【後編】『楽園追放』プロデューサー野口光一氏インタビュー
アニメ『楽園追放』は"社会の壁"を壊してヒットを勝ち取った
2015年02月08日 15時00分更新
社会の壁を乗り越えたいときは
「相手のルールを無視しない」こと
野口 東映アニメーションには、アニメに関わるすべての部署があって、制作から海外売りまで、やろうと思えば系列会社だけですべてのことができてしまいます。
それは良いことなんだけど、独自のやり方が確立しているので、それとは違うルートで行こうとすると、なぜそうするか問われます。
―― 自社以外のところと組む必然性が問われる、と。頼りがいがある一方で、大きな企業ならではの難しさがあるのですね。
野口 独自ルールがあることは外部の人からも聞いていたんですけど、僕は5年前に正社員になったばかりなので、どこで問題になるかがわからない。
だから「作品のためにこれはこうしたいんですけど」と切り出して、ダメと言われて、「じゃあ、どうすればいいですか」というのを繰り返すという状態で、1つの問題に対して3ヵ月ぐらい会社と話していたこともありました。どこから切り崩せばOKになるんですかって。ルールを知らないからこそできたところがあるんですよ。
―― ルールを知っていたら、自分でブレーキを踏んでしまうということですね。
野口 先ほどの、パッケージ宣伝をアニプレックスさんにお願いしたいと思ったのは、東映アニメーション以上に「大人向けアニメのノウハウ」を持っていたのも1つの理由です。
プロジェクトの外側――特に社内からは、「よくこの座組みでやれたね」と言われました。
―― ルールを崩すときのコツは、どんなところにありましたか?
野口 なんだろう……僕は普通にこれがベストであると熱意を持って伝えているだけなんです。その上で先輩プロデューサーに素直に相談しそのベストに向けて方法論を探ります。
交渉だって、相手にウソをついたりはできないんですよ。「これをやると儲かりますよ」とかも言いたくないし、儲からなかったらあとでもっとひどいことになる。
CGクリエイターになった頃から、何でも経験すればプラスになると思っていて、だから社内でも「この経験はしたほうがいいのでは」と依頼が来た仕事は基本的にすべて受けるように説得し続けていただけなんですよね。
そのうち「あいつは自由に仕事している」とも言われましたが、「これをやりたいんですよね」「難しんじゃないか」「……何が問題となりますか?」という問答を繰り返した上での仕事の獲得ではあるのですが。
1つ、ルールを切り崩すときのキモがあるとしたら、「相手のルールを無視しない」ことですね。
根回しとは、あらゆる人に相談して知恵を拝借する行為
―― ルールを崩すのに、相手のルールを守る……?
野口 はい。1つのことを通したいと思ったら、偉い人に直談判したり、直球でぶつかったりしたら、絶対に無理だと思います。それだと相手のルールを完全に無視することになりますし、これまでのルールがなぜ成立しているのかをも無視することにもなります。
あと、目的はあくまで「作品にとってベストな方法を取るため」なので、それを理解してもらうように相談していく。「偉い人を説き伏せる」のが目的ではありません。
攻めるときは周りから。たくさんの人に聞くんです。Aさん、Bさん、Cさん、Dさんに聞いて、「こうしたいんですけど、ここがだめと言われているので、どうしたらいいと思いますか」と順に聞いていくと、いろいろな意見が出てくる。「あの人に相談したら?」と聞くべき人を教えてもらえたりして、切り崩す方向が見えてくる。
それから、「俺は聞いてない」をなくすために、とにかくみんなに話す。
―― 「聞いていなかった」という人が1人とか2人いてもダメですか。
野口 ダメです。順番もあるかもしれないけど、「こういうことをやりたい、この方法でやってもいいですか」と話して回ります。ルールの歴史を知るためにも行ってます。
―― 地道で丁寧な、気の遠くなるような作業の繰り返しですね。
野口 でも、その辺の“根回し”をやらないと、ゴジラもできなかったし(笑)。
根回しって変なイメージが付いてますけど、実際は、みんなに「困っているんです」と相談して、いろいろな知恵を拝借する行為なんですよ。
そして次は、リサーチと資料作りです。「この作品にとってのベストはこれ!」と言うときは、説得するための数字ベースの資料を持って行きます。その資料を作るために、またいろいろな人にリサーチするんです。
そういうことをやっていました。
―― 日本流の根回しから、プレゼンに切り替わる、と。そうしたある種のプレゼン力というのは、アメリカで培ったものでしょうか?
野口 結果的に、ですけどね。僕自身はアメリカでそんなにプレゼンをすることはありませんでしたが、聞いていた量が違うかもしれません。
アメリカのCG制作会社では、各セクションのチーフがスーパーバイザーに、自分が作ったカットについて、その表現にした意図や理由をすごく丁寧に説明していたんですね。
向こうのセミナーで、CG制作が上手な人のスピーチを聞くと、そのプレゼン力に驚かされます。まさに『TED』みたいな感じ。アメリカのスーパーバイザーはみんなプレゼンが上手いです。へえ、こんなに喋るんだと感心するぐらい。ときには笑いも取りながら、惹きつける。アメリカと日本の教育の違いだと思いますけれども。
僕は見ているだけでしたが、説明の必要性とかプレゼンの仕方の勉強にはすごくなりました。
作品単発ではCGアニメは定着しない
業界のみんなと一緒に“文化”になるまで盛り上げたい
―― そうした経験が楽園追放につながったのですね。
野口 楽園追放では必要な座組みが組めて、ヒットして本当に良かったです。
配給としてティ・ジョイさんが入られたときに、「特報第1弾を作りましょう、なぜこの映画を企画したのかを映像に入れてください」と言われたんです。最初は『そんなもの映像にできるの?』と思ったんですが、この映画を作るときのテーマを2つ入れました(特報はBlu-rayに収録)。
1つは作品の内容であるところの「人間を描く」ということ。
もう1つは、僕が制作チームを作ったときに立てたテーマで、「この指とまれ」みたいに、このフィルムに参加する仲間が1人ずつ集まってくる感じを表現したんです。誰も分からないだろうなと思うぐらいの表現なんですが。
CG業界を盛り上げたいなと思って、自分で立ち上げたインタビュー連載(3DCGの夜明け~日本のフルCGアニメの未来を探る~)で、多くの方の共通意見が、「単発過ぎて業界みんなでやっている感がない」と。
CGの歴史自体、ゲームだったりCMだったりと単発の映像が多かったから、なおさらなんでしょうね。
だから、もっと業界の人たちが1つになって一緒に盛り上がっていけば“CG文化”ができるんじゃないのかなと思ったんです。
―― 3DCGアニメが単発でパラパラと打ち上がって終わる形ではなく、3DCGアニメを業界の潮流にしたいと。
野口 うちの会社は○○だからとか、○○はうちではダメとか、そういう垣根を取っ払おうと思って。
結局、僕は日本でもいくつかの会社を経験したので、「この会社だからこうする」ということより先に「この作品(仕事)ならこうしたい」と考えるようにしています。それが最後に帰属する会社に利益あるいは経験などの何かが戻ってくるのではないでしょうか。
インタビュー連載を立ち上げた当時は、まだ日本でCGアニメーションが流行っておらず、どこの会社も苦しんでいるのがわかっていたので、「一緒に何かやりましょう、一緒に盛り上がっていかなきゃ」っていう気持ちでした。
じつはその連載、東映アニメーションの公式サイト内に載っているにもかかわらず、他社作品を紹介していたりするんですが……これは黙認ですよね(笑)。
楽園追放についても、会社の枠を越えた座組みを許してくれた東映アニメーションは器が大きいなと。すごく感謝しています。
古くからいらっしゃる方に、「東映アニメーションで、オリジナル長編が劇場にかかったのは『パンダの大冒険』以来40年ぶりだよ」と言ってもらえたときは、そんなに大層なことをしたつもりはなかったですけど、うれしかったですね。
楽園追放のもう1人の主役・ディンゴの言葉を借りると、『仁義』を通した、と言えるのかもしれません。
<前編はこちら>
著者紹介:渡辺由美子(わたなべ・ゆみこ)
1967年、愛知県生まれ。椙山女学園大学を卒業後、映画会社勤務を経てフリーライターに。アニメをフィールドにするカルチャー系ライターで、作品と受け手の関係に焦点を当てた記事を書く。著書に『ワタシの夫は理系クン』(NTT出版)ほか。
連載に「渡辺由美子のアニメライターの仕事術」(アニメ!アニメ!)、「アニメリコメンド」「妄想!ふ女子ワールド」(Febri)、「アニメから見る時代の欲望」(日経ビジネスオンライン)ほか。
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