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黄輪雑貨本店 新館

琥珀暁 第5部

黄輪雑貨本店のブログページです。 小説や待受画像、他ドット絵を掲載しています。 よろしくです(*゚ー゚)ノ

    Index ~作品もくじ~

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    神様たちの話、第211話。
    流れ者たちの苦悩。

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    1.
     沿岸部における一連の事件が終息した後、ミェーチ軍団は北へと進み、山を登った。この邦では「西山間部」と呼ばれている地域である。
     沿岸部がユーグ王国とノルド王国とで分割統治されていたように、この地域もまた、皇帝レン・ジーンの支配下に置かれた5つの国によって統治されている。ノルド王の庇護(ひご)を失い、野に下ることとなったミェーチは、新たな安堵の地を求めるべく、それらの国を訪ねることにした。
     ところが――。

    「レイス王国からは一言だけ、『接見を堅く拒否する』と。ハカラ王国以外の3ヶ国もほぼ同様の返事が来ました」
    「むむむ……」
     野に下ったとは言え、かつて沿岸部で功を成し名を遂げた名将ミェーチが、相当な兵力を擁する軍団を率いて遡上してきたのである。いずれの国も、彼らを「帝国に対する脅威」と見なしたらしく、軒並み門前払いしてきたのだ。
    「では、ハカラ王国からは? そちらには確か、シェロが向かっておったな?」
    「はい。間も無く戻られるかと」
    「うむっ」
     流浪の日々を共に過ごすうちに、ミェーチはすっかりシェロのことを気に入っており、それにならう形で、軍団内の者たちもシェロのことを重要人物、ミェーチに次ぐ重鎮として扱っていた。
    「彼奴であれば、他より多少なりとも良い返事を持って来るはずであろう」
    「我らも期待しております」
     と、そこへ丁度、話に上ったシェロが戻って来る。
    「ただいま戻りました」
    「おお、シェロ! ご苦労であった。して、相手の返事は?」
    「それがですね……」
     シェロは苦い顔をしつつ、その内容を伝えた。
    「まず、『当方の要請を受諾・完遂すれば、安堵を約束できるよう取り次ぐ準備がある』と」
    「おお! でかしたぞ、シェロ! やはりお主はやり手であるな」
    「あ、と。条件があるんです、条件が」
    「む、そうであるか」
     ミェーチの称賛をさえぎり、シェロは話を続ける。
    「その条件と言うのが、『ハカラ王国北部に居座る豪族たちを討伐せよ』と。その成果が確認でき次第、国王との謁見を取り次げるよう手配することを検討すると言っていました」
    「……ふむ」
     途端に、ミェーチも表情を堅くした。
    「それはまた、難題であるな」
    「あの」
     シェロが手を挙げ、質問する。
    「『豪族』と言うのは?」
    「ふむ、異邦人のお主が知らぬのも当然であるな。豪族と言うのは、一言で言えば帝国にとって『存在してはならぬ者たち』のことだ。
     帝国が全土を統一したと宣言したのが20年ほど昔のことであるが、そう宣言したからには敵対勢力なる者は一人たりとも、この邦にいてはならぬわけである。ところが帝国に与せず、己の領土を主張する者たちが数年前より山間部各地に現れ、実力行使により町や村を占拠しておる。彼らを放置することは事実上、皇帝の言葉や威光、ひいては権威をないがしろにすることになる。帝国民にとってそれは反逆罪にも等しい、極めて許されざる行為だ。
     であるからして、帝国と、そしてその属国の者は、挙って豪族討伐を推し進めているのだが……」
    「だが?」
    「これもまた一言で言えば、手強いのだ。我輩もうわさで聞いた程度でしかないが、彼奴らは帝国本軍とやり合い、返り討ちにしたことも何度かあるのだとか。負けたにしても、単純に逃亡・撤退するばかりで、殲滅にはほとんど至らんらしい。真正面からの攻勢は、現状でほとんど成果を挙げておらんようだ。かと言ってカネや地位などで懐柔し、軍門に加えようと画策しても、耳を貸さぬと言う。
     まったく帝国にとっては、腹立たしいことこの上無き奴らと言うわけだ」
    「なるほど」
     話を聞き、シェロはうなずく。
    「であれば、彼らを本当に潰すことができれば、こちらでの信用を得られると言うわけですね」
    「しかしシェロ」
     だが、ミェーチは乗り気では無いらしい。
    「我々は元々、帝国と敵対するつもりで軍団を興したわけであるし、事実、帝国軍と戦闘も行い、撃破もしている。その我らが同じ反帝国の豪族たちを討つことに、安堵以上の意義があるのか?」
    「う……それは」
     言葉に詰まるシェロに、ミェーチが畳み掛ける。
    「我々の本懐を忘れ、目先を追うことだけはしてくれるな、シェロ。他ならぬお主自身が、それで相当に痛い目を見たはずであろう?」
    「は、はい」
     返す言葉も無く、シェロはうなずくしかなかった。

     と――そこへ、リディアが飛び込んで来た。
    「あの、よろしいですか?」
    「うん?」
    「シェロ、あなたにまたお客さんです。また」
    「また? ……って、……まさかまた?」
    「ええ。また、あの人が」
    「……なんで今更?」
    琥珀暁・接豪伝 1
    »»  2019.08.24.
    神様たちの話、第212話。
    策士の再会。

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    2.
     前回と違い、現在ミェーチ軍団が駐留しているのは街外れの小屋である。応接間などと言う気の利いた部屋を設ける余裕は無く、兵士たちが見守る中で、彼女との会話が行われることとなった。
    「あー、まあ、お久しぶりやね、シェロくん」
     流石の女丈夫エリザも、どことなく居心地悪そうにしているのを感じ、シェロは率直に尋ねてみた。
    「今更何の用スか?」
    「ま、ま、気ぃ悪うしとるんは分かっとるけども、ちょと聞いて欲しいコトあるんよ」
    「聞いて欲しいコト?」
    「こっちで色々やっとって、連絡遅れてしもてゴメンやけどもな、アンタの処分についてゼロさんからいっこ、物言い入ってな。『不名誉除隊は厳しすぎや。依願除隊にせえ』ちゅうてな。王様の一声やからハンくんも嫌や言われへんかって、ほんでまあ、そのようにしたっちゅうワケやねん」
    「依願除隊に? ってコトは……」
    「せや、この前は『二度と顔見せんな』とかきついコト言うてしもたけども、アレ、無し」
    「は?」
     ころっと掌を返してきたエリザの態度に、シェロは苛立ちを覚えた。
    「何のつもりっスか、ソレ」
    「ちゅうと?」
    「そりゃ俺のやったコトはソレなりにひどいですから、何されたって文句言いやしませんけどね、ソレでも『アンタに温情見せてあげた』って態度が見え見えなんスよ。どうせ何か、別の話があって来たんでしょう?」
    「お、察しがええな」
     悪びれもせずそう返し、エリザはにこにこと笑う。
    「アンタらがやろうとしとるコトに、アタシらも一枚噛ませて欲しいんよ」
    「俺たちが? 何のコトです?」
     とぼけて見せたが、エリザは事も無げに看破してくる。
    「ハカラ王国の人らから近場の豪族倒してんかーっちゅうて頼まれたやろ?」
    「え」
     エリザの言葉を受け、シェロは面食らう。
    「なんでソレを?」
    「そらもうチョイチョイってなもんやね。アタシ個人の商売の関係で情報も集めとるから、アンタらがこっちでやっとるコトも粗方把握しとるんよ。
     で、アンタはホンマにやる気か? いや、やられへんやろなぁ。ミェーチさんがそんなん絶対許すワケあらへんしな」
    「ぐぬ……」
     つい先程交わした会話までずばりと言い当てられ、シェロは言葉を失う。
    「せやけど、ソレならこの後どないするん? このままミェーチさんと一緒にうーんうーん呪いの人形みたいにうなって悩んでてもしゃあないやろ?」
    「大きなお世話ですよ」
     辛うじて虚勢を張り、シェロは突っかかる。
    「俺たちは俺たちで何とかしますから、あなたたちはあなたたちで勝手に石ころでも何でも売りつけてぼったくったらどうです?」
    「分かってへんなぁ」
     一方のエリザも、まったく態度を変えない。
    「アタシがちょっと手ぇ貸したら、その話上手く行くやろなっちゅう目算があるんよ。せやなかったらわざわざ来るかいな」
    「何ですって?」
    「悪い話やないやろ? 今、アンタら大変やん。こんな狭い小屋に何十人も詰め込まれて、他にもまだ百人、二百人が野ざらし同然の生活や。この軍団のナンバー2、副団長の役に就いとるアンタが世話せなアカンもんな。早いトコ、落ち着けるトコ作らなアカンやろ?」
    「だから、大きなお世話だっつってるでしょう?」
     苛立ちが募り、シェロは声を荒らせる。
    「こっちでやりますから、余計なコトしないで下さい。どうせあなたたちに手を借りたら、ソレをダシにして俺たちのコト、いいように操って利用するつもりなんでしょう?」
    「せやな」
     はっきりと肯定され、シェロはふたたび面食らった。
    「なっ……」
    「何や? アタシがソコを隠したりごまかしたりして、キレイゴト立て並べて話進めると思とったんか?」
    「普通そう言うもんでしょう?」
    「そう言うみみっちくてしょうもない真似は、自分がアタマええと思っとるアホのやるコトや。アタシがそんな、脳みその代わりにゴミが詰まっとるような三流のアホ参謀やと思とるんか?
     アタシははっきり言うで。アンタを使うつもり満々やっちゅうコトも、アンタだけやなくてアタシにも利のある話やっちゅうコトもな」
    琥珀暁・接豪伝 2
    »»  2019.08.25.
    神様たちの話、第213話。
    はっきりと。

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    3.
     ずけずけと物を言いつつも、エリザは依然として、笑みを崩さない。その不敵な態度に怯みそうになり、シェロはなおも強情を張ろうとする。
    「やっぱり裏があるんじゃないっスか! そんな話、俺が聞くと思うんスか?」
    「聞くはずや。アンタやったら分かるはずやで、現状でアタシと話するのんが一番ええ策やっちゅうコトをな」
    「そうは思いませんね」
    「ほんならアンタの一番の策は何や? 正面切って豪族さんらと戦うて大勢犠牲を出して、ソイツらの焼け野原になった領土を乗っ取った上で、ボロボロの体のまま帝国さんらと連戦するコトか? 引き返して山を下って、恥も外聞も無く『やっぱアカンわ』『どうにもなりまへん』ちゅうてノルド王国に泣きつくコトか?
     ソレともこのまんま困り果てて弱り切って軍団がグズグズになったところを、ハカラ王国の人らに討ち取られるコトか?」
    「え、……え?」
     想定しない状況に言及され、シェロは戸惑う。
    「ハカラ王国が、俺たちを?」
    「おかしな話とちゃうやろ? アンタらは武力集団や。ソレも、ドコの国にも属してへん上に、帝国軍と正面切って戦ったヤツらや。帝国に従属しとるこっちの偉いさんにとったら、豪族と何ら変わらへん輩やん? せやからドコもかしこも門前払いしてきはったし、豪族と戦わせようとしとるんや。
     向こうの人にしてみたら、『同士討ちさせて共倒れしてくれたら儲けもんや』っちゅうトコやろな。よしんばどっちか生き残ったとしても、戦った後で弱っとるワケやし、倒すのんにさして苦労せんやろな」
    「ぐっ……!」
     エリザの言葉に、シェロは顔をしかめさせる。
    「……結局、こっちの人間をアテにしようなんてのが、そもそもの間違いってコトっスね」
    「そうなるな。西山間部の人らは帝国寄りやからな、帝国派やない人間は死のうが殺し合おうが、知ったこっちゃあらへんっちゅうコトや。
     もし仮に、アンタらがまったくの無傷で豪族討伐を成功させたとしても、向こうは『ほんなら話聞こか』とはならんやろな。その時はまた何やかや言い訳こねるか、別の用事押し付けるか、どっちにしても結局は追い払うつもりやろ」
    「くそ……ッ」
     シェロの攻勢が止んだところで、エリザが畳み掛ける。
    「言うとくけど、この状況で逃げるんも下の下の策やで。
     そら上手いコト行かへんかったらちゃっちゃと見切り付けて次行こか、っちゅう考えもあるし、普通は悪い手やない。でも既にアンタら、ハカラ王国でええようにあしらわれた身やろ? となれば他の国かて、同じコトするやろな。『他の国で門前払いされたヤツになんで俺らが温情見せなアカン?』ちゅうてな。そもそも『余所者』やし、そんな輩をうっかり引き入れて、帝国に目ぇ付けられたらアホみたいやろ。間違い無く、誰もまともに相手せえへんわ。西山間部中あっちこっち行く先々でそんな扱いされて追い払われとったら、いずれはドコかで全員野垂れ死にするんは目に見えとるわ。
     勿論言うまでも無いコトやろうけども、面倒見切れへんし一人で逃げてまお、っちゅうのんも無しやで」
    「にっ、……逃げるワケ無いじゃないっスか」
    「ほんならええんやけどな。後ろ見てみ」
     言われて、シェロは素直に後ろを向く。
    「……っ」
     前述の通り、この小屋には応接間など無く、仕切りらしい壁や衝立も無い。そのため今までの会話はすべて、小屋にいた兵士たちに筒抜けになっており――。
    (見てる。……すげー心配そうな目で)
    「皆な、アンタがどうやって今のこの状況を打破してくれるか、期待しとんねん。アンタが突撃っちゅうたらしよるし、塩湖越えてもっと東に行こかっちゅうたら付いてくわ。地位も職も放り出してアンタに付いて来た身やさかい、ソレ以外に何もでけへんからや。皆、アンタの決定と、命令を待っとるんよ。もっぺん、はっきり言うとくで。今逃げるんは最悪の策や。今必要なんは、前に出る策やで。
     そんなワケでや、シェロくん」
     エリザはここで、笑みを顔から消した。
    「どないする? アタシと手ぇ組むか? ソレともまだ自分一人で悩んで、どうにかでけんか考えるか?」
    「……」
     シェロはしばらく黙っていたが――やがて、「話、聞かせて下さい」と答えた。
    琥珀暁・接豪伝 3
    »»  2019.08.26.
    神様たちの話、第214話。
    北の町での試食会。

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    4.
     シェロとエリザが話し合ってから、一週間後――ハカラ王国領の北にある町、セベルゴルナ。
    「さーさー海の幸の試食会だよ、どうぞ見てらっしゃい寄ってらっしゃい! 我らが『狐の女将さん』、エリザ・ゴールドマン先生直々にお越しいただいての大盤振る舞い! 美味しい料理が盛り沢山だよー!」
     すっかりエリザの丁稚となった沿岸部の商人たちが、広場で大きな鍋を背にして横一列に並び、声を張り上げている。
     その列の中心に立つエリザも、いつものようにニコニコと笑みをたたえながら、街行く者たちに声をかけていた。
    「いらっしゃいませー、いらっしゃいませ! 本日はこちらへ卸しに来た沿岸部の各種食材の試食販売を行っております! エビ、イカ、カニにウニにカキ! 勿論お魚も一揃い、ぞろぞろぞろっと持って来とります! 本日はその試食も兼ねまして、大変美味しい料理を町の皆様へご提供いたします!」
     この邦ではまず見られない、狐獣人エリザの見目麗しい容姿に加え、並べられた料理はどれもエリザの故郷風に作られており、瞬く間に町の者の注目を集める。
    「なにこれ?」
    「え、ウニって食えたの? あんなトゲトゲが?」
    「うぇー……、なんかキモいよ? 本当にイカって食えんの?」
    「……でも、なんか」
    「おいしそー!」
    「わかる」
     あっと言う間に広場は人で埋まり、次々に料理が彼らに手渡されていく。
    「……うっわぁ、なにこれ!?」
    「え、これ、マジ美味いんだけど」
    「沿岸部ってこんな美味いのあんのかよ!?」
    「わたし、魚くらいしか無いって思ってた」
    「うんうん」
     一様に顔をほころばせ、料理に群がる人々を眺めて、エリザはさらに声を上げる。
    「本日の試食会、どうぞ楽しんでって下さい! 料理が気に入った方には調理法もお教えしますよって、どうぞお気軽にお申し付け下さーい!」
    「あ、知りたい知りたい!」
    「教えて、女将さーん!」
     試食会が始まって5分もしない内に、町中の人間が広場へと集まっていった。

     と――この騒ぎを、遠巻きに眺める者たちがいた。
    「あれは何をやってるんだ?」
    「聞いたところによると、沿岸部に来た異邦人が料理を振る舞ってるそうです」
    「異邦人?」
     町の者たちと明らかに出で立ちの違う、野趣溢れる身なりをした彼らも、恐る恐る広場に近付いて行く。
    「……っ!」
     が、広場にいた町民たちが彼らに気付いた途端、それまでの喧騒が嘘のように静まる。
    「ご……豪族、豪族だーッ!」
    「豪族が出たぞ!」
    「うわっ、わっ……」
     一瞬で場が冷え切り、エリザもそこで、宣伝の声を潜めた。
    「さーいらっしゃいませ、いらっしゃ……、っとと。
     あらあら、どないしはったんですか皆さん? なんやバケモノでも見たような顔、ずらーっと並べはって」
    「お、女将さん! ご、豪族ですよ、豪族!」
     町の者にそう返されるが、エリザはきょとんとした表情を作り、とぼけて見せる。
    「ごーぞく? はて、何でっしゃろ。まあともかく、そちらの方もお腹空いてはるみたいやし、どうぞこっち来て、アタシのご飯食べてって下さい」
    「ちょっ、エリザさん、まずいんじゃないっスか」
    「えーからえーから」
     護衛のロウをひょいと避け、エリザは料理の乗った皿と酒の入ったコップを両手に持ち、豪族たちへと近付く。
    「はい、どうぞ」
    「い……いや……」
     相手もこんな対応をされるとは思っていなかったらしく、明らかに戸惑っている。
    「……う、受け取れるか!」
     と、一人が声を荒げ、エリザに剣を向けた。
    「我々はどこにも与せぬ立場にある! 飯を恵んでもらうなど、あってなるものか!」
    「そないカタくならんと」
     対するエリザは、ニコニコと笑みを浮かべて近付く。
    「ほーら見て下さーい、むっちゃ美味しいですよー……?」
     優しい声色で招きつつ、エリザはぎゅっと、両腕を狭めさせた。途端に剣を向けていた男の視線が、エリザの顔から、ざっくりと空いたドレスの胸元へと落ちる。
    「あっ……その……おっ……ぱああぁ……」
    「立場とか誇りとか、そんな堅苦しいお話、こんな往来でせんでもええですやないの。ちょとご飯とお酒、お呼ばれするだけですやん?」
    「……あー……その……まあ、ど、どど、どうしても、と、言うのなら、その、食わんで、やらんことは、な、無いと言うか、う、うん、まあ、うん」
     強情も10秒ともたず、男はエリザの豊かな胸を凝視したまま剣を収め、カチコチとした仕草で皿とコップを受け取った。
    琥珀暁・接豪伝 4
    »»  2019.08.27.
    神様たちの話、第215話。
    食は万里を超える。

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    5.
     エリザが豪族たちを試食会へと招き入れたことで、最初は戦々恐々とした表情を並べていた町民だったが――。
    「そーれっ、一気! 一気!」
    「うぉっしゃあ! んぐ、ぐっ、ぐっ……、ぷはーっ!」
    「いよっ、いい飲みっぷり!」
     料理と酒をいくらか胃に流し込まれたところで、豪族たちの険もどこかへ吹き飛んでしまい、両者はすっかり意気投合していた。
    「いやぁ、女将さんのぉ、言う通りですねぇ~! 最初は怖い人たちと思ってましたけどぉ、こうして話してみたらぁ、楽しい人たちじゃないですかぁ~!」
    「ヒック、いや、何と言うか、……ヒック、我々も警戒しすぎたし、ヒック、警戒させすぎたかも、ヒック、すまなかった、……ヒック」
     肩を組み合い、赤ら顔を並べている町民らと豪族たちの前に、エリザがニコニコ笑いながら近寄って来る。
    「あらあら、すっかり出来上がってはりますな。どないです、もう一杯?」
    「うー、いや、もう結構れす」
    「我々も、これ以上呑んでは、ヒック、あの、実は、……ヒック、我々は、近隣の町村の、ヒック、偵察に、その、差し障る、ヒック、内緒、うー……」
     豪族が漏らしたその一言に、エリザの口元がわずかに歪む。
    「あら、お仕事中でした? そらえらい不調法してしまいましたな。起きれます?」
    「……うー……んぐ……んがっ……んごご……」
    「あららら、寝てしまいましたな」
     エリザはくる、と振り返り、ロウと丁稚たちに声を掛ける。
    「ロウくん、イワンくん、ユーリくん、ちょとこっち来てー。この人、アタシらの宿に運んで寝かしたり」
    「うっス」

     すっかり酔い潰れてしまった豪族三人が目を覚ましたのは、夜も遅くになってからだった。
    「……ん……ん?」
    「ふがっ……?」
    「……ここは?」
     真っ暗な部屋の中でまごついているところに、戸の向こうからすっと灯りの光が差し込む。
    「目ぇ覚めはりました?」
    「んっ? ……あっ、えーと、女将さん?」
    「はいどーも」
     灯りを手にしつつ、部屋の中に入ってきたエリザに、豪族たちは揃って頭を下げる。
    「すっかり世話になってしまったようだ。かたじけない」
    「いえいえ、お構いなく。ところでお腹空いてはります?」
     そう問われた途端、三人の腹が同時にぐう、と鳴る。
    「む……恥ずかしながら」
    「そう思いましてな、晩ご飯も用意しとります。こちらにどうぞー」
     エリザに導かれるまま、三人は部屋を出て、食堂に向かう。
     と、そこには中年の虎獣人と若い短耳が2人、並んで座っていた。
    「……む?」
     豪族たちがいぶかしんでいると、その二人は立ち上がり、揃って会釈した。
    「突然の訪問、失礼仕る。吾輩はエリコ・ミェーチ、ミェーチ軍団団長である。こちらは副団長のシェロ・ナイトマンだ」
    「よろしく」
    「は……はあ」
     きょとんとしている豪族たちに、エリザがやんわりと声を掛ける。
    「すぐご飯持って来ますよって、さ、お席にどうぞ」
    「う、うむ」
     促されるまま席に着き、豪族たちはシェロたちの対面に座る。と、すぐさまミェーチが立ち上がり、話を切り出そうとした。
    「単刀直入に申し上げる! 是非我々と……」「こーらっ」
     が、厨房に向かおうとしていたエリザが引き返し、ミェーチをたしなめた。
    「今からご飯やお酒やっちゅうトコで、何を堅い話しようとしてはるんですか。そんなんは終わってからのんびりしはりなさい」
    「おっ、おう? う、うむ、失敬した」
     出鼻をくじかれ、ミェーチはそのまま、すとんと椅子に腰を下ろした。
    「あー、と、まあ、女将殿にそう言われてしまっては仕方あるまい。話を変えよう。今宵の席では吾輩の娘も厨房に立っておるでな、是非ご賞味くだされ」
    「はあ」
     両者とも、何の毒気もアクも帯びなくなったところで、丁稚たちが料理を運んできた。
    琥珀暁・接豪伝 5
    »»  2019.08.28.
    神様たちの話、第216話。
    提携提案。

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    6.
     食事が始まってから30分ほどが経ち、豪族たちは――食事の合間に、彼らは「ダリノワ家家臣団」と名乗っていることが分かった――昼間と同様、顔をほころばせていた。
    「うーむ、こんなに美味いものを食べたのは今日が初めてだ。沿岸部は痩せた土地と聞いていたが、これほど食材に恵まれているとは」
    「色々試行錯誤してみましてな、仰山お魚やら何やら穫れるようになったんですわ。アタシがこっち来たばかりの頃に比べたら、まあ沿岸部の皆さん、ええ顔色してはりますわ」
    「それはうらやましい」
     一人がそうつぶやいたところで、別の者がそれをたしなめる。
    「そんなことを口に出すな」
    「そうは言うが、村でこんな豪勢な食事が出たことがあるか?」
    「我々は質実剛健を誇りとするのだ。贅沢など……」
    「カキのバター焼き片手にそんなん言うてても、カッコ付きませんで」
    「うぐっ」
     エリザに突っ込まれ、彼は顔を真っ赤にする。それを笑って眺めながら、エリザが続ける。
    「ところで皆さん、普段はどんなもん食べてはるんです? 今後の参考にでけたらと思いまして」
    「帝国下の人間は畑を持ったり牛馬を飼ったりしているようだが、我々は狩猟が主だ。たまに交換・交易はしているが、食物はほとんど野のものだな」
    「交易っちゅうと、おカネ使て買うたりしてはるんですか?」
    「我々の村にはそのような習慣が無い。基本は物々交換だ。カネが絡む取引はほとんど無いが、相手が所望する場合もあるから、多少は持ち合わせている」
    「おカネ無いと、取引し辛くありません?」
    「うむ。相手が取り合わん場合もある」
    「ふむふむ」
     そこでエリザが、こんなことを提案した。
    「せやったら、アタシらとちょと取引してみません?」
    「取引?」
    「聞いた感じやと皆さん、帝国下の人らとあんまり仲良うできひんで困っとるように聞こえますからな。や、確かに帝国そのものとは絶対仲良うでけんっちゅうのんは分かってるんです。アタシが言いたいんは、その帝国の属国になっとるトコと、っちゅうコトなんですわ」
    「む、む……?」
    「いえね、沿岸部でのお話なんですけども、アタシらが来て間も無く、巷に反帝国の風潮が起こったんですわ。元々からそう言う意識はあったみたいなんですけども、やっぱり帝国さんらはえげつないくらい強いっちゅう話ですやんか、せやからソレまで反乱も蹶起もでけん状況やったんですな。
     で、アタシらが来たコトで、『もしかしたら帝国を倒せるんちゃうか』っちゅうような空気がでけたんでしょうな、ソレから半年足らずで沿岸部におった帝国軍は壊滅したんですわ」
    「なに……!?」
     エリザの話に、彼らは揃って目を丸くする。
    「最終的に攻撃したんはアタシらの軍勢ですけども、沿岸部の人らの協力あってこその結果ですわ。ほんで、こっちでの話ですけどもな。西山間部でもアタシらが『やるぞー』言うたら付いて来る人らが、結構な数おるんちゃうやろかと思とるんですよ」
    「ふむ……」
    「ソコで、皆さんにお願いがあるんです。皆さんの戦いを支援させていただく代わりに、アタシらと手ぇ組んでもらえへんやろか、と」
    「ふむ……」
    「いや、しかし」
     豪族たちは困った顔をし、エリザに答える。
    「俺たちは単なる斥候、一家来であるし、俺たちだけでそんな話はできない。我らが主君に通さなければ、そんな決定は……」
    「ええ、ええ。十分承知しとります。せやからね」
     エリザはにこっと笑みを浮かべ、こう続けた。
    「皆さんの方からお話、通しといて欲しいんです。お土産も仰山持たせますさかい、どうぞよしなにお伝え下さい」
    「うむ、そう言うことであれば承ろう」
    「女将殿の頼みとあらば、嫌とは言えません」
     すっかり懐柔された彼らは、いとも易々(やすやす)と、エリザの頼みを引き受けた。
    琥珀暁・接豪伝 6
    »»  2019.08.29.
    神様たちの話、第217話。
    お話する? ソレとも「オハナシ」する?

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    7.
     エリザに懐柔された豪族たちは、本拠に戻ってすぐ、彼らの主君であるダリノワ王に話を伝えた。
    「……と言うことで、いずれ話をしたいと」
     だが――。
    「ならん」
     ダリノワ王はにべもなく、提案を一蹴した。
    「詳しい話は分からんが、胡散臭い。聞く価値も無かろう。以上だ」
    「し、しかし彼らと協力すれば……」
     説得しかけた斥候たちに、ダリノワ王は槍を向けた。
    「聞かぬと言っておるだろう! いい加減にせんか!」
    「うっ……」
    「この話はこれで終いだ! 分かったらとっとと……」
     ダリノワ王が声を荒げ、斥候たちを退かせようとしたところで――。
    「邪魔すんでー」
     突然、屋敷の中に女の声が飛んで来た。
    「……お、女将さん!?」
     面食らう斥候たちを気に留める様子も見せず、エリザはぺらぺらと手を振りながら、ダリノワ王の前へと歩み寄る。
    「アタシが今、皆さんがお話してた『女将さん』こと、エリザ・ゴールドマンです。よろしゅう」
    「帰れ」
     追い払おうとするダリノワ王に、エリザはにこっと笑顔を見せる。
    「ま、ま。多分そーやって邪険にしはるやろなと思いまして、こっちから来させてもろたんですわ。
     とりあえず、お話やら何やらする前にですな」
     そう言いつつ、エリザはぱん、ぱんと手を叩き、丁稚を呼ぶ。
    「お近付きの印と思いまして、ご飯ものをいくらか持って来てますんよ」
    「いらんわ!」
     ダリノワ王は怒りに満ちた顔で立ち上がり、槍を振り上げてエリザの前に立ちはだかる。
    「いい加減にしておけ、女狐。ここはわしの土地であるぞ。勝手な振る舞いをするのならば即刻、その細い首をへし折ってくれるぞ」
    「へーぇ、やれるもんやったらやってみはったらどないです?」
     が、エリザも笑顔をたたえたまま、一歩も引く姿勢を見せない。
    「言ったなッ!」
     挑発に乗る形で、ダリノワ王は槍をエリザの頭目がけて振り下ろす。ところが――。
    「ほい、『マジックシールド』」
     エリザは魔術を使い、自分の頭上に盾を作る。ダリノワ王の振り下ろした槍はその盾に弾かれ、先端が折れて天井に突き刺さった。
    「ぬッ……!?」
    「まだやる気です? やるんやったらなんぼでも付き合ったりますけどな?」
    「ぬ、……抜かせッ!」
     ダリノワ王は柄だけになった槍を投げ捨て、素手でエリザに襲い掛かる。しかしその手がエリザの腕をつかむより早く、エリザが魔術を発動させる。
    「『ショックビート』」
     次の瞬間、ダリノワ王はぐるんと白目を剥き、鼻から血を噴き出して、ばたんとうつ伏せに倒れてしまった。
    「……え……?」
    「女将さん……一体?」
    「な……何を!?」
     突然の事態に、成り行きを見守っていた斥候や丁稚らが顔を真っ青にする。しかしエリザはいつものように平然とした様子で、ニコニコと笑っていた。
    「ちょっと気絶さしただけや。安心し」

     2時間後――。
    「……う、うぬ?」
     ダリノワ王が目を覚まし、すぐに傍らに座っていたエリザと目が合う。
    「おはようさん。気分はどないです?」
    「……っ」
    「あら、そんな怖い顔せんといて下さい。アタシは最初から、平和的にお話したいなーと思て来とりますねん。ただですな」
     一瞬、エリザは目を細め、すうっとダリノワ王をにらみつける。
    「穏やかにお話でけへん人には、痛い目見てもらうコトにしとりますねん」
    「う……ぐ」
     と、すぐにいつも通りの笑顔に戻り、やんわりとした口調で続ける。
    「ソレ以外は基本的に、アタシは優しぃくするようにしとりますねん。……ソレでですな、お話、聞いてもらえますやろか?」
    「……わ……分かった。聞く。聞かせてもらおう」
     ダリノワ王はかくんかくんと首を縦に振り、エリザに従った。



     そして話をしてすぐ、ダリノワ王はエリザの申し出を受けることを受諾。エリザから金品を受け取る代わりにエリザと懇意にしているミェーチ軍団に居留地を提供することを取り決め、また、有事及び作戦行動時には三者とも、互いに協力することを約束した。
     これにより遠征隊、いや、エリザは西山間部での足掛かりを得ることに成功し、さらに途絶していたミェーチ軍団とも、関係を回復することができた。

    琥珀暁・接豪伝 終
    琥珀暁・接豪伝 7
    »»  2019.08.30.
    神様たちの話、第218話。
    三者同盟。

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    1.
     西山間部にて豪族及びミェーチ軍団と接触し、協力関係を築くことに成功した遠征隊だったが、「協力」の詳しい内容を協議する場において、エリザはまず、こう切り出した。
    「この関係は当面、秘密にするっちゅうコトで行きましょ。お互いに、知らぬ存ぜぬ誰やソレっちゅうコトで」
    「何故だ?」
     強面のミェーチとダリノワ王に挟まれるように尋ねられるが、エリザはニコニコと笑みをたたえながら答える。
    「相手に『敵』は3つやと思わせとくんですわ。
     コレが1つ、全部同じ勢力やっちゅうんなら、ドコをどう突いても1つなんやから、相手への打撃を与えたと考えはります。せやけどもコレが3つやと思とったら? 1つを攻撃しても、残り2つがその隙に攻めてきよるかも分からん。相手にとったら軽々に動けへんような状況になるワケですわ。
     反面、こっちは3つの勢力をお互いに都合のええように動かせる。身動きのでけん相手を引っ掻き回せるワケですな」
    「覚えがあるな」
     苦々しい表情を浮かべつつ、ミェーチがうなる。
    「女史はその手で沿岸方面軍をたばかり、我々に襲いかかる彼奴らを容易く撃破したと、シェロから聞き及んでおるぞ」
    「ええ。その効果は十分ご存知いただけとるコトやと思います」
     ミェーチの皮肉めいた非難をさらりといなし、エリザは話を続ける。
    「ちゅうワケで、この関係は秘密です。通じとるコト自体もできればココにおるアタシらと、家臣や幹部陣までで。下の者には内緒にしとって下さい。アタシの方――遠征隊陣営にも、アタシの他にはタイムズ殿下とシモン隊長の二人しか知らんように計ってますし。今回の話し合い自体も、来たんはアタシと商売関係の護衛さん何人かくらいですし」
    「わしを慕う民をあざむけと言うのか?」
     不満そうにするダリノワ王に、エリザはぺちん、と両手を胸の前で合わせて頼む。
    「コレは必須です。いくら箝口令(かんこうれい:特定の情報を外部に漏らさないよう命令すること)を敷こうとも、秘密を知ってしもたら、知らん子に言いたくなってまうんが人間ですしな。
     仮にこの『密約』が漏れ、帝国側にアタシらの連携が漏れたら、向こうさんは間違い無く、この3つの中で最も攻めやすく、最も弱小な軍勢を潰しにかかります。ソレがドレやっちゅうコトは、言わんでも分かりますな?」
    「む……」「ぬぬ……」
     エリザの言葉に、ミェーチとダリノワ王は互いに顔を見合わせる。
    「はっきり言いはしまいが、確かにどちらかになるであろう」
    「然り。遠征隊は沿岸部におり、数も力量も我々とは比較にならぬ。……と考えれば、少しばかり女史らに都合の良い約定ではないのか、これは?」
     ミェーチに再度にらまれるが、エリザは依然として笑みを崩さない。
    「その点は認めるところです。はっきり言うたら、仮に帝国さんが全力出してお二人の軍勢を壊滅させたとて、アタシらには西山間部の拠点を失う以上の被害はありまへんからな。
     ソレを十分に踏まえて、お二方への取引はかなり盛らせてもらおうと思てます。まず糧食に関しては」
    「糧食?」
     食べ物と聞き、ミェーチが虎耳をぴくんと震わせる。
    「抱えとる人間1人につき、主食としてお芋さんを大袋で2つ、ソレから何かしらのおかず1袋分を月に一度送ります。味は保証しますで」
    「うむっ」
     一点、顔をほころばせるミェーチに対し、ダリノワ王はしかめっ面を浮かべている。
    「わしは『虎』ではないからな。飯の味などどうでも良い。他には?」
    「美味しいもん食べへんと力出ませんで。ま、ええですわ。2番目は教育、技術指導です」
    「なんだと?」
     ダリノワ王は顔を真っ赤にし、立ち上がる。
    「貴様らがわしらに教えを垂れると? 馬鹿にしておるのか?」
    「教えるっちゅうても読み書き計算とか、そんなコドモ相手の話やありまへん。や、ウチらの文字や言葉くらいは教えな意思伝達がめんどくさいですから、ソコはある程度はしますけどもな、ソレよりもっと重要な知識がありますやろ?」
     そう返して、エリザは自分の左掌の上に、ぽん、と火を浮かべる。
    「ぬっ!? それは……」
    「そう、魔術ですわ。今までにも、帝国軍が魔術を使たっちゅう話はドコからも聞いてまへんし――そらまあ、魔術はウチら独自の知識、専売特許みたいなもんですからな――コレがあるのと無いのとでは、兵力が桁違いになりますやろな。
     ソレともこんなワケ分からんもんはいらへん、我々はあくまで素手で戦って勝つことが理想や、ソレが誇りなんやと言うんであれば、この条件は無しでも構いませんけども」
    「うぬぬぬ……」
     ダリノワ王はくる、と背を向け、すぐにもう一度、くる、と振り向き、座り直した。
    「誇りは確かにあるが、……しかし、現状でわしらが不利であることは十分に承知しておるつもりであるし、その不利を覆さぬ限り、綺麗事をべらべらと立て並べたとて、滑稽なだけだ。わしは実利を取る。是非教えを請いたい」
    「吾輩も右に同じである。誇りだ、理想だなどと言うものは、勝ってから定めれば良いのだ。それよりもまず我々が求めているのは、帝国に勝利できる力なのだ」
    「ご同意いただけて何よりですわ」
     その後も資金の提供や軍団の居留地、そして今後の戦略展開など数点を話し合い、三者同盟は正式に成立された。
    琥珀暁・密議伝 1
    »»  2019.09.01.
    神様たちの話、第219話。
    救いの手か、操る糸か。

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    2.
    「不満です」
     協議の内容を聞かされたハンは、エリザに不機嫌そうな目を向けた。
    「ナニが気に入らんねんな? アンタいっつも眉間にぎゅーってシワ寄せて。そんなツラしとったら、早よ老けるで」
     そう返しつつ、エリザはハンの眉間にちょんと指を置く。それをやんわりとながらも払い除け、ハンは口を開く。
    「余計なお世話です。ともかくこの協議内容に関して、俺は異議を申し立てます」
    「言うてみ」
    「あからさまに不平等でしょう? この取り決めには糧食や資金、技術提供の条項はあっても、戦力および兵員の提供・貸与に関する条項が無いじゃないですか」
    「せやな。そもそもが密約、対外的には秘密にするっちゅう話やからな。こっちがゾロゾロ登ってきて大々的に駐留しとったら帝国さんにバレてまうし。せやから人員の、正確に言うたら兵士さんの派遣はナシや」
    「ええ、その理由については納得しています。しかし実質的に、これは向こうで何人犠牲になろうが、我々は一切手を貸さないと言うことでしょう? その代わりとなる、資金や物資の提供と言う約定は確かにありますが、これらは沿岸部で手に入れたカネやモノを渡しているだけで、我々の資産や身を切り詰めるようなものでは無いはずです。
     結局この同盟は、我々のみが得をし、相手にのみ苦痛や労苦を課すようなものに思えてなりません。到底、公平な取引ではないでしょう」
    「せやからある程度の補償が付くんやん。ご飯代もお勉強代もタダな上に、おカネまであげるんやで?」
    「その条件だって、こちら側から押し付けたようなものでしょう? 何から何まで一方的なやり口じゃないですか。俺は納得できません」
     頑なな態度を崩さないハンに、エリザも斜に構えたまま、やり返す。
    「ほんなら納得行くよう、アンタが交渉に行くか? どないなるか、目に見えてるけど」
    「うっ」
    「四角四面で融通の利かん、強情っぱりのアンタが同じような性格のミェーチさんやダリノワさんとやいやい話したら、最後は3人取っ組み合いの大ゲンカになって終いやろな。協力どころか敵が増えるだけやな。そらぁ平和でよろしいわ」
    「……反論できないのが情けないです」
     憮然とした顔をし、ようやく口を閉じたハンに、エリザはニコニコと笑みを向ける。
    「心配せんでも、悪いようにはせんて。アタシかて、向こうにただただ辛い思いばっかりさせるんはええ気分とちゃうからな。とりあえず今考えてるんは、向こうさんが安堵した後で落ち着いて生活始めたところで、きちんとした『取引』がでけるよう、手ぇ貸したろうかって感じやね」
    「と言うと?」
    「例えば沿岸部でもお野菜作ったり家畜さん育てたりしとるけど、西山間部はこっちの何倍も規模が大きいんよ。向こうの方が寒いし、育ちにくいんちゃうかと思っとったけど、どうも土の質やら何やら、色々あるみたいでな。ほんで向こうさんにその辺手掛けてもろて、でけたもん買い取ったら、ええ商売になりそうやなって」
    「それじゃ結局、不利益を被らせるのも利益を与えられるのも、エリザさんの都合ってことでしょう? 向こうに自由行動の機会を与えないのは、隷属と一緒じゃないですか」
     どうにか非難するも、これもまた、エリザには事も無げに返されてしまう。
    「『例えば』っちゅうてるやんか。今のは一つの案や。向こうから『これしたい』て言い出さはったら、ソレはソレでアタシはきちんとお話するで。勿論、お話した上で、商売になるかどうかも相談させてもらうけどな」
    「どうあってもエリザさんが絡んでくるんでしょう? ですからそれは結局、誘導して相手を縛り付けることだと言っているんです」
    「ほんなら何や? ちょっとも絡まんと、勝手に相手に利益出させえっちゅうんか? そんなんでけるんやったら、ハナから同盟や援助やって話にならんやんか。『困ったコトあんねん』て悩んだはって、『おー大変やなーほな頑張りやー』って突き放したら、話が勝手に解決するんか? ソレで解決せえへんから手ぇ貸そか、貸してもらおか、相談しよかっちゅう話になるんやないんか?」
    「いや、それは……」
    「相談する以上、互いに相手の言うコト聞かんかったら、ソレこそ話にならんやろ? ほんなら話聞いたら、結局は多かれ少なかれ、影響されるっちゅうコトやんか。ソレが道理やろ? ソレともアンタは一言も言葉を交わさず、解決策を提示でけるっちゅうんか? どないやな?」
    「それは……その……」
    「自分の感情に任せて、理屈の通らん無茶を言うたらアカン。アンタもええ歳した大人やねんから、考えてモノ言いよし」
    「うぐぐ……」
     散々に言葉尻で小突き回され、ハンはそれ以上の抗議を諦めた。
    琥珀暁・密議伝 2
    »»  2019.09.02.
    神様たちの話、第220話。
    愚痴吐く相伴。

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    3.
     エリザにあしらわれたその晩、ハンはクーとともに夕食を取りながら、愚痴をこぼしていた。
    「本当にあの人と来たら」
    「まあまあ」
     クーがなだめつつ、酒の入ったコップをハンに差し出すが、ハンは受け取らずに愚痴を続ける。
    「結局、あの人は自分勝手なんだよ。自分の利益しか考えてないような人なんだ」
    「わたくしは、そのようには存じません」
     クーがかばうが、ハンは聞き入れようとしない。
    「どこがだよ? いつも俺が苦労させられてるじゃないか」
    「ではあなたは、シェロが風説を流布したあの事件について、エリザさんが何の苦労も苦心もされていないと? あなたの悪評を撤回・返上して下さったのは、一体どこのどなたなのかしら?」
     指摘され、ハンは一転、ばつが悪そうな顔をする。
    「……ん、ん。まあ、うん、それは確かにそうなんだが」
    「でしょう? あなたがお考えになっている以上に、エリザさんはあなたのことを、いいえ、わたくしたちや他の皆さんのことを気にかけていらっしゃいます。
     シェロのこともそうです。今回、エリザさんがわざわざ足を運び、シェロの元を訪ねましたけれど、この際に彼の名誉回復についてまでご説明差し上げたそうでしょう?」
    「ああ、そう聞いてる」
    「これが優しさでなくて、何だと仰るのです?
     はっきり申せば、シェロ本人にその話をする必要性は、わたくしたちにはございません。既に隊を離れた彼がどのような艱難や辛苦に苛まれようと、最早関係が無いのですから。しかしエリザさんは、それを本人に伝えたのですよ? もし彼女が本当に利己的で、自分の利益と都合しか考えず、ただ周りに迷惑をかけるだけの存在であったならば、そんなことをなさるはずがございません。
     そもそもエリザさんの優しさについては、あなたのお父様からもお伺いになっていたでしょう? これは決して、わたくし個人の勝手な思い込みなどではございませんわ」
    「ああ、まあ、確かにそうだが、……うん?」
     ハンはけげんな顔をし、クーに尋ねる。
    「何故その話を知ってる? それは俺と親父が二人だけの時にした話のはずだが」
    「あっ」
    「……まさかとは思うが」
    「い、いえ、そ、その」
    「君はまさか、あの時……?」
    「え、えーと……」
     目をそらすクーの横に回り込み、ハンは詰問する。
    「聞いてたんだな? そうか、『インビジブル』だな? 姿を消して、堂々と俺たちの前で盗み聞きしてたってわけか」
    「あ、いえ、さようなつもりでは」
    「何がさような、だよ? 自分に聞かされる予定の無い話を隠れて傍聴する行為が盗み聞きじゃなけりゃ、一体それは何だって言うんだ?」
    「……も、申し訳ございません」
     答えに窮し、クーは素直に頭を下げて謝った。
    「はぁ……。いいよ、別に。聞かれて困るような話はしてないし、そもそも、するつもりも無かったからな。
     だけどクー」
     ハンはクーの肩に手をやり、きつい口調でたしなめた。
    「次やったら、いくら君が相手でも、俺は本気で怒るぞ。君は俺のことを好き勝手にできる相手と見ているようだが、君がこんなはしたないことを繰り返すような子なら、俺は陛下のお膝元を離れてでも、君に二度と会わないようにするからな」
    「はい……。本当に、反省しております。ごめんなさい、ハン」
     もう一度ぺこっと頭を下げるとともに、クーは再度、コップを差し出した。
    「お詫びの意味も込めて、一杯お飲みになって下さいまし。お注ぎいたしますから」
    「ああ」
     ハンはコップを受け取り、クーに酒を注いでもらう。
    「さ、さ、どうぞ一献」
    「まだ君は俺のことを侮っているみたいだが」
     ハンは一杯になったコップを口元に持って行きつつ、こう続けた。
    「俺が酒の1杯や2杯で前後不覚になって、これで説教を切り上げるだなんて思うなよ」
    「ええ、重々承知しておりますわ」
    「まったく……」
     ハンは憮然とした顔で、ぐい、と酒をあおり――すとんと椅子に座り、そのまま仰向けになって眠ってしまった。
     その寝顔を恐る恐る眺め、完全に寝入ったことを確認して、クーはぼそっとつぶやいた。
    「……危ないところでしたわね。ハンのことですから、本当に負けん気を出して去りかねませんものね。今後は気を付けてお話しすることにいたしましょう」
    琥珀暁・密議伝 3
    »»  2019.09.03.
    神様たちの話、第221話。
    クーとおはなし。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「尉官、本っ当にお酒弱いんですから、そんなことしたらダメですよ」
    「ええ、承知しております」
     クーがハンを酔い潰した翌日、街に新しく作られた喫茶店にて、クーから事の顛末を聞いたマリアが、彼女をたしなめていた。
    「中身が叱責とは言え、お慕いしている方とのお話が止まってしまうのは残念ですもの」
    「や、そっちもクーちゃんには大事だと思うんですけども」
     マリアは困った顔をしつつ、クーにこう伝えた。
    「尉官、お酒呑むと翌日、ものっすごく体調崩しちゃうんですよ。顔色もいつもの三割増で青くなっちゃいますし。なのに無理矢理仕事出て来るから、周りの気が気じゃないんですよねー」
     これを聞いて、クーは「あら」と声を上げた。
    「では、今日も……?」
    「間違いなく真っ青です。あと、いつもコップ1杯でぐったりしちゃいますからあんまり無いですけど、うっかり2杯も呑んじゃうと、胃腸ぎゅるぎゅるになっちゃうみたいです。今よりもっとガリガリになっちゃったら尉官、お仕事できなくなっちゃいますよ?」
    「十分に留意いたしますわ。ありがとうございます、マリア」
     クーがにこっと笑みを返したところで、マリアが「あ、そー言えば」と声を上げる。
    「尉官とクーちゃんのお二人だけで話してたんですよねー、それって」
    「ええ、さようですわ」
    「何のお話してたんですかー? や、下世話なこと考えてるわけじゃないんですけどー、最近なんか、エリザさんも尉官も、こそこそっと話してることが多いんですよね。で、クーちゃんもちょくちょく同じよーにお話ししてるから、何か知らないかなーって」
    「え? ええと、それは……」
     クーはそれが「密約」に関する話だろうと察したが――。
    (エリザさんからも『秘密やで』と念押しされておりますし、いくらマリアが相手でも、漏らすことはいたせませんわよね)
     元来、嘘や隠し事が苦手なクーではあったが、ともかくその場は隠そうと努めた。
    「……そうですわね、軍事上・政治上の機密も含んでおりますから、あまり軽々にはお話しできる内容ではございません。申し訳ございませんけれど、この件に関してはあまりお尋ねいただかない方がよろしいかと」
    「あ、やっぱり何かやってるんですねー? また何か進行中ってことですね」
    「えっ!?」
     が、あっさり見抜かれてしまい、クーは口を両手で抑え、黙り込む。
    「もごもご……」
     そんなクーの様子を見て、マリアはケラケラ笑う。
    「や、だいじょぶですって。秘密なら秘密であたし、それ以上は聞きませんから。いつものアレです」
    「そうしていただけるとたいへんたすかります……」
    「あとですね、クーちゃん。聞かれたくないって話があること自体悟られたくないなー、気取られたくないなーって時はですね、例えば『わたくしは存じ上げませんわね』とかって、自分もまったく知らないですよーって感じでごまかした方が、勘繰られずに済みますよー。あたしの場合はなんか、クーちゃんがあんまりにも正直者すぎて聞くのためらっちゃいますけど、性格悪い人だったら、しゃべるまでとことん根問いされちゃいますよ、きっと」
    「ごしてきまことにいたみいります……」
     かくんかくんと首を振りつつ、クーは口に当てていた手を、顔全体に滑らせた。

     と、そこへ――。
    「あ、マリアさん。それから殿下も」
    「あれ、ビート? ……とトロコフさん」
     ビートとイサコが店内に入るなりマリアたちに気付き、近寄って来る。
    「珍しいね。仲良かったっけ?」
    「いや、ハーベイ君に話を聞こうとしていたのだが、彼から『立ち話もなんですから』と、こちらに連れて来られた次第である。
     しかし丁度良かった。タイムズ殿下にもお尋ねしたいと考えていたので」
    「わたくしに?」
     そう返し、クーは一瞬、チラ、とマリアに目をやる。
    (『知らない素振り』、でしたわね?)
    (そ、そ)
     マリアと目線を交わし、クーはイサコに向き直る。
    「いかがされまして?」
    「そちらの……、遠征隊の運営に関わることと思うのだが、シモン尉官本人に聞くのも面倒と言うか、あまり色良い答えが返って来そうに無いと言うか」
    「はあ」
    「いや、前置きは不要であるな。率直にお聞きいたそう」
     イサコは顔を強張らせ、恐る恐ると言った口調で尋ねてきた。
    「シモン尉官の側近と言うか、班編成はナイトマン放逐以降、ハーベイ君とロッソ君の2人のままだが、今後も現状を維持するのだろうか? 補充などは考えておらんのだろうか?」
    「えっ? そんなことですの?」
    「そ、そんなこと?」
     肩透かしを食い、ずれた返答をしたクーに、イサコは目を丸くする。
    「いやいや、放置すれば指揮系統に乱れが起こり得る、重要な案件だと思うのだが」
    「あ、あっ、さようですわね、失礼いたしました」
     クーは取り繕いつつ、もう一度マリアに目を向けたが――。
    (……んもう!)
     マリアは顔を背け、背中をぷるぷると震わせていた。
    琥珀暁・密議伝 4
    »»  2019.09.04.
    神様たちの話、第222話。
    欠員。

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    5.
     ビートたちを座らせ、クーとマリアは改めて、イサコの相談に乗ることにした。
    「でも確かに、班編成って4人が基本ですもんね。もうかれこれ2ヶ月は1名抜けたままですし、尉官にしてはきっちりしてませんね」
    「同意見である。……それに、何と言うか、なんだ」
     イサコは遠慮がちに、こう続けた。
    「呼称は『班』であるとはいえど、事実上は隊長および副隊長の側近であり、遠征隊全隊を統括・指揮する中枢だ。そこに籍を置くことができれば、軍における地位も相当なものと見なされよう」
    「そーですかねぇ?」
     首を傾げるマリアに対し、ビートはイサコに同意する。
    「有り得る話です。事実、僕たちは陛下やシモン将軍、エリザ先生と言った実力者に会え、気さくに話ができる立場にありますし。それは即ち、彼ら権力者に対して直接意見を申し立てることができると言うことでもあります。
     もしトロコフ尉官がこの班に入るとなったら、事実上、遠征隊の中で隊長や副隊長に次ぐ地位を獲得することになるでしょうね」
    「い、いや、私はそこまでのことは……」
    「ハンやエリザさんご本人に仰らず、こうして迂遠な尋ね方をされているのですから、その目論見を多少なりともお持ちなのでしょう?」
     クーに看破され、イサコは顔を真っ赤にする。
    「う、……そ、その、正直に言えば、ちらりと頭をよぎった。あわよくば、……と」
    「実際、どーなんでしょうね? トロコフ尉官がこっちに来るってことになりますもんね、班に入るってなったら」
    「さようですわね。そのようになれば、国際的な問題が発生いたしますわね」
    「ふむ……」
     クーの返答を聞いて、なんとなく浮かれていたように見えたイサコは一転、明らかに消沈した様子を見せる。
    「確かに――事実上、その支配から逃れたとは言え――帝国の人間を配下とすれば、帝国からの印象は一層悪くなるだろう。タイムズ陛下やシモン尉官は友好的に関係を取ろうと考えているのだし、その線は無いか」
    「トロコフ尉官には残念かと存じますが、恐らくは。そもそもハンのお心積もりとしても、あなた方を自分の部下として扱おうとはなさらないのではないでしょうか。対等な関係をとお考えのようですもの」
    「なるほど。確かに班に入れば、それは下に付くと言うことでもあるな。……今更彼を上司と仰ぐ形になったとしても、それは私も、恐らくは彼も、居心地が悪いだろう」
     イサコは気まずそうな顔で、クーたちに深々と頭を下げた。
    「済まないが、今の話は聞かなかったと言うことにしてくれないか? これがシモン尉官やエリザ先生に知れれば、恥ずかしくて城にいたたまれない」
    「ええ、承知しておりますわ。わたくしたちはただ、お茶をご一緒しただけです」
    「恩に着る」
     もう一度ぺこりと頭を下げ、イサコは恥ずかしそうに笑った。
     と、ここでマリアが誰ともなしに尋ねる。
    「でも――トロコフ尉官の話を蒸し返すつもりじゃないですけど――実際のところ、欠員補充ってするんですかね? ずっと空きっぱなしって言うのも、なんか不安ですし」
    「補充されるおつもりでしょう。『規律上』、4名編成と定められておりますもの」
     クーの言葉で、一同の顔に笑みが浮かぶ。
    「違いない。彼は守る男だからな」
    「ですよねー」
    「守らないはず無いですね、絶対」
     クー自身もクスクスと笑いながら、私見を述べた。
    「恐らくは今、選定なさっている最中と存じますわ。トロコフ尉官が仰った通り、遠征隊の中でも重要な位置にございますもの。軽々な判断を避け、じっくり吟味されていらっしゃるのでしょう」
    「うむ」
    「あ、それなら聞いてみたらどーでしょ?」
     と、マリアが手を挙げる。
    「素直に聞いてみるのが一番早いかもですよ。トロコフ尉官も気にしないですよね、もう」
    「ああ」
    「じゃ、お茶終わったらみんなで聞きに行きましょー」
     マリアの提案に、全員が賛成した。
    琥珀暁・密議伝 5
    »»  2019.09.05.
    神様たちの話、第223話。
    雲上の不穏。

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    6.
    「その件は検討中だ。詳細が確定し次第、周知する」
     マリアの予想通り、ハンはいつにも増して真っ青な顔をしながらも、質問に答えた。が、クーは納得しない。
    「単に人員を補充するだけであるならともかく、この件はマリアとビートの職務に、密接に関わるものでしょう? 本人たちにも直前まで、全く何も知らせないと仰るのかしら」
    「む……」
     クーに詰め寄られ、ハンは黙り込む。その様子を見て、ビートが尋ねてくる。
    「何か話せない事情がある、と言うことでしょうか?」
    「端的に言えばそうだ。いや、正確に言うならば、話そうにもまとまった情報が無いんだ」
    「情報が無い、と言うのは?」
    「まず、現地における人事権は俺とエリザさんにあるが、班員補充の件は俺より上の人間が管轄している。そのため俺もエリザさんも、この件に関しては現状でまだ、何の情報も通達されていない」
    「上層部から、班員補充はこの邦にいる人間から行わない、と通達があったと?」
     尋ねたビートに、ハンは小さくうなずいて返す。
    「そうだ。俺もエリザさんも、当初はその線で話を進めようとしていたんだが、陛下からこの件に関して、『こちらで人員を用意し、遠征隊の交代要員とともに派遣するつもりだ』と連絡があったんだ」
    「お父様から?」
     そう返したクーに、ハンが釘を刺す。
    「一応言っておくが、クー。この件について陛下に質問しないでくれ」
    「何故ですの?」
    「陛下ご自身から、『この件は詳細がまとまるまで内密に進める』と仰られたからだ。君がこの件について聞けば、もう内密の話じゃなくなる。陛下の機嫌をわざわざ損ねさせるようなことはしてもらいたくないし、君だってしたくないだろう?」
    「ええ、さようですわね。でも、普段のお父様らしからぬご様子ですわ」
     納得する様子を見せず、クーが聞き返す。
    「シェロの一件が関係しているのかしら?」
    「その可能性は大いにある。シェロにされたように、次の班員も裏切ったり無許可離隊したりなんかしたら、陛下はより深く御心を傷められるだろうし、何より軍の規律に大きなヒビが入る」
    「お父様やシモン将軍が直々にご指名なさった方が立て続けにそんな不調法をいたせば、面目が立ちませんものね」
    「そうだ。それに、もしも裏切るだとかそんな行為を絶対に起こさないような人間だとしても、どうあれその人間は、『陛下直々のご指名』を受けるんだからな。人選は細心の注意を払ってしかるべきだろう」
    「もし本当にさような思惑をお持ちなら、いっそハンにこちらで選出・指名させればよろしいのに」
     クーの意見に、ハンは青い顔をしかめさせる。
    「それもそれで角が立つだろう。ただでさえ、現地でなし崩し的に交戦したり独断専行があったりと、陛下の思惑や意向にそぐわない出来事が度々起こってるんだ。その最中に俺が、遠征隊やこっちの誰かの中から、新たに班員を補充したと報告すれば……」
    「ますます独断専行が強まった、と疑われても仕方ございませんわね。となれば、この人事に関して異議申し立てなど、到底いたせませんわね」
    「そう言うことだ。俺としても、この件に関してはこのまま待つしか手立ては無い」
    「尉官は本当に、何にも知らされてないんですか?」
     尋ねたマリアに、ハンは首を横に振る。
    「全く、だ。選抜しているであろう人間の人数すら聞かされてない。恐らく俺のところには、結論だけ伝えられるんだろう。『この人物を班員にせよ』と」
    「何と言うか……、強引な話ですね」
     ビートのつぶやきに、クーが大きくうなずく。
    「さようですわね。まったく、お父様らしくございませんわ。一体どうなさったのかしら」
    「実は陛下からその通達があった後に、親父から極秘ってことで連絡が入ったんだが」
     そう返しつつ、ハンは困った表情を浮かべた。
    「どうやら陛下は、疑心暗鬼の傾向が強まってきているらしい。
     1年半前、陛下がエリザさんのことを酷評されたことがあったが、あれもまだ、内々での話だったし、公然と非難されたわけじゃない。だが最近では――流石に名指しではないとのことだが――公の場でエリザさんや遠征隊、そして俺のことに関しても、それとなくながら非難するような発言が目立ち始めた、と」
    「まあ!」
     これを聞いて、クーが嘆く。
    「ではお父様は、遠征隊の活動に反対していらっしゃるの?」
    「現状ではまだそこまで言及されてはいないそうだが、多少なりともその思いはあるかも知れない。となれば、もしかしたらそう遠くない内に、遠征の中止が命じられる可能性もある。
     これは再度、エリザさんにも厳重注意しようと思っていることだが――どうか皆、今後はより一層、勝手な行動を控えるように注意してほしい。これ以上陛下のご機嫌を損ね、本格的に反対されるようなことがあれば、俺たちの任務はそこで終わってしまう。折角築いたこの邦との関係も、そこで断ち切れてしまうだろう」
     真剣な顔で周知するハンに、一同は黙ってうなずくしか無かった。

    琥珀暁・密議伝 終
    琥珀暁・密議伝 6
    »»  2019.09.06.
    神様たちの話、第224話。
    クーのかんしゃく。

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    1.
     沿岸部が平定された直後、ゼロからの命令に伴い、遠征隊の半数が本土へ帰還することが許可された。そして同時に、交代および補充要員として、本土から兵士が送られることも決定されていた。
     だが、決定してすぐに人員が送られてくる、とは行かなかった。何故なら――。
    「わーぉ。カッチコチですねぇ」
    「さようですわね」
     北の邦唯一の不凍港と言われるグリーンプールでさえも凍りついてしまう厳寒期が到来し、港が使用不可能となっていたためである。
     すっかり凍りつき、雪がこんもり乗った海を見下ろし、マリアがため息をつく。
    「これじゃ、しばらく船動かせそうにないですねー」
    「そのようですわね。港にあった船は全て、船渠(せんきょ)に収められたと伺っております。わたくしたちが乗ってきた船も、あちらに収まっているそうです」
     そう言って、クーは港の端にある大きな建物を指し示す。
    「でっかいですね」
    「元は帝国沿岸方面軍が使用していた臨海基地だったそうですが、現在は王国が管理しているそうです。設備も王国のものより随分よろしいそうですよ」
    「へぇ~」
     それを聞いて、マリアは興味深そうな目を船渠へ向ける。
    「覗いてみません?」
    「ええ、よろしくてよ」
     クーも二つ返事でうなずき、二人は船渠を訪ねることにした。

     中に入ったところで、二人の目に巨大な影が映る。
    「あ、陸に揚げてるんですねー」
     遠征隊の船が陸揚げされ、船底の板が張り替えられているのを見て、マリアがうなる。
    「うーん、海に浮かんでる時はそんなに思ってなかったですけど、こうして全体見てみると、やっぱでっかいんですねぇ」
    「600人が一度に乗船していたのですもの。一つの村と同規模と考えれば……」
    「あー、確かにそーですねぇ」
     他愛もないことを話しながら近付こうとした二人を、作業員が止める。
    「おい、危ないぞ!」
    「あら、失礼いたしました」
    「お前ら部外者だろ? 勝手に入って来るなよ」
     つっけんどんに追い払おうとする作業員に、クーはつい、言い返してしまう。
    「わたくし、視察に参りましたの。訪ねずにお邪魔したことは謝罪いたします。今からでも許可をいただけるかしら?」
    「ああん? 何様だよ、お前? ちんちくりんが偉そうにしやがって」
    「ち、ちんっ?」
     作業員の暴言に、クーは顔を真っ赤にして怒り出す。
    「あなた、わたくしをご存知無いのかしら?」
    「知るか。とっとと出てけ、クソガキ」
    「まあ!」
     思わず、クーは魔杖を手にしかけたが――。
    「ダメですって」
     柄を握った右手を、マリアが押し止める。
    「ごめんなさーい。すぐ出て行きますから。お邪魔しましたー」
     マリアはクーの手を引いたまま、ぺこっと頭を下げ、くるりと踵を返して、そのまま立ち去った。

    「何故ですの、マリア!?」
     船渠を出たところで、クーは声を荒げてマリアに突っかかった。
    「あんな無礼をされて、何故わたくしが謝って引き下がらなければならないのです!?」
    「や、あたしたちの方が悪いじゃないですか、今のは」
    「一体何が問題だと仰るのです!?」
    「勝手に入って、勝手に危ないトコ近付いたら、いい人なら誰だって止めますよ?」
    「あんな態度を執る人間のどこがいい人なのです!?」
    「あのですね、クーちゃん」
     マリアはぺちん、とクーの額に平手を置く。
    「うにゃっ!? な、何をなさいますの!?」
    「あっちっちですねぇ。アタマ冷やしましょ?」
    「冷静ですわ!」
    「ワガママ言いっぱなしの人を冷静沈着って言いませんよ。今日はもう帰りましょ?」
    「こ、この無礼者……ッ」
     頭の中が怒りで沸き立ち、クーは右手を挙げた。
    「クーちゃん」
     が、マリアはいつもどおりの様子で、その右手を両手で抑える。
    「今日はもう、大人しく、お城に帰りましょう。これ以上騒いだら、尉官にもエリザさんにも迷惑かけますから」
    「はっ、放しなさ……っ」
     言いかけて、クーは言葉を詰まらせた。マリアがいつになく、真剣な目で自分を見つめていたからである。
    「もう一度言いますよ。帰りましょう」
    「……はい」
     視線に射抜かれ、クーの怒りは一瞬で萎える。
     素直に従い、クーとマリアはそのまま、無言で城へと戻った。
    琥珀暁・姫惑伝 1
    »»  2019.09.08.
    神様たちの話、第225話。
    クーのやぶへび。

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    2.
    「それで、どうあっても聞き入れていただけないようでしたので、仕方無く、その場は鉾を収めることにいたしましたの。でも、今でもまだわたくし、憤懣やるかたない気持ちで一杯ですの。
     ですからハン、あなたから何かしらの制裁を加えていただけないかしら?」
    「そうか」
     クーから船渠でのやり取りを聞かされ、ハンははあ、とため息をついた。
    「まず第一に言うことがある。俺は数日前、『勝手なことをするな』と通達したよな?」
    「ええ」
    「その場には君もいたはずだな?」
    「さようですわね」
    「それじゃ確認するが」
     ハンはキッとクーをにらみ、刺々しい口ぶりで尋ねる。
    「君は俺やエリザさんの許可も無く、遠征隊ではなく王国軍が管理している場所へずかずかと立ち入り、作業員の邪魔をし、挙げ句に騒ぎを起こしかけたんだな?」
    「あっ」
     声を上げたクーを依然にらみつけたまま、ハンはこう続ける。
    「それで腹を立てたから、俺に制裁しろって? 俺に君のワガママを聞き入れ、まっとうな対応をしたであろう作業員に不当な罰を与えろって言うのか? とんだ暴君だな。陛下が事の顛末を聞いたら、一体どんな顔をされるだろうな?」
     話がまずい方向へ向かっていることを察し、クーは席を立とうとする。
    「あ、あのっ、今のは無しで」
    「無しにできるか!」
     が、ハンがすかさず立ち上がり、クーの手を引きつつ叱咤する。
    「いいか、今の状況をよくわきまえろ! そんな話が今の、不安を抱いている陛下の耳に入ったら、君は間違い無く強制送還だ! それだけじゃない。俺も班の皆も、監督不行き届きで帰還命令を出されるだろう。最悪の場合、遠征隊全員が引き揚げさせられることにもなりかねない。
     そんなことも考慮せず、君の屈辱と鬱憤を晴らすためだけに罰を与えろって言うのか!?」
    「あの、その、も、もう結構です。わたくし、その、は、反省いたしましたから」
    「そんなことを口先で軽々しく言ったところで、本当に君が反省したと、俺が見なすと思ってるのか!?」
    「あぅ……」
     言葉に窮し、うつむくクーに、ハンが畳み掛ける。
    「前々から思っていたが、君は本当に傲慢で自分勝手でワガママだ! その性分を直さなきゃ、いつか必ず大きなトラブルを起こすだろう。一度どこかで痛い目を見なきゃ、それがさっぱり分からないようだな!?」
    「い……いえ、その」
    「『その』!? なんだ!?」
    「……なんでもございません」
     クーが黙り込んだところで、ハンは咳払いし、声色を落ち着いたものに変える。
    「ともかく、軽率にこんな振る舞いをするようじゃ、君をこのまま放置しておくわけには行かない」
    「えっ?」
     クーが顔を挙げたところで、ハンは彼女の鼻先に、びしっと指を向けた。
    「君に罰を与える」
    「わ、わたくしに?」
    「君をこのまま放置していたら、また何をしでかすか分からん。一度きっちり、心の底から反省してもらわなくてはな」
    「あっ、あなたに、そんな権限……」
     クーは慌てて撤回させようとしたが――。
    「まだ何か文句があるのか?」
    「……いえ」
     ハンににらまれ、クーはふたたび黙り込んだ。

     2時間後、クーはいつもの瀟洒(しょうしゃ)なドレスではなく、簡素なエプロンと三角巾を着けてエリザの店に立っていた。
    「ほな、まずは廊下の掃除からよろしゅう。終わったらアタシんトコ戻って来てや」
    「うぐぐぐ……」
     クーは涙目でエリザに訴えたが、彼女は肩をすくめて返す。
    「そんな目ぇしてもアカンもんはアカン。アタシもアンタの味方してあげたいんは山々やけど、今回ばっかりはハンくんの言う方が正しいからな。諦めて丁稚さんになってもらうで。
     はい、モップとバケツ。水は大事に使いや」
    「……はぁい……」



     その後3日間、クーはエリザの店の丁稚として、朝から晩まで働かされることとなった。
    琥珀暁・姫惑伝 2
    »»  2019.09.09.
    神様たちの話、第226話。
    クーのときめき。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     丁稚奉公を終え、3日ぶりに玉座に就いたところで、クーは頭を抱えて深いため息をついた。
    「はあぁ……。わたくしがどうして、このような目に遭わなければならないのかしら」
    「そりゃまあ、仕方無いですって」
     と、その前にひょい、とマリアが姿を現す。
    「あっ、マリア!」
    「お久しぶりです。大変でしたねー」
     そんなことを言ってきたマリアを、クーは恨みがましくにらみつける。
    「あなた、この3日間、どちらにいらしたの? わたくしが汚れ仕事を強制される羽目になったのは、あなたにも責任の一端がございますのよ?」
    「どこって、お仕事してましたよ。尉官とビートと一緒に、東の方の測量に。尉官が『ようやく測りに行ける』って、珍しくご機嫌でしたから」
    「ぐぬぬ」
     公用と聞いては、自分の怒りをぶつけることもできない。歯噛みするしかなく、クーは黙り込んでしまった。
    「で、で、聞いたんですが」
     と、そんなクーに、マリアがあれこれ話しかけてくる。
    「クーちゃん、エリザさんのトコで罰受けてたんですってね」
    「……」
    「見てみたかったですねー、クーちゃんのエプロン姿」
    「……」
    「あら、お手手かっさかさになっちゃってますね。水仕事大変だったみたいですね」
    「……~っ」
     苛立ちが募り、クーはキッとマリアをにらみ、怒鳴りかける。
    「あなたっ……」「あ、そーそー」
     が、そんなクーを気にかける様子も見せず、マリアは話題を変える。
    「その測量でですねー、あたしたち変なの見付けたんですよね。何て言うか、遺跡? みたいな、そんな感じのトコなんですけどね」
    「それが一体、……遺跡? ですって?」
     マリアの話を聞いた途端、クーの怒りはどこかへ飛んで行ってしまった。
    「それは、どのような? 帝国軍が使っていた基地などでは無く?」
    「そんなのよりもっと古そうな感じでしたよ。あ、遺跡って言いましたけど、ビートは『これは正確には遺構(いこう:地中に埋もれる形で遺った住居跡)って言うんじゃ』みたいなこと言ってましたね。で、文字みたいなのもあったんですけど、全然分かりませんでした。これ、もしかしたらすっごくすごい感じのやつなのかなーって尉官と話してたんですけど、また来週くらいに調査へ出かけようかーって言ってるところなんですよね。クーちゃん、一緒に来ます?」
    「えっ?」
     思いもよらない提案に、クーは面食らう。
    「何故わたくしを? 調査目的であれば、公務でしょう? ハンが許すはずがございませんわ」
    「いや、むしろクーちゃんがいた方がいいですよねーってあたし、尉官に提案したんですよね。色々調べ物しなきゃいけないですし、そーゆー調査するんだったら、クーちゃんの力を頼った方がいいんじゃって」
    「さ、さよう、ですか。……コホン、な、納得いたしましたわ」
     自分では努めて冷静に応じたつもりだったが、声が上ずっているのを自分でも感じ、クーは咳払いでごまかす。
     その様子を眺めていたマリアは歯がチラチラと見えるくらい笑い転げながら、話を切り上げた。
    「あは、ははっ、うふふ……。あー、うんうん、乗り気で良かったです。じゃ、尉官にそー伝えときます。後でまた」
    「えっ、ええ。よっ、よしなに」
     ぎこちない返事をしたクーに背を向けて、マリアはその場を後にした。

     クーのいる王の間から廊下に進み、角を一つ曲がったところで、マリアはその陰に立っていたハンに笑いかけつつ、こそこそと声をかけた。
    「ってことなので、後で尉官からも言ってあげて下さいね」
    「ああ」
    「あ、でもあたしと一緒の方がいいですかね? 尉官とクーちゃんの二人きりじゃ、また尉官がドカーンってなって、こじれちゃうかもですし」
    「そんな心配はしなくていい。公務の一環だからな。淡々と伝えるだけだ」
    「本当に公務って思ってたら、そんなこと言わないですよね?」
    「む……」
     気まずそうな顔をするハンに、マリアはいたずらっぽい口調で突っ込む。
    「本当に尉官、色々不器用ですよねー。女の子の扱いとか、公私の分け方とか」
    「……」
     黙り込むハンをよそに、マリアはニコニコと笑みを向ける。
    「でも嫌いじゃないですよ、そーゆーとこ。だからちゃんとフォローしますよ。そもそもあたし、尉官の補佐ですしね」
    「……すまん」
     頭を下げたハンにぺらぺらと手を振って返し、マリアは立ち去った。
    琥珀暁・姫惑伝 3
    »»  2019.09.10.
    神様たちの話、第227話。
    クーのかんさつ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「ねえ、マリア。わたくし、以前からもしかして、と存じていたことがございますの」
    「なんでしょー?」
    「ハンは無趣味かつ無嗜好の人間だと以前より拝察していたのですけれど、もしかしてハンは、測量がご趣味でいらして?」
     そう問われ、マリアはあごに指をやりつつ、「んー」とうなる。
    「そーかもですね。尉官、いーっつもしかめっ面してるのに、測量する時はなーんか、楽しそうですもん」
    「やっぱり」
     二人はうなずき合い、前を歩くハンの後ろ姿に目をやる。
    「楽しそうですねぇ」
    「さようですわね」
     そのハンは、隣のビートと話している。
    「情勢が落ち着いて、沿岸部の測量もようやくできるようになったが、正直人手が足りないんだよな。人員を増やそうかと思ってるんだが……」
    「でも計算とか集計とか、色々手間ですよね」
    「そこなんだよな。それを教えるところから始めないとならない」
     クーとマリアがささやき合っていたように、普段の堅い仏頂面とは打って変わって、ハンは比較的饒舌になっている。
    「ここに上陸してから半年経って、ようやくこないだが1回目ですもんね。なんだかんだありましたし」
    「さようですわね。以前にハンが、地元の方が作成された沿岸部の地図をご覧になった際、『何なんだ、この滅茶苦茶な地図は? もっとマシなものは無いのか!』とお嘆きになっておりましたし、相当焦れていらっしゃったようですもの」
    「尉官はキッチリしたのが大好きですからねぇ。ま、それに測量に行くってなれば、数日はエリザさんの顔を見ずに済むってのもありますから」
    「あら」
     クーはハンの横顔をチラ、と見、マリアに視線を戻す。
    「やはりお嫌いなのかしら?」
    「嫌いって言ったら、言い過ぎかもですけどね。何だかんだ言って、信頼し合ってるってトコは感じますもん。でもやっぱり、しょっちゅう顔を突き合わせたい相手じゃ無いって思ってる節はありますね。
     お城の中歩いてる時でも、いきなり廊下曲がって早足になって、『尉官、どうしたんだろ?』て思ってたら、後ろから『ハンくーん』って」
    「クスクス……」
     と、二人の話を聞いていたらしく、ハンが苦い顔をしている。
    「あまり大声でそう言う話はしないでくれ。エリザさんの耳に入ったら、あの人は絶対俺にまとわりついて来るんだから」
    「あー、エリザさんならやりそうですね」
    「ええ、まったく」

     測量と遺構調査のため、ハンたち一行はクーを伴い、雪の中をひた進んでいた。それでも防寒対策はしっかり施されており、一行の顔に辛さは見られない。
     とは言え――。
    「マリア。疑問がございますけれど、お聞きしてもよろしいかしら?」
    「なんでしょ?」
    「このような雪中で測量をいたせば精度の不安がございますけれど、どのように対策なさっているのかしら?」
    「確かにそーなんですけどねー」
     そう返しつつ、マリアはハンの背中にチラ、と目をやる。
    「尉官、雨が降ろうが雪が積もってようが、構わず測るんですよね。クーちゃんの言う通り、そんな日に測ってたら絶対おかしな結果になるはずなんですけど、そう言う日は『回数を増やせば精度が上がるはずだ』って、いつもの2倍も3倍も計測するんです。だから一応、計測に関しては問題なしって言えるんですけども。
     計測結果が気に入らないって時なんか、30回くらい往復させられたこともありますよ」
    「……あの、マリア」
     クーは額に手を当てつつ、呆れた声を上げた。
    「シェロが離反した理由は彼自身の功名心や自尊心からだ、……とハンたちは論じておりましたけれど、やはりハンの言動に大きな問題があるように存じますわ」
    「そりゃ、十分あるでしょーね。まともに付き合ってたら、そりゃ『やってらんねえよ』ってなっちゃうと思います」
    「本当にもう、あの方は」
     クーとマリアは顔を見合わせ、揃ってため息を漏らした。
    琥珀暁・姫惑伝 4
    »»  2019.09.11.
    神様たちの話、第228話。
    クーとハン。

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    5.
     喜び勇んで測量と遺構調査に出向いたものの、街を発ってから数時間もしないうちに、一行はそれが実行不可能であることを痛感した。
    「前が見えん……」
     当初予想されていた以上に降雪がひどく、測量するどころか、現場に着くことも難しかったからである。
    「風もなんかひどくなって来てますよー。もう1時間、2時間したら日が暮れちゃいますし、諦めて戻った方がいいですね」
     マリアの意見に、ハンが――残念そうな目を向けつつも――渋々うなずく。
    「そうだな。強行して死人でも出たら、独断専行どころの話じゃない。仕方無いが、引き返そう。……しかし」
     軍帽に積もった雪を払い落としながら、ハンが愚痴をこぼす。
    「前回も、腰まで雪が積もる中を無理矢理だったからな。厳寒期なら時間も空くし、どうにかして測量を進められればと思っていたんだが、これじゃどうしようも無い」
    「自然が相手じゃ、仕方無いですよ。雪が溶けるまで待つしか無いんじゃないですか?」
     ビートにそう言われ、ハンはもう一度、残念そうにうなずいた。
    「溶ける頃には本土からの人員補充も終わり、別の仕事が増えるだろう。どっちにしても、測量に割ける時間は無い。
     やれやれ……。道中でも言ってたが、測量はやはり、別の人間に任すしか無いか」
     その言い方がとても残念そうに聞こえ、クーは思わず、クスっと笑みを漏らしてしまった。
    「……なんだ? 何がおかしい?」
     耳ざとくハンに聞かれ、クーは慌ててごまかす。
    「あっ、いえ、……あの、ハン。雪が先程より一層厳しくなっているように見受けられますけれど、このまま戻るのは危険ではないかしら」
    「うん? ……ふむ」
     ほんの1分にも満たない時間で、既にまた、ハンの頭に雪が積もってきている。それをもう一度払い除けながら、ハンは周囲を見回しつつ、背負っていた荷物を広げ始めた。
    「クーの言う通りだ。視界も悪いし、このまま戻ろうとすれば、その途中で遭難しかねん。ここに設営して、状況が変わるまで休止しよう」
    「さーんせーいでーす」
     猫耳をプルプル震えさせながら、マリアも荷物をどさっと下ろした。

     防寒用の魔法陣を描き、テントを張り、早めの夕食を作ったところで、ハンたちはようやく一息ついた。
    「はぁー……、スープあったかおいし~い……」
     芋のスープが入ったカップを握りしめつつ、間延びしたため息を漏らすマリアに、ハンたち三人が吹き出す。
    「クスっ、……ええ、身に沁みるような温かさですわね。実を申せばわたくし、あまり体温が高い方ではございませんので、こうして両手で包んでいると、ほっとした心地がいたします」
    「そうなのか?」
     これを聞いて、ハンがばつの悪そうな顔をクーに向ける。
    「だったら、誘わない方が良かったかな」
    「そんなことはございません」
     クーは首を振り、こう続けた。
    「かねてよりわたくしは、この地に住まう方の文化について学びたく存じておりましたから、古代の村跡や遺構が現存していると伺った時、とても嬉しく感じましたの。調査いたせるのであれば、多少の寒さは我慢いたします」
    「……まったく、君は」
     ハンは肩をすくめ、呆れたようなため息を漏らした。
    「どこまでも自分の欲求に素直な人間だな」
    「あら、いけませんかしら」
    「ほどほどにしてくれ。度が過ぎると周りに迷惑をかける」
    「あなたが仰るようなことかしら?」
    「どう言う意味だよ」
    「ご自分でお考えあそばせ」
    「なんなんだ……」
     と、二人のやりとりを見ていたマリアとビートが、揃って笑い出した。
    「ふふっ」
    「あはは……」
    「何だよ?」
     ハンに軽くにらまれ、マリアがぱたぱたと手を振って返す。
    「なんだかんだ言って、お二人仲いいですよねーって」
    「うん? ……まあ、そりゃな。ノースポートで会ってから2年も経つし、ある程度気心は知れてるってところもある」
    「やっぱりお二人って」
     そこでマリアがにやあっと笑い、こんなことを尋ねてきた。
    「この北方遠征が終わったら、結婚されるんですか? それともこっちにいる間に既成事実作っちゃう感じです?」
    「はぁ!?」「ちょ、ちょっと、マリア?」
     ハンとクーは揃って立ち上がり、異口同音にマリアの質問を否定しようとする。
    「なんでそこまで話が飛躍するんだ!?」
    「わ、わたくしがそんなはしたないことをいたすはずが、ごっ、ございませんでしょう!?」
    「クーとはまだそんな関係じゃない!」
    「それにまだ、正式にお付き合いしている間柄でもございません!」
     が、慌てふためく二人に生暖かい視線を向けつつ、マリアはうんうんとうなずいている。
    「あー、はいはい、『まだ』ですね、『まだ』ですよねー、はいはーい」
    「うっ、……い、いや、それは単純に、ただ言葉の綾であってだな、俺は、その、正直な意見としてはだな……」
     ハンはまだ抗弁しようとしているらしく、しどろもどろに言葉を立て並べている。しかし――。
    「はぅぅ……」
     どう言い繕ってもごまかせそうにないと諦め、クーは顔を両手で抑え、黙り込んでしまった。
    琥珀暁・姫惑伝 5
    »»  2019.09.12.
    神様たちの話、第229話。
    ハンのいもうと。

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    6.
     夕食が終わったところで、マリアがテントの外に顔を出し、様子を確かめる。
    「わー、真っ白」
    「え? 魔法陣、動いてない感じですか?」
     尋ねたビートに、マリアが顔をテント内に戻しつつ、「ううん」と答える。
    「動いてるのは動いてるっぽいよ。結界の外はこんもり積もってるけど、内側はうっすらって感じだから」
    「じゃあ、積雪量が魔法陣の効果を上回ってるってことですね。ちょっと描き足してきます。これ以上降り積もって全員凍死なんて、冗談じゃ済みませんからね」
    「ではわたくしもお手伝いいたしますわね」
     ビートとクーが外に出、テントの中にはハンとマリアだけになる。その途端、マリアがまたニヤニヤと笑みを浮かべながら、ハンに近付いて来た。
    「で、で、さっきの話なんですけど」
    「なんだよ」
    「正直なとこ、クーちゃんのことはどう思ってるんです?」
    「どうって……、どうも思ってない」
    「またまたぁ。ごまかさなくっていいんですよー?」
     ハンの回答を鼻で笑い、マリアは質問を重ねる。
    「今はあたしと尉官しかいませんし、ビートもクーちゃんも忙しいでしょうから、素直に何でも話してもらって大丈夫ですよ。言いにくいなー、説明し辛いなーってことでも、あたしじっくり聞きますし。勿論エリザさんみたく、話のあちこちでいちいち茶々入れたりもしませんよ」
    「……なら、言うが」
     ハンはチラ、とテントの出入口に目をやり、ぽつりぽつりとした口調で話し始めた。
    「確かに俺は、クーのことを嫌ってなんかいないし、どっちだって言えば好印象を持ってはいる。だが、正直に言えば、恋人だとか結婚相手だとか、そう言う相手としてはまだ、どうにもそうは思えないんだ」
    「やっぱり妹的な感じですか」
    「そうなるな。現状、手のかかる妹としか感じてない。……それが今後、そう言う相手として見ていくようになるのか、やっぱり妹だとしか思えないままなのかは、俺だって分からん。分かるもんか」
    「でしょうね」
    「だがどう言うわけか、俺の周りの人間は皆、クーと俺をくっつけたがってるんだ。エリザさんもだし、親父もお袋も、妹たちも。お前たちもだよな」
    「まあ、その方が現状、面白いですもん」
     マリアはいたずらっぽく笑いつつ、切り返して来る。
    「でもみんながくっつけようとするのって結局、尉官が独り身だからですよね。いいトシして恋人も奥さんになりそうな人も近くにいないし、そこにクーちゃんが名乗りを挙げて迫って来ちゃったんですから、誰だって『じゃあこの二人くっつけちゃえ』ってなりますよ」
    「むう……」
    「だから、どーしても、どぉーしてもクーちゃんを奥さんにできないって言うなら、誰か他にいい人見付けないと。じゃなきゃみんな絶対納得しませんし、何なら本気で外堀埋めにかかりますよ、あたしたち。
     何だかんだ言って、あたしたちは尉官がこのまま寂しく独りでおじさん、おじいちゃんになってくのは心配ですしね」
    「余計なお世話だ。……しかしなぁ」
     ハンは両手を頭の後ろで組み、うめくような口ぶりで続ける。
    「他に誰かって言ったって、お前の言う通り、確かにいないんだよな。それらしい出会いも無いし。……あ、いや、お前はいるけど」
    「なんかそれ、あたしを女の子として認識してないぞってセリフですよね。まあ、あたしも尉官はお付き合いするような相手としては見てないですけど」
    「じゃあどう見てるんだ?」
    「手のかかるお兄ちゃん、ですね」
    「……だろうと思ったよ」
     話しているうちに、ハンは無意識に、くっくっと笑みを漏らしていた。
    「まあ、なんだ。この話はもう、この辺でいいだろ? これ以上、今ここでああだこうだと言ったところで、俺がいきなりクーに惚れるなんてことも無いし」
    「そーですね。解決できないことをいくら悩んでも、お腹が減るだけです。今日はもう、ちゃっちゃと寝ちゃいましょう」
    「だな」
     そこでビートとクーが戻り、一行はそのまま就寝した。
    琥珀暁・姫惑伝 6
    »»  2019.09.13.
    神様たちの話、第230話。
    クーのこうげき。

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    7.
     雪中で一晩を過ごし、朝早くになって――と言っても、この地ではまだ、日も差さないくらいの時刻であるが――ハンが状況を確かめに、テントの外に出た。
    (雪はやんだか。……とは言え、結界の外は1メートル以上積もってる。太陽が出れば多少溶けてくれるかも知れんが、それでも遺構まで行くのは無理だろう。引き返すのが賢明だな。……やれやれ、2日無駄にしたってだけだな)
     と、テントの中からひょこ、とクーが顔を覗かせる。
    「やみましたの?」
    「ああ。だが大分積もってる」
    「あら」
     そこでクーの全身がテントの外から現れ、結界の中をぐるっと一回りして、落胆した声を漏らした。
    「これでは無理でしょうね」
    「だろうな。帰る用意をした方がいい」
    「ええ、そういたしましょう」
     クーはテントの方に踵を返しかけるが、そこでもう一度、ハンに向き直る。
    「では次回は、雪が溶けた頃にでも」
    「いや、だからその頃には、本土からの……」
     言いかけたハンの手を取りつつ、クーはにっこりと笑みを浮かべて、こう返した。
    「お休みを取ればよろしいのでは? 今回の件、半分はわたくしへの忖度ですし、そちらについては非常にありがたく存じておりますけれど、はっきり申せばもう半分は、あなたのご趣味でしょう?」
    「これは仕事だ。混同するな」
    「そのお言葉、そっくりお返しいたしますわ」
    「俺が公私混同してるって言うのか?」
    「さようでしょう? まさか違うなどと、臆面も無く仰るおつもりかしら」
    「なっ」
     はっきりと言い切られ、ハンは面食らう。その様子を見てなお、クーはにこりと微笑んだまま、口撃を止めようとしない。
    「常識的に考えて、ご予定が立て込んでいるわけでも状況が差し迫っているわけでもございませんのに、わざわざ雪深い中へと分け入って行くのは、過分に個人的嗜好が内在しているものと見受けられますけれど?」
    「いや、だから、今じゃなきゃ、今後の予定が」
    「予定、予定と仰いますけれど、本当に仕事上のご予定であれば最初からはっきり、人員をお割きになればよろしい話でしょう? 遠征隊はあなたたち3人しかいらっしゃらないわけではございませんし。それを何故、わざわざ、遠征隊隊長ともあろう方が、ご自身で向かわれるのかしら? 隊長自ら向かわなければならない、合理的かつ強制的な理由がおありになるとでも?」
    「い、いや……、その……、人員の教育と言うか、適当なのが……」
    「冬期、特に厳寒期には港が凍ってしまうくらいですから、陸では相当量の積雪が見込まれること、ひいては通常あなたが行っている通りの方法と既存の人員では、この時期における調査が困難になるであろうことは、容易に想定いたせるはずでしょう? まさかそれを想定していないはずがございませんわよね? であれば厳寒期に入る前に人員を選抜する、厳寒期に入ったら教育を施しつつ装備を開発するなど、入念な対策がいたせたのではないのかしら? 遠征隊隊長ともあろう方がそうした事態もろくに想定されず、対策も施さないまま、ご自身でこうして向かわれることに何か、わたくしが心より納得いたせるようなもっともらしい理由がございまして?」
    「う……いや……それは……」
    「もし合理的説明がいたせないのであれば」
     クーはハンの手をぎゅっとつねり、話を一方的に切り上げた。
    「次回はきちんとお休みを取って、あなたの道楽に付き合っても良いと仰ってくださる有志を募った上で、ごゆるりとお行き遊ばせ」
    「うぐ……」
     そのままテントの中に入っていくクーの後ろ姿を、ハンはつねられた手をさすりながら眺めていることしかできなかった。

     クーがテントの中に戻ったところで、ニヤニヤ笑っているマリアと目が合った。
    「ズバリ言っちゃいましたねー、クーちゃん」
    「ええ、きっちり申し上げました。いつもあの方から、ずけずけと申されておりますので」
    「意趣返しってやつですか」
     ビートもテントの出入口をうかがいながら、話の輪に加わる。
    「でも確かに、今回も、……いや、前回からも、ちょっとキツいなとは思ってたので、正直言ってありがたいです」
    「そう仰っていただけて、嬉しく存じますわ。わたくしにしても、酷寒の中で何の成果も無くただ一晩過ごすだけと言うような経験は、可能であれば一度だけにしておきたく存じますから」
    「同感です」
     ビートと共にクスクスと笑い合ったところで、ようやくハンが――まだ複雑な表情を浮かべながらも――テントの中に入って来た。
    「その……なんだ。もう2時間、3時間すれば日が昇るだろう。今日は早く帰るぞ」
    「了解でーす。朝ご飯作りますね。クーちゃんも手伝ってくださーい」
    「ええ、承知いたしました」



     この日以降、ハンは天候不順の日にまで測量調査を強行しようとしなくなり、マリアたちの日常は少しだけ、穏やかになった。

    琥珀暁・姫惑伝 終
    琥珀暁・姫惑伝 7
    »»  2019.09.14.
    神様たちの話、第231話。
    余暇の潰し方。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     遠征隊と――そしてとりわけ、エリザの――尽力により、沿岸部に住まう人々の暮らしは、隊がこの地を訪れる以前に比べ、格段に良くなっていた。
     そして暮らしが充実してくれば、それまでひたすら働くか、さもなくば眠ることだけが生活の全てであった者たちが、他のことにも目を向け始めるようになるのは、自然の成り行きと言え――。
    「つまり市民が暇を持て余している、と?」
    「そう言うこっちゃ」
     エリザから街の状況を聞き、ハンは首を傾げた。
    「それが何か?」
    「何か、や無いやん」
     気の無い返事に、エリザは肩をすくめて返す。
    「遠征隊がこの国を統治しとるんやから、街の人らが困っとるコトがあるっちゅうんやったら、そら何とかしたらなアカンやろ、っちゅうてるんやん」
    「はあ」
     ハンはふたたび気の無さそうな返事をし、続いてこんなことを言ってのけた。
    「では遠征隊の仕事を手伝ってもらいますか? 人手は十分ではありますが、探せば何かしらの用事を頼むことはできるでしょうし」
    「アホちゃうかアンタ」
     これを聞いて、エリザがため息をつく。
    「『仕事せんでええ時間が作れてきたから何やおもろいコトあらへんか』、っちゅうてはんねんや。なんで仕事の合間に仕事せなアカンねん。気持ち悪いコト言いなや」
    「き、……気持ち悪い? ですって? そこまで言われるようなことじゃないでしょう」
     明らかに不機嫌そうな顔を向けてきたハンに、横で話を聞いていたクーが、残念なものを見るような目をハンに向ける。
    「わたくしもエリザさんの仰る通りと存じます。せっかくお仕事以外のお時間を作れそう、皆様の人生を豊かに、彩りあるものにする機会が設けられそうだと言うのに、それを新たな仕事で埋めようだなんて。あまりに品性の無いご発言です。
     世の中の人間が皆、あなたのように仕事だけが生きがいだと申すような変人ばかりではございませんのよ」
    「変人? 俺が?」
    「変人っちゅうか、変態や。極めつけのド変態やで」
     エリザとクーがうんうんとうなずき合う中、ハンは苦虫を噛み潰したような顔を二人に向ける。
    「俺自身はそうは思いませんがね。まったく常識的な人間と……」「はいはいはい、変態はみんなそー言うもんや」
     ハンの抗弁をさえぎり、エリザはクーに顔を向ける。
    「ってワケでや、アタシらから何かしら娯楽を提供でけへんかっちゅうコトなんやけどもな、クーちゃん何かええ案無いか?」
    「またお祭りでも催されてはいかがでしょう?」
    「んー」
     クーの出した案をメモに書き留めつつも、エリザはどこか、納得が行かなさそうな表情を浮かべている。
    「悪くないと思うで。悪くないとは思うんやけども」
    「けども?」
    「こないだノルド王国さんらと友好条約締結した時も、沿岸部平定したでー言うてちょっと騒いだやん」
    「ええ、記憶に新しいですわ」
    「せやろ。ソレからそないに時間経ってへんのに、またお祭りやーってやっても、みんな『またか?』てなるやん」
    「さようですわね。あまりお喜びにならないかも」
    「そもそもおカネもソレなりにかかるし、短期間に二度も三度もやっとったら、流石に赤字出てまうわ。市政でも国政でもアタシが関わる以上、赤字出すようなマネは絶対無しや。
     あと、お祭りやといっぺんワーッとやって、そんで終いやん?」
    「と仰ると?」
    「普段の生活ででけた余暇を毎日お祭りに充てるんは無理があるで。もっと毎日の生活に組み込めるようなもんにせんと」
    「仰る通りですわね」
    「ちゅうワケで、もっと小規模な娯楽は何か無いやろか、と。どないやろ」
    「うーん……」
     二人で悩んでいるところで、ハンが憮然とした顔のまま、席を立つ。
    「そう言う話なら、俺の出番は無いでしょう。失礼します」
    「せやろな。用事でけたら呼ぶわ」
    「分かりました。では」
     そのままハンは、部屋を後にする。残ったエリザとクーは顔を見合わせ、互いに呆れた目を向けていた。
    「……何とかならんかな、あの子」
    「何とかいたさなくてはなりませんわね」
    琥珀暁・雄執伝 1
    »»  2019.09.16.
    神様たちの話、第232話。
    学習意欲の需要と供給。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     とりあえず市井の要望をまとめるため、エリザは店の人脈を使い、街の人間を調査した。
    「ふーん……?」
     その調査結果を集計していたところで、エリザは首を傾げていた。
    「どしたんスか?」
     いつものように彼女を手伝っていたロウが顔を上げて尋ねたところで、エリザはぺらぺらとメモ用紙を振って見せる。
    「みんな思ったよりマジメさんやなー思て」
    「って言うと?」
    「いやほら、『ヒマ潰すのんに何したいですか』っちゅうて、みんながお買い物するついでに聞いて回ったやん? そしたらな、大半の人がアタシらの言葉を覚えたいとか、アタシらが持って来た本読んでみたいとか返って来てんな」
    「え……つまりベンキョーっすかぁ?」
     げんなりした顔をするロウに、エリザはクスクス笑って返す。
    「いや、まあ、分からへんコトは無いんやけどもな。今まで分からんかったコトがピンと来たっちゅうのんは楽しいからな。アタシらが母国語でしゃべっとるコトとか、紙の束の中に何が込められてるか分かったら、そら楽しいやろなーとは思うで。
     アンタかて新しい釣具の使い方教えてもろたら、『面白そうやなー』『ちょっと使てみたいなー』て思うやろ?」
    「そりゃまあ」
    「ソレと一緒や。目新しいもんはやっぱり触ってみたくなるねん。ソレに――前からちょこっと思てたんやけど――この街の人ら、大半が熊獣人の人らやん?」
    「そっスね」
    「どうも『熊』の人ら、根がえらいクソ真面目みたいやねんな」
     そう言われて、ロウはポン、と手を叩く。
    「あー、確かに。戦闘でもアイツが『全速前進』っつったら、真面目に全力疾走してますしね」
    「そう言うトコはハンくんと相性ええやろな、ホンマ。ま、ソレは置いといて。真面目やから勉強も積極的やし、向上心も大きいねんな。そもそも今まで虐げられとった人らやから、自分をもっと高めたい、バカにされへんようになりたいっちゅう意識は多かれ少なかれ持ってはるんやろ」
    「そんなもんスかねぇ。やっぱり俺にはピンと来ないっスわ」
     腑に落ちなさそうなロウを尻目に、エリザはニコニコ笑っていた。
    「ま、みんなが欲しい言うてるんであれば、『ほなあげよか』って話やな」

     街の要望を受け、エリザは街に塾を開き、遠征隊の人間を使って講習を始めた。ところが程無くして、エリザはとある問題にぶつかってしまった。
    「足らんの?」
    「はあ……」
     講習を開いたところ、想定していたよりも多くの人間が参加したため、教科書や筆、紙などの教材が早々に尽きてしまったのである。
    「どんくらい?」
    「用意したのは50人分だったんですが、200人以上来まして」
    「あちゃ、4倍かぁー……」
     エリザは机にしまっていたメモをがさがさとかき分け、その中の1つを手に取る。
    「ココもどないかせんとアカンなぁ。……えーと、……うーん」
    「どうにかできそうっスか?」
     横にいたロウに尋ねられ、エリザは肩をすくめて返す。
    「そら採算度外視でめちゃめちゃ頑張ったらでけるやろけど、赤字はアカン。ヒトにモノ教える系は利益回収するのんにえらい時間かかるし。どないかして本やら何やら安う作らんと、商売にならへんな」
    「どうすんスか?」
    「方法は2つやな。教材作る費用抑えるか、講習料上げるか、や。せやけど後者は無いな。まだまだみんな貧乏やし、高うしたら誰も受けられへんなってまうわ」
    「となると費用を抑えるってコトっスね。じゃ、ケチるしかないと」
    「ソレも嫌やろ」
     エリザはぺらぺらと手を振り、ロウの意見に反対する。
    「費用っちゅうたら、材料費と手間賃やん? 本とか筆の材料っちゅうたら基本、木材や。森関係の資材はノルド王国さんトコから買うてるけど、ソレを『安うしてー』言い出したら、向こうさん『勘弁してえな』って困らはるわ。手間賃にしても、抑えるっちゅうコトは『タダ働きしてー』って言うてるようなもんやん? どっちも嫌やろ」
    「そりゃまあ、そうでしょうけど。でも皆の要望に答える形でやってんスから、ちょっとくらい我慢すりゃ……」「アホか」
     ロウの反論を、エリザはぴしゃりとさえぎる。
    「今までが我慢に我慢の連続やった人らに、まだ我慢せえっちゅうんか? エグいコト言いなや」
    「た、確かに。すんません」
     ロウはたじたじとなりながらも、続けて尋ねる。
    「でも、じゃあ、どうすんスか? もう手が無いじゃないっスか」
    「ソコを考えるのんがアタシの仕事や。まあ、任しとき」
     そう返してエリザは席を立ち、ロウに手招きする。
    「アイデア出すのんに現場見るし、アンタついてき」
    「あ、はい」
    琥珀暁・雄執伝 2
    »»  2019.09.17.
    神様たちの話、第233話。
    現場視察とアイデア。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ロウと丁稚数人を伴い、エリザは製本作業を行っている工房を訪ねた。
    「邪魔すんでー、……っと、ホンマに邪魔になってまうな」
     作業場の扉を開けるなり、糊と墨で汚れた職人たちの憔悴(しょうすい)しきった視線が集まり、エリザは「ゴメンな、気にせんとって」と頭を下げ、そのまま外に出た。
    「チラっと見でやけど、えらい作業押してはるみたいやな。みんな顔が必死やったで」
     そうつぶやくエリザに、丁稚の一人が答える。
    「うちからかなりの数を発注してますし、遠征隊からも注文がありますからね……」
    「しわ寄せが来とる形やな」
     エリザはもう一度、今度は扉の隙間から作業場の様子をうかがい、問題点を探る。
    「作業場の大きさ的に、単純にヒト増やしたところでどないもならへんやろな、コレは。そもそも雇い賃もバカにならんし。と言うて作業場大きくしたとて、こんだけ切羽詰まっとるなら焼け石に水やろし。
     となると一番ええんは、今の体制で生産でける量を増やすコトやな」
     極力邪魔にならないよう、隙間から覗きつつ、メモを取ることを繰り返していたが、やはり目立っていたらしく――。
    「あの、女将さん」
     中にいた職人が声を掛け、エリザを手招きした。
    「いっそ中で見てくれませんか? 気になるので」
    「あ、ゴメンな」
     エリザは照れつつも、素直に作業場に入って中を見回し、声をかけてきた職人に尋ねた。
    「作業、どないや? しんどいやんな」
    「ええ。ずっと文字を写しっぱなしで手は痛いし、糊と墨の臭いでクラクラするしで」
    「そらかなわんなぁ」
     エリザは壁の窓に目をやり、メモに書き留める。
    「手の疲れについては今すぐどうこうっちゅうワケに行かんけど、臭いについては近い内、何とかするわ。あ、アタシは気にせんと作業しといてや」
    「はあ」
     その後、作業場を一通り周り、メモを書き終えたところで、エリザは「しんどいやろけど、でける限り何とかしたるから」と皆に言い残して、作業場を後にした。

     店に戻ったエリザは書き留めたメモを机に並べて、ロウと意見を交わしていた。
    「窓については、風系の魔法陣描いたったら多少は換気でけると思うんよ」
    「そっスね」
    「ただ、根本的な解決にはならんからなぁ。やっぱり同じ人数でもっと多く作れるようにせな、どないもならんやろな」
    「つっても、アレ一枚きれいに書き写すのに、どうやったって1時間、2時間はかかるでしょ? 早く終わらそうと思ったら、文字はグチャグチャになるでしょうし」
    「ソレやねぇ。読める字書かんと、本にならんしなぁ。……ん?」
     と、エリザはメモを見て首を傾げる。
    「なんやコレ?」
    「なんスか?」
    「や、メモの端っこ。全部黒い点付いとる」
    「あ、本当だ」
     ロウはメモを取り、それぞれに付いた点を見比べ、「あ」と声を上げた。
    「エリザさん、右手見せて下さい。右手の親指」
    「ん?」
     右手を開き、その親指を見て、エリザも原因に気付く。
    「いつの間にか墨付いとったわ。コレかー」
    「ソレっスね」
     どうにもおかしくなり、エリザもロウも、クスクスと笑みを漏らす。
    「ずーとメモ握りっぱやったから、全然気付かへんかったわ、アハハハ……」
    「ふふ、ふふ……」
     ひとしきり笑ったところで――一転、エリザはメモの、その黒い点をじっと見つめた。
    「……ん? どしたんスか?」
    「や、今ちょっとな、おっ、と思てな」
    「お?」
     きょとんとするロウに、エリザはこんなことを命じた。
    「ちょと木の欠片持って来て。棒状で四角くて、親指くらいの大きさのん、5、6個くらい」
    「はあ」
     命じられた通りに、ロウは木片を調達し、エリザに渡す。
    「何するんスか?」
    「ちょっとな」
     短く返し、エリザは机に仕舞っていた彫金道具でガリガリと、木片を削り始めた。
    「木像でも作るんスか? 息抜きかなんかで」
    「ちゃうちゃう。1時間くらいかかるから、ちょっと待っとき」
     そう答え、エリザは作業に没頭し始めた。
    琥珀暁・雄執伝 3
    »»  2019.09.18.
    神様たちの話、第234話。
    職人エリザの本領発揮。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     木片を削り始めてから1時間が経った頃、ようやくエリザは顔を上げた。
    「……ふー。でけたわ」
    「おつかれっス」
    「んあ?」
     そこでロウと目が合い、エリザは驚いた声を上げる。
    「なんや、ずっとおったんか?」
    「ええ」
    「時間かかる言うてたんやから、ドコかでお茶しとったら良かったやんか」
    「いやぁ、見てて飽きなかったもんで」
    「変わっとるなぁ、アンタ。ま、ええわ。コレ見てみ」
     そう言って、エリザは削った木片をトントンと揃える。
    「……なんスか、コレ?」
     削られた木片をじっと見つめ、首を傾げるロウを見て、エリザはニヤッと笑う。
    「コレにな、墨ちょいと付けて、ほんでこう……」
     説明しつつ、エリザは木片の先に墨を塗り、メモに押し付ける。
    「ほれ」
    「……はぁ」
     メモに付いた墨を見て、ロウはもう一度首を傾げる。
    「文字に見えますね。E……LI……SA……エリザさんスか」
    「せや」
    「つまりコレで文字を書くってコトっスか?」
    「こう言うのんを一杯作ってな」
    「手間じゃないっスか、そっちの方が?」
    「一文字彫ったらソレで金型作れば、いくらでも増やせるやん?」
    「まあ、そっスね」
    「で、1ページ分作ったらソレ固めて、もっかい金型作ったったら、同じページがなんぼでも……」
    「あっ、……なるほどっス」
     ロウは目を丸くし、拍手する。
    「流石っスね」
    「んふ、ふふ……」

     元々、貴金属を扱う宝飾職人として、並々ならぬ腕を持つエリザである。1週間のうちに、自分たちのことばで使う文字をすべて彫り終え、それを基に金型を作り上げ、教本約60ページ分を作業場で「書いて」見せた。
    「す……すごい」
    「これ一冊書くのに、丸一日かかるのに」
    「20分もかかってない……ですよね」
     驚きの声を上げ、感嘆する職人たちを前に、エリザも墨まみれになりながら、クスクス笑っていた。
    「金型も今増やしとるから、明日、明後日には一杯作れるで。コレ使たら、もう手ぇ痛くならんで済むやろ?」
    「はっ、はい」
     職人たちはエリザを囲み、次々に感謝と尊敬の言葉を述べた。
    「ありがとうございます、女将さん」
    「なんて言うか、なんか、すごいなって」
    「本当、それ……」
     口々に称賛され、エリザも流石に顔を赤くした。
    「まあ、何や、うん、喜んでもらえたら嬉しいわ、アハハハ……」



     こうしてエリザが考案し、実用化させた技術――活版印刷は、飛躍的に本や書類の生産量を向上させた。
    「いや、マジですげーっスわ」
    「そんなにホメてもなんも出えへんで」
     印刷された本を手に取り、しげしげと眺めているロウを見て、エリザはニコニコ笑っている。
    「アイツもすげーって言ってたらしいっスね」
    「アイツ? ああ、ハンくんか? せやねぇ、……せやねんけども、あの子また『これで生産効率が上がれば、さらに多くの仕事がこなせますね』みたいなコト言うててなぁ。なーんでそんなに仕事したがるんか。仕事の合間に仕事するとか、もう病気の域やでホンマ」
    「ぞっとしないっスね。……でも、確かにすげーはすげーっスよね」
     ロウは本を机に置き、こんな提案をしてきた。
    「本土にも知らせといた方がいいんじゃないっスか? こんだけ便利な技術なら、向こうも大喜びでしょうし」
    「お、そらええな。ソレ考えてへんかったわ。ありがとな、ロウくん」
    「いや、そんな、へへへ……」
     顔を真っ赤にして照れるロウをよそに、エリザは机の引き出しから「魔術頭巾」を取り出し、頭に巻く。
    「『トランスワード:ロイド』、……いとるかー?」
     自分の実の息子へと連絡を試み、まもなく応答が返ってくる。
    《あ、うん、母さん。な、何か用?》
    「用が無かったらお話したらアカンか? や、用はあるねんけどな」
    《ご、ごめん》
    「えーからえーから。いやな、こっちでアタシ、ちょっとええコト思い付いてな……」
     こうしてエリザはロイドに活版印刷の技術を伝え、彼もロウと同様に、称賛の声を返してきた。
    《す、すごいと思うよ、うん、ホンマ。あ、せやったら、あの、僕もちょっと作ってみて、ゼロさんに報告しとこか? ちょうど今、僕、リンダと一緒に、その、父さんのトコいてるから。あ、それか、母さんから言うた方がええんかな?》
    「ん? んー……」
     ロイドに問われ、エリザは思案する。
    「んー……、や、アンタから言うといて。最近ちょこっとな、色々アレやし。アタシから言うより、アンタが言うた方が角も立たんやろ」
    《あ、アレって?》
    「色々や、色々。ま、ほなよろしゅう」
    《う、うん。母さんも、あの、えっと、気ぃ付けて》
    「ありがとさん。ほなな」



     こうしてエリザは、本土に活版印刷の技術を伝えたが――これが後に、一つの騒動を起こすこととなった。
    琥珀暁・雄執伝 4
    »»  2019.09.19.
    神様たちの話、第235話。
    活版印刷を巡る騒動。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     エリザがロイドに活版印刷を伝えて、3日後の夜――。
    「……んあ?」
     既に就寝していたエリザの狐耳のピアスに、ぴり、ぴりとした感触が伝わる。
    「なんやな? ……『リプライ』」
    「頭巾」を巻き、応答するなり、娘、リンダの泣きじゃくった声が耳に響いてきた。
    《があやあああん、うえええええん》
    「お、お、ちょ、ちょっ、待ちいや、なんや?」
     流石のエリザも娘の泣き声にうろたえ、跳ね起きる。
    《にいやんがああああ、びいいいいいい》
    「お、落ち着き、な、ちょ、アンタ、落ち着きって、なあ」
    《エリちゃん!》
     と、もう一人、通信に入って来る。
    「ん? ゲートか?」
    《ああ、俺だ。リンダが泣きじゃくってるから、俺が代わりに》
    「あ、ああ。どないしたんよ、こんな夜中に」
    《いや、俺もいきなりのことでさ、動転してるんだ。何をどう言ったらいいか》
    「アンタのコトはどないでもええねん! 何があったか早よ言わんかいッ!」
     苛立ち、声を荒げたエリザに、ゲートの怯んだ声が恐る恐る返ってくる。
    《す、すまん。えーと、……そうだ、結論から言おう。ロイドが捕まった》
    「ん?」
    《ロイドが、ゼロに捕まったんだ》
     突拍子も無いことを伝えされ、エリザは聞き返す。
    「……ちょとゴメンな、『ロイドがゼロに捕まった』っちゅうところがちょっと聞き取りにくいんやけど」
    《そう言ったんだ》
    「寝ぼけとんの? ソレともコレ、アタシの夢か何かか?」
    《こんな状況で寝られるわけないだろ。君もしっかり起きてるはずだと思う》
    「もっかい聞くで? ロイドがどうなったって?」
    《捕まった。ゼロに》
     何度も聞き返し、何の聞き違いも取り違いも無いと把握はできたが、聡いエリザでもこの状況はまったく、把握できなかった。
    「……どう言うコトか、一から説明してもろてええか?」
    《ああ》



     エリザから活版印刷の技術を伝えられたロイドは、すぐさま自分でも文字型を彫り、ゲートの紹介を経てゼロに謁見した。
    「やあ、えーと……」
    「ろ、ロイド・ゴールドマンです。ご、ご面前に、は、拝しまして、あ、あの、きょん、いえ、恐悦……」
    「いや、いや、かしこまった挨拶は結構だよ。こんにちは、ロイド」
     ゼロは――この数年、エリザに対していい印象を持っていないと言うことだったが――エリザの息子であるロイドに、この時点まではにこやかに接してくれた。
    「それで、今日はどんな用事かな? ゲートから、『すぐに見せたいものがあるんだ』と聞いてるけど」
    「あ、は、はい。こ、これになります」
     ぺこぺこと頭を下げ、ロイドは持っていたかばんから、自分が彫ってきた文字型を取り出し、ゼロに見せた。
    「……それは?」
     その瞬間、ゼロの穏やかだった顔に、何故か険が差す。
    「あ、あの、これ使て、あの、本、あの、できると……」
    「ちょっと、詳しく聞かせてもらおうか」
     おもむろにゼロが立ち上がり、ロイドの手をつかむ。
    「はひぇ?」
    「こっちに来てくれ」
    「は、ははは、はひ、わかりましっ、ましゅ、ました」
     目を白黒させ、恐縮し切っているロイドにチラリとも目を合わせず、ゼロは引っ張るようにして、謁見の間から去ろうとする。
    「お、おい? ゼロ? どうしたんだよ?」
    「……」
     ロイドを連れてきたゲートも無視し、そのままゼロは、ロイドと共にその場を後にしてしまった。



    《……で、どうしようも無いから一旦家に帰ったんだが、ついさっき、城のヤツから『ロイドの投獄と処刑が決定した』と》
    「待てやおい」
     エリザは喉の奥から声を絞り出し、ゲートに尋ねる。
    「ほんなら何か、文字型見せただけでゼロさんがキレて、ロイドを処刑しようって言い出したっちゅうコトか?」
    《そうなる》
    「ふざけとんのか?」
    《ふ、ふざけてない! マジなんだ! でも俺も、本当、何がなんだかさっぱりで》
    「アンタこのまま放っとくつもりやないやろな!? まさかなあ!? そんなワケ無いわなぁ!?」
     怒鳴るエリザに、ゲートもたじろぎつつも、しどろもどろにどうにか応じる。
    《なっ、なわけ、無いだろ? お、俺も今から城に行って、ゼロに確認しに行くし、処刑を止めるよう説得する。このままロイドが殺されるなんて、あってたまるかよ》
    「頼んだで。ほんで、城行くんやったら『頭巾』も持って行き。アタシも今から連絡入れる。3人で『お話』や」
    《分かった。……頼む》
    琥珀暁・雄執伝 5
    »»  2019.09.20.
    神様たちの話、第236話。
    エリザとゼロの争議。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     エリザはすぐさまゼロに通信を送り、極力穏やかな声色を作って尋ねた。
    「今ですな、ゲートさんから聞いたんですけども、なんですか、ウチのロイドが捕まったとか? いや、なんかゲートさんの勘違いちゃうかーと思って、ちょっと今、確認取らさせていただいておりますんやけどもな?」
     が、ゼロはにべもなく、通信を切ろうとする。
    《話すことは無い。夜分遅くに非常識じゃないかな》
    「あのですなー」
     苛立ちを抑え、エリザはなおもやんわりと尋ねる。
    「ウチの息子が捕まったって聞いたら、確認したなるんが普通とちゃいますのん? ゼロさんかてアロイくんとかクーちゃんとか捕まったって聞いたら、こうして確認入れはりますよね? そん時に常識や何や、言うてる場合やと思わはります?」
    《まあ、そうだね。うん。でも私から言うことは何も無い》
    「ありますやんな? ゼロさん自ら連行したて聞いてますねん、アタシ」
    《形としてはそうなる。しかし投獄を決定したのは……》
    「ゼ・ロ・さ・ん・で・す・や・ん・なぁ?」
    《最終決定と言う意味で言えば、私にある》
    「で・す・や・ん・なぁ?」
     威圧感をにじませたエリザの声に、ようやくゼロも、まともな答えを返してきた。
    《……投獄の理由が聞きたいと?》
    「勿論ソレもありますし、ソレが納得行かへんもんやったら、アタシは即刻釈放を要求しますで。説明も何も無しでいきなり処刑なんて、公明正大で通っとるゼロさんがやるはずありまへんやろからなぁ?」
    《分かった。……ちょうど今、ゲートも来たらしいから、みんなで話そう》

     ゲートが会話に加わったところで、改めてゼロから、今回の件についての説明が成された。
    《罪状は『重要機密の窃取、および漏洩』だ。ロイドは現在私が中心となって研究していた技術を盗み出し、公に広めようとしていた。だからそうなる前に私が警吏に命じ、投獄させたのだ》
    「重要機密?」
    《それについては知らせられない》
    《言わなきゃ何がなんだか分からん。俺にも話せないことなのか?》
     ゲートに突っ込まれ、ゼロは渋々と言いたげな口ぶりで説明する。
    《書類や書物の大量製造を可能にするための技術開発だ》
    「ん? ソレって……」
    《そうだ。君の息子が持ち出したのは明白だ。あまつさえ、それをわざわざ私に見せに来た。大方、罪の意識を感じて申し出たのだろう》
    「ちゃいます」
     エリザは声を荒げ、それを否定した。
    「ソレはアタシから、ロイドに伝えたもんです。ゼロさんがしとったコトは、あの子は何も知りませんし、アタシも知る術はありまへん」
    《じゃあ何故、あの子は文字型を持っていたんだ?》
    「アタシが作り方教えたからです」
    《君が重要機密を知っていた理由は?》
    「そんなもん、知りません。アタシがこっちで、自ら考えて作ったんです」
    《信じられない。有り得ないことだ》
    「何がですねんな? 文字型作るのくらい、こっちで木材と鉛があれば簡単にでけますやろ? ソレともアタシのアタマでこんなアイデア、思い付くはずが無いとでも言わはるんですか?」
    《……それは、……いや、……君なら、確かに、……君の経験と技術があれば、……有り得ないことでは、無いと、思う》
    「はっきり言うときますで。この技術はアタシがこっちで一から考えて、作り出したもんです。ゼロさんトコが何してたか、アタシもロイドも全く知りまへん。ゼロさんが思とるようなコトは、全くありまへんからな。事実無根です。
     ちゅうワケで即刻、無罪放免したって下さい」
     畳み掛けるようにまくし立てたエリザに、ゼロは何も答えず、ただただ無言の時が流れる。
    《おい、ゼロ。何か言えって》
     たまりかねたらしく、ゲートが促すが、ゼロは歯切れ悪く応じるばかりである。
    《要求は良く分かった。至極当然の要求だ。それは良く分かっている。
     しかし、……その、……彼を釈放すれば、彼が印刷技術を広めることは、自明だろう。だが、その……、私の方でも、……研究を進めていたこともあるし、携わった人間が納得してくれるか……》
    《あん? 単にエリちゃんの方が、思い付くのも実用化するのも早かったってだけじゃないか。それが何だって言うんだ?》
    《だけど僕が先に、……い、いや、私が、……いや……》
    《お前、もしかして先に実用化されたのが悔しいのか?》
    《そ、そんな、ことは……》
    《仕方無いだろ、そんなの。別に競争してたわけじゃないんだし、さっさと釈放してやれよ》
    《……いや……しかし……》
     なかなか同意しようとしないゼロに、エリザはしびれを切らし、ついに怒鳴り出した。
    「あのですな、ゼロさん? いつまでもロイドを捕まえとく、何がなんでも処刑するっちゅうんやったら、アタシもやるコトやりますで!?」
    琥珀暁・雄執伝 6
    »»  2019.09.21.
    神様たちの話、第237話。
    暴慮には暴策を。

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    7.
     エリザの明確な脅しの言葉に、ゼロの声が揺らぐ。
    「や、やること? だって? な、何をするって言うんだ?」
    《自分の息子がいつまでもいつまでも無実の罪で捕まっとって、アタシがこっちで素直にゼロさんの命令に従っとるワケ無いですやろ? アタシにとってはそんなんより息子の命の方が、1000000倍大事ですわ。
     もしゼロさんが今、『うん』て言わへんのやったら、アタシは即刻帰って、兵隊集めてけしかけるくらいのコトはさせてもらいますで!?》
    「そ、それは……」
     このやり取りを聞いていたゲートは、内心肝を潰す。
    (そりゃマジでまずいだろって、エリちゃん? お前がマジでそんなことしたら、遠征隊はめちゃめちゃになっちまう。シェロの一件からして、ハン一人で600人を統率するのはまず無理だ。ってかエリちゃんがマジで帰るっつったら、絶対100人か200人はそれに付いてくだろうし。そうなりゃ遠征隊が瓦解しちまう。
     それに、マジでエリちゃんが帰ってきて挙兵なんかしてみろよ? 賛同するヤツはかなり出て来るだろう。それこそ、軍に匹敵するくらいの数が揃うことは目に見えてる。そんなのと戦う羽目になったら……! 負ければそのままエリちゃんの天下だし、勝ったとしても、ゼロは英雄から一転、『自国民を虐殺したゲス野郎』になっちまう――その戦い、勝っても負けても、ゼロの評判は地に墜ちちまうぞ!?
     この脅しもあんまりにもあんまりな話だが、でもゼロ、お前だってこんなことに、いつまでも意地になってたって仕方無いだろ?)
     ゲートの懸念を、ゼロも抱いていたのだろう――ようやく、ゼロはエリザの要求に応じた。
    「……分かった。今回の件は、君の言うことを信じることとする。今から連絡して、ロイドは保釈させるよ。……だけど、その代わり」
    《なんですのん》
    「印刷技術に関して、山の北側で広めることはしないでもらえるとありがたい。いや、極力しないでもらいたい。私たちが進めていた研究が無駄になると、困る人間もいるんだ」
    「そんなのお前だけじゃ、……いや、何でも無い。保釈されるってんならそれくらいいいよな、エリちゃん?」
    《ええ、その条件で。ほんなら、よろしくお願いしますで》
    「ああ」
     ようやく話がまとまり、通信はそこで途切れた。
    「ゼロ」
     と、ゲートが声をかける。
    「お前らしくないな。何だよ、今回の話は?」
    「……何が?」
     疲れ切った目を向けられるも、ゲートは追及をやめない。
    「横で聞いてた俺でも、お前の言ってることもやってることも、かなり無茶苦茶だってことは分かったぞ? そもそも極秘の研究だって言うなら、それをどうしてロイドが盗み出せると思うんだ? あいつにそんな技術も度胸も無いぜ?」
    「念には念を入れただけだよ。君だって機密が漏れたと分かったら、相応の対処を講じるだろう?」
    「それにしたって子供一人に因縁付けて投獄するなんて、明らかにやりすぎだ。処刑なんてもっととんでもないぜ。どうしたんだよ、まったく?」
    「……君の言う通り、確かにちょっと、僕は過敏になっていたかも知れない。彼女から何か言われなかったとしても、恐らく、処刑は取りやめただろう。数日取り調べれば疑いも晴れただろうし、いずれ保釈もされただろう。
     冷静に考えれば、確かに行き過ぎた処置だったよ。ああ、冷静さ、今の僕は」
    「お前、昔っから嘘が下手だよなぁ」
     ゲートはため息混じりに、こう言い返す。
    「冷静に見えないぜ、今のお前は。……いや、もうアレコレ言うのはやめとく。ロイドは俺が連れて帰るぞ。紹介したのは俺だし。いいよな、ゼロ?」
    「ああ。連絡しておくよ」
    「……じゃ、おやすみ。夜分遅くに悪かったな」
    「おやすみ、ゲート」
     それ以上は互いに会話も交わさず、目線を合わせることもせず、ゲートはその場を後にした。
    琥珀暁・雄執伝 7
    »»  2019.09.22.
    神様たちの話、第238話。
    両雄の確執。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     話し合いから1時間後、ロイドから涙混じりの連絡があり、エリザはようやく安堵した。
    「ホンマにもう……」
    《ごめん、母さん、僕、こんなんなるなんて思わへんくって……》
     グスグスと涙声で謝るロイドに、エリザは優しい声をかけてやる。
    「アンタは何も悪ない。ゼロさんがアホみたいな勘違いしただけや。もう気にせんとき。……ああ、せや。ゼロさんからな、印刷技術に関しては山の北で広めんといてってお願いされたから、そっちでは誰にも言わんときや」
    《う、うん。分かった》
    「ま、南でどうのっちゅう話は無かったから、そっちは好きにしたらええやろけど。……でも、変やんなぁ」
    《って言うと?》
     尋ねたゲートに、エリザは疑問を述べた。
    「実際、アタシが印刷技術作ったワケやし、最初からゼロさん、アタシに相談するなり何なりしてくれたら、話は早かったんちゃうやろかと思うんやけども」
    《ふーむ……、確かにな。大体、『重要機密』って扱いも変だろ。そりゃすげえ技術だと思うけど、でもたかが製本技術だろ? 秘密にしとくような話じゃないと思うんだが》
    「せやねぇ……?」



     この疑問もゲートの調査により、1週間後に詳細が判明した。
    《どうやらな、ゼロは最近のエリちゃんの活躍っぷりが相当、悔しかったみたいなんだ》
    「アタシの?」
    《ほら、遠征隊の躍進も、ハンのって言うより、エリちゃんの手柄みたいに言われることがあるしさ。そうでなくても、山の南から来るヤツはみんな、ゼロよりエリちゃんの方を持て囃してるし。
     長いことこっちで王様だ、神様だって持ち上げられたせいか、ゼロもなんだかんだ言って、その気になってる節があるからな。その『カミサマ』が、もうひとりの『カミサマ』に人気を奪われたくないってことさ。
     で、印刷の件も、相談したらエリちゃんの手柄にされるかも知れないって思って、君に知られないよう密かに人を集めて、こっそり作ってたって話らしいんだよ》
     これを聞いて、エリザは首を傾げる。
    「ソレ、いつくらいからやっとったん? 少なくとも今年、去年の話やないやんな。だってアタシ、ココにいとるし。おらへんアタシを警戒するのも変な話やん?」
    《ああ。3年前からだってさ》
    「3年? なんでそんなかかるん? アタシ、アレ作るのんに1週間もかかってへんで?」
    《君ほど腕のいい職人はそうそういないし、ゼロだって毎度口出しできるほどヒマじゃない。そもそも機密って話だから、大掛かりにもできない話だろうし、合間合間でコソコソやってたんだろう。だからこその3年だろうな。とは言え、後もうちょっとで完成するところだったみたいだが》
    「あー……、そらまあ、確かに悔しいやろなぁ」
    《エリちゃん》
     と、ゲートが、どこか恥ずかしそうな声色で続ける。
    《すごいヤツとは勿論認めてるが、俺はハンみたいにゼロのことをカミサマ扱いしてないし、周りが何を言おうと、君も俺の中では、か、可愛い……その……ヨメさん……だ。だ、だからなっ、何が言いたいかって言うとだ、ゼロの肩を必要以上に持ったりしないし、君のことも等身大に応援する。いや、君が何かしたいって言って、それをゼロが止めに入ろうとしたとしても、だ。俺はその時、絶対、君の味方をする。
     そっ、それだけは、はっきり、言っとくからな》
    「……えへへ」
     エリザは自分の顔がにやけているのを感じながら、うんうんとうなずく。
    「うん、うん、ありがとな、ゲート。アンタにそう言ってもろたら、アタシ、めっちゃめちゃ嬉しいわ。……ホンマ、ありがと」
    《おっ、おう》
    「……ほなな。また連絡してや」
    《する、する。じゃ、じゃあな》



     この一件はどうにか収束したものの――これを契機に、ゼロとエリザの間には少しずつ、だが確実に、確執が深まっていった。

    琥珀暁・雄執伝 終
    琥珀暁・雄執伝 8
    »»  2019.09.23.
    神様たちの話、第239話。
    新任尉官、来る。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     双月暦24年5月、遠征隊の交代要員が北の邦に到着することとなった。
    「昨年、わたくしたちが訪れた頃より幾分早いご到着ですわね」
    「今年は暖冬だったらしい。南の方では」
     ハンとクーは談笑しつつ、沖の端にうっすらと見える船の到着を待ちわびていた。
    「だから出発は俺たちの時より1ヶ月以上早かったらしいんだ。とは言えこっち側の海に差し掛かったところで、寒気に阻まれたとか。……と言うようなことを、ここ数週間で聞いた」
    「どなたから? 父上からはここしばらく、通信を受けていないようにお見受けしておりましたけれど」
     尋ねたクーに、ハンは沖の船を指差す。
    「あの船の責任者からだ。……そうだ、クー。船が着く前に、いくつか注意しておくことがある」
    「注意ですって? あなた、また何かお小言を?」
    「いや、そうじゃない」
     ハンはぱた、と手を振り、話を続ける。
    「俺が言いたいのは、『相手に対して注意してくれ』ってことだ」
    「相手に? その、責任者の方にと言うことかしら」
    「そうだ。何と言うか……」
     ハンは首をひねりつつ、説明する。
    「かなり感情的と言うか気分屋と言うか、へんくつと言うか。話をしていて、やたら一方的にしゃべり倒したかと思うと、いきなり『じゃーね』って通信を切ってきたりする。正直言って、俺は相手したくないタイプだ」
    「あら……」
    「エリザさんだったら案外、気が合うかも分からんが」
     どことなく、げんなりした様子を見せるハンに、クーは恐る恐る尋ねてみた。
    「相手の方のお名前ですとか、階級や経歴はご存知ですの?」
    「ああ、名前はエメリア・ソーン。年齢と階級は俺と同じで、22歳の尉官。これまでクロスセントラル周辺の街道工事を手がけてたって話だ」
    「工事を?」
    「ああ。陛下からの紹介では、『沿岸部が君たちの影響により統治下に置かれたことだし、多少なりとも生活基盤を充足させる責任は、既に遠征隊が有してしかるべきことだと思う。だからこっちでそう言う仕事に長けてる人を新たに派遣するよ』と」
    「さようですか。でも、ハン」
     クーはハンの袖を引き、船を指差す。
    「それだけにしては、不釣り合いと存じられませんこと?」
    「と言うと?」
    「船の大きさです。わたくしたちが乗ってきたものとほとんど同じ、いえ、もしかしたらもっと大きいように見受けられますけれど、そんなに人員が必要でしょうか?」
    「うん? ……ふむ」
     クーの意見を受け、ハンも船の大きさを目測と指の長さとで測り、首を傾げた。
    「確かに大きいな。一回りか、二回りは。
     相当な人数を寄越してくれるのはいいが、確かに交代や工事なら、せいぜい200人程度のはずだ。だがあの大きさなら、こっちにいる600人と同数乗っていても、確かにおかしくない」
    「ねえ、ハン?」
     クーがもう一度、不安そうな顔をしつつ袖を引く。
    「わたくし、何か嫌な予感を覚えるのですが、本当にあれは、ただの交代要員と工事人員なのかしら」
    「それ以外、何があるって言うんだ?」
     いぶかしむハンに、クーは表情を崩さないまま、こう続ける。
    「お父様は、まさか、北の邦での戦線を拡大しようなどとお考えではないでしょうね?」
    「そんなはずは無い。有り得ない」
     ハンはきっぱりと、クーの不安を否定した。
    「元々遠征隊は、この邦と平和的な関係を築くために派遣されたものだ。その目的を歪めるようなことを、陛下がお考えになるはずが無い。
     それに、もし本当に、戦争を断行すると方針転換されたとしても、周囲が諌めないわけが無い。俺の親父だって、全力で止めに入るはずだ。何より陛下のお心が、そんな乱暴な手段を好まれるはずが無い。そうだろう?」
    「……であればよろしいのですけれど、本当に」
     ハンの意見を受けてもなお、クーが不安げな表情を崩すことは無かった。
    琥珀暁・新尉伝 1
    »»  2019.09.25.
    神様たちの話、第240話。
    剣呑エメリア。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     昨年ハンたちがそうしたように、やってきた船はまず沖に停泊し、そこから小舟が一艘、港へとやって来た。
    「どーも」
     小舟に乗っていた、ハンと同じ階級章を胸に付けた長耳の女性が、ぺら、と手を振って挨拶した。
    「君がシモン尉官でいいね?」
    「ああ、そうだ。ハンニバル・シモンだ」
    「私はエメリア・ソーン。エマでいいね。よろしくどうぞ。船はドコに留めたらいいね?」
    「港に誘導員を待たせてある。そっちの指示に従ってくれ」
    「どーも。……んで、そちらがクラム殿下でいらっしゃいますかね?」
     くるん、と顔を向けてきたエマに、クーは内心、ぞわりと嫌な感触を覚えた。
    (あ。直感いたしましたけれど、わたくしもこの人、苦手かも)
     一瞬言葉を詰まらせてしまったものの、どうにかクーは笑顔を作って応じる。
    「え、ええ。はじめまして、ソーン尉官。シモン尉官より貴官のお話は伺っておりますわ」
    「あ、そ」
     うやうやしいあいさつを2語で返され、クーは面食らう。
    「あの、ソーン尉官、それは」
     礼儀にうるさいハンが咎めようと口を開きかけたが、エマが先制する。
    「お堅いアレコレは結構。そう言うのめんどいんでね。私のコトもそちらのシモン尉官といつもやり取りしてる感じで話してくれればいいからね」
    「いや、しかし」
     再度ハンが反論しかけるが、これもエマはまくし立てて抑え込む。
    「君にしても、普段から彼女に対して『本日も御尊顔を拝しまして恐悦至極にございます』なーんて平身低頭してるワケじゃないだろ? 君とこの娘の距離感見てりゃ分かるね」
    「う……い、いや」
    「正直に態度晒すのといりもしない見栄張ってウソ付くのと、どっちが紳士的さ? 真面目な尉官殿ならどう答えるつもりかねぇ?」
     会ってから1分足らずの間に散々やり込められ、クーはただただ圧倒されていた。
    (かも、ではございませんわね。はっきり苦手な方です。なんだかエリザさんにも似ているような……)
     一方、ハンも初手から面目を潰されたせいか、素直にエマへ応じていた。
    「……そうだ。確かに君の言う通り、クラム殿下、いや、クーとは友人として親しくしている」
    「だろうね。そんなワケだから、私ともそーゆー感じでよろしく」
    「分かった。それじゃそろそろ、船を入渠させるぞ。問題無いな、エマ?」
    「ああ。じゃ、そーゆーワケだから、伝えといてね。よろしゅー」
     エマは乗っていた小舟に振り返り、部下に指示して、そのまま船へと戻らせる。
    「さてと」
     そこでもう一度くるんとハンに向き直り、エマは声を潜めつつ、ふたたび話し始めた。
    「皆が来る前に一度、コレだけは言っといた方がいいかなと思ってね」
    「うん?」
    「君らも何となく感じてるだろうけど、あの船、結構な人数が乗ってるんだよね」
    「ああ。陛下や軍本営からは、結局何名寄越すのか通達が無かった」
    「だろうね。そうしないと向こうの都合が悪いからね」
    「どう言うことだ?」
    「単刀直入に言おう。ゼロは、……ああ、いや、タイムズ陛下は、戦争する気になっちゃってるね」
     エマからとんでもないことを聞かされ、ハンは声を荒げた。
    「ば、……馬鹿な! そんなこと、あるわけが無いだろう!?」
    「声が大きい。みんなビックリするだろ? 黙って聞きな」
    「……ああ」
    「詳しいコトは後で説明するけども、ともかくこっちに寄越された600人はそーゆーつもりのヤツも大勢いるってコトを言っておきたかったんだ」
    「600人だと?」
    「無論、君が思ってるように、陛下は厭戦(えんせん:戦いを嫌うこと)派だった。いや、今も表面上は厭戦主義を採ってる。ソレは確かだ。……だからこそ今、君は戦うように仕向けられている。
     ソレが向こうの思惑だってコトは、まず第一に伝えておかなきゃと思ってね」
    「わ……わけが分からない」
     困惑した様子のハンに背を向け、エマはニヤッとクーに笑みを浮かべて見せる。
    「とりあえず疲れたしお腹も減ったし、でね。何かご飯とか無い、クーちゃん?」
    「く、クーちゃん? ですって?」
    「ソレとも殿下って呼ばれたい方?」
    「……クーちゃんで結構ですわ」
     憮然としつつも、クーはうなずいて返した。
    琥珀暁・新尉伝 2
    »»  2019.09.26.
    神様たちの話、第241話。
    ゼロの肚の内。

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    3.
    「で、ちゃんと聞かせてくれないか」
     一通りの受け入れ手続きが終わったところで、ハンはクー、エリザを交え、エマから本土の情報を聞き出していた。
    「どうして陛下は方針転換したんだ?」
    「変換はしてないさ。口でしゃべってる分にはね」
    「あー、そう言うコトか」
     エマの返した一言に、エリザが反応する。
    「つまり『戦いたくなんかないけどなー』『戦ってほしくないなー』言うてて、その一方で『でも現地の人らは戦おうとしてるんやんなー』『困ったなー勝手なコトしとるなーあー困ったなー』とも言うてるんやな?」
    「そーゆーコトだね。陛下は、君たちが勝手に戦線を拡大してるって喧伝してるのさ」
     エマがうなずいたところで、ハンが憤った声を上げた。
    「そんなわけがあるか! 俺たちは、いや、俺は一度もそんなことを陛下に申し上げた覚えは無い!」
    「君やエリザが何を言ったかなんて、中央の人間は知らないね。陛下が『あいつらが勝手に』って世間に言っちゃえば、ソレが公然の事実ってヤツになるだけさね。今更君が中央に戻って根も葉も無いウソだって釈明したところで、誰も信じやしないね」
    「くっ……」
     苦々しい表情を浮かべ、ハンが黙り込んだところで、クーが手を挙げる。
    「でもどうして、父上はそんなことを仰っているのでしょう?」
    「ある程度は私の想像が混じってるけども」
     そう前置きしつつ、エマは最近の事情を説明してくれた。
    「こっちの邦――中央じゃ『北方』って言ってるけど――で遠征隊が沿岸部を下したって話が、中央に評判を巻き起こしてるね。『エリザが北方でまたえらいコトした』とか、『エリザが北方を征服しようとしてる』とか」
    「アタシが? ……や、問題はアタシがどうのやないな。ゼロさんがソレで気ぃ揉んではるんやな?」
    「多分ね」
     二人のやり取りがよく分からず、クーが口を挟む。
    「あの、それはつまり……?」
    「つまりな――こないだゲートからも聞いたけども――ゼロさんはおもろくないねん、自分が評判に上がらへんちゅうのんが。
     そら確かに戦争はしたくないんやろな。ソコは本音やわ。でも一方で、このまま放っといてアタシに評判全部かっさらわれる形になったら、ソレはソレで腹立つんやろ。せやから『現場判断』に任す形で――言い換えたら自分の責任にならへん形で――遠征隊がこっちで戦果を挙げ、間接的に自分の評判が上がるコトを期待してはるんやろ」
    「そう言うコトだね」
     これを聞いて、クーの心にじわ、と嫌な気分がにじむ。
    「父上がそんなことを……」
    「もう結構なおっさんだからね。ソレなりに名誉欲も承認欲もムクムク膨れてきてるのさ。ましてや20年前には、英雄として名を轟かせた男だ。そんな男が今、世間の話題を別の英雄にかっさらわれてるんだから、気分は良くないだろうさ」
    「信じられませんわ……。そんなはしたないことをなさるだなんて」
    「俺もだ」
     ハンはぎゅっと拳を握り、エマに向き直る。
    「今からでも陛下に抗議する。俺はそんなことのために、この邦に来たんじゃない」
    「いいよ、やってみたら? 適当な理由付けて更迭されるだけだろうけどね」
     エマに切り返され、ハンは一転、目を丸くする。
    「なんだと?」
    「私がココに来た理由が、マジで煉瓦(れんが)敷くためだけだと思ってるね? 君がやだっつった時の代替要員だろ、どう考えても」
    「う……」
    「陛下にしたって、元々から君も戦闘を嫌がってるってコトは承知してるさ。ココでごねるコトは予想済みだろうし、そんなら別の人間を用意するだけさね。勿論言うまでも無いし君がそんなアホなコトやるなんてコレっぽっちも考えてないけども、仮に私を閉じ込めるか何かしたところで、他のヤツが任命されるだけだからね」
    「……やるしか無い、と?」
    「だろうね。しかも『自発的に』ね。陛下のお望みはソレさ」
    「……~っ」
     突然、ハンは席を立ち、椅子を蹴っ飛ばした。
    「陛下は……俺に、汚れ仕事を押し付けたって言うのか!? ふざけるなッ!」
    「本当、ふざけた話だと私も思うね。ま、だからこそ私が来たってコトでもあるんだけどね」
     そんなことを言い出したエマに、ハンはまたもぎょっとした顔を向けた。
    琥珀暁・新尉伝 3
    »»  2019.09.27.
    神様たちの話、第242話。
    彼女は何者?

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    4.
    「どう言う意味だ?」
     尋ねたハンに、エマは肩をすくめて見せる。
    「ココ最近の陛下が暴走気味だってコトは、中枢でソレとなくうわさになってるね。実際、アロイ皇太子や君のお父さんをはじめとして、事ある毎になだめてる始末さ。
     で、そのなだめてる連中の一人が、私を遠征隊第2中隊の隊長に推したのさ。どっちかって言うと穏健派だって評判らしいしね、私。実際、戦闘経験なんて無いし、訓練もあんまり出てないしね」
    「つまりあなたも、積極的な戦闘は避ける姿勢であると?」
     クーの言葉に、エマはニッと笑みを浮かべる。
    「自分からしなくてもいい戦闘仕掛けるなんて、アホのやるコトさね。そして私はアホじゃないつもりだね」
    「では……」
     安堵しかけたところで、エマがこう続ける。
    「でもね、ソレなりに戦果を出さなきゃ陛下は納得しないね。私がココに来て何の進展も無い、何の成果も出ないってんじゃ、ソレこそ陛下は隊長を軒並み罷免する。遠征隊も総取っ替えして、今度はもっと好戦的な連中が送られるだろうね。
     そんなワケで、エリザ」
     くるんと向き直り、エマが尋ねる。
    「君なら可能な限り最速で最低限の被害で、かつ、最大限の戦果を挙げる策を進めてるだろ?」
    「そらまあ」
     横柄とも取れるエマの態度に構う様子も無く、エリザもニヤッと笑って返す。
    「今年のはじめから色々やっとったコトが、着々実ってきとるからな。時期さえ来れば、いつでも行動でけるで」
    「君がやるんなら問題無さそうだね。……ま、私からの話はコレくらいだね。
     あ、あとさ、ハン。君の班に欠員出てたって話だけど、当面は私がサブで入るコトになったから。スライドする形で、マリアってのがポイントマン。ビートってのはそのまんま。ま、ポジションなんかどうだっていいけどね。だから第2中隊も、私が動かしてない時は君の命令に従うコトになる。ソレでいいね?」
    「あ、ああ」
     一通りまくし立て終え、エマは唐突に席を立った。
    「じゃ、私はこの辺で」「待ちいや」
     と、エリザがニコニコと笑ったまま声をかける。
    「アンタに聞きたいコトあんねけど」
    「何でもどうぞ」
    「アンタ、いくつや言うてた?」
    「22」
    「ホンマ?」
    「ウソついてどうするね?」
    「……まあええわ。あともういっこ聞くけど」
    「どうぞ」
    「モールって知らん?」
    「なにそれ?」
    「ん……。知らんならええ」
     エリザからの質問がやんだところで、エマは「もういい? じゃーね」と言って、そのまま部屋を出て行った。
    「どうしたんです?」
     尋ねたハンに、エリザが首をかしげたまま答える。
    「いやな、なーんか話し方やら態度やら、アタシの師匠そっくりやなと思てな」
    「師匠? 確か、モールと言う方だと聞いた覚えがありますね」
    「せや。評判も聞いたコトあるやろ?」
    「一応は、親父から。かなり偏屈で気分屋だが、陛下に並ぶ『魔法使い』であったと」
    「まあ、大体そんなトコやね。アタシ、どうもあの子、師匠の娘かなんかちゃうんかと思たんやけど、22歳やったら計算合わへんねんな。アタシと旅しとる時辺りに産まれたコトになってまうし」
    「そんなに似てるんですか?」
    「まるで本人ちゃうかっちゅうくらいな。……ま、そのうちはっきりさせたるわ。
     あの子が言うた通り、今は計画も詰めの段階に来とるからな。ココでいらん諍(いさか)い起こしてワヤにしたないし、アタシはそっちに集中するわ」
    「承知しました。ところで……」
     ハンは部屋の扉をチラ、と見て、エリザに尋ねる。
    「彼女の身辺調査を行っておきましょうか? 今まで聞いた情報はすべて、彼女の口から出た話でしかありませんし、彼女が何らかの理由から嘘をついている、と言う可能性も少なくないでしょう。それを抜きにしても、どの程度信頼できる相手かどうか見定めないことには、連携の取りようがありませんし」
    「せやな。……や、ソレはアタシがお店の子使てやるわ。同じ隊長のアンタが主だってそんなコトしとったら、角が立つやろ。シェロくん時の二の舞になりかねへんで」
    「確かに。では、そちらもお願いします。その他に、俺やクーの方で動けることはありますか?」
    「んー……」
     エリザはメモをめくり、首を横に振った。
    「や、今んトコは特に何も無いわ。あの計画動かすんは今月の末やから、今まで通りソレに向けて、しれっと訓練と誘導さしとくくらいで」
    「つまりこれまで通り、と」
    「そう言うこっちゃ」
    琥珀暁・新尉伝 4
    »»  2019.09.28.
    神様たちの話、第243話。
    エマの経緯。

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    5.
     エリザが店の人脈を使い、エマのことを第二中隊の兵士たちからそれとなく聞き込み調査した結果、以下のことが判明した。
    「まず、コネ的なもんはほぼ無いわ。マジもんの実力で20歳の時、尉官に任命されたらしいわ」
    「それは――俺が言うのもなんですが――相当な出世ですね」
     驚くハンに、エリザが苦笑して返す。
    「アンタも確かに実力派は実力派やけど、ゲートの口添えがあったんは確かやからな。せやけどエマの場合、ソレもあらへんねん。
     アンタも知っての通り、今の軍やらゼロさんの周りやらで偉くなろう思たら、誰かしら権力者層の後ろ楯があらへんと、どないもならん。無ければ100匹バケモノ倒そうがものすごい魔力持ってようが、行けて上等兵か、曹官止まりや。事実、今おる尉官や佐官はゲートやらパウロさんやら、ゼロさんの側近の人らとつながっとるからな。
     せやけど、エマの場合はソレが無いねん。や、厳密に言うたら声は掛けられたらしいんやけども、……まーコレが傑作でな」
    「と言うと?」
     尋ねたハンに、エリザがクスクスと笑いを漏らしながら答える。
    「アンタが知ってるかどうか知らんけど、オテロっちゅう将軍おるねんけどな」
    「聞いた覚えがありますね。第4次ウォールロック北麓戦や第7次サウスフィールド戦で戦功を挙げた……」「ソレはええねん。人となりはどないや?」
    「ん、ん……」
     問われて、ハンは言葉を濁す。
    「俺自身は会ったことが無いので何とも言えませんが、良い評判は、あまり……。親父からも『あいつは女関係に汚い』と」
    「ソレやねん」
    「つまり、口説かれたと?」
     ハンの言葉に、エリザはいよいよ笑い転げた。
    「アハハハ……、らしいわ。でもな、どうもエマ、ソコでひっぱたきよったらしいねん」
    「なっ……? 仮にも将軍を、尉官がですか?」
    「エマのあの性格やったら、相手がゼロさんくらいの大物でも、やらしく口説かれたら蹴飛ばすやろな。ま、つまりそう言うヤツらしいわ。正直、ソレで軍での居心地は悪うなったっぽいけどな」
    「つまりここへ送られたのは、半分左遷だと?」
    「ソレもあるやろし、もう半分はホンマに道路整備と戦争準備やろな。……あー、と。話戻すけども、つまりコネについてはエマの方から全切りしよったらしいわ。部下の子らが言うてたわ、『自分から昇進の道潰しよった』っちゅうてな」
     と、ここでエリザは一転、神妙な顔をする。
    「でもな、ソコが妙やねんな」
    「と言うと?」
    「オテロさんひっぱたいたんは船出の半年前――つまり今から1年近く前の話らしいんやけど、その前はなんちゅうか、割と狡(こす)い子やったらしいわ」
    「狡い?」
    「偉くなるためには何でもするような、いけ好かんヤツやったっちゅう話や。さっきも言うた通り、偉くなろう思たら誰かしら偉いさんと関係持たなアカンからな。その当時のエマやったら、オテロさんの誘いに乗ってもおかしないヤツやったっちゅううわさもあるねんな。
     ほんでもっと詳しく聞いたら、どうもその前に、事故でケガしたらしいねん」
    「ケガを?」
    「せや。自分が敷いとった煉瓦道を検査で歩いとったら、煉瓦が崩れてそのまんま崖下まで転がってしもたらしいんよ。頭も打ったらしゅうて、1ヶ月くらい病院におったらしいわ。で、性格が変わったんも大体その辺りからちゃうか、と」
    「頭を打って性格が変わった、ですか。……なんだか胡散臭い話ですね」
     そう返したハンに、エリザも苦笑して見せる。
    「同感やね。ともかく、あの子にウラらしいウラは無いわ。誰かの差し金っちゅうようなコトも、まず考えられへん。となればアンタへの態度や進言は、あの子自身の損得にしかならん。ソコから言うたら、ウソつく意味が何もあらへん。アンタ怒らしたってしゃあないからな。せやから、言葉通りに聞いてええやろと思う。あの子が話した内容はほぼほぼ、あの子が言うた通りに判断して間違い無いやろな。
     で、コレはアタシ個人の意見やけども、あの子自身を信用するかせえへんかっちゅうたら、今はまだ、とりあえずっちゅう感じやね。よっぽど胡散臭いコト言い出さん限りは問題無いやろ」
    「ふむ……」
     特に反論する気も起きず、ハンはこくりとうなずいた。
    「エリザさんの言うことですからね。俺はそれを信頼してます」
    「そらどうも」
    琥珀暁・新尉伝 5
    »»  2019.09.29.
    神様たちの話、第244話。
    双月暦24年度北方計画。

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    6.
     第2中隊が到着してから一週間後、改めてハンとエリザ、クー、そしてエマの4人で、今後の計画について話し合われた。
    「まず、私の本来の仕事の話だけど」
     そう切り出し、エマが話を始める。
    「当初、資材の確保ができ次第、まずは沿岸部の主要な街道に――つっても1本だけどさ――煉瓦敷いて整備してこうかって話してたんだけどさ、現状の生産能力だと、その道完成させるのだけでも1年かかるんだよね。だからその計画進めるには、まずは煉瓦の生産設備が増設・増強されなきゃ話にならないねって言ってたんだけど……」
    「現状で既にいっぱいいっぱいやねんな。工房も人手も原料も燃料も、なんもかんも足らんし。アンタの言う通り進めようとしたら、30倍くらいに規模拡大せなアカンねんけど、そんなん現実的に無理やん? せやからとりあえずは砂と砂利引くくらいでええんちゃうかって提案してん」
    「で、その案で行くコトにしたね。ぶっちゃけ、現状でソコまでしっかりした道作ったってあんまり意味無いからね。その上を通るのなんてせいぜい荷車くらいだし、煉瓦道みたいな頑丈な作りにする必要無いだろって話だね。煉瓦と比べたら砂利も砂もあっちこっちで採れるし、ソレで道路工事進める。煉瓦は街の中だけに敷くに留めるコトにするね。ソレだけなら現状の設備でまかなえるし。
     で、次は戦争の話だけど」
     エマの言葉に、ハンは表情を曇らせる。
    「まあ、考えなきゃいけないよな」
    「陛下の本意だしね。でもコレも今、計画進めてるトコだろ?」
    「せやね」
     エリザが応じ、そのまま説明に入る。
    「西山間部における反帝国勢力――ミェーチ軍団と豪族さんらやね――の総勢は500くらいや。一方で帝国西山間部方面軍の兵力は1000、西山間部5ヶ国の各兵力は300ずつになっとるらしいわ」
    「いずれも300名なのですか?」
     尋ねたクーに、エリザはうなずいて返す。
    「せや。ちゅうのも、帝国さんからのお達しのせいらしいな。『300人以上兵隊増やすな』て、制限かけとるらしいわ」
    「反乱が起こった場合、鎮圧を容易にするためでしょうね。1000対300なら、十分可能でしょうし」
    「まあ、そう言うこっちゃ。沿岸部ん時は帝国本土から遠くてヒトがよお送れへんっちゅうのんもあったし、『賤民がなんぼ来たかて相手になるか』的なコト考えとったみたいで、ソコら辺の規制は緩かったけどな。
     一方で帝国本土に近い西山間部は、がっちり規制かけてはるらしいんやけど、その規制が今回、仇になっとるな」
    「確かに。対外勢力をまったく考慮していない構成ですからね」
     ハンの言葉に、エマがニヤッと笑う。
    「おかげで私らは随分楽できるってワケさ。でもエリザ、帝国のヤツらってまさかまだ、私らに対して対策してない感じなの?」
    「やってはいはるらしいけどな。でも今までの方針からぐるっと転換しとるようなもんやから、足並みは全然揃てへんみたいやで」
    「『帝国は覇権国家であり、敵国や敵勢力など一切存在しない』との考えでしたね、確か」
    「ソレを慌てて、『敵国が攻めてきた』とか言い出してるんだろ? 無様もいいトコだね」
    「ま、そんなこんなで、未だに沿岸部へ攻め入る算段すら付いてへんっちゅう話や。相手がまごついとるんやったら、アタシらにとっては好都合や。
     さっきも言うた通り、帝国軍以外の西山間部5ヶ国の各兵力は300ずつや。コレを各個撃破する形で進めようと思とるんやけども……」
    「けども?」
     尋ねたエマに、エリザは肩をすくめて返す。
    「まともにぶつかり合うたら、犠牲は出るわな。そんなん嫌やろ?」
    「理想論だね」
    「理想は大事やで。ソレに、人心掌握っちゅう観点からも重要やしな。『人殺しが征服に来よった』なんて思われたら、統治もクソも無いやろ?」
    「そりゃま、そうだね」
    「そもそも遠征隊は『友好的な関係を築く』っちゅう目的やし、ゼロさんも口ではそう言うてはるんやろ? せやからココは、ちょっとひねって攻めるつもりや。そのために色々準備しとったんやからな」
     エマにそう返し、エリザはいつものように、ニヤッと笑って見せた。

    琥珀暁・新尉伝 終
    琥珀暁・新尉伝 6
    »»  2019.09.30.
    神様たちの話、第245話。
    お国柄、お家柄。

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    1.
     双月暦24年5月下旬、エリザは数人の丁稚とロウを伴い、ふたたび西山間部を訪ねていた。
    「どないでっか?」
    「どう、とは?」
     この数ヶ月に渡り、旺盛な食欲を十二分に満たし続けることができたらしく、以前に比べて明らかに顔色の良くなったミェーチに尋ね返され、エリザはニコニコ笑って返す。
    「まず第一、ダリノワ陛下にお願いして、他の豪族さんらとも連携取られへんかって言うてた話ですけども」
    「問題無く進行しているようだ。傍から見ている分には、意外なほどすんなりまとまったと言う印象であるな。同じ帝国に狙われる身ではあるものの、お互い覇を競う間柄、そう簡単に手を組もう、連携しようなどと話がまとまりはすまいと思っていたのだが……」
     ミェーチはそこで破顔し、肩をすくめる。
    「事情はどこも同じであったのだろう。女史がかねてから提示していた諸条件――扶持と礼金、そして魔術指南を告げたところ、いずれも多少なり逡巡はあったが、結局はその条件を呑むことで協力を得ることができた」
    「上々ですな。ほんで、兵隊さんは全部で何人くらいに?」
    「豪族だけでも、総勢300と言うところである。吾輩の軍団を合わせれば、500に届くだろう」
    「そんだけいてはるんやったら、今後の作戦には十分ですな。で、もういっこ頼んでたんはどないでしょ?」
    「そちらも問題無い。……と言うか、吾輩には依頼内容自体に問題があるように感じるのだが」
    「前にも説明しましたやん」
    「う、うむ。勿論承知しておる。だが、不安が無いわけでは無い。言わば遊び呆けているようなものではないか」
    「ソコんところも詳細に説明しましたやん。戦うより仲良うする方が、っちゅうて」
    「うむ……うーむ」
     納得行かなさそうな表情を浮かべるミェーチに構わず、エリザは話題を変える。
    「ほんで、あっちの方はどないでしょ?」
    「うん?」
    「娘さんとお婿さんの話です。仲良うしてはりますか?」
     エリザがその話題を出した途端、ミェーチは一転、顔をほころばせる。
    「うむ、万事円満なようである。先日、ついにシェロより『此度の作戦が成功した暁には式を挙げる』と約束を取ってな」
    「あら、よろしいやないですか。おめでとうございます」
    「うむ、うむ。……あ、ときに女史」
     と、ミェーチが首を傾げつつ、こんなことを尋ねる。
    「そちらの邦では、夫婦とも元々の姓を名乗るものなのか?」
    「はあ、そうですな。……ん?」
     これを受けて、エリザも首を傾げる。
    「っちゅうと、おたくさんは違うんですか?」
    「うむ。夫の姓を名乗るのが慣習となっておる。が、家督を継ぐなどする場合には、その限りではないのだが。此度も吾輩の家を継いでもらうものと考えておったが、もしシェロの血筋が格ある名家であったなら、不都合もあろうかと考え、一度打診したのだ。ところがシェロの奴、妙な顔をしてな。『何故名を変えねばならぬのか』と問い返されてしまった」
    「はー……、そうですな、そらアタシも変な顔してまいますな。ちょっとこっちではあらへんような考えですわ」
    「左様であるか。では家を継ぐとしたらどうするのだ?」
    「兄弟姉妹がいてたら、分けっこですな。一人やったりいてへんかったりやったら、血筋の他の者にっちゅう感じですわ。ソレでもアカンかったら養子とかですな」
    「ふーむ……。吾輩の縁者は娘だけでな。妻も天涯孤独の身であったそうだし、本人も既にこの世におらん。となると二人に頑張ってもらわねばならんな」
    「そうですな。……あら? ちゅうコトは、ソコら辺の段取りはウチら式にやるっちゅうおつもりです?」
     エリザに尋ねられ、ミェーチは深くうなずく。
    「うむ。『舶来品』の方が何かとめでたくもあろう。それにこちらの慣習なぞ、結局は帝国の都合で作られたものばかりだ。我々に様々な辛苦を与えこそすれ、幸福などこれっぽっちも享受できぬ悪法ばかり押し付けるものであるからな。こちらから願い下げと言うものだ」
    「さいでっか」
     フンフンと鼻息荒く帝国を非難するミェーチに、エリザは薄く笑って返した。
    琥珀暁・狐略伝 1
    »»  2019.10.03.
    神様たちの話、第246話。
    豪族連合。

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    2.
     ミェーチと話している間に、会議の準備が整ったらしい。
    「女将さん、団長さん、用意ができました。こちらにどうぞ」
    「ありがとさん」
     使いの者に連れられ、二人は会議の場へと向かう。と、エリザが使いの肩をトントンと叩き、ニヤニヤ笑いながら尋ねる。
    「どないや?」
    「え?」
    「アタシは誤魔化されへんで? アンタ、こないだ指輪してへんかったやん。跡着いとるで、指」
     指摘された途端、相手の顔が熊耳の先まで真っ赤に染まり、慌てて手を隠す。
    「えぅっ、……あ、あー、こ、これは」
     その手にポン、と手を置きつつ、エリザはこう続けた。
    「お相手はどちらさん? や、当てたろか。隠そうとしたっちゅうコトは、村の娘とちゃうな?」
    「あっ、あっ、あわわ」
    「ああ、ああ、無理に言わんでええで。どの道、半月もしたらおおっぴらにでけるやろしな。そのつもりであの『お願い』やってもろてるんやし」
    「あっ、ええ、そうですね。あの、俺、……が、頑張ります、俺」
    「うんうん、よろしゅう」
     相手はかくんかくんと首を振って踵を返し、先導を再開する。そのやり取りを眺めていたミェーチもエリザ同様、ニヤニヤと笑っていた。
    「かっか、何とも青々しいものよ。傍で見ていて微笑ましいわい」
    「ホンマですなぁ」
    「はぅぅぅ……」
     その後、彼は一度も振り返ることなく、エリザたちを案内してすぐ、そそくさと離れていった。

    「遠方からはるばるご足労である、女将殿」
     部屋にエリザが入るなり、円卓に着いていたダリノワ王が立ち上がり、深々と頭を下げる。
     対するエリザもぺこ、と頭を下げ、挨拶を返す。
    「ご無沙汰しとりました、陛下。……っと、他の皆さんとは初対面ですな。アタシはエリザ・ゴールドマンと言います。南の邦から遠征隊と共に参りました。こちらではお店やら何やらを細々やっとります。よろしゅう」
     そう述べてもう一度頭を下げたところで、ダリノワ王と同様に席に着いていた、豪族の王たちが口を開く。
    「エリザと申したか、女史のうわさはかねがね聞き及んでいる」
    「絶世の美人と伺っておったが、なるほどなるほど、実に見目麗しい」
    「うわさに違わぬ美貌であるな。いや、眼福である。良き目の保養だ」
    「あらどーも」
     称賛を受け、エリザはにこりと微笑んで返していたが、別の者たちがこんなことを言い出す。
    「しかしわしが聞いていた限りでは、恐ろしき手練手管を用いる毒婦であるとか。左様には見えんな」
    「然り。どんな女丈夫がやって来るかと思っておったが、ただ乳がでかい程度の女ではないか」
    「一体どんな寝技でダリノワ王を口説いたやら。わしもあやかりたいものだ」
    「はあ」
     エリザはニコニコと笑みを浮かべたまま、左手をすい、と挙げる。
    「ほなちょっとお休みしはります?」
    「おう? 話が早いのう、ひひひ」
     その王がニタニタと下卑た笑いを浮かべたところで、ダリノワ王がさっと顔を青ざめさせる。
    「ち、ちと、カリーニン王よ。悪いことは申さぬ。謝った方が良いぞ」
    「うん? 何を怯えておる、ダリノワ王? こんな女一人に何を恐れ……」
     言い終わらないうちに、彼は白目を剥き、ばたん、と音を立てて卓に突っ伏した。
    「なっ……」
     突然のことに、他の王たちも目を丸くし、騒然となる。ダリノワ王も苦い表情を浮かべ、ぽつりとつぶやく。
    「……だから言ったのだ。阿呆な奴め」
     ただ一人、エリザはニコニコと笑顔を絶やさず、こう言ってのけた。
    「何や寝言抜かしたはりましたから『おねんね』さしたりましたわ。他に眠いなー、夢見たいなーっちゅう方いらっしゃいます? アタシの『寝技』、めっちゃ効きますで?」
    「……け、結構」
    「つ、謹んで遠慮申し上げる」
    「では、か、会議を始めよう」
     エリザの威圧で、王たちは完全に恐れをなしたらしく、これ以降、軽口や下卑た冗談を言う者はいなかった。
    琥珀暁・狐略伝 2
    »»  2019.10.04.
    神様たちの話、第247話。
    西山間部方面作戦。

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    3.
     すっかり怯んだ王たちを前に、エリザはいつも通りにニコニコと笑みを浮かべながら、話を切り出した。
    「ほな早速、西山間部の侵攻作戦のお話しましょか」
    「あ、女史」
     と、一人がおずおずと手を挙げる。
    「なんでしょ?」
    「その話をする前にだな、その、さもしいと思われるかも知れんが……」
    「ああ」
     言わんとすることを察し、エリザはうなずいて返す。
    「皆さんに提示しとった条件がホンマかどうかっちゅうコトですな。ソレは保証します。計画完遂までご飯は支給しますし、おカネも相応にお支払いします。魔術についても、計画には必須ですからな。十分な指導を約束します」
    「うむ、大変ありがたい」
    「他に聞いときたいコトはあります? とりあえず今んトコ無い感じでしたら、アタシからのお話を進めさせてもらいますけども」
     一瞥し、誰も手を挙げないことを確認して、エリザは再度、計画の説明を始めた。
    「本作戦の主眼ですけども、コレは一般に『西山間部』と言われる5ヶ国、つまりハカラ王国、レイス王国、オルトラ王国、スオミ王国、イスタス王国の各支配地域をアタシらが奪うコトにあります。
     で、コレは特に留意していただきたいコトなんですけども、あくまでその5ヶ国の支配権をアタシらが奪い、代わりに統治するコトが重要であって、その国の人らを蹂躙しよう、虐殺しようなんちゅうコトはする必要はありまへんし、されても困ります」
    「うん……?」
     エリザの本意が今ひとつ汲み取れていないらしく、どの王たちもけげんな表情を浮かべている。それを受け、エリザはこう続けた。
    「そもそもアタシら、つまり南から来た遠征隊の目的は、この邦の人らと円満かつ有効的な関係を築くコトにあります。である以上、帝国さんみたく力ずくで支配するっちゅうようなコトは考えてませんし、するつもりもありまへん。協力いただく皆さんに対しても、同様に行動していただきたいと考えとります。
     ソレが嫌や、帝国と同じように他人を踏みつけて君臨したいっちゅう人がいるのであれば、協力はいりません。この場で退出していただいて結構です。ただし」
     そこでエリザは笑うのをやめ、薄くにらみつけた。
    「そんな人らはアタシらにとっては結局、帝国さんと同じ輩と見なしますし、同じように攻撃対象と見なすだけです。そして遠征隊の実力と実績を、いえ、アタシのコトを十分にご理解いただけとったら、ソレがどんな結末を迎えるコトになるか。ソレをよーく考えた上で、行動・発言するコトをおすすめしますで」
    「う、うむ、委細承知しておる」
    「安心召されよ、そのような肚は、全く無い」
    「然り。心配無用である」
     居並ぶ王たちが顔をこわばらせつつもうなずいたところで、エリザは元通りに笑みを浮かべる。
    「であれば、問題ありまへんな。本作戦においても、必要以上の敵対はしないようにお願いします」
    「と言うと?」
    「相手が投降するのであれば、そのまま拿捕する方向で。敵や言うてすぐ殴る、すぐ殺すっちゅうのんは、極力無しです。もっとも、相手が徹底抗戦するっちゅう態度取ってきたら、とことんかましたってええですけどな」
    「今一つ合点が行かぬ。女史は我々に結局、何をどうしろと?」
    「具体策はおいおい話していきます。とにかく念頭に入れてほしいのんは、『自分たちは極悪非道の帝国なんかとちゃうぞ』と、相手に思わせるコトです。ワルモノは帝国、自分らはその反対に位置しとるんやでと、敵にも、敵の下におる人らにも、そう思わせるんです。
     ソレこそが今回の作戦において、最大限の効果を発揮します。でなければ今までの戦いと何も変わりまへんし、結果も一緒です」
    「うむむむむ……?」
     エリザの抽象的な言葉に、王たちは一様に神妙な顔を並べるばかりだった。
    琥珀暁・狐略伝 3
    »»  2019.10.05.
    神様たちの話、第248話。
    帝国属国の内部事情。

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    4.
     ハカラ王国の首都、ボリショイグロブ。この国は西山間部最北に位置しており、そのさらに北に点在する豪族らとの戦いの、最前線ともなっている。
     近隣の山々を知り尽くし、多方向から攻め込んでくる豪族に対抗する必要があるため、この国には他の各国よりも「機動力」が求められており、馬の飼育が盛んとなっている。
     当然、首都であるこの街には、あちこちに馬が繋がれており――。

    「臭いのう。獣臭がぷんぷんと臭うわ」
    「は……申し訳ございません」
     いかにも偉そうな格好と態度の男が、城の中から外を見下ろしながら、鼻をつまんで見せている。
    「屋内におっても、この臭さ。まったく垢抜けんところだわい」
    「汗顔の至りです。閣下御自ら、こんな僻地に足をお運びいただき……」
    「まったくだ。もう少しでもお前たちが役に立っておれば、このわしがこんな下賤な土地にまで来る必要など……」
     殊更にへりくだるこの城の主を、男は明らかに見下し、つらつらと罵倒の言葉をぶつけている。
    「そ、それで将軍閣下、今回のご用件をまだ伺っておりませんが」
    「うん? おお、そうであったな。いやなに、最近の豪族どもの動向が沈静化しておると聞いて、視察に参った次第である。本営の中には『とうとう我々に恐れをなしたか』などと楽観視する阿呆もおるが、わしは何らかの企みがあるものとにらんでおるのだ。故に豪族どもとの戦いの、最前線であるこの国を訪ねたのだが……」
    「はあ……。確かにここ数ヶ月、彼奴らと接触・交戦したと言うような報告は寄せられておりません。至って平和です」
    「それが臭い」
     そう切り返し、将軍はもう一度、窓の外に目をやる。
    「昨年の暮れまで跋扈しておった者どもが、こちらが何をしたわけでも無いのに、ぱたりと攻勢の手を止めるなど、何かしら企んでおるに違いない。であるからして、この周辺の警戒強化と共に、入念な偵察を行うよう命ずる」
    「御意」
     城主が平伏し、深々と頭を下げたところで――城に詰めている兵士が、慌てた顔で入ってきた。
    「た、大変です!」
    「なんじゃ、騒々しい。ここでは馬だけでなく、兵士もひぃひぃと鳴くのか」
    「し、失礼いたしました」
     城主はもう一度頭を下げ、兵士を叱る。
    「話の途中であるぞ! 一体何の用だ!?」
    「申し訳ございません! しかし今、襲撃を……」
    「襲撃だと!?」
     報告を聞くなり、将軍はかっと目を見開いた。
    「豪族どもか!?」
    「た、多分そうであると……」
     口ごもる兵士に、将軍は顔を真っ赤にして詰め寄る。
    「はっきり言えッ!」
    「あ、あの、攻撃と、多分、その、思うのですが」
    「ええい、ごちゃごちゃと! まず、何が起こっているのか言わんか!」
     散々怒鳴られ、兵士はぺこぺこと謝りつつ、しどろもどろに説明する。
    「し、失礼しました。ま、まずですね、城下町を巡回していた兵士が次々倒れまして、その端から、豪族と思しき者たちが現れ、縛り上げておりまして」
    「次々倒れて? いきなりか?」
    「そのそうです。しかし矢を射られた様子でもなく、突然、ばたりと。私も眼の前で、同僚がそうなるのを目にしまして、とっさにこちらまで戻りました」
    「ふむ。下手に助け起こそうものなら、お前も恐らく同じ目に遭っていただろう。その点は評価してやろう。だが豪族どもを一人も相手しなかったのか? やけに身なりが整っておるが」
    「もっ、申し訳ございません。多勢に無勢で……」
    「まあ良い。ともかく、敵に攻められているのであれば、こちらも打って出るだけの話だ。即刻兵を集め、迎撃せよ」
    「御意」
     城主はもう一度平伏し、兵士に命じた。
    「急いで集めてくれ。元々、兵士は首都に100名しかいないし、短期決戦を仕掛けられたら持ちこたえられんからな」
    「はっ!」
     兵士が敬礼し、その場を去ったところで、将軍がけげんな目を城主に向けた。
    「100名だと? 本軍より貴国には、常から300名を抱えておくよう命じられていたはずだろう?」
    「籍を置いているのは確かに300名なのですが、なにぶん、我が国もそう豊かではないので、常に城へ召し抱えるわけには……。残り200名は非正規兵、いわゆる民兵として通常は農村部におり、有事の際にのみ召集するようにしておりまして」
    「……まあ良い。いくらなんでも、100名すべて敵の手に落ちると言うことも無かろう」
    琥珀暁・狐略伝 4
    »»  2019.10.06.
    神様たちの話、第249話。
    王国の反撃作戦。

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    5.
     30分後、城の大広間に集められた兵士を見て、将軍は苦い顔をした。
    「なんと! 30名もいないではないか!?」
    「申し訳ございません。思った以上に敵の動きが早く……」
    「ま、まあ良い。して、敵の動きは?」
     将軍に尋ねられるが、集まった兵士たちは一様に、首をかしげて返す。
    「それが……」
    「我が軍の者を拘束しては、どこかへと消えるばかりで……」
    「足跡を追おうにも、却って敵の罠にはまるようなものでして」
    「打つ手が無く、やむなく逃げ回るしかありませんでした」
    「ぐぬぬぬ」
     情けない返答に、将軍は顔を真っ赤にして怒鳴る。
    「役立たずどもめ! そんなしょぼくれた顔を並べて、それでもお前ら兵士のつもりかッ!」
    「も、申し訳……」
    「申し訳無い、申し訳無いと、いい加減聞き飽きたわ! 少しは申し訳をしてみたらどうだッ!? まったく、最前線が聞いて呆れるわい! 少しくらい、気骨のある奴はおらんのか!?」
     将軍は兵士たちと、その前でしょんぼりと立ちすくむ城主をにらみつけつつ、状況を整理する。
    「ともかく、このまま城に閉じこもっておっても、形勢が不利になるばかりだ! 早急に、何か手を打たねばならん。
     とは言えだ、そもそも敵が現れては引っ込み、強襲しては隠れるなどと言う卑屈な戦法を取ると言うことは、正面切って戦闘を仕掛ける度量も戦力も持っておらんと言うことだ。であればこちらが頭数を揃え、しらみ潰しに城下町を探れば、容易に撃退し得るだろう」
    「と言うことは……」
    「うむ。わしは部下と共に、帝国西山間部方面軍基地へ向かい、応援を呼ぶ。お前たちは城を守るとともに、農村を周って民兵を集めるのだ」
    「御意」

     将軍とその部下たちはボリショイグロブを抜け、南へと向かおうと試みた。ところが――。
    「なんだ、あれは!? とんでもない数ではないか……!?」
     武装した者が多数たむろし、道を塞いでいたのである。その厳重な封鎖線を目にし、将軍はうなる。
    「ぬぬぬ、考えおったな……。帝国本軍へ応援を要請する者がいるだろうと踏んで、こちらに大人数を割き、封鎖を仕掛けおったのか。なるほど、特に用事が無い限り、本軍がこんな田舎に足を運ぶはずも無し。一方で、王国からの知らせが無い限り、この異変に気付く者もおらん。こうして封鎖してしまえば、その芽を摘めると言うわけだ。
     このわしにしても、今回は半ば叱咤目的で来たわけであるし、大して手勢を率いておらん。……この人数では、あれだけ重厚な封鎖線を突破するのは不可能だ。戻るしかあるまい」
     苦々しい顔で封鎖線をにらみつつ、将軍は踵を返す。だが――。
    「……ぬ、ぬぬぬぬぬぬぅ」
     振り返ったところで、後方からも武装した者が迫っていることに気付く。
    「ほほう」
     と、そのうちの一人、大柄な虎獣人がニヤリと笑う。
    「誰かと思えば、帝国本軍のトブライネン将軍閣下ではないか。2年、いや、3年ぶりであるか」
    「む、む? ……ぬっ!? 貴様、ノルド王国のミェーチ将軍ではないか!」
    「既に流浪の身、もう将軍ではござらん。今はミェーチ軍団団長と名乗っておる。にしてもここで貴様に出くわすとは。大方、ハカラ王国の城主に気合いを入れに来たと言うところか」
    「貴様、わしにそのような尊大な態度を取って、許されると思うか!?」
     顔をしかめる将軍に、ミェーチは肩をすくめて返す。
    「言ったであろう。今の吾輩は帝国に尻尾を振る子飼いの身ではござらん。故に貴様が帝国の威を借りて脅しに来たとて、昔と違って毛ほども疎ましく無い。ところで将軍閣下」
     ミェーチは背後に並んでいた部下たちに、手で合図を送る。
    「こんなところでぼんやり突っ立っていると言うことは、ハカラ王国襲撃を帝国本軍に伝えるつもりで南下しようとしていたな? 当然、そんなことをされては困る。豪族も、我々もな」
    「なんだと!? では貴様、豪族と通じて……」
     将軍が怒鳴り出したその瞬間、彼は頭から布袋を被され、拘束された。
    琥珀暁・狐略伝 5
    »»  2019.10.07.
    神様たちの話、第250話。
    奇妙な結婚式。

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    6.
     民兵を召集するため、ハカラ王国の正規兵らは農村の一つを訪ねていた。ところが――。
    「ん? 祭り……か?」
     村の広場から音楽と人の声が聞こえてきたため、彼らはそちらへ向かう。
    「よーし、もっかい乾杯だー!」
    「おー!」
     広場ではめかし込んだ男女を囲むように、村の者たちが騒いでいる。
    「結婚式の最中、と言ったところか?」
    「みたいだな」
    「参ったなぁ。声、掛け辛いぜ」
    「ああ……」
     間の悪いところに出くわしたと、兵士たちは互いに顔を見合わせ、苦笑する。ところが――。
    「……待て。あの新郎、なんかおかしくないか?」
    「えっ?」
     言われて確認してみると、新郎には熊の耳が付いており、明らかに村の者ではない。
    「と言うことは沿岸部民か、……まさか、豪族?」
    「ま、まさか! そんなわけあるかよ!?」
    「王国の者と豪族が結婚なんて、あるわけ無いだろ?」
    「だ、……だよなぁ?」
     どう動けばいいか分からず、兵士たちはもう一度、互いに顔を見合わせる。と――。
    「あら、どないしはりました?」
     彼らの背後から、声をかけてくる者がいる。振り返るとそこには、やはり王国の者では無い、いや、この邦の者ですら無さそうな、狐の耳と尻尾を持った女性が立っていた。
    「な、……ん?」
    「お前は……?」
    「今日の結婚式を企画しましてん。いやね、新郎さんも新婦さんもオクテっちゅうか、なーかなか一緒になろうとしはらへんって周りがやいやい言うてたらしいんですわ。で、新郎さんからどないしたらええやろって相談されましてな、『せやったらちゃっちゃと結婚しはりよし』っちゅうて、アタシが色々手ぇ回したったんですわ」
    「い、いや、そんなことは、聞いていない」
    「お前は、誰だと、聞いてるんだ」
     そう尋ねられ、相手はようやく答える。
    「エリザ・ゴールドマンと申します。ちょと南の方で商売さしてもろてます。ところで皆さん、ハカラ王国の兵隊さんやとお見受けしますけども」
    「あ、ああ。急用で、民兵を召集しようと」
    「あらー、そら大変ですなぁ」
     エリザはあっけらかんと返し、ニコニコと笑みを浮かべる。
    「でもそんなに焦らんでええでしょ? 皆さんも、良ければ式に参加したって下さい。お客さんは多い方が楽しいですからな」
     思いもよらない提案を受け、兵士たちは面食らう。
    「は……? な、何を言うんだ?」
    「王国の一大事なのだぞ!」
    「こんなところでゆっくりしている暇など……!」
    「あら、さいでっか。ソレ、王国が占拠されたとか、そう言うお話です?」
     エリザの言葉に、兵士たちの顔が一様にこわばる。
    「なに……!?」
    「貴様、何故それを!?」
    「ソレもアタシが企画してますねん。あ、ソコら辺も聞きたかったら、詳しくお話さしてもらいますけども」
    「ふ、……ふざけるなッ!」
     兵士たちは剣を抜き、エリザに向ける。
    「貴様が襲撃を計画しただと!?」
    「あんまりそう言う物騒なもん、アタシに向けんといて欲しいんですけどな」
    「答えろ!」
    「ええ加減にせえへんと、痛い目遭うてもらいますよ?」
     そう返し、肩をすくめるエリザに、兵士の一人が襲い掛かる。
    「貴様あッ!」
    「あーもう」
     が、次の瞬間、兵士はばん、と何かが破裂するような音と共に、その場から弾き飛ばされた。
    「うあっ……!?」
    「せやから痛い目見るて言うてますのに」
     何が起こったのか分からない間に、一瞬で倒された仲間を目にし、兵士たちの顔から血の気が引く。
    「で、皆さんどないしはります? まだアタシにちょっかいかけはります? ソレともご飯一緒に食べます?」
    「……う、うう」
     兵士たちは完全に戦意を喪失し、剣を収める。それを受けて、エリザは彼らに手招きした。
    「とりあえず、そんなゴツい格好で参加されたら場違いですわ。礼服持って来てますから、そっちに着替えて下さい」
    「わ、わか、った」
     彼らは反論一つできず、エリザの言うことに従った。
    琥珀暁・狐略伝 6
    »»  2019.10.08.
    神様たちの話、第251話。
    狐の計略。

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    7.
     エリザに促されるまま、成り行きで武装解除させられた兵士たちは、仕方無く結婚式に参加していた。
    「さあ、飛び入りの方! どうぞ一杯!」
     村の者から酒を勧められ、言われるがままに受け取る。
    「どうも……」
     所在無さげにちびちびと酒をすすっているところに、エリザがニコニコしながら近付いて来た。
    「突然のお願い聞いてもろて、えらいすみませんなぁ」
    「何を……」
     何を勝手な、と文句を言いかけたが、その瞬間、いきなり弾き飛ばされた同僚の姿が脳裏に浮かび、口をつぐんでしまう。
    「……話を聞きたいのだが。先程、話してくれると言っていただろう?」
    「あ、はいはい」
     エリザがすとん、と横に座ったところで、先程エリザに倒されたその同僚が、恐る恐る手を挙げる。
    「さっきのは一体何です? 俺に仕掛けた、あの……」
    「魔術ですわ」
    「ま……じゅつ?」
    「知りまへんか? 南の邦から来た人らのコトは?」
    「うわさ程度です」
    「アタシも南の方から来てるんですけどもね、そっちでは有名な技術っちゅうか、学問的なヤツですわ」
    「はあ……?」
    「それより俺が聞きたいのは」
     先にエリザに話しかけられていた兵士が、再度口を開く。
    「ここで行われていることと、ボリショイグロブで起こっていたことだ。どっちもあんたが関わっていると言っていたが」
    「ええ。結婚式のコトはさっきお話しした通りですわ」
    「だが、新郎は豪族の者に見える。何故王国の人間と結婚するんだ」
    「そんなん本人たちの勝手ですやん。どっちも好きや、一緒に家庭作りたいて言うてるんですから」
    「いや、異邦人のあんたには分からんだろうが、そんなことは帝国が許すはずが……」
    「豪族の人らにとったら帝国さんの事情や法律なんか知ったこっちゃないですし、村の人らも、いらん横槍入れてくるようなもんに付き従うんやったら、まだ豪族さんらと仲良うする方がええやんな、と」
    「なに……!? じゃあ、帝国に叛意(はんい)を?」
     いきり立つ兵士に、エリザはニヤッと悪辣じみた笑みを見せる。
    「結局、帝国さんらに従っとるんは、力ずくで言うコト聞かされとるからですやん? もっと力があって、話が分かるような人らが近くにおるんやったら、そらそっちに付きますわ」
    「本当にそう思ってるのか? 豪族が帝国に勝てると?」
    「確かに正直なところ、豪族さんらだけで勝つんは無理ですわ。せやから、色々結託してますねん」
    「結託?」
    「ええ。豪族さんらとミェーチ軍団、ソレからアタシらですな」
     これを聞いて、兵士たちは顔を見合わせた。
    「ミェーチ軍団って、こないだ門前払いされたって言ってた、あの……?」
    「だろうな。で、そいつらが豪族と結託した、と。だが豪族と言ったって、ピンからキリまでいるだろう? 一体どこと……?」
    「ソコら辺もアタシが話付けましてな。豪族のみなさん、一致団結してくれましてん。おかげで今回の作戦、随分上手いコト行ってるみたいですわ」
    「なっ……」
     もう一度顔を見合わせ、再度エリザに向き直る。
    「あんた、何者なんだ? 帝国に反乱したり、豪族たちをまとめたり、……俺にはあんたが、とんでもない奴に思えてならない」
    「言いましたやん。ちょと商売しとるだけですて」
     この間ずっと笑みを絶やさず、不敵な態度でいたエリザに、兵士たちは絶句するしか無かった。
     ようやく一人が、卓に置かれた酒をぐい、とあおり、恐る恐る尋ねる。
    「その……、ボリショイグロブでの作戦にも加担してるって言ってたが、一体何をどうしたんだ? 曲がりなりにもハカラ王国の首都なんだから、守りは強固なはずなんだ。なのにいつの間にか、敵に侵入されていたし」
    「ああ」
     エリザはこの質問にも、笑って答えた。
    「最初に中に入ったんは、豪族の人らとちゃいますねん。農村から手伝いに来てもろた、短耳の娘らですわ。腕っぷしは無いですけども、魔術の覚えはええ子ばっかりで。
     ほんで巡回しとったり、詰所にいとったりしてはった兵士さんらを片付けてもろて、ほんで豪族さんらを招き入れた次第ですわ」
    「なるほど……。豪族はほとんどが、熊耳や虎耳だからな。短耳はそう言う点で、ノーマークになる。そもそも『帝国に反旗を翻すのは豪族だ』と言う思い込みがあったし、農村の村娘なんかに警戒するわけが無い。それにあんた、さっきは武器らしい武器も無しに攻撃したよな。それが魔術なのか?」
    「ええ、大体そう言うもんですわ」
    「武器も無し、『熊』や『虎』でもなし、そもそも明らかに兵士と分かる身なりでなし、……じゃ、そりゃ素通しする。こっちの防衛網は、最初から機能してなかったんだな」
    「そうなりますな」
     にこりと笑うエリザに、兵士たちはとうとう、反抗心も敵対心も削がれてしまった。
    「そうまで綺麗に作戦を組み立てられてるって言うなら、もう首都は陥落してるだろう。多分あのいけ好かない将軍も、西山間部基地に到着する前に捕まってるんだろうな」
    「ああ、トブライネン将軍さんですな? ええ、捕まえたそうですわ。さっきリディアちゃん、……あーと、お手伝いしてもろてる娘から連絡受けてます」
    「やっぱり。じゃ、俺たちの仕事は一つも無くなったってわけだ。……呑むかぁ」
    「そうすっか……」
    「あーあ……」
     彼らは揃ってため息を一つ付き、それから卓上の料理に手を付け始めた。
    琥珀暁・狐略伝 7
    »»  2019.10.09.
    神様たちの話、第252話。
    西山間部戦、前半戦終了。

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    8.
     エリザが仕掛けた作戦は、以下の通りだった。
     まずミェーチ軍団と豪族らを共闘させることで、彼女は500を超える軍勢を、西山間部に確保することができた。これと並行し、標的国の農村部に対して人心掌握策を施し、村民と民兵を帝国から離反させるとともに、都市部へ侵入しても怪しまれない伏兵を育成したのである。
     これと同様の作戦を、エリザはハカラ王国だけではなく、レイス王国、そしてオルトラ王国にも仕掛けており、いずれも成功を収めていた。これにより、帝国は西山間部における支配圏の半分を、その状況も把握していない内に失うこととなったのである。



    「まだ帝国に動きは無いそうだ。どうやら気付いておらんようである」
    「ありがとさんです」
     ミェーチからの報告を受け、エリザはにこりと微笑む。
    「でも時間の問題ですやろな。将軍さんも拘束したままですし」
    「然り。半月や一月程度なら多少ばかり長居したとも取られるだろうが、それ以上経てば流石に怪しまれるだろう。どれだけ遅くともその頃には、帝国も状況を察するであろうな」
    「ほな、ちょと急いで次の仕掛けせなあきませんな」
     エリザの言葉に、ミェーチは目を丸くする。
    「次?」
    「このまま制圧した国に陣取るだけやったら、帝国さんがまっすぐ攻めてきはるやないですか。
     3ヶ国の制圧と抱き込みはでけましたし、おかげで兵隊さんも900人増えましたけども、ソレでもミェーチ軍団と豪族連合の500と合わせて、1400ですやろ? 対する帝国さんの、西山間部勢力の総数は……」
    「スオミ王国とイスタス王国の300ずつ、ソレから西山間部方面軍の1000で、合計1600っスね」
     シェロの回答に、エリザはうんうんとうなずく。
    「そう、数の上ではほぼ互角と言えば互角ですわ。でも正面衝突となったら、どんだけ犠牲が出ますやろな?」
    「相当数に上るだろう。こちらも、向こうも」
    「ただ、向こうは東山間部の帝国本国軍がすぐ後ろにいてはりますやろ? ソレまで引っ張って来られたら、状況は最悪になりますで」
    「仮にお互い半減したとして、こっちは700、西山間部勢力は800。で、帝国本国軍が3000って話っスから……」
    「……えーと」
     指折り数え、ミェーチが渋い顔をする。
    「700対2000くらい、……であるか?」
    「3800っス。なんで減るんスか」
    「失敬。と言うことは3倍、いや、4倍であるか」
    「ほぼ5倍っス」
    「おぅふ」
     ほおを真っ赤にしつつも、ミェーチは真面目な顔で話を続ける。
    「なるほど。正面決戦となれば、こちらが圧倒的に不利であるな。だが遠征隊の600、いや、増員したから1000? くらいであったか、それを参加させれば……」
    「あきませんな」
     ミェーチの意見を、エリザはぴしゃりとはねつける。
    「遠征隊は山の下です。ココまで来さすには峠道登らなあきません。一方で帝国本国軍は湖をぐるっと回った向こう岸。どっちの行軍が早いですやろな?」
    「むむむ、確かに。しかし魔術とやらでどうにか……」
    「ソコまで万能やありまへん。なんでもでけるんやったら、ハナから東山間部、帝国首都で決戦してますわ」
    「……さもありなん」
    「ちゅうワケで、西山間部勢力をこのまま北上させるワケには行きません。と言って、スオミ王国とイスタス王国にも同じ手を使うワケにも行きませんわ。そら3ヶ国で封鎖線敷いて人の行き来を止めてましたから、アタシらが何してたとかは知られてないでしょうけども」
    「あれだけ仰々しく封鎖していたのだ。それ自体がうわさに上っているだろう」
    「となると、警戒するヤツも出てくるでしょうね。『農村部で変なコトしてるヤツがいるぞ』だとか、『街の周りに豪族みたいなのがウロウロしてるぞ』だとか」
    「そう言うコトですわ。ココからは別の手で、攻めてかなあきません」

    琥珀暁・狐略伝 終
    琥珀暁・狐略伝 8
    »»  2019.10.10.
    神様たちの話、第253話。
    晩餐の異変。

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    1.
    「いつも、いつも、いつもだ。いつも思うことだが」
     いつものハンたち4人、そして新たに加わったエマとで夕食を取っていた最中、やはりいつものように、ハンが酒の入ったグラスを片手に、愚痴を吐き始めた。
    「どうしてエリザさんは、俺たちを軽視するんだかな。今回のことにしても、俺やクーですら詳しい経緯を知らされないままで、いきなり『西山間部の国3つを陥とした』と言ってきた。そして既に、残り2ヶ国の攻略も検討中である、とも。真面目に訓練してた俺たちが馬鹿みたいじゃないか」
    「はあ」
    「そーかもですねー」
     この時点で既に愚痴を何周も聞かされているため、マリアとビートは生返事をしつつ、料理に目を向けている。
    「これ美味しいですね」
    「後でもっかい頼もっか」
     ハンの隣に座るクーも、いかにも飽き飽きした様子で、グラスの縁に指を当て、くるくると撫でている。
    「だからな、俺は……」
     話が一巡したところで、クーはそのグラスから手を放し、ハンに目を向けた。
    「ハン」
    「ん? なんだ、クー?」
    「ずっとお持ちになっていては、温もってしまうでしょう? こちらと交換なさい」
    「ああ、悪いな」
     クーから受け取ったグラスを手に取り、そのまま呑もうとしたところで――。
    「あのさ、ハン」
     これまでずっと黙々と酒を呑んでいたエマが、唐突に口を開いた。
    「エマ?」
    「黙って聞いてたけどさ、君って自分が特別な存在だと思い込んでるタイプのバカなんだね」
    「な、なに?」
    「ちょっと、エマ?」
     愚痴が終わることを期待していたらしく、クーが困った顔を向ける。
    「いいから」
     が、エマは構わず、話を続ける。
    「こないだも私言ったよね、遠征隊が今、ゼロからどんな期待をされてるかってさ」
    「ああ。戦闘を仕掛け戦果を収めるように、だろう?」
    「ソレさ、もういっこゼロの思惑があるってコト、分かってる?」
    「どう言うことだ?」
    「普段から君、平和主義者なコトほざいてるけどさ、ゼロんトコだってそう言うの、一杯いるだろ? そう言うヤツらが、遠征隊が北で力任せに侵攻してる、現地民を殺戮して回ってるって聞いたら、ソレを率いてるヤツ、つまり君や、何よりエリザのコトを、どう言う風に思うだろうね?」
    「そんな風に言われたら、それは確かに、悪人と思うだろう」
    「そう。そしてゼロは隙あらば、そう言う風に言ってやろうと狙ってるね。で、悪い評判をみんな君たちに押し付けて、自分はその成果だけを掠め取ろうとしてるね。つまり、実際に侵略した君たちをワルモノ扱いして遠ざけて、侵略した土地だけをもらっちゃおうって肚なのさ」
     これを聞いて、ハンはとろんとしていた目を見開いた。
    「ば、バカな! 陛下がそんな……」
    「おバカは君だね。傍から見てたら明らかだってのに、当事者の君が『陛下がそんな下劣な真似をするなんて有り得ない』って、盲目的に信じ切ってる。ソレがおバカでなくて何だよって話だね。
     エリザさえいなくなりゃ、残ったゼロは好き勝手なコトを言いたい放題。『遠征隊によって蹂躙された人々に補償を行う責任がある』とか何とかキレイゴト並べて、いいトコだけ全部持ってくつもりなのさ」
    「い、いや、そんな……」
     酔って赤くなったハンの顔が次第に、いつものように青ざめていく。畳み掛けるように、エマはこう続ける。
    「あとさ、君がマジで真面目に真剣に考えるべきなのは、ゼロは君のコト、どうなろうが構わないって思ってるだろうってコトだからね?」
    「な、なに?」
    「繰り返すけど、今のゼロが重視してるのはエリザを排除するコトだ。『多少の犠牲』は目を瞑ろうとするだろうね。その犠牲が例え、親友の息子だろうとね」
    「そんな……」
    「『そんなバカな』? 『自分だけは守られる』って? エリザと一緒にこっちに送り込まれといて、ソレでまだ、『自分は特別』『助けてもらえる』って思ってる? だとしたら相当おめでたいね。きっとゼロが君のコト死刑だっつっても、当然とか仕方無いとか考えるんだろうね、君」
    「う……ぐ」
     ハンはとうとうグラスを卓に置き、すっかり顔を青くして、黙り込んでしまった。
    琥珀暁・乱心伝 1
    »»  2019.10.12.
    神様たちの話、第254話。
    正論でボコ殴り。

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    2.
     しんと静まり返り、冷え切った卓の様子に構わず、エマは話を続ける。
    「ソレからさ、ソコのお二人さん」
     声をかけられ、ビートとマリアは慌てて顔を上げる。
    「はっ、はい?」
    「なんでしょ……」
    「なんでしょ、じゃないね。君ら、なんでココにいるね?」
    「え?」
    「なんでって、ご飯一緒に食べようって尉官、や、シモン尉官が」
     答えかけたマリアを、エマがギリッとにらむ。
    「私が聞いてんのはそうじゃないね。君らが常からこのハンニバル・シモン尉官殿と行動してるのは何のためだって聞いてんの、私ゃ」
    「や、それは、職務上の必要からで」
    「はー? 職務上の必要ねぇ?」
     バン、と卓を叩き、エマは声を荒げてマリアに詰問する。
    「その職務って何さ? こうしてコイツの愚痴聞き流すコト? 隊のカネで上手いメシ食べてレポートするコト? 違うだろ? コイツの行動に不足や不備が無いよう、補佐・補足するコトじゃないの?」
    「そ、そう、です」
    「じゃあ今君らがやってんのは何だよ? コイツが店のド真ん中でべちゃくちゃべちゃくちゃクソみたいな愚痴垂れ流してんのを見ようともしないで、『コレ美味しいねー』『もっかい食べよっかー』ってきゃあきゃあ楽しくおしゃべりして、まったく御大層な御身分でございますねっつってんだよ、私。そんなコトも分かんないかね? で、ココにいる意味聞いたら『ご飯食べに誘われましたー』って、君はアホか? ご飯食べんのが君の仕事じゃ無いだろ?」
    「す、……すみません、ソーン尉官。軽率でした」
     マリアも顔を青くし、深々と頭を下げる。
    「あとさー、ソコのお姫様」
     エマの口撃が、続いてクーにも向けられる。
    「ひゃいっ!?」
    「今、コイツに酒呑まして潰そうとしたね?」
    「そ、そんなことは」
    「したね?」
    「……は、はい」
    「ソレが君のやり方? コイツのアホみたいな愚痴を真面目に聞かない、ほっとく、果ては無理矢理酔い潰させて結論うやむやにしてまた明日、ってか? コイツらがアホなら君はろくでなしだね」
    「ろ、ろくっ!?」
     真っ向から罵倒され、クーの顔に一瞬、朱が差す。だがエマは怯むどころか、その様子を「はっ」と鼻で笑った。
    「なに? ろくでなしって自覚無いね? だとしたら君はろくでなしの上に愚か者だね。仮にもコイツは隊長で、君はお姫様だよね? だったら両方とも、ソレらしくカッコつけろってんだね。コイツが公の場で隊長らしからぬ下品なコト言い出したら、きっちり諌めるのが良識と地位のある人間のやるコトじゃないね? ソレをお酒無理矢理呑ませて潰すって、見下げ果てた品性の無さだね。お姫様が聞いて呆れるってもんだね。しかもソレをごまかす? 自分のやったコトに責任持てないってんじゃ、愚か者って言われても仕方無いって思わないね? ね? どうなのよ、お姫様?」
    「そ、れは……」
     きつい言葉を立て続けにぶつけられ、クーの目に涙が浮かぶ。それを見て、エマは更に声を荒げた。
    「なに? 親でも死んだの? なーんでこの程度で泣き出すね? ソレともカワイイ女の子だから、泣いたらごまかせるって? 困ったら解決せず片っ端からごまかすのが、君のやり方? おーおー、狡い女だねぇ。重ね重ねろくでなしでやんの」
     追い打ちを掛けられ、いよいよクーは泣き出してしまった。
    「ひぐっ……ひぐぅ……」
    「まったくさ、君ら何しにココに来てんのかって話だね。ちっとは自分のやってるコト、ちゃんと省みたらどうだね。ねえ、尉官殿?」
     エマは傍らに置いていた酒瓶を手に立ち上がり、ハンの頭にバシャバシャと酒を浴びせた。
    「ぐっ……」
    「ぐうの音もマトモに出せないね? 他人にケチつける前に、自分をちゃんと躾けろっての。
     じゃ、今日はこの辺で。じゃーね」
     言うだけ言って、エマは金を卓に置き、そのまま店を出て行った。
    「……あ、と」
    「い、……尉官?」
     髪からポタポタと酒を垂らしたまま、呆然とした顔で固まっているハンに、ビートとマリアが声をかける。
    「ひっく、ひっく、……ハン?」
     クーもグスグスと鼻を鳴らしつつ、心配そうに声をかけたところで、ハンが真っ青な顔をしたまま、すっと立ち上がった。
    「俺も、今日はこれで帰る。……悪いな。金は俺が払っておく。……おやすみ」
    「あっ、……はい」
    「お、おやすみなさい」
     残された3人は顔を見合わせたが、誰一人、何も言えないでいる。
     やがて、卓にこぼれた酒が乾き始めたところで、ビートが下を向き、ぽつりとつぶやいた。
    「……ひどいとは、思いますけど、でも、……何も言い返せませんでした」
    「うん……」
    「……わたくし、ぐす、帰り、ます」
     クーが泣きじゃくったまま、席を立つ。残った2人も、無言でその場を後にした。
    琥珀暁・乱心伝 2
    »»  2019.10.13.
    神様たちの話、第255話。
    怒りのおかん。

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    3.
     エマからの叱咤を受けた、その3日後。
    「なあ、ハンくん?」
     西山間部から戻ってきたエリザが、心配そうな顔でハンを見つめてくる。
    「なんです?」
    「アンタ、熱でもあるんとちゃう?」
    「は?」
     突拍子も無い言葉をかけられ、ハンは目を丸くする。
    「いきなり何なんですか」
    「いつものアンタやったら、アタシ帰ってくるなり『なんでいつも勝手なコトするんだ』ってけしかけて来るやないの。せやのに今回、ずーと待ってんのに一向に来よらへんやん。調子でも悪いんちゃうって」
    「そんなことはありません。健康です」
    「ソレやったらええんやけどね。あ、ほんでな、アンタ来たら話しようと思って待っててんけどもな」
    「話?」
     尋ね返したハンに、エリザはこう切り出した。
    「こないだ『頭巾』で言うた通り、今な、西山間部の5ヶ国のうち、ハカラ王国・レイス王国・オルトラ王国の3つがアタシら側になってんねんな。で、西山間部で残っとるんはスオミ王国とイスタス王国の2つやけど、こっちを攻めようと思たらどないしても、帝国さんの西山間部軍が出張ってきよるやん? ソレを何とかしようと思てな」
    「なるほど」
    「……ハンくん。ホンマに熱無いか?」
     そう言ってエリザは前髪をかき上げ、ハンの額にぴと、と自分の額を当てた。
    「無いです。何なんですか。近いですよ」
     顔を離したハンに、エリザは首を傾げて返す。
    「何なんですか、はこっちのセリフや。アンタ、いつものアレやったら『戦争なんてしません』やら何やら言うて突っかかるやんか」
    「無論、するつもりはありませんし、エリザさんもそうでしょう?」
    「……」
     答えた途端、エリザの目がすー、と細くなる。
    「ハンくん?」
    「なんです?」
    「エマちゃんに何や吹き込まれたんか?」
    「なんでですか」
    「ビートくんはアンタにずけずけモノ言うタイプやあらへんし、マリアちゃんはアンタが凹むようなコトは絶対言わへん。クーちゃんは強情張っても実は気ぃ弱いから、アンタがやいやい文句言うたら引っ込む娘や。となれば消去法で一人しかおれへんやろ」
    「……特には、何も」
    「『特には』? ほんならあるんやないの」
    「う……」
    「すっきり話しよし。いつものハンくんやないと、アタシも調子狂うわ」
    「分かりましたよ、もう」
     詰め寄られ、ハンは仕方無く白状した。
    「……と言われまして」
    「はぁーん?」
     途端に、エリザは今までハンが聞いたことの無いような、怒りの混じった鼻息を漏らした。
    「な、なんです?」
    「そんなもん、ハラ立つやんか。自分の子に罵詈雑言かまされて、頭から酒びっしゃーって被されたなんて聞かされたら」
    「あなたの子供ではないです」
    「似たようなもんやろ」
     くる、とエリザは身を翻し、すたすたと部屋の出口まで歩いて行く。
    「エリザさん?」
    「ちょっとオハナシしてくるわ」
    「いや、あの、西山間部の話は?」
    「そんなん後や」
     怒りのこもった声色でそう返し、エリザは大股で出て行った。

     エリザは勢い良くエマの執務室の扉を蹴飛ばし、ずかずかと中に押し入る。
    「邪魔すんでー」
    「邪魔すんなら帰ってね」
    「あいよー、……て何でやねんな。用があるから来とんやろが」
     机を挟んで相対し、両者ともにらみ合う。
    「で、なに?」
    「アンタ、随分好き勝手しとるらしいやないか」
    「別にカミサマのご神託が下ったワケでもなし、好きにやらせてもらって何が悪いね?」
    「けなして酒ブッかけるヤツがろくでなしの無礼者やなかったら、大抵のヤツは聖人やで」
    「へーぇ? じゃあ聞いたの、私に泣かされましたわって。ろくでなしの愚か者の上に恥知らずか、あのおバカ娘。三冠達成だ……」
     言い終わらない内に、エリザが魔杖を振り上げ、術を放つ。
    「『ショックビート』!」
    「ヘッ」
     が――これまであらゆる益荒男たちを、一瞬の内に沈めてきたこの魔術を――エマは斜に構えたまま、右手をひょいと挙げ、指を鳴らして弾いた。
    「……っ、う」
     直後、エリザの狐耳からぼたっと、血が垂れる。それを見て、エマはニヤニヤ笑っている。
    「さっすがぁ。反射術対策をしてたみたいだね。でなきゃ君は今頃、私の前でブザマ晒してたね」
    「アンタな」
     耳をぷる、と一振るいし、エリザは再度魔杖を向ける。
    「コレ以上アタシを怒らす気ぃか?」
    「勝手にプンプン怒ってろよ。バカを相手する気無いね」
    「よぉ分かったわ。死にたいらしいな」
    「安い挑発なんかするもんじゃないね。自分のバカを見せびらかすだけさ」
    「挑発ぅ?」
     エリザは魔杖を振り下ろし、火球を発生させた。
    「アタシがコケおどしなんかするかいな。ガチのヤツや」
     次の瞬間――部屋中に熱気と爆轟が発生し、窓と扉が残らず吹き飛んた。
    琥珀暁・乱心伝 3
    »»  2019.10.14.
    神様たちの話、第256話。
    イワしたるッ!

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    4.
     強い揺れと爆発音が城中に伝わり、すぐに騒ぎになる。
    「今の何? 地震?」
    「いや、なんかドカーンって」
    「爆発か!? どこだ!?」
     その騒ぎをほのかに耳にしつつも、エリザは魔杖をなお、エマに構えたままでいた。
    「コレも防ぎよるか」
    「ガチって、本気でガチってコト? そりゃまあ、一瞬びっくりしたけどもね。でもコレっぽっちじゃねぇ。腕が鈍ってんじゃないね?」
     攻撃魔術が直撃したはずのエマは――机こそ粉微塵に吹き飛んだものの――平然と椅子に座ったままでいた。
     それでも、ようやくエマは立ち上がり、懐から短い魔杖を取り出した。
    「ま、マジだってんなら、私もマジで……」「フン」
     が、取り出したその瞬間、エリザはエマへ向かって駆け出し、彼女の顔を魔杖で思い切り、横殴りに引っぱたいた。
    「うごぁ!?」
    「相手の技に同じ技で対抗っちゅうのんは、その技に自信あるヤツのやるコトやな」
     姿勢を崩し、中腰になったエマを、エリザはさらに打ち据える。
    「ぐふっ!?」
    「しかも余裕綽々気取っとるヤツほど、ダラダラダラダラのんきにおしゃべりしよる。どこかの誰かさんみたいになぁ?」
    「て……っめ……」
     起き上がりかけたエマの頭を、エリザはもう一度、ごちんと音を立てて殴りつけた。
    「はう……っ」
     ぐるんとエマの目がひっくり返り、そのままどさりと倒れて気絶する。動かなくなったことを確認し、エリザは彼女の腰からハンカチを抜き取り、耳から垂れていた血を拭き取った。
    「ほんで技に自信あるヤツほど、その技でイワせられると思とるねんな。せやから真正面から殴り掛かられて、なんもでけへんっちゅうワケや。ボケが」
     と――吹き飛んだ扉の向こうから、ハンが血相を変えて飛び込んで来た。
    「え、エリザさん!? これは一体!?」
    「オハナシしとったんや。あとな、ハンくん」
     エリザはハンカチをエマの頭に投げ捨て、ハンに向き直る。
    「上長への反抗と素行不良、および軍規攪乱(ぐんきこうらん)っちゅうコトで、コイツ懲罰房送りな」
    「は……!? いきなり何を言うんですか!?」
    「おかしないやろ? 隊長のアンタに酒ブチかましよった上、副隊長のアタシにもアレやコレや減らず口叩いてけなしよった。話聞く限りやと、クーちゃんも泣かしよったみたいやしな。アタシら3人、上長やろ? 全員にツバ吐いといて、ソレが反抗やないワケ無いやろ。しかもコイツは隊でも一応の地位を与えられとる。ソレがコレやで? 放っといたら城ん中の空気がめちゃめちゃになるんは目に見えとる。軍規攪乱っちゅう名目は十分通るやろ。ソレで、ええな?」
    「い、いや、しかし」
    「しかしもかかしもあるかいな。早よ連れて行き」
    「……分かりました」

     その後、正式にエマの処罰が決定され、彼女には無期限の拘束が課されるとともに、彼女の持つ権限は停止され、ハンに移管された。



    「どう言うコトか説明してもらわなあきませんな」
     エリザ、ハン、クーの3人はゼロ、そしてゲートに連絡を取り、エマの素行不良を報告した。
    《どう言う……って、こっちが聞きたいくらいだ。一体何故、彼女がそんなことをしたのか。正直に言って、私もさっぱり分からないよ》
     困り果てたゼロの声に、ゲートも続く。
    《俺も同意見だ。こっちにいる時は――まあ、そりゃオテロの件とかあったけどさ――そんなメチャクチャなことするような人間じゃなかった。それは確かだ。俺が保証する。だからこそ、信じてそっちに送ったんだ》
    《ともかく、何か行き違いがあったか、それとも私たちも把握できていない要素があったか、……問題点は分からないが、こちらで把握していた分には、問題の無い人間だったはずなんだ》
    「さいでっか」
     明らかに納得していない顔をしつつ、エリザがこう返す。
    「ま、直近の問題としてはですな、シモン班の欠員埋めるために入ってきたエマちゃんがこうなりましたから、また空きが出たワケですわ。こっちで選ばせてもろてええですな?」
    《あ、いや、それは》
     言い淀むゼロに、エリザは押し込んで行く。
    「ソレともまたそっちから送ります? 今度はどんな人材です? ソレは今度こそ納得行く優秀で完全無欠な人材っちゅうワケですやんな? ほんで、その移送はすぐでけるんですか? エマちゃんのおかげで、去年からずーっと班編成に穴空いたままになるんですけども、また向こう2ヶ月、3ヶ月、ハンくん片手落ちの状態で待っとれっちゅうコトですか? この間もよお手が回らんかったのに、まだ待たせとく感じです?」
    《……分かった。そっちで決めていい。これ以上穴を空けたままは、確かに、うん、まずいよね》
     諦めに満ちた声色で、ゼロが答える。それを聞いて、エリザはハンとクーにニヤッと笑いかけつつ、平然とした声で応じた。
    「どーも。ほな、そうさせてもらいますわ」
    琥珀暁・乱心伝 4
    »»  2019.10.15.
    神様たちの話、第257話。
    爪痕。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「あのっ」
     と、クーが声を上げる。
    「お父様、あの、わたくしは、その、エマに、ろくでなしと断じられたのですけれど」
    《……うん、そう聞いてる》
    「お父様もわたくしのことは、下劣で誇れぬ人間とお考えでしょうか?」
    《それは無い。遠征隊の助けがあるとは言え、まだ17歳と言う若さで、危険な勢力が存在する土地へ飛び込む勇気を持つ君を、誇りに思わないわけが無い。安心してくれ、クー》
    「……ありがとう、……ございます」
     クーがふたたび黙り込んだところで、今度はゲートが尋ねてくる。
    《ソーンのことで一つ、確認してほしいんだが、彼女もハン、お前と同じように4人で班を組んでたんだ。一緒に来てるはずだが、みんなそっちで元気してるのか?》
    「どう言う意味だ?」
    《俺がお前の親父だからってのを差し引いても、お前の声に元気が無いのはすごく良く分かる。相当やり込められたんだろうなって、調子で分かる。ソーンが着いてから1ヶ月やそこらでそんなに凹まされるんなら、ずっと付き従ってた部下は大丈夫かなって》
     これを聞いて、エリザが腕を組んでうなる。
    「ふむー……。言われてみれば確かに、ちょと気になるトコではありますな。後で確認してみますわ」

     通信後、3人はすぐ、エマの部下たちに会いに行った。
    「邪魔すんでー、……ちょ?」
     顔を合わせたその瞬間、エリザは彼らが正常でないことを瞬間的に察した。何故なら――。
    「……ちょと聞くで。ご飯食べとる?」
    「はい」
    「今朝何食べたん?」
    「パンと水です」
    「パン、何個?」
    「1個です。でも大きかったので」
    「ゆうべのお夕飯は?」
    「パンと水です」
    「……何個?」
    「1個です。でも大きかったので」
    「ついでに聞くけども、昨夜の昼食は?」
    「さあ……思い出せないです」
    「パンと水か?」
    「あ、確かそうです。何で分かったんですか?」
    「……とりあえずな、みんな。アタシと一緒に食堂行くで。ちゃんとしたご飯食べよし」
     3人が3人ともガリガリに痩せこけ、目の焦点も合わない状態で、うつろな会話をしてきたからである。
     普段から公務では仏頂面を通しているハンでさえ、この異常を見て、愕然とした表情を見せていた。
    「お前たち、この半月、いや、3週間か、あまり顔を見ていなかったが、その、エマ、……いや、ソーン尉官に、何かされたのか?」
     名前を聞いた瞬間、3人はびくっと震え、後退りする。
    「い、いえ」
    「尉官には懇切丁寧にご指導いただいております」
    「尉官には問題はありません。むしろ……」「アタシな」
     と、エリザがにこっと笑みを向ける。
    「『君のこーゆートコがダメなんだよね』とか言うて『指導』名分で訓録垂れるヤツは、大ウソツキや思てるねん。ソレな、公に見てダメやろなっちゅうのを注意してるんやなくて、その指導しとるヤツ個人が気に入らんトコを、いかにも短所に聞こえるような、もっともらしい言葉に言い換えてけなしとるだけなんよ。
     ソイツにかかったら、真面目で職務に忠実なんは『自分の考えも持てへんアホ』やし、思慮深くて明日のコトまできちっと考える子は『うじうじ悩んでばかりで行動せえへんグズ』になるし、はっきり自分の意見と相手の問題点を伝えようとするしっかり者は『空気の読まれへん狂犬』扱いや」
    「えっ……」
    「そ、それ……」
    「どうして、知って……?」
     エリザの言葉を聞いた途端、3人ともぼたぼたと涙を流し、その場に座り込んでしまった。
    「ええコト教えたるで。エメリア・ソーン尉官はな、今、懲罰房送りになっとるねん。なんでか分かるか?」
    「ど、どうして?」
    「本人がいらんコトばっかり考えて誰彼構わず噛み付くアホやったからや。『人にアホ言うヤツがアホや』っちゅうこっちゃ。
     せやからな、アンタらはアホでもグズでもキチガイでもあらへん。全然そんなコト無い。安心し。アンタらはでける子や。アタシはよお見てるで、アンタらのコト」
    「う……ううー……」
    「先生ぇ……」
     泣き崩れる3人を優しく撫でるエリザを眺めながら――クーはそっと、ハンに耳打ちしていた。
    「非道に過ぎませんか? 人をこんな風に追い込むなんて……」
    「まったくだ。……これはもう、無期限拘束なんて処罰じゃ生ぬるいかも知れん」
    琥珀暁・乱心伝 5
    »»  2019.10.16.
    神様たちの話、第258話。
    騒ぎだけを起こして。

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    6.
     エマの元部下を療養所に送ってすぐ、ハンたち3人は再度、エマについて話し合った。
    「あまりにひどすぎます。エマを即刻除隊し、本国へ送り返すべきでしょう」
    「極端なことは言いたくないですが、今回ばかりは俺もクーに同意します。一体彼らの他に後何人、同じように追い詰められた者がいるか。下手すれば自殺者が出かねない。そうなれば隊の士気が下がるどころじゃない。隊そのものが瓦解しかねません」
     二人の意見を聞き、エリザもうなずく。
    「アタシも同感や。やり口がエグすぎるわ。除隊と送還は決定や。
     でもその前に、どう言うつもりでこんなコトしたんか、しっかり聞きに行かなな。意味も目的も無くこんなんするヤツが工事の指揮なんちゅうアタマ使うコト、よおでけるはずもあらへん。何かしらの思惑があるはずや」
    「確かに」
     1分もかからず全員一致で結論を出し、3人はエマが収監されている懲罰房へと向かった。
     だが――。
    「……これは!?」
     懲罰房を監視していた兵士たちが軒並み床に倒れ、気を失っている。房も開いており、当然のごとく、中には誰もいない。
    「逃げおったな」
    「無茶苦茶だ」
     ハンは額を両手で覆い、深いため息をつく。
    「どうしますかね」
    「どうもならんわ。こんだけスパっとキレイに消えられたら、後を追うんも無理やろ。……とりあえず報告と、今後のお話やね」

     ハンたちは再度ゼロとゲートに連絡を取り、顛末を報告した。
    《冗談みたいな話だな。いや、マジなんだろうけども。……で、どうすっかって話だが》
    《ソーンに関しては不名誉除隊だろう。異論は無いね?》
    「ええ」
    「妥当ですな。無許可で房を抜け、その際に味方を攻撃したワケですし」
    《合わせて、指名手配だ。自軍に被害をおよぼした人間を放っておいて、今後さらなる被害が発生しないとは断言できない。積極的に捜索し、身柄を拘束するべきだろう》
    「了解しました」
     こうして、エメリア・ソーンは第2中隊指揮官から一転、お尋ね者として全軍に追われる身となった。



    「とは言え、捕まるとは思ってないがな」
     いつものように、ハンはビートとマリア、そしてクーを伴い、夕食を取っていた。
    「報告に上がってないし、陛下や親父からも聞いてないが、どうやらエマは魔術を使えるらしい。それも、相当の手練だ。でなきゃエリザさんの術を跳ね返したり、素手で懲罰房から脱走して兵士を倒したりなんてできないからな」
     ハンの推察に、マリアがこう続ける。
    「実際、あの後ソーン尉官の私室を憲兵班が確認したら、魔術書っぽいのが数点見付かったそうですし、長細い空き箱も残ってたらしいですよ。大きさと形からして、長いタイプの魔杖を入れとくやつっぽいって言ってました。エリザさんが使ってるのと同じくらいの」
    「魔術書『っぽい』? 魔術書じゃないのか?」
     尋ねたハンに、今度はビートが答える。
    「僕も見てみたんですが、文字が変なんです。僕たちの字じゃ無さそうなんですよ」
    「どう言うことだ? じゃあ、こっちの人間が魔術書を書いたってことか?」
    「いえ、北方の文字でも無さそうでした。一応、こっちの人たちにも見せてみたんですが、ぽかんとしてました。『見たことない』と。エリザさんも一緒に検分してたんですが、すっごい険しい顔されてました。エリザさんにも多分、何がなんだかって感じだったんだと思います」
    「そうか……」
     と、クーが手を挙げる。
    「療養所に送られた方たちは、ご無事ですの?」
    「ああ。エリザさんが色々話して元気付けて、うまい飯をたっぷり食べさせて、ようやく落ち着いたらしい。だけど3人のうち2人は、かなり衰弱してるらしくてな。しばらく軍務には就けそうにないだろう。
     ああ、そうだ。それで、残り1人のことなんだが、体調が戻り次第、うちの班に入れようかと思ってるんだ」
    「え、そーなんですか?」
    「ああ。元々真面目で勉強熱心なタイプだから、こっちの仕事にもすぐ、……いや」
     ハンはクーのひんやりした視線に気付き、ぱたぱたと手を振って返す。
    「今は測量させるつもりは無い。西山間部の状況も差し迫ってきているって話だし、こっちも動く必要があるとエリザさんから聞いてるからな。遠征隊の職務を優先する」
    「『今は』?」
    「……そんなににらむな。いずれ十分な余裕ができてから、職務の許容範囲内で行うつもりだ」
    「あなた、まだご自分で行うおつもりなのかしら? いい加減に、他の方にお任せなさいと申し上げたはずですけれど」
    「う……」
    「それより、西山間部の状況とは? エリザさんからの周知の他に、何か情報が?」
     尋ねられ、ハンはチラ、とマリアたちを一瞥しつつ答えた。
    「ああ。……そうだな、そろそろお前たちにも経緯を説明しておこう。むしろ現時点で知ってないと、この後の行動が取り辛いだろうからな」
    「と言うと?」
     首を傾げる二人に、ハンとクーは、これまでエリザが仕掛けていたこと――遠征隊に知らせぬまま、ミェーチ軍団および豪族らと接触し、西山間部5ヶ国のうち3ヶ国を陥落させていたことを説明した。
    琥珀暁・乱心伝 6
    »»  2019.10.17.
    神様たちの話、第259話。
    新たなメンバーと新たな計画。

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    7.
    「そんなことしてたんですかー。全然気付きませんでした」
     西山間部でのエリザの動向を聞き、マリアは目を丸くした。
    「確かにちょくちょくエリザさん、こっちにいないなーとは思ってましたけど、ふつーに商売してるんだとばっかり」
    「商売と言えば商売だろうな。取引するものが多少違うだけで」
    「それで尉官、3ヶ国を占領したってことですけどー、そのまま残り2つも攻めるだけじゃないんですか? エリザさんから手を貸してほしいって話があったってことは……」
     マリアに尋ねられ、ハンは短くうなずいて返す。
    「そうだ。ここまでは言わば、奇襲作戦だった。だが同じ手を何度も使っていては、奇襲にならなくなる。遅かれ早かれ、相手に手の内が知られてしまうからな。だからここからは、戦法を変えると言う話だ。その戦法の一つとして、俺たち遠征隊が動くことを要請されたんだ」
    「でもエリザさんも尉官も、戦闘を行うつもりはないんでしょう?」
     ビートの言葉にもうなずいて返し、ハンはこう答える。
    「そうだ。エマに言われて気付いたってのが癪だが――今、俺たちが実力行使に出れば、陛下に非難の口実を与えることになる。陛下は戦闘を行った俺たちを公然とそしり、何らかの処罰を与えるだろう。少なくとも、軍からの除隊は避けられない。エリザさんにしたって、どんな悪評を立てられるか分かったもんじゃない。そしてそれは、エリザさんの地位を大きく貶めることになる。
     俺たちにとっても、エリザさんにとっても、その展開は決して望ましくないものだ。である以上、エリザさんはそうならないよう、あらゆる手段を講じて回避するだろう」
    「回避とは、ちょとちゃうな」
     と、ハンの背後から声がかけられる。
    「エリザさん?」
    「アカン方の道に行かへんようにするのんは同じやけど、アタシが考えとるんは『もっとええ道の建設』やね。ただ本道を迂回するだけやと、獣道やら何やら通らなアカンやん? ソレはしんどいから、もっと通りやすくて楽でけて早よ目的地に着ける道バーンと引いたった方が、後々ええやん?」
    「なるほど。……それを言うためだけに来たわけではないですよね」
     ハンはエリザの背後に立っている、短耳の女性に目を向ける。
    「体調はもういいのか?」
    「はい。大分良くなりました」
    「そうか。……紹介する。彼女がさっき話した、シモン班の補充要員だ」
     ハンに紹介され、女性はかちりと敬礼した。
    「失礼します。メリベル・マイラ、19歳、上等兵です。ソーン尉官の元では資材管理を行っていました。至らない点は多々ありますが、よろしくご指導、ご鞭撻の程、お願いいたします」
    「ハンニバル・シモン、尉官だ。よろしく頼む、マイラじょ……」
     ハンが堅い挨拶で返そうとした途端、エリザが彼女の肩をぽんぽんと叩き、座るよう促した。
    「はいはいメリーちゃん、ほな挨拶済んだし一緒にご飯食べよか」
    「えっ、メリーちゃ、……えっ?」
     相手が目を白黒させるのを尻目に、エリザはマリアに目配せする。マリアも察した様子で、彼女に声をかけた。
    「あたしのいっこ下だね。あたしはマリア・ロッソ。よろしくね、メリーちゃん」
    「えっ、あっ、は、はい」
    「尉官はいっつもしかめっ面してるけど、人の言うことしっかり丁寧に聞いてくれる優しい人だから、何でも相談しなよ」
    「りょ、了解です」
     ビートも堅い挨拶を避け、気さくに声をかける。
    「ビート・ハーベイです。よろしくです、メリーさん」
    「……よ、ろしく」
     ハンは一瞬、くだけた態度で接する二人を叱ろうかと考えたが――。
    (そうすると多分、エリザさんが突っ込んでくるな。『ビビらせてどないすんねん』みたいなことを言って。だが、こっちでも萎縮させるのは、確かにあまりいい気分はしない。俺も倣うか)
     ハンはコホン、と空咳し、改めて挨拶した。
    「まあ、うちの班では気楽にやってもらって構わない。上官だ、後輩だからと言って、必要以上にかしこまったり、かしこまるのを強制したりはしない。だから俺も君のことはメリーと呼ぶが、それで構わないか?」
    「は、はい」
    「それじゃメリー、これからよろしく頼む」
    「よろしくお願いします。……あの、早速ですが、尉官」
     と、メリーが恐る恐ると言った様子で、手を挙げる。
    「なんだ?」
    「エリザ先生から、今度の軍事作戦にわたしが必要だと申し付けられたのですが」
    「……うん?」
     これを聞いて、ハンは首をかしげ、エリザに目を向ける。エリザはこくりとうなずき、こんなことを言ってきた。
    「ソコら辺は今から説明するわ。あとな、マリアちゃん、ビートくん」
    「なんでしょ?」
    「はい」
    「ゴメンやけど、アンタらその作戦、参加でけへんし」
    「……へっ?」
     突然の通達に、マリアもビートも、表情を凍り付かせた。

    琥珀暁・乱心伝 終
    琥珀暁・乱心伝 7
    »»  2019.10.18.
    神様たちの話、第260話。
    帝国の円卓。

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    1.
    「諸君に集まってもらったのは、他でも無い」
     短耳の男が立ち上がり、円卓に着いた一同を見回した。
    「単刀直入に言おう。西山間部に異変が起こっている」
    「……だから?」
     顔をこわばらせて話を切り出した男に対し、卓の半分は興味無さげな目を向ける。
    「どうせ豪族がどうのこうのと言う話であろう?」
    「いつも通り、ハカラ王国かレイス王国か、その辺りに任せておけば良かろう」
    「そうではない」
     男は大きく首を横に振り、話を続けた。
    「発端は、トブライネン下将軍が叱咤のためハカラ王国を訪ねたことだ。ここを発ったのが3ヶ月前だが、諸君らはここ最近、彼の姿を見ているか?」
    「うん? ……ふむ、そう言えば見かけておらんな」
    「3ヶ月とは、随分長居したものだ」
    「だがいくらなんでも長すぎる。彼奴の部下も困っておるだろう」
    「そう。まさにそれだ」
     男は、今度は縦に首を振る。
    「まったく音沙汰が無く、そもそも長期逗留の連絡も無し。彼らも3ヶ月の間、放って置かれたままだ。故に困り果て、わしに相談してきたのだ。そこでわしは西山間部へ使いを送ったのだが、彼らは道中のオルトラ王国手前で兵士に止められ、やむなく引き返してきたと言う」
    「止められた?」
    「馬鹿な。奴らに何の権限があると言うのだ?」
    「だが、単なる使い3名に対し武装した兵士1個小隊が構えてきたとなれば、引き返さざるを得まい。使いの話によれば、わしの令状を見せても応じず、質問しても答えずで、果てには問答を厭い、槍や斧を向けてきたと言う」
    「ふーむ……? それは確かに妙だ」
    「属国の芋将軍程度のケチな手形ならいざ知らず、帝国軍の上将軍閣下直々の令状を意に介さんとは」
    「不敬も甚だしい!」
     呆れ、憤る者がいる一方で、首を傾げる者もいる。
    「しかし、それほど厳重に警戒していると言うのも妙だ」
    「うむ。何かしらの事情があると見て間違い無かろう」
    「然り。今更反旗を翻したと言うのも、話が唐突すぎるからな」
    「いや、その線も考えられなくは無かろう」
     と、一人が手を挙げる。
    「昨今、沿岸部に南の海からの異邦人が現れたと言う話は皆、聞いておるだろう。そして、その海外人どもによって、沿岸方面軍が壊滅させられたとも」
    「うむ、聞いておる」
    「……ん? まさか」
    「可能性はあるだろう。賊軍どもに感化され、自分たちも異を唱えてみようとしておるのやも知れんぞ」
    「あるいは既に賊軍の手先が忍び込み、懐柔しておるのやもな」
    「流石にそれは無かろう。海外人が山間部へ入ったとなれば、誰かしらそのうわさを耳にして然るべきだ」
    「いや、わしは聞いておるぞ。何でも『狐の耳と尻尾を持った妖艶な美女が、町や村を渡って商売している』とか」
    「うむ。吾輩も聞き及んでおる。中々の美貌を誇るとか。一度目にしてみたいもの、……いや、失敬」
    「ふーむ……」
     円卓に並ぶ将軍たちは各々の判断を探り合うように顔を見合わせ、どう対応すべきか検討する。
    「で、現状どうするか、と言う話であるが」
    「決まっている。叛意があるにせよ、扇動されたにせよ、鎮圧せねば我らの沽券に関わる。陛下も決して、看過しはしないだろう」
    「陛下……か」
    「であるな」
     自分たちの主に言及された途端、全員の表情がこわばった。
    「では、どのように?」
    「西山間部方面軍に指令を送り、基地内の200と周辺国100ずつ、……いや、オルトラ王国が封鎖線を引いていると言うのであれば、オルトラ以北は当てにできんだろう。以南のイスタス王国とスオミ王国は大丈夫だろうと思うが」
    「となると、100ずつ引っ張って200、合計400人か」
    「まあ、それでもオルトラ王国単体で兵隊は300人、それを考えれば400なら十分な数だろう」
    「いや、2ヶ国からの派遣は100から150にした方が良かろう。それならば500、倍近い数になる」
    「では、そのように」
     こうして帝国軍本営の決定により、オルトラ王国へ向けて兵士500名が派遣されることとなった。
    琥珀暁・狐謀伝 1
    »»  2019.10.20.

    神様たちの話、第211話。
    流れ者たちの苦悩。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     沿岸部における一連の事件が終息した後、ミェーチ軍団は北へと進み、山を登った。この邦では「西山間部」と呼ばれている地域である。
     沿岸部がユーグ王国とノルド王国とで分割統治されていたように、この地域もまた、皇帝レン・ジーンの支配下に置かれた5つの国によって統治されている。ノルド王の庇護(ひご)を失い、野に下ることとなったミェーチは、新たな安堵の地を求めるべく、それらの国を訪ねることにした。
     ところが――。

    「レイス王国からは一言だけ、『接見を堅く拒否する』と。ハカラ王国以外の3ヶ国もほぼ同様の返事が来ました」
    「むむむ……」
     野に下ったとは言え、かつて沿岸部で功を成し名を遂げた名将ミェーチが、相当な兵力を擁する軍団を率いて遡上してきたのである。いずれの国も、彼らを「帝国に対する脅威」と見なしたらしく、軒並み門前払いしてきたのだ。
    「では、ハカラ王国からは? そちらには確か、シェロが向かっておったな?」
    「はい。間も無く戻られるかと」
    「うむっ」
     流浪の日々を共に過ごすうちに、ミェーチはすっかりシェロのことを気に入っており、それにならう形で、軍団内の者たちもシェロのことを重要人物、ミェーチに次ぐ重鎮として扱っていた。
    「彼奴であれば、他より多少なりとも良い返事を持って来るはずであろう」
    「我らも期待しております」
     と、そこへ丁度、話に上ったシェロが戻って来る。
    「ただいま戻りました」
    「おお、シェロ! ご苦労であった。して、相手の返事は?」
    「それがですね……」
     シェロは苦い顔をしつつ、その内容を伝えた。
    「まず、『当方の要請を受諾・完遂すれば、安堵を約束できるよう取り次ぐ準備がある』と」
    「おお! でかしたぞ、シェロ! やはりお主はやり手であるな」
    「あ、と。条件があるんです、条件が」
    「む、そうであるか」
     ミェーチの称賛をさえぎり、シェロは話を続ける。
    「その条件と言うのが、『ハカラ王国北部に居座る豪族たちを討伐せよ』と。その成果が確認でき次第、国王との謁見を取り次げるよう手配することを検討すると言っていました」
    「……ふむ」
     途端に、ミェーチも表情を堅くした。
    「それはまた、難題であるな」
    「あの」
     シェロが手を挙げ、質問する。
    「『豪族』と言うのは?」
    「ふむ、異邦人のお主が知らぬのも当然であるな。豪族と言うのは、一言で言えば帝国にとって『存在してはならぬ者たち』のことだ。
     帝国が全土を統一したと宣言したのが20年ほど昔のことであるが、そう宣言したからには敵対勢力なる者は一人たりとも、この邦にいてはならぬわけである。ところが帝国に与せず、己の領土を主張する者たちが数年前より山間部各地に現れ、実力行使により町や村を占拠しておる。彼らを放置することは事実上、皇帝の言葉や威光、ひいては権威をないがしろにすることになる。帝国民にとってそれは反逆罪にも等しい、極めて許されざる行為だ。
     であるからして、帝国と、そしてその属国の者は、挙って豪族討伐を推し進めているのだが……」
    「だが?」
    「これもまた一言で言えば、手強いのだ。我輩もうわさで聞いた程度でしかないが、彼奴らは帝国本軍とやり合い、返り討ちにしたことも何度かあるのだとか。負けたにしても、単純に逃亡・撤退するばかりで、殲滅にはほとんど至らんらしい。真正面からの攻勢は、現状でほとんど成果を挙げておらんようだ。かと言ってカネや地位などで懐柔し、軍門に加えようと画策しても、耳を貸さぬと言う。
     まったく帝国にとっては、腹立たしいことこの上無き奴らと言うわけだ」
    「なるほど」
     話を聞き、シェロはうなずく。
    「であれば、彼らを本当に潰すことができれば、こちらでの信用を得られると言うわけですね」
    「しかしシェロ」
     だが、ミェーチは乗り気では無いらしい。
    「我々は元々、帝国と敵対するつもりで軍団を興したわけであるし、事実、帝国軍と戦闘も行い、撃破もしている。その我らが同じ反帝国の豪族たちを討つことに、安堵以上の意義があるのか?」
    「う……それは」
     言葉に詰まるシェロに、ミェーチが畳み掛ける。
    「我々の本懐を忘れ、目先を追うことだけはしてくれるな、シェロ。他ならぬお主自身が、それで相当に痛い目を見たはずであろう?」
    「は、はい」
     返す言葉も無く、シェロはうなずくしかなかった。

     と――そこへ、リディアが飛び込んで来た。
    「あの、よろしいですか?」
    「うん?」
    「シェロ、あなたにまたお客さんです。また」
    「また? ……って、……まさかまた?」
    「ええ。また、あの人が」
    「……なんで今更?」

    琥珀暁・接豪伝 1

    2019.08.24.[Edit]
    神様たちの話、第211話。流れ者たちの苦悩。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 沿岸部における一連の事件が終息した後、ミェーチ軍団は北へと進み、山を登った。この邦では「西山間部」と呼ばれている地域である。 沿岸部がユーグ王国とノルド王国とで分割統治されていたように、この地域もまた、皇帝レン・ジーンの支配下に置かれた5つの国によって統治されている。ノルド王の庇護(ひご)を失い、野に下ることとな...

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    神様たちの話、第212話。
    策士の再会。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     前回と違い、現在ミェーチ軍団が駐留しているのは街外れの小屋である。応接間などと言う気の利いた部屋を設ける余裕は無く、兵士たちが見守る中で、彼女との会話が行われることとなった。
    「あー、まあ、お久しぶりやね、シェロくん」
     流石の女丈夫エリザも、どことなく居心地悪そうにしているのを感じ、シェロは率直に尋ねてみた。
    「今更何の用スか?」
    「ま、ま、気ぃ悪うしとるんは分かっとるけども、ちょと聞いて欲しいコトあるんよ」
    「聞いて欲しいコト?」
    「こっちで色々やっとって、連絡遅れてしもてゴメンやけどもな、アンタの処分についてゼロさんからいっこ、物言い入ってな。『不名誉除隊は厳しすぎや。依願除隊にせえ』ちゅうてな。王様の一声やからハンくんも嫌や言われへんかって、ほんでまあ、そのようにしたっちゅうワケやねん」
    「依願除隊に? ってコトは……」
    「せや、この前は『二度と顔見せんな』とかきついコト言うてしもたけども、アレ、無し」
    「は?」
     ころっと掌を返してきたエリザの態度に、シェロは苛立ちを覚えた。
    「何のつもりっスか、ソレ」
    「ちゅうと?」
    「そりゃ俺のやったコトはソレなりにひどいですから、何されたって文句言いやしませんけどね、ソレでも『アンタに温情見せてあげた』って態度が見え見えなんスよ。どうせ何か、別の話があって来たんでしょう?」
    「お、察しがええな」
     悪びれもせずそう返し、エリザはにこにこと笑う。
    「アンタらがやろうとしとるコトに、アタシらも一枚噛ませて欲しいんよ」
    「俺たちが? 何のコトです?」
     とぼけて見せたが、エリザは事も無げに看破してくる。
    「ハカラ王国の人らから近場の豪族倒してんかーっちゅうて頼まれたやろ?」
    「え」
     エリザの言葉を受け、シェロは面食らう。
    「なんでソレを?」
    「そらもうチョイチョイってなもんやね。アタシ個人の商売の関係で情報も集めとるから、アンタらがこっちでやっとるコトも粗方把握しとるんよ。
     で、アンタはホンマにやる気か? いや、やられへんやろなぁ。ミェーチさんがそんなん絶対許すワケあらへんしな」
    「ぐぬ……」
     つい先程交わした会話までずばりと言い当てられ、シェロは言葉を失う。
    「せやけど、ソレならこの後どないするん? このままミェーチさんと一緒にうーんうーん呪いの人形みたいにうなって悩んでてもしゃあないやろ?」
    「大きなお世話ですよ」
     辛うじて虚勢を張り、シェロは突っかかる。
    「俺たちは俺たちで何とかしますから、あなたたちはあなたたちで勝手に石ころでも何でも売りつけてぼったくったらどうです?」
    「分かってへんなぁ」
     一方のエリザも、まったく態度を変えない。
    「アタシがちょっと手ぇ貸したら、その話上手く行くやろなっちゅう目算があるんよ。せやなかったらわざわざ来るかいな」
    「何ですって?」
    「悪い話やないやろ? 今、アンタら大変やん。こんな狭い小屋に何十人も詰め込まれて、他にもまだ百人、二百人が野ざらし同然の生活や。この軍団のナンバー2、副団長の役に就いとるアンタが世話せなアカンもんな。早いトコ、落ち着けるトコ作らなアカンやろ?」
    「だから、大きなお世話だっつってるでしょう?」
     苛立ちが募り、シェロは声を荒らせる。
    「こっちでやりますから、余計なコトしないで下さい。どうせあなたたちに手を借りたら、ソレをダシにして俺たちのコト、いいように操って利用するつもりなんでしょう?」
    「せやな」
     はっきりと肯定され、シェロはふたたび面食らった。
    「なっ……」
    「何や? アタシがソコを隠したりごまかしたりして、キレイゴト立て並べて話進めると思とったんか?」
    「普通そう言うもんでしょう?」
    「そう言うみみっちくてしょうもない真似は、自分がアタマええと思っとるアホのやるコトや。アタシがそんな、脳みその代わりにゴミが詰まっとるような三流のアホ参謀やと思とるんか?
     アタシははっきり言うで。アンタを使うつもり満々やっちゅうコトも、アンタだけやなくてアタシにも利のある話やっちゅうコトもな」

    琥珀暁・接豪伝 2

    2019.08.25.[Edit]
    神様たちの話、第212話。策士の再会。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 前回と違い、現在ミェーチ軍団が駐留しているのは街外れの小屋である。応接間などと言う気の利いた部屋を設ける余裕は無く、兵士たちが見守る中で、彼女との会話が行われることとなった。「あー、まあ、お久しぶりやね、シェロくん」 流石の女丈夫エリザも、どことなく居心地悪そうにしているのを感じ、シェロは率直に尋ねてみた。「今更何の用...

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    神様たちの話、第213話。
    はっきりと。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ずけずけと物を言いつつも、エリザは依然として、笑みを崩さない。その不敵な態度に怯みそうになり、シェロはなおも強情を張ろうとする。
    「やっぱり裏があるんじゃないっスか! そんな話、俺が聞くと思うんスか?」
    「聞くはずや。アンタやったら分かるはずやで、現状でアタシと話するのんが一番ええ策やっちゅうコトをな」
    「そうは思いませんね」
    「ほんならアンタの一番の策は何や? 正面切って豪族さんらと戦うて大勢犠牲を出して、ソイツらの焼け野原になった領土を乗っ取った上で、ボロボロの体のまま帝国さんらと連戦するコトか? 引き返して山を下って、恥も外聞も無く『やっぱアカンわ』『どうにもなりまへん』ちゅうてノルド王国に泣きつくコトか?
     ソレともこのまんま困り果てて弱り切って軍団がグズグズになったところを、ハカラ王国の人らに討ち取られるコトか?」
    「え、……え?」
     想定しない状況に言及され、シェロは戸惑う。
    「ハカラ王国が、俺たちを?」
    「おかしな話とちゃうやろ? アンタらは武力集団や。ソレも、ドコの国にも属してへん上に、帝国軍と正面切って戦ったヤツらや。帝国に従属しとるこっちの偉いさんにとったら、豪族と何ら変わらへん輩やん? せやからドコもかしこも門前払いしてきはったし、豪族と戦わせようとしとるんや。
     向こうの人にしてみたら、『同士討ちさせて共倒れしてくれたら儲けもんや』っちゅうトコやろな。よしんばどっちか生き残ったとしても、戦った後で弱っとるワケやし、倒すのんにさして苦労せんやろな」
    「ぐっ……!」
     エリザの言葉に、シェロは顔をしかめさせる。
    「……結局、こっちの人間をアテにしようなんてのが、そもそもの間違いってコトっスね」
    「そうなるな。西山間部の人らは帝国寄りやからな、帝国派やない人間は死のうが殺し合おうが、知ったこっちゃあらへんっちゅうコトや。
     もし仮に、アンタらがまったくの無傷で豪族討伐を成功させたとしても、向こうは『ほんなら話聞こか』とはならんやろな。その時はまた何やかや言い訳こねるか、別の用事押し付けるか、どっちにしても結局は追い払うつもりやろ」
    「くそ……ッ」
     シェロの攻勢が止んだところで、エリザが畳み掛ける。
    「言うとくけど、この状況で逃げるんも下の下の策やで。
     そら上手いコト行かへんかったらちゃっちゃと見切り付けて次行こか、っちゅう考えもあるし、普通は悪い手やない。でも既にアンタら、ハカラ王国でええようにあしらわれた身やろ? となれば他の国かて、同じコトするやろな。『他の国で門前払いされたヤツになんで俺らが温情見せなアカン?』ちゅうてな。そもそも『余所者』やし、そんな輩をうっかり引き入れて、帝国に目ぇ付けられたらアホみたいやろ。間違い無く、誰もまともに相手せえへんわ。西山間部中あっちこっち行く先々でそんな扱いされて追い払われとったら、いずれはドコかで全員野垂れ死にするんは目に見えとるわ。
     勿論言うまでも無いコトやろうけども、面倒見切れへんし一人で逃げてまお、っちゅうのんも無しやで」
    「にっ、……逃げるワケ無いじゃないっスか」
    「ほんならええんやけどな。後ろ見てみ」
     言われて、シェロは素直に後ろを向く。
    「……っ」
     前述の通り、この小屋には応接間など無く、仕切りらしい壁や衝立も無い。そのため今までの会話はすべて、小屋にいた兵士たちに筒抜けになっており――。
    (見てる。……すげー心配そうな目で)
    「皆な、アンタがどうやって今のこの状況を打破してくれるか、期待しとんねん。アンタが突撃っちゅうたらしよるし、塩湖越えてもっと東に行こかっちゅうたら付いてくわ。地位も職も放り出してアンタに付いて来た身やさかい、ソレ以外に何もでけへんからや。皆、アンタの決定と、命令を待っとるんよ。もっぺん、はっきり言うとくで。今逃げるんは最悪の策や。今必要なんは、前に出る策やで。
     そんなワケでや、シェロくん」
     エリザはここで、笑みを顔から消した。
    「どないする? アタシと手ぇ組むか? ソレともまだ自分一人で悩んで、どうにかでけんか考えるか?」
    「……」
     シェロはしばらく黙っていたが――やがて、「話、聞かせて下さい」と答えた。

    琥珀暁・接豪伝 3

    2019.08.26.[Edit]
    神様たちの話、第213話。はっきりと。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ずけずけと物を言いつつも、エリザは依然として、笑みを崩さない。その不敵な態度に怯みそうになり、シェロはなおも強情を張ろうとする。「やっぱり裏があるんじゃないっスか! そんな話、俺が聞くと思うんスか?」「聞くはずや。アンタやったら分かるはずやで、現状でアタシと話するのんが一番ええ策やっちゅうコトをな」「そうは思いませんね...

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    神様たちの話、第214話。
    北の町での試食会。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     シェロとエリザが話し合ってから、一週間後――ハカラ王国領の北にある町、セベルゴルナ。
    「さーさー海の幸の試食会だよ、どうぞ見てらっしゃい寄ってらっしゃい! 我らが『狐の女将さん』、エリザ・ゴールドマン先生直々にお越しいただいての大盤振る舞い! 美味しい料理が盛り沢山だよー!」
     すっかりエリザの丁稚となった沿岸部の商人たちが、広場で大きな鍋を背にして横一列に並び、声を張り上げている。
     その列の中心に立つエリザも、いつものようにニコニコと笑みをたたえながら、街行く者たちに声をかけていた。
    「いらっしゃいませー、いらっしゃいませ! 本日はこちらへ卸しに来た沿岸部の各種食材の試食販売を行っております! エビ、イカ、カニにウニにカキ! 勿論お魚も一揃い、ぞろぞろぞろっと持って来とります! 本日はその試食も兼ねまして、大変美味しい料理を町の皆様へご提供いたします!」
     この邦ではまず見られない、狐獣人エリザの見目麗しい容姿に加え、並べられた料理はどれもエリザの故郷風に作られており、瞬く間に町の者の注目を集める。
    「なにこれ?」
    「え、ウニって食えたの? あんなトゲトゲが?」
    「うぇー……、なんかキモいよ? 本当にイカって食えんの?」
    「……でも、なんか」
    「おいしそー!」
    「わかる」
     あっと言う間に広場は人で埋まり、次々に料理が彼らに手渡されていく。
    「……うっわぁ、なにこれ!?」
    「え、これ、マジ美味いんだけど」
    「沿岸部ってこんな美味いのあんのかよ!?」
    「わたし、魚くらいしか無いって思ってた」
    「うんうん」
     一様に顔をほころばせ、料理に群がる人々を眺めて、エリザはさらに声を上げる。
    「本日の試食会、どうぞ楽しんでって下さい! 料理が気に入った方には調理法もお教えしますよって、どうぞお気軽にお申し付け下さーい!」
    「あ、知りたい知りたい!」
    「教えて、女将さーん!」
     試食会が始まって5分もしない内に、町中の人間が広場へと集まっていった。

     と――この騒ぎを、遠巻きに眺める者たちがいた。
    「あれは何をやってるんだ?」
    「聞いたところによると、沿岸部に来た異邦人が料理を振る舞ってるそうです」
    「異邦人?」
     町の者たちと明らかに出で立ちの違う、野趣溢れる身なりをした彼らも、恐る恐る広場に近付いて行く。
    「……っ!」
     が、広場にいた町民たちが彼らに気付いた途端、それまでの喧騒が嘘のように静まる。
    「ご……豪族、豪族だーッ!」
    「豪族が出たぞ!」
    「うわっ、わっ……」
     一瞬で場が冷え切り、エリザもそこで、宣伝の声を潜めた。
    「さーいらっしゃいませ、いらっしゃ……、っとと。
     あらあら、どないしはったんですか皆さん? なんやバケモノでも見たような顔、ずらーっと並べはって」
    「お、女将さん! ご、豪族ですよ、豪族!」
     町の者にそう返されるが、エリザはきょとんとした表情を作り、とぼけて見せる。
    「ごーぞく? はて、何でっしゃろ。まあともかく、そちらの方もお腹空いてはるみたいやし、どうぞこっち来て、アタシのご飯食べてって下さい」
    「ちょっ、エリザさん、まずいんじゃないっスか」
    「えーからえーから」
     護衛のロウをひょいと避け、エリザは料理の乗った皿と酒の入ったコップを両手に持ち、豪族たちへと近付く。
    「はい、どうぞ」
    「い……いや……」
     相手もこんな対応をされるとは思っていなかったらしく、明らかに戸惑っている。
    「……う、受け取れるか!」
     と、一人が声を荒げ、エリザに剣を向けた。
    「我々はどこにも与せぬ立場にある! 飯を恵んでもらうなど、あってなるものか!」
    「そないカタくならんと」
     対するエリザは、ニコニコと笑みを浮かべて近付く。
    「ほーら見て下さーい、むっちゃ美味しいですよー……?」
     優しい声色で招きつつ、エリザはぎゅっと、両腕を狭めさせた。途端に剣を向けていた男の視線が、エリザの顔から、ざっくりと空いたドレスの胸元へと落ちる。
    「あっ……その……おっ……ぱああぁ……」
    「立場とか誇りとか、そんな堅苦しいお話、こんな往来でせんでもええですやないの。ちょとご飯とお酒、お呼ばれするだけですやん?」
    「……あー……その……まあ、ど、どど、どうしても、と、言うのなら、その、食わんで、やらんことは、な、無いと言うか、う、うん、まあ、うん」
     強情も10秒ともたず、男はエリザの豊かな胸を凝視したまま剣を収め、カチコチとした仕草で皿とコップを受け取った。

    琥珀暁・接豪伝 4

    2019.08.27.[Edit]
    神様たちの話、第214話。北の町での試食会。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. シェロとエリザが話し合ってから、一週間後――ハカラ王国領の北にある町、セベルゴルナ。「さーさー海の幸の試食会だよ、どうぞ見てらっしゃい寄ってらっしゃい! 我らが『狐の女将さん』、エリザ・ゴールドマン先生直々にお越しいただいての大盤振る舞い! 美味しい料理が盛り沢山だよー!」 すっかりエリザの丁稚となった沿岸部の商人...

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    神様たちの話、第215話。
    食は万里を超える。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     エリザが豪族たちを試食会へと招き入れたことで、最初は戦々恐々とした表情を並べていた町民だったが――。
    「そーれっ、一気! 一気!」
    「うぉっしゃあ! んぐ、ぐっ、ぐっ……、ぷはーっ!」
    「いよっ、いい飲みっぷり!」
     料理と酒をいくらか胃に流し込まれたところで、豪族たちの険もどこかへ吹き飛んでしまい、両者はすっかり意気投合していた。
    「いやぁ、女将さんのぉ、言う通りですねぇ~! 最初は怖い人たちと思ってましたけどぉ、こうして話してみたらぁ、楽しい人たちじゃないですかぁ~!」
    「ヒック、いや、何と言うか、……ヒック、我々も警戒しすぎたし、ヒック、警戒させすぎたかも、ヒック、すまなかった、……ヒック」
     肩を組み合い、赤ら顔を並べている町民らと豪族たちの前に、エリザがニコニコ笑いながら近寄って来る。
    「あらあら、すっかり出来上がってはりますな。どないです、もう一杯?」
    「うー、いや、もう結構れす」
    「我々も、これ以上呑んでは、ヒック、あの、実は、……ヒック、我々は、近隣の町村の、ヒック、偵察に、その、差し障る、ヒック、内緒、うー……」
     豪族が漏らしたその一言に、エリザの口元がわずかに歪む。
    「あら、お仕事中でした? そらえらい不調法してしまいましたな。起きれます?」
    「……うー……んぐ……んがっ……んごご……」
    「あららら、寝てしまいましたな」
     エリザはくる、と振り返り、ロウと丁稚たちに声を掛ける。
    「ロウくん、イワンくん、ユーリくん、ちょとこっち来てー。この人、アタシらの宿に運んで寝かしたり」
    「うっス」

     すっかり酔い潰れてしまった豪族三人が目を覚ましたのは、夜も遅くになってからだった。
    「……ん……ん?」
    「ふがっ……?」
    「……ここは?」
     真っ暗な部屋の中でまごついているところに、戸の向こうからすっと灯りの光が差し込む。
    「目ぇ覚めはりました?」
    「んっ? ……あっ、えーと、女将さん?」
    「はいどーも」
     灯りを手にしつつ、部屋の中に入ってきたエリザに、豪族たちは揃って頭を下げる。
    「すっかり世話になってしまったようだ。かたじけない」
    「いえいえ、お構いなく。ところでお腹空いてはります?」
     そう問われた途端、三人の腹が同時にぐう、と鳴る。
    「む……恥ずかしながら」
    「そう思いましてな、晩ご飯も用意しとります。こちらにどうぞー」
     エリザに導かれるまま、三人は部屋を出て、食堂に向かう。
     と、そこには中年の虎獣人と若い短耳が2人、並んで座っていた。
    「……む?」
     豪族たちがいぶかしんでいると、その二人は立ち上がり、揃って会釈した。
    「突然の訪問、失礼仕る。吾輩はエリコ・ミェーチ、ミェーチ軍団団長である。こちらは副団長のシェロ・ナイトマンだ」
    「よろしく」
    「は……はあ」
     きょとんとしている豪族たちに、エリザがやんわりと声を掛ける。
    「すぐご飯持って来ますよって、さ、お席にどうぞ」
    「う、うむ」
     促されるまま席に着き、豪族たちはシェロたちの対面に座る。と、すぐさまミェーチが立ち上がり、話を切り出そうとした。
    「単刀直入に申し上げる! 是非我々と……」「こーらっ」
     が、厨房に向かおうとしていたエリザが引き返し、ミェーチをたしなめた。
    「今からご飯やお酒やっちゅうトコで、何を堅い話しようとしてはるんですか。そんなんは終わってからのんびりしはりなさい」
    「おっ、おう? う、うむ、失敬した」
     出鼻をくじかれ、ミェーチはそのまま、すとんと椅子に腰を下ろした。
    「あー、と、まあ、女将殿にそう言われてしまっては仕方あるまい。話を変えよう。今宵の席では吾輩の娘も厨房に立っておるでな、是非ご賞味くだされ」
    「はあ」
     両者とも、何の毒気もアクも帯びなくなったところで、丁稚たちが料理を運んできた。

    琥珀暁・接豪伝 5

    2019.08.28.[Edit]
    神様たちの話、第215話。食は万里を超える。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. エリザが豪族たちを試食会へと招き入れたことで、最初は戦々恐々とした表情を並べていた町民だったが――。「そーれっ、一気! 一気!」「うぉっしゃあ! んぐ、ぐっ、ぐっ……、ぷはーっ!」「いよっ、いい飲みっぷり!」 料理と酒をいくらか胃に流し込まれたところで、豪族たちの険もどこかへ吹き飛んでしまい、両者はすっかり意気投合し...

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    神様たちの話、第216話。
    提携提案。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     食事が始まってから30分ほどが経ち、豪族たちは――食事の合間に、彼らは「ダリノワ家家臣団」と名乗っていることが分かった――昼間と同様、顔をほころばせていた。
    「うーむ、こんなに美味いものを食べたのは今日が初めてだ。沿岸部は痩せた土地と聞いていたが、これほど食材に恵まれているとは」
    「色々試行錯誤してみましてな、仰山お魚やら何やら穫れるようになったんですわ。アタシがこっち来たばかりの頃に比べたら、まあ沿岸部の皆さん、ええ顔色してはりますわ」
    「それはうらやましい」
     一人がそうつぶやいたところで、別の者がそれをたしなめる。
    「そんなことを口に出すな」
    「そうは言うが、村でこんな豪勢な食事が出たことがあるか?」
    「我々は質実剛健を誇りとするのだ。贅沢など……」
    「カキのバター焼き片手にそんなん言うてても、カッコ付きませんで」
    「うぐっ」
     エリザに突っ込まれ、彼は顔を真っ赤にする。それを笑って眺めながら、エリザが続ける。
    「ところで皆さん、普段はどんなもん食べてはるんです? 今後の参考にでけたらと思いまして」
    「帝国下の人間は畑を持ったり牛馬を飼ったりしているようだが、我々は狩猟が主だ。たまに交換・交易はしているが、食物はほとんど野のものだな」
    「交易っちゅうと、おカネ使て買うたりしてはるんですか?」
    「我々の村にはそのような習慣が無い。基本は物々交換だ。カネが絡む取引はほとんど無いが、相手が所望する場合もあるから、多少は持ち合わせている」
    「おカネ無いと、取引し辛くありません?」
    「うむ。相手が取り合わん場合もある」
    「ふむふむ」
     そこでエリザが、こんなことを提案した。
    「せやったら、アタシらとちょと取引してみません?」
    「取引?」
    「聞いた感じやと皆さん、帝国下の人らとあんまり仲良うできひんで困っとるように聞こえますからな。や、確かに帝国そのものとは絶対仲良うでけんっちゅうのんは分かってるんです。アタシが言いたいんは、その帝国の属国になっとるトコと、っちゅうコトなんですわ」
    「む、む……?」
    「いえね、沿岸部でのお話なんですけども、アタシらが来て間も無く、巷に反帝国の風潮が起こったんですわ。元々からそう言う意識はあったみたいなんですけども、やっぱり帝国さんらはえげつないくらい強いっちゅう話ですやんか、せやからソレまで反乱も蹶起もでけん状況やったんですな。
     で、アタシらが来たコトで、『もしかしたら帝国を倒せるんちゃうか』っちゅうような空気がでけたんでしょうな、ソレから半年足らずで沿岸部におった帝国軍は壊滅したんですわ」
    「なに……!?」
     エリザの話に、彼らは揃って目を丸くする。
    「最終的に攻撃したんはアタシらの軍勢ですけども、沿岸部の人らの協力あってこその結果ですわ。ほんで、こっちでの話ですけどもな。西山間部でもアタシらが『やるぞー』言うたら付いて来る人らが、結構な数おるんちゃうやろかと思とるんですよ」
    「ふむ……」
    「ソコで、皆さんにお願いがあるんです。皆さんの戦いを支援させていただく代わりに、アタシらと手ぇ組んでもらえへんやろか、と」
    「ふむ……」
    「いや、しかし」
     豪族たちは困った顔をし、エリザに答える。
    「俺たちは単なる斥候、一家来であるし、俺たちだけでそんな話はできない。我らが主君に通さなければ、そんな決定は……」
    「ええ、ええ。十分承知しとります。せやからね」
     エリザはにこっと笑みを浮かべ、こう続けた。
    「皆さんの方からお話、通しといて欲しいんです。お土産も仰山持たせますさかい、どうぞよしなにお伝え下さい」
    「うむ、そう言うことであれば承ろう」
    「女将殿の頼みとあらば、嫌とは言えません」
     すっかり懐柔された彼らは、いとも易々(やすやす)と、エリザの頼みを引き受けた。

    琥珀暁・接豪伝 6

    2019.08.29.[Edit]
    神様たちの話、第216話。提携提案。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 食事が始まってから30分ほどが経ち、豪族たちは――食事の合間に、彼らは「ダリノワ家家臣団」と名乗っていることが分かった――昼間と同様、顔をほころばせていた。「うーむ、こんなに美味いものを食べたのは今日が初めてだ。沿岸部は痩せた土地と聞いていたが、これほど食材に恵まれているとは」「色々試行錯誤してみましてな、仰山お魚やら何やら...

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    神様たちの話、第217話。
    お話する? ソレとも「オハナシ」する?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     エリザに懐柔された豪族たちは、本拠に戻ってすぐ、彼らの主君であるダリノワ王に話を伝えた。
    「……と言うことで、いずれ話をしたいと」
     だが――。
    「ならん」
     ダリノワ王はにべもなく、提案を一蹴した。
    「詳しい話は分からんが、胡散臭い。聞く価値も無かろう。以上だ」
    「し、しかし彼らと協力すれば……」
     説得しかけた斥候たちに、ダリノワ王は槍を向けた。
    「聞かぬと言っておるだろう! いい加減にせんか!」
    「うっ……」
    「この話はこれで終いだ! 分かったらとっとと……」
     ダリノワ王が声を荒げ、斥候たちを退かせようとしたところで――。
    「邪魔すんでー」
     突然、屋敷の中に女の声が飛んで来た。
    「……お、女将さん!?」
     面食らう斥候たちを気に留める様子も見せず、エリザはぺらぺらと手を振りながら、ダリノワ王の前へと歩み寄る。
    「アタシが今、皆さんがお話してた『女将さん』こと、エリザ・ゴールドマンです。よろしゅう」
    「帰れ」
     追い払おうとするダリノワ王に、エリザはにこっと笑顔を見せる。
    「ま、ま。多分そーやって邪険にしはるやろなと思いまして、こっちから来させてもろたんですわ。
     とりあえず、お話やら何やらする前にですな」
     そう言いつつ、エリザはぱん、ぱんと手を叩き、丁稚を呼ぶ。
    「お近付きの印と思いまして、ご飯ものをいくらか持って来てますんよ」
    「いらんわ!」
     ダリノワ王は怒りに満ちた顔で立ち上がり、槍を振り上げてエリザの前に立ちはだかる。
    「いい加減にしておけ、女狐。ここはわしの土地であるぞ。勝手な振る舞いをするのならば即刻、その細い首をへし折ってくれるぞ」
    「へーぇ、やれるもんやったらやってみはったらどないです?」
     が、エリザも笑顔をたたえたまま、一歩も引く姿勢を見せない。
    「言ったなッ!」
     挑発に乗る形で、ダリノワ王は槍をエリザの頭目がけて振り下ろす。ところが――。
    「ほい、『マジックシールド』」
     エリザは魔術を使い、自分の頭上に盾を作る。ダリノワ王の振り下ろした槍はその盾に弾かれ、先端が折れて天井に突き刺さった。
    「ぬッ……!?」
    「まだやる気です? やるんやったらなんぼでも付き合ったりますけどな?」
    「ぬ、……抜かせッ!」
     ダリノワ王は柄だけになった槍を投げ捨て、素手でエリザに襲い掛かる。しかしその手がエリザの腕をつかむより早く、エリザが魔術を発動させる。
    「『ショックビート』」
     次の瞬間、ダリノワ王はぐるんと白目を剥き、鼻から血を噴き出して、ばたんとうつ伏せに倒れてしまった。
    「……え……?」
    「女将さん……一体?」
    「な……何を!?」
     突然の事態に、成り行きを見守っていた斥候や丁稚らが顔を真っ青にする。しかしエリザはいつものように平然とした様子で、ニコニコと笑っていた。
    「ちょっと気絶さしただけや。安心し」

     2時間後――。
    「……う、うぬ?」
     ダリノワ王が目を覚まし、すぐに傍らに座っていたエリザと目が合う。
    「おはようさん。気分はどないです?」
    「……っ」
    「あら、そんな怖い顔せんといて下さい。アタシは最初から、平和的にお話したいなーと思て来とりますねん。ただですな」
     一瞬、エリザは目を細め、すうっとダリノワ王をにらみつける。
    「穏やかにお話でけへん人には、痛い目見てもらうコトにしとりますねん」
    「う……ぐ」
     と、すぐにいつも通りの笑顔に戻り、やんわりとした口調で続ける。
    「ソレ以外は基本的に、アタシは優しぃくするようにしとりますねん。……ソレでですな、お話、聞いてもらえますやろか?」
    「……わ……分かった。聞く。聞かせてもらおう」
     ダリノワ王はかくんかくんと首を縦に振り、エリザに従った。



     そして話をしてすぐ、ダリノワ王はエリザの申し出を受けることを受諾。エリザから金品を受け取る代わりにエリザと懇意にしているミェーチ軍団に居留地を提供することを取り決め、また、有事及び作戦行動時には三者とも、互いに協力することを約束した。
     これにより遠征隊、いや、エリザは西山間部での足掛かりを得ることに成功し、さらに途絶していたミェーチ軍団とも、関係を回復することができた。

    琥珀暁・接豪伝 終

    琥珀暁・接豪伝 7

    2019.08.30.[Edit]
    神様たちの話、第217話。お話する? ソレとも「オハナシ」する?- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. エリザに懐柔された豪族たちは、本拠に戻ってすぐ、彼らの主君であるダリノワ王に話を伝えた。「……と言うことで、いずれ話をしたいと」 だが――。「ならん」 ダリノワ王はにべもなく、提案を一蹴した。「詳しい話は分からんが、胡散臭い。聞く価値も無かろう。以上だ」「し、しかし彼らと協力すれば……」 説得しかけ...

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    神様たちの話、第218話。
    三者同盟。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     西山間部にて豪族及びミェーチ軍団と接触し、協力関係を築くことに成功した遠征隊だったが、「協力」の詳しい内容を協議する場において、エリザはまず、こう切り出した。
    「この関係は当面、秘密にするっちゅうコトで行きましょ。お互いに、知らぬ存ぜぬ誰やソレっちゅうコトで」
    「何故だ?」
     強面のミェーチとダリノワ王に挟まれるように尋ねられるが、エリザはニコニコと笑みをたたえながら答える。
    「相手に『敵』は3つやと思わせとくんですわ。
     コレが1つ、全部同じ勢力やっちゅうんなら、ドコをどう突いても1つなんやから、相手への打撃を与えたと考えはります。せやけどもコレが3つやと思とったら? 1つを攻撃しても、残り2つがその隙に攻めてきよるかも分からん。相手にとったら軽々に動けへんような状況になるワケですわ。
     反面、こっちは3つの勢力をお互いに都合のええように動かせる。身動きのでけん相手を引っ掻き回せるワケですな」
    「覚えがあるな」
     苦々しい表情を浮かべつつ、ミェーチがうなる。
    「女史はその手で沿岸方面軍をたばかり、我々に襲いかかる彼奴らを容易く撃破したと、シェロから聞き及んでおるぞ」
    「ええ。その効果は十分ご存知いただけとるコトやと思います」
     ミェーチの皮肉めいた非難をさらりといなし、エリザは話を続ける。
    「ちゅうワケで、この関係は秘密です。通じとるコト自体もできればココにおるアタシらと、家臣や幹部陣までで。下の者には内緒にしとって下さい。アタシの方――遠征隊陣営にも、アタシの他にはタイムズ殿下とシモン隊長の二人しか知らんように計ってますし。今回の話し合い自体も、来たんはアタシと商売関係の護衛さん何人かくらいですし」
    「わしを慕う民をあざむけと言うのか?」
     不満そうにするダリノワ王に、エリザはぺちん、と両手を胸の前で合わせて頼む。
    「コレは必須です。いくら箝口令(かんこうれい:特定の情報を外部に漏らさないよう命令すること)を敷こうとも、秘密を知ってしもたら、知らん子に言いたくなってまうんが人間ですしな。
     仮にこの『密約』が漏れ、帝国側にアタシらの連携が漏れたら、向こうさんは間違い無く、この3つの中で最も攻めやすく、最も弱小な軍勢を潰しにかかります。ソレがドレやっちゅうコトは、言わんでも分かりますな?」
    「む……」「ぬぬ……」
     エリザの言葉に、ミェーチとダリノワ王は互いに顔を見合わせる。
    「はっきり言いはしまいが、確かにどちらかになるであろう」
    「然り。遠征隊は沿岸部におり、数も力量も我々とは比較にならぬ。……と考えれば、少しばかり女史らに都合の良い約定ではないのか、これは?」
     ミェーチに再度にらまれるが、エリザは依然として笑みを崩さない。
    「その点は認めるところです。はっきり言うたら、仮に帝国さんが全力出してお二人の軍勢を壊滅させたとて、アタシらには西山間部の拠点を失う以上の被害はありまへんからな。
     ソレを十分に踏まえて、お二方への取引はかなり盛らせてもらおうと思てます。まず糧食に関しては」
    「糧食?」
     食べ物と聞き、ミェーチが虎耳をぴくんと震わせる。
    「抱えとる人間1人につき、主食としてお芋さんを大袋で2つ、ソレから何かしらのおかず1袋分を月に一度送ります。味は保証しますで」
    「うむっ」
     一点、顔をほころばせるミェーチに対し、ダリノワ王はしかめっ面を浮かべている。
    「わしは『虎』ではないからな。飯の味などどうでも良い。他には?」
    「美味しいもん食べへんと力出ませんで。ま、ええですわ。2番目は教育、技術指導です」
    「なんだと?」
     ダリノワ王は顔を真っ赤にし、立ち上がる。
    「貴様らがわしらに教えを垂れると? 馬鹿にしておるのか?」
    「教えるっちゅうても読み書き計算とか、そんなコドモ相手の話やありまへん。や、ウチらの文字や言葉くらいは教えな意思伝達がめんどくさいですから、ソコはある程度はしますけどもな、ソレよりもっと重要な知識がありますやろ?」
     そう返して、エリザは自分の左掌の上に、ぽん、と火を浮かべる。
    「ぬっ!? それは……」
    「そう、魔術ですわ。今までにも、帝国軍が魔術を使たっちゅう話はドコからも聞いてまへんし――そらまあ、魔術はウチら独自の知識、専売特許みたいなもんですからな――コレがあるのと無いのとでは、兵力が桁違いになりますやろな。
     ソレともこんなワケ分からんもんはいらへん、我々はあくまで素手で戦って勝つことが理想や、ソレが誇りなんやと言うんであれば、この条件は無しでも構いませんけども」
    「うぬぬぬ……」
     ダリノワ王はくる、と背を向け、すぐにもう一度、くる、と振り向き、座り直した。
    「誇りは確かにあるが、……しかし、現状でわしらが不利であることは十分に承知しておるつもりであるし、その不利を覆さぬ限り、綺麗事をべらべらと立て並べたとて、滑稽なだけだ。わしは実利を取る。是非教えを請いたい」
    「吾輩も右に同じである。誇りだ、理想だなどと言うものは、勝ってから定めれば良いのだ。それよりもまず我々が求めているのは、帝国に勝利できる力なのだ」
    「ご同意いただけて何よりですわ」
     その後も資金の提供や軍団の居留地、そして今後の戦略展開など数点を話し合い、三者同盟は正式に成立された。

    琥珀暁・密議伝 1

    2019.09.01.[Edit]
    神様たちの話、第218話。三者同盟。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 西山間部にて豪族及びミェーチ軍団と接触し、協力関係を築くことに成功した遠征隊だったが、「協力」の詳しい内容を協議する場において、エリザはまず、こう切り出した。「この関係は当面、秘密にするっちゅうコトで行きましょ。お互いに、知らぬ存ぜぬ誰やソレっちゅうコトで」「何故だ?」 強面のミェーチとダリノワ王に挟まれるように尋ねられ...

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    神様たちの話、第219話。
    救いの手か、操る糸か。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「不満です」
     協議の内容を聞かされたハンは、エリザに不機嫌そうな目を向けた。
    「ナニが気に入らんねんな? アンタいっつも眉間にぎゅーってシワ寄せて。そんなツラしとったら、早よ老けるで」
     そう返しつつ、エリザはハンの眉間にちょんと指を置く。それをやんわりとながらも払い除け、ハンは口を開く。
    「余計なお世話です。ともかくこの協議内容に関して、俺は異議を申し立てます」
    「言うてみ」
    「あからさまに不平等でしょう? この取り決めには糧食や資金、技術提供の条項はあっても、戦力および兵員の提供・貸与に関する条項が無いじゃないですか」
    「せやな。そもそもが密約、対外的には秘密にするっちゅう話やからな。こっちがゾロゾロ登ってきて大々的に駐留しとったら帝国さんにバレてまうし。せやから人員の、正確に言うたら兵士さんの派遣はナシや」
    「ええ、その理由については納得しています。しかし実質的に、これは向こうで何人犠牲になろうが、我々は一切手を貸さないと言うことでしょう? その代わりとなる、資金や物資の提供と言う約定は確かにありますが、これらは沿岸部で手に入れたカネやモノを渡しているだけで、我々の資産や身を切り詰めるようなものでは無いはずです。
     結局この同盟は、我々のみが得をし、相手にのみ苦痛や労苦を課すようなものに思えてなりません。到底、公平な取引ではないでしょう」
    「せやからある程度の補償が付くんやん。ご飯代もお勉強代もタダな上に、おカネまであげるんやで?」
    「その条件だって、こちら側から押し付けたようなものでしょう? 何から何まで一方的なやり口じゃないですか。俺は納得できません」
     頑なな態度を崩さないハンに、エリザも斜に構えたまま、やり返す。
    「ほんなら納得行くよう、アンタが交渉に行くか? どないなるか、目に見えてるけど」
    「うっ」
    「四角四面で融通の利かん、強情っぱりのアンタが同じような性格のミェーチさんやダリノワさんとやいやい話したら、最後は3人取っ組み合いの大ゲンカになって終いやろな。協力どころか敵が増えるだけやな。そらぁ平和でよろしいわ」
    「……反論できないのが情けないです」
     憮然とした顔をし、ようやく口を閉じたハンに、エリザはニコニコと笑みを向ける。
    「心配せんでも、悪いようにはせんて。アタシかて、向こうにただただ辛い思いばっかりさせるんはええ気分とちゃうからな。とりあえず今考えてるんは、向こうさんが安堵した後で落ち着いて生活始めたところで、きちんとした『取引』がでけるよう、手ぇ貸したろうかって感じやね」
    「と言うと?」
    「例えば沿岸部でもお野菜作ったり家畜さん育てたりしとるけど、西山間部はこっちの何倍も規模が大きいんよ。向こうの方が寒いし、育ちにくいんちゃうかと思っとったけど、どうも土の質やら何やら、色々あるみたいでな。ほんで向こうさんにその辺手掛けてもろて、でけたもん買い取ったら、ええ商売になりそうやなって」
    「それじゃ結局、不利益を被らせるのも利益を与えられるのも、エリザさんの都合ってことでしょう? 向こうに自由行動の機会を与えないのは、隷属と一緒じゃないですか」
     どうにか非難するも、これもまた、エリザには事も無げに返されてしまう。
    「『例えば』っちゅうてるやんか。今のは一つの案や。向こうから『これしたい』て言い出さはったら、ソレはソレでアタシはきちんとお話するで。勿論、お話した上で、商売になるかどうかも相談させてもらうけどな」
    「どうあってもエリザさんが絡んでくるんでしょう? ですからそれは結局、誘導して相手を縛り付けることだと言っているんです」
    「ほんなら何や? ちょっとも絡まんと、勝手に相手に利益出させえっちゅうんか? そんなんでけるんやったら、ハナから同盟や援助やって話にならんやんか。『困ったコトあんねん』て悩んだはって、『おー大変やなーほな頑張りやー』って突き放したら、話が勝手に解決するんか? ソレで解決せえへんから手ぇ貸そか、貸してもらおか、相談しよかっちゅう話になるんやないんか?」
    「いや、それは……」
    「相談する以上、互いに相手の言うコト聞かんかったら、ソレこそ話にならんやろ? ほんなら話聞いたら、結局は多かれ少なかれ、影響されるっちゅうコトやんか。ソレが道理やろ? ソレともアンタは一言も言葉を交わさず、解決策を提示でけるっちゅうんか? どないやな?」
    「それは……その……」
    「自分の感情に任せて、理屈の通らん無茶を言うたらアカン。アンタもええ歳した大人やねんから、考えてモノ言いよし」
    「うぐぐ……」
     散々に言葉尻で小突き回され、ハンはそれ以上の抗議を諦めた。

    琥珀暁・密議伝 2

    2019.09.02.[Edit]
    神様たちの話、第219話。救いの手か、操る糸か。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「不満です」 協議の内容を聞かされたハンは、エリザに不機嫌そうな目を向けた。「ナニが気に入らんねんな? アンタいっつも眉間にぎゅーってシワ寄せて。そんなツラしとったら、早よ老けるで」 そう返しつつ、エリザはハンの眉間にちょんと指を置く。それをやんわりとながらも払い除け、ハンは口を開く。「余計なお世話です。ともか...

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    神様たちの話、第220話。
    愚痴吐く相伴。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     エリザにあしらわれたその晩、ハンはクーとともに夕食を取りながら、愚痴をこぼしていた。
    「本当にあの人と来たら」
    「まあまあ」
     クーがなだめつつ、酒の入ったコップをハンに差し出すが、ハンは受け取らずに愚痴を続ける。
    「結局、あの人は自分勝手なんだよ。自分の利益しか考えてないような人なんだ」
    「わたくしは、そのようには存じません」
     クーがかばうが、ハンは聞き入れようとしない。
    「どこがだよ? いつも俺が苦労させられてるじゃないか」
    「ではあなたは、シェロが風説を流布したあの事件について、エリザさんが何の苦労も苦心もされていないと? あなたの悪評を撤回・返上して下さったのは、一体どこのどなたなのかしら?」
     指摘され、ハンは一転、ばつが悪そうな顔をする。
    「……ん、ん。まあ、うん、それは確かにそうなんだが」
    「でしょう? あなたがお考えになっている以上に、エリザさんはあなたのことを、いいえ、わたくしたちや他の皆さんのことを気にかけていらっしゃいます。
     シェロのこともそうです。今回、エリザさんがわざわざ足を運び、シェロの元を訪ねましたけれど、この際に彼の名誉回復についてまでご説明差し上げたそうでしょう?」
    「ああ、そう聞いてる」
    「これが優しさでなくて、何だと仰るのです?
     はっきり申せば、シェロ本人にその話をする必要性は、わたくしたちにはございません。既に隊を離れた彼がどのような艱難や辛苦に苛まれようと、最早関係が無いのですから。しかしエリザさんは、それを本人に伝えたのですよ? もし彼女が本当に利己的で、自分の利益と都合しか考えず、ただ周りに迷惑をかけるだけの存在であったならば、そんなことをなさるはずがございません。
     そもそもエリザさんの優しさについては、あなたのお父様からもお伺いになっていたでしょう? これは決して、わたくし個人の勝手な思い込みなどではございませんわ」
    「ああ、まあ、確かにそうだが、……うん?」
     ハンはけげんな顔をし、クーに尋ねる。
    「何故その話を知ってる? それは俺と親父が二人だけの時にした話のはずだが」
    「あっ」
    「……まさかとは思うが」
    「い、いえ、そ、その」
    「君はまさか、あの時……?」
    「え、えーと……」
     目をそらすクーの横に回り込み、ハンは詰問する。
    「聞いてたんだな? そうか、『インビジブル』だな? 姿を消して、堂々と俺たちの前で盗み聞きしてたってわけか」
    「あ、いえ、さようなつもりでは」
    「何がさような、だよ? 自分に聞かされる予定の無い話を隠れて傍聴する行為が盗み聞きじゃなけりゃ、一体それは何だって言うんだ?」
    「……も、申し訳ございません」
     答えに窮し、クーは素直に頭を下げて謝った。
    「はぁ……。いいよ、別に。聞かれて困るような話はしてないし、そもそも、するつもりも無かったからな。
     だけどクー」
     ハンはクーの肩に手をやり、きつい口調でたしなめた。
    「次やったら、いくら君が相手でも、俺は本気で怒るぞ。君は俺のことを好き勝手にできる相手と見ているようだが、君がこんなはしたないことを繰り返すような子なら、俺は陛下のお膝元を離れてでも、君に二度と会わないようにするからな」
    「はい……。本当に、反省しております。ごめんなさい、ハン」
     もう一度ぺこっと頭を下げるとともに、クーは再度、コップを差し出した。
    「お詫びの意味も込めて、一杯お飲みになって下さいまし。お注ぎいたしますから」
    「ああ」
     ハンはコップを受け取り、クーに酒を注いでもらう。
    「さ、さ、どうぞ一献」
    「まだ君は俺のことを侮っているみたいだが」
     ハンは一杯になったコップを口元に持って行きつつ、こう続けた。
    「俺が酒の1杯や2杯で前後不覚になって、これで説教を切り上げるだなんて思うなよ」
    「ええ、重々承知しておりますわ」
    「まったく……」
     ハンは憮然とした顔で、ぐい、と酒をあおり――すとんと椅子に座り、そのまま仰向けになって眠ってしまった。
     その寝顔を恐る恐る眺め、完全に寝入ったことを確認して、クーはぼそっとつぶやいた。
    「……危ないところでしたわね。ハンのことですから、本当に負けん気を出して去りかねませんものね。今後は気を付けてお話しすることにいたしましょう」

    琥珀暁・密議伝 3

    2019.09.03.[Edit]
    神様たちの話、第220話。愚痴吐く相伴。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. エリザにあしらわれたその晩、ハンはクーとともに夕食を取りながら、愚痴をこぼしていた。「本当にあの人と来たら」「まあまあ」 クーがなだめつつ、酒の入ったコップをハンに差し出すが、ハンは受け取らずに愚痴を続ける。「結局、あの人は自分勝手なんだよ。自分の利益しか考えてないような人なんだ」「わたくしは、そのようには存じません...

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    神様たちの話、第221話。
    クーとおはなし。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「尉官、本っ当にお酒弱いんですから、そんなことしたらダメですよ」
    「ええ、承知しております」
     クーがハンを酔い潰した翌日、街に新しく作られた喫茶店にて、クーから事の顛末を聞いたマリアが、彼女をたしなめていた。
    「中身が叱責とは言え、お慕いしている方とのお話が止まってしまうのは残念ですもの」
    「や、そっちもクーちゃんには大事だと思うんですけども」
     マリアは困った顔をしつつ、クーにこう伝えた。
    「尉官、お酒呑むと翌日、ものっすごく体調崩しちゃうんですよ。顔色もいつもの三割増で青くなっちゃいますし。なのに無理矢理仕事出て来るから、周りの気が気じゃないんですよねー」
     これを聞いて、クーは「あら」と声を上げた。
    「では、今日も……?」
    「間違いなく真っ青です。あと、いつもコップ1杯でぐったりしちゃいますからあんまり無いですけど、うっかり2杯も呑んじゃうと、胃腸ぎゅるぎゅるになっちゃうみたいです。今よりもっとガリガリになっちゃったら尉官、お仕事できなくなっちゃいますよ?」
    「十分に留意いたしますわ。ありがとうございます、マリア」
     クーがにこっと笑みを返したところで、マリアが「あ、そー言えば」と声を上げる。
    「尉官とクーちゃんのお二人だけで話してたんですよねー、それって」
    「ええ、さようですわ」
    「何のお話してたんですかー? や、下世話なこと考えてるわけじゃないんですけどー、最近なんか、エリザさんも尉官も、こそこそっと話してることが多いんですよね。で、クーちゃんもちょくちょく同じよーにお話ししてるから、何か知らないかなーって」
    「え? ええと、それは……」
     クーはそれが「密約」に関する話だろうと察したが――。
    (エリザさんからも『秘密やで』と念押しされておりますし、いくらマリアが相手でも、漏らすことはいたせませんわよね)
     元来、嘘や隠し事が苦手なクーではあったが、ともかくその場は隠そうと努めた。
    「……そうですわね、軍事上・政治上の機密も含んでおりますから、あまり軽々にはお話しできる内容ではございません。申し訳ございませんけれど、この件に関してはあまりお尋ねいただかない方がよろしいかと」
    「あ、やっぱり何かやってるんですねー? また何か進行中ってことですね」
    「えっ!?」
     が、あっさり見抜かれてしまい、クーは口を両手で抑え、黙り込む。
    「もごもご……」
     そんなクーの様子を見て、マリアはケラケラ笑う。
    「や、だいじょぶですって。秘密なら秘密であたし、それ以上は聞きませんから。いつものアレです」
    「そうしていただけるとたいへんたすかります……」
    「あとですね、クーちゃん。聞かれたくないって話があること自体悟られたくないなー、気取られたくないなーって時はですね、例えば『わたくしは存じ上げませんわね』とかって、自分もまったく知らないですよーって感じでごまかした方が、勘繰られずに済みますよー。あたしの場合はなんか、クーちゃんがあんまりにも正直者すぎて聞くのためらっちゃいますけど、性格悪い人だったら、しゃべるまでとことん根問いされちゃいますよ、きっと」
    「ごしてきまことにいたみいります……」
     かくんかくんと首を振りつつ、クーは口に当てていた手を、顔全体に滑らせた。

     と、そこへ――。
    「あ、マリアさん。それから殿下も」
    「あれ、ビート? ……とトロコフさん」
     ビートとイサコが店内に入るなりマリアたちに気付き、近寄って来る。
    「珍しいね。仲良かったっけ?」
    「いや、ハーベイ君に話を聞こうとしていたのだが、彼から『立ち話もなんですから』と、こちらに連れて来られた次第である。
     しかし丁度良かった。タイムズ殿下にもお尋ねしたいと考えていたので」
    「わたくしに?」
     そう返し、クーは一瞬、チラ、とマリアに目をやる。
    (『知らない素振り』、でしたわね?)
    (そ、そ)
     マリアと目線を交わし、クーはイサコに向き直る。
    「いかがされまして?」
    「そちらの……、遠征隊の運営に関わることと思うのだが、シモン尉官本人に聞くのも面倒と言うか、あまり色良い答えが返って来そうに無いと言うか」
    「はあ」
    「いや、前置きは不要であるな。率直にお聞きいたそう」
     イサコは顔を強張らせ、恐る恐ると言った口調で尋ねてきた。
    「シモン尉官の側近と言うか、班編成はナイトマン放逐以降、ハーベイ君とロッソ君の2人のままだが、今後も現状を維持するのだろうか? 補充などは考えておらんのだろうか?」
    「えっ? そんなことですの?」
    「そ、そんなこと?」
     肩透かしを食い、ずれた返答をしたクーに、イサコは目を丸くする。
    「いやいや、放置すれば指揮系統に乱れが起こり得る、重要な案件だと思うのだが」
    「あ、あっ、さようですわね、失礼いたしました」
     クーは取り繕いつつ、もう一度マリアに目を向けたが――。
    (……んもう!)
     マリアは顔を背け、背中をぷるぷると震わせていた。

    琥珀暁・密議伝 4

    2019.09.04.[Edit]
    神様たちの話、第221話。クーとおはなし。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「尉官、本っ当にお酒弱いんですから、そんなことしたらダメですよ」「ええ、承知しております」 クーがハンを酔い潰した翌日、街に新しく作られた喫茶店にて、クーから事の顛末を聞いたマリアが、彼女をたしなめていた。「中身が叱責とは言え、お慕いしている方とのお話が止まってしまうのは残念ですもの」「や、そっちもクーちゃんには大事...

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    神様たちの話、第222話。
    欠員。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     ビートたちを座らせ、クーとマリアは改めて、イサコの相談に乗ることにした。
    「でも確かに、班編成って4人が基本ですもんね。もうかれこれ2ヶ月は1名抜けたままですし、尉官にしてはきっちりしてませんね」
    「同意見である。……それに、何と言うか、なんだ」
     イサコは遠慮がちに、こう続けた。
    「呼称は『班』であるとはいえど、事実上は隊長および副隊長の側近であり、遠征隊全隊を統括・指揮する中枢だ。そこに籍を置くことができれば、軍における地位も相当なものと見なされよう」
    「そーですかねぇ?」
     首を傾げるマリアに対し、ビートはイサコに同意する。
    「有り得る話です。事実、僕たちは陛下やシモン将軍、エリザ先生と言った実力者に会え、気さくに話ができる立場にありますし。それは即ち、彼ら権力者に対して直接意見を申し立てることができると言うことでもあります。
     もしトロコフ尉官がこの班に入るとなったら、事実上、遠征隊の中で隊長や副隊長に次ぐ地位を獲得することになるでしょうね」
    「い、いや、私はそこまでのことは……」
    「ハンやエリザさんご本人に仰らず、こうして迂遠な尋ね方をされているのですから、その目論見を多少なりともお持ちなのでしょう?」
     クーに看破され、イサコは顔を真っ赤にする。
    「う、……そ、その、正直に言えば、ちらりと頭をよぎった。あわよくば、……と」
    「実際、どーなんでしょうね? トロコフ尉官がこっちに来るってことになりますもんね、班に入るってなったら」
    「さようですわね。そのようになれば、国際的な問題が発生いたしますわね」
    「ふむ……」
     クーの返答を聞いて、なんとなく浮かれていたように見えたイサコは一転、明らかに消沈した様子を見せる。
    「確かに――事実上、その支配から逃れたとは言え――帝国の人間を配下とすれば、帝国からの印象は一層悪くなるだろう。タイムズ陛下やシモン尉官は友好的に関係を取ろうと考えているのだし、その線は無いか」
    「トロコフ尉官には残念かと存じますが、恐らくは。そもそもハンのお心積もりとしても、あなた方を自分の部下として扱おうとはなさらないのではないでしょうか。対等な関係をとお考えのようですもの」
    「なるほど。確かに班に入れば、それは下に付くと言うことでもあるな。……今更彼を上司と仰ぐ形になったとしても、それは私も、恐らくは彼も、居心地が悪いだろう」
     イサコは気まずそうな顔で、クーたちに深々と頭を下げた。
    「済まないが、今の話は聞かなかったと言うことにしてくれないか? これがシモン尉官やエリザ先生に知れれば、恥ずかしくて城にいたたまれない」
    「ええ、承知しておりますわ。わたくしたちはただ、お茶をご一緒しただけです」
    「恩に着る」
     もう一度ぺこりと頭を下げ、イサコは恥ずかしそうに笑った。
     と、ここでマリアが誰ともなしに尋ねる。
    「でも――トロコフ尉官の話を蒸し返すつもりじゃないですけど――実際のところ、欠員補充ってするんですかね? ずっと空きっぱなしって言うのも、なんか不安ですし」
    「補充されるおつもりでしょう。『規律上』、4名編成と定められておりますもの」
     クーの言葉で、一同の顔に笑みが浮かぶ。
    「違いない。彼は守る男だからな」
    「ですよねー」
    「守らないはず無いですね、絶対」
     クー自身もクスクスと笑いながら、私見を述べた。
    「恐らくは今、選定なさっている最中と存じますわ。トロコフ尉官が仰った通り、遠征隊の中でも重要な位置にございますもの。軽々な判断を避け、じっくり吟味されていらっしゃるのでしょう」
    「うむ」
    「あ、それなら聞いてみたらどーでしょ?」
     と、マリアが手を挙げる。
    「素直に聞いてみるのが一番早いかもですよ。トロコフ尉官も気にしないですよね、もう」
    「ああ」
    「じゃ、お茶終わったらみんなで聞きに行きましょー」
     マリアの提案に、全員が賛成した。

    琥珀暁・密議伝 5

    2019.09.05.[Edit]
    神様たちの話、第222話。欠員。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. ビートたちを座らせ、クーとマリアは改めて、イサコの相談に乗ることにした。「でも確かに、班編成って4人が基本ですもんね。もうかれこれ2ヶ月は1名抜けたままですし、尉官にしてはきっちりしてませんね」「同意見である。……それに、何と言うか、なんだ」 イサコは遠慮がちに、こう続けた。「呼称は『班』であるとはいえど、事実上は隊長および副...

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    神様たちの話、第223話。
    雲上の不穏。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
    「その件は検討中だ。詳細が確定し次第、周知する」
     マリアの予想通り、ハンはいつにも増して真っ青な顔をしながらも、質問に答えた。が、クーは納得しない。
    「単に人員を補充するだけであるならともかく、この件はマリアとビートの職務に、密接に関わるものでしょう? 本人たちにも直前まで、全く何も知らせないと仰るのかしら」
    「む……」
     クーに詰め寄られ、ハンは黙り込む。その様子を見て、ビートが尋ねてくる。
    「何か話せない事情がある、と言うことでしょうか?」
    「端的に言えばそうだ。いや、正確に言うならば、話そうにもまとまった情報が無いんだ」
    「情報が無い、と言うのは?」
    「まず、現地における人事権は俺とエリザさんにあるが、班員補充の件は俺より上の人間が管轄している。そのため俺もエリザさんも、この件に関しては現状でまだ、何の情報も通達されていない」
    「上層部から、班員補充はこの邦にいる人間から行わない、と通達があったと?」
     尋ねたビートに、ハンは小さくうなずいて返す。
    「そうだ。俺もエリザさんも、当初はその線で話を進めようとしていたんだが、陛下からこの件に関して、『こちらで人員を用意し、遠征隊の交代要員とともに派遣するつもりだ』と連絡があったんだ」
    「お父様から?」
     そう返したクーに、ハンが釘を刺す。
    「一応言っておくが、クー。この件について陛下に質問しないでくれ」
    「何故ですの?」
    「陛下ご自身から、『この件は詳細がまとまるまで内密に進める』と仰られたからだ。君がこの件について聞けば、もう内密の話じゃなくなる。陛下の機嫌をわざわざ損ねさせるようなことはしてもらいたくないし、君だってしたくないだろう?」
    「ええ、さようですわね。でも、普段のお父様らしからぬご様子ですわ」
     納得する様子を見せず、クーが聞き返す。
    「シェロの一件が関係しているのかしら?」
    「その可能性は大いにある。シェロにされたように、次の班員も裏切ったり無許可離隊したりなんかしたら、陛下はより深く御心を傷められるだろうし、何より軍の規律に大きなヒビが入る」
    「お父様やシモン将軍が直々にご指名なさった方が立て続けにそんな不調法をいたせば、面目が立ちませんものね」
    「そうだ。それに、もしも裏切るだとかそんな行為を絶対に起こさないような人間だとしても、どうあれその人間は、『陛下直々のご指名』を受けるんだからな。人選は細心の注意を払ってしかるべきだろう」
    「もし本当にさような思惑をお持ちなら、いっそハンにこちらで選出・指名させればよろしいのに」
     クーの意見に、ハンは青い顔をしかめさせる。
    「それもそれで角が立つだろう。ただでさえ、現地でなし崩し的に交戦したり独断専行があったりと、陛下の思惑や意向にそぐわない出来事が度々起こってるんだ。その最中に俺が、遠征隊やこっちの誰かの中から、新たに班員を補充したと報告すれば……」
    「ますます独断専行が強まった、と疑われても仕方ございませんわね。となれば、この人事に関して異議申し立てなど、到底いたせませんわね」
    「そう言うことだ。俺としても、この件に関してはこのまま待つしか手立ては無い」
    「尉官は本当に、何にも知らされてないんですか?」
     尋ねたマリアに、ハンは首を横に振る。
    「全く、だ。選抜しているであろう人間の人数すら聞かされてない。恐らく俺のところには、結論だけ伝えられるんだろう。『この人物を班員にせよ』と」
    「何と言うか……、強引な話ですね」
     ビートのつぶやきに、クーが大きくうなずく。
    「さようですわね。まったく、お父様らしくございませんわ。一体どうなさったのかしら」
    「実は陛下からその通達があった後に、親父から極秘ってことで連絡が入ったんだが」
     そう返しつつ、ハンは困った表情を浮かべた。
    「どうやら陛下は、疑心暗鬼の傾向が強まってきているらしい。
     1年半前、陛下がエリザさんのことを酷評されたことがあったが、あれもまだ、内々での話だったし、公然と非難されたわけじゃない。だが最近では――流石に名指しではないとのことだが――公の場でエリザさんや遠征隊、そして俺のことに関しても、それとなくながら非難するような発言が目立ち始めた、と」
    「まあ!」
     これを聞いて、クーが嘆く。
    「ではお父様は、遠征隊の活動に反対していらっしゃるの?」
    「現状ではまだそこまで言及されてはいないそうだが、多少なりともその思いはあるかも知れない。となれば、もしかしたらそう遠くない内に、遠征の中止が命じられる可能性もある。
     これは再度、エリザさんにも厳重注意しようと思っていることだが――どうか皆、今後はより一層、勝手な行動を控えるように注意してほしい。これ以上陛下のご機嫌を損ね、本格的に反対されるようなことがあれば、俺たちの任務はそこで終わってしまう。折角築いたこの邦との関係も、そこで断ち切れてしまうだろう」
     真剣な顔で周知するハンに、一同は黙ってうなずくしか無かった。

    琥珀暁・密議伝 終

    琥珀暁・密議伝 6

    2019.09.06.[Edit]
    神様たちの話、第223話。雲上の不穏。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6.「その件は検討中だ。詳細が確定し次第、周知する」 マリアの予想通り、ハンはいつにも増して真っ青な顔をしながらも、質問に答えた。が、クーは納得しない。「単に人員を補充するだけであるならともかく、この件はマリアとビートの職務に、密接に関わるものでしょう? 本人たちにも直前まで、全く何も知らせないと仰るのかしら」「む……」 クー...

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    神様たちの話、第224話。
    クーのかんしゃく。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     沿岸部が平定された直後、ゼロからの命令に伴い、遠征隊の半数が本土へ帰還することが許可された。そして同時に、交代および補充要員として、本土から兵士が送られることも決定されていた。
     だが、決定してすぐに人員が送られてくる、とは行かなかった。何故なら――。
    「わーぉ。カッチコチですねぇ」
    「さようですわね」
     北の邦唯一の不凍港と言われるグリーンプールでさえも凍りついてしまう厳寒期が到来し、港が使用不可能となっていたためである。
     すっかり凍りつき、雪がこんもり乗った海を見下ろし、マリアがため息をつく。
    「これじゃ、しばらく船動かせそうにないですねー」
    「そのようですわね。港にあった船は全て、船渠(せんきょ)に収められたと伺っております。わたくしたちが乗ってきた船も、あちらに収まっているそうです」
     そう言って、クーは港の端にある大きな建物を指し示す。
    「でっかいですね」
    「元は帝国沿岸方面軍が使用していた臨海基地だったそうですが、現在は王国が管理しているそうです。設備も王国のものより随分よろしいそうですよ」
    「へぇ~」
     それを聞いて、マリアは興味深そうな目を船渠へ向ける。
    「覗いてみません?」
    「ええ、よろしくてよ」
     クーも二つ返事でうなずき、二人は船渠を訪ねることにした。

     中に入ったところで、二人の目に巨大な影が映る。
    「あ、陸に揚げてるんですねー」
     遠征隊の船が陸揚げされ、船底の板が張り替えられているのを見て、マリアがうなる。
    「うーん、海に浮かんでる時はそんなに思ってなかったですけど、こうして全体見てみると、やっぱでっかいんですねぇ」
    「600人が一度に乗船していたのですもの。一つの村と同規模と考えれば……」
    「あー、確かにそーですねぇ」
     他愛もないことを話しながら近付こうとした二人を、作業員が止める。
    「おい、危ないぞ!」
    「あら、失礼いたしました」
    「お前ら部外者だろ? 勝手に入って来るなよ」
     つっけんどんに追い払おうとする作業員に、クーはつい、言い返してしまう。
    「わたくし、視察に参りましたの。訪ねずにお邪魔したことは謝罪いたします。今からでも許可をいただけるかしら?」
    「ああん? 何様だよ、お前? ちんちくりんが偉そうにしやがって」
    「ち、ちんっ?」
     作業員の暴言に、クーは顔を真っ赤にして怒り出す。
    「あなた、わたくしをご存知無いのかしら?」
    「知るか。とっとと出てけ、クソガキ」
    「まあ!」
     思わず、クーは魔杖を手にしかけたが――。
    「ダメですって」
     柄を握った右手を、マリアが押し止める。
    「ごめんなさーい。すぐ出て行きますから。お邪魔しましたー」
     マリアはクーの手を引いたまま、ぺこっと頭を下げ、くるりと踵を返して、そのまま立ち去った。

    「何故ですの、マリア!?」
     船渠を出たところで、クーは声を荒げてマリアに突っかかった。
    「あんな無礼をされて、何故わたくしが謝って引き下がらなければならないのです!?」
    「や、あたしたちの方が悪いじゃないですか、今のは」
    「一体何が問題だと仰るのです!?」
    「勝手に入って、勝手に危ないトコ近付いたら、いい人なら誰だって止めますよ?」
    「あんな態度を執る人間のどこがいい人なのです!?」
    「あのですね、クーちゃん」
     マリアはぺちん、とクーの額に平手を置く。
    「うにゃっ!? な、何をなさいますの!?」
    「あっちっちですねぇ。アタマ冷やしましょ?」
    「冷静ですわ!」
    「ワガママ言いっぱなしの人を冷静沈着って言いませんよ。今日はもう帰りましょ?」
    「こ、この無礼者……ッ」
     頭の中が怒りで沸き立ち、クーは右手を挙げた。
    「クーちゃん」
     が、マリアはいつもどおりの様子で、その右手を両手で抑える。
    「今日はもう、大人しく、お城に帰りましょう。これ以上騒いだら、尉官にもエリザさんにも迷惑かけますから」
    「はっ、放しなさ……っ」
     言いかけて、クーは言葉を詰まらせた。マリアがいつになく、真剣な目で自分を見つめていたからである。
    「もう一度言いますよ。帰りましょう」
    「……はい」
     視線に射抜かれ、クーの怒りは一瞬で萎える。
     素直に従い、クーとマリアはそのまま、無言で城へと戻った。

    琥珀暁・姫惑伝 1

    2019.09.08.[Edit]
    神様たちの話、第224話。クーのかんしゃく。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 沿岸部が平定された直後、ゼロからの命令に伴い、遠征隊の半数が本土へ帰還することが許可された。そして同時に、交代および補充要員として、本土から兵士が送られることも決定されていた。 だが、決定してすぐに人員が送られてくる、とは行かなかった。何故なら――。「わーぉ。カッチコチですねぇ」「さようですわね」 北の邦唯一の不凍...

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    神様たちの話、第225話。
    クーのやぶへび。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
    「それで、どうあっても聞き入れていただけないようでしたので、仕方無く、その場は鉾を収めることにいたしましたの。でも、今でもまだわたくし、憤懣やるかたない気持ちで一杯ですの。
     ですからハン、あなたから何かしらの制裁を加えていただけないかしら?」
    「そうか」
     クーから船渠でのやり取りを聞かされ、ハンははあ、とため息をついた。
    「まず第一に言うことがある。俺は数日前、『勝手なことをするな』と通達したよな?」
    「ええ」
    「その場には君もいたはずだな?」
    「さようですわね」
    「それじゃ確認するが」
     ハンはキッとクーをにらみ、刺々しい口ぶりで尋ねる。
    「君は俺やエリザさんの許可も無く、遠征隊ではなく王国軍が管理している場所へずかずかと立ち入り、作業員の邪魔をし、挙げ句に騒ぎを起こしかけたんだな?」
    「あっ」
     声を上げたクーを依然にらみつけたまま、ハンはこう続ける。
    「それで腹を立てたから、俺に制裁しろって? 俺に君のワガママを聞き入れ、まっとうな対応をしたであろう作業員に不当な罰を与えろって言うのか? とんだ暴君だな。陛下が事の顛末を聞いたら、一体どんな顔をされるだろうな?」
     話がまずい方向へ向かっていることを察し、クーは席を立とうとする。
    「あ、あのっ、今のは無しで」
    「無しにできるか!」
     が、ハンがすかさず立ち上がり、クーの手を引きつつ叱咤する。
    「いいか、今の状況をよくわきまえろ! そんな話が今の、不安を抱いている陛下の耳に入ったら、君は間違い無く強制送還だ! それだけじゃない。俺も班の皆も、監督不行き届きで帰還命令を出されるだろう。最悪の場合、遠征隊全員が引き揚げさせられることにもなりかねない。
     そんなことも考慮せず、君の屈辱と鬱憤を晴らすためだけに罰を与えろって言うのか!?」
    「あの、その、も、もう結構です。わたくし、その、は、反省いたしましたから」
    「そんなことを口先で軽々しく言ったところで、本当に君が反省したと、俺が見なすと思ってるのか!?」
    「あぅ……」
     言葉に窮し、うつむくクーに、ハンが畳み掛ける。
    「前々から思っていたが、君は本当に傲慢で自分勝手でワガママだ! その性分を直さなきゃ、いつか必ず大きなトラブルを起こすだろう。一度どこかで痛い目を見なきゃ、それがさっぱり分からないようだな!?」
    「い……いえ、その」
    「『その』!? なんだ!?」
    「……なんでもございません」
     クーが黙り込んだところで、ハンは咳払いし、声色を落ち着いたものに変える。
    「ともかく、軽率にこんな振る舞いをするようじゃ、君をこのまま放置しておくわけには行かない」
    「えっ?」
     クーが顔を挙げたところで、ハンは彼女の鼻先に、びしっと指を向けた。
    「君に罰を与える」
    「わ、わたくしに?」
    「君をこのまま放置していたら、また何をしでかすか分からん。一度きっちり、心の底から反省してもらわなくてはな」
    「あっ、あなたに、そんな権限……」
     クーは慌てて撤回させようとしたが――。
    「まだ何か文句があるのか?」
    「……いえ」
     ハンににらまれ、クーはふたたび黙り込んだ。

     2時間後、クーはいつもの瀟洒(しょうしゃ)なドレスではなく、簡素なエプロンと三角巾を着けてエリザの店に立っていた。
    「ほな、まずは廊下の掃除からよろしゅう。終わったらアタシんトコ戻って来てや」
    「うぐぐぐ……」
     クーは涙目でエリザに訴えたが、彼女は肩をすくめて返す。
    「そんな目ぇしてもアカンもんはアカン。アタシもアンタの味方してあげたいんは山々やけど、今回ばっかりはハンくんの言う方が正しいからな。諦めて丁稚さんになってもらうで。
     はい、モップとバケツ。水は大事に使いや」
    「……はぁい……」



     その後3日間、クーはエリザの店の丁稚として、朝から晩まで働かされることとなった。

    琥珀暁・姫惑伝 2

    2019.09.09.[Edit]
    神様たちの話、第225話。クーのやぶへび。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2.「それで、どうあっても聞き入れていただけないようでしたので、仕方無く、その場は鉾を収めることにいたしましたの。でも、今でもまだわたくし、憤懣やるかたない気持ちで一杯ですの。 ですからハン、あなたから何かしらの制裁を加えていただけないかしら?」「そうか」 クーから船渠でのやり取りを聞かされ、ハンははあ、とため息をついた...

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    神様たちの話、第226話。
    クーのときめき。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     丁稚奉公を終え、3日ぶりに玉座に就いたところで、クーは頭を抱えて深いため息をついた。
    「はあぁ……。わたくしがどうして、このような目に遭わなければならないのかしら」
    「そりゃまあ、仕方無いですって」
     と、その前にひょい、とマリアが姿を現す。
    「あっ、マリア!」
    「お久しぶりです。大変でしたねー」
     そんなことを言ってきたマリアを、クーは恨みがましくにらみつける。
    「あなた、この3日間、どちらにいらしたの? わたくしが汚れ仕事を強制される羽目になったのは、あなたにも責任の一端がございますのよ?」
    「どこって、お仕事してましたよ。尉官とビートと一緒に、東の方の測量に。尉官が『ようやく測りに行ける』って、珍しくご機嫌でしたから」
    「ぐぬぬ」
     公用と聞いては、自分の怒りをぶつけることもできない。歯噛みするしかなく、クーは黙り込んでしまった。
    「で、で、聞いたんですが」
     と、そんなクーに、マリアがあれこれ話しかけてくる。
    「クーちゃん、エリザさんのトコで罰受けてたんですってね」
    「……」
    「見てみたかったですねー、クーちゃんのエプロン姿」
    「……」
    「あら、お手手かっさかさになっちゃってますね。水仕事大変だったみたいですね」
    「……~っ」
     苛立ちが募り、クーはキッとマリアをにらみ、怒鳴りかける。
    「あなたっ……」「あ、そーそー」
     が、そんなクーを気にかける様子も見せず、マリアは話題を変える。
    「その測量でですねー、あたしたち変なの見付けたんですよね。何て言うか、遺跡? みたいな、そんな感じのトコなんですけどね」
    「それが一体、……遺跡? ですって?」
     マリアの話を聞いた途端、クーの怒りはどこかへ飛んで行ってしまった。
    「それは、どのような? 帝国軍が使っていた基地などでは無く?」
    「そんなのよりもっと古そうな感じでしたよ。あ、遺跡って言いましたけど、ビートは『これは正確には遺構(いこう:地中に埋もれる形で遺った住居跡)って言うんじゃ』みたいなこと言ってましたね。で、文字みたいなのもあったんですけど、全然分かりませんでした。これ、もしかしたらすっごくすごい感じのやつなのかなーって尉官と話してたんですけど、また来週くらいに調査へ出かけようかーって言ってるところなんですよね。クーちゃん、一緒に来ます?」
    「えっ?」
     思いもよらない提案に、クーは面食らう。
    「何故わたくしを? 調査目的であれば、公務でしょう? ハンが許すはずがございませんわ」
    「いや、むしろクーちゃんがいた方がいいですよねーってあたし、尉官に提案したんですよね。色々調べ物しなきゃいけないですし、そーゆー調査するんだったら、クーちゃんの力を頼った方がいいんじゃって」
    「さ、さよう、ですか。……コホン、な、納得いたしましたわ」
     自分では努めて冷静に応じたつもりだったが、声が上ずっているのを自分でも感じ、クーは咳払いでごまかす。
     その様子を眺めていたマリアは歯がチラチラと見えるくらい笑い転げながら、話を切り上げた。
    「あは、ははっ、うふふ……。あー、うんうん、乗り気で良かったです。じゃ、尉官にそー伝えときます。後でまた」
    「えっ、ええ。よっ、よしなに」
     ぎこちない返事をしたクーに背を向けて、マリアはその場を後にした。

     クーのいる王の間から廊下に進み、角を一つ曲がったところで、マリアはその陰に立っていたハンに笑いかけつつ、こそこそと声をかけた。
    「ってことなので、後で尉官からも言ってあげて下さいね」
    「ああ」
    「あ、でもあたしと一緒の方がいいですかね? 尉官とクーちゃんの二人きりじゃ、また尉官がドカーンってなって、こじれちゃうかもですし」
    「そんな心配はしなくていい。公務の一環だからな。淡々と伝えるだけだ」
    「本当に公務って思ってたら、そんなこと言わないですよね?」
    「む……」
     気まずそうな顔をするハンに、マリアはいたずらっぽい口調で突っ込む。
    「本当に尉官、色々不器用ですよねー。女の子の扱いとか、公私の分け方とか」
    「……」
     黙り込むハンをよそに、マリアはニコニコと笑みを向ける。
    「でも嫌いじゃないですよ、そーゆーとこ。だからちゃんとフォローしますよ。そもそもあたし、尉官の補佐ですしね」
    「……すまん」
     頭を下げたハンにぺらぺらと手を振って返し、マリアは立ち去った。

    琥珀暁・姫惑伝 3

    2019.09.10.[Edit]
    神様たちの話、第226話。クーのときめき。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. 丁稚奉公を終え、3日ぶりに玉座に就いたところで、クーは頭を抱えて深いため息をついた。「はあぁ……。わたくしがどうして、このような目に遭わなければならないのかしら」「そりゃまあ、仕方無いですって」 と、その前にひょい、とマリアが姿を現す。「あっ、マリア!」「お久しぶりです。大変でしたねー」 そんなことを言ってきたマリア...

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    神様たちの話、第227話。
    クーのかんさつ。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「ねえ、マリア。わたくし、以前からもしかして、と存じていたことがございますの」
    「なんでしょー?」
    「ハンは無趣味かつ無嗜好の人間だと以前より拝察していたのですけれど、もしかしてハンは、測量がご趣味でいらして?」
     そう問われ、マリアはあごに指をやりつつ、「んー」とうなる。
    「そーかもですね。尉官、いーっつもしかめっ面してるのに、測量する時はなーんか、楽しそうですもん」
    「やっぱり」
     二人はうなずき合い、前を歩くハンの後ろ姿に目をやる。
    「楽しそうですねぇ」
    「さようですわね」
     そのハンは、隣のビートと話している。
    「情勢が落ち着いて、沿岸部の測量もようやくできるようになったが、正直人手が足りないんだよな。人員を増やそうかと思ってるんだが……」
    「でも計算とか集計とか、色々手間ですよね」
    「そこなんだよな。それを教えるところから始めないとならない」
     クーとマリアがささやき合っていたように、普段の堅い仏頂面とは打って変わって、ハンは比較的饒舌になっている。
    「ここに上陸してから半年経って、ようやくこないだが1回目ですもんね。なんだかんだありましたし」
    「さようですわね。以前にハンが、地元の方が作成された沿岸部の地図をご覧になった際、『何なんだ、この滅茶苦茶な地図は? もっとマシなものは無いのか!』とお嘆きになっておりましたし、相当焦れていらっしゃったようですもの」
    「尉官はキッチリしたのが大好きですからねぇ。ま、それに測量に行くってなれば、数日はエリザさんの顔を見ずに済むってのもありますから」
    「あら」
     クーはハンの横顔をチラ、と見、マリアに視線を戻す。
    「やはりお嫌いなのかしら?」
    「嫌いって言ったら、言い過ぎかもですけどね。何だかんだ言って、信頼し合ってるってトコは感じますもん。でもやっぱり、しょっちゅう顔を突き合わせたい相手じゃ無いって思ってる節はありますね。
     お城の中歩いてる時でも、いきなり廊下曲がって早足になって、『尉官、どうしたんだろ?』て思ってたら、後ろから『ハンくーん』って」
    「クスクス……」
     と、二人の話を聞いていたらしく、ハンが苦い顔をしている。
    「あまり大声でそう言う話はしないでくれ。エリザさんの耳に入ったら、あの人は絶対俺にまとわりついて来るんだから」
    「あー、エリザさんならやりそうですね」
    「ええ、まったく」

     測量と遺構調査のため、ハンたち一行はクーを伴い、雪の中をひた進んでいた。それでも防寒対策はしっかり施されており、一行の顔に辛さは見られない。
     とは言え――。
    「マリア。疑問がございますけれど、お聞きしてもよろしいかしら?」
    「なんでしょ?」
    「このような雪中で測量をいたせば精度の不安がございますけれど、どのように対策なさっているのかしら?」
    「確かにそーなんですけどねー」
     そう返しつつ、マリアはハンの背中にチラ、と目をやる。
    「尉官、雨が降ろうが雪が積もってようが、構わず測るんですよね。クーちゃんの言う通り、そんな日に測ってたら絶対おかしな結果になるはずなんですけど、そう言う日は『回数を増やせば精度が上がるはずだ』って、いつもの2倍も3倍も計測するんです。だから一応、計測に関しては問題なしって言えるんですけども。
     計測結果が気に入らないって時なんか、30回くらい往復させられたこともありますよ」
    「……あの、マリア」
     クーは額に手を当てつつ、呆れた声を上げた。
    「シェロが離反した理由は彼自身の功名心や自尊心からだ、……とハンたちは論じておりましたけれど、やはりハンの言動に大きな問題があるように存じますわ」
    「そりゃ、十分あるでしょーね。まともに付き合ってたら、そりゃ『やってらんねえよ』ってなっちゃうと思います」
    「本当にもう、あの方は」
     クーとマリアは顔を見合わせ、揃ってため息を漏らした。

    琥珀暁・姫惑伝 4

    2019.09.11.[Edit]
    神様たちの話、第227話。クーのかんさつ。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「ねえ、マリア。わたくし、以前からもしかして、と存じていたことがございますの」「なんでしょー?」「ハンは無趣味かつ無嗜好の人間だと以前より拝察していたのですけれど、もしかしてハンは、測量がご趣味でいらして?」 そう問われ、マリアはあごに指をやりつつ、「んー」とうなる。「そーかもですね。尉官、いーっつもしかめっ面してる...

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    神様たちの話、第228話。
    クーとハン。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     喜び勇んで測量と遺構調査に出向いたものの、街を発ってから数時間もしないうちに、一行はそれが実行不可能であることを痛感した。
    「前が見えん……」
     当初予想されていた以上に降雪がひどく、測量するどころか、現場に着くことも難しかったからである。
    「風もなんかひどくなって来てますよー。もう1時間、2時間したら日が暮れちゃいますし、諦めて戻った方がいいですね」
     マリアの意見に、ハンが――残念そうな目を向けつつも――渋々うなずく。
    「そうだな。強行して死人でも出たら、独断専行どころの話じゃない。仕方無いが、引き返そう。……しかし」
     軍帽に積もった雪を払い落としながら、ハンが愚痴をこぼす。
    「前回も、腰まで雪が積もる中を無理矢理だったからな。厳寒期なら時間も空くし、どうにかして測量を進められればと思っていたんだが、これじゃどうしようも無い」
    「自然が相手じゃ、仕方無いですよ。雪が溶けるまで待つしか無いんじゃないですか?」
     ビートにそう言われ、ハンはもう一度、残念そうにうなずいた。
    「溶ける頃には本土からの人員補充も終わり、別の仕事が増えるだろう。どっちにしても、測量に割ける時間は無い。
     やれやれ……。道中でも言ってたが、測量はやはり、別の人間に任すしか無いか」
     その言い方がとても残念そうに聞こえ、クーは思わず、クスっと笑みを漏らしてしまった。
    「……なんだ? 何がおかしい?」
     耳ざとくハンに聞かれ、クーは慌ててごまかす。
    「あっ、いえ、……あの、ハン。雪が先程より一層厳しくなっているように見受けられますけれど、このまま戻るのは危険ではないかしら」
    「うん? ……ふむ」
     ほんの1分にも満たない時間で、既にまた、ハンの頭に雪が積もってきている。それをもう一度払い除けながら、ハンは周囲を見回しつつ、背負っていた荷物を広げ始めた。
    「クーの言う通りだ。視界も悪いし、このまま戻ろうとすれば、その途中で遭難しかねん。ここに設営して、状況が変わるまで休止しよう」
    「さーんせーいでーす」
     猫耳をプルプル震えさせながら、マリアも荷物をどさっと下ろした。

     防寒用の魔法陣を描き、テントを張り、早めの夕食を作ったところで、ハンたちはようやく一息ついた。
    「はぁー……、スープあったかおいし~い……」
     芋のスープが入ったカップを握りしめつつ、間延びしたため息を漏らすマリアに、ハンたち三人が吹き出す。
    「クスっ、……ええ、身に沁みるような温かさですわね。実を申せばわたくし、あまり体温が高い方ではございませんので、こうして両手で包んでいると、ほっとした心地がいたします」
    「そうなのか?」
     これを聞いて、ハンがばつの悪そうな顔をクーに向ける。
    「だったら、誘わない方が良かったかな」
    「そんなことはございません」
     クーは首を振り、こう続けた。
    「かねてよりわたくしは、この地に住まう方の文化について学びたく存じておりましたから、古代の村跡や遺構が現存していると伺った時、とても嬉しく感じましたの。調査いたせるのであれば、多少の寒さは我慢いたします」
    「……まったく、君は」
     ハンは肩をすくめ、呆れたようなため息を漏らした。
    「どこまでも自分の欲求に素直な人間だな」
    「あら、いけませんかしら」
    「ほどほどにしてくれ。度が過ぎると周りに迷惑をかける」
    「あなたが仰るようなことかしら?」
    「どう言う意味だよ」
    「ご自分でお考えあそばせ」
    「なんなんだ……」
     と、二人のやりとりを見ていたマリアとビートが、揃って笑い出した。
    「ふふっ」
    「あはは……」
    「何だよ?」
     ハンに軽くにらまれ、マリアがぱたぱたと手を振って返す。
    「なんだかんだ言って、お二人仲いいですよねーって」
    「うん? ……まあ、そりゃな。ノースポートで会ってから2年も経つし、ある程度気心は知れてるってところもある」
    「やっぱりお二人って」
     そこでマリアがにやあっと笑い、こんなことを尋ねてきた。
    「この北方遠征が終わったら、結婚されるんですか? それともこっちにいる間に既成事実作っちゃう感じです?」
    「はぁ!?」「ちょ、ちょっと、マリア?」
     ハンとクーは揃って立ち上がり、異口同音にマリアの質問を否定しようとする。
    「なんでそこまで話が飛躍するんだ!?」
    「わ、わたくしがそんなはしたないことをいたすはずが、ごっ、ございませんでしょう!?」
    「クーとはまだそんな関係じゃない!」
    「それにまだ、正式にお付き合いしている間柄でもございません!」
     が、慌てふためく二人に生暖かい視線を向けつつ、マリアはうんうんとうなずいている。
    「あー、はいはい、『まだ』ですね、『まだ』ですよねー、はいはーい」
    「うっ、……い、いや、それは単純に、ただ言葉の綾であってだな、俺は、その、正直な意見としてはだな……」
     ハンはまだ抗弁しようとしているらしく、しどろもどろに言葉を立て並べている。しかし――。
    「はぅぅ……」
     どう言い繕ってもごまかせそうにないと諦め、クーは顔を両手で抑え、黙り込んでしまった。

    琥珀暁・姫惑伝 5

    2019.09.12.[Edit]
    神様たちの話、第228話。クーとハン。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 喜び勇んで測量と遺構調査に出向いたものの、街を発ってから数時間もしないうちに、一行はそれが実行不可能であることを痛感した。「前が見えん……」 当初予想されていた以上に降雪がひどく、測量するどころか、現場に着くことも難しかったからである。「風もなんかひどくなって来てますよー。もう1時間、2時間したら日が暮れちゃいますし、諦...

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    神様たちの話、第229話。
    ハンのいもうと。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     夕食が終わったところで、マリアがテントの外に顔を出し、様子を確かめる。
    「わー、真っ白」
    「え? 魔法陣、動いてない感じですか?」
     尋ねたビートに、マリアが顔をテント内に戻しつつ、「ううん」と答える。
    「動いてるのは動いてるっぽいよ。結界の外はこんもり積もってるけど、内側はうっすらって感じだから」
    「じゃあ、積雪量が魔法陣の効果を上回ってるってことですね。ちょっと描き足してきます。これ以上降り積もって全員凍死なんて、冗談じゃ済みませんからね」
    「ではわたくしもお手伝いいたしますわね」
     ビートとクーが外に出、テントの中にはハンとマリアだけになる。その途端、マリアがまたニヤニヤと笑みを浮かべながら、ハンに近付いて来た。
    「で、で、さっきの話なんですけど」
    「なんだよ」
    「正直なとこ、クーちゃんのことはどう思ってるんです?」
    「どうって……、どうも思ってない」
    「またまたぁ。ごまかさなくっていいんですよー?」
     ハンの回答を鼻で笑い、マリアは質問を重ねる。
    「今はあたしと尉官しかいませんし、ビートもクーちゃんも忙しいでしょうから、素直に何でも話してもらって大丈夫ですよ。言いにくいなー、説明し辛いなーってことでも、あたしじっくり聞きますし。勿論エリザさんみたく、話のあちこちでいちいち茶々入れたりもしませんよ」
    「……なら、言うが」
     ハンはチラ、とテントの出入口に目をやり、ぽつりぽつりとした口調で話し始めた。
    「確かに俺は、クーのことを嫌ってなんかいないし、どっちだって言えば好印象を持ってはいる。だが、正直に言えば、恋人だとか結婚相手だとか、そう言う相手としてはまだ、どうにもそうは思えないんだ」
    「やっぱり妹的な感じですか」
    「そうなるな。現状、手のかかる妹としか感じてない。……それが今後、そう言う相手として見ていくようになるのか、やっぱり妹だとしか思えないままなのかは、俺だって分からん。分かるもんか」
    「でしょうね」
    「だがどう言うわけか、俺の周りの人間は皆、クーと俺をくっつけたがってるんだ。エリザさんもだし、親父もお袋も、妹たちも。お前たちもだよな」
    「まあ、その方が現状、面白いですもん」
     マリアはいたずらっぽく笑いつつ、切り返して来る。
    「でもみんながくっつけようとするのって結局、尉官が独り身だからですよね。いいトシして恋人も奥さんになりそうな人も近くにいないし、そこにクーちゃんが名乗りを挙げて迫って来ちゃったんですから、誰だって『じゃあこの二人くっつけちゃえ』ってなりますよ」
    「むう……」
    「だから、どーしても、どぉーしてもクーちゃんを奥さんにできないって言うなら、誰か他にいい人見付けないと。じゃなきゃみんな絶対納得しませんし、何なら本気で外堀埋めにかかりますよ、あたしたち。
     何だかんだ言って、あたしたちは尉官がこのまま寂しく独りでおじさん、おじいちゃんになってくのは心配ですしね」
    「余計なお世話だ。……しかしなぁ」
     ハンは両手を頭の後ろで組み、うめくような口ぶりで続ける。
    「他に誰かって言ったって、お前の言う通り、確かにいないんだよな。それらしい出会いも無いし。……あ、いや、お前はいるけど」
    「なんかそれ、あたしを女の子として認識してないぞってセリフですよね。まあ、あたしも尉官はお付き合いするような相手としては見てないですけど」
    「じゃあどう見てるんだ?」
    「手のかかるお兄ちゃん、ですね」
    「……だろうと思ったよ」
     話しているうちに、ハンは無意識に、くっくっと笑みを漏らしていた。
    「まあ、なんだ。この話はもう、この辺でいいだろ? これ以上、今ここでああだこうだと言ったところで、俺がいきなりクーに惚れるなんてことも無いし」
    「そーですね。解決できないことをいくら悩んでも、お腹が減るだけです。今日はもう、ちゃっちゃと寝ちゃいましょう」
    「だな」
     そこでビートとクーが戻り、一行はそのまま就寝した。

    琥珀暁・姫惑伝 6

    2019.09.13.[Edit]
    神様たちの話、第229話。ハンのいもうと。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 夕食が終わったところで、マリアがテントの外に顔を出し、様子を確かめる。「わー、真っ白」「え? 魔法陣、動いてない感じですか?」 尋ねたビートに、マリアが顔をテント内に戻しつつ、「ううん」と答える。「動いてるのは動いてるっぽいよ。結界の外はこんもり積もってるけど、内側はうっすらって感じだから」「じゃあ、積雪量が魔法陣...

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    神様たちの話、第230話。
    クーのこうげき。

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    7.
     雪中で一晩を過ごし、朝早くになって――と言っても、この地ではまだ、日も差さないくらいの時刻であるが――ハンが状況を確かめに、テントの外に出た。
    (雪はやんだか。……とは言え、結界の外は1メートル以上積もってる。太陽が出れば多少溶けてくれるかも知れんが、それでも遺構まで行くのは無理だろう。引き返すのが賢明だな。……やれやれ、2日無駄にしたってだけだな)
     と、テントの中からひょこ、とクーが顔を覗かせる。
    「やみましたの?」
    「ああ。だが大分積もってる」
    「あら」
     そこでクーの全身がテントの外から現れ、結界の中をぐるっと一回りして、落胆した声を漏らした。
    「これでは無理でしょうね」
    「だろうな。帰る用意をした方がいい」
    「ええ、そういたしましょう」
     クーはテントの方に踵を返しかけるが、そこでもう一度、ハンに向き直る。
    「では次回は、雪が溶けた頃にでも」
    「いや、だからその頃には、本土からの……」
     言いかけたハンの手を取りつつ、クーはにっこりと笑みを浮かべて、こう返した。
    「お休みを取ればよろしいのでは? 今回の件、半分はわたくしへの忖度ですし、そちらについては非常にありがたく存じておりますけれど、はっきり申せばもう半分は、あなたのご趣味でしょう?」
    「これは仕事だ。混同するな」
    「そのお言葉、そっくりお返しいたしますわ」
    「俺が公私混同してるって言うのか?」
    「さようでしょう? まさか違うなどと、臆面も無く仰るおつもりかしら」
    「なっ」
     はっきりと言い切られ、ハンは面食らう。その様子を見てなお、クーはにこりと微笑んだまま、口撃を止めようとしない。
    「常識的に考えて、ご予定が立て込んでいるわけでも状況が差し迫っているわけでもございませんのに、わざわざ雪深い中へと分け入って行くのは、過分に個人的嗜好が内在しているものと見受けられますけれど?」
    「いや、だから、今じゃなきゃ、今後の予定が」
    「予定、予定と仰いますけれど、本当に仕事上のご予定であれば最初からはっきり、人員をお割きになればよろしい話でしょう? 遠征隊はあなたたち3人しかいらっしゃらないわけではございませんし。それを何故、わざわざ、遠征隊隊長ともあろう方が、ご自身で向かわれるのかしら? 隊長自ら向かわなければならない、合理的かつ強制的な理由がおありになるとでも?」
    「い、いや……、その……、人員の教育と言うか、適当なのが……」
    「冬期、特に厳寒期には港が凍ってしまうくらいですから、陸では相当量の積雪が見込まれること、ひいては通常あなたが行っている通りの方法と既存の人員では、この時期における調査が困難になるであろうことは、容易に想定いたせるはずでしょう? まさかそれを想定していないはずがございませんわよね? であれば厳寒期に入る前に人員を選抜する、厳寒期に入ったら教育を施しつつ装備を開発するなど、入念な対策がいたせたのではないのかしら? 遠征隊隊長ともあろう方がそうした事態もろくに想定されず、対策も施さないまま、ご自身でこうして向かわれることに何か、わたくしが心より納得いたせるようなもっともらしい理由がございまして?」
    「う……いや……それは……」
    「もし合理的説明がいたせないのであれば」
     クーはハンの手をぎゅっとつねり、話を一方的に切り上げた。
    「次回はきちんとお休みを取って、あなたの道楽に付き合っても良いと仰ってくださる有志を募った上で、ごゆるりとお行き遊ばせ」
    「うぐ……」
     そのままテントの中に入っていくクーの後ろ姿を、ハンはつねられた手をさすりながら眺めていることしかできなかった。

     クーがテントの中に戻ったところで、ニヤニヤ笑っているマリアと目が合った。
    「ズバリ言っちゃいましたねー、クーちゃん」
    「ええ、きっちり申し上げました。いつもあの方から、ずけずけと申されておりますので」
    「意趣返しってやつですか」
     ビートもテントの出入口をうかがいながら、話の輪に加わる。
    「でも確かに、今回も、……いや、前回からも、ちょっとキツいなとは思ってたので、正直言ってありがたいです」
    「そう仰っていただけて、嬉しく存じますわ。わたくしにしても、酷寒の中で何の成果も無くただ一晩過ごすだけと言うような経験は、可能であれば一度だけにしておきたく存じますから」
    「同感です」
     ビートと共にクスクスと笑い合ったところで、ようやくハンが――まだ複雑な表情を浮かべながらも――テントの中に入って来た。
    「その……なんだ。もう2時間、3時間すれば日が昇るだろう。今日は早く帰るぞ」
    「了解でーす。朝ご飯作りますね。クーちゃんも手伝ってくださーい」
    「ええ、承知いたしました」



     この日以降、ハンは天候不順の日にまで測量調査を強行しようとしなくなり、マリアたちの日常は少しだけ、穏やかになった。

    琥珀暁・姫惑伝 終

    琥珀暁・姫惑伝 7

    2019.09.14.[Edit]
    神様たちの話、第230話。クーのこうげき。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. 雪中で一晩を過ごし、朝早くになって――と言っても、この地ではまだ、日も差さないくらいの時刻であるが――ハンが状況を確かめに、テントの外に出た。(雪はやんだか。……とは言え、結界の外は1メートル以上積もってる。太陽が出れば多少溶けてくれるかも知れんが、それでも遺構まで行くのは無理だろう。引き返すのが賢明だな。……やれやれ、2...

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    神様たちの話、第231話。
    余暇の潰し方。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     遠征隊と――そしてとりわけ、エリザの――尽力により、沿岸部に住まう人々の暮らしは、隊がこの地を訪れる以前に比べ、格段に良くなっていた。
     そして暮らしが充実してくれば、それまでひたすら働くか、さもなくば眠ることだけが生活の全てであった者たちが、他のことにも目を向け始めるようになるのは、自然の成り行きと言え――。
    「つまり市民が暇を持て余している、と?」
    「そう言うこっちゃ」
     エリザから街の状況を聞き、ハンは首を傾げた。
    「それが何か?」
    「何か、や無いやん」
     気の無い返事に、エリザは肩をすくめて返す。
    「遠征隊がこの国を統治しとるんやから、街の人らが困っとるコトがあるっちゅうんやったら、そら何とかしたらなアカンやろ、っちゅうてるんやん」
    「はあ」
     ハンはふたたび気の無さそうな返事をし、続いてこんなことを言ってのけた。
    「では遠征隊の仕事を手伝ってもらいますか? 人手は十分ではありますが、探せば何かしらの用事を頼むことはできるでしょうし」
    「アホちゃうかアンタ」
     これを聞いて、エリザがため息をつく。
    「『仕事せんでええ時間が作れてきたから何やおもろいコトあらへんか』、っちゅうてはんねんや。なんで仕事の合間に仕事せなアカンねん。気持ち悪いコト言いなや」
    「き、……気持ち悪い? ですって? そこまで言われるようなことじゃないでしょう」
     明らかに不機嫌そうな顔を向けてきたハンに、横で話を聞いていたクーが、残念なものを見るような目をハンに向ける。
    「わたくしもエリザさんの仰る通りと存じます。せっかくお仕事以外のお時間を作れそう、皆様の人生を豊かに、彩りあるものにする機会が設けられそうだと言うのに、それを新たな仕事で埋めようだなんて。あまりに品性の無いご発言です。
     世の中の人間が皆、あなたのように仕事だけが生きがいだと申すような変人ばかりではございませんのよ」
    「変人? 俺が?」
    「変人っちゅうか、変態や。極めつけのド変態やで」
     エリザとクーがうんうんとうなずき合う中、ハンは苦虫を噛み潰したような顔を二人に向ける。
    「俺自身はそうは思いませんがね。まったく常識的な人間と……」「はいはいはい、変態はみんなそー言うもんや」
     ハンの抗弁をさえぎり、エリザはクーに顔を向ける。
    「ってワケでや、アタシらから何かしら娯楽を提供でけへんかっちゅうコトなんやけどもな、クーちゃん何かええ案無いか?」
    「またお祭りでも催されてはいかがでしょう?」
    「んー」
     クーの出した案をメモに書き留めつつも、エリザはどこか、納得が行かなさそうな表情を浮かべている。
    「悪くないと思うで。悪くないとは思うんやけども」
    「けども?」
    「こないだノルド王国さんらと友好条約締結した時も、沿岸部平定したでー言うてちょっと騒いだやん」
    「ええ、記憶に新しいですわ」
    「せやろ。ソレからそないに時間経ってへんのに、またお祭りやーってやっても、みんな『またか?』てなるやん」
    「さようですわね。あまりお喜びにならないかも」
    「そもそもおカネもソレなりにかかるし、短期間に二度も三度もやっとったら、流石に赤字出てまうわ。市政でも国政でもアタシが関わる以上、赤字出すようなマネは絶対無しや。
     あと、お祭りやといっぺんワーッとやって、そんで終いやん?」
    「と仰ると?」
    「普段の生活ででけた余暇を毎日お祭りに充てるんは無理があるで。もっと毎日の生活に組み込めるようなもんにせんと」
    「仰る通りですわね」
    「ちゅうワケで、もっと小規模な娯楽は何か無いやろか、と。どないやろ」
    「うーん……」
     二人で悩んでいるところで、ハンが憮然とした顔のまま、席を立つ。
    「そう言う話なら、俺の出番は無いでしょう。失礼します」
    「せやろな。用事でけたら呼ぶわ」
    「分かりました。では」
     そのままハンは、部屋を後にする。残ったエリザとクーは顔を見合わせ、互いに呆れた目を向けていた。
    「……何とかならんかな、あの子」
    「何とかいたさなくてはなりませんわね」

    琥珀暁・雄執伝 1

    2019.09.16.[Edit]
    神様たちの話、第231話。余暇の潰し方。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 遠征隊と――そしてとりわけ、エリザの――尽力により、沿岸部に住まう人々の暮らしは、隊がこの地を訪れる以前に比べ、格段に良くなっていた。 そして暮らしが充実してくれば、それまでひたすら働くか、さもなくば眠ることだけが生活の全てであった者たちが、他のことにも目を向け始めるようになるのは、自然の成り行きと言え――。「つまり市民が...

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    神様たちの話、第232話。
    学習意欲の需要と供給。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     とりあえず市井の要望をまとめるため、エリザは店の人脈を使い、街の人間を調査した。
    「ふーん……?」
     その調査結果を集計していたところで、エリザは首を傾げていた。
    「どしたんスか?」
     いつものように彼女を手伝っていたロウが顔を上げて尋ねたところで、エリザはぺらぺらとメモ用紙を振って見せる。
    「みんな思ったよりマジメさんやなー思て」
    「って言うと?」
    「いやほら、『ヒマ潰すのんに何したいですか』っちゅうて、みんながお買い物するついでに聞いて回ったやん? そしたらな、大半の人がアタシらの言葉を覚えたいとか、アタシらが持って来た本読んでみたいとか返って来てんな」
    「え……つまりベンキョーっすかぁ?」
     げんなりした顔をするロウに、エリザはクスクス笑って返す。
    「いや、まあ、分からへんコトは無いんやけどもな。今まで分からんかったコトがピンと来たっちゅうのんは楽しいからな。アタシらが母国語でしゃべっとるコトとか、紙の束の中に何が込められてるか分かったら、そら楽しいやろなーとは思うで。
     アンタかて新しい釣具の使い方教えてもろたら、『面白そうやなー』『ちょっと使てみたいなー』て思うやろ?」
    「そりゃまあ」
    「ソレと一緒や。目新しいもんはやっぱり触ってみたくなるねん。ソレに――前からちょこっと思てたんやけど――この街の人ら、大半が熊獣人の人らやん?」
    「そっスね」
    「どうも『熊』の人ら、根がえらいクソ真面目みたいやねんな」
     そう言われて、ロウはポン、と手を叩く。
    「あー、確かに。戦闘でもアイツが『全速前進』っつったら、真面目に全力疾走してますしね」
    「そう言うトコはハンくんと相性ええやろな、ホンマ。ま、ソレは置いといて。真面目やから勉強も積極的やし、向上心も大きいねんな。そもそも今まで虐げられとった人らやから、自分をもっと高めたい、バカにされへんようになりたいっちゅう意識は多かれ少なかれ持ってはるんやろ」
    「そんなもんスかねぇ。やっぱり俺にはピンと来ないっスわ」
     腑に落ちなさそうなロウを尻目に、エリザはニコニコ笑っていた。
    「ま、みんなが欲しい言うてるんであれば、『ほなあげよか』って話やな」

     街の要望を受け、エリザは街に塾を開き、遠征隊の人間を使って講習を始めた。ところが程無くして、エリザはとある問題にぶつかってしまった。
    「足らんの?」
    「はあ……」
     講習を開いたところ、想定していたよりも多くの人間が参加したため、教科書や筆、紙などの教材が早々に尽きてしまったのである。
    「どんくらい?」
    「用意したのは50人分だったんですが、200人以上来まして」
    「あちゃ、4倍かぁー……」
     エリザは机にしまっていたメモをがさがさとかき分け、その中の1つを手に取る。
    「ココもどないかせんとアカンなぁ。……えーと、……うーん」
    「どうにかできそうっスか?」
     横にいたロウに尋ねられ、エリザは肩をすくめて返す。
    「そら採算度外視でめちゃめちゃ頑張ったらでけるやろけど、赤字はアカン。ヒトにモノ教える系は利益回収するのんにえらい時間かかるし。どないかして本やら何やら安う作らんと、商売にならへんな」
    「どうすんスか?」
    「方法は2つやな。教材作る費用抑えるか、講習料上げるか、や。せやけど後者は無いな。まだまだみんな貧乏やし、高うしたら誰も受けられへんなってまうわ」
    「となると費用を抑えるってコトっスね。じゃ、ケチるしかないと」
    「ソレも嫌やろ」
     エリザはぺらぺらと手を振り、ロウの意見に反対する。
    「費用っちゅうたら、材料費と手間賃やん? 本とか筆の材料っちゅうたら基本、木材や。森関係の資材はノルド王国さんトコから買うてるけど、ソレを『安うしてー』言い出したら、向こうさん『勘弁してえな』って困らはるわ。手間賃にしても、抑えるっちゅうコトは『タダ働きしてー』って言うてるようなもんやん? どっちも嫌やろ」
    「そりゃまあ、そうでしょうけど。でも皆の要望に答える形でやってんスから、ちょっとくらい我慢すりゃ……」「アホか」
     ロウの反論を、エリザはぴしゃりとさえぎる。
    「今までが我慢に我慢の連続やった人らに、まだ我慢せえっちゅうんか? エグいコト言いなや」
    「た、確かに。すんません」
     ロウはたじたじとなりながらも、続けて尋ねる。
    「でも、じゃあ、どうすんスか? もう手が無いじゃないっスか」
    「ソコを考えるのんがアタシの仕事や。まあ、任しとき」
     そう返してエリザは席を立ち、ロウに手招きする。
    「アイデア出すのんに現場見るし、アンタついてき」
    「あ、はい」

    琥珀暁・雄執伝 2

    2019.09.17.[Edit]
    神様たちの話、第232話。学習意欲の需要と供給。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. とりあえず市井の要望をまとめるため、エリザは店の人脈を使い、街の人間を調査した。「ふーん……?」 その調査結果を集計していたところで、エリザは首を傾げていた。「どしたんスか?」 いつものように彼女を手伝っていたロウが顔を上げて尋ねたところで、エリザはぺらぺらとメモ用紙を振って見せる。「みんな思ったよりマジメさん...

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    神様たちの話、第233話。
    現場視察とアイデア。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     ロウと丁稚数人を伴い、エリザは製本作業を行っている工房を訪ねた。
    「邪魔すんでー、……っと、ホンマに邪魔になってまうな」
     作業場の扉を開けるなり、糊と墨で汚れた職人たちの憔悴(しょうすい)しきった視線が集まり、エリザは「ゴメンな、気にせんとって」と頭を下げ、そのまま外に出た。
    「チラっと見でやけど、えらい作業押してはるみたいやな。みんな顔が必死やったで」
     そうつぶやくエリザに、丁稚の一人が答える。
    「うちからかなりの数を発注してますし、遠征隊からも注文がありますからね……」
    「しわ寄せが来とる形やな」
     エリザはもう一度、今度は扉の隙間から作業場の様子をうかがい、問題点を探る。
    「作業場の大きさ的に、単純にヒト増やしたところでどないもならへんやろな、コレは。そもそも雇い賃もバカにならんし。と言うて作業場大きくしたとて、こんだけ切羽詰まっとるなら焼け石に水やろし。
     となると一番ええんは、今の体制で生産でける量を増やすコトやな」
     極力邪魔にならないよう、隙間から覗きつつ、メモを取ることを繰り返していたが、やはり目立っていたらしく――。
    「あの、女将さん」
     中にいた職人が声を掛け、エリザを手招きした。
    「いっそ中で見てくれませんか? 気になるので」
    「あ、ゴメンな」
     エリザは照れつつも、素直に作業場に入って中を見回し、声をかけてきた職人に尋ねた。
    「作業、どないや? しんどいやんな」
    「ええ。ずっと文字を写しっぱなしで手は痛いし、糊と墨の臭いでクラクラするしで」
    「そらかなわんなぁ」
     エリザは壁の窓に目をやり、メモに書き留める。
    「手の疲れについては今すぐどうこうっちゅうワケに行かんけど、臭いについては近い内、何とかするわ。あ、アタシは気にせんと作業しといてや」
    「はあ」
     その後、作業場を一通り周り、メモを書き終えたところで、エリザは「しんどいやろけど、でける限り何とかしたるから」と皆に言い残して、作業場を後にした。

     店に戻ったエリザは書き留めたメモを机に並べて、ロウと意見を交わしていた。
    「窓については、風系の魔法陣描いたったら多少は換気でけると思うんよ」
    「そっスね」
    「ただ、根本的な解決にはならんからなぁ。やっぱり同じ人数でもっと多く作れるようにせな、どないもならんやろな」
    「つっても、アレ一枚きれいに書き写すのに、どうやったって1時間、2時間はかかるでしょ? 早く終わらそうと思ったら、文字はグチャグチャになるでしょうし」
    「ソレやねぇ。読める字書かんと、本にならんしなぁ。……ん?」
     と、エリザはメモを見て首を傾げる。
    「なんやコレ?」
    「なんスか?」
    「や、メモの端っこ。全部黒い点付いとる」
    「あ、本当だ」
     ロウはメモを取り、それぞれに付いた点を見比べ、「あ」と声を上げた。
    「エリザさん、右手見せて下さい。右手の親指」
    「ん?」
     右手を開き、その親指を見て、エリザも原因に気付く。
    「いつの間にか墨付いとったわ。コレかー」
    「ソレっスね」
     どうにもおかしくなり、エリザもロウも、クスクスと笑みを漏らす。
    「ずーとメモ握りっぱやったから、全然気付かへんかったわ、アハハハ……」
    「ふふ、ふふ……」
     ひとしきり笑ったところで――一転、エリザはメモの、その黒い点をじっと見つめた。
    「……ん? どしたんスか?」
    「や、今ちょっとな、おっ、と思てな」
    「お?」
     きょとんとするロウに、エリザはこんなことを命じた。
    「ちょと木の欠片持って来て。棒状で四角くて、親指くらいの大きさのん、5、6個くらい」
    「はあ」
     命じられた通りに、ロウは木片を調達し、エリザに渡す。
    「何するんスか?」
    「ちょっとな」
     短く返し、エリザは机に仕舞っていた彫金道具でガリガリと、木片を削り始めた。
    「木像でも作るんスか? 息抜きかなんかで」
    「ちゃうちゃう。1時間くらいかかるから、ちょっと待っとき」
     そう答え、エリザは作業に没頭し始めた。

    琥珀暁・雄執伝 3

    2019.09.18.[Edit]
    神様たちの話、第233話。現場視察とアイデア。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. ロウと丁稚数人を伴い、エリザは製本作業を行っている工房を訪ねた。「邪魔すんでー、……っと、ホンマに邪魔になってまうな」 作業場の扉を開けるなり、糊と墨で汚れた職人たちの憔悴(しょうすい)しきった視線が集まり、エリザは「ゴメンな、気にせんとって」と頭を下げ、そのまま外に出た。「チラっと見でやけど、えらい作業押しては...

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    神様たちの話、第234話。
    職人エリザの本領発揮。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     木片を削り始めてから1時間が経った頃、ようやくエリザは顔を上げた。
    「……ふー。でけたわ」
    「おつかれっス」
    「んあ?」
     そこでロウと目が合い、エリザは驚いた声を上げる。
    「なんや、ずっとおったんか?」
    「ええ」
    「時間かかる言うてたんやから、ドコかでお茶しとったら良かったやんか」
    「いやぁ、見てて飽きなかったもんで」
    「変わっとるなぁ、アンタ。ま、ええわ。コレ見てみ」
     そう言って、エリザは削った木片をトントンと揃える。
    「……なんスか、コレ?」
     削られた木片をじっと見つめ、首を傾げるロウを見て、エリザはニヤッと笑う。
    「コレにな、墨ちょいと付けて、ほんでこう……」
     説明しつつ、エリザは木片の先に墨を塗り、メモに押し付ける。
    「ほれ」
    「……はぁ」
     メモに付いた墨を見て、ロウはもう一度首を傾げる。
    「文字に見えますね。E……LI……SA……エリザさんスか」
    「せや」
    「つまりコレで文字を書くってコトっスか?」
    「こう言うのんを一杯作ってな」
    「手間じゃないっスか、そっちの方が?」
    「一文字彫ったらソレで金型作れば、いくらでも増やせるやん?」
    「まあ、そっスね」
    「で、1ページ分作ったらソレ固めて、もっかい金型作ったったら、同じページがなんぼでも……」
    「あっ、……なるほどっス」
     ロウは目を丸くし、拍手する。
    「流石っスね」
    「んふ、ふふ……」

     元々、貴金属を扱う宝飾職人として、並々ならぬ腕を持つエリザである。1週間のうちに、自分たちのことばで使う文字をすべて彫り終え、それを基に金型を作り上げ、教本約60ページ分を作業場で「書いて」見せた。
    「す……すごい」
    「これ一冊書くのに、丸一日かかるのに」
    「20分もかかってない……ですよね」
     驚きの声を上げ、感嘆する職人たちを前に、エリザも墨まみれになりながら、クスクス笑っていた。
    「金型も今増やしとるから、明日、明後日には一杯作れるで。コレ使たら、もう手ぇ痛くならんで済むやろ?」
    「はっ、はい」
     職人たちはエリザを囲み、次々に感謝と尊敬の言葉を述べた。
    「ありがとうございます、女将さん」
    「なんて言うか、なんか、すごいなって」
    「本当、それ……」
     口々に称賛され、エリザも流石に顔を赤くした。
    「まあ、何や、うん、喜んでもらえたら嬉しいわ、アハハハ……」



     こうしてエリザが考案し、実用化させた技術――活版印刷は、飛躍的に本や書類の生産量を向上させた。
    「いや、マジですげーっスわ」
    「そんなにホメてもなんも出えへんで」
     印刷された本を手に取り、しげしげと眺めているロウを見て、エリザはニコニコ笑っている。
    「アイツもすげーって言ってたらしいっスね」
    「アイツ? ああ、ハンくんか? せやねぇ、……せやねんけども、あの子また『これで生産効率が上がれば、さらに多くの仕事がこなせますね』みたいなコト言うててなぁ。なーんでそんなに仕事したがるんか。仕事の合間に仕事するとか、もう病気の域やでホンマ」
    「ぞっとしないっスね。……でも、確かにすげーはすげーっスよね」
     ロウは本を机に置き、こんな提案をしてきた。
    「本土にも知らせといた方がいいんじゃないっスか? こんだけ便利な技術なら、向こうも大喜びでしょうし」
    「お、そらええな。ソレ考えてへんかったわ。ありがとな、ロウくん」
    「いや、そんな、へへへ……」
     顔を真っ赤にして照れるロウをよそに、エリザは机の引き出しから「魔術頭巾」を取り出し、頭に巻く。
    「『トランスワード:ロイド』、……いとるかー?」
     自分の実の息子へと連絡を試み、まもなく応答が返ってくる。
    《あ、うん、母さん。な、何か用?》
    「用が無かったらお話したらアカンか? や、用はあるねんけどな」
    《ご、ごめん》
    「えーからえーから。いやな、こっちでアタシ、ちょっとええコト思い付いてな……」
     こうしてエリザはロイドに活版印刷の技術を伝え、彼もロウと同様に、称賛の声を返してきた。
    《す、すごいと思うよ、うん、ホンマ。あ、せやったら、あの、僕もちょっと作ってみて、ゼロさんに報告しとこか? ちょうど今、僕、リンダと一緒に、その、父さんのトコいてるから。あ、それか、母さんから言うた方がええんかな?》
    「ん? んー……」
     ロイドに問われ、エリザは思案する。
    「んー……、や、アンタから言うといて。最近ちょこっとな、色々アレやし。アタシから言うより、アンタが言うた方が角も立たんやろ」
    《あ、アレって?》
    「色々や、色々。ま、ほなよろしゅう」
    《う、うん。母さんも、あの、えっと、気ぃ付けて》
    「ありがとさん。ほなな」



     こうしてエリザは、本土に活版印刷の技術を伝えたが――これが後に、一つの騒動を起こすこととなった。

    琥珀暁・雄執伝 4

    2019.09.19.[Edit]
    神様たちの話、第234話。職人エリザの本領発揮。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 木片を削り始めてから1時間が経った頃、ようやくエリザは顔を上げた。「……ふー。でけたわ」「おつかれっス」「んあ?」 そこでロウと目が合い、エリザは驚いた声を上げる。「なんや、ずっとおったんか?」「ええ」「時間かかる言うてたんやから、ドコかでお茶しとったら良かったやんか」「いやぁ、見てて飽きなかったもんで」「変わ...

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    神様たちの話、第235話。
    活版印刷を巡る騒動。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     エリザがロイドに活版印刷を伝えて、3日後の夜――。
    「……んあ?」
     既に就寝していたエリザの狐耳のピアスに、ぴり、ぴりとした感触が伝わる。
    「なんやな? ……『リプライ』」
    「頭巾」を巻き、応答するなり、娘、リンダの泣きじゃくった声が耳に響いてきた。
    《があやあああん、うえええええん》
    「お、お、ちょ、ちょっ、待ちいや、なんや?」
     流石のエリザも娘の泣き声にうろたえ、跳ね起きる。
    《にいやんがああああ、びいいいいいい》
    「お、落ち着き、な、ちょ、アンタ、落ち着きって、なあ」
    《エリちゃん!》
     と、もう一人、通信に入って来る。
    「ん? ゲートか?」
    《ああ、俺だ。リンダが泣きじゃくってるから、俺が代わりに》
    「あ、ああ。どないしたんよ、こんな夜中に」
    《いや、俺もいきなりのことでさ、動転してるんだ。何をどう言ったらいいか》
    「アンタのコトはどないでもええねん! 何があったか早よ言わんかいッ!」
     苛立ち、声を荒げたエリザに、ゲートの怯んだ声が恐る恐る返ってくる。
    《す、すまん。えーと、……そうだ、結論から言おう。ロイドが捕まった》
    「ん?」
    《ロイドが、ゼロに捕まったんだ》
     突拍子も無いことを伝えされ、エリザは聞き返す。
    「……ちょとゴメンな、『ロイドがゼロに捕まった』っちゅうところがちょっと聞き取りにくいんやけど」
    《そう言ったんだ》
    「寝ぼけとんの? ソレともコレ、アタシの夢か何かか?」
    《こんな状況で寝られるわけないだろ。君もしっかり起きてるはずだと思う》
    「もっかい聞くで? ロイドがどうなったって?」
    《捕まった。ゼロに》
     何度も聞き返し、何の聞き違いも取り違いも無いと把握はできたが、聡いエリザでもこの状況はまったく、把握できなかった。
    「……どう言うコトか、一から説明してもろてええか?」
    《ああ》



     エリザから活版印刷の技術を伝えられたロイドは、すぐさま自分でも文字型を彫り、ゲートの紹介を経てゼロに謁見した。
    「やあ、えーと……」
    「ろ、ロイド・ゴールドマンです。ご、ご面前に、は、拝しまして、あ、あの、きょん、いえ、恐悦……」
    「いや、いや、かしこまった挨拶は結構だよ。こんにちは、ロイド」
     ゼロは――この数年、エリザに対していい印象を持っていないと言うことだったが――エリザの息子であるロイドに、この時点まではにこやかに接してくれた。
    「それで、今日はどんな用事かな? ゲートから、『すぐに見せたいものがあるんだ』と聞いてるけど」
    「あ、は、はい。こ、これになります」
     ぺこぺこと頭を下げ、ロイドは持っていたかばんから、自分が彫ってきた文字型を取り出し、ゼロに見せた。
    「……それは?」
     その瞬間、ゼロの穏やかだった顔に、何故か険が差す。
    「あ、あの、これ使て、あの、本、あの、できると……」
    「ちょっと、詳しく聞かせてもらおうか」
     おもむろにゼロが立ち上がり、ロイドの手をつかむ。
    「はひぇ?」
    「こっちに来てくれ」
    「は、ははは、はひ、わかりましっ、ましゅ、ました」
     目を白黒させ、恐縮し切っているロイドにチラリとも目を合わせず、ゼロは引っ張るようにして、謁見の間から去ろうとする。
    「お、おい? ゼロ? どうしたんだよ?」
    「……」
     ロイドを連れてきたゲートも無視し、そのままゼロは、ロイドと共にその場を後にしてしまった。



    《……で、どうしようも無いから一旦家に帰ったんだが、ついさっき、城のヤツから『ロイドの投獄と処刑が決定した』と》
    「待てやおい」
     エリザは喉の奥から声を絞り出し、ゲートに尋ねる。
    「ほんなら何か、文字型見せただけでゼロさんがキレて、ロイドを処刑しようって言い出したっちゅうコトか?」
    《そうなる》
    「ふざけとんのか?」
    《ふ、ふざけてない! マジなんだ! でも俺も、本当、何がなんだかさっぱりで》
    「アンタこのまま放っとくつもりやないやろな!? まさかなあ!? そんなワケ無いわなぁ!?」
     怒鳴るエリザに、ゲートもたじろぎつつも、しどろもどろにどうにか応じる。
    《なっ、なわけ、無いだろ? お、俺も今から城に行って、ゼロに確認しに行くし、処刑を止めるよう説得する。このままロイドが殺されるなんて、あってたまるかよ》
    「頼んだで。ほんで、城行くんやったら『頭巾』も持って行き。アタシも今から連絡入れる。3人で『お話』や」
    《分かった。……頼む》

    琥珀暁・雄執伝 5

    2019.09.20.[Edit]
    神様たちの話、第235話。活版印刷を巡る騒動。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. エリザがロイドに活版印刷を伝えて、3日後の夜――。「……んあ?」 既に就寝していたエリザの狐耳のピアスに、ぴり、ぴりとした感触が伝わる。「なんやな? ……『リプライ』」「頭巾」を巻き、応答するなり、娘、リンダの泣きじゃくった声が耳に響いてきた。《があやあああん、うえええええん》「お、お、ちょ、ちょっ、待ちいや、なんや...

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    神様たちの話、第236話。
    エリザとゼロの争議。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     エリザはすぐさまゼロに通信を送り、極力穏やかな声色を作って尋ねた。
    「今ですな、ゲートさんから聞いたんですけども、なんですか、ウチのロイドが捕まったとか? いや、なんかゲートさんの勘違いちゃうかーと思って、ちょっと今、確認取らさせていただいておりますんやけどもな?」
     が、ゼロはにべもなく、通信を切ろうとする。
    《話すことは無い。夜分遅くに非常識じゃないかな》
    「あのですなー」
     苛立ちを抑え、エリザはなおもやんわりと尋ねる。
    「ウチの息子が捕まったって聞いたら、確認したなるんが普通とちゃいますのん? ゼロさんかてアロイくんとかクーちゃんとか捕まったって聞いたら、こうして確認入れはりますよね? そん時に常識や何や、言うてる場合やと思わはります?」
    《まあ、そうだね。うん。でも私から言うことは何も無い》
    「ありますやんな? ゼロさん自ら連行したて聞いてますねん、アタシ」
    《形としてはそうなる。しかし投獄を決定したのは……》
    「ゼ・ロ・さ・ん・で・す・や・ん・なぁ?」
    《最終決定と言う意味で言えば、私にある》
    「で・す・や・ん・なぁ?」
     威圧感をにじませたエリザの声に、ようやくゼロも、まともな答えを返してきた。
    《……投獄の理由が聞きたいと?》
    「勿論ソレもありますし、ソレが納得行かへんもんやったら、アタシは即刻釈放を要求しますで。説明も何も無しでいきなり処刑なんて、公明正大で通っとるゼロさんがやるはずありまへんやろからなぁ?」
    《分かった。……ちょうど今、ゲートも来たらしいから、みんなで話そう》

     ゲートが会話に加わったところで、改めてゼロから、今回の件についての説明が成された。
    《罪状は『重要機密の窃取、および漏洩』だ。ロイドは現在私が中心となって研究していた技術を盗み出し、公に広めようとしていた。だからそうなる前に私が警吏に命じ、投獄させたのだ》
    「重要機密?」
    《それについては知らせられない》
    《言わなきゃ何がなんだか分からん。俺にも話せないことなのか?》
     ゲートに突っ込まれ、ゼロは渋々と言いたげな口ぶりで説明する。
    《書類や書物の大量製造を可能にするための技術開発だ》
    「ん? ソレって……」
    《そうだ。君の息子が持ち出したのは明白だ。あまつさえ、それをわざわざ私に見せに来た。大方、罪の意識を感じて申し出たのだろう》
    「ちゃいます」
     エリザは声を荒げ、それを否定した。
    「ソレはアタシから、ロイドに伝えたもんです。ゼロさんがしとったコトは、あの子は何も知りませんし、アタシも知る術はありまへん」
    《じゃあ何故、あの子は文字型を持っていたんだ?》
    「アタシが作り方教えたからです」
    《君が重要機密を知っていた理由は?》
    「そんなもん、知りません。アタシがこっちで、自ら考えて作ったんです」
    《信じられない。有り得ないことだ》
    「何がですねんな? 文字型作るのくらい、こっちで木材と鉛があれば簡単にでけますやろ? ソレともアタシのアタマでこんなアイデア、思い付くはずが無いとでも言わはるんですか?」
    《……それは、……いや、……君なら、確かに、……君の経験と技術があれば、……有り得ないことでは、無いと、思う》
    「はっきり言うときますで。この技術はアタシがこっちで一から考えて、作り出したもんです。ゼロさんトコが何してたか、アタシもロイドも全く知りまへん。ゼロさんが思とるようなコトは、全くありまへんからな。事実無根です。
     ちゅうワケで即刻、無罪放免したって下さい」
     畳み掛けるようにまくし立てたエリザに、ゼロは何も答えず、ただただ無言の時が流れる。
    《おい、ゼロ。何か言えって》
     たまりかねたらしく、ゲートが促すが、ゼロは歯切れ悪く応じるばかりである。
    《要求は良く分かった。至極当然の要求だ。それは良く分かっている。
     しかし、……その、……彼を釈放すれば、彼が印刷技術を広めることは、自明だろう。だが、その……、私の方でも、……研究を進めていたこともあるし、携わった人間が納得してくれるか……》
    《あん? 単にエリちゃんの方が、思い付くのも実用化するのも早かったってだけじゃないか。それが何だって言うんだ?》
    《だけど僕が先に、……い、いや、私が、……いや……》
    《お前、もしかして先に実用化されたのが悔しいのか?》
    《そ、そんな、ことは……》
    《仕方無いだろ、そんなの。別に競争してたわけじゃないんだし、さっさと釈放してやれよ》
    《……いや……しかし……》
     なかなか同意しようとしないゼロに、エリザはしびれを切らし、ついに怒鳴り出した。
    「あのですな、ゼロさん? いつまでもロイドを捕まえとく、何がなんでも処刑するっちゅうんやったら、アタシもやるコトやりますで!?」

    琥珀暁・雄執伝 6

    2019.09.21.[Edit]
    神様たちの話、第236話。エリザとゼロの争議。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. エリザはすぐさまゼロに通信を送り、極力穏やかな声色を作って尋ねた。「今ですな、ゲートさんから聞いたんですけども、なんですか、ウチのロイドが捕まったとか? いや、なんかゲートさんの勘違いちゃうかーと思って、ちょっと今、確認取らさせていただいておりますんやけどもな?」 が、ゼロはにべもなく、通信を切ろうとする。《話...

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    神様たちの話、第237話。
    暴慮には暴策を。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     エリザの明確な脅しの言葉に、ゼロの声が揺らぐ。
    「や、やること? だって? な、何をするって言うんだ?」
    《自分の息子がいつまでもいつまでも無実の罪で捕まっとって、アタシがこっちで素直にゼロさんの命令に従っとるワケ無いですやろ? アタシにとってはそんなんより息子の命の方が、1000000倍大事ですわ。
     もしゼロさんが今、『うん』て言わへんのやったら、アタシは即刻帰って、兵隊集めてけしかけるくらいのコトはさせてもらいますで!?》
    「そ、それは……」
     このやり取りを聞いていたゲートは、内心肝を潰す。
    (そりゃマジでまずいだろって、エリちゃん? お前がマジでそんなことしたら、遠征隊はめちゃめちゃになっちまう。シェロの一件からして、ハン一人で600人を統率するのはまず無理だ。ってかエリちゃんがマジで帰るっつったら、絶対100人か200人はそれに付いてくだろうし。そうなりゃ遠征隊が瓦解しちまう。
     それに、マジでエリちゃんが帰ってきて挙兵なんかしてみろよ? 賛同するヤツはかなり出て来るだろう。それこそ、軍に匹敵するくらいの数が揃うことは目に見えてる。そんなのと戦う羽目になったら……! 負ければそのままエリちゃんの天下だし、勝ったとしても、ゼロは英雄から一転、『自国民を虐殺したゲス野郎』になっちまう――その戦い、勝っても負けても、ゼロの評判は地に墜ちちまうぞ!?
     この脅しもあんまりにもあんまりな話だが、でもゼロ、お前だってこんなことに、いつまでも意地になってたって仕方無いだろ?)
     ゲートの懸念を、ゼロも抱いていたのだろう――ようやく、ゼロはエリザの要求に応じた。
    「……分かった。今回の件は、君の言うことを信じることとする。今から連絡して、ロイドは保釈させるよ。……だけど、その代わり」
    《なんですのん》
    「印刷技術に関して、山の北側で広めることはしないでもらえるとありがたい。いや、極力しないでもらいたい。私たちが進めていた研究が無駄になると、困る人間もいるんだ」
    「そんなのお前だけじゃ、……いや、何でも無い。保釈されるってんならそれくらいいいよな、エリちゃん?」
    《ええ、その条件で。ほんなら、よろしくお願いしますで》
    「ああ」
     ようやく話がまとまり、通信はそこで途切れた。
    「ゼロ」
     と、ゲートが声をかける。
    「お前らしくないな。何だよ、今回の話は?」
    「……何が?」
     疲れ切った目を向けられるも、ゲートは追及をやめない。
    「横で聞いてた俺でも、お前の言ってることもやってることも、かなり無茶苦茶だってことは分かったぞ? そもそも極秘の研究だって言うなら、それをどうしてロイドが盗み出せると思うんだ? あいつにそんな技術も度胸も無いぜ?」
    「念には念を入れただけだよ。君だって機密が漏れたと分かったら、相応の対処を講じるだろう?」
    「それにしたって子供一人に因縁付けて投獄するなんて、明らかにやりすぎだ。処刑なんてもっととんでもないぜ。どうしたんだよ、まったく?」
    「……君の言う通り、確かにちょっと、僕は過敏になっていたかも知れない。彼女から何か言われなかったとしても、恐らく、処刑は取りやめただろう。数日取り調べれば疑いも晴れただろうし、いずれ保釈もされただろう。
     冷静に考えれば、確かに行き過ぎた処置だったよ。ああ、冷静さ、今の僕は」
    「お前、昔っから嘘が下手だよなぁ」
     ゲートはため息混じりに、こう言い返す。
    「冷静に見えないぜ、今のお前は。……いや、もうアレコレ言うのはやめとく。ロイドは俺が連れて帰るぞ。紹介したのは俺だし。いいよな、ゼロ?」
    「ああ。連絡しておくよ」
    「……じゃ、おやすみ。夜分遅くに悪かったな」
    「おやすみ、ゲート」
     それ以上は互いに会話も交わさず、目線を合わせることもせず、ゲートはその場を後にした。

    琥珀暁・雄執伝 7

    2019.09.22.[Edit]
    神様たちの話、第237話。暴慮には暴策を。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. エリザの明確な脅しの言葉に、ゼロの声が揺らぐ。「や、やること? だって? な、何をするって言うんだ?」《自分の息子がいつまでもいつまでも無実の罪で捕まっとって、アタシがこっちで素直にゼロさんの命令に従っとるワケ無いですやろ? アタシにとってはそんなんより息子の命の方が、1000000倍大事ですわ。 もしゼロさんが今...

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    神様たちの話、第238話。
    両雄の確執。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     話し合いから1時間後、ロイドから涙混じりの連絡があり、エリザはようやく安堵した。
    「ホンマにもう……」
    《ごめん、母さん、僕、こんなんなるなんて思わへんくって……》
     グスグスと涙声で謝るロイドに、エリザは優しい声をかけてやる。
    「アンタは何も悪ない。ゼロさんがアホみたいな勘違いしただけや。もう気にせんとき。……ああ、せや。ゼロさんからな、印刷技術に関しては山の北で広めんといてってお願いされたから、そっちでは誰にも言わんときや」
    《う、うん。分かった》
    「ま、南でどうのっちゅう話は無かったから、そっちは好きにしたらええやろけど。……でも、変やんなぁ」
    《って言うと?》
     尋ねたゲートに、エリザは疑問を述べた。
    「実際、アタシが印刷技術作ったワケやし、最初からゼロさん、アタシに相談するなり何なりしてくれたら、話は早かったんちゃうやろかと思うんやけども」
    《ふーむ……、確かにな。大体、『重要機密』って扱いも変だろ。そりゃすげえ技術だと思うけど、でもたかが製本技術だろ? 秘密にしとくような話じゃないと思うんだが》
    「せやねぇ……?」



     この疑問もゲートの調査により、1週間後に詳細が判明した。
    《どうやらな、ゼロは最近のエリちゃんの活躍っぷりが相当、悔しかったみたいなんだ》
    「アタシの?」
    《ほら、遠征隊の躍進も、ハンのって言うより、エリちゃんの手柄みたいに言われることがあるしさ。そうでなくても、山の南から来るヤツはみんな、ゼロよりエリちゃんの方を持て囃してるし。
     長いことこっちで王様だ、神様だって持ち上げられたせいか、ゼロもなんだかんだ言って、その気になってる節があるからな。その『カミサマ』が、もうひとりの『カミサマ』に人気を奪われたくないってことさ。
     で、印刷の件も、相談したらエリちゃんの手柄にされるかも知れないって思って、君に知られないよう密かに人を集めて、こっそり作ってたって話らしいんだよ》
     これを聞いて、エリザは首を傾げる。
    「ソレ、いつくらいからやっとったん? 少なくとも今年、去年の話やないやんな。だってアタシ、ココにいとるし。おらへんアタシを警戒するのも変な話やん?」
    《ああ。3年前からだってさ》
    「3年? なんでそんなかかるん? アタシ、アレ作るのんに1週間もかかってへんで?」
    《君ほど腕のいい職人はそうそういないし、ゼロだって毎度口出しできるほどヒマじゃない。そもそも機密って話だから、大掛かりにもできない話だろうし、合間合間でコソコソやってたんだろう。だからこその3年だろうな。とは言え、後もうちょっとで完成するところだったみたいだが》
    「あー……、そらまあ、確かに悔しいやろなぁ」
    《エリちゃん》
     と、ゲートが、どこか恥ずかしそうな声色で続ける。
    《すごいヤツとは勿論認めてるが、俺はハンみたいにゼロのことをカミサマ扱いしてないし、周りが何を言おうと、君も俺の中では、か、可愛い……その……ヨメさん……だ。だ、だからなっ、何が言いたいかって言うとだ、ゼロの肩を必要以上に持ったりしないし、君のことも等身大に応援する。いや、君が何かしたいって言って、それをゼロが止めに入ろうとしたとしても、だ。俺はその時、絶対、君の味方をする。
     そっ、それだけは、はっきり、言っとくからな》
    「……えへへ」
     エリザは自分の顔がにやけているのを感じながら、うんうんとうなずく。
    「うん、うん、ありがとな、ゲート。アンタにそう言ってもろたら、アタシ、めっちゃめちゃ嬉しいわ。……ホンマ、ありがと」
    《おっ、おう》
    「……ほなな。また連絡してや」
    《する、する。じゃ、じゃあな》



     この一件はどうにか収束したものの――これを契機に、ゼロとエリザの間には少しずつ、だが確実に、確執が深まっていった。

    琥珀暁・雄執伝 終

    琥珀暁・雄執伝 8

    2019.09.23.[Edit]
    神様たちの話、第238話。両雄の確執。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. 話し合いから1時間後、ロイドから涙混じりの連絡があり、エリザはようやく安堵した。「ホンマにもう……」《ごめん、母さん、僕、こんなんなるなんて思わへんくって……》 グスグスと涙声で謝るロイドに、エリザは優しい声をかけてやる。「アンタは何も悪ない。ゼロさんがアホみたいな勘違いしただけや。もう気にせんとき。……ああ、せや。ゼロさん...

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    神様たちの話、第239話。
    新任尉官、来る。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     双月暦24年5月、遠征隊の交代要員が北の邦に到着することとなった。
    「昨年、わたくしたちが訪れた頃より幾分早いご到着ですわね」
    「今年は暖冬だったらしい。南の方では」
     ハンとクーは談笑しつつ、沖の端にうっすらと見える船の到着を待ちわびていた。
    「だから出発は俺たちの時より1ヶ月以上早かったらしいんだ。とは言えこっち側の海に差し掛かったところで、寒気に阻まれたとか。……と言うようなことを、ここ数週間で聞いた」
    「どなたから? 父上からはここしばらく、通信を受けていないようにお見受けしておりましたけれど」
     尋ねたクーに、ハンは沖の船を指差す。
    「あの船の責任者からだ。……そうだ、クー。船が着く前に、いくつか注意しておくことがある」
    「注意ですって? あなた、また何かお小言を?」
    「いや、そうじゃない」
     ハンはぱた、と手を振り、話を続ける。
    「俺が言いたいのは、『相手に対して注意してくれ』ってことだ」
    「相手に? その、責任者の方にと言うことかしら」
    「そうだ。何と言うか……」
     ハンは首をひねりつつ、説明する。
    「かなり感情的と言うか気分屋と言うか、へんくつと言うか。話をしていて、やたら一方的にしゃべり倒したかと思うと、いきなり『じゃーね』って通信を切ってきたりする。正直言って、俺は相手したくないタイプだ」
    「あら……」
    「エリザさんだったら案外、気が合うかも分からんが」
     どことなく、げんなりした様子を見せるハンに、クーは恐る恐る尋ねてみた。
    「相手の方のお名前ですとか、階級や経歴はご存知ですの?」
    「ああ、名前はエメリア・ソーン。年齢と階級は俺と同じで、22歳の尉官。これまでクロスセントラル周辺の街道工事を手がけてたって話だ」
    「工事を?」
    「ああ。陛下からの紹介では、『沿岸部が君たちの影響により統治下に置かれたことだし、多少なりとも生活基盤を充足させる責任は、既に遠征隊が有してしかるべきことだと思う。だからこっちでそう言う仕事に長けてる人を新たに派遣するよ』と」
    「さようですか。でも、ハン」
     クーはハンの袖を引き、船を指差す。
    「それだけにしては、不釣り合いと存じられませんこと?」
    「と言うと?」
    「船の大きさです。わたくしたちが乗ってきたものとほとんど同じ、いえ、もしかしたらもっと大きいように見受けられますけれど、そんなに人員が必要でしょうか?」
    「うん? ……ふむ」
     クーの意見を受け、ハンも船の大きさを目測と指の長さとで測り、首を傾げた。
    「確かに大きいな。一回りか、二回りは。
     相当な人数を寄越してくれるのはいいが、確かに交代や工事なら、せいぜい200人程度のはずだ。だがあの大きさなら、こっちにいる600人と同数乗っていても、確かにおかしくない」
    「ねえ、ハン?」
     クーがもう一度、不安そうな顔をしつつ袖を引く。
    「わたくし、何か嫌な予感を覚えるのですが、本当にあれは、ただの交代要員と工事人員なのかしら」
    「それ以外、何があるって言うんだ?」
     いぶかしむハンに、クーは表情を崩さないまま、こう続ける。
    「お父様は、まさか、北の邦での戦線を拡大しようなどとお考えではないでしょうね?」
    「そんなはずは無い。有り得ない」
     ハンはきっぱりと、クーの不安を否定した。
    「元々遠征隊は、この邦と平和的な関係を築くために派遣されたものだ。その目的を歪めるようなことを、陛下がお考えになるはずが無い。
     それに、もし本当に、戦争を断行すると方針転換されたとしても、周囲が諌めないわけが無い。俺の親父だって、全力で止めに入るはずだ。何より陛下のお心が、そんな乱暴な手段を好まれるはずが無い。そうだろう?」
    「……であればよろしいのですけれど、本当に」
     ハンの意見を受けてもなお、クーが不安げな表情を崩すことは無かった。

    琥珀暁・新尉伝 1

    2019.09.25.[Edit]
    神様たちの話、第239話。新任尉官、来る。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 双月暦24年5月、遠征隊の交代要員が北の邦に到着することとなった。「昨年、わたくしたちが訪れた頃より幾分早いご到着ですわね」「今年は暖冬だったらしい。南の方では」 ハンとクーは談笑しつつ、沖の端にうっすらと見える船の到着を待ちわびていた。「だから出発は俺たちの時より1ヶ月以上早かったらしいんだ。とは言えこっち側の海...

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    神様たちの話、第240話。
    剣呑エメリア。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     昨年ハンたちがそうしたように、やってきた船はまず沖に停泊し、そこから小舟が一艘、港へとやって来た。
    「どーも」
     小舟に乗っていた、ハンと同じ階級章を胸に付けた長耳の女性が、ぺら、と手を振って挨拶した。
    「君がシモン尉官でいいね?」
    「ああ、そうだ。ハンニバル・シモンだ」
    「私はエメリア・ソーン。エマでいいね。よろしくどうぞ。船はドコに留めたらいいね?」
    「港に誘導員を待たせてある。そっちの指示に従ってくれ」
    「どーも。……んで、そちらがクラム殿下でいらっしゃいますかね?」
     くるん、と顔を向けてきたエマに、クーは内心、ぞわりと嫌な感触を覚えた。
    (あ。直感いたしましたけれど、わたくしもこの人、苦手かも)
     一瞬言葉を詰まらせてしまったものの、どうにかクーは笑顔を作って応じる。
    「え、ええ。はじめまして、ソーン尉官。シモン尉官より貴官のお話は伺っておりますわ」
    「あ、そ」
     うやうやしいあいさつを2語で返され、クーは面食らう。
    「あの、ソーン尉官、それは」
     礼儀にうるさいハンが咎めようと口を開きかけたが、エマが先制する。
    「お堅いアレコレは結構。そう言うのめんどいんでね。私のコトもそちらのシモン尉官といつもやり取りしてる感じで話してくれればいいからね」
    「いや、しかし」
     再度ハンが反論しかけるが、これもエマはまくし立てて抑え込む。
    「君にしても、普段から彼女に対して『本日も御尊顔を拝しまして恐悦至極にございます』なーんて平身低頭してるワケじゃないだろ? 君とこの娘の距離感見てりゃ分かるね」
    「う……い、いや」
    「正直に態度晒すのといりもしない見栄張ってウソ付くのと、どっちが紳士的さ? 真面目な尉官殿ならどう答えるつもりかねぇ?」
     会ってから1分足らずの間に散々やり込められ、クーはただただ圧倒されていた。
    (かも、ではございませんわね。はっきり苦手な方です。なんだかエリザさんにも似ているような……)
     一方、ハンも初手から面目を潰されたせいか、素直にエマへ応じていた。
    「……そうだ。確かに君の言う通り、クラム殿下、いや、クーとは友人として親しくしている」
    「だろうね。そんなワケだから、私ともそーゆー感じでよろしく」
    「分かった。それじゃそろそろ、船を入渠させるぞ。問題無いな、エマ?」
    「ああ。じゃ、そーゆーワケだから、伝えといてね。よろしゅー」
     エマは乗っていた小舟に振り返り、部下に指示して、そのまま船へと戻らせる。
    「さてと」
     そこでもう一度くるんとハンに向き直り、エマは声を潜めつつ、ふたたび話し始めた。
    「皆が来る前に一度、コレだけは言っといた方がいいかなと思ってね」
    「うん?」
    「君らも何となく感じてるだろうけど、あの船、結構な人数が乗ってるんだよね」
    「ああ。陛下や軍本営からは、結局何名寄越すのか通達が無かった」
    「だろうね。そうしないと向こうの都合が悪いからね」
    「どう言うことだ?」
    「単刀直入に言おう。ゼロは、……ああ、いや、タイムズ陛下は、戦争する気になっちゃってるね」
     エマからとんでもないことを聞かされ、ハンは声を荒げた。
    「ば、……馬鹿な! そんなこと、あるわけが無いだろう!?」
    「声が大きい。みんなビックリするだろ? 黙って聞きな」
    「……ああ」
    「詳しいコトは後で説明するけども、ともかくこっちに寄越された600人はそーゆーつもりのヤツも大勢いるってコトを言っておきたかったんだ」
    「600人だと?」
    「無論、君が思ってるように、陛下は厭戦(えんせん:戦いを嫌うこと)派だった。いや、今も表面上は厭戦主義を採ってる。ソレは確かだ。……だからこそ今、君は戦うように仕向けられている。
     ソレが向こうの思惑だってコトは、まず第一に伝えておかなきゃと思ってね」
    「わ……わけが分からない」
     困惑した様子のハンに背を向け、エマはニヤッとクーに笑みを浮かべて見せる。
    「とりあえず疲れたしお腹も減ったし、でね。何かご飯とか無い、クーちゃん?」
    「く、クーちゃん? ですって?」
    「ソレとも殿下って呼ばれたい方?」
    「……クーちゃんで結構ですわ」
     憮然としつつも、クーはうなずいて返した。

    琥珀暁・新尉伝 2

    2019.09.26.[Edit]
    神様たちの話、第240話。剣呑エメリア。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. 昨年ハンたちがそうしたように、やってきた船はまず沖に停泊し、そこから小舟が一艘、港へとやって来た。「どーも」 小舟に乗っていた、ハンと同じ階級章を胸に付けた長耳の女性が、ぺら、と手を振って挨拶した。「君がシモン尉官でいいね?」「ああ、そうだ。ハンニバル・シモンだ」「私はエメリア・ソーン。エマでいいね。よろしくどうぞ。...

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    神様たちの話、第241話。
    ゼロの肚の内。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
    「で、ちゃんと聞かせてくれないか」
     一通りの受け入れ手続きが終わったところで、ハンはクー、エリザを交え、エマから本土の情報を聞き出していた。
    「どうして陛下は方針転換したんだ?」
    「変換はしてないさ。口でしゃべってる分にはね」
    「あー、そう言うコトか」
     エマの返した一言に、エリザが反応する。
    「つまり『戦いたくなんかないけどなー』『戦ってほしくないなー』言うてて、その一方で『でも現地の人らは戦おうとしてるんやんなー』『困ったなー勝手なコトしとるなーあー困ったなー』とも言うてるんやな?」
    「そーゆーコトだね。陛下は、君たちが勝手に戦線を拡大してるって喧伝してるのさ」
     エマがうなずいたところで、ハンが憤った声を上げた。
    「そんなわけがあるか! 俺たちは、いや、俺は一度もそんなことを陛下に申し上げた覚えは無い!」
    「君やエリザが何を言ったかなんて、中央の人間は知らないね。陛下が『あいつらが勝手に』って世間に言っちゃえば、ソレが公然の事実ってヤツになるだけさね。今更君が中央に戻って根も葉も無いウソだって釈明したところで、誰も信じやしないね」
    「くっ……」
     苦々しい表情を浮かべ、ハンが黙り込んだところで、クーが手を挙げる。
    「でもどうして、父上はそんなことを仰っているのでしょう?」
    「ある程度は私の想像が混じってるけども」
     そう前置きしつつ、エマは最近の事情を説明してくれた。
    「こっちの邦――中央じゃ『北方』って言ってるけど――で遠征隊が沿岸部を下したって話が、中央に評判を巻き起こしてるね。『エリザが北方でまたえらいコトした』とか、『エリザが北方を征服しようとしてる』とか」
    「アタシが? ……や、問題はアタシがどうのやないな。ゼロさんがソレで気ぃ揉んではるんやな?」
    「多分ね」
     二人のやり取りがよく分からず、クーが口を挟む。
    「あの、それはつまり……?」
    「つまりな――こないだゲートからも聞いたけども――ゼロさんはおもろくないねん、自分が評判に上がらへんちゅうのんが。
     そら確かに戦争はしたくないんやろな。ソコは本音やわ。でも一方で、このまま放っといてアタシに評判全部かっさらわれる形になったら、ソレはソレで腹立つんやろ。せやから『現場判断』に任す形で――言い換えたら自分の責任にならへん形で――遠征隊がこっちで戦果を挙げ、間接的に自分の評判が上がるコトを期待してはるんやろ」
    「そう言うコトだね」
     これを聞いて、クーの心にじわ、と嫌な気分がにじむ。
    「父上がそんなことを……」
    「もう結構なおっさんだからね。ソレなりに名誉欲も承認欲もムクムク膨れてきてるのさ。ましてや20年前には、英雄として名を轟かせた男だ。そんな男が今、世間の話題を別の英雄にかっさらわれてるんだから、気分は良くないだろうさ」
    「信じられませんわ……。そんなはしたないことをなさるだなんて」
    「俺もだ」
     ハンはぎゅっと拳を握り、エマに向き直る。
    「今からでも陛下に抗議する。俺はそんなことのために、この邦に来たんじゃない」
    「いいよ、やってみたら? 適当な理由付けて更迭されるだけだろうけどね」
     エマに切り返され、ハンは一転、目を丸くする。
    「なんだと?」
    「私がココに来た理由が、マジで煉瓦(れんが)敷くためだけだと思ってるね? 君がやだっつった時の代替要員だろ、どう考えても」
    「う……」
    「陛下にしたって、元々から君も戦闘を嫌がってるってコトは承知してるさ。ココでごねるコトは予想済みだろうし、そんなら別の人間を用意するだけさね。勿論言うまでも無いし君がそんなアホなコトやるなんてコレっぽっちも考えてないけども、仮に私を閉じ込めるか何かしたところで、他のヤツが任命されるだけだからね」
    「……やるしか無い、と?」
    「だろうね。しかも『自発的に』ね。陛下のお望みはソレさ」
    「……~っ」
     突然、ハンは席を立ち、椅子を蹴っ飛ばした。
    「陛下は……俺に、汚れ仕事を押し付けたって言うのか!? ふざけるなッ!」
    「本当、ふざけた話だと私も思うね。ま、だからこそ私が来たってコトでもあるんだけどね」
     そんなことを言い出したエマに、ハンはまたもぎょっとした顔を向けた。

    琥珀暁・新尉伝 3

    2019.09.27.[Edit]
    神様たちの話、第241話。ゼロの肚の内。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3.「で、ちゃんと聞かせてくれないか」 一通りの受け入れ手続きが終わったところで、ハンはクー、エリザを交え、エマから本土の情報を聞き出していた。「どうして陛下は方針転換したんだ?」「変換はしてないさ。口でしゃべってる分にはね」「あー、そう言うコトか」 エマの返した一言に、エリザが反応する。「つまり『戦いたくなんかないけどな...

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    神様たちの話、第242話。
    彼女は何者?

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
    「どう言う意味だ?」
     尋ねたハンに、エマは肩をすくめて見せる。
    「ココ最近の陛下が暴走気味だってコトは、中枢でソレとなくうわさになってるね。実際、アロイ皇太子や君のお父さんをはじめとして、事ある毎になだめてる始末さ。
     で、そのなだめてる連中の一人が、私を遠征隊第2中隊の隊長に推したのさ。どっちかって言うと穏健派だって評判らしいしね、私。実際、戦闘経験なんて無いし、訓練もあんまり出てないしね」
    「つまりあなたも、積極的な戦闘は避ける姿勢であると?」
     クーの言葉に、エマはニッと笑みを浮かべる。
    「自分からしなくてもいい戦闘仕掛けるなんて、アホのやるコトさね。そして私はアホじゃないつもりだね」
    「では……」
     安堵しかけたところで、エマがこう続ける。
    「でもね、ソレなりに戦果を出さなきゃ陛下は納得しないね。私がココに来て何の進展も無い、何の成果も出ないってんじゃ、ソレこそ陛下は隊長を軒並み罷免する。遠征隊も総取っ替えして、今度はもっと好戦的な連中が送られるだろうね。
     そんなワケで、エリザ」
     くるんと向き直り、エマが尋ねる。
    「君なら可能な限り最速で最低限の被害で、かつ、最大限の戦果を挙げる策を進めてるだろ?」
    「そらまあ」
     横柄とも取れるエマの態度に構う様子も無く、エリザもニヤッと笑って返す。
    「今年のはじめから色々やっとったコトが、着々実ってきとるからな。時期さえ来れば、いつでも行動でけるで」
    「君がやるんなら問題無さそうだね。……ま、私からの話はコレくらいだね。
     あ、あとさ、ハン。君の班に欠員出てたって話だけど、当面は私がサブで入るコトになったから。スライドする形で、マリアってのがポイントマン。ビートってのはそのまんま。ま、ポジションなんかどうだっていいけどね。だから第2中隊も、私が動かしてない時は君の命令に従うコトになる。ソレでいいね?」
    「あ、ああ」
     一通りまくし立て終え、エマは唐突に席を立った。
    「じゃ、私はこの辺で」「待ちいや」
     と、エリザがニコニコと笑ったまま声をかける。
    「アンタに聞きたいコトあんねけど」
    「何でもどうぞ」
    「アンタ、いくつや言うてた?」
    「22」
    「ホンマ?」
    「ウソついてどうするね?」
    「……まあええわ。あともういっこ聞くけど」
    「どうぞ」
    「モールって知らん?」
    「なにそれ?」
    「ん……。知らんならええ」
     エリザからの質問がやんだところで、エマは「もういい? じゃーね」と言って、そのまま部屋を出て行った。
    「どうしたんです?」
     尋ねたハンに、エリザが首をかしげたまま答える。
    「いやな、なーんか話し方やら態度やら、アタシの師匠そっくりやなと思てな」
    「師匠? 確か、モールと言う方だと聞いた覚えがありますね」
    「せや。評判も聞いたコトあるやろ?」
    「一応は、親父から。かなり偏屈で気分屋だが、陛下に並ぶ『魔法使い』であったと」
    「まあ、大体そんなトコやね。アタシ、どうもあの子、師匠の娘かなんかちゃうんかと思たんやけど、22歳やったら計算合わへんねんな。アタシと旅しとる時辺りに産まれたコトになってまうし」
    「そんなに似てるんですか?」
    「まるで本人ちゃうかっちゅうくらいな。……ま、そのうちはっきりさせたるわ。
     あの子が言うた通り、今は計画も詰めの段階に来とるからな。ココでいらん諍(いさか)い起こしてワヤにしたないし、アタシはそっちに集中するわ」
    「承知しました。ところで……」
     ハンは部屋の扉をチラ、と見て、エリザに尋ねる。
    「彼女の身辺調査を行っておきましょうか? 今まで聞いた情報はすべて、彼女の口から出た話でしかありませんし、彼女が何らかの理由から嘘をついている、と言う可能性も少なくないでしょう。それを抜きにしても、どの程度信頼できる相手かどうか見定めないことには、連携の取りようがありませんし」
    「せやな。……や、ソレはアタシがお店の子使てやるわ。同じ隊長のアンタが主だってそんなコトしとったら、角が立つやろ。シェロくん時の二の舞になりかねへんで」
    「確かに。では、そちらもお願いします。その他に、俺やクーの方で動けることはありますか?」
    「んー……」
     エリザはメモをめくり、首を横に振った。
    「や、今んトコは特に何も無いわ。あの計画動かすんは今月の末やから、今まで通りソレに向けて、しれっと訓練と誘導さしとくくらいで」
    「つまりこれまで通り、と」
    「そう言うこっちゃ」

    琥珀暁・新尉伝 4

    2019.09.28.[Edit]
    神様たちの話、第242話。彼女は何者?- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4.「どう言う意味だ?」 尋ねたハンに、エマは肩をすくめて見せる。「ココ最近の陛下が暴走気味だってコトは、中枢でソレとなくうわさになってるね。実際、アロイ皇太子や君のお父さんをはじめとして、事ある毎になだめてる始末さ。 で、そのなだめてる連中の一人が、私を遠征隊第2中隊の隊長に推したのさ。どっちかって言うと穏健派だって評判ら...

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    神様たちの話、第243話。
    エマの経緯。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     エリザが店の人脈を使い、エマのことを第二中隊の兵士たちからそれとなく聞き込み調査した結果、以下のことが判明した。
    「まず、コネ的なもんはほぼ無いわ。マジもんの実力で20歳の時、尉官に任命されたらしいわ」
    「それは――俺が言うのもなんですが――相当な出世ですね」
     驚くハンに、エリザが苦笑して返す。
    「アンタも確かに実力派は実力派やけど、ゲートの口添えがあったんは確かやからな。せやけどエマの場合、ソレもあらへんねん。
     アンタも知っての通り、今の軍やらゼロさんの周りやらで偉くなろう思たら、誰かしら権力者層の後ろ楯があらへんと、どないもならん。無ければ100匹バケモノ倒そうがものすごい魔力持ってようが、行けて上等兵か、曹官止まりや。事実、今おる尉官や佐官はゲートやらパウロさんやら、ゼロさんの側近の人らとつながっとるからな。
     せやけど、エマの場合はソレが無いねん。や、厳密に言うたら声は掛けられたらしいんやけども、……まーコレが傑作でな」
    「と言うと?」
     尋ねたハンに、エリザがクスクスと笑いを漏らしながら答える。
    「アンタが知ってるかどうか知らんけど、オテロっちゅう将軍おるねんけどな」
    「聞いた覚えがありますね。第4次ウォールロック北麓戦や第7次サウスフィールド戦で戦功を挙げた……」「ソレはええねん。人となりはどないや?」
    「ん、ん……」
     問われて、ハンは言葉を濁す。
    「俺自身は会ったことが無いので何とも言えませんが、良い評判は、あまり……。親父からも『あいつは女関係に汚い』と」
    「ソレやねん」
    「つまり、口説かれたと?」
     ハンの言葉に、エリザはいよいよ笑い転げた。
    「アハハハ……、らしいわ。でもな、どうもエマ、ソコでひっぱたきよったらしいねん」
    「なっ……? 仮にも将軍を、尉官がですか?」
    「エマのあの性格やったら、相手がゼロさんくらいの大物でも、やらしく口説かれたら蹴飛ばすやろな。ま、つまりそう言うヤツらしいわ。正直、ソレで軍での居心地は悪うなったっぽいけどな」
    「つまりここへ送られたのは、半分左遷だと?」
    「ソレもあるやろし、もう半分はホンマに道路整備と戦争準備やろな。……あー、と。話戻すけども、つまりコネについてはエマの方から全切りしよったらしいわ。部下の子らが言うてたわ、『自分から昇進の道潰しよった』っちゅうてな」
     と、ここでエリザは一転、神妙な顔をする。
    「でもな、ソコが妙やねんな」
    「と言うと?」
    「オテロさんひっぱたいたんは船出の半年前――つまり今から1年近く前の話らしいんやけど、その前はなんちゅうか、割と狡(こす)い子やったらしいわ」
    「狡い?」
    「偉くなるためには何でもするような、いけ好かんヤツやったっちゅう話や。さっきも言うた通り、偉くなろう思たら誰かしら偉いさんと関係持たなアカンからな。その当時のエマやったら、オテロさんの誘いに乗ってもおかしないヤツやったっちゅううわさもあるねんな。
     ほんでもっと詳しく聞いたら、どうもその前に、事故でケガしたらしいねん」
    「ケガを?」
    「せや。自分が敷いとった煉瓦道を検査で歩いとったら、煉瓦が崩れてそのまんま崖下まで転がってしもたらしいんよ。頭も打ったらしゅうて、1ヶ月くらい病院におったらしいわ。で、性格が変わったんも大体その辺りからちゃうか、と」
    「頭を打って性格が変わった、ですか。……なんだか胡散臭い話ですね」
     そう返したハンに、エリザも苦笑して見せる。
    「同感やね。ともかく、あの子にウラらしいウラは無いわ。誰かの差し金っちゅうようなコトも、まず考えられへん。となればアンタへの態度や進言は、あの子自身の損得にしかならん。ソコから言うたら、ウソつく意味が何もあらへん。アンタ怒らしたってしゃあないからな。せやから、言葉通りに聞いてええやろと思う。あの子が話した内容はほぼほぼ、あの子が言うた通りに判断して間違い無いやろな。
     で、コレはアタシ個人の意見やけども、あの子自身を信用するかせえへんかっちゅうたら、今はまだ、とりあえずっちゅう感じやね。よっぽど胡散臭いコト言い出さん限りは問題無いやろ」
    「ふむ……」
     特に反論する気も起きず、ハンはこくりとうなずいた。
    「エリザさんの言うことですからね。俺はそれを信頼してます」
    「そらどうも」

    琥珀暁・新尉伝 5

    2019.09.29.[Edit]
    神様たちの話、第243話。エマの経緯。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. エリザが店の人脈を使い、エマのことを第二中隊の兵士たちからそれとなく聞き込み調査した結果、以下のことが判明した。「まず、コネ的なもんはほぼ無いわ。マジもんの実力で20歳の時、尉官に任命されたらしいわ」「それは――俺が言うのもなんですが――相当な出世ですね」 驚くハンに、エリザが苦笑して返す。「アンタも確かに実力派は実力派や...

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    神様たちの話、第244話。
    双月暦24年度北方計画。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     第2中隊が到着してから一週間後、改めてハンとエリザ、クー、そしてエマの4人で、今後の計画について話し合われた。
    「まず、私の本来の仕事の話だけど」
     そう切り出し、エマが話を始める。
    「当初、資材の確保ができ次第、まずは沿岸部の主要な街道に――つっても1本だけどさ――煉瓦敷いて整備してこうかって話してたんだけどさ、現状の生産能力だと、その道完成させるのだけでも1年かかるんだよね。だからその計画進めるには、まずは煉瓦の生産設備が増設・増強されなきゃ話にならないねって言ってたんだけど……」
    「現状で既にいっぱいいっぱいやねんな。工房も人手も原料も燃料も、なんもかんも足らんし。アンタの言う通り進めようとしたら、30倍くらいに規模拡大せなアカンねんけど、そんなん現実的に無理やん? せやからとりあえずは砂と砂利引くくらいでええんちゃうかって提案してん」
    「で、その案で行くコトにしたね。ぶっちゃけ、現状でソコまでしっかりした道作ったってあんまり意味無いからね。その上を通るのなんてせいぜい荷車くらいだし、煉瓦道みたいな頑丈な作りにする必要無いだろって話だね。煉瓦と比べたら砂利も砂もあっちこっちで採れるし、ソレで道路工事進める。煉瓦は街の中だけに敷くに留めるコトにするね。ソレだけなら現状の設備でまかなえるし。
     で、次は戦争の話だけど」
     エマの言葉に、ハンは表情を曇らせる。
    「まあ、考えなきゃいけないよな」
    「陛下の本意だしね。でもコレも今、計画進めてるトコだろ?」
    「せやね」
     エリザが応じ、そのまま説明に入る。
    「西山間部における反帝国勢力――ミェーチ軍団と豪族さんらやね――の総勢は500くらいや。一方で帝国西山間部方面軍の兵力は1000、西山間部5ヶ国の各兵力は300ずつになっとるらしいわ」
    「いずれも300名なのですか?」
     尋ねたクーに、エリザはうなずいて返す。
    「せや。ちゅうのも、帝国さんからのお達しのせいらしいな。『300人以上兵隊増やすな』て、制限かけとるらしいわ」
    「反乱が起こった場合、鎮圧を容易にするためでしょうね。1000対300なら、十分可能でしょうし」
    「まあ、そう言うこっちゃ。沿岸部ん時は帝国本土から遠くてヒトがよお送れへんっちゅうのんもあったし、『賤民がなんぼ来たかて相手になるか』的なコト考えとったみたいで、ソコら辺の規制は緩かったけどな。
     一方で帝国本土に近い西山間部は、がっちり規制かけてはるらしいんやけど、その規制が今回、仇になっとるな」
    「確かに。対外勢力をまったく考慮していない構成ですからね」
     ハンの言葉に、エマがニヤッと笑う。
    「おかげで私らは随分楽できるってワケさ。でもエリザ、帝国のヤツらってまさかまだ、私らに対して対策してない感じなの?」
    「やってはいはるらしいけどな。でも今までの方針からぐるっと転換しとるようなもんやから、足並みは全然揃てへんみたいやで」
    「『帝国は覇権国家であり、敵国や敵勢力など一切存在しない』との考えでしたね、確か」
    「ソレを慌てて、『敵国が攻めてきた』とか言い出してるんだろ? 無様もいいトコだね」
    「ま、そんなこんなで、未だに沿岸部へ攻め入る算段すら付いてへんっちゅう話や。相手がまごついとるんやったら、アタシらにとっては好都合や。
     さっきも言うた通り、帝国軍以外の西山間部5ヶ国の各兵力は300ずつや。コレを各個撃破する形で進めようと思とるんやけども……」
    「けども?」
     尋ねたエマに、エリザは肩をすくめて返す。
    「まともにぶつかり合うたら、犠牲は出るわな。そんなん嫌やろ?」
    「理想論だね」
    「理想は大事やで。ソレに、人心掌握っちゅう観点からも重要やしな。『人殺しが征服に来よった』なんて思われたら、統治もクソも無いやろ?」
    「そりゃま、そうだね」
    「そもそも遠征隊は『友好的な関係を築く』っちゅう目的やし、ゼロさんも口ではそう言うてはるんやろ? せやからココは、ちょっとひねって攻めるつもりや。そのために色々準備しとったんやからな」
     エマにそう返し、エリザはいつものように、ニヤッと笑って見せた。

    琥珀暁・新尉伝 終

    琥珀暁・新尉伝 6

    2019.09.30.[Edit]
    神様たちの話、第244話。双月暦24年度北方計画。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 第2中隊が到着してから一週間後、改めてハンとエリザ、クー、そしてエマの4人で、今後の計画について話し合われた。「まず、私の本来の仕事の話だけど」 そう切り出し、エマが話を始める。「当初、資材の確保ができ次第、まずは沿岸部の主要な街道に――つっても1本だけどさ――煉瓦敷いて整備してこうかって話してたんだけどさ、現状...

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    神様たちの話、第245話。
    お国柄、お家柄。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
     双月暦24年5月下旬、エリザは数人の丁稚とロウを伴い、ふたたび西山間部を訪ねていた。
    「どないでっか?」
    「どう、とは?」
     この数ヶ月に渡り、旺盛な食欲を十二分に満たし続けることができたらしく、以前に比べて明らかに顔色の良くなったミェーチに尋ね返され、エリザはニコニコ笑って返す。
    「まず第一、ダリノワ陛下にお願いして、他の豪族さんらとも連携取られへんかって言うてた話ですけども」
    「問題無く進行しているようだ。傍から見ている分には、意外なほどすんなりまとまったと言う印象であるな。同じ帝国に狙われる身ではあるものの、お互い覇を競う間柄、そう簡単に手を組もう、連携しようなどと話がまとまりはすまいと思っていたのだが……」
     ミェーチはそこで破顔し、肩をすくめる。
    「事情はどこも同じであったのだろう。女史がかねてから提示していた諸条件――扶持と礼金、そして魔術指南を告げたところ、いずれも多少なり逡巡はあったが、結局はその条件を呑むことで協力を得ることができた」
    「上々ですな。ほんで、兵隊さんは全部で何人くらいに?」
    「豪族だけでも、総勢300と言うところである。吾輩の軍団を合わせれば、500に届くだろう」
    「そんだけいてはるんやったら、今後の作戦には十分ですな。で、もういっこ頼んでたんはどないでしょ?」
    「そちらも問題無い。……と言うか、吾輩には依頼内容自体に問題があるように感じるのだが」
    「前にも説明しましたやん」
    「う、うむ。勿論承知しておる。だが、不安が無いわけでは無い。言わば遊び呆けているようなものではないか」
    「ソコんところも詳細に説明しましたやん。戦うより仲良うする方が、っちゅうて」
    「うむ……うーむ」
     納得行かなさそうな表情を浮かべるミェーチに構わず、エリザは話題を変える。
    「ほんで、あっちの方はどないでしょ?」
    「うん?」
    「娘さんとお婿さんの話です。仲良うしてはりますか?」
     エリザがその話題を出した途端、ミェーチは一転、顔をほころばせる。
    「うむ、万事円満なようである。先日、ついにシェロより『此度の作戦が成功した暁には式を挙げる』と約束を取ってな」
    「あら、よろしいやないですか。おめでとうございます」
    「うむ、うむ。……あ、ときに女史」
     と、ミェーチが首を傾げつつ、こんなことを尋ねる。
    「そちらの邦では、夫婦とも元々の姓を名乗るものなのか?」
    「はあ、そうですな。……ん?」
     これを受けて、エリザも首を傾げる。
    「っちゅうと、おたくさんは違うんですか?」
    「うむ。夫の姓を名乗るのが慣習となっておる。が、家督を継ぐなどする場合には、その限りではないのだが。此度も吾輩の家を継いでもらうものと考えておったが、もしシェロの血筋が格ある名家であったなら、不都合もあろうかと考え、一度打診したのだ。ところがシェロの奴、妙な顔をしてな。『何故名を変えねばならぬのか』と問い返されてしまった」
    「はー……、そうですな、そらアタシも変な顔してまいますな。ちょっとこっちではあらへんような考えですわ」
    「左様であるか。では家を継ぐとしたらどうするのだ?」
    「兄弟姉妹がいてたら、分けっこですな。一人やったりいてへんかったりやったら、血筋の他の者にっちゅう感じですわ。ソレでもアカンかったら養子とかですな」
    「ふーむ……。吾輩の縁者は娘だけでな。妻も天涯孤独の身であったそうだし、本人も既にこの世におらん。となると二人に頑張ってもらわねばならんな」
    「そうですな。……あら? ちゅうコトは、ソコら辺の段取りはウチら式にやるっちゅうおつもりです?」
     エリザに尋ねられ、ミェーチは深くうなずく。
    「うむ。『舶来品』の方が何かとめでたくもあろう。それにこちらの慣習なぞ、結局は帝国の都合で作られたものばかりだ。我々に様々な辛苦を与えこそすれ、幸福などこれっぽっちも享受できぬ悪法ばかり押し付けるものであるからな。こちらから願い下げと言うものだ」
    「さいでっか」
     フンフンと鼻息荒く帝国を非難するミェーチに、エリザは薄く笑って返した。

    琥珀暁・狐略伝 1

    2019.10.03.[Edit]
    神様たちの話、第245話。お国柄、お家柄。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1. 双月暦24年5月下旬、エリザは数人の丁稚とロウを伴い、ふたたび西山間部を訪ねていた。「どないでっか?」「どう、とは?」 この数ヶ月に渡り、旺盛な食欲を十二分に満たし続けることができたらしく、以前に比べて明らかに顔色の良くなったミェーチに尋ね返され、エリザはニコニコ笑って返す。「まず第一、ダリノワ陛下にお願いして、他...

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    神様たちの話、第246話。
    豪族連合。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     ミェーチと話している間に、会議の準備が整ったらしい。
    「女将さん、団長さん、用意ができました。こちらにどうぞ」
    「ありがとさん」
     使いの者に連れられ、二人は会議の場へと向かう。と、エリザが使いの肩をトントンと叩き、ニヤニヤ笑いながら尋ねる。
    「どないや?」
    「え?」
    「アタシは誤魔化されへんで? アンタ、こないだ指輪してへんかったやん。跡着いとるで、指」
     指摘された途端、相手の顔が熊耳の先まで真っ赤に染まり、慌てて手を隠す。
    「えぅっ、……あ、あー、こ、これは」
     その手にポン、と手を置きつつ、エリザはこう続けた。
    「お相手はどちらさん? や、当てたろか。隠そうとしたっちゅうコトは、村の娘とちゃうな?」
    「あっ、あっ、あわわ」
    「ああ、ああ、無理に言わんでええで。どの道、半月もしたらおおっぴらにでけるやろしな。そのつもりであの『お願い』やってもろてるんやし」
    「あっ、ええ、そうですね。あの、俺、……が、頑張ります、俺」
    「うんうん、よろしゅう」
     相手はかくんかくんと首を振って踵を返し、先導を再開する。そのやり取りを眺めていたミェーチもエリザ同様、ニヤニヤと笑っていた。
    「かっか、何とも青々しいものよ。傍で見ていて微笑ましいわい」
    「ホンマですなぁ」
    「はぅぅぅ……」
     その後、彼は一度も振り返ることなく、エリザたちを案内してすぐ、そそくさと離れていった。

    「遠方からはるばるご足労である、女将殿」
     部屋にエリザが入るなり、円卓に着いていたダリノワ王が立ち上がり、深々と頭を下げる。
     対するエリザもぺこ、と頭を下げ、挨拶を返す。
    「ご無沙汰しとりました、陛下。……っと、他の皆さんとは初対面ですな。アタシはエリザ・ゴールドマンと言います。南の邦から遠征隊と共に参りました。こちらではお店やら何やらを細々やっとります。よろしゅう」
     そう述べてもう一度頭を下げたところで、ダリノワ王と同様に席に着いていた、豪族の王たちが口を開く。
    「エリザと申したか、女史のうわさはかねがね聞き及んでいる」
    「絶世の美人と伺っておったが、なるほどなるほど、実に見目麗しい」
    「うわさに違わぬ美貌であるな。いや、眼福である。良き目の保養だ」
    「あらどーも」
     称賛を受け、エリザはにこりと微笑んで返していたが、別の者たちがこんなことを言い出す。
    「しかしわしが聞いていた限りでは、恐ろしき手練手管を用いる毒婦であるとか。左様には見えんな」
    「然り。どんな女丈夫がやって来るかと思っておったが、ただ乳がでかい程度の女ではないか」
    「一体どんな寝技でダリノワ王を口説いたやら。わしもあやかりたいものだ」
    「はあ」
     エリザはニコニコと笑みを浮かべたまま、左手をすい、と挙げる。
    「ほなちょっとお休みしはります?」
    「おう? 話が早いのう、ひひひ」
     その王がニタニタと下卑た笑いを浮かべたところで、ダリノワ王がさっと顔を青ざめさせる。
    「ち、ちと、カリーニン王よ。悪いことは申さぬ。謝った方が良いぞ」
    「うん? 何を怯えておる、ダリノワ王? こんな女一人に何を恐れ……」
     言い終わらないうちに、彼は白目を剥き、ばたん、と音を立てて卓に突っ伏した。
    「なっ……」
     突然のことに、他の王たちも目を丸くし、騒然となる。ダリノワ王も苦い表情を浮かべ、ぽつりとつぶやく。
    「……だから言ったのだ。阿呆な奴め」
     ただ一人、エリザはニコニコと笑顔を絶やさず、こう言ってのけた。
    「何や寝言抜かしたはりましたから『おねんね』さしたりましたわ。他に眠いなー、夢見たいなーっちゅう方いらっしゃいます? アタシの『寝技』、めっちゃ効きますで?」
    「……け、結構」
    「つ、謹んで遠慮申し上げる」
    「では、か、会議を始めよう」
     エリザの威圧で、王たちは完全に恐れをなしたらしく、これ以降、軽口や下卑た冗談を言う者はいなかった。

    琥珀暁・狐略伝 2

    2019.10.04.[Edit]
    神様たちの話、第246話。豪族連合。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. ミェーチと話している間に、会議の準備が整ったらしい。「女将さん、団長さん、用意ができました。こちらにどうぞ」「ありがとさん」 使いの者に連れられ、二人は会議の場へと向かう。と、エリザが使いの肩をトントンと叩き、ニヤニヤ笑いながら尋ねる。「どないや?」「え?」「アタシは誤魔化されへんで? アンタ、こないだ指輪してへんかった...

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    神様たちの話、第247話。
    西山間部方面作戦。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     すっかり怯んだ王たちを前に、エリザはいつも通りにニコニコと笑みを浮かべながら、話を切り出した。
    「ほな早速、西山間部の侵攻作戦のお話しましょか」
    「あ、女史」
     と、一人がおずおずと手を挙げる。
    「なんでしょ?」
    「その話をする前にだな、その、さもしいと思われるかも知れんが……」
    「ああ」
     言わんとすることを察し、エリザはうなずいて返す。
    「皆さんに提示しとった条件がホンマかどうかっちゅうコトですな。ソレは保証します。計画完遂までご飯は支給しますし、おカネも相応にお支払いします。魔術についても、計画には必須ですからな。十分な指導を約束します」
    「うむ、大変ありがたい」
    「他に聞いときたいコトはあります? とりあえず今んトコ無い感じでしたら、アタシからのお話を進めさせてもらいますけども」
     一瞥し、誰も手を挙げないことを確認して、エリザは再度、計画の説明を始めた。
    「本作戦の主眼ですけども、コレは一般に『西山間部』と言われる5ヶ国、つまりハカラ王国、レイス王国、オルトラ王国、スオミ王国、イスタス王国の各支配地域をアタシらが奪うコトにあります。
     で、コレは特に留意していただきたいコトなんですけども、あくまでその5ヶ国の支配権をアタシらが奪い、代わりに統治するコトが重要であって、その国の人らを蹂躙しよう、虐殺しようなんちゅうコトはする必要はありまへんし、されても困ります」
    「うん……?」
     エリザの本意が今ひとつ汲み取れていないらしく、どの王たちもけげんな表情を浮かべている。それを受け、エリザはこう続けた。
    「そもそもアタシら、つまり南から来た遠征隊の目的は、この邦の人らと円満かつ有効的な関係を築くコトにあります。である以上、帝国さんみたく力ずくで支配するっちゅうようなコトは考えてませんし、するつもりもありまへん。協力いただく皆さんに対しても、同様に行動していただきたいと考えとります。
     ソレが嫌や、帝国と同じように他人を踏みつけて君臨したいっちゅう人がいるのであれば、協力はいりません。この場で退出していただいて結構です。ただし」
     そこでエリザは笑うのをやめ、薄くにらみつけた。
    「そんな人らはアタシらにとっては結局、帝国さんと同じ輩と見なしますし、同じように攻撃対象と見なすだけです。そして遠征隊の実力と実績を、いえ、アタシのコトを十分にご理解いただけとったら、ソレがどんな結末を迎えるコトになるか。ソレをよーく考えた上で、行動・発言するコトをおすすめしますで」
    「う、うむ、委細承知しておる」
    「安心召されよ、そのような肚は、全く無い」
    「然り。心配無用である」
     居並ぶ王たちが顔をこわばらせつつもうなずいたところで、エリザは元通りに笑みを浮かべる。
    「であれば、問題ありまへんな。本作戦においても、必要以上の敵対はしないようにお願いします」
    「と言うと?」
    「相手が投降するのであれば、そのまま拿捕する方向で。敵や言うてすぐ殴る、すぐ殺すっちゅうのんは、極力無しです。もっとも、相手が徹底抗戦するっちゅう態度取ってきたら、とことんかましたってええですけどな」
    「今一つ合点が行かぬ。女史は我々に結局、何をどうしろと?」
    「具体策はおいおい話していきます。とにかく念頭に入れてほしいのんは、『自分たちは極悪非道の帝国なんかとちゃうぞ』と、相手に思わせるコトです。ワルモノは帝国、自分らはその反対に位置しとるんやでと、敵にも、敵の下におる人らにも、そう思わせるんです。
     ソレこそが今回の作戦において、最大限の効果を発揮します。でなければ今までの戦いと何も変わりまへんし、結果も一緒です」
    「うむむむむ……?」
     エリザの抽象的な言葉に、王たちは一様に神妙な顔を並べるばかりだった。

    琥珀暁・狐略伝 3

    2019.10.05.[Edit]
    神様たちの話、第247話。西山間部方面作戦。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. すっかり怯んだ王たちを前に、エリザはいつも通りにニコニコと笑みを浮かべながら、話を切り出した。「ほな早速、西山間部の侵攻作戦のお話しましょか」「あ、女史」 と、一人がおずおずと手を挙げる。「なんでしょ?」「その話をする前にだな、その、さもしいと思われるかも知れんが……」「ああ」 言わんとすることを察し、エリザはうな...

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    神様たちの話、第248話。
    帝国属国の内部事情。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     ハカラ王国の首都、ボリショイグロブ。この国は西山間部最北に位置しており、そのさらに北に点在する豪族らとの戦いの、最前線ともなっている。
     近隣の山々を知り尽くし、多方向から攻め込んでくる豪族に対抗する必要があるため、この国には他の各国よりも「機動力」が求められており、馬の飼育が盛んとなっている。
     当然、首都であるこの街には、あちこちに馬が繋がれており――。

    「臭いのう。獣臭がぷんぷんと臭うわ」
    「は……申し訳ございません」
     いかにも偉そうな格好と態度の男が、城の中から外を見下ろしながら、鼻をつまんで見せている。
    「屋内におっても、この臭さ。まったく垢抜けんところだわい」
    「汗顔の至りです。閣下御自ら、こんな僻地に足をお運びいただき……」
    「まったくだ。もう少しでもお前たちが役に立っておれば、このわしがこんな下賤な土地にまで来る必要など……」
     殊更にへりくだるこの城の主を、男は明らかに見下し、つらつらと罵倒の言葉をぶつけている。
    「そ、それで将軍閣下、今回のご用件をまだ伺っておりませんが」
    「うん? おお、そうであったな。いやなに、最近の豪族どもの動向が沈静化しておると聞いて、視察に参った次第である。本営の中には『とうとう我々に恐れをなしたか』などと楽観視する阿呆もおるが、わしは何らかの企みがあるものとにらんでおるのだ。故に豪族どもとの戦いの、最前線であるこの国を訪ねたのだが……」
    「はあ……。確かにここ数ヶ月、彼奴らと接触・交戦したと言うような報告は寄せられておりません。至って平和です」
    「それが臭い」
     そう切り返し、将軍はもう一度、窓の外に目をやる。
    「昨年の暮れまで跋扈しておった者どもが、こちらが何をしたわけでも無いのに、ぱたりと攻勢の手を止めるなど、何かしら企んでおるに違いない。であるからして、この周辺の警戒強化と共に、入念な偵察を行うよう命ずる」
    「御意」
     城主が平伏し、深々と頭を下げたところで――城に詰めている兵士が、慌てた顔で入ってきた。
    「た、大変です!」
    「なんじゃ、騒々しい。ここでは馬だけでなく、兵士もひぃひぃと鳴くのか」
    「し、失礼いたしました」
     城主はもう一度頭を下げ、兵士を叱る。
    「話の途中であるぞ! 一体何の用だ!?」
    「申し訳ございません! しかし今、襲撃を……」
    「襲撃だと!?」
     報告を聞くなり、将軍はかっと目を見開いた。
    「豪族どもか!?」
    「た、多分そうであると……」
     口ごもる兵士に、将軍は顔を真っ赤にして詰め寄る。
    「はっきり言えッ!」
    「あ、あの、攻撃と、多分、その、思うのですが」
    「ええい、ごちゃごちゃと! まず、何が起こっているのか言わんか!」
     散々怒鳴られ、兵士はぺこぺこと謝りつつ、しどろもどろに説明する。
    「し、失礼しました。ま、まずですね、城下町を巡回していた兵士が次々倒れまして、その端から、豪族と思しき者たちが現れ、縛り上げておりまして」
    「次々倒れて? いきなりか?」
    「そのそうです。しかし矢を射られた様子でもなく、突然、ばたりと。私も眼の前で、同僚がそうなるのを目にしまして、とっさにこちらまで戻りました」
    「ふむ。下手に助け起こそうものなら、お前も恐らく同じ目に遭っていただろう。その点は評価してやろう。だが豪族どもを一人も相手しなかったのか? やけに身なりが整っておるが」
    「もっ、申し訳ございません。多勢に無勢で……」
    「まあ良い。ともかく、敵に攻められているのであれば、こちらも打って出るだけの話だ。即刻兵を集め、迎撃せよ」
    「御意」
     城主はもう一度平伏し、兵士に命じた。
    「急いで集めてくれ。元々、兵士は首都に100名しかいないし、短期決戦を仕掛けられたら持ちこたえられんからな」
    「はっ!」
     兵士が敬礼し、その場を去ったところで、将軍がけげんな目を城主に向けた。
    「100名だと? 本軍より貴国には、常から300名を抱えておくよう命じられていたはずだろう?」
    「籍を置いているのは確かに300名なのですが、なにぶん、我が国もそう豊かではないので、常に城へ召し抱えるわけには……。残り200名は非正規兵、いわゆる民兵として通常は農村部におり、有事の際にのみ召集するようにしておりまして」
    「……まあ良い。いくらなんでも、100名すべて敵の手に落ちると言うことも無かろう」

    琥珀暁・狐略伝 4

    2019.10.06.[Edit]
    神様たちの話、第248話。帝国属国の内部事情。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. ハカラ王国の首都、ボリショイグロブ。この国は西山間部最北に位置しており、そのさらに北に点在する豪族らとの戦いの、最前線ともなっている。 近隣の山々を知り尽くし、多方向から攻め込んでくる豪族に対抗する必要があるため、この国には他の各国よりも「機動力」が求められており、馬の飼育が盛んとなっている。 当然、首都である...

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    神様たちの話、第249話。
    王国の反撃作戦。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
     30分後、城の大広間に集められた兵士を見て、将軍は苦い顔をした。
    「なんと! 30名もいないではないか!?」
    「申し訳ございません。思った以上に敵の動きが早く……」
    「ま、まあ良い。して、敵の動きは?」
     将軍に尋ねられるが、集まった兵士たちは一様に、首をかしげて返す。
    「それが……」
    「我が軍の者を拘束しては、どこかへと消えるばかりで……」
    「足跡を追おうにも、却って敵の罠にはまるようなものでして」
    「打つ手が無く、やむなく逃げ回るしかありませんでした」
    「ぐぬぬぬ」
     情けない返答に、将軍は顔を真っ赤にして怒鳴る。
    「役立たずどもめ! そんなしょぼくれた顔を並べて、それでもお前ら兵士のつもりかッ!」
    「も、申し訳……」
    「申し訳無い、申し訳無いと、いい加減聞き飽きたわ! 少しは申し訳をしてみたらどうだッ!? まったく、最前線が聞いて呆れるわい! 少しくらい、気骨のある奴はおらんのか!?」
     将軍は兵士たちと、その前でしょんぼりと立ちすくむ城主をにらみつけつつ、状況を整理する。
    「ともかく、このまま城に閉じこもっておっても、形勢が不利になるばかりだ! 早急に、何か手を打たねばならん。
     とは言えだ、そもそも敵が現れては引っ込み、強襲しては隠れるなどと言う卑屈な戦法を取ると言うことは、正面切って戦闘を仕掛ける度量も戦力も持っておらんと言うことだ。であればこちらが頭数を揃え、しらみ潰しに城下町を探れば、容易に撃退し得るだろう」
    「と言うことは……」
    「うむ。わしは部下と共に、帝国西山間部方面軍基地へ向かい、応援を呼ぶ。お前たちは城を守るとともに、農村を周って民兵を集めるのだ」
    「御意」

     将軍とその部下たちはボリショイグロブを抜け、南へと向かおうと試みた。ところが――。
    「なんだ、あれは!? とんでもない数ではないか……!?」
     武装した者が多数たむろし、道を塞いでいたのである。その厳重な封鎖線を目にし、将軍はうなる。
    「ぬぬぬ、考えおったな……。帝国本軍へ応援を要請する者がいるだろうと踏んで、こちらに大人数を割き、封鎖を仕掛けおったのか。なるほど、特に用事が無い限り、本軍がこんな田舎に足を運ぶはずも無し。一方で、王国からの知らせが無い限り、この異変に気付く者もおらん。こうして封鎖してしまえば、その芽を摘めると言うわけだ。
     このわしにしても、今回は半ば叱咤目的で来たわけであるし、大して手勢を率いておらん。……この人数では、あれだけ重厚な封鎖線を突破するのは不可能だ。戻るしかあるまい」
     苦々しい顔で封鎖線をにらみつつ、将軍は踵を返す。だが――。
    「……ぬ、ぬぬぬぬぬぬぅ」
     振り返ったところで、後方からも武装した者が迫っていることに気付く。
    「ほほう」
     と、そのうちの一人、大柄な虎獣人がニヤリと笑う。
    「誰かと思えば、帝国本軍のトブライネン将軍閣下ではないか。2年、いや、3年ぶりであるか」
    「む、む? ……ぬっ!? 貴様、ノルド王国のミェーチ将軍ではないか!」
    「既に流浪の身、もう将軍ではござらん。今はミェーチ軍団団長と名乗っておる。にしてもここで貴様に出くわすとは。大方、ハカラ王国の城主に気合いを入れに来たと言うところか」
    「貴様、わしにそのような尊大な態度を取って、許されると思うか!?」
     顔をしかめる将軍に、ミェーチは肩をすくめて返す。
    「言ったであろう。今の吾輩は帝国に尻尾を振る子飼いの身ではござらん。故に貴様が帝国の威を借りて脅しに来たとて、昔と違って毛ほども疎ましく無い。ところで将軍閣下」
     ミェーチは背後に並んでいた部下たちに、手で合図を送る。
    「こんなところでぼんやり突っ立っていると言うことは、ハカラ王国襲撃を帝国本軍に伝えるつもりで南下しようとしていたな? 当然、そんなことをされては困る。豪族も、我々もな」
    「なんだと!? では貴様、豪族と通じて……」
     将軍が怒鳴り出したその瞬間、彼は頭から布袋を被され、拘束された。

    琥珀暁・狐略伝 5

    2019.10.07.[Edit]
    神様たちの話、第249話。王国の反撃作戦。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5. 30分後、城の大広間に集められた兵士を見て、将軍は苦い顔をした。「なんと! 30名もいないではないか!?」「申し訳ございません。思った以上に敵の動きが早く……」「ま、まあ良い。して、敵の動きは?」 将軍に尋ねられるが、集まった兵士たちは一様に、首をかしげて返す。「それが……」「我が軍の者を拘束しては、どこかへと消えるば...

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    神様たちの話、第250話。
    奇妙な結婚式。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     民兵を召集するため、ハカラ王国の正規兵らは農村の一つを訪ねていた。ところが――。
    「ん? 祭り……か?」
     村の広場から音楽と人の声が聞こえてきたため、彼らはそちらへ向かう。
    「よーし、もっかい乾杯だー!」
    「おー!」
     広場ではめかし込んだ男女を囲むように、村の者たちが騒いでいる。
    「結婚式の最中、と言ったところか?」
    「みたいだな」
    「参ったなぁ。声、掛け辛いぜ」
    「ああ……」
     間の悪いところに出くわしたと、兵士たちは互いに顔を見合わせ、苦笑する。ところが――。
    「……待て。あの新郎、なんかおかしくないか?」
    「えっ?」
     言われて確認してみると、新郎には熊の耳が付いており、明らかに村の者ではない。
    「と言うことは沿岸部民か、……まさか、豪族?」
    「ま、まさか! そんなわけあるかよ!?」
    「王国の者と豪族が結婚なんて、あるわけ無いだろ?」
    「だ、……だよなぁ?」
     どう動けばいいか分からず、兵士たちはもう一度、互いに顔を見合わせる。と――。
    「あら、どないしはりました?」
     彼らの背後から、声をかけてくる者がいる。振り返るとそこには、やはり王国の者では無い、いや、この邦の者ですら無さそうな、狐の耳と尻尾を持った女性が立っていた。
    「な、……ん?」
    「お前は……?」
    「今日の結婚式を企画しましてん。いやね、新郎さんも新婦さんもオクテっちゅうか、なーかなか一緒になろうとしはらへんって周りがやいやい言うてたらしいんですわ。で、新郎さんからどないしたらええやろって相談されましてな、『せやったらちゃっちゃと結婚しはりよし』っちゅうて、アタシが色々手ぇ回したったんですわ」
    「い、いや、そんなことは、聞いていない」
    「お前は、誰だと、聞いてるんだ」
     そう尋ねられ、相手はようやく答える。
    「エリザ・ゴールドマンと申します。ちょと南の方で商売さしてもろてます。ところで皆さん、ハカラ王国の兵隊さんやとお見受けしますけども」
    「あ、ああ。急用で、民兵を召集しようと」
    「あらー、そら大変ですなぁ」
     エリザはあっけらかんと返し、ニコニコと笑みを浮かべる。
    「でもそんなに焦らんでええでしょ? 皆さんも、良ければ式に参加したって下さい。お客さんは多い方が楽しいですからな」
     思いもよらない提案を受け、兵士たちは面食らう。
    「は……? な、何を言うんだ?」
    「王国の一大事なのだぞ!」
    「こんなところでゆっくりしている暇など……!」
    「あら、さいでっか。ソレ、王国が占拠されたとか、そう言うお話です?」
     エリザの言葉に、兵士たちの顔が一様にこわばる。
    「なに……!?」
    「貴様、何故それを!?」
    「ソレもアタシが企画してますねん。あ、ソコら辺も聞きたかったら、詳しくお話さしてもらいますけども」
    「ふ、……ふざけるなッ!」
     兵士たちは剣を抜き、エリザに向ける。
    「貴様が襲撃を計画しただと!?」
    「あんまりそう言う物騒なもん、アタシに向けんといて欲しいんですけどな」
    「答えろ!」
    「ええ加減にせえへんと、痛い目遭うてもらいますよ?」
     そう返し、肩をすくめるエリザに、兵士の一人が襲い掛かる。
    「貴様あッ!」
    「あーもう」
     が、次の瞬間、兵士はばん、と何かが破裂するような音と共に、その場から弾き飛ばされた。
    「うあっ……!?」
    「せやから痛い目見るて言うてますのに」
     何が起こったのか分からない間に、一瞬で倒された仲間を目にし、兵士たちの顔から血の気が引く。
    「で、皆さんどないしはります? まだアタシにちょっかいかけはります? ソレともご飯一緒に食べます?」
    「……う、うう」
     兵士たちは完全に戦意を喪失し、剣を収める。それを受けて、エリザは彼らに手招きした。
    「とりあえず、そんなゴツい格好で参加されたら場違いですわ。礼服持って来てますから、そっちに着替えて下さい」
    「わ、わか、った」
     彼らは反論一つできず、エリザの言うことに従った。

    琥珀暁・狐略伝 6

    2019.10.08.[Edit]
    神様たちの話、第250話。奇妙な結婚式。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. 民兵を召集するため、ハカラ王国の正規兵らは農村の一つを訪ねていた。ところが――。「ん? 祭り……か?」 村の広場から音楽と人の声が聞こえてきたため、彼らはそちらへ向かう。「よーし、もっかい乾杯だー!」「おー!」 広場ではめかし込んだ男女を囲むように、村の者たちが騒いでいる。「結婚式の最中、と言ったところか?」「みたいだな...

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    神様たちの話、第251話。
    狐の計略。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    7.
     エリザに促されるまま、成り行きで武装解除させられた兵士たちは、仕方無く結婚式に参加していた。
    「さあ、飛び入りの方! どうぞ一杯!」
     村の者から酒を勧められ、言われるがままに受け取る。
    「どうも……」
     所在無さげにちびちびと酒をすすっているところに、エリザがニコニコしながら近付いて来た。
    「突然のお願い聞いてもろて、えらいすみませんなぁ」
    「何を……」
     何を勝手な、と文句を言いかけたが、その瞬間、いきなり弾き飛ばされた同僚の姿が脳裏に浮かび、口をつぐんでしまう。
    「……話を聞きたいのだが。先程、話してくれると言っていただろう?」
    「あ、はいはい」
     エリザがすとん、と横に座ったところで、先程エリザに倒されたその同僚が、恐る恐る手を挙げる。
    「さっきのは一体何です? 俺に仕掛けた、あの……」
    「魔術ですわ」
    「ま……じゅつ?」
    「知りまへんか? 南の邦から来た人らのコトは?」
    「うわさ程度です」
    「アタシも南の方から来てるんですけどもね、そっちでは有名な技術っちゅうか、学問的なヤツですわ」
    「はあ……?」
    「それより俺が聞きたいのは」
     先にエリザに話しかけられていた兵士が、再度口を開く。
    「ここで行われていることと、ボリショイグロブで起こっていたことだ。どっちもあんたが関わっていると言っていたが」
    「ええ。結婚式のコトはさっきお話しした通りですわ」
    「だが、新郎は豪族の者に見える。何故王国の人間と結婚するんだ」
    「そんなん本人たちの勝手ですやん。どっちも好きや、一緒に家庭作りたいて言うてるんですから」
    「いや、異邦人のあんたには分からんだろうが、そんなことは帝国が許すはずが……」
    「豪族の人らにとったら帝国さんの事情や法律なんか知ったこっちゃないですし、村の人らも、いらん横槍入れてくるようなもんに付き従うんやったら、まだ豪族さんらと仲良うする方がええやんな、と」
    「なに……!? じゃあ、帝国に叛意(はんい)を?」
     いきり立つ兵士に、エリザはニヤッと悪辣じみた笑みを見せる。
    「結局、帝国さんらに従っとるんは、力ずくで言うコト聞かされとるからですやん? もっと力があって、話が分かるような人らが近くにおるんやったら、そらそっちに付きますわ」
    「本当にそう思ってるのか? 豪族が帝国に勝てると?」
    「確かに正直なところ、豪族さんらだけで勝つんは無理ですわ。せやから、色々結託してますねん」
    「結託?」
    「ええ。豪族さんらとミェーチ軍団、ソレからアタシらですな」
     これを聞いて、兵士たちは顔を見合わせた。
    「ミェーチ軍団って、こないだ門前払いされたって言ってた、あの……?」
    「だろうな。で、そいつらが豪族と結託した、と。だが豪族と言ったって、ピンからキリまでいるだろう? 一体どこと……?」
    「ソコら辺もアタシが話付けましてな。豪族のみなさん、一致団結してくれましてん。おかげで今回の作戦、随分上手いコト行ってるみたいですわ」
    「なっ……」
     もう一度顔を見合わせ、再度エリザに向き直る。
    「あんた、何者なんだ? 帝国に反乱したり、豪族たちをまとめたり、……俺にはあんたが、とんでもない奴に思えてならない」
    「言いましたやん。ちょと商売しとるだけですて」
     この間ずっと笑みを絶やさず、不敵な態度でいたエリザに、兵士たちは絶句するしか無かった。
     ようやく一人が、卓に置かれた酒をぐい、とあおり、恐る恐る尋ねる。
    「その……、ボリショイグロブでの作戦にも加担してるって言ってたが、一体何をどうしたんだ? 曲がりなりにもハカラ王国の首都なんだから、守りは強固なはずなんだ。なのにいつの間にか、敵に侵入されていたし」
    「ああ」
     エリザはこの質問にも、笑って答えた。
    「最初に中に入ったんは、豪族の人らとちゃいますねん。農村から手伝いに来てもろた、短耳の娘らですわ。腕っぷしは無いですけども、魔術の覚えはええ子ばっかりで。
     ほんで巡回しとったり、詰所にいとったりしてはった兵士さんらを片付けてもろて、ほんで豪族さんらを招き入れた次第ですわ」
    「なるほど……。豪族はほとんどが、熊耳や虎耳だからな。短耳はそう言う点で、ノーマークになる。そもそも『帝国に反旗を翻すのは豪族だ』と言う思い込みがあったし、農村の村娘なんかに警戒するわけが無い。それにあんた、さっきは武器らしい武器も無しに攻撃したよな。それが魔術なのか?」
    「ええ、大体そう言うもんですわ」
    「武器も無し、『熊』や『虎』でもなし、そもそも明らかに兵士と分かる身なりでなし、……じゃ、そりゃ素通しする。こっちの防衛網は、最初から機能してなかったんだな」
    「そうなりますな」
     にこりと笑うエリザに、兵士たちはとうとう、反抗心も敵対心も削がれてしまった。
    「そうまで綺麗に作戦を組み立てられてるって言うなら、もう首都は陥落してるだろう。多分あのいけ好かない将軍も、西山間部基地に到着する前に捕まってるんだろうな」
    「ああ、トブライネン将軍さんですな? ええ、捕まえたそうですわ。さっきリディアちゃん、……あーと、お手伝いしてもろてる娘から連絡受けてます」
    「やっぱり。じゃ、俺たちの仕事は一つも無くなったってわけだ。……呑むかぁ」
    「そうすっか……」
    「あーあ……」
     彼らは揃ってため息を一つ付き、それから卓上の料理に手を付け始めた。

    琥珀暁・狐略伝 7

    2019.10.09.[Edit]
    神様たちの話、第251話。狐の計略。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7. エリザに促されるまま、成り行きで武装解除させられた兵士たちは、仕方無く結婚式に参加していた。「さあ、飛び入りの方! どうぞ一杯!」 村の者から酒を勧められ、言われるがままに受け取る。「どうも……」 所在無さげにちびちびと酒をすすっているところに、エリザがニコニコしながら近付いて来た。「突然のお願い聞いてもろて、えらいすみま...

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    神様たちの話、第252話。
    西山間部戦、前半戦終了。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    8.
     エリザが仕掛けた作戦は、以下の通りだった。
     まずミェーチ軍団と豪族らを共闘させることで、彼女は500を超える軍勢を、西山間部に確保することができた。これと並行し、標的国の農村部に対して人心掌握策を施し、村民と民兵を帝国から離反させるとともに、都市部へ侵入しても怪しまれない伏兵を育成したのである。
     これと同様の作戦を、エリザはハカラ王国だけではなく、レイス王国、そしてオルトラ王国にも仕掛けており、いずれも成功を収めていた。これにより、帝国は西山間部における支配圏の半分を、その状況も把握していない内に失うこととなったのである。



    「まだ帝国に動きは無いそうだ。どうやら気付いておらんようである」
    「ありがとさんです」
     ミェーチからの報告を受け、エリザはにこりと微笑む。
    「でも時間の問題ですやろな。将軍さんも拘束したままですし」
    「然り。半月や一月程度なら多少ばかり長居したとも取られるだろうが、それ以上経てば流石に怪しまれるだろう。どれだけ遅くともその頃には、帝国も状況を察するであろうな」
    「ほな、ちょと急いで次の仕掛けせなあきませんな」
     エリザの言葉に、ミェーチは目を丸くする。
    「次?」
    「このまま制圧した国に陣取るだけやったら、帝国さんがまっすぐ攻めてきはるやないですか。
     3ヶ国の制圧と抱き込みはでけましたし、おかげで兵隊さんも900人増えましたけども、ソレでもミェーチ軍団と豪族連合の500と合わせて、1400ですやろ? 対する帝国さんの、西山間部勢力の総数は……」
    「スオミ王国とイスタス王国の300ずつ、ソレから西山間部方面軍の1000で、合計1600っスね」
     シェロの回答に、エリザはうんうんとうなずく。
    「そう、数の上ではほぼ互角と言えば互角ですわ。でも正面衝突となったら、どんだけ犠牲が出ますやろな?」
    「相当数に上るだろう。こちらも、向こうも」
    「ただ、向こうは東山間部の帝国本国軍がすぐ後ろにいてはりますやろ? ソレまで引っ張って来られたら、状況は最悪になりますで」
    「仮にお互い半減したとして、こっちは700、西山間部勢力は800。で、帝国本国軍が3000って話っスから……」
    「……えーと」
     指折り数え、ミェーチが渋い顔をする。
    「700対2000くらい、……であるか?」
    「3800っス。なんで減るんスか」
    「失敬。と言うことは3倍、いや、4倍であるか」
    「ほぼ5倍っス」
    「おぅふ」
     ほおを真っ赤にしつつも、ミェーチは真面目な顔で話を続ける。
    「なるほど。正面決戦となれば、こちらが圧倒的に不利であるな。だが遠征隊の600、いや、増員したから1000? くらいであったか、それを参加させれば……」
    「あきませんな」
     ミェーチの意見を、エリザはぴしゃりとはねつける。
    「遠征隊は山の下です。ココまで来さすには峠道登らなあきません。一方で帝国本国軍は湖をぐるっと回った向こう岸。どっちの行軍が早いですやろな?」
    「むむむ、確かに。しかし魔術とやらでどうにか……」
    「ソコまで万能やありまへん。なんでもでけるんやったら、ハナから東山間部、帝国首都で決戦してますわ」
    「……さもありなん」
    「ちゅうワケで、西山間部勢力をこのまま北上させるワケには行きません。と言って、スオミ王国とイスタス王国にも同じ手を使うワケにも行きませんわ。そら3ヶ国で封鎖線敷いて人の行き来を止めてましたから、アタシらが何してたとかは知られてないでしょうけども」
    「あれだけ仰々しく封鎖していたのだ。それ自体がうわさに上っているだろう」
    「となると、警戒するヤツも出てくるでしょうね。『農村部で変なコトしてるヤツがいるぞ』だとか、『街の周りに豪族みたいなのがウロウロしてるぞ』だとか」
    「そう言うコトですわ。ココからは別の手で、攻めてかなあきません」

    琥珀暁・狐略伝 終

    琥珀暁・狐略伝 8

    2019.10.10.[Edit]
    神様たちの話、第252話。西山間部戦、前半戦終了。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -8. エリザが仕掛けた作戦は、以下の通りだった。 まずミェーチ軍団と豪族らを共闘させることで、彼女は500を超える軍勢を、西山間部に確保することができた。これと並行し、標的国の農村部に対して人心掌握策を施し、村民と民兵を帝国から離反させるとともに、都市部へ侵入しても怪しまれない伏兵を育成したのである。 これと同様...

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    神様たちの話、第253話。
    晩餐の異変。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    1.
    「いつも、いつも、いつもだ。いつも思うことだが」
     いつものハンたち4人、そして新たに加わったエマとで夕食を取っていた最中、やはりいつものように、ハンが酒の入ったグラスを片手に、愚痴を吐き始めた。
    「どうしてエリザさんは、俺たちを軽視するんだかな。今回のことにしても、俺やクーですら詳しい経緯を知らされないままで、いきなり『西山間部の国3つを陥とした』と言ってきた。そして既に、残り2ヶ国の攻略も検討中である、とも。真面目に訓練してた俺たちが馬鹿みたいじゃないか」
    「はあ」
    「そーかもですねー」
     この時点で既に愚痴を何周も聞かされているため、マリアとビートは生返事をしつつ、料理に目を向けている。
    「これ美味しいですね」
    「後でもっかい頼もっか」
     ハンの隣に座るクーも、いかにも飽き飽きした様子で、グラスの縁に指を当て、くるくると撫でている。
    「だからな、俺は……」
     話が一巡したところで、クーはそのグラスから手を放し、ハンに目を向けた。
    「ハン」
    「ん? なんだ、クー?」
    「ずっとお持ちになっていては、温もってしまうでしょう? こちらと交換なさい」
    「ああ、悪いな」
     クーから受け取ったグラスを手に取り、そのまま呑もうとしたところで――。
    「あのさ、ハン」
     これまでずっと黙々と酒を呑んでいたエマが、唐突に口を開いた。
    「エマ?」
    「黙って聞いてたけどさ、君って自分が特別な存在だと思い込んでるタイプのバカなんだね」
    「な、なに?」
    「ちょっと、エマ?」
     愚痴が終わることを期待していたらしく、クーが困った顔を向ける。
    「いいから」
     が、エマは構わず、話を続ける。
    「こないだも私言ったよね、遠征隊が今、ゼロからどんな期待をされてるかってさ」
    「ああ。戦闘を仕掛け戦果を収めるように、だろう?」
    「ソレさ、もういっこゼロの思惑があるってコト、分かってる?」
    「どう言うことだ?」
    「普段から君、平和主義者なコトほざいてるけどさ、ゼロんトコだってそう言うの、一杯いるだろ? そう言うヤツらが、遠征隊が北で力任せに侵攻してる、現地民を殺戮して回ってるって聞いたら、ソレを率いてるヤツ、つまり君や、何よりエリザのコトを、どう言う風に思うだろうね?」
    「そんな風に言われたら、それは確かに、悪人と思うだろう」
    「そう。そしてゼロは隙あらば、そう言う風に言ってやろうと狙ってるね。で、悪い評判をみんな君たちに押し付けて、自分はその成果だけを掠め取ろうとしてるね。つまり、実際に侵略した君たちをワルモノ扱いして遠ざけて、侵略した土地だけをもらっちゃおうって肚なのさ」
     これを聞いて、ハンはとろんとしていた目を見開いた。
    「ば、バカな! 陛下がそんな……」
    「おバカは君だね。傍から見てたら明らかだってのに、当事者の君が『陛下がそんな下劣な真似をするなんて有り得ない』って、盲目的に信じ切ってる。ソレがおバカでなくて何だよって話だね。
     エリザさえいなくなりゃ、残ったゼロは好き勝手なコトを言いたい放題。『遠征隊によって蹂躙された人々に補償を行う責任がある』とか何とかキレイゴト並べて、いいトコだけ全部持ってくつもりなのさ」
    「い、いや、そんな……」
     酔って赤くなったハンの顔が次第に、いつものように青ざめていく。畳み掛けるように、エマはこう続ける。
    「あとさ、君がマジで真面目に真剣に考えるべきなのは、ゼロは君のコト、どうなろうが構わないって思ってるだろうってコトだからね?」
    「な、なに?」
    「繰り返すけど、今のゼロが重視してるのはエリザを排除するコトだ。『多少の犠牲』は目を瞑ろうとするだろうね。その犠牲が例え、親友の息子だろうとね」
    「そんな……」
    「『そんなバカな』? 『自分だけは守られる』って? エリザと一緒にこっちに送り込まれといて、ソレでまだ、『自分は特別』『助けてもらえる』って思ってる? だとしたら相当おめでたいね。きっとゼロが君のコト死刑だっつっても、当然とか仕方無いとか考えるんだろうね、君」
    「う……ぐ」
     ハンはとうとうグラスを卓に置き、すっかり顔を青くして、黙り込んでしまった。

    琥珀暁・乱心伝 1

    2019.10.12.[Edit]
    神様たちの話、第253話。晩餐の異変。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「いつも、いつも、いつもだ。いつも思うことだが」 いつものハンたち4人、そして新たに加わったエマとで夕食を取っていた最中、やはりいつものように、ハンが酒の入ったグラスを片手に、愚痴を吐き始めた。「どうしてエリザさんは、俺たちを軽視するんだかな。今回のことにしても、俺やクーですら詳しい経緯を知らされないままで、いきなり『西...

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    神様たちの話、第254話。
    正論でボコ殴り。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    2.
     しんと静まり返り、冷え切った卓の様子に構わず、エマは話を続ける。
    「ソレからさ、ソコのお二人さん」
     声をかけられ、ビートとマリアは慌てて顔を上げる。
    「はっ、はい?」
    「なんでしょ……」
    「なんでしょ、じゃないね。君ら、なんでココにいるね?」
    「え?」
    「なんでって、ご飯一緒に食べようって尉官、や、シモン尉官が」
     答えかけたマリアを、エマがギリッとにらむ。
    「私が聞いてんのはそうじゃないね。君らが常からこのハンニバル・シモン尉官殿と行動してるのは何のためだって聞いてんの、私ゃ」
    「や、それは、職務上の必要からで」
    「はー? 職務上の必要ねぇ?」
     バン、と卓を叩き、エマは声を荒げてマリアに詰問する。
    「その職務って何さ? こうしてコイツの愚痴聞き流すコト? 隊のカネで上手いメシ食べてレポートするコト? 違うだろ? コイツの行動に不足や不備が無いよう、補佐・補足するコトじゃないの?」
    「そ、そう、です」
    「じゃあ今君らがやってんのは何だよ? コイツが店のド真ん中でべちゃくちゃべちゃくちゃクソみたいな愚痴垂れ流してんのを見ようともしないで、『コレ美味しいねー』『もっかい食べよっかー』ってきゃあきゃあ楽しくおしゃべりして、まったく御大層な御身分でございますねっつってんだよ、私。そんなコトも分かんないかね? で、ココにいる意味聞いたら『ご飯食べに誘われましたー』って、君はアホか? ご飯食べんのが君の仕事じゃ無いだろ?」
    「す、……すみません、ソーン尉官。軽率でした」
     マリアも顔を青くし、深々と頭を下げる。
    「あとさー、ソコのお姫様」
     エマの口撃が、続いてクーにも向けられる。
    「ひゃいっ!?」
    「今、コイツに酒呑まして潰そうとしたね?」
    「そ、そんなことは」
    「したね?」
    「……は、はい」
    「ソレが君のやり方? コイツのアホみたいな愚痴を真面目に聞かない、ほっとく、果ては無理矢理酔い潰させて結論うやむやにしてまた明日、ってか? コイツらがアホなら君はろくでなしだね」
    「ろ、ろくっ!?」
     真っ向から罵倒され、クーの顔に一瞬、朱が差す。だがエマは怯むどころか、その様子を「はっ」と鼻で笑った。
    「なに? ろくでなしって自覚無いね? だとしたら君はろくでなしの上に愚か者だね。仮にもコイツは隊長で、君はお姫様だよね? だったら両方とも、ソレらしくカッコつけろってんだね。コイツが公の場で隊長らしからぬ下品なコト言い出したら、きっちり諌めるのが良識と地位のある人間のやるコトじゃないね? ソレをお酒無理矢理呑ませて潰すって、見下げ果てた品性の無さだね。お姫様が聞いて呆れるってもんだね。しかもソレをごまかす? 自分のやったコトに責任持てないってんじゃ、愚か者って言われても仕方無いって思わないね? ね? どうなのよ、お姫様?」
    「そ、れは……」
     きつい言葉を立て続けにぶつけられ、クーの目に涙が浮かぶ。それを見て、エマは更に声を荒げた。
    「なに? 親でも死んだの? なーんでこの程度で泣き出すね? ソレともカワイイ女の子だから、泣いたらごまかせるって? 困ったら解決せず片っ端からごまかすのが、君のやり方? おーおー、狡い女だねぇ。重ね重ねろくでなしでやんの」
     追い打ちを掛けられ、いよいよクーは泣き出してしまった。
    「ひぐっ……ひぐぅ……」
    「まったくさ、君ら何しにココに来てんのかって話だね。ちっとは自分のやってるコト、ちゃんと省みたらどうだね。ねえ、尉官殿?」
     エマは傍らに置いていた酒瓶を手に立ち上がり、ハンの頭にバシャバシャと酒を浴びせた。
    「ぐっ……」
    「ぐうの音もマトモに出せないね? 他人にケチつける前に、自分をちゃんと躾けろっての。
     じゃ、今日はこの辺で。じゃーね」
     言うだけ言って、エマは金を卓に置き、そのまま店を出て行った。
    「……あ、と」
    「い、……尉官?」
     髪からポタポタと酒を垂らしたまま、呆然とした顔で固まっているハンに、ビートとマリアが声をかける。
    「ひっく、ひっく、……ハン?」
     クーもグスグスと鼻を鳴らしつつ、心配そうに声をかけたところで、ハンが真っ青な顔をしたまま、すっと立ち上がった。
    「俺も、今日はこれで帰る。……悪いな。金は俺が払っておく。……おやすみ」
    「あっ、……はい」
    「お、おやすみなさい」
     残された3人は顔を見合わせたが、誰一人、何も言えないでいる。
     やがて、卓にこぼれた酒が乾き始めたところで、ビートが下を向き、ぽつりとつぶやいた。
    「……ひどいとは、思いますけど、でも、……何も言い返せませんでした」
    「うん……」
    「……わたくし、ぐす、帰り、ます」
     クーが泣きじゃくったまま、席を立つ。残った2人も、無言でその場を後にした。

    琥珀暁・乱心伝 2

    2019.10.13.[Edit]
    神様たちの話、第254話。正論でボコ殴り。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -2. しんと静まり返り、冷え切った卓の様子に構わず、エマは話を続ける。「ソレからさ、ソコのお二人さん」 声をかけられ、ビートとマリアは慌てて顔を上げる。「はっ、はい?」「なんでしょ……」「なんでしょ、じゃないね。君ら、なんでココにいるね?」「え?」「なんでって、ご飯一緒に食べようって尉官、や、シモン尉官が」 答えかけたマリ...

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    神様たちの話、第255話。
    怒りのおかん。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    3.
     エマからの叱咤を受けた、その3日後。
    「なあ、ハンくん?」
     西山間部から戻ってきたエリザが、心配そうな顔でハンを見つめてくる。
    「なんです?」
    「アンタ、熱でもあるんとちゃう?」
    「は?」
     突拍子も無い言葉をかけられ、ハンは目を丸くする。
    「いきなり何なんですか」
    「いつものアンタやったら、アタシ帰ってくるなり『なんでいつも勝手なコトするんだ』ってけしかけて来るやないの。せやのに今回、ずーと待ってんのに一向に来よらへんやん。調子でも悪いんちゃうって」
    「そんなことはありません。健康です」
    「ソレやったらええんやけどね。あ、ほんでな、アンタ来たら話しようと思って待っててんけどもな」
    「話?」
     尋ね返したハンに、エリザはこう切り出した。
    「こないだ『頭巾』で言うた通り、今な、西山間部の5ヶ国のうち、ハカラ王国・レイス王国・オルトラ王国の3つがアタシら側になってんねんな。で、西山間部で残っとるんはスオミ王国とイスタス王国の2つやけど、こっちを攻めようと思たらどないしても、帝国さんの西山間部軍が出張ってきよるやん? ソレを何とかしようと思てな」
    「なるほど」
    「……ハンくん。ホンマに熱無いか?」
     そう言ってエリザは前髪をかき上げ、ハンの額にぴと、と自分の額を当てた。
    「無いです。何なんですか。近いですよ」
     顔を離したハンに、エリザは首を傾げて返す。
    「何なんですか、はこっちのセリフや。アンタ、いつものアレやったら『戦争なんてしません』やら何やら言うて突っかかるやんか」
    「無論、するつもりはありませんし、エリザさんもそうでしょう?」
    「……」
     答えた途端、エリザの目がすー、と細くなる。
    「ハンくん?」
    「なんです?」
    「エマちゃんに何や吹き込まれたんか?」
    「なんでですか」
    「ビートくんはアンタにずけずけモノ言うタイプやあらへんし、マリアちゃんはアンタが凹むようなコトは絶対言わへん。クーちゃんは強情張っても実は気ぃ弱いから、アンタがやいやい文句言うたら引っ込む娘や。となれば消去法で一人しかおれへんやろ」
    「……特には、何も」
    「『特には』? ほんならあるんやないの」
    「う……」
    「すっきり話しよし。いつものハンくんやないと、アタシも調子狂うわ」
    「分かりましたよ、もう」
     詰め寄られ、ハンは仕方無く白状した。
    「……と言われまして」
    「はぁーん?」
     途端に、エリザは今までハンが聞いたことの無いような、怒りの混じった鼻息を漏らした。
    「な、なんです?」
    「そんなもん、ハラ立つやんか。自分の子に罵詈雑言かまされて、頭から酒びっしゃーって被されたなんて聞かされたら」
    「あなたの子供ではないです」
    「似たようなもんやろ」
     くる、とエリザは身を翻し、すたすたと部屋の出口まで歩いて行く。
    「エリザさん?」
    「ちょっとオハナシしてくるわ」
    「いや、あの、西山間部の話は?」
    「そんなん後や」
     怒りのこもった声色でそう返し、エリザは大股で出て行った。

     エリザは勢い良くエマの執務室の扉を蹴飛ばし、ずかずかと中に押し入る。
    「邪魔すんでー」
    「邪魔すんなら帰ってね」
    「あいよー、……て何でやねんな。用があるから来とんやろが」
     机を挟んで相対し、両者ともにらみ合う。
    「で、なに?」
    「アンタ、随分好き勝手しとるらしいやないか」
    「別にカミサマのご神託が下ったワケでもなし、好きにやらせてもらって何が悪いね?」
    「けなして酒ブッかけるヤツがろくでなしの無礼者やなかったら、大抵のヤツは聖人やで」
    「へーぇ? じゃあ聞いたの、私に泣かされましたわって。ろくでなしの愚か者の上に恥知らずか、あのおバカ娘。三冠達成だ……」
     言い終わらない内に、エリザが魔杖を振り上げ、術を放つ。
    「『ショックビート』!」
    「ヘッ」
     が――これまであらゆる益荒男たちを、一瞬の内に沈めてきたこの魔術を――エマは斜に構えたまま、右手をひょいと挙げ、指を鳴らして弾いた。
    「……っ、う」
     直後、エリザの狐耳からぼたっと、血が垂れる。それを見て、エマはニヤニヤ笑っている。
    「さっすがぁ。反射術対策をしてたみたいだね。でなきゃ君は今頃、私の前でブザマ晒してたね」
    「アンタな」
     耳をぷる、と一振るいし、エリザは再度魔杖を向ける。
    「コレ以上アタシを怒らす気ぃか?」
    「勝手にプンプン怒ってろよ。バカを相手する気無いね」
    「よぉ分かったわ。死にたいらしいな」
    「安い挑発なんかするもんじゃないね。自分のバカを見せびらかすだけさ」
    「挑発ぅ?」
     エリザは魔杖を振り下ろし、火球を発生させた。
    「アタシがコケおどしなんかするかいな。ガチのヤツや」
     次の瞬間――部屋中に熱気と爆轟が発生し、窓と扉が残らず吹き飛んた。

    琥珀暁・乱心伝 3

    2019.10.14.[Edit]
    神様たちの話、第255話。怒りのおかん。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -3. エマからの叱咤を受けた、その3日後。「なあ、ハンくん?」 西山間部から戻ってきたエリザが、心配そうな顔でハンを見つめてくる。「なんです?」「アンタ、熱でもあるんとちゃう?」「は?」 突拍子も無い言葉をかけられ、ハンは目を丸くする。「いきなり何なんですか」「いつものアンタやったら、アタシ帰ってくるなり『なんでいつも勝手...

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    神様たちの話、第256話。
    イワしたるッ!

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    4.
     強い揺れと爆発音が城中に伝わり、すぐに騒ぎになる。
    「今の何? 地震?」
    「いや、なんかドカーンって」
    「爆発か!? どこだ!?」
     その騒ぎをほのかに耳にしつつも、エリザは魔杖をなお、エマに構えたままでいた。
    「コレも防ぎよるか」
    「ガチって、本気でガチってコト? そりゃまあ、一瞬びっくりしたけどもね。でもコレっぽっちじゃねぇ。腕が鈍ってんじゃないね?」
     攻撃魔術が直撃したはずのエマは――机こそ粉微塵に吹き飛んだものの――平然と椅子に座ったままでいた。
     それでも、ようやくエマは立ち上がり、懐から短い魔杖を取り出した。
    「ま、マジだってんなら、私もマジで……」「フン」
     が、取り出したその瞬間、エリザはエマへ向かって駆け出し、彼女の顔を魔杖で思い切り、横殴りに引っぱたいた。
    「うごぁ!?」
    「相手の技に同じ技で対抗っちゅうのんは、その技に自信あるヤツのやるコトやな」
     姿勢を崩し、中腰になったエマを、エリザはさらに打ち据える。
    「ぐふっ!?」
    「しかも余裕綽々気取っとるヤツほど、ダラダラダラダラのんきにおしゃべりしよる。どこかの誰かさんみたいになぁ?」
    「て……っめ……」
     起き上がりかけたエマの頭を、エリザはもう一度、ごちんと音を立てて殴りつけた。
    「はう……っ」
     ぐるんとエマの目がひっくり返り、そのままどさりと倒れて気絶する。動かなくなったことを確認し、エリザは彼女の腰からハンカチを抜き取り、耳から垂れていた血を拭き取った。
    「ほんで技に自信あるヤツほど、その技でイワせられると思とるねんな。せやから真正面から殴り掛かられて、なんもでけへんっちゅうワケや。ボケが」
     と――吹き飛んだ扉の向こうから、ハンが血相を変えて飛び込んで来た。
    「え、エリザさん!? これは一体!?」
    「オハナシしとったんや。あとな、ハンくん」
     エリザはハンカチをエマの頭に投げ捨て、ハンに向き直る。
    「上長への反抗と素行不良、および軍規攪乱(ぐんきこうらん)っちゅうコトで、コイツ懲罰房送りな」
    「は……!? いきなり何を言うんですか!?」
    「おかしないやろ? 隊長のアンタに酒ブチかましよった上、副隊長のアタシにもアレやコレや減らず口叩いてけなしよった。話聞く限りやと、クーちゃんも泣かしよったみたいやしな。アタシら3人、上長やろ? 全員にツバ吐いといて、ソレが反抗やないワケ無いやろ。しかもコイツは隊でも一応の地位を与えられとる。ソレがコレやで? 放っといたら城ん中の空気がめちゃめちゃになるんは目に見えとる。軍規攪乱っちゅう名目は十分通るやろ。ソレで、ええな?」
    「い、いや、しかし」
    「しかしもかかしもあるかいな。早よ連れて行き」
    「……分かりました」

     その後、正式にエマの処罰が決定され、彼女には無期限の拘束が課されるとともに、彼女の持つ権限は停止され、ハンに移管された。



    「どう言うコトか説明してもらわなあきませんな」
     エリザ、ハン、クーの3人はゼロ、そしてゲートに連絡を取り、エマの素行不良を報告した。
    《どう言う……って、こっちが聞きたいくらいだ。一体何故、彼女がそんなことをしたのか。正直に言って、私もさっぱり分からないよ》
     困り果てたゼロの声に、ゲートも続く。
    《俺も同意見だ。こっちにいる時は――まあ、そりゃオテロの件とかあったけどさ――そんなメチャクチャなことするような人間じゃなかった。それは確かだ。俺が保証する。だからこそ、信じてそっちに送ったんだ》
    《ともかく、何か行き違いがあったか、それとも私たちも把握できていない要素があったか、……問題点は分からないが、こちらで把握していた分には、問題の無い人間だったはずなんだ》
    「さいでっか」
     明らかに納得していない顔をしつつ、エリザがこう返す。
    「ま、直近の問題としてはですな、シモン班の欠員埋めるために入ってきたエマちゃんがこうなりましたから、また空きが出たワケですわ。こっちで選ばせてもろてええですな?」
    《あ、いや、それは》
     言い淀むゼロに、エリザは押し込んで行く。
    「ソレともまたそっちから送ります? 今度はどんな人材です? ソレは今度こそ納得行く優秀で完全無欠な人材っちゅうワケですやんな? ほんで、その移送はすぐでけるんですか? エマちゃんのおかげで、去年からずーっと班編成に穴空いたままになるんですけども、また向こう2ヶ月、3ヶ月、ハンくん片手落ちの状態で待っとれっちゅうコトですか? この間もよお手が回らんかったのに、まだ待たせとく感じです?」
    《……分かった。そっちで決めていい。これ以上穴を空けたままは、確かに、うん、まずいよね》
     諦めに満ちた声色で、ゼロが答える。それを聞いて、エリザはハンとクーにニヤッと笑いかけつつ、平然とした声で応じた。
    「どーも。ほな、そうさせてもらいますわ」

    琥珀暁・乱心伝 4

    2019.10.15.[Edit]
    神様たちの話、第256話。イワしたるッ!- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -4. 強い揺れと爆発音が城中に伝わり、すぐに騒ぎになる。「今の何? 地震?」「いや、なんかドカーンって」「爆発か!? どこだ!?」 その騒ぎをほのかに耳にしつつも、エリザは魔杖をなお、エマに構えたままでいた。「コレも防ぎよるか」「ガチって、本気でガチってコト? そりゃまあ、一瞬びっくりしたけどもね。でもコレっぽっちじゃねぇ...

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    神様たちの話、第257話。
    爪痕。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    5.
    「あのっ」
     と、クーが声を上げる。
    「お父様、あの、わたくしは、その、エマに、ろくでなしと断じられたのですけれど」
    《……うん、そう聞いてる》
    「お父様もわたくしのことは、下劣で誇れぬ人間とお考えでしょうか?」
    《それは無い。遠征隊の助けがあるとは言え、まだ17歳と言う若さで、危険な勢力が存在する土地へ飛び込む勇気を持つ君を、誇りに思わないわけが無い。安心してくれ、クー》
    「……ありがとう、……ございます」
     クーがふたたび黙り込んだところで、今度はゲートが尋ねてくる。
    《ソーンのことで一つ、確認してほしいんだが、彼女もハン、お前と同じように4人で班を組んでたんだ。一緒に来てるはずだが、みんなそっちで元気してるのか?》
    「どう言う意味だ?」
    《俺がお前の親父だからってのを差し引いても、お前の声に元気が無いのはすごく良く分かる。相当やり込められたんだろうなって、調子で分かる。ソーンが着いてから1ヶ月やそこらでそんなに凹まされるんなら、ずっと付き従ってた部下は大丈夫かなって》
     これを聞いて、エリザが腕を組んでうなる。
    「ふむー……。言われてみれば確かに、ちょと気になるトコではありますな。後で確認してみますわ」

     通信後、3人はすぐ、エマの部下たちに会いに行った。
    「邪魔すんでー、……ちょ?」
     顔を合わせたその瞬間、エリザは彼らが正常でないことを瞬間的に察した。何故なら――。
    「……ちょと聞くで。ご飯食べとる?」
    「はい」
    「今朝何食べたん?」
    「パンと水です」
    「パン、何個?」
    「1個です。でも大きかったので」
    「ゆうべのお夕飯は?」
    「パンと水です」
    「……何個?」
    「1個です。でも大きかったので」
    「ついでに聞くけども、昨夜の昼食は?」
    「さあ……思い出せないです」
    「パンと水か?」
    「あ、確かそうです。何で分かったんですか?」
    「……とりあえずな、みんな。アタシと一緒に食堂行くで。ちゃんとしたご飯食べよし」
     3人が3人ともガリガリに痩せこけ、目の焦点も合わない状態で、うつろな会話をしてきたからである。
     普段から公務では仏頂面を通しているハンでさえ、この異常を見て、愕然とした表情を見せていた。
    「お前たち、この半月、いや、3週間か、あまり顔を見ていなかったが、その、エマ、……いや、ソーン尉官に、何かされたのか?」
     名前を聞いた瞬間、3人はびくっと震え、後退りする。
    「い、いえ」
    「尉官には懇切丁寧にご指導いただいております」
    「尉官には問題はありません。むしろ……」「アタシな」
     と、エリザがにこっと笑みを向ける。
    「『君のこーゆートコがダメなんだよね』とか言うて『指導』名分で訓録垂れるヤツは、大ウソツキや思てるねん。ソレな、公に見てダメやろなっちゅうのを注意してるんやなくて、その指導しとるヤツ個人が気に入らんトコを、いかにも短所に聞こえるような、もっともらしい言葉に言い換えてけなしとるだけなんよ。
     ソイツにかかったら、真面目で職務に忠実なんは『自分の考えも持てへんアホ』やし、思慮深くて明日のコトまできちっと考える子は『うじうじ悩んでばかりで行動せえへんグズ』になるし、はっきり自分の意見と相手の問題点を伝えようとするしっかり者は『空気の読まれへん狂犬』扱いや」
    「えっ……」
    「そ、それ……」
    「どうして、知って……?」
     エリザの言葉を聞いた途端、3人ともぼたぼたと涙を流し、その場に座り込んでしまった。
    「ええコト教えたるで。エメリア・ソーン尉官はな、今、懲罰房送りになっとるねん。なんでか分かるか?」
    「ど、どうして?」
    「本人がいらんコトばっかり考えて誰彼構わず噛み付くアホやったからや。『人にアホ言うヤツがアホや』っちゅうこっちゃ。
     せやからな、アンタらはアホでもグズでもキチガイでもあらへん。全然そんなコト無い。安心し。アンタらはでける子や。アタシはよお見てるで、アンタらのコト」
    「う……ううー……」
    「先生ぇ……」
     泣き崩れる3人を優しく撫でるエリザを眺めながら――クーはそっと、ハンに耳打ちしていた。
    「非道に過ぎませんか? 人をこんな風に追い込むなんて……」
    「まったくだ。……これはもう、無期限拘束なんて処罰じゃ生ぬるいかも知れん」

    琥珀暁・乱心伝 5

    2019.10.16.[Edit]
    神様たちの話、第257話。爪痕。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -5.「あのっ」 と、クーが声を上げる。「お父様、あの、わたくしは、その、エマに、ろくでなしと断じられたのですけれど」《……うん、そう聞いてる》「お父様もわたくしのことは、下劣で誇れぬ人間とお考えでしょうか?」《それは無い。遠征隊の助けがあるとは言え、まだ17歳と言う若さで、危険な勢力が存在する土地へ飛び込む勇気を持つ君を、誇りに思わ...

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    神様たちの話、第258話。
    騒ぎだけを起こして。

    - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -

    6.
     エマの元部下を療養所に送ってすぐ、ハンたち3人は再度、エマについて話し合った。
    「あまりにひどすぎます。エマを即刻除隊し、本国へ送り返すべきでしょう」
    「極端なことは言いたくないですが、今回ばかりは俺もクーに同意します。一体彼らの他に後何人、同じように追い詰められた者がいるか。下手すれば自殺者が出かねない。そうなれば隊の士気が下がるどころじゃない。隊そのものが瓦解しかねません」
     二人の意見を聞き、エリザもうなずく。
    「アタシも同感や。やり口がエグすぎるわ。除隊と送還は決定や。
     でもその前に、どう言うつもりでこんなコトしたんか、しっかり聞きに行かなな。意味も目的も無くこんなんするヤツが工事の指揮なんちゅうアタマ使うコト、よおでけるはずもあらへん。何かしらの思惑があるはずや」
    「確かに」
     1分もかからず全員一致で結論を出し、3人はエマが収監されている懲罰房へと向かった。
     だが――。
    「……これは!?」
     懲罰房を監視していた兵士たちが軒並み床に倒れ、気を失っている。房も開いており、当然のごとく、中には誰もいない。
    「逃げおったな」
    「無茶苦茶だ」
     ハンは額を両手で覆い、深いため息をつく。
    「どうしますかね」
    「どうもならんわ。こんだけスパっとキレイに消えられたら、後を追うんも無理やろ。……とりあえず報告と、今後のお話やね」

     ハンたちは再度ゼロとゲートに連絡を取り、顛末を報告した。
    《冗談みたいな話だな。いや、マジなんだろうけども。……で、どうすっかって話だが》
    《ソーンに関しては不名誉除隊だろう。異論は無いね?》
    「ええ」
    「妥当ですな。無許可で房を抜け、その際に味方を攻撃したワケですし」
    《合わせて、指名手配だ。自軍に被害をおよぼした人間を放っておいて、今後さらなる被害が発生しないとは断言できない。積極的に捜索し、身柄を拘束するべきだろう》
    「了解しました」
     こうして、エメリア・ソーンは第2中隊指揮官から一転、お尋ね者として全軍に追われる身となった。



    「とは言え、捕まるとは思ってないがな」
     いつものように、ハンはビートとマリア、そしてクーを伴い、夕食を取っていた。
    「報告に上がってないし、陛下や親父からも聞いてないが、どうやらエマは魔術を使えるらしい。それも、相当の手練だ。でなきゃエリザさんの術を跳ね返したり、素手で懲罰房から脱走して兵士を倒したりなんてできないからな」
     ハンの推察に、マリアがこう続ける。
    「実際、あの後ソーン尉官の私室を憲兵班が確認したら、魔術書っぽいのが数点見付かったそうですし、長細い空き箱も残ってたらしいですよ。大きさと形からして、長いタイプの魔杖を入れとくやつっぽいって言ってました。エリザさんが使ってるのと同じくらいの」
    「魔術書『っぽい』? 魔術書じゃないのか?」
     尋ねたハンに、今度はビートが答える。
    「僕も見てみたんですが、文字が変なんです。僕たちの字じゃ無さそうなんですよ」
    「どう言うことだ? じゃあ、こっちの人間が魔術書を書いたってことか?」
    「いえ、北方の文字でも無さそうでした。一応、こっちの人たちにも見せてみたんですが、ぽかんとしてました。『見たことない』と。エリザさんも一緒に検分してたんですが、すっごい険しい顔されてました。エリザさんにも多分、何がなんだかって感じだったんだと思います」
    「そうか……」
     と、クーが手を挙げる。
    「療養所に送られた方たちは、ご無事ですの?」
    「ああ。エリザさんが色々話して元気付けて、うまい飯をたっぷり食べさせて、ようやく落ち着いたらしい。だけど3人のうち2人は、かなり衰弱してるらしくてな。しばらく軍務には就けそうにないだろう。
     ああ、そうだ。それで、残り1人のことなんだが、体調が戻り次第、うちの班に入れようかと思ってるんだ」
    「え、そーなんですか?」
    「ああ。元々真面目で勉強熱心なタイプだから、こっちの仕事にもすぐ、……いや」
     ハンはクーのひんやりした視線に気付き、ぱたぱたと手を振って返す。
    「今は測量させるつもりは無い。西山間部の状況も差し迫ってきているって話だし、こっちも動く必要があるとエリザさんから聞いてるからな。遠征隊の職務を優先する」
    「『今は』?」
    「……そんなににらむな。いずれ十分な余裕ができてから、職務の許容範囲内で行うつもりだ」
    「あなた、まだご自分で行うおつもりなのかしら? いい加減に、他の方にお任せなさいと申し上げたはずですけれど」
    「う……」
    「それより、西山間部の状況とは? エリザさんからの周知の他に、何か情報が?」
     尋ねられ、ハンはチラ、とマリアたちを一瞥しつつ答えた。
    「ああ。……そうだな、そろそろお前たちにも経緯を説明しておこう。むしろ現時点で知ってないと、この後の行動が取り辛いだろうからな」
    「と言うと?」
     首を傾げる二人に、ハンとクーは、これまでエリザが仕掛けていたこと――遠征隊に知らせぬまま、ミェーチ軍団および豪族らと接触し、西山間部5ヶ国のうち3ヶ国を陥落させていたことを説明した。

    琥珀暁・乱心伝 6

    2019.10.17.[Edit]
    神様たちの話、第258話。騒ぎだけを起こして。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -6. エマの元部下を療養所に送ってすぐ、ハンたち3人は再度、エマについて話し合った。「あまりにひどすぎます。エマを即刻除隊し、本国へ送り返すべきでしょう」「極端なことは言いたくないですが、今回ばかりは俺もクーに同意します。一体彼らの他に後何人、同じように追い詰められた者がいるか。下手すれば自殺者が出かねない。そうなれ...

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    神様たちの話、第259話。
    新たなメンバーと新たな計画。

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    7.
    「そんなことしてたんですかー。全然気付きませんでした」
     西山間部でのエリザの動向を聞き、マリアは目を丸くした。
    「確かにちょくちょくエリザさん、こっちにいないなーとは思ってましたけど、ふつーに商売してるんだとばっかり」
    「商売と言えば商売だろうな。取引するものが多少違うだけで」
    「それで尉官、3ヶ国を占領したってことですけどー、そのまま残り2つも攻めるだけじゃないんですか? エリザさんから手を貸してほしいって話があったってことは……」
     マリアに尋ねられ、ハンは短くうなずいて返す。
    「そうだ。ここまでは言わば、奇襲作戦だった。だが同じ手を何度も使っていては、奇襲にならなくなる。遅かれ早かれ、相手に手の内が知られてしまうからな。だからここからは、戦法を変えると言う話だ。その戦法の一つとして、俺たち遠征隊が動くことを要請されたんだ」
    「でもエリザさんも尉官も、戦闘を行うつもりはないんでしょう?」
     ビートの言葉にもうなずいて返し、ハンはこう答える。
    「そうだ。エマに言われて気付いたってのが癪だが――今、俺たちが実力行使に出れば、陛下に非難の口実を与えることになる。陛下は戦闘を行った俺たちを公然とそしり、何らかの処罰を与えるだろう。少なくとも、軍からの除隊は避けられない。エリザさんにしたって、どんな悪評を立てられるか分かったもんじゃない。そしてそれは、エリザさんの地位を大きく貶めることになる。
     俺たちにとっても、エリザさんにとっても、その展開は決して望ましくないものだ。である以上、エリザさんはそうならないよう、あらゆる手段を講じて回避するだろう」
    「回避とは、ちょとちゃうな」
     と、ハンの背後から声がかけられる。
    「エリザさん?」
    「アカン方の道に行かへんようにするのんは同じやけど、アタシが考えとるんは『もっとええ道の建設』やね。ただ本道を迂回するだけやと、獣道やら何やら通らなアカンやん? ソレはしんどいから、もっと通りやすくて楽でけて早よ目的地に着ける道バーンと引いたった方が、後々ええやん?」
    「なるほど。……それを言うためだけに来たわけではないですよね」
     ハンはエリザの背後に立っている、短耳の女性に目を向ける。
    「体調はもういいのか?」
    「はい。大分良くなりました」
    「そうか。……紹介する。彼女がさっき話した、シモン班の補充要員だ」
     ハンに紹介され、女性はかちりと敬礼した。
    「失礼します。メリベル・マイラ、19歳、上等兵です。ソーン尉官の元では資材管理を行っていました。至らない点は多々ありますが、よろしくご指導、ご鞭撻の程、お願いいたします」
    「ハンニバル・シモン、尉官だ。よろしく頼む、マイラじょ……」
     ハンが堅い挨拶で返そうとした途端、エリザが彼女の肩をぽんぽんと叩き、座るよう促した。
    「はいはいメリーちゃん、ほな挨拶済んだし一緒にご飯食べよか」
    「えっ、メリーちゃ、……えっ?」
     相手が目を白黒させるのを尻目に、エリザはマリアに目配せする。マリアも察した様子で、彼女に声をかけた。
    「あたしのいっこ下だね。あたしはマリア・ロッソ。よろしくね、メリーちゃん」
    「えっ、あっ、は、はい」
    「尉官はいっつもしかめっ面してるけど、人の言うことしっかり丁寧に聞いてくれる優しい人だから、何でも相談しなよ」
    「りょ、了解です」
     ビートも堅い挨拶を避け、気さくに声をかける。
    「ビート・ハーベイです。よろしくです、メリーさん」
    「……よ、ろしく」
     ハンは一瞬、くだけた態度で接する二人を叱ろうかと考えたが――。
    (そうすると多分、エリザさんが突っ込んでくるな。『ビビらせてどないすんねん』みたいなことを言って。だが、こっちでも萎縮させるのは、確かにあまりいい気分はしない。俺も倣うか)
     ハンはコホン、と空咳し、改めて挨拶した。
    「まあ、うちの班では気楽にやってもらって構わない。上官だ、後輩だからと言って、必要以上にかしこまったり、かしこまるのを強制したりはしない。だから俺も君のことはメリーと呼ぶが、それで構わないか?」
    「は、はい」
    「それじゃメリー、これからよろしく頼む」
    「よろしくお願いします。……あの、早速ですが、尉官」
     と、メリーが恐る恐ると言った様子で、手を挙げる。
    「なんだ?」
    「エリザ先生から、今度の軍事作戦にわたしが必要だと申し付けられたのですが」
    「……うん?」
     これを聞いて、ハンは首をかしげ、エリザに目を向ける。エリザはこくりとうなずき、こんなことを言ってきた。
    「ソコら辺は今から説明するわ。あとな、マリアちゃん、ビートくん」
    「なんでしょ?」
    「はい」
    「ゴメンやけど、アンタらその作戦、参加でけへんし」
    「……へっ?」
     突然の通達に、マリアもビートも、表情を凍り付かせた。

    琥珀暁・乱心伝 終

    琥珀暁・乱心伝 7

    2019.10.18.[Edit]
    神様たちの話、第259話。新たなメンバーと新たな計画。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -7.「そんなことしてたんですかー。全然気付きませんでした」 西山間部でのエリザの動向を聞き、マリアは目を丸くした。「確かにちょくちょくエリザさん、こっちにいないなーとは思ってましたけど、ふつーに商売してるんだとばっかり」「商売と言えば商売だろうな。取引するものが多少違うだけで」「それで尉官、3ヶ国を占領したっ...

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    神様たちの話、第260話。
    帝国の円卓。

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    1.
    「諸君に集まってもらったのは、他でも無い」
     短耳の男が立ち上がり、円卓に着いた一同を見回した。
    「単刀直入に言おう。西山間部に異変が起こっている」
    「……だから?」
     顔をこわばらせて話を切り出した男に対し、卓の半分は興味無さげな目を向ける。
    「どうせ豪族がどうのこうのと言う話であろう?」
    「いつも通り、ハカラ王国かレイス王国か、その辺りに任せておけば良かろう」
    「そうではない」
     男は大きく首を横に振り、話を続けた。
    「発端は、トブライネン下将軍が叱咤のためハカラ王国を訪ねたことだ。ここを発ったのが3ヶ月前だが、諸君らはここ最近、彼の姿を見ているか?」
    「うん? ……ふむ、そう言えば見かけておらんな」
    「3ヶ月とは、随分長居したものだ」
    「だがいくらなんでも長すぎる。彼奴の部下も困っておるだろう」
    「そう。まさにそれだ」
     男は、今度は縦に首を振る。
    「まったく音沙汰が無く、そもそも長期逗留の連絡も無し。彼らも3ヶ月の間、放って置かれたままだ。故に困り果て、わしに相談してきたのだ。そこでわしは西山間部へ使いを送ったのだが、彼らは道中のオルトラ王国手前で兵士に止められ、やむなく引き返してきたと言う」
    「止められた?」
    「馬鹿な。奴らに何の権限があると言うのだ?」
    「だが、単なる使い3名に対し武装した兵士1個小隊が構えてきたとなれば、引き返さざるを得まい。使いの話によれば、わしの令状を見せても応じず、質問しても答えずで、果てには問答を厭い、槍や斧を向けてきたと言う」
    「ふーむ……? それは確かに妙だ」
    「属国の芋将軍程度のケチな手形ならいざ知らず、帝国軍の上将軍閣下直々の令状を意に介さんとは」
    「不敬も甚だしい!」
     呆れ、憤る者がいる一方で、首を傾げる者もいる。
    「しかし、それほど厳重に警戒していると言うのも妙だ」
    「うむ。何かしらの事情があると見て間違い無かろう」
    「然り。今更反旗を翻したと言うのも、話が唐突すぎるからな」
    「いや、その線も考えられなくは無かろう」
     と、一人が手を挙げる。
    「昨今、沿岸部に南の海からの異邦人が現れたと言う話は皆、聞いておるだろう。そして、その海外人どもによって、沿岸方面軍が壊滅させられたとも」
    「うむ、聞いておる」
    「……ん? まさか」
    「可能性はあるだろう。賊軍どもに感化され、自分たちも異を唱えてみようとしておるのやも知れんぞ」
    「あるいは既に賊軍の手先が忍び込み、懐柔しておるのやもな」
    「流石にそれは無かろう。海外人が山間部へ入ったとなれば、誰かしらそのうわさを耳にして然るべきだ」
    「いや、わしは聞いておるぞ。何でも『狐の耳と尻尾を持った妖艶な美女が、町や村を渡って商売している』とか」
    「うむ。吾輩も聞き及んでおる。中々の美貌を誇るとか。一度目にしてみたいもの、……いや、失敬」
    「ふーむ……」
     円卓に並ぶ将軍たちは各々の判断を探り合うように顔を見合わせ、どう対応すべきか検討する。
    「で、現状どうするか、と言う話であるが」
    「決まっている。叛意があるにせよ、扇動されたにせよ、鎮圧せねば我らの沽券に関わる。陛下も決して、看過しはしないだろう」
    「陛下……か」
    「であるな」
     自分たちの主に言及された途端、全員の表情がこわばった。
    「では、どのように?」
    「西山間部方面軍に指令を送り、基地内の200と周辺国100ずつ、……いや、オルトラ王国が封鎖線を引いていると言うのであれば、オルトラ以北は当てにできんだろう。以南のイスタス王国とスオミ王国は大丈夫だろうと思うが」
    「となると、100ずつ引っ張って200、合計400人か」
    「まあ、それでもオルトラ王国単体で兵隊は300人、それを考えれば400なら十分な数だろう」
    「いや、2ヶ国からの派遣は100から150にした方が良かろう。それならば500、倍近い数になる」
    「では、そのように」
     こうして帝国軍本営の決定により、オルトラ王国へ向けて兵士500名が派遣されることとなった。

    琥珀暁・狐謀伝 1

    2019.10.20.[Edit]
    神様たちの話、第260話。帝国の円卓。- - - - - - - - - - - - - - - - - - - -1.「諸君に集まってもらったのは、他でも無い」 短耳の男が立ち上がり、円卓に着いた一同を見回した。「単刀直入に言おう。西山間部に異変が起こっている」「……だから?」 顔をこわばらせて話を切り出した男に対し、卓の半分は興味無さげな目を向ける。「どうせ豪族がどうのこうのと言う話であろう?」「いつも通り、ハカラ王国かレイス王国か、そ...

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