大阪吹田市の国立民族学博物館でこのほど、“進化する映像”展が始まった。映画にいたるまでの“動画”の発展を見たり体験できるほか、マルチメディア時代における、人と映像のあり方を問う内容の展示構成になっている。
国立民族学博物館。万博公園内にある |
19日に行なわれたオープニングセレモニー |
体験型の映像展。パフォーマンスも
同展覧会が始まったのは7月20日から。11月21日まで開催される。展示会場は1階と2階に分かれており、入り口には『リュミエールの塔』と名付けられたタワーが備え付けられている。タワー周辺には複数のモニターが設置され、映画の父、リュミエール兄弟などが撮影した映像が流れている。さらには展示会を象徴する画像がスライドで次々に映しだされている。展覧会の内容をシンボル化したものだ。展示内容は、東南アジアの影絵芝居から、映画以前に作られた動画装置が並べられている。実際に見られるほか、複製品などを使った体験も可能だ。視覚だけではなく触覚をたよりに楽しむことができるというわけだ。
画像の原点、影絵。自分で操作できる |
スリットの円盤から動く絵が見られる“動画装置”。もちろん、自分で触ることもできる |
1秒間に12コマ撮影できる写真銃 |
さらには、エジソンの発明したキネトスコープも展示。英国映画博物館から借りたもので、エジソン社が1984年に撮影した『シーのゴーストダンス』、『インディアンの戦争会議』といったフィルムを見ることができる。いずれも20秒あまりの短いものだ。
エジソンが発明したキネトスコープ |
ほかには、スクリーンに映す現在のかたちの映写機で、最初の有料上映会が開かれたパリの『グラン・カフェ』を再現したブースもある。同映写機はリュミエール兄弟が考案した“シネマトグラフ”といわれるものだ。
2階の展示会場では1895年の公開以降、リュミエール社やエジソン社が撮影した映画の中から100本を選んで上映する。なお、同ブース上映分については、常設展示場のビデオテークで見ることができるほか、さらに詳しいものも閲覧可能だ。中には田園の様子や舞踊などの日本で撮影されたものもある。
ユニークなのは19世紀末、欧州で行なわれた映像のパフォーマンスが再現されることだ。このパフォーマンスは『テアトル・オプティク』といわれるもので、1888年に考案されたもの。幻燈機で写し出した背景画に手描きの動画を重ねて写し出す仕掛けで、音楽や歌、語りにあわせてパフォーマーが手動で操作する。1892年から8年にかけてヨーロッパ各地で公演が行なわれ、延べ50万人もの観客を動員したという。現在、英国映画博物館で同パフォーマンスが再現されており、今月20日から30日にかけて、パフォーマーが来日。展示会場でも上演される。
テアトル・オプティクの実演 |
記録映画からマルチメディア映像へ
同展示会でほかにも映画フィルムの保存方法を紹介したり、映像人類学のあゆみと名付けられたコーナーもある。これは、人々の生活を記録し、紹介しようとした映像人類学者や、および映像作品を紹介するもの。着目すべきは、“映画からマルチメディアへ”というコーナー。具体的には、映像人類学者のブースなどを通り、最終的に“あなたの決断”という小さなブースにたどりつく。そこにはビデオカメラと承諾書が用意されており、承諾書に同意すれば、20秒間メッセーセージを録画できる。
“あなたの決断”のコーナー。20秒間メッセージを録画できる。IT時代の人間関係を問い直す体験になるだろう |
問題は承諾書の内容。撮影された映像は今後100年間、民族学博物館に保存され、さらには同館がいかなる使用をしてもよいという条件だ。民族学では調査のために記録映画を重要な方法として捉えてきた経緯がある。
そこには、“記録する側”、“記録される側”という立場があるわけだが、同展示会の実行委員長、大森康宏教授は「100年前に撮影された人々が、まさか民族学博物館で上映されることなど、想像だにしなかっただろう」という。すなわち、記録する側の都合が先行していたというわけだ。
展示会場入り口に立つ大森康宏教授 |
翻って、マルチメディア時代といわれる今日、“記録される側”の権利を今一度考えてみることを同ブースでは提言している。「両者にはそれぞれの責任がある」(同氏)。
同博物館では、世界に先駆けて映像資料をデータベース化。閲覧可能なビデオテークを完備してきた。最近は映像資料をデジタル化の上サーバーに保存。さらには、小型端末を使った展示案内システムを構築した。同博物館は民族学の博物館であると同時に、「映像センターでもある」(石毛直道館長)わけだ。高度情報化時代と言われて久しいが、大森氏は「IT時代の人間関係を考えていただきたい」という。時代とともに展開してきた映像センターとして、現代社会への問題提起を行なっている展覧会といえそうだ。
「夏休みに入った子供たちにも紹介してあげてください」と同展覧会実行委員の島崎勉氏。同氏は東京都写真美術館学芸課長。この展覧会では同美術館の所蔵物も多数使用されている |
「なかなか面白い仕事でした」という坂村健氏(東京大学大学院情報学環教授)。展覧会実行委員の1人として、デザインを担当。意外にもデザイン系の仕事を多く手がけているという。同氏は東京大学総合研究博物館でコンピューター技術を駆使した“デジタル・ミュージアム”の構築なども行なっている |