NIBIOHNと大阪国際がんセンターも含めた4者連携、「患者にもメリットを還元」
日本IBMやTXP Medicalら、生成AI活用による医療現場の負荷軽減に取り組む
2024年03月08日 07時00分更新
国立研究開発法人の医薬基盤・健康・栄養研究所(NIBIOHN)、大阪国際がんセンター、日本IBM、TXP Medicalは2024年3月6日、4者連携での取り組みを開始した「生成AIを活用した患者還元型・臨床指向型の循環システム」についての記者説明会を開催した。
生成AIを活用した医療現場の負担軽減で患者にもメリットを還元
NIBIOHN 理事長の中村祐輔氏は、今回の取り組みについて「医療現場の負担を減らすことが目的」だと説明した。
「医療現場が急速に変化しており、膨大な知識の増加への対応や働き方改革のために、生成AIを利用しないと医療現場が動かない状況にある。生成AIを活用し、医療現場の負担を減らすとともに、患者にもメリットを還元できる」(中村氏)
大阪国際がんセンター 総長の松浦成昭氏は、今回の取り組みを通じて改善したい医療現場の労働実態について、次のように語る。
「大阪国際がんセンターのがん患者を対象にした満足度調査によると、「10点中10点」や「9点」の比率は約半分に達している。ただし「診察までの待ち時間」や「医療スタッフの対応」などの満足度が低いという結果も出ている。意見を聞くと、患者は医療者とのコミュニケーションを希望しているが『忙しそうで声がかけられない』状況にある。一方で、医療スタッフからは『仕事が多すぎて時間が足らない』『入力業務や各種文書作成、会議など、直接患者に接する専門業務以外の仕事が多い』といった声がある。生成AIによって、こうした課題を解決でき、患者に寄り添う時間が増え、患者の視点に立脚した高度ながん治療が提供できると期待している」(松浦氏)
システム全体の狙いとしては、新薬研究開発過程における有効性や安全性、予測性の向上のために、詳細な臨床情報と患者検体を計画的に収集。ゲノム解析やプロテオーム解析、マイクロバイオーム解析など質の高いデータをAI解析することで、患者の層別化(特徴に基づくグループ化)に有用な各種マーカーをリアルタイムに特定することを目指し、医療機関と連携しながらAI創薬研究に関するプラットフォームを構築する。
これにより、医学研究や創薬の活性化、医師および研究者の育成を図るほか、創薬ターゲット探索から薬効/副作用などの予測バイオマーカー探索、医薬品シーズの探索までの一連のプロセスを加速させるワークフローを構築する。さらに生成AI技術を用いて、臨床情報システムの開発、各種アルゴリズムの開発、会話型システムの開発を進めるという。
日本IBM:患者への説明・同意取得や問診支援などの生成AIアプリ開発
今回の取り組みにおいて、日本IBMでは「患者説明・同意取得支援AI」「問診支援AI」「会話型看護師音声自動AI」「書類作成・サマリー作成AI」の開発を進めている。
ここでは「IBM watsonx」の活用により、ひとつのプラットフォームで用途にあわせたデータソースを定義/管理することができ、精度が高く、透明性のあるソリューション開発を推進しているという。
日本IBM 執行役員の金子達哉氏は、「対話を得意とする生成AIによって医療現場で活用でき、医療者を本当に助けるものを作ること目指す。その結果、患者にとってもメリットが還元される循環型の仕組みが構築できる」と述べる。
「生成AIの可能性を最大限に生かし、リスクを最小化し、アプリケーションの社会実装に道筋をつける。専門性の高いソリューション開発が求められるが、データソースをフレキシブルに定義することで対応し、意図しないデータの混在リスクは設計時点で徹底的に抑止する。『大阪国際がんセンターモデル』と呼べるこの成果を、専門医が不足している地方をはじめ、他の医療機関にも活用を広げ、真の社会実装を目指す」(金子氏)
「患者説明・同意取得支援AI」では、外来初診患者に対して、疾患の説明動画を用意し、患者が診察前の自由なタイミングで視聴し、疑問点は生成AIとの対話形式で質問が可能になり、疾患に対する理解を深めることができる。
患者一人ひとりに説明し、同意を得るプロセスは、医療現場において大きな負荷となっている。生成AIとアバターを組み合わせた双方向型会話システムの開発により、疾患に対する患者の理解を深めたうえで、同意の取得につなげることができるとみている。初期段階では同意取得は医師が行うことを想定している。
「大阪国際がんセンターでは、乳がん患者だけで年間600件の手術が行われており、その際にはビデオを用いた説明を行っている。生成AIを利用することで、ビデオの途中にいつでも止めて質問ができるなど、対話が可能になって理解が深まる。副作用による説明の際に、抗がん剤による脱毛の可能性について質問するなど、忙しい医師に『こんなことを聞いていてもいいのか』と気にせずに、生成AIに質問ができる」(金子氏)
「問診支援AI」は、来院前にウェブ問診を行い、その結果を生成AIが解析するというもの。患者は来院時に問診記入などを行うことがなくなり、医師は診察前に患者の状況を把握し、患者に寄り添った診察ができる。こうした問診の改善を支援することで、省力化とともに患者の満足度向上につなげることができるとする。
「回答内容を問診エンジンによって解析し、医師は気になるところがあれば、さらに質問することができる。追加する質問はテンプレート化している。だが、患者ごとに症状や治療方針が異なるため、患者ごとに気をつけなくてはならない部分を踏まえたナレッジベースを構築し、生成AIで最適化した回答を行うことが求められる。今回の取り組みのなかでは最もチャレンジングな領域だと考えている」(金子氏)
「会話型看護師音声自動AI」は、モバイル端末に音声入力することで看護メモなどの記録を可能にし、看護業務の効率化を図る。当日の「指示受け」を対話しながら確認でき。また、電子カルテの参照も容易にして、これまでの働き方とは違う仕組みを提供できるという。
「38万語の医療用語を学習しており、94%の精度がある。今後は、大阪国際がんセンターの看護師とともに、どういったシーンで、どのように活用していくのかといった議論を進め、現場に最適な仕組みを構築していく」(金子氏)
「書類作成・サマリー作成AI」は、診察情報提供書や退院サマリー、診断書などの各種医療文書の作成負担を軽減し、医療現場での働き方改革を支援する。
日本IBMでは、2024年3月中旬から共同研究を開始し、2024年7月までを「検証フェーズ」と位置づけて、watsonxを用いた価値検証を実施。2024年8月から12月までを「開発フェーズ」として、生成AIを活用した各ソリューションのアジャイル開発およびチューンアップを行う。2025年1月から3月までの「評価フェーズ」では、大阪国際がんセンターと生成AIおよびシステムの評価を行う予定。
TXP Medical:電子カルテデータの活用を促す生成AIアプリ開発
TXP Medicalでは、電子カルテのデータを活用可能にするデータウェアハウスを構築。これらのデータをクラウドプラットフォームにリアルタイムに転送し、標準化されたデータとして活用できるようにする。クラウド上にデータを保管することで、災害発生時の利用も可能になる。さらに生成AIを利用して、医師や看護師の通常の業務を通じてデータを収集できる仕組みを確立するほか、標準化された蓄積データの中から研究上重要な情報の自動抽出も行うという。
TXP Medical代表取締役の園生智弘氏は、「医療現場に根ざしたLLMを用いた入力支援技術を開発し、これと医療データの標準化技術を組み合わせる」と説明した。
「プロジェクトマネージャーには臨床現場を理解しているメンバーを据えて、技術と現場に根ざした体制で取り組む。医療現場が幸せに働くことができ、患者に価値を提供できる医療を実現できる」(園生氏)
同社は救急医療に関するスタートアップ企業で、救急部門のデジタル化を促進する「NEXT Stage ER」は92病院に導入。大学病院の救急医療センターにおいては35%のシェアを持つ。また、救急搬送のデジタル化を行うモバイルツールである「NSER mobile」も開発し、カバー人口は800万人に達している。医療データの標準化を支援する「XHAP DWH」では、全診療科の電子カルテを利用できるようにし、400床以上の大規模病院を中心に30病院が導入。1000万人に迫るデータベースを構築している。