していたが、やがて「羽冠」が小銃を下ろし、撃鉄を戻した。
「いいだろう。許してやる」
「……は、ぁ」
アデルは顔面一杯に冷や汗をかき、その場にへたり込んだ。
「だが、もう賭けはさせない。賭けを冒涜した奴に、テーブルに着く資格、無い」
「いいわ。後はあたしとあんたで勝負しましょう。
でも、一つこっちから提案させてもらいたいんだけど、いいかしら?」
「……何だ?」
「何って、あんたに有利過ぎやしないかってことよ」
エミルは「羽冠」を指差し、続いてテーブルの上のカードを指す。
「あんたのねぐらにあったテーブルに着いて、あんたが用意したカードで勝負。で、こっちがちょっとでも変則的なことをしたら即ズドンだなんて、あんまりにも一方的じゃない」
「それが何だ? お前たちがやると言った」
「それでもよ。あんたの言う『賭け』って、公平だからこそやるんじゃないの? ハナっからあんたが圧倒的有利だって分かってるのに、それをあんたは公平って言うわけ?」
「……何が言いたい」
しわが深く刻まれた顔をしかめさせる「羽冠」に、エミルはこんな提案をした。
「ギャンブルのタネはこっちで用意させて欲しいんだけど、いいかしら?」
「ん……」
「どの道あんた、どんなギャンブルでも負ける気しないんでしょ? それとも自分のカードじゃないと、心もとない?」
「……ああ。いいだろう。どんなものでも、構わない」
結局「羽冠」が折れ、エミルが一度町に戻り、ギャンブル用の道具を調達することになった。
アデルが銃を奪われているため、町へはエミル一人が戻ることとなった。ちなみにマギーも町には戻らず、自分から「羽冠」を見張ると申し出ていた。
「本当に大丈夫?」
「はい」
マギーは顔を蒼くしながらも、はっきりとした口調で答える。
「あなたたちが父の仇を討ってくれるところを見たいんです。わたしにはできないことですから」
「……ええ。約束するわ。
こいつは絶対、あたしが仕留める」
エミルは「羽冠」を指差し、そう断言した。
(……と言っても。どうすればいいやら、ね)
エミルは町に戻る前に、アデルと共に、打つ手を検討することにした。
一触即発。
9.
「お前、賭けを穢(けが)したな」
怒りに満ちた目で、「羽冠」がアデルをにらみつける。
「いや、その、まあ」
「私、言ったはず。賭けの結果と、神の言葉には従うと。
私は賭けと神の言葉、同じと考えている。賭けでズルをする奴、神を冒涜したのと同じと考えている」
「……だから?」
ふてぶてしく、アデルが口を開く。
「何かペナルティを課せ、ってことか?」
「そう。
お前たちが神を冒涜したら、その神から見放されると聞く。確か、は……、は……、『破門』と言うのか」
「そうね」
「お前たちにとってそれは、死を受けたに等しい罰だとも聞いている」
「カトリックの人たちならそうらしいわね」
「それに準じてもらう」
そう言って、「羽冠」はアデルのものだった小銃を拾い、撃鉄を起こした。
「うわっ、ちょ、ま、ま、待て、待て!」
丸腰のアデルはテーブルから飛ぶように離れ、後ずさりする。
「ちょ、ちょっとした出来心、いたずらみたいなもんだろ!?」
「許さない」
「待てって! お前が俺たちの宗教観に準じて罰を課すって言うならだ、聖書にだって『罪を犯した時、7の70倍くらいの回数は許してやっていい』って言葉があるんだから、1回くらいは大目に見てくれよ! な!」
「知らない」
「羽冠」はにべも無くそう返し、小銃を構えた。
が――構えたままで、その動きは止まる。
「撃てば、撃つか?」
「そのつもりよ」
エミルが「羽冠」に向け、拳銃を構えていたからだ。
「当たらない」
「当てるまで撃つわ。こんなバカでも、あたしには大事な相棒だもの。死んだら仇くらい討ってやらなきゃ」
「……」
場はしばらく硬直していたが、やがて「羽冠」が小銃を下ろし、撃鉄を戻した。
「いいだろう。許してやる」
「……は、ぁ」
アデルは顔面一杯に冷や汗をかき、その場にへたり込んだ。
「だが、もう賭けはさせない。賭けを冒涜した奴に、テーブルに着く資格、無い」
「いいわ。後はあたしとあんたで勝負しましょう。
でも、一つこっちから提案させてもらいたいんだけど、いいかしら?」
「……何だ?」
「何って、あんたに有利過ぎやしないかってことよ」
エミルは「羽冠」を指差し、続いてテーブルの上のカードを指す。
「あんたのねぐらにあったテーブルに着いて、あんたが用意したカードで勝負。で、こっちがちょっとでも変則的なことをしたら即ズドンだなんて、あんまりにも一方的じゃない」
「それが何だ? お前たちがやると言った」
「それでもよ。あんたの言う『賭け』って、公平だからこそやるんじゃないの? ハナっからあんたが圧倒的有利だって分かってるのに、それをあんたは公平って言うわけ?」
「……何が言いたい」
しわが深く刻まれた顔をしかめさせる「羽冠」に、エミルはこんな提案をした。
「ギャンブルのタネはこっちで用意させて欲しいんだけど、いいかしら?」
「ん……」
「どの道あんた、どんなギャンブルでも負ける気しないんでしょ? それとも自分のカードじゃないと、心もとない?」
「……ああ。いいだろう。どんなものでも、構わない」
結局「羽冠」が折れ、エミルが一度町に戻り、ギャンブル用の道具を調達することになった。
アデルが銃を奪われているため、町へはエミル一人が戻ることとなった。ちなみにマギーも町には戻らず、自分から「羽冠」を見張ると申し出ていた。
「本当に大丈夫?」
「はい」
マギーは顔を蒼くしながらも、はっきりとした口調で答える。
「あなたたちが父の仇を討ってくれるところを見たいんです。わたしにはできないことですから」
「……ええ。約束するわ。
こいつは絶対、あたしが仕留める」
エミルは「羽冠」を指差し、そう断言した。
(……と言っても。どうすればいいやら、ね)
エミルは町に戻る前に、アデルと共に、打つ手を検討することにした。
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ウエスタン小説、第14話。
偏っていた勝負。
14.
「え……」
銃声からワンテンポ遅れ、アデルが叫んだ。
「エミルーッ!?」
「うるさいわね」
「……へっ?」
拳銃からもうもうと煙が立ってはいるが、エミルは倒れることも血を吐くことも無く、ピンピンしている。
「あんな弾じゃ死ぬわけないわ」
「……え? え?」
「……!」
「あたしがスコフィールドに込めた弾は、雷管も何にも付いてない空包5発と、木炭の欠片を卵で固めて、鉛弾に似せて込めただけの、ニセモノ弾が1発。
そんなのが当たったところで革のコート相手じゃ、粉々になるだけよ。ま、多少痛かったけど」
胸に付いた炭を払いながら、エミルは「羽冠」に声をかける。
「あんたは自分の頭に当てて撃たず、勝負相手を撃ち殺そうとした。あんたの負けよ」
「い、イカサマ……っ」
抗議しようとする「羽冠」に、エミルは冷たく言い返した。
「イカサマ? あたしが何をしたって?
実弾込めたなんて、言ってないでしょ? あんたが卑怯にも、あたしを撃っただけじゃない。どこがイカサマよ?」
「こ、コイン、表が出るはずだった!」
「へー。そうだったの」
「……!」
「おい、どう言うこった、そりゃ?」
アデルの問いに、エミルはポケットからコインを取り出して放り投げる。
「適当に投げてみなさい」
「お、おう」
エミルに言われるがまま、アデルはテーブルにコインを投げてみる。
すると――「羽冠」が叫んだように、コインは表を向いた。何度トスしても――何回かに1回は裏が出るものの――やはり表ばかりが出る。
「……なんで?」
「そう言うコインだって言うことを、こいつは見抜いたのよ。多分裏が出やすいコインだったら、トスする前に『表がお前、裏が私』って決めたでしょうね」
「よく……、分からないな。結局こいつは一体、何をしてたんだ?」
「したって言うより、さっき検討した時に言った通り、観察力の問題ね。相手の目や動きとか、カードの混ざり方、ダイス自身の癖とかを見抜いてたんでしょうね。
でなきゃダイスの時、あんな露骨に20や30は出ないわよ。町に行って、そう言うのを作ってもらってたのよ」
「へぇ……?」
きょとんとするアデルに苦笑しつつ、エミルはダイスを握りしめた。
「さっきこいつがやってたみたいに、振り回さずにそのまま皿に落とせば……」
カラン、と音を立てて皿に落ちたダイスは、5・6・6の目を出した。
「おわっ」
「6が極端に出やすくなるのよ。
で、こいつがやっぱり観察眼で勝負を有利に運んでることがはっきりしたところで、次の勝負に出た。
そしてコイントスの直前、あたしはこいつに見せたのとは別のコインと、こっそりすり替えたのよ。もう一枚の、極端に裏が出やすくなるコインとね」
エミルはコイントスの時からずっと握っていたコインを、今度はマギーに渡した。
「……本当、裏ばっかり」
マギーが感心している横で、「羽冠」が悔しそうに頭を抱え、うめいている。
「イカサマ……! イカサマだ……! コイン、すり替えるなんて……!」
「同じ1セントよ? ただ、表か裏のどっちかが出やすいってだけで。それをイカサマだなんて言うのは、コインの違いが分かるあんただけよ。
不服なら、もう一回勝負してあげてもいいわ。でも」
エミルは「羽冠」に、こう言い放った。
「あんたはもう、どんなギャンブルでも勝てないわ」
「なに……!?」
「羽冠」がいきり立ったところで、さらにこう続ける。
「あんたは絶対勝てると高をくくった勝負で、卑怯な真似をして負けたのよ。
そんな間抜け、あんたの神もきっと見放したでしょうね」
「そ、そんなはず無い!」
「羽冠」は叫び、テーブルに自前のダイスを置く。
「私が勝つ! 勝たない、おかしい!」
「いいわよ。さっきと同じルールで行くわ。あんたから振りなさい」
「うう……、ううう……!」
乱暴にダイスが投げられる。だが、出た目は1・2・3、最小目の6だった。
「うあ……!? おお……、ばかな……、神よ……、(神よ……、私は……)」
「あたしの番ね」
エミルがひょい、とダイスをつかみ、軽く投げる。
エミルは1・1・1のゾロ目――最大目の55を出した。
偏っていた勝負。
14.
「え……」
銃声からワンテンポ遅れ、アデルが叫んだ。
「エミルーッ!?」
「うるさいわね」
「……へっ?」
拳銃からもうもうと煙が立ってはいるが、エミルは倒れることも血を吐くことも無く、ピンピンしている。
「あんな弾じゃ死ぬわけないわ」
「……え? え?」
「……!」
「あたしがスコフィールドに込めた弾は、雷管も何にも付いてない空包5発と、木炭の欠片を卵で固めて、鉛弾に似せて込めただけの、ニセモノ弾が1発。
そんなのが当たったところで革のコート相手じゃ、粉々になるだけよ。ま、多少痛かったけど」
胸に付いた炭を払いながら、エミルは「羽冠」に声をかける。
「あんたは自分の頭に当てて撃たず、勝負相手を撃ち殺そうとした。あんたの負けよ」
「い、イカサマ……っ」
抗議しようとする「羽冠」に、エミルは冷たく言い返した。
「イカサマ? あたしが何をしたって?
実弾込めたなんて、言ってないでしょ? あんたが卑怯にも、あたしを撃っただけじゃない。どこがイカサマよ?」
「こ、コイン、表が出るはずだった!」
「へー。そうだったの」
「……!」
「おい、どう言うこった、そりゃ?」
アデルの問いに、エミルはポケットからコインを取り出して放り投げる。
「適当に投げてみなさい」
「お、おう」
エミルに言われるがまま、アデルはテーブルにコインを投げてみる。
すると――「羽冠」が叫んだように、コインは表を向いた。何度トスしても――何回かに1回は裏が出るものの――やはり表ばかりが出る。
「……なんで?」
「そう言うコインだって言うことを、こいつは見抜いたのよ。多分裏が出やすいコインだったら、トスする前に『表がお前、裏が私』って決めたでしょうね」
「よく……、分からないな。結局こいつは一体、何をしてたんだ?」
「したって言うより、さっき検討した時に言った通り、観察力の問題ね。相手の目や動きとか、カードの混ざり方、ダイス自身の癖とかを見抜いてたんでしょうね。
でなきゃダイスの時、あんな露骨に20や30は出ないわよ。町に行って、そう言うのを作ってもらってたのよ」
「へぇ……?」
きょとんとするアデルに苦笑しつつ、エミルはダイスを握りしめた。
「さっきこいつがやってたみたいに、振り回さずにそのまま皿に落とせば……」
カラン、と音を立てて皿に落ちたダイスは、5・6・6の目を出した。
「おわっ」
「6が極端に出やすくなるのよ。
で、こいつがやっぱり観察眼で勝負を有利に運んでることがはっきりしたところで、次の勝負に出た。
そしてコイントスの直前、あたしはこいつに見せたのとは別のコインと、こっそりすり替えたのよ。もう一枚の、極端に裏が出やすくなるコインとね」
エミルはコイントスの時からずっと握っていたコインを、今度はマギーに渡した。
「……本当、裏ばっかり」
マギーが感心している横で、「羽冠」が悔しそうに頭を抱え、うめいている。
「イカサマ……! イカサマだ……! コイン、すり替えるなんて……!」
「同じ1セントよ? ただ、表か裏のどっちかが出やすいってだけで。それをイカサマだなんて言うのは、コインの違いが分かるあんただけよ。
不服なら、もう一回勝負してあげてもいいわ。でも」
エミルは「羽冠」に、こう言い放った。
「あんたはもう、どんなギャンブルでも勝てないわ」
「なに……!?」
「羽冠」がいきり立ったところで、さらにこう続ける。
「あんたは絶対勝てると高をくくった勝負で、卑怯な真似をして負けたのよ。
そんな間抜け、あんたの神もきっと見放したでしょうね」
「そ、そんなはず無い!」
「羽冠」は叫び、テーブルに自前のダイスを置く。
「私が勝つ! 勝たない、おかしい!」
「いいわよ。さっきと同じルールで行くわ。あんたから振りなさい」
「うう……、ううう……!」
乱暴にダイスが投げられる。だが、出た目は1・2・3、最小目の6だった。
「うあ……!? おお……、ばかな……、神よ……、(神よ……、私は……)」
「あたしの番ね」
エミルがひょい、とダイスをつかみ、軽く投げる。
エミルは1・1・1のゾロ目――最大目の55を出した。
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ウエスタン小説、第4話。
不良刑事。
4.
エミルとアデルはグレッグを伴い、クレイトンフォードのポートマン邸を訪れた。
「ふーん……。いかにもって感じ」
「だな」
目の前にそびえる建物は欧州風の、西部にはむしろ不釣り合いな洋館だった。
「『ヨーロッパに憧れた成金の田舎紳士、祖先に思いを馳せつつおっ建てました』。……って感じだな」
「あんまり親父の悪口言わないでくださいよ……」
「悪口に聞こえたかしら?」
「そりゃまあ」
渋い顔をするグレッグに構わず、エミルたちは屋敷内に入る。
「鍵は……、かかってないの?」
「ええ。中には何にも無いですから、もう」
そのまま中に進み、エントランスに入ったところで、色あせたコートを着た、やはり西部者には見えない男に出くわす。
「何だ、あんたら?」
「あんたこそ誰よ?」
尋ね返したエミルに、男は面倒臭そうに名乗った。
「ジェンソン・マドック。連邦特務捜査局……、ああ、いや、まあ、刑事みたいなもんだ」
「刑事さんですって?」
男の役職を聞き、グレッグはきょとんとする。
「ここはもう、警察が捜査して引き上げた後のはずですけど」
「そう聞いてるよ。俺は別管轄でな、再調査に来たんだ。で、あんた方は誰だ?」
「申し遅れました。僕は……」
名乗りかけたグレッグを制し、アデルが答える。
「俺とそっちのお嬢さんは、パディントン探偵局の者だ。彼は依頼人で、ここの持ち主の息子さんだ」
「と言うことは、グレッグ・ポートマンJrだな。彼については分かった。なるほど、ここにいる権利があるな」
そう前置きし、ジェンソン刑事はアデルたちをにらみつけた。
「だがお前らにそんな権利は無い。とっとと失せな」
「何よ、それ」
エミルは口を挟もうとしたが、アデルは「まあまあ」と彼女を制し、ジェンソン刑事に応じる。
「そう邪険にしなさんな。あんたもどうせ、黄金銃事件で来たんだろ?」
「あ?」
「ここの家主が持ってた黄金銃を盗んだ奴。そいつを追ってる。そうだろ?」
「だとしたら何だ?」
ジェンソン刑事は煙草を口にくわえ、斜に構えてアデルをにらむ。
「あんたらとベタベタ馴れ合いしながら、仲良くみんなで事件解決に向かいましょ、てか?
ヘッ、寝言は寝てから言ってくれんかねぇ?」
「……まあ、なんだ」
アデルも多少、頬をひくつかせてはいたが、それでも穏便に済ませようと言い繕う。
「悪い話じゃ無いはずだろ? 双方情報を出し合えば、事件の早期解決に……」
アデルの言葉を遮るように、エントランスにパン、と音が鳴り響く。
ジェンソン刑事は絶句したアデルの鼻先に、硝煙をくゆらせるリボルバーを向けていた。
「今のは空砲だ。まあ、そうそうポコポコと、人死になんぞ出したかないからな。これでビビって降参する奴も多いから、一発目はカラ撃ちで勘弁してやってる。
だがこれじゃ言うこと聞かないって奴には……」
ジェンソン刑事はリボルバーに実包を込め、撃鉄を起こした。
「仕方なく、本物をブチ込んでやることにしてるんだ。
分かったらさっさと出てけ。挨拶だろうと言い訳だろうと、これ以上ゴチャゴチャ言いやがったらブッ放すぞ、ボケ」
「……」
エミルたち3人は無言で、屋敷を後にした。
「なんだありゃ……。ヤバすぎだろ」
「取り付く島もない、ってどころか、取り付かせる船も出させないって感じね」
「あの……」
と、二人の後ろで縮こまっていたグレッグが、恐る恐る声をかけてくる。
「なんで僕まで追い出されちゃったんでしょう?」
「追い出されたって言うか……」
「あんたが一緒に来たんでしょ?」
「……でしたっけ?」
きょとんとした顔でそう返したグレッグに、エミルたちは呆れ返っていた。
不良刑事。
4.
エミルとアデルはグレッグを伴い、クレイトンフォードのポートマン邸を訪れた。
「ふーん……。いかにもって感じ」
「だな」
目の前にそびえる建物は欧州風の、西部にはむしろ不釣り合いな洋館だった。
「『ヨーロッパに憧れた成金の田舎紳士、祖先に思いを馳せつつおっ建てました』。……って感じだな」
「あんまり親父の悪口言わないでくださいよ……」
「悪口に聞こえたかしら?」
「そりゃまあ」
渋い顔をするグレッグに構わず、エミルたちは屋敷内に入る。
「鍵は……、かかってないの?」
「ええ。中には何にも無いですから、もう」
そのまま中に進み、エントランスに入ったところで、色あせたコートを着た、やはり西部者には見えない男に出くわす。
「何だ、あんたら?」
「あんたこそ誰よ?」
尋ね返したエミルに、男は面倒臭そうに名乗った。
「ジェンソン・マドック。連邦特務捜査局……、ああ、いや、まあ、刑事みたいなもんだ」
「刑事さんですって?」
男の役職を聞き、グレッグはきょとんとする。
「ここはもう、警察が捜査して引き上げた後のはずですけど」
「そう聞いてるよ。俺は別管轄でな、再調査に来たんだ。で、あんた方は誰だ?」
「申し遅れました。僕は……」
名乗りかけたグレッグを制し、アデルが答える。
「俺とそっちのお嬢さんは、パディントン探偵局の者だ。彼は依頼人で、ここの持ち主の息子さんだ」
「と言うことは、グレッグ・ポートマンJrだな。彼については分かった。なるほど、ここにいる権利があるな」
そう前置きし、ジェンソン刑事はアデルたちをにらみつけた。
「だがお前らにそんな権利は無い。とっとと失せな」
「何よ、それ」
エミルは口を挟もうとしたが、アデルは「まあまあ」と彼女を制し、ジェンソン刑事に応じる。
「そう邪険にしなさんな。あんたもどうせ、黄金銃事件で来たんだろ?」
「あ?」
「ここの家主が持ってた黄金銃を盗んだ奴。そいつを追ってる。そうだろ?」
「だとしたら何だ?」
ジェンソン刑事は煙草を口にくわえ、斜に構えてアデルをにらむ。
「あんたらとベタベタ馴れ合いしながら、仲良くみんなで事件解決に向かいましょ、てか?
ヘッ、寝言は寝てから言ってくれんかねぇ?」
「……まあ、なんだ」
アデルも多少、頬をひくつかせてはいたが、それでも穏便に済ませようと言い繕う。
「悪い話じゃ無いはずだろ? 双方情報を出し合えば、事件の早期解決に……」
アデルの言葉を遮るように、エントランスにパン、と音が鳴り響く。
ジェンソン刑事は絶句したアデルの鼻先に、硝煙をくゆらせるリボルバーを向けていた。
「今のは空砲だ。まあ、そうそうポコポコと、人死になんぞ出したかないからな。これでビビって降参する奴も多いから、一発目はカラ撃ちで勘弁してやってる。
だがこれじゃ言うこと聞かないって奴には……」
ジェンソン刑事はリボルバーに実包を込め、撃鉄を起こした。
「仕方なく、本物をブチ込んでやることにしてるんだ。
分かったらさっさと出てけ。挨拶だろうと言い訳だろうと、これ以上ゴチャゴチャ言いやがったらブッ放すぞ、ボケ」
「……」
エミルたち3人は無言で、屋敷を後にした。
「なんだありゃ……。ヤバすぎだろ」
「取り付く島もない、ってどころか、取り付かせる船も出させないって感じね」
「あの……」
と、二人の後ろで縮こまっていたグレッグが、恐る恐る声をかけてくる。
「なんで僕まで追い出されちゃったんでしょう?」
「追い出されたって言うか……」
「あんたが一緒に来たんでしょ?」
「……でしたっけ?」
きょとんとした顔でそう返したグレッグに、エミルたちは呆れ返っていた。
»» 2014.09.23.
»» 2014.09.24.
»» 2014.09.25.
»» 2014.09.26.
ウエスタン小説、第8話。
商売敵と手を組む。
8.
エミルたちはそのまま、駅のホームでジェンソン刑事を詰問し始めた。
「あなたの狙いは?」
「誰が答えるかよ」
「言わないならこっちから言うぜ。イクトミだろ?」
「知らんね。誰だ、そりゃ?」
「あら。『イクトミ』が人名ってことは知ってるのね」
「う……」
目をそらし、煙草をふかすジェンソン刑事に、アデルが馴れ馴れしく言葉をかける。
「まあ、そんな邪険にしなさんな。協力してマイナスになることは無いんだぜ? 俺たちの目的は限りなく近いが、厳密には別なんだからさ」
「どう言う意味だ?」
チラ、といぶかしげな目を向けたジェンソン刑事に、アデルはこう続ける。
「あんたの目的はイクトミだ。だが俺たちの目的は、イクトミが盗んだ黄金銃だ。
協力してイクトミを捕まえたところで、俺たちはイクトミなんかどうでもいい。俺たちにとって大事なのは黄金銃の方なんだからさ。
だからさ、ここは一つ、協力し合わないか?」
「俺に何のメリットがある? お前らみたいな足手まといがいても迷惑だ」
「その足手まといに裏をかかれたのは誰かしら?」
「……チッ」
忌々しそうににらみつけてくるジェンソン刑事に、エミルはこう続けた。
「今こいつが言ったみたいに、あたしたちの目的はあくまで黄金銃よ。イクトミの逮捕には協力してあげるし、そいつの身柄もあんたの勝手にしていいわ。懸賞金がどうの、って話もしない。
少なくともあたしたちには、あんたを出し抜けるくらいの技量はあるし、悪い話じゃないはずよ?」
「……」
ジェンソン刑事は吸口ギリギリまで燃えた煙草を捨て、二本目を懐から取り出す。
「火、くれ」
「おう」
素直に火を点けたアデルに、ジェンソン刑事は渋々と言いたげな目を向けた。
「分かった。そうまで言うなら協力してやってもいい。
確認するが、お前らは黄金銃さえ手に入ればいいんだな?」
「ええ」「そうだ」
「いいだろう。それじゃ、俺の知ってることを話そう。
どうせ次の列車が来るまで、3時間はあるんだからな。コーヒーでも飲みながら話そうや」
そう返したジェンソン刑事に、エミルは「あら」と声を上げる。
「珍しいわね。てっきりバーボンかテキーラって言うかと思ったけど」
「あんたらも東部者だろ? 西部の雑な酒は嫌いなんだ」
「気が合うわね。あたしもコーヒー派よ。そっちのもね」
3人は一旦駅を後にし、近くのサルーンに移った。
「さて、と。じゃあまず、イクトミの出自辺りから話すとするか」
「出自?」
尋ねたアデルに、ジェンソン刑事は口にくわえた煙草を向ける。
「イクトミがヘンテコなお宝ばっかり盗んでるってことは知ってるな?」
「ああ、まあ」
「そこんとこに関係してくる。
あんたらはどうか知らんが、俺んとこじゃ『科学捜査』って奴を積極的に取り入れてるんだよ。マサチューセッツからお偉い先生を呼んだりしてな。
その一例として、犯人の犯行動機を、そいつがガキだった頃に何かしらの原因があるんじゃないかって推察ができるかって言う実験をしてるんだが、その関係でイクトミについても、ガキの頃の調査をしてた。
で、風のうわさ通り、確かに奴にはフランスの血が入ってるらしいって話の裏は取れた」
「へぇ……」
「で、今回奴が盗んだ黄金銃についてだが、妙な点が一つあるんだ」
「ん?」
話が飛び、エミルたちは揃って首を傾げる。
「まあ、聞け。
あんたらは不思議に思わないか? 黄金製と言っても銃は銃、本来はドンパチやるためのブツだ。美術品の題材にしちゃ不釣り合いなこと、この上無い。
だのに情報筋によれば、競売で4万、5万の高値が付くって話だ。こう聞けば変だろ?」
「確かにね。SAAと同じくらいの金なら、せいぜい1万ちょっと程度でしょ?」
「金の量だけ考えりゃ、確かにそうさ。
しかしモノには作った職人の『技術料』ってのが込みになってる。黄金銃に5万なんて高値が付く理由は、それだ」
「名のある職人が作ったってことか?」
「そう言うことだ。そいつの名はディミトリ・アルジャン。フランス系の名ガンスミスだ」
商売敵と手を組む。
8.
エミルたちはそのまま、駅のホームでジェンソン刑事を詰問し始めた。
「あなたの狙いは?」
「誰が答えるかよ」
「言わないならこっちから言うぜ。イクトミだろ?」
「知らんね。誰だ、そりゃ?」
「あら。『イクトミ』が人名ってことは知ってるのね」
「う……」
目をそらし、煙草をふかすジェンソン刑事に、アデルが馴れ馴れしく言葉をかける。
「まあ、そんな邪険にしなさんな。協力してマイナスになることは無いんだぜ? 俺たちの目的は限りなく近いが、厳密には別なんだからさ」
「どう言う意味だ?」
チラ、といぶかしげな目を向けたジェンソン刑事に、アデルはこう続ける。
「あんたの目的はイクトミだ。だが俺たちの目的は、イクトミが盗んだ黄金銃だ。
協力してイクトミを捕まえたところで、俺たちはイクトミなんかどうでもいい。俺たちにとって大事なのは黄金銃の方なんだからさ。
だからさ、ここは一つ、協力し合わないか?」
「俺に何のメリットがある? お前らみたいな足手まといがいても迷惑だ」
「その足手まといに裏をかかれたのは誰かしら?」
「……チッ」
忌々しそうににらみつけてくるジェンソン刑事に、エミルはこう続けた。
「今こいつが言ったみたいに、あたしたちの目的はあくまで黄金銃よ。イクトミの逮捕には協力してあげるし、そいつの身柄もあんたの勝手にしていいわ。懸賞金がどうの、って話もしない。
少なくともあたしたちには、あんたを出し抜けるくらいの技量はあるし、悪い話じゃないはずよ?」
「……」
ジェンソン刑事は吸口ギリギリまで燃えた煙草を捨て、二本目を懐から取り出す。
「火、くれ」
「おう」
素直に火を点けたアデルに、ジェンソン刑事は渋々と言いたげな目を向けた。
「分かった。そうまで言うなら協力してやってもいい。
確認するが、お前らは黄金銃さえ手に入ればいいんだな?」
「ええ」「そうだ」
「いいだろう。それじゃ、俺の知ってることを話そう。
どうせ次の列車が来るまで、3時間はあるんだからな。コーヒーでも飲みながら話そうや」
そう返したジェンソン刑事に、エミルは「あら」と声を上げる。
「珍しいわね。てっきりバーボンかテキーラって言うかと思ったけど」
「あんたらも東部者だろ? 西部の雑な酒は嫌いなんだ」
「気が合うわね。あたしもコーヒー派よ。そっちのもね」
3人は一旦駅を後にし、近くのサルーンに移った。
「さて、と。じゃあまず、イクトミの出自辺りから話すとするか」
「出自?」
尋ねたアデルに、ジェンソン刑事は口にくわえた煙草を向ける。
「イクトミがヘンテコなお宝ばっかり盗んでるってことは知ってるな?」
「ああ、まあ」
「そこんとこに関係してくる。
あんたらはどうか知らんが、俺んとこじゃ『科学捜査』って奴を積極的に取り入れてるんだよ。マサチューセッツからお偉い先生を呼んだりしてな。
その一例として、犯人の犯行動機を、そいつがガキだった頃に何かしらの原因があるんじゃないかって推察ができるかって言う実験をしてるんだが、その関係でイクトミについても、ガキの頃の調査をしてた。
で、風のうわさ通り、確かに奴にはフランスの血が入ってるらしいって話の裏は取れた」
「へぇ……」
「で、今回奴が盗んだ黄金銃についてだが、妙な点が一つあるんだ」
「ん?」
話が飛び、エミルたちは揃って首を傾げる。
「まあ、聞け。
あんたらは不思議に思わないか? 黄金製と言っても銃は銃、本来はドンパチやるためのブツだ。美術品の題材にしちゃ不釣り合いなこと、この上無い。
だのに情報筋によれば、競売で4万、5万の高値が付くって話だ。こう聞けば変だろ?」
「確かにね。SAAと同じくらいの金なら、せいぜい1万ちょっと程度でしょ?」
「金の量だけ考えりゃ、確かにそうさ。
しかしモノには作った職人の『技術料』ってのが込みになってる。黄金銃に5万なんて高値が付く理由は、それだ」
「名のある職人が作ったってことか?」
「そう言うことだ。そいつの名はディミトリ・アルジャン。フランス系の名ガンスミスだ」
»» 2014.09.27.
»» 2014.09.28.
»» 2014.09.29.
»» 2014.09.30.
»» 2014.10.01.
»» 2014.10.02.
»» 2014.10.03.
ウエスタン小説、第15話。
怪盗紳士の謎の言葉。
15.
「なっ……!」
視界から一瞬相手が消え、アデルは慌ててライフルを構える。
「伊達にイクトミ(蜘蛛男)と名乗っているわけではないのですよ」
だが次の瞬間、アデルの頭上にイクトミが移動し、そのまま両肩に乗る。
「ぐあっ……!?」
アデルは体勢を崩し、床に押し倒される。
イクトミはアデルの肩に両足を載せたまま、リボルバーを彼の頭に向ける。
が――次の瞬間、イクトミは再び跳び上がる。そして一瞬前まで彼がいた空間を、2発の弾丸が通過していく。
「みだりに発砲しないでいただきたい。貴重なコレクションに傷が付いてしまう」
「だったらじっとしてなさいよッ!」
エミルはジェンソン刑事から奪っていたリボルバーを捨て、自分のリボルバーを構える。
イクトミは天井に貼り付きながら、慇懃な仕草でかぶりを振る。
「それは了承いたしかねますな。星条旗はわたくしの肌に合わないものでね」
「だったらフランス国旗でもいいけど? 真っ赤な血、白いスーツ、真っ蒼な死に顔。お似合いじゃないかしら?」
「まったく、乱暴なお嬢さんだ」
イクトミは両手を離し、足だけでぶらんと天井から垂れ下がり、その姿勢のまま、またも肩をすくめて見せた。
「『大閣下』はお喜びになるでしょうが、ね」
「……!」
イクトミの言葉に、エミルの顔が真っ蒼になった。
「ど、どうした、エミル……?」
フラフラと起き上がったアデルに、エミルは顔を背け、応えない。
だが――エミルは突如、絶叫しながら、イクトミに向かってリボルバーを乱射した。
「……る、……どおおおああああああッ!」
天井にいくつもの穴が開く。
だが、イクトミはそれよりも早く床に降り立ち、全弾をかわしていた。
「はあっ……、はあっ……」
エミルは蒼い顔をしたまま、リボルバーに弾を込め始める。
だが、イクトミが素早く動き、エミルの腕に手刀を振り下ろした。
「あっ……!」
リボルバーが落ちると共に、イクトミはまたも跳び上がり、出口付近にまで移動した。
「Calmez-vous mademoiselle, s'il vous plait.(落ち着いて下さいませ、お嬢様)
……今宵はこの辺にいたしましょう。首尾よくあなたか彼のどちらかを殺せたとしても、残ったもう一方に殺されるでしょうからね。
このまま戦えば、双方の被害はあまりにも大きい。であれば、戦わぬが吉と言うもの。このまま失礼させていただきます。
次にお目見えする時まで、ごきげんよう」
一方的に別れを告げ、イクトミはそのまま消えた。
イクトミが姿を消してから1時間ほどの間、アデルは気を失ったジェンソン刑事の介抱と拘束を行い、そして茫然自失の状態にあったエミルを座らせ、毛布をかけ、部屋に置いてあったバーボンを飲ませた。
「落ち着いたか?」
「……ええ」
ようやく顔に血の気が戻ってきたエミルに、アデルは恐る恐る質問する。
「イクトミって、お前の知り合い、……じゃないよな?」
「ええ。初対面よ」
「でも、……なんか、あっちは知ってるっぽかったな」
「みたいね」
「あいつに何て言ったんだ? 『……るど』とか何とか言ってた気がしたけど」
「……さあ? 我を忘れてたもの」
「あいつが言ってた『大閣下』って誰だ?」
「……」
エミルはうつむき、小さな声でこう返した。
「……知らないわ……」
「そう、か」
これ以上は何も聞けず、アデルも黙り込んだ。
エミルたちが街に戻ったのは結局、翌日になってからだった。
ちなみに――イクトミが言っていた通り、グレッグはこの日、貨物列車の中で発見、保護された。
ジェンソン刑事についても、連絡を入れて数日のうちに、パディントン局長を含む探偵局の人間と連邦特務捜査局の人間が連れ立って現れ、即座に拘束・逮捕された。
怪盗紳士の謎の言葉。
15.
「なっ……!」
視界から一瞬相手が消え、アデルは慌ててライフルを構える。
「伊達にイクトミ(蜘蛛男)と名乗っているわけではないのですよ」
だが次の瞬間、アデルの頭上にイクトミが移動し、そのまま両肩に乗る。
「ぐあっ……!?」
アデルは体勢を崩し、床に押し倒される。
イクトミはアデルの肩に両足を載せたまま、リボルバーを彼の頭に向ける。
が――次の瞬間、イクトミは再び跳び上がる。そして一瞬前まで彼がいた空間を、2発の弾丸が通過していく。
「みだりに発砲しないでいただきたい。貴重なコレクションに傷が付いてしまう」
「だったらじっとしてなさいよッ!」
エミルはジェンソン刑事から奪っていたリボルバーを捨て、自分のリボルバーを構える。
イクトミは天井に貼り付きながら、慇懃な仕草でかぶりを振る。
「それは了承いたしかねますな。星条旗はわたくしの肌に合わないものでね」
「だったらフランス国旗でもいいけど? 真っ赤な血、白いスーツ、真っ蒼な死に顔。お似合いじゃないかしら?」
「まったく、乱暴なお嬢さんだ」
イクトミは両手を離し、足だけでぶらんと天井から垂れ下がり、その姿勢のまま、またも肩をすくめて見せた。
「『大閣下』はお喜びになるでしょうが、ね」
「……!」
イクトミの言葉に、エミルの顔が真っ蒼になった。
「ど、どうした、エミル……?」
フラフラと起き上がったアデルに、エミルは顔を背け、応えない。
だが――エミルは突如、絶叫しながら、イクトミに向かってリボルバーを乱射した。
「……る、……どおおおああああああッ!」
天井にいくつもの穴が開く。
だが、イクトミはそれよりも早く床に降り立ち、全弾をかわしていた。
「はあっ……、はあっ……」
エミルは蒼い顔をしたまま、リボルバーに弾を込め始める。
だが、イクトミが素早く動き、エミルの腕に手刀を振り下ろした。
「あっ……!」
リボルバーが落ちると共に、イクトミはまたも跳び上がり、出口付近にまで移動した。
「Calmez-vous mademoiselle, s'il vous plait.(落ち着いて下さいませ、お嬢様)
……今宵はこの辺にいたしましょう。首尾よくあなたか彼のどちらかを殺せたとしても、残ったもう一方に殺されるでしょうからね。
このまま戦えば、双方の被害はあまりにも大きい。であれば、戦わぬが吉と言うもの。このまま失礼させていただきます。
次にお目見えする時まで、ごきげんよう」
一方的に別れを告げ、イクトミはそのまま消えた。
イクトミが姿を消してから1時間ほどの間、アデルは気を失ったジェンソン刑事の介抱と拘束を行い、そして茫然自失の状態にあったエミルを座らせ、毛布をかけ、部屋に置いてあったバーボンを飲ませた。
「落ち着いたか?」
「……ええ」
ようやく顔に血の気が戻ってきたエミルに、アデルは恐る恐る質問する。
「イクトミって、お前の知り合い、……じゃないよな?」
「ええ。初対面よ」
「でも、……なんか、あっちは知ってるっぽかったな」
「みたいね」
「あいつに何て言ったんだ? 『……るど』とか何とか言ってた気がしたけど」
「……さあ? 我を忘れてたもの」
「あいつが言ってた『大閣下』って誰だ?」
「……」
エミルはうつむき、小さな声でこう返した。
「……知らないわ……」
「そう、か」
これ以上は何も聞けず、アデルも黙り込んだ。
エミルたちが街に戻ったのは結局、翌日になってからだった。
ちなみに――イクトミが言っていた通り、グレッグはこの日、貨物列車の中で発見、保護された。
ジェンソン刑事についても、連絡を入れて数日のうちに、パディントン局長を含む探偵局の人間と連邦特務捜査局の人間が連れ立って現れ、即座に拘束・逮捕された。
»» 2014.10.04.
»» 2014.10.05.
»» 2015.08.09.
ウエスタン小説、第2話。
半役人。
2.
「前回の事件のおかげで、連邦特務捜査局とパイプができたんだ」
パディントン局長はニコニコ笑いながら、アデルとエミルに話し始めた。
「ま、向こうにしてみたら、弱みを握られたと思っているかも知れないがね。
それはともかく、彼らから合同捜査を打診されたんだ。建前上は今後の業務提携を目して良好な関係を築き……、とか何とか言う話だったが、ま、実際のところは業を煮やした末の、苦肉の策と言うところだろうね」
「どう言うこと?」
尋ねたエミルに、パディントン局長は肩をすくめて返す。
「3年ほど前から、西部の鉄道網を悪用している輩がいるらしい。
街で盗みを働き、その盗品を列車に載せて、そのままとんずら。それを何度も繰り返しているそうだ。
当然これは、窃盗と言う犯罪のみならず、正規の列車運行に悪影響を及ぼす、大変迷惑な行為でもある。ゆえに合衆国政府も、彼らの存在を極めて悪質なものとして憂慮しており、その直下にある連邦特務捜査局にとっても第一に検挙すべき相手だ。
ところが、だ」
パディントン局長はデスクに地図を広げ、各鉄道会社の路線図を示す。
「現在、西部には1万マイルを超える距離の鉄道網が敷かれている。これをつぶさに監視することは、捜査局の人員と権力では不可能だ。
そのために、『優先的に処理すべき案件』と決定されながらも、最初の事件発生から現在に至るまで、捜査に本腰を入れることは不可能だったわけだ。
で、今回の件についてだが。依然として、捜査局は我が探偵局の存在を疎ましく思っていることは間違い無いだろう。その上、捜査官の汚職と言うスキャンダルを握られてすり寄られては、うっとうしくて仕方が無いはずだ。
しかし対応を誤れば、捜査局の醜聞を公表される危険がある。そう考えた彼らは、この事件を我々に回してきたんだろう」
「なるほど。うまく行かなければ逆に我々を非難して縁を切れる、うまく行けば自分たちの手柄にできるし、『どうだ、自分たちはあんた方のお役に立つだろう?』と示すことで、手を切らせないようにおもねることができる、ってわけですね。
やれやれ、つくづくお役人ってのは!」
「厳密には『半』役人と言ったところだろうが、確かに同感だ。
一応、向こうからも人員を出してくれるそうだが、……人数を聞いて愕然としたよ」
「何名だったの?」
エミルの問いに、パディントン局長は手を開いて見せた。
「50名? 鉄道を見張るにしちゃ、少なすぎない?」
「5名だ」
「……冗談よね?」
「私は冗談が大好きだが、これは冗談じゃあないんだ。
彼らが長年、合衆国から認可されない理由が分かった気がしたよ。この広大な合衆国を網羅しつつある鉄道網を見張る人員を、たったの5名しか用意できないとは!
私のつかんでいる情報によれば、彼らの規模は最低でも300名程度のはずなんだ。その中から、たったの5名! 『第一に処理すべき案件』に対する捜査人員がこの程度じゃあ、彼らの捜査能力が疑われても仕方が無い。
いや、実際に私も今回ばかりは、唖然としてしまったよ」
「バカな質問で恐縮ですが、残りの295名は何を?」
尋ねたアデルに、パディントン局長はかぶりを振る。
「州警察とほとんど変わらん。事件が起こったと聞けばそこへ行き、近隣を捜索して犯人を探す。違いは捜査範囲が州をまたぐと言う程度だ。
はっきり言ってしまえば、我々とほぼ変わらん。いや、我々の方が自由が利く分、まだましな働きをしているよ」
「……で、さっきから嫌な予感がしてるんだけど」
「その予感はきっと当たりだよ、エミル」
顔を見合わせたエミルとアデルに、パディントン局長がニコニコと笑いながら、鷹揚にうなずいて見せる。
「うむ。君たちには捜査局の人間と共に、まずはスターリング&レイノルズ鉄道の本社に行ってもらう」
「本社ってどこ?」
「西部C州のリッチバーグにある。つい先日にもその街が襲われたばかりだから、まだ何らかの手がかりも残っているだろう」
「だといいけどね」
半役人。
2.
「前回の事件のおかげで、連邦特務捜査局とパイプができたんだ」
パディントン局長はニコニコ笑いながら、アデルとエミルに話し始めた。
「ま、向こうにしてみたら、弱みを握られたと思っているかも知れないがね。
それはともかく、彼らから合同捜査を打診されたんだ。建前上は今後の業務提携を目して良好な関係を築き……、とか何とか言う話だったが、ま、実際のところは業を煮やした末の、苦肉の策と言うところだろうね」
「どう言うこと?」
尋ねたエミルに、パディントン局長は肩をすくめて返す。
「3年ほど前から、西部の鉄道網を悪用している輩がいるらしい。
街で盗みを働き、その盗品を列車に載せて、そのままとんずら。それを何度も繰り返しているそうだ。
当然これは、窃盗と言う犯罪のみならず、正規の列車運行に悪影響を及ぼす、大変迷惑な行為でもある。ゆえに合衆国政府も、彼らの存在を極めて悪質なものとして憂慮しており、その直下にある連邦特務捜査局にとっても第一に検挙すべき相手だ。
ところが、だ」
パディントン局長はデスクに地図を広げ、各鉄道会社の路線図を示す。
「現在、西部には1万マイルを超える距離の鉄道網が敷かれている。これをつぶさに監視することは、捜査局の人員と権力では不可能だ。
そのために、『優先的に処理すべき案件』と決定されながらも、最初の事件発生から現在に至るまで、捜査に本腰を入れることは不可能だったわけだ。
で、今回の件についてだが。依然として、捜査局は我が探偵局の存在を疎ましく思っていることは間違い無いだろう。その上、捜査官の汚職と言うスキャンダルを握られてすり寄られては、うっとうしくて仕方が無いはずだ。
しかし対応を誤れば、捜査局の醜聞を公表される危険がある。そう考えた彼らは、この事件を我々に回してきたんだろう」
「なるほど。うまく行かなければ逆に我々を非難して縁を切れる、うまく行けば自分たちの手柄にできるし、『どうだ、自分たちはあんた方のお役に立つだろう?』と示すことで、手を切らせないようにおもねることができる、ってわけですね。
やれやれ、つくづくお役人ってのは!」
「厳密には『半』役人と言ったところだろうが、確かに同感だ。
一応、向こうからも人員を出してくれるそうだが、……人数を聞いて愕然としたよ」
「何名だったの?」
エミルの問いに、パディントン局長は手を開いて見せた。
「50名? 鉄道を見張るにしちゃ、少なすぎない?」
「5名だ」
「……冗談よね?」
「私は冗談が大好きだが、これは冗談じゃあないんだ。
彼らが長年、合衆国から認可されない理由が分かった気がしたよ。この広大な合衆国を網羅しつつある鉄道網を見張る人員を、たったの5名しか用意できないとは!
私のつかんでいる情報によれば、彼らの規模は最低でも300名程度のはずなんだ。その中から、たったの5名! 『第一に処理すべき案件』に対する捜査人員がこの程度じゃあ、彼らの捜査能力が疑われても仕方が無い。
いや、実際に私も今回ばかりは、唖然としてしまったよ」
「バカな質問で恐縮ですが、残りの295名は何を?」
尋ねたアデルに、パディントン局長はかぶりを振る。
「州警察とほとんど変わらん。事件が起こったと聞けばそこへ行き、近隣を捜索して犯人を探す。違いは捜査範囲が州をまたぐと言う程度だ。
はっきり言ってしまえば、我々とほぼ変わらん。いや、我々の方が自由が利く分、まだましな働きをしているよ」
「……で、さっきから嫌な予感がしてるんだけど」
「その予感はきっと当たりだよ、エミル」
顔を見合わせたエミルとアデルに、パディントン局長がニコニコと笑いながら、鷹揚にうなずいて見せる。
「うむ。君たちには捜査局の人間と共に、まずはスターリング&レイノルズ鉄道の本社に行ってもらう」
「本社ってどこ?」
「西部C州のリッチバーグにある。つい先日にもその街が襲われたばかりだから、まだ何らかの手がかりも残っているだろう」
「だといいけどね」
»» 2015.08.10.
»» 2015.08.11.
»» 2015.08.12.
DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 1
2013.03.23.[Edit]
ウエスタン小説、第1話。無法の荒野。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. ゴールドラッシュからは三十数年――そして戦争からも十数年が経ち――西部は少しずつ、落ち着きを見せようとしていた。 だが、軍や教育、経済や法整備が充実する東部とは違い、西部におけるその落ち着きは、中には暴力と圧力――即ち「無法」によってもたらされるものもあり、それは到底、平和と呼べるようなものでは無かった。 その町もまた、今ま...
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ウエスタン小説、第2話。
女賞金稼ぎ。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 2. 「8000ドルとかあったらさ」 サルーンのカウンターに腰かける若い女性が、壁にかかった文字だけの手配書を指差し、とろんとした声でこう続ける。 「あたし、イギリスにでも行っちゃうわね」 「そうですか。何をお求めに?」 女性の手には、空になったグラスが握られている。 「お求めって言うか、住みたいのよね。どこか郊外の、小さくて綺麗で由緒あるお屋敷を買って、ふわっふわのかわいい仔猫とか膝に乗せて、のんびり過ごしたいの」 「それは結構ですな」 一方、サルーンのマスターは適当な相槌を打ちながら、皿を綺麗に磨いている。 「しかし8000ドルなどと言うのは、一市民には到底手の届かない額です。 先程からお客様、あの手配書を肴に話をなさっていらっしゃいますが、もしかして……」 「ええ、賞金稼ぎよ。一応ね。……実は8000ドルよりもっと多く、お金持ってたこともあったんだけど、……結局この国、いいえ、この西部をウロウロしてる間に、いつも使い潰しちゃうのよね」 「ほう……、結構な腕利き、と言うわけですな。過去にはどんな大物を?」 「そうね、言って知ってるかどうか分かんないけど……、『ハンサム・ジョー』とか、『メジャー・マッド』とか」 「うん? ……いえ、聞いた覚えがありますね。いずれも凶悪な賞金首で、討ち取ったのは、……なるほど、女性と聞いています。 その賞金稼ぎの名は、確か……『フェアリー』」 「正確には『フェアリー・ミヌー』よ。かわいいでしょ?」 「ええ」 うなずいたマスターに、ミヌーはにこっと笑って見せた。 と――サルーンの戸が乱暴に開かれ、マスクを付けた薄汚い身なりの若者たちが4人、ぞろぞろと押し入ってきた。 「おい、そこの女!」 「あたし?」 ミヌーが応じると、若者の一人が人差し指をミヌーに向かって突きつける。 「お前、余所者だな?」 「そうよ」 「来い」 横柄にそう命じてきた若者に、ミヌーはくすっと笑って返す。 「あたしに言うこと聞かせたいならまず、お金払いなさいな」 「あ?」 「用事は何? 一緒にデート? それとももっと楽しいことかしら? 高く付くけどね」 「……ふざけてんじゃねえぞ! 来いと言ったら、つべこべ言わずさっさと……」 若者が怒鳴り終らないうちに、突然仰向けに、ばたんと倒れた。 彼は白目をむいており、そのマスクは酒と鼻血らしきもので、ぐしょぐしょに濡れている。ミヌーが持っていたグラスを、彼に投げ付けたのだ。 「二度も言わせる気? あたしに言うこと聞かせたいなら、力ずくなんて野蛮な真似はよしてちょうだいな。 あ、マスターさん。グラス、いくらだったかしら」 投げたグラスを弁償しようとしたミヌーに対し、マスターは苦い顔を返す。 「ミス・ミヌー。今のはいけません……。すぐに謝って、言うことを聞いた方がいいかと」 「なんで?」 「その……、あいつら、いえ、彼らは……」 口ごもるマスターに代わる形で、残りの若者たちが答えた。 「俺たちはこの町の番人、『ウルフ・ライダーズ』の者だ」 「穏便に事を運ぼうと思ったが、仲間がこんな目に遭ったとなりゃ、話は別だ」 若者たちは一斉に、腰に提げていた拳銃を取り出し、ミヌーに向けて構えた。 「金がほしいと言ったな? 1ドル分の鉛弾でよければここにいる3人が、目一杯くれてやるぜ?」 「それも嫌だってんなら、つべこべ言わずにさっさと来てもらおうか」 「……はーい、はい」 ミヌーは肩をすくめて、彼らの方へと歩いて行った。 |
DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 2
2013.03.24.[Edit]
ウエスタン小説、第2話。女賞金稼ぎ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「8000ドルとかあったらさ」 サルーンのカウンターに腰かける若い女性が、壁にかかった文字だけの手配書を指差し、とろんとした声でこう続ける。「あたし、イギリスにでも行っちゃうわね」「そうですか。何をお求めに?」 女性の手には、空になったグラスが握られている。「お求めって言うか、住みたいのよね。どこか郊外の、小さくて綺麗で...
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DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 3
2013.03.25.[Edit]
ウエスタン小説、第3話。尋問。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ミヌーはサルーンから大通り、そして保安官のオフィスだった小屋らしきところへと連れて行かれた。「らしき」と言うのは、その小屋はあちこちに穴や血の跡が付いており、とても正義の番人が居てくれていそうな雰囲気ではなかったからだ。 そして事実、保安官バッジを付けた人間は、そこには一人もいなかった。代わりにいたのは、ミヌーを連れてきた若...
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DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 4
2013.03.26.[Edit]
ウエスタン小説、第4話。修羅場くぐり。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 若者たちは拳銃を見た途端、顔色を変える。「てめえ……」 そして一様に、彼らも拳銃を抜く。「まさかてめえが、……か?」「違うってば。違うけど、無理矢理脱がされて裸にされるのなんて、嫌だもの。 お金だって、1セントもくれそうにないしね」「ふざけんな、勝手なことばかりべちゃくちゃわめきやがって……!」 若者の一人が拳銃を構え、ミ...
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DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 5
2013.03.27.[Edit]
ウエスタン小説、第5話。邂逅。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「ふー……」 保安官オフィスから十分に離れ、裏路地に入ったところで、ミヌーと、共に逃げ出した他の男たちとが、ようやく立ち止まる。「いやぁ、助かったぜ。流石に真っ向から煙幕ドカン、ってんじゃバレバレだからな。アンタがちょうど良く暴れてくれたから、うまく行ったってもんだぜ」「そりゃどーも」 馴れ馴れしく手を差し出してきた赤毛の男に、...
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DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 6
2013.03.28.[Edit]
ウエスタン小説、第6話。サルーン・ミーティング1。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. サルーンに戻り、共にカウンターに座ったところで、アデルが話を切り出した。「そんで、だ。実はさっき、『デリンジャー』じゃないかってヤツを見付けたんだ。つい、さっきな」「ふうん……?」 と、グラスを磨いていたマスターが苦い顔をする。「『デリンジャー』と言うのは……、あの『デリンジャー・セイント』ですか」「ご名答。...
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ウエスタン小説、第7話。
「デリンジャー・セイント」。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 7. と、そこへ――。 「隠れてろ、バカ! 荷車の後ろに回り込め!」 突然かけられた声に、残った「ライダーズ」の2人は慌てて従う。 「お、おわ、わわわ……」 彼らが隠れたところで、声をかけた本人――アデルと、ミヌーが現れた。 「こう言うの、何だっけな? 因果応報って言うのか?」 「『デリンジャー』風に言うなら、『自分で蒔いた種はまた、自分が刈り取ることになる』、ね」 二人は暗がりに潜む、硝煙を上げる短銃(デリンジャー拳銃)を握りしめる男に目をやった。 「僧服、どうしたの? どこかに適当なのがあったみたいね」 「……」 「この町にゃ教会はあっても、神父やシスターなんかはいなさそうだからな。その辺りから勝手に取って着てるんだろ。まったく、大した『聖者(セイント)』サマだぜ」 男は静かに、月明かりの当たる場所まで歩み寄ってきた。 その男は間違いなく、昼間「ライダーズ」たちに衣服をはぎ取られた、あの牧師だった。 「私の邪魔をするのか、悪魔共め」 「するさ。ならず者だろうが善悪の判断も付かないバカな若造だろうが、人が殺されようって時に見捨てられるほど、俺は冷血漢になった覚えは無いからな。 しかし災難だったな――あんなトラブルさえなけりゃ、俺もアンタが『デリンジャー・セイント』とは気付かなかったよ。 昼間、アンタがあいつらに剥かれてた時、短銃をあいつらが確かめてたが、単なる護身用のデリンジャーにしちゃライフリングはすり減ってるし、銃口なんかも火薬で焼けた跡があった。相当使い込んでなきゃ、あんな風にはならない。 おまけに銃身やグリップまで改造してある――あれじゃ、『この銃は殺人用です』と言ってるようなもんだぜ。 とは言え災難って言うなら、こいつらにとってもだがな。アンタを怒らせたりしなきゃ、こうして狙われることも……」「勘違いをするな、悪魔の手先よ」 「セイント」は短銃に弾を込め、アデルに向ける。 「呪われたこの町を救うため、私はやって来たのだ。私に与えられた辱めなど、些細なことに過ぎない。元よりこいつらは、滅するつもりだったのだ。 この町は血の匂いがあまりにも濃過ぎる。その異臭の源たる悪魔共を、この聖なる銀弾で一匹残らず祓い、滅することが、私に課された使命なのだ。 邪魔はさせんぞ!」 そう叫び、「セイント」は――突然、身を翻した。 「あっ……?」 てっきりそのまま発砲してくると思い、身構えていた二人は虚を突かれる。 「う、後ろだーッ!」 荷車の陰に隠れていた「ライダーズ」たちが叫ぶ。 「なに……!?」 二人とも、とっさにその場を飛び退く。次の瞬間、二人の頭があった場所を、銀製の銃弾が飛んで行った。 「は、速ええ……! ついさっきまでそこにいたのに!」 「立ち去れ、悪魔よ!」 上下2発装填のはずの短銃を、「セイント」は立て続けに5発、6発と発砲してくる。 「指先まで速いわね、……手強いわ」 ミヌーはかわしざまに拳銃を腰だめに構え、弾倉にあった6発全弾を撃ち尽くす。 しかし1発も「セイント」に当たることなく、弾は建物の壁や遠くの木に当たるだけだった。 一方、アデルも両手でライフルを構え、あちこちを走り回る「セイント」に向けて発砲するが――。 「くっそ……、『セイント』どころか、まるでゴーストだ! 全っ然捉えられねえ!」 「ははは……! お前たちのような悪魔ごときに、私が屈するものか! そろそろ決着を付けてやろう! 主の元へ召されるがいい!」 ひた……、とミヌーの左肩に、冷たく骨ばった手が置かれる。 「……!」 彼女の背中に、「セイント」の持つ短銃がぐい、と当てられる。 そして間も無く、パン、と乾いた音が、裏路地にこだました。 ところが――。 「……な、……なぜだ、主よ。 私はまだ、使命を、……果たして……」 どさっと乾いた音を立て、「セイント」はその場に倒れた。 「『デリンジャー・セイント』だっけ。教えてあげるわ。 こうやって使うのよ、こう言う小さい銃はね」 ミヌーはくるりと振り返り、左手に持っていた、硝煙を上げる短銃をくるくると回して見せた。 |
DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 7
2013.03.29.[Edit]
ウエスタン小説、第7話。「デリンジャー・セイント」。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. と、そこへ――。「隠れてろ、バカ! 荷車の後ろに回り込め!」 突然かけられた声に、残った「ライダーズ」の2人は慌てて従う。「お、おわ、わわわ……」 彼らが隠れたところで、声をかけた本人――アデルと、ミヌーが現れた。「こう言うの、何だっけな? 因果応報って言うのか?」「『デリンジャー』風に言うなら、『自分で蒔い...
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DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 8
2013.03.30.[Edit]
ウエスタン小説、第8話。血と暴虐に飢えた狼。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. 危険が去ったところで、アデルは隠れていた2人に声をかける。「生きてるか?」「は、はい」 二人はガタガタと怯えつつも、アデルの問いかけにうなずいた。「で、何しようとするところだったんだ?」「え、……それは、あの」「その革袋。中身は、誰なんだ?」「う……」 看破され、二人は顔を見合わせた後、大人しく白状した。「ひ、昼間...
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DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 9
2013.03.31.[Edit]
ウエスタン小説、第9話。町を支配する者。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -9. 初めに犠牲となったのは、保安官だった。 まるで愚かな少年たちがいたずら半分で野兎を撲殺するがごとく、保安官は全身にあざを作り、バッジが無ければ判別ができないほどに顔をズタズタに引き裂かれた状態で、給水塔に吊るされていたのだ。 勿論、こんな凶行があっては村の評判に関わるし、このまま暴力で町を支配されるわけには行かない...
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DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 10
2013.04.01.[Edit]
ウエスタン小説、第10話。サルーン・ミーティング2。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -10.「ちぇ、見抜かれたか」 サルーンに戻ったところで、ミヌーはアデルの目論見を看破したことを、本人に伝えてみた。 するとアデルはぺろっと舌を出し、開き直って見せた。「ああ、そのつもりだ。まさか今更アンタに『4000ドルはやっぱり渡せねえ』なんて言えないからな」「そりゃそうよ。仮にあんたが、無理矢理そんな話に...
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DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 11
2013.04.02.[Edit]
ウエスタン小説、第11話。町長令嬢の醜聞。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -11.「……なに?」「ちょっと待って?」 二人は同時に声を挙げ、そしてミヌーが尋ねる。「あんた、『ウルフ』の話をどこで聞いたのよ?」「いやー、実はオレも『ウルフ』を追ってあっちこっち旅してたクチでさ。 で、ここのマスターに根掘り葉掘り聞いたり、町を探し回ったりして、情報を集めてたんだ。 それでだよ、お二方」 ディーンはテ...
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DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 12
2013.04.03.[Edit]
ウエスタン小説、第12話。「ウルフ」の正体とは?- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -12. サルーンに戻ってきたところで、ディーンががっかりした声を挙げた。「あーあ、無駄足かよぉ。コレじゃどうしようもないぜ」 ところが、アデルは活き活きとした目をしている。「いや、そうでもないな。かなり人物像が絞れた」「へっ?」 意外そうな顔をしたディーンに、アデルはこう説明する。「やっぱり、パレンバーグ町長は『...
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DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 13
2013.04.04.[Edit]
ウエスタン小説、第13話。「スカーレット・ウルフ」。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -13. その時だった。「いらっしゃいませ」 マスターの声が聞こえ、三人は顔を挙げ、入口を振り向いた。「……っ」 振り向くと同時に、三人とも硬直する。 そこに現れたのは、たった今その話をしていた、疑惑の人物――行商人だった。「……」 行商人は深く被ったフードの奥から、ギラギラとした目を三人に向けている。「何か……、用か...
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ウエスタン小説、第14話。
名探偵の登場。 - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - 14. ボン、とサルーンの中に重い音がこだまする。 「……っ!」 ディーンは胸を押さえ、顔を真っ青にした。 「ディーン!?」「お、おい……!」 ミヌーとアデルの二人も顔を蒼ざめさせ、立ち上がる。 ところが――。 「あれ?」 ディーンが唖然とした顔をしつつ、胸から手を離す。 「オレ、……撃たれてねえ」 「へ?」「え?」 一転、ミヌーたちも目を丸くした。 「……うっ、お、……おお」 反対に、「ウルフ」がうずくまり、先程まで拳銃を握っていた右腕を、左手で押さえようとしている。 「している」と言うのは、その押さえようとしている右腕が肘の先からズタズタになり、消し飛んでしまっていたからだ。 「て、てめ、え……」 顔中に脂汗を浮かべながら、「ウルフ」は横を向いた。 「え……?」「まさか?」 「ウルフ」の視線の先には、先程までずっと下を向き、皿を拭いていたマスターの姿があった。 そのマスターは今、右手一本でショットガンを構えている。どうやら「ウルフ」がディーンを撃ち殺そうとするその直前に、マスターが「ウルフ」を銃撃したらしい。 「ようやく正体を現したな、『ウルフ』。いや、ウィリス・ウォルトン」 「な、に……? 何故、俺の、名前を……っ」 うずくまったまま尋ねた「ウルフ」に、マスターはニヤ、と笑って見せた。 次の瞬間、ミヌーもアデルも、ディーンも、そして恐らくは「ウルフ」とその部下たちも、これ以上無いくらいに驚かされた。 それまでずっと、黙々とカウンターの中に突っ立っていたマスターが、いきなりぐい、と己のヒゲをつかみ、引き千切ったのだ。 「いてて……、まあ、ちょっとばかり待ってくれ」 そうつぶやきながら、次にマスターは白髪まじりの頭髪に手をかけ、はぎ取る。続いて蝶ネクタイを緩め、ベストを脱ぎ、緩められた襟元に手を入れて肉じゅばんを取り出し、それまで皿を拭いていたタオルで顔のしわをつるりと拭き取り、そして極め付けにはなんと、急に7インチも背を伸ばして見せたのだ。 つい先程まで老人だったはずのマスターが、いかにも聡明そうな、しかしどこかひょうきんさも感じさせる、痩せた壮年の男へと変身したのだ。 「て、てめえ、誰なんだ」 「東洋のことわざを引用していたが、これは知っているかな? 東洋の狐は人に化けるそうだ。わたしも同じ『狐』なら、他人に化けることなんか造作も無い。 お前ほどの賢しい奴なら、わたしの正体にもピンと来るんじゃあないかな」 「狐だと、……! まさかお前が、ジジイに、呼ばれていたのか、っ」 「その通り。 このジェフ・パディントン――通称『ディテクティブ・フォックス』が、お前を捕らえに来たんだ」 「……て、言うか」 恐らくこの場において最も肝を潰していたのは、アデルだっただろう。 「局長……、何故、アンタがここにいるんスか」 「何故ってネイサン、そりゃあわたしが、ここの町長とは古い付き合いだったからさ。 その旧友が、『どうも最近うちに出入りする行商人が怪しい』と電報をくれたんだ。それを受けたわたしは、彼と、彼の友人だったここのマスターと共謀して入れ替わり、その怪しい行商人や他の町民、客たちをそれとなく監視していたのさ。 ちなみに本物のマスターは今、わたしの局で局員たちに、コーヒーを振る舞ってくれているはずさ。もっともネイサン、君は『デリンジャー』探しで3ヶ月ほど局にいなかったから、その事情は知る由も無かっただろう。 さて、『ウルフ』。小賢しいお前のことだ、恐らく今は既にある程度の冷静さを取り戻しており、部下にどうやってこのサルーンを一斉攻撃させようかと、頭の中で算段を練っているのだろう。 ところが外に待たせているお前の残りの部下は、少なくとも50人はいるはずなのに、何故か彼らは、衣ずれの音一つ発してこない。これは少しばかり、おかしいんじゃあないかな?」 「……州軍まで、動かして、……包囲し返し、やがったな」 「なかなか理解が早い。そう言うわけだから、無駄な抵抗はしない方がいいぞ。 この先散々苦しめられることも、お前なら分かっているはずだ。これ以上苦痛を増やしてどうする?」 「……く、……そおっ」 「ウルフ」は顔を土気色にし、その場に倒れ込んだ。 |
DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 14
2013.04.05.[Edit]
ウエスタン小説、第14話。名探偵の登場。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -14. ボン、とサルーンの中に重い音がこだまする。「……っ!」 ディーンは胸を押さえ、顔を真っ青にした。「ディーン!?」「お、おい……!」 ミヌーとアデルの二人も顔を蒼ざめさせ、立ち上がる。 ところが――。「あれ?」 ディーンが唖然とした顔をしつつ、胸から手を離す。「オレ、……撃たれてねえ」「へ?」「え?」 一転、ミヌーたちも目...
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DETECTIVE WESTERN ~荒野の名探偵~ 15
2013.04.06.[Edit]
ウエスタン小説、最終話。事件の終わりとコンビの誕生。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -15. 事件解決から一夜が明け、ふたたびサルーン内にて。「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!? じゃあ局長、俺たちより先に『ウルフ』が行商人だって分かってたんスか!?」 アデルと、そしてミヌーの二人は、パディントン局長から今回の事件のいきさつを聞かされた。 なんとミヌーたちが訪れるよりもっと早く、局長は「ウル...
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DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 1
2013.08.01.[Edit]
ウエスタン小説2作目、第1話。博打とオカルト。1. この国で合法的な賭博場、即ち「カジノ」が造られたのは1930年代はじめ、ネバダ州においてのことであるが、当然それ以前にも賭博は広く行われていた。 そもそも「賭博」というこの行為自体は、この大陸に欧州からの移民が来るよりもっと昔から、世界のあちこちで行われている。 ちなみに賭博のはじまりは、占いであると言われている。賭博に使用されているダイスも、元は...
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ウエスタン小説、第2話。
眉唾な依頼。 2. 「そりゃまた物騒な」 パディントン局長からの話を聞いて、探偵局員アデルバート・ネイサンは眉をひそめた。 「俺は保安官でも用心棒でも軍人でも無いんですよ?」 「しかし最善の方法はそれしか無いんだよ。それ以外のアプローチをしたら、ほぼ確実に君は死ぬ」 「正直、胡散臭いっス……」 「しかし事実、そいつと接触したガンマン、カウボーイ、用心棒、保安官、軍人、教師、牧師、牧場主、鉱山主、エトセトラ、エトセトラ、……ともかく色んな人間がそいつとテーブルを囲み、ギャンブルし、そして一人残らず死んでるんだ。27人、たった一人の例外も無く、だ。 だから、そいつと接触した際に君が執るべき行動は一つしか無い。出会った瞬間に撃ち殺すしかないんだよ」 「まあ、凶悪な賞金首って言うなら射殺もやむなしでしょうけど……」 アデルは依頼書の人相書きに目を通し、「うーん」とうなる。 「正体不明の胡散臭いインディアンって感じですけど、ただギャンブルしてただけでしょ、こいつ。しょっぴくだけじゃダメなんスかねぇ」 「それが大きな問題なんだ。彼と卓を囲んだ27人全員が死んでいるわけだからね。 彼自身に殺意が無いとしても、これだけ死者が出ているのだから、野放しにできない。クライアントもそう思っているからこその、この依頼なんだよ」 依頼書の内容は、次の通りである。 「近年、我が州およびその近隣州を徘徊する一人のインディアンによって、我が州各市町村で数多くの死亡者が発生している。 目撃者によれば、『本人は賭博行為を行っただけ』とのことではあるが、彼と賭博を行った者は例外なく死亡していることから、彼自身が殺害した、あるいは殺害に関与した疑いが強い。 そこで並々ならぬ実績を持つ貴君に、件の『デス・ギャンブラー』の捜索、および拿捕ないしは殺害を依頼したい。 報酬は州が彼に課した懸賞金12000ドルと、私個人からの謝礼金3000ドルとする。 A州知事 ……」 「頼むよ、知事とは……」「はいはい、『昔からの付き合いなんだ』、でしょ? 素敵なご友人がいっぱいいらっしゃるのね」 エプロン姿の女性が、コーヒーを盆に載せてやって来た。 新しくパディントン探偵局の一員となった賞金稼ぎ、エミル・ミヌーである。 「そうとも。だからこそこの探偵局もここまで大きくなったわけだ、うははは……」 エミルの皮肉をものともせず、局長は高笑いして見せる。 「はあ……。 で、こいつに何を頼んでるの?」 エミルはコーヒーを配り、アデルを親指で差す。 「西部の、かなり西の方で話題になってる賞金首を仕留めてきてほしいのさ。君も『デス・ギャンブラー』のうわさを聞いたことはあるだろう?」 「ええ。とんでもなく強いんですってね。銃や腕っ節じゃなく、博打の方だけど」 「その通り。しかしその強さは、何と言うか……、あまりにも呪われた強さなんだ。 さっきも話した通りだが、こいつは27人の人間を死に追いやっている。それも白人ばかりをな」 これを聞き、エミルの鼻がぴく、と動く。 「『ギャンブラー』はインディアン風の男だって話だけど、それを考えると死人が白人ばっかりって言うのも怪しいわよね」 「ああ。しかも死者27名に、それ以外の共通点は無い。 我々でその27名に対し身辺調査を行ってみたが、まったく関係性が無かったんだ。一番近い2人の住所を見ても、17、8マイルは距離が離れている。 まあ……、もう一つ、共通点としてはだ」 「全員『ギャンブラー』と博打してる最中か、その直後に死んでるんだよ。確かに『死神(デス)』だな、こいつは。 とは言えですよ、局長。博打やってるだけで死ぬなんてこと、有り得るんスかね」 「今は何とも言えん。そこは実地で調査しなけりゃ、結論は出んよ」 「……ま、業務命令ならどこでも行きますよ。イギリスだろうとインドだろうと、ニッポンだろうと」 アデルは肩をすくめ、コーヒーを一気に飲み干した。 「頑張ってねー」 エミルはそう返し、そそくさとその場を離れようとする。 しかしそれを見逃す局長ではなく――。 「君もね」 局長はエミルの肩をつかみ、にこやかに微笑んできた。 「……はーい、はい」 エミルもアデル同様、肩をすくめて見せた。 |
DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 2
2013.08.02.[Edit]
ウエスタン小説、第2話。眉唾な依頼。2.「そりゃまた物騒な」 パディントン局長からの話を聞いて、探偵局員アデルバート・ネイサンは眉をひそめた。「俺は保安官でも用心棒でも軍人でも無いんですよ?」「しかし最善の方法はそれしか無いんだよ。それ以外のアプローチをしたら、ほぼ確実に君は死ぬ」「正直、胡散臭いっス……」「しかし事実、そいつと接触したガンマン、カウボーイ、用心棒、保安官、軍人、教師、牧師、牧場主、...
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DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 3
2013.08.03.[Edit]
ウエスタン小説、第3話。おしゃべりな仕立て屋。3.「2ヶ月ぶりの空気ね」「ああ。喉にくるな」 駅を出た二人は、久々に荒野の光景を目にしていた。 エミルも探偵局で見せていたエプロン姿では無く、一端の賞金稼ぎと一目で分かる出で立ちに戻っていた。「で、最後の目撃情報があったバーって、どこって言ってたっけ?」「あっちだ。あの、……ありゃ?」 アデルが指差した建物には窓と言う窓に板が打ち付けられ、ドアにも大仰...
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DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 4
2013.08.04.[Edit]
ウエスタン小説、第4話。3人のヒットマン。4.「酒浸りになってたマスターんとこに、賞金稼ぎが訪ねてきたんだ。 何でもあの『羽冠』の野郎、『デス・ギャンブラー』なんて大層な仇名が付いてるらしいな。で、賞金稼ぎはそいつを狙ってこの街に来たんだが、それを聞いたマスターは大喜びさ。 そりゃ、自分の店を潰した奴をブッ殺してくれるってんなら大歓迎だろうしな。そんなわけで、マスターは自分の持ってる情報をその賞金...
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DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 5
2013.08.05.[Edit]
ウエスタン小説、第5話。探偵業のABC。5. 北へと続く足跡を確認しながら、アデルがつぶやく。「残り具合から見るに……、10往復は超えてるな。確かに仕立て屋のおっさんが言ってた通り、1ヶ月は滞在してるみたいだ」 このつぶやきに、エミルが感心して見せる。「伊達に探偵なんて名乗ってないわね。他に何か分かることは?」「ん? そうだな……」 エミルの反応に気を良くしたアデルは、途端に饒舌になる。「足跡の間隔か...
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DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 6
2013.08.06.[Edit]
ウエスタン小説、第6話。敗北者たちの末路。※注意! 猟奇的描写有り!6. マギーと共に、さらに1マイル半ほど歩いたところで、一行は丘の上に小さな小屋があるのを見付けた。 そしてそこへと足跡が伸びているのを確認し、エミルとアデルは無言でうなずき合う。「……と」 きょとんとしているマギーを見て、エミルはここからの段取りを、彼女に耳打ちした。(間違いなく、『羽冠』はあそこにいるわ。でも万が一ここで逃げられた...
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DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 7
2013.08.07.[Edit]
ウエスタン小説、第7話。博打の始まり。7. アデルの推理は残念ながら1点、外れていた。 アデルは「羽冠」の体格を小柄な肥満体と考えていた。しかし実際の「羽冠」は、確かに身長こそ低かったが、その体はげっそりと痩せていた。(なるほど、そりゃ体が重たくもなるわな。貴重品やら武器やら、あれこれ身に着けて放浪してるってことか。 この小屋の中を見ればもっとはっきり推理できただろうが、……いや、そりゃもう推理じゃ...
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DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 8
2013.08.08.[Edit]
ウエスタン小説、第8話。ホールデム。8.「まず、1人につき2枚ずつ配ってくれ」「は、はい」 アデルから説明を受けつつ、マギーはたどたどしくカードを配っていく。「で、これを俺たちが確認して、その2枚で勝負するか降りるかを決める。ここで全員降りたら仕切り直しだ。 1人でも勝負するって奴がいれば、そこでまず1枚、チップを賭ける」 話している間に、3人の手札確認が終わる。 まずはエミルがチップを1枚、テー...
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ウエスタン小説、第9話。
一触即発。 9. 「お前、賭けを穢(けが)したな」 怒りに満ちた目で、「羽冠」がアデルをにらみつける。 「いや、その、まあ」 「私、言ったはず。賭けの結果と、神の言葉には従うと。 私は賭けと神の言葉、同じと考えている。賭けでズルをする奴、神を冒涜したのと同じと考えている」 「……だから?」 ふてぶてしく、アデルが口を開く。 「何かペナルティを課せ、ってことか?」 「そう。 お前たちが神を冒涜したら、その神から見放されると聞く。確か、は……、は……、『破門』と言うのか」 「そうね」 「お前たちにとってそれは、死を受けたに等しい罰だとも聞いている」 「カトリックの人たちならそうらしいわね」 「それに準じてもらう」 そう言って、「羽冠」はアデルのものだった小銃を拾い、撃鉄を起こした。 「うわっ、ちょ、ま、ま、待て、待て!」 丸腰のアデルはテーブルから飛ぶように離れ、後ずさりする。 「ちょ、ちょっとした出来心、いたずらみたいなもんだろ!?」 「許さない」 「待てって! お前が俺たちの宗教観に準じて罰を課すって言うならだ、聖書にだって『罪を犯した時、7の70倍くらいの回数は許してやっていい』って言葉があるんだから、1回くらいは大目に見てくれよ! な!」 「知らない」 「羽冠」はにべも無くそう返し、小銃を構えた。 が――構えたままで、その動きは止まる。 「撃てば、撃つか?」 「そのつもりよ」 エミルが「羽冠」に向け、拳銃を構えていたからだ。 「当たらない」 「当てるまで撃つわ。こんなバカでも、あたしには大事な相棒だもの。死んだら仇くらい討ってやらなきゃ」 「……」 場はしばらく硬直していたが、やがて「羽冠」が小銃を下ろし、撃鉄を戻した。 「いいだろう。許してやる」 「……は、ぁ」 アデルは顔面一杯に冷や汗をかき、その場にへたり込んだ。 「だが、もう賭けはさせない。賭けを冒涜した奴に、テーブルに着く資格、無い」 「いいわ。後はあたしとあんたで勝負しましょう。 でも、一つこっちから提案させてもらいたいんだけど、いいかしら?」 「……何だ?」 「何って、あんたに有利過ぎやしないかってことよ」 エミルは「羽冠」を指差し、続いてテーブルの上のカードを指す。 「あんたのねぐらにあったテーブルに着いて、あんたが用意したカードで勝負。で、こっちがちょっとでも変則的なことをしたら即ズドンだなんて、あんまりにも一方的じゃない」 「それが何だ? お前たちがやると言った」 「それでもよ。あんたの言う『賭け』って、公平だからこそやるんじゃないの? ハナっからあんたが圧倒的有利だって分かってるのに、それをあんたは公平って言うわけ?」 「……何が言いたい」 しわが深く刻まれた顔をしかめさせる「羽冠」に、エミルはこんな提案をした。 「ギャンブルのタネはこっちで用意させて欲しいんだけど、いいかしら?」 「ん……」 「どの道あんた、どんなギャンブルでも負ける気しないんでしょ? それとも自分のカードじゃないと、心もとない?」 「……ああ。いいだろう。どんなものでも、構わない」 結局「羽冠」が折れ、エミルが一度町に戻り、ギャンブル用の道具を調達することになった。 アデルが銃を奪われているため、町へはエミル一人が戻ることとなった。ちなみにマギーも町には戻らず、自分から「羽冠」を見張ると申し出ていた。 「本当に大丈夫?」 「はい」 マギーは顔を蒼くしながらも、はっきりとした口調で答える。 「あなたたちが父の仇を討ってくれるところを見たいんです。わたしにはできないことですから」 「……ええ。約束するわ。 こいつは絶対、あたしが仕留める」 エミルは「羽冠」を指差し、そう断言した。 (……と言っても。どうすればいいやら、ね) エミルは町に戻る前に、アデルと共に、打つ手を検討することにした。 |
DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 9
2013.08.09.[Edit]
ウエスタン小説、第9話。一触即発。9.「お前、賭けを穢(けが)したな」 怒りに満ちた目で、「羽冠」がアデルをにらみつける。「いや、その、まあ」「私、言ったはず。賭けの結果と、神の言葉には従うと。 私は賭けと神の言葉、同じと考えている。賭けでズルをする奴、神を冒涜したのと同じと考えている」「……だから?」 ふてぶてしく、アデルが口を開く。「何かペナルティを課せ、ってことか?」「そう。 お前たちが神を冒...
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DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 10
2013.08.10.[Edit]
ウエスタン小説、第10話。オカルトの中身。10. 念のため、マギーに予備の短銃を渡して小屋に残し、エミルとアデルは相談していた。「大丈夫かな、マギー」「大丈夫よ。相手にも『この子を襲ったら、あたしが町に戻って用意するのはギャンブルのタネじゃなく、箱一杯のダイナマイトになるわよ』って念押ししたし」「ま、手早く相談を終わらせりゃ問題ないか」 状況整理のため、エミルが起こっていた事実を挙げていく。「まず第...
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DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 11
2013.08.11.[Edit]
ウエスタン小説、第11話。「羽冠」の受けた呪い。11. エミルを待つ間、アデルとマギーはずっと「羽冠」と向かい合っていた。「……その、なんだ」 が、エミルが町に向かってから20分もしないうちに、アデルがしびれを切らして口を開いた。「このままにらみ合いってのもしんどいぜ。何か話でもしねえか?」「……」「羽冠」は答えず、干し肉を食いちぎっている。「えーと、ほら、アレだ。お前さん、40年負けなしって言ってたよ...
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DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 12
2013.08.12.[Edit]
ウエスタン小説、第12話。下った天啓。12. その瞬間――太った男は飲んでいた酒を噴き出し、驚いた顔を見せた。「な……っ!? んなバカな!」「何で弾が出ねえ!?」「え、だって弾、全部……」 この言葉を聞いた瞬間、彼はあらゆることを理解した。(全部、実包だったのか……! こいつらは、俺を何が何でも殺そうとしていた! しかも、俺の自殺に見せかけて! 自分たちには何の罪も無いと言いつくろおうとして! こいつらは悪...
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DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 13
2013.08.13.[Edit]
ウエスタン小説、第13話。ウエスタン・ルーレット。13. その後も3回、ダイスを使って賭けを行ったが、そのすべてにエミルは負けた。「ああ、そんな……」「なんでこうも出す目出す目、20やら30やら出るんだよ……」「……」 だが、真っ青な顔をしているアデルたちに構わず、エミルはこんな提案をした。「……ダメね。もうお金がすっからかんよ。残ってるのはこのスコフィールドくらい」 エミルは腰に提げていた拳銃を取り出し、...
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ウエスタン小説、第14話。
偏っていた勝負。 14. 「え……」 銃声からワンテンポ遅れ、アデルが叫んだ。 「エミルーッ!?」 「うるさいわね」 「……へっ?」 拳銃からもうもうと煙が立ってはいるが、エミルは倒れることも血を吐くことも無く、ピンピンしている。 「あんな弾じゃ死ぬわけないわ」 「……え? え?」 「……!」 「あたしがスコフィールドに込めた弾は、雷管も何にも付いてない空包5発と、木炭の欠片を卵で固めて、鉛弾に似せて込めただけの、ニセモノ弾が1発。 そんなのが当たったところで革のコート相手じゃ、粉々になるだけよ。ま、多少痛かったけど」 胸に付いた炭を払いながら、エミルは「羽冠」に声をかける。 「あんたは自分の頭に当てて撃たず、勝負相手を撃ち殺そうとした。あんたの負けよ」 「い、イカサマ……っ」 抗議しようとする「羽冠」に、エミルは冷たく言い返した。 「イカサマ? あたしが何をしたって? 実弾込めたなんて、言ってないでしょ? あんたが卑怯にも、あたしを撃っただけじゃない。どこがイカサマよ?」 「こ、コイン、表が出るはずだった!」 「へー。そうだったの」 「……!」 「おい、どう言うこった、そりゃ?」 アデルの問いに、エミルはポケットからコインを取り出して放り投げる。 「適当に投げてみなさい」 「お、おう」 エミルに言われるがまま、アデルはテーブルにコインを投げてみる。 すると――「羽冠」が叫んだように、コインは表を向いた。何度トスしても――何回かに1回は裏が出るものの――やはり表ばかりが出る。 「……なんで?」 「そう言うコインだって言うことを、こいつは見抜いたのよ。多分裏が出やすいコインだったら、トスする前に『表がお前、裏が私』って決めたでしょうね」 「よく……、分からないな。結局こいつは一体、何をしてたんだ?」 「したって言うより、さっき検討した時に言った通り、観察力の問題ね。相手の目や動きとか、カードの混ざり方、ダイス自身の癖とかを見抜いてたんでしょうね。 でなきゃダイスの時、あんな露骨に20や30は出ないわよ。町に行って、そう言うのを作ってもらってたのよ」 「へぇ……?」 きょとんとするアデルに苦笑しつつ、エミルはダイスを握りしめた。 「さっきこいつがやってたみたいに、振り回さずにそのまま皿に落とせば……」 カラン、と音を立てて皿に落ちたダイスは、5・6・6の目を出した。 「おわっ」 「6が極端に出やすくなるのよ。 で、こいつがやっぱり観察眼で勝負を有利に運んでることがはっきりしたところで、次の勝負に出た。 そしてコイントスの直前、あたしはこいつに見せたのとは別のコインと、こっそりすり替えたのよ。もう一枚の、極端に裏が出やすくなるコインとね」 エミルはコイントスの時からずっと握っていたコインを、今度はマギーに渡した。 「……本当、裏ばっかり」 マギーが感心している横で、「羽冠」が悔しそうに頭を抱え、うめいている。 「イカサマ……! イカサマだ……! コイン、すり替えるなんて……!」 「同じ1セントよ? ただ、表か裏のどっちかが出やすいってだけで。それをイカサマだなんて言うのは、コインの違いが分かるあんただけよ。 不服なら、もう一回勝負してあげてもいいわ。でも」 エミルは「羽冠」に、こう言い放った。 「あんたはもう、どんなギャンブルでも勝てないわ」 「なに……!?」 「羽冠」がいきり立ったところで、さらにこう続ける。 「あんたは絶対勝てると高をくくった勝負で、卑怯な真似をして負けたのよ。 そんな間抜け、あんたの神もきっと見放したでしょうね」 「そ、そんなはず無い!」 「羽冠」は叫び、テーブルに自前のダイスを置く。 「私が勝つ! 勝たない、おかしい!」 「いいわよ。さっきと同じルールで行くわ。あんたから振りなさい」 「うう……、ううう……!」 乱暴にダイスが投げられる。だが、出た目は1・2・3、最小目の6だった。 「うあ……!? おお……、ばかな……、神よ……、(神よ……、私は……)」 「あたしの番ね」 エミルがひょい、とダイスをつかみ、軽く投げる。 エミルは1・1・1のゾロ目――最大目の55を出した。 |
DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 14
2013.08.14.[Edit]
ウエスタン小説、第14話。偏っていた勝負。14.「え……」 銃声からワンテンポ遅れ、アデルが叫んだ。「エミルーッ!?」「うるさいわね」「……へっ?」 拳銃からもうもうと煙が立ってはいるが、エミルは倒れることも血を吐くことも無く、ピンピンしている。「あんな弾じゃ死ぬわけないわ」「……え? え?」「……!」「あたしがスコフィールドに込めた弾は、雷管も何にも付いてない空包5発と、木炭の欠片を卵で固めて、鉛弾に似せ...
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DETECTIVE WESTERN 2 ~死の博打~ 15
2013.08.15.[Edit]
ウエスタン小説、最終話。ずるい局長。15. カーマンバレーでの「戦い」から1ヶ月後、パディントン探偵局にて。 エミルとアデルは局内で、のんびり過ごしていた。「手紙が2通来たぞ。一つは……、ああ、州知事からだ」「じゃあ私宛てだな」 アデルが持ってきた手紙を、パディントン局長がひょい、と手に取った。「……ふむ、……ほう、……おやおや」「何て言ってきたんです?」「『デス・ギャンブラー』についてだ。奴は結局、君た...
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DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 1
2014.09.20.[Edit]
1年ぶりのウエスタン小説。「撃てない」拳銃に魅せられた男たち。1. 20世紀半ば、かの悪名高い政治団体、国家社会主義ドイツ労働者党、通称「ナチス」を率いた総統アドルフ・ヒトラーには、数々の逸話がある。 その中でも最も煌びやかなうわさとして、「ワルサーP38を純金で造らせ、総統専用銃とした」と言うものがある。 勿論金などと言う、恐ろしく柔らかい金属を主な素材にしては、鉛弾を撃つことなど到底できるわけ...
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DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 2
2014.09.21.[Edit]
ウエスタン小説、第2話。保険請負詐欺。2.「最後の黄金王、射殺さる!!! 今月3日、O州クレイトンフォードに在住の資産家、グレッグ・ポートマン氏が頭と背中を撃たれ、死亡しているのが見つかった。 氏は57年、C州において金脈を発見したことを発端として巨財を成したことから、『西海岸最後の黄金王』と呼ばれていた。当局は金銭目的での強盗殺人事件と言う観点から、捜査を進めている模様」「と言うわけだ」「へ?」...
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DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 3
2014.09.22.[Edit]
ウエスタン小説、第3話。間抜けな田舎紳士。3. 応接室に通されたグレッグJrは、ひどく顔色が悪かった。「お願いします。あの銃が無ければ、いや、もしくは保険金が降りなければ、僕は破産してしまうんです」「と言うと?」 尋ねたアデルに、グレッグは顔をくしゃくしゃに歪ませ、こう答えた。「父は金脈を掘り当てたことで巨額の富を得て、有数の資産家となりました。僕もそのおこぼれに預かり、ちょっとした商売を行ってい...
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ウエスタン小説、第4話。
不良刑事。 4. エミルとアデルはグレッグを伴い、クレイトンフォードのポートマン邸を訪れた。 「ふーん……。いかにもって感じ」 「だな」 目の前にそびえる建物は欧州風の、西部にはむしろ不釣り合いな洋館だった。 「『ヨーロッパに憧れた成金の田舎紳士、祖先に思いを馳せつつおっ建てました』。……って感じだな」 「あんまり親父の悪口言わないでくださいよ……」 「悪口に聞こえたかしら?」 「そりゃまあ」 渋い顔をするグレッグに構わず、エミルたちは屋敷内に入る。 「鍵は……、かかってないの?」 「ええ。中には何にも無いですから、もう」 そのまま中に進み、エントランスに入ったところで、色あせたコートを着た、やはり西部者には見えない男に出くわす。 「何だ、あんたら?」 「あんたこそ誰よ?」 尋ね返したエミルに、男は面倒臭そうに名乗った。 「ジェンソン・マドック。連邦特務捜査局……、ああ、いや、まあ、刑事みたいなもんだ」 「刑事さんですって?」 男の役職を聞き、グレッグはきょとんとする。 「ここはもう、警察が捜査して引き上げた後のはずですけど」 「そう聞いてるよ。俺は別管轄でな、再調査に来たんだ。で、あんた方は誰だ?」 「申し遅れました。僕は……」 名乗りかけたグレッグを制し、アデルが答える。 「俺とそっちのお嬢さんは、パディントン探偵局の者だ。彼は依頼人で、ここの持ち主の息子さんだ」 「と言うことは、グレッグ・ポートマンJrだな。彼については分かった。なるほど、ここにいる権利があるな」 そう前置きし、ジェンソン刑事はアデルたちをにらみつけた。 「だがお前らにそんな権利は無い。とっとと失せな」 「何よ、それ」 エミルは口を挟もうとしたが、アデルは「まあまあ」と彼女を制し、ジェンソン刑事に応じる。 「そう邪険にしなさんな。あんたもどうせ、黄金銃事件で来たんだろ?」 「あ?」 「ここの家主が持ってた黄金銃を盗んだ奴。そいつを追ってる。そうだろ?」 「だとしたら何だ?」 ジェンソン刑事は煙草を口にくわえ、斜に構えてアデルをにらむ。 「あんたらとベタベタ馴れ合いしながら、仲良くみんなで事件解決に向かいましょ、てか? ヘッ、寝言は寝てから言ってくれんかねぇ?」 「……まあ、なんだ」 アデルも多少、頬をひくつかせてはいたが、それでも穏便に済ませようと言い繕う。 「悪い話じゃ無いはずだろ? 双方情報を出し合えば、事件の早期解決に……」 アデルの言葉を遮るように、エントランスにパン、と音が鳴り響く。 ジェンソン刑事は絶句したアデルの鼻先に、硝煙をくゆらせるリボルバーを向けていた。 「今のは空砲だ。まあ、そうそうポコポコと、人死になんぞ出したかないからな。これでビビって降参する奴も多いから、一発目はカラ撃ちで勘弁してやってる。 だがこれじゃ言うこと聞かないって奴には……」 ジェンソン刑事はリボルバーに実包を込め、撃鉄を起こした。 「仕方なく、本物をブチ込んでやることにしてるんだ。 分かったらさっさと出てけ。挨拶だろうと言い訳だろうと、これ以上ゴチャゴチャ言いやがったらブッ放すぞ、ボケ」 「……」 エミルたち3人は無言で、屋敷を後にした。 「なんだありゃ……。ヤバすぎだろ」 「取り付く島もない、ってどころか、取り付かせる船も出させないって感じね」 「あの……」 と、二人の後ろで縮こまっていたグレッグが、恐る恐る声をかけてくる。 「なんで僕まで追い出されちゃったんでしょう?」 「追い出されたって言うか……」 「あんたが一緒に来たんでしょ?」 「……でしたっけ?」 きょとんとした顔でそう返したグレッグに、エミルたちは呆れ返っていた。 |
DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 4
2014.09.23.[Edit]
ウエスタン小説、第4話。不良刑事。4. エミルとアデルはグレッグを伴い、クレイトンフォードのポートマン邸を訪れた。「ふーん……。いかにもって感じ」「だな」 目の前にそびえる建物は欧州風の、西部にはむしろ不釣り合いな洋館だった。「『ヨーロッパに憧れた成金の田舎紳士、祖先に思いを馳せつつおっ建てました』。……って感じだな」「あんまり親父の悪口言わないでくださいよ……」「悪口に聞こえたかしら?」「そりゃまあ」...
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DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 5
2014.09.24.[Edit]
ウエスタン小説、第5話。連邦特務捜査局。5.《ははは……、災難だったな》 アデルからの報告を受け、パディントン局長は電話口の向こうで笑った。《なるほど、連邦特務捜査局の人間ならやりかねんな。いや、もうやったのか》「ご存知で?」《うむ。過去に何度かかち合ったことがある。 実はその組織は名前こそ『連邦』とは付いているが、合衆国政府からはまだ、公式に認められていないんだ》「へぇ?」 間を置いて、パディント...
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DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 6
2014.09.25.[Edit]
ウエスタン小説、第6話。事件の痕跡。6.「赤い筋……? 血か?」「ええ、多分」 買い出しから戻ってきたアデルに、エミルは地下室に残っていた血痕のことを伝えた。「恐らく、ポートマンSrのものだな。……ふむ」 アデルを伴い、エミルとグレッグは再度、地下室へと降りる。「なるほど。確かに血だな、こりゃ」「名探偵さん。ここから何か導き出せるかしら?」「ああ。まずその前に、だ。情報の整理をしとこう」 アデルは廊下...
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DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 7
2014.09.26.[Edit]
ウエスタン小説、第7話。追いかけ合い、化かし合い。7.「……ええ……恐らく……はい……」 探偵局に電話連絡を行っているアデルを放って、エミルとグレッグは夕食を食べ始めた。「流石、探偵さんですね。犯人像を絞って、イクトミ氏と突き止めるなんて」「そこまではいいけどね。問題はそこから先よ。犯人が分かったところで、そいつの居場所が分かんなきゃ話にならないわ」「……ですね」 エミルはベーコンを口に放り込みつつ、未だ電...
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ウエスタン小説、第8話。
商売敵と手を組む。 8. エミルたちはそのまま、駅のホームでジェンソン刑事を詰問し始めた。 「あなたの狙いは?」 「誰が答えるかよ」 「言わないならこっちから言うぜ。イクトミだろ?」 「知らんね。誰だ、そりゃ?」 「あら。『イクトミ』が人名ってことは知ってるのね」 「う……」 目をそらし、煙草をふかすジェンソン刑事に、アデルが馴れ馴れしく言葉をかける。 「まあ、そんな邪険にしなさんな。協力してマイナスになることは無いんだぜ? 俺たちの目的は限りなく近いが、厳密には別なんだからさ」 「どう言う意味だ?」 チラ、といぶかしげな目を向けたジェンソン刑事に、アデルはこう続ける。 「あんたの目的はイクトミだ。だが俺たちの目的は、イクトミが盗んだ黄金銃だ。 協力してイクトミを捕まえたところで、俺たちはイクトミなんかどうでもいい。俺たちにとって大事なのは黄金銃の方なんだからさ。 だからさ、ここは一つ、協力し合わないか?」 「俺に何のメリットがある? お前らみたいな足手まといがいても迷惑だ」 「その足手まといに裏をかかれたのは誰かしら?」 「……チッ」 忌々しそうににらみつけてくるジェンソン刑事に、エミルはこう続けた。 「今こいつが言ったみたいに、あたしたちの目的はあくまで黄金銃よ。イクトミの逮捕には協力してあげるし、そいつの身柄もあんたの勝手にしていいわ。懸賞金がどうの、って話もしない。 少なくともあたしたちには、あんたを出し抜けるくらいの技量はあるし、悪い話じゃないはずよ?」 「……」 ジェンソン刑事は吸口ギリギリまで燃えた煙草を捨て、二本目を懐から取り出す。 「火、くれ」 「おう」 素直に火を点けたアデルに、ジェンソン刑事は渋々と言いたげな目を向けた。 「分かった。そうまで言うなら協力してやってもいい。 確認するが、お前らは黄金銃さえ手に入ればいいんだな?」 「ええ」「そうだ」 「いいだろう。それじゃ、俺の知ってることを話そう。 どうせ次の列車が来るまで、3時間はあるんだからな。コーヒーでも飲みながら話そうや」 そう返したジェンソン刑事に、エミルは「あら」と声を上げる。 「珍しいわね。てっきりバーボンかテキーラって言うかと思ったけど」 「あんたらも東部者だろ? 西部の雑な酒は嫌いなんだ」 「気が合うわね。あたしもコーヒー派よ。そっちのもね」 3人は一旦駅を後にし、近くのサルーンに移った。 「さて、と。じゃあまず、イクトミの出自辺りから話すとするか」 「出自?」 尋ねたアデルに、ジェンソン刑事は口にくわえた煙草を向ける。 「イクトミがヘンテコなお宝ばっかり盗んでるってことは知ってるな?」 「ああ、まあ」 「そこんとこに関係してくる。 あんたらはどうか知らんが、俺んとこじゃ『科学捜査』って奴を積極的に取り入れてるんだよ。マサチューセッツからお偉い先生を呼んだりしてな。 その一例として、犯人の犯行動機を、そいつがガキだった頃に何かしらの原因があるんじゃないかって推察ができるかって言う実験をしてるんだが、その関係でイクトミについても、ガキの頃の調査をしてた。 で、風のうわさ通り、確かに奴にはフランスの血が入ってるらしいって話の裏は取れた」 「へぇ……」 「で、今回奴が盗んだ黄金銃についてだが、妙な点が一つあるんだ」 「ん?」 話が飛び、エミルたちは揃って首を傾げる。 「まあ、聞け。 あんたらは不思議に思わないか? 黄金製と言っても銃は銃、本来はドンパチやるためのブツだ。美術品の題材にしちゃ不釣り合いなこと、この上無い。 だのに情報筋によれば、競売で4万、5万の高値が付くって話だ。こう聞けば変だろ?」 「確かにね。SAAと同じくらいの金なら、せいぜい1万ちょっと程度でしょ?」 「金の量だけ考えりゃ、確かにそうさ。 しかしモノには作った職人の『技術料』ってのが込みになってる。黄金銃に5万なんて高値が付く理由は、それだ」 「名のある職人が作ったってことか?」 「そう言うことだ。そいつの名はディミトリ・アルジャン。フランス系の名ガンスミスだ」 |
DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 8
2014.09.27.[Edit]
ウエスタン小説、第8話。商売敵と手を組む。8. エミルたちはそのまま、駅のホームでジェンソン刑事を詰問し始めた。「あなたの狙いは?」「誰が答えるかよ」「言わないならこっちから言うぜ。イクトミだろ?」「知らんね。誰だ、そりゃ?」「あら。『イクトミ』が人名ってことは知ってるのね」「う……」 目をそらし、煙草をふかすジェンソン刑事に、アデルが馴れ馴れしく言葉をかける。「まあ、そんな邪険にしなさんな。協力し...
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DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 9
2014.09.28.[Edit]
ウエスタン小説、第9話。イクトミ捜査線。9.「アルジャン……!?」 名前を聞いた途端、エミルは立ち上がった。「どうした?」「……いえ。……なんでも。続けてちょうだい、刑事さん」「ああ。まあ、そのアルジャンってのが、その界隈じゃ有名な職人でな。そいつが仕上げた銃は、かなりの高値で取引されてることが多い。 黄金製で、名ガンスミスが仕上げたピースメーカーだ。そう聞けば、高値が付くのもおかしい話じゃ無いだろ?」...
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DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 10
2014.09.29.[Edit]
ウエスタン小説、第10話。大富豪、ワットウッド翁。10. グレッグの紹介により、エミルたちはワットウッド翁にすんなりと面会することができた。「ふむ、ふむ。なるほど、お話はよく分かりました。お伝えいただき、ありがとうございます」 エミルたちから事情を聞いたワットウッド翁はうんうんとうなずき、にっこりと笑みを浮かべた。「確かに皆様の仰る通り、わたしには多少ながらコレクションと呼べるものがございます。 特...
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DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 11
2014.09.30.[Edit]
ウエスタン小説、第11話。金庫の中の蜘蛛。11.「大変お待たせいたしました。どうぞ、お入り下さい」 宝物庫の扉が開き、ワットウッド翁がまず中へと入る。それに続く形でグレッグ、ジェンソン刑事が入り、そして最後にエミルとアデルが入室した。「……っ」 アデルは三度、絶句する。 そこにはあちこちに、ギラギラと光る美術品や金塊が積まれていたからだ。「皆様は紳士とお見受けしておりますし、あり得ないこととは思います...
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DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 12
2014.10.01.[Edit]
ウエスタン小説、第12話。イクトミ確保。12. 片眼鏡に白いシルクハット、そして白いスーツに着替え、顔のメイクも落としたところで、イクトミの両腕に手錠がかけられた。「さあ、きりきり歩け」 ジェンソン刑事は拳銃をイクトミの背中にゴリゴリと押し付けながら、彼を歩かせる。「いたっ、いたたた……。はいはい、歩きますよ。歩きますとも」 イクトミは素直に、部屋の出口へと向かう。「……うーむ」 一方、ワットウッド翁は...
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DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 13
2014.10.02.[Edit]
ウエスタン小説、第13話。岩の中の宝物庫。13. イクトミが忠告していた通り、レッドロック砦跡に到着する頃には既に、夕日が地平線の向こうに沈もうとしていた。「こちらが我が宝物庫です。どうぞ、お入り下さい」 依然、ジェンソン刑事に背中をつつかれながらも、イクトミは恭しい態度で一行を招き入れた。「外から見た分には、赤茶けた岩が積んであるようにしか見えなかったが……」「確かにこれは、立派な砦ね」 巧妙に積ま...
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DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 14
2014.10.03.[Edit]
ウエスタン小説、第14話。「コヨーテ」。14.「……!?」 イクトミとジェンソン刑事は目を丸くし、倒れた二人がいるはずの場所に目をやる。「い、……いねえ!?」「いつの間に!?」「あんたたちがベラベラ裏事情をしゃべってバカ笑いしてる間に、よ」 そう答えながら、エミルとアデルが銃を構えて現れる。「俺たちがこれっぽっちも気付いてないと思ってたのか? 凶悪犯を捕まえといて、本部に連絡もせず、いきなりアジトへ乗り...
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ウエスタン小説、第15話。
怪盗紳士の謎の言葉。 15. 「なっ……!」 視界から一瞬相手が消え、アデルは慌ててライフルを構える。 「伊達にイクトミ(蜘蛛男)と名乗っているわけではないのですよ」 だが次の瞬間、アデルの頭上にイクトミが移動し、そのまま両肩に乗る。 「ぐあっ……!?」 アデルは体勢を崩し、床に押し倒される。 イクトミはアデルの肩に両足を載せたまま、リボルバーを彼の頭に向ける。 が――次の瞬間、イクトミは再び跳び上がる。そして一瞬前まで彼がいた空間を、2発の弾丸が通過していく。 「みだりに発砲しないでいただきたい。貴重なコレクションに傷が付いてしまう」 「だったらじっとしてなさいよッ!」 エミルはジェンソン刑事から奪っていたリボルバーを捨て、自分のリボルバーを構える。 イクトミは天井に貼り付きながら、慇懃な仕草でかぶりを振る。 「それは了承いたしかねますな。星条旗はわたくしの肌に合わないものでね」 「だったらフランス国旗でもいいけど? 真っ赤な血、白いスーツ、真っ蒼な死に顔。お似合いじゃないかしら?」 「まったく、乱暴なお嬢さんだ」 イクトミは両手を離し、足だけでぶらんと天井から垂れ下がり、その姿勢のまま、またも肩をすくめて見せた。 「『大閣下』はお喜びになるでしょうが、ね」 「……!」 イクトミの言葉に、エミルの顔が真っ蒼になった。 「ど、どうした、エミル……?」 フラフラと起き上がったアデルに、エミルは顔を背け、応えない。 だが――エミルは突如、絶叫しながら、イクトミに向かってリボルバーを乱射した。 「……る、……どおおおああああああッ!」 天井にいくつもの穴が開く。 だが、イクトミはそれよりも早く床に降り立ち、全弾をかわしていた。 「はあっ……、はあっ……」 エミルは蒼い顔をしたまま、リボルバーに弾を込め始める。 だが、イクトミが素早く動き、エミルの腕に手刀を振り下ろした。 「あっ……!」 リボルバーが落ちると共に、イクトミはまたも跳び上がり、出口付近にまで移動した。 「Calmez-vous mademoiselle, s'il vous plait.(落ち着いて下さいませ、お嬢様) ……今宵はこの辺にいたしましょう。首尾よくあなたか彼のどちらかを殺せたとしても、残ったもう一方に殺されるでしょうからね。 このまま戦えば、双方の被害はあまりにも大きい。であれば、戦わぬが吉と言うもの。このまま失礼させていただきます。 次にお目見えする時まで、ごきげんよう」 一方的に別れを告げ、イクトミはそのまま消えた。 イクトミが姿を消してから1時間ほどの間、アデルは気を失ったジェンソン刑事の介抱と拘束を行い、そして茫然自失の状態にあったエミルを座らせ、毛布をかけ、部屋に置いてあったバーボンを飲ませた。 「落ち着いたか?」 「……ええ」 ようやく顔に血の気が戻ってきたエミルに、アデルは恐る恐る質問する。 「イクトミって、お前の知り合い、……じゃないよな?」 「ええ。初対面よ」 「でも、……なんか、あっちは知ってるっぽかったな」 「みたいね」 「あいつに何て言ったんだ? 『……るど』とか何とか言ってた気がしたけど」 「……さあ? 我を忘れてたもの」 「あいつが言ってた『大閣下』って誰だ?」 「……」 エミルはうつむき、小さな声でこう返した。 「……知らないわ……」 「そう、か」 これ以上は何も聞けず、アデルも黙り込んだ。 エミルたちが街に戻ったのは結局、翌日になってからだった。 ちなみに――イクトミが言っていた通り、グレッグはこの日、貨物列車の中で発見、保護された。 ジェンソン刑事についても、連絡を入れて数日のうちに、パディントン局長を含む探偵局の人間と連邦特務捜査局の人間が連れ立って現れ、即座に拘束・逮捕された。 |
DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 15
2014.10.04.[Edit]
ウエスタン小説、第15話。怪盗紳士の謎の言葉。15.「なっ……!」 視界から一瞬相手が消え、アデルは慌ててライフルを構える。「伊達にイクトミ(蜘蛛男)と名乗っているわけではないのですよ」 だが次の瞬間、アデルの頭上にイクトミが移動し、そのまま両肩に乗る。「ぐあっ……!?」 アデルは体勢を崩し、床に押し倒される。 イクトミはアデルの肩に両足を載せたまま、リボルバーを彼の頭に向ける。 が――次の瞬間、イクトミ...
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DETECTIVE WESTERN 3 ~19世紀の黄金銃~ 16
2014.10.05.[Edit]
ウエスタン小説、第16話。エミルの過去。16.「凶悪犯、イクトミを捕り逃してしまったのは残念ではあるが、依頼自体は完遂できたと言える。黄金銃を無事に取り戻せたわけだからな。ポートマンJrも喜んでいるよ。間もなくこちらにやって来るそうだ。 その他、確保した美術品――かどうかは詳しく調べないことにはまだ分からんが――についても、元の持ち主を探し次第、返却・返還していくつもりだ。我が探偵局の評判は大幅に上がる...
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DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 1
2015.08.09.[Edit]
年一回更新のウエスタン小説。大陸横断鉄道。1. 日本やフランス、その他欧州圏の人間には信じられない事実であろうが、アメリカ合衆国には現在に至るまで、「国鉄」なるものが存在したことが無い。つまりアメリカ合衆国が単独で、ひとつの鉄道会社や鉄道網を所有した事実は無いのだ。 即ち、アメリカ全土を網羅し、西部開拓史の象徴の一つにもなっている「鉄道」は全て在野、民間人の所有なのである。 開拓史を代表する鉄道網...
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ウエスタン小説、第2話。
半役人。 2. 「前回の事件のおかげで、連邦特務捜査局とパイプができたんだ」 パディントン局長はニコニコ笑いながら、アデルとエミルに話し始めた。 「ま、向こうにしてみたら、弱みを握られたと思っているかも知れないがね。 それはともかく、彼らから合同捜査を打診されたんだ。建前上は今後の業務提携を目して良好な関係を築き……、とか何とか言う話だったが、ま、実際のところは業を煮やした末の、苦肉の策と言うところだろうね」 「どう言うこと?」 尋ねたエミルに、パディントン局長は肩をすくめて返す。 「3年ほど前から、西部の鉄道網を悪用している輩がいるらしい。 街で盗みを働き、その盗品を列車に載せて、そのままとんずら。それを何度も繰り返しているそうだ。 当然これは、窃盗と言う犯罪のみならず、正規の列車運行に悪影響を及ぼす、大変迷惑な行為でもある。ゆえに合衆国政府も、彼らの存在を極めて悪質なものとして憂慮しており、その直下にある連邦特務捜査局にとっても第一に検挙すべき相手だ。 ところが、だ」 パディントン局長はデスクに地図を広げ、各鉄道会社の路線図を示す。 「現在、西部には1万マイルを超える距離の鉄道網が敷かれている。これをつぶさに監視することは、捜査局の人員と権力では不可能だ。 そのために、『優先的に処理すべき案件』と決定されながらも、最初の事件発生から現在に至るまで、捜査に本腰を入れることは不可能だったわけだ。 で、今回の件についてだが。依然として、捜査局は我が探偵局の存在を疎ましく思っていることは間違い無いだろう。その上、捜査官の汚職と言うスキャンダルを握られてすり寄られては、うっとうしくて仕方が無いはずだ。 しかし対応を誤れば、捜査局の醜聞を公表される危険がある。そう考えた彼らは、この事件を我々に回してきたんだろう」 「なるほど。うまく行かなければ逆に我々を非難して縁を切れる、うまく行けば自分たちの手柄にできるし、『どうだ、自分たちはあんた方のお役に立つだろう?』と示すことで、手を切らせないようにおもねることができる、ってわけですね。 やれやれ、つくづくお役人ってのは!」 「厳密には『半』役人と言ったところだろうが、確かに同感だ。 一応、向こうからも人員を出してくれるそうだが、……人数を聞いて愕然としたよ」 「何名だったの?」 エミルの問いに、パディントン局長は手を開いて見せた。 「50名? 鉄道を見張るにしちゃ、少なすぎない?」 「5名だ」 「……冗談よね?」 「私は冗談が大好きだが、これは冗談じゃあないんだ。 彼らが長年、合衆国から認可されない理由が分かった気がしたよ。この広大な合衆国を網羅しつつある鉄道網を見張る人員を、たったの5名しか用意できないとは! 私のつかんでいる情報によれば、彼らの規模は最低でも300名程度のはずなんだ。その中から、たったの5名! 『第一に処理すべき案件』に対する捜査人員がこの程度じゃあ、彼らの捜査能力が疑われても仕方が無い。 いや、実際に私も今回ばかりは、唖然としてしまったよ」 「バカな質問で恐縮ですが、残りの295名は何を?」 尋ねたアデルに、パディントン局長はかぶりを振る。 「州警察とほとんど変わらん。事件が起こったと聞けばそこへ行き、近隣を捜索して犯人を探す。違いは捜査範囲が州をまたぐと言う程度だ。 はっきり言ってしまえば、我々とほぼ変わらん。いや、我々の方が自由が利く分、まだましな働きをしているよ」 「……で、さっきから嫌な予感がしてるんだけど」 「その予感はきっと当たりだよ、エミル」 顔を見合わせたエミルとアデルに、パディントン局長がニコニコと笑いながら、鷹揚にうなずいて見せる。 「うむ。君たちには捜査局の人間と共に、まずはスターリング&レイノルズ鉄道の本社に行ってもらう」 「本社ってどこ?」 「西部C州のリッチバーグにある。つい先日にもその街が襲われたばかりだから、まだ何らかの手がかりも残っているだろう」 「だといいけどね」 |
DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 2
2015.08.10.[Edit]
ウエスタン小説、第2話。半役人。2.「前回の事件のおかげで、連邦特務捜査局とパイプができたんだ」 パディントン局長はニコニコ笑いながら、アデルとエミルに話し始めた。「ま、向こうにしてみたら、弱みを握られたと思っているかも知れないがね。 それはともかく、彼らから合同捜査を打診されたんだ。建前上は今後の業務提携を目して良好な関係を築き……、とか何とか言う話だったが、ま、実際のところは業を煮やした末の、苦...
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DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 3
2015.08.11.[Edit]
ウエスタン小説、第3話。三重のがっかり。3. 今回の仕事に取り掛かった時点で、エミルはまず、3度落胆した。 まず1つ目は、同行する捜査官が、お世辞にも優秀とは言いがたい青年だったからである。「はじめまして、クインシー捜査官。俺はパディントン探偵局のアデルバート・ネイサン。こっちはエミル・ミヌーだ」「よろしく」 駅ではじめて顔を合わせた際、相手の捜査官はコチコチとした動作で、手を恐る恐る差し出してき...
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DETECTIVE WESTERN 4 ~シーブズ・エクスプレス~ 4
2015.08.12.[Edit]
ウエスタン小説、第4話。捜査続行。4. その日の晩、三人はサルーンの1階に集まって夕食を取っていた。「あのー」 と、サムが恐る恐る尋ねてくる。「どうした?」「本当にもう、調査は……」「ああ」 アデルは一瞬周りを見回し、サムに目配せした。「えっ?」 しかし、要領の悪いサムはきょとんとしている。 見かねたエミルが、サムの椅子を蹴っ飛ばす。サムは椅子ごと、床へ横倒しになった。「おわっ!?」「ごめんなさいね...
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