東京都と公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京は、アートとデジタルテクノロジーを通じて人々の創造性を社会に向けて発信する活動拠点として2022年10月、東京・渋谷に「シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]」を開設した。今年2024年11月には、アートとデジタルテクノロジーを通じた創造性から広がる可能性を考えるイベント「ART FOR TRANSFORMATION アートと未来。変容と創造。」を開催。CCBTのクリエイティブ・ディレクターは、オーストリアの文化機関アルスエレクトロニカ・フューチャーラボの芸術監督の小川秀明氏が務める。イベントに合わせて来日した小川氏にCCBTの未来を見据えた活動について聞いた。(聞き手は art NIKKEI 大石信行)
「ART FOR TRANSFORMATION アート と未来。変容と創造。」(主催:東京都、公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京、事業連携:アルスエレクトロニカ 後援:オーストリア大使館/オーストリア文化フォーラム東京、日本経済新聞社)は2024年11月8日(金)から11月10日(日)まで東京・渋谷Shibuya Sakura Stage で開催。渋谷を拠点として活動するシビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]と、オーストリアの文化機関アルスエレクトロニカが連携して、「クリエイティブとデジタルテクノロジーを通じて東京をより良い都市(まち)に変える」をテーマにしたカンファレンスやワークショップ、展示などを通じて、都市(まち)の未来を考えた。
カンファレンスの基調講演として杉山央・新領域ART +TECHプロデューサーと小川氏のセッションを実施。杉山氏が「アーティストが街づくりに参加することが街の創造性を高め、選ばれる街となる」と指摘。小川氏はアートとテクノロジーを組み合わせることで「東京のマインドセット」を実現したいと強調した。井出信孝・ワコム社長兼CEOらが登壇したオープンディスカッションでは、「未来に向けてポジティブになれる街、東京」の創造に向け、アートの力をどのようにかけ合わせるかについて多様な意見が交わされた。
カンファレンスは「クリエイティブとデジタルテクノロジーを通じて東京をより良い都市(まち)に変える」をテーマに熱のこもった議論となった
Q CCBTの過去2年間の活動を振り返っての感想は?
A CCBTについては3年間を一つの区切りとして基本構想を考えてきました。渋谷に拠点を置くCCBTは、アートとテクノロジーを通じて、東京をより良い都市に変える原動力となっていくことを目指しています。美術館でもギャラリーでもデジタルハブでもなく、「未来の公民館」ともいえます。
最初の1年間はまずCCBTを対外的にも対内的にも知ってもらうことを念頭に、5つのコアプログラムをスタートさせました。
その一つが「アート・インキュベーション」プログラム。一般公募したクリエイターに対して1000万円を上限とする制作費と、専門家によるアドバイスなどのサポートをすることで、新たな創作活動の機会を提供するアーティスト・フェロー制度です。そして、活動のプロセスを市民に開放しながら、都市をより良く変える表現・探求・アクションを創造していきます。こうしたプログラムを通じて、CCBTで何ができるのか、何を提供できるのかを具体化することに挑戦しました。
2年目はプログラムを磨き、成果の質を高めるとともに、こうしたプログラムが一般の人たちに開かれ、「未来のリテラシー」を習得してもらえるよう工夫してきました。これからの3年目については、CCBTのプログラムが何のためなのか、誰のためなのかという点をクリアにし、活動のインパクトを高めていく計画です。この点では、アート・インキュベーション・プログラムでサポートしてきた「SnoezeLab.」は、CCBTでの成果展をきっかけに、空港との協働プロジェクトがスタートするなど、社会的にインパクトのある成果も出てきました。
SnoezeLab.
障害のある人もない人も、リラックスできる環境で活動できる場「センサリールーム」を提供することによって自ら好きな感覚を楽しみ、特別な時間を過ごすことができる「スヌーズレン」の考え方を基に、デザイン、テクノロジーを活用した新たなセンサリールームを提案するプロジェクトを進めている。CCBTでは2023年度アーティスト・フェローとして活動し、国内企業等に対して試みを紹介するほか、様々な技術を用いたプロトタイプを展示。ワークショップやトークセッションを通じてセンサリールームの普及と理解促進を目指した。
Q 東京都がこうした活動に取り組む意味は?
A アートは問題解決の手段ではなく、その逆で、さまざまな「問い」を発するものだと考えています。アートとテクノロジーを通じたCCBTの取り組みが「問い」になって、東京というガバメントの政策立案者の人たちにも働きかけることができると思います。CCBTのアーティスティックなスペースは、立ち止まって、スローに考え、議論を深めるには有効なのです。
Q CCBTの活動を通じて、東京の未来をどのようにしていきたいですか?
A CCBTの活動のミッションとして、「Co-Creative Transformation of Tokyo」というキーワードを掲げています。東京を「クリエイティブXテクノロジー」でよりよい街に「トランスフォーム」していくことを考えています。
例えばパブリックなスペース。みんなが使う場所を変容させ、インパクトある形として提示できたらすごくいい、と思います。それを蓄積していくと、東京の「マインドセット」ができると思っています。
Q インパクトのある形について、具体的なイメージはありますか?
A これは私個人のイメージの段階ですが、やはり新しい姿の「コモン」を創りたいと思っています。コモンというのは、共有するもの、共有地というイメージですが、デジタルであれ、フィジカルであれ、あるいはその混合であれ、達成する方法はいろいろあります。都民だけではなく、東京に来る人たちが新しいコモンを体験できれば、新しい東京の風景や空気感の醸成につながるはずです。行政も一般の人たちと一緒になって必要なアクションを共創していくことができます。
例えば、渋谷のスクランブル交差点を広場にする体験ができれば、新しいコモンの獲得につながると思うのです。その体験は、クリエイティブなレボリューションやマインドセットにつながります。渋谷の交差点が広場になれば、スローガンとしてもわかりやすいのですが(笑)
Q スクランブル交差点ですか。インパクトありますね!
A 正直、スクランブル交差点に似たようなものは東京にたくさんあるでしょう。その一つが歩道橋。海外にはほとんどありません。歩道橋というのは、「車を優先する」というステートメントですよね。そこに住んでいる市民のプライオリティーは低いとも言い換えられる。世界の大都市を見ると、車道がどんどんなくなり、中心部に車を入れない代わりに新しいモビリティーが広がり始めています。
社会の「コーディング」を変えていくために、ハッキングするなり変容させないと進まないものがたくさんあると思います。
日本が抱えているジレンマの一つは、前例という形で固定化されたコーディングを書き換えるスキルやリテラシーというものについて、行政から企業、個人まで「思考停止」に陥っていることです。それでも、変えようとしている人はいます。その力を結集して、何か生み出すムーブメントにならないのは、もったいないと思います。
渋谷のスクランブル交差点が広場になれば、ムーブメントが生まれる可能性があるのではないでしょうか。
東京が持っているアセットを有効活用し、クリエイティブな形で変容させるのは必要だと思っています。社会規範やルールが変容する過程においてデジタルやアートというのは揺さぶりをかけるファーストアタックにはとっても有効だと私は考えています。
そうしたアセットには、首都高速道路のようなものもあれば、ほとんど使っていないような公園もあります。公園にカフェがくっついていれば人が来るようになったりしますよね。
Q CCBTの活動では、未来の世代に向けた教育プログラムも拡充していますね。
A CCBTがエデュケーションの分野で果たすべき役割はクリアであって、「シビック・クリエイティブ・キット」と呼んでいるものがあります。子供たちの「未来のリテラシー」を育てる教科書であり、道具といったものです。
例えば、ろう者・難聴者も含めて音楽を楽しむワークショップの開発過程で生まれたのが「VisVib」というシステムです。トーンチャイムという楽器を活用したシステムで、音を光や映像として体験することができます。オープンソース化して、皆さんに公開していいます。
CCBTは数々のプログラムからの発見を市民と共有することをミッションにしています。あと数年も経てば、キットとして、かなりの量が揃うと期待しています。