はてなキーワード: それからとは
周りからちょっと遅れてゲームボーイとポケモンを買ってもらったけど、通信ケーブルも買ってもらったおかげでみんなの輪の中心に入ることができた
そんな中、近所に住んでた幼馴染は、親が厳しくてゲームなんか買ってもらえず、ポツンと離れたところにいたんだ
その日、別に何か考えたわけでもなく、本当に何気なく、そいつに「一緒にやるか?」って聞いたんだ
ポケモンはひとつしかセーブデータ作れなかったから、俺のデータで一緒に遊んだんだ
相棒のゼニガメがカメールを経てカメックスになって、最後にチャンピオンになるまで、ふたりでワーワー言いながら遊んでた
そんなあいつが気づいたら俺の嫁になっていて、今では俺たちの子どもがポケモンをやっている
もしあのときポケモンに誘ってなかったらこうはなってなかったかもしれない
そう思うと、ポケモンってすげーよな
交通事故で膝の骨が粉々になり、半年くらい車椅子の生活を強いられていたことがある。俺はその間、一時的に「ひまわり学級」いわゆる特別支援学級に登校することになった。もといた教室までの階段を登れなかったし、エレベーターもなく、車椅子が入れるフラットなトイレも1階にしかなかったのが理由だ。
でもひまわり学級は身体障害者向けと言うよりは少し知能や精神に問題のある児童のためのものだった。3〜6年生のそういう児童が集められて、各自の進行度に合わせたプリントを進めたり、先生が一対一で教科書を読んで説明したりする。先生は二人いて、一人は児童の勉強を見て回り、もうひとりは大人しくしていられない子どもを落ち着かせたり指導をする、という感じだった。
俺は車椅子用に広めのスペースを開けてもらった教室の右後方からそれを眺めながら「こりゃヤバいところに来たな」と純粋に焦った。常に奇声が上がっているし、自閉症やダウン症の子どもの顔つきは申し訳ないけど同じ日本人とは思えず怖かった。先生たちが優しくしてくれるかというとそうでもなく、教科書を読み上げて事務的な言葉をかけてくるだけで、聞きたいことがあってもすぐに他の子どものところに行ってしまうし、基本的に自習に近い状態が続いて勉強もどんどん遅れていく気がした。授業と休み時間が交互に来る、という感覚が希薄で、無為な時間がダラダラと続いて一日がひどく長く感じる。最初のうちは大休憩にもとのクラスの友達が顔を出してくれたが、ひまわり学級の異様な雰囲気の気圧されるのか一週間もすると来なくなった。下校時も親が迎えに来るので学校での俺は孤独だった。当時、ひまわり学級のクラスメイトや先生を人格のある人間とは認識できていなかったんだと思う。
そんな日常が変わるかもしれない兆しを見せたのは、数週間経ってからだった。
新しい児童がひまわり学級に移ってきたのだ。そいつは女子で見た目は普通というか頭はまともそうに見えたし、何なら顔が結構好みだった。ついでに言うと胸もデカかった。当時の俺は別に巨乳に対して性的興味を覚えなかったが、それより何よりとにかく奇声を発したりよだれを垂れ流したりしないクラスメイトができたのが嬉しくて「なんでこのクラスに来たの」と声をかけた。
そいつは冷めきった顔で俺の足のギプスを見て、「あんたは怪我? じゃあ普通の人間だ?」と言った。冗談かと思って半笑いになったが相手は全然笑ってなかった。
そう言って今度は笑った。超でかい声で笑った。びっくりしたし、やっぱりこいつもだめだと思った。
でも結局このイカレ女が俺の初恋の相手だったんだと思う。プリントに見向きもせず窓際の席でずっと校庭を睨んでいる彼女の横顔を毎日3時間くらいは眺めていた。顔が好みだったから。
会話した記憶はあまり残ってない。一度、そいつが6年生なのに俺と同じ教科書を使ってたのが気になって「どこまで進んでるの?」とか聞いたときに「なんであんたに教えなきゃいけねーんだよ!殺すぞ!」って超でかい声で怒鳴られたのが怖くて、あまり話しかけられなかった。
そいつは生傷を作って来ることが結構あった。その頃は「荒っぽい性格だから喧嘩とかもするんだろうな」なんて思っていたが、今思うと虐待を受けていたのかもしれない。
俺がひまわり学級にいる期間内に運動会があった。もちろん俺は競技に出れるような状態ではなかったが、一応ひまわりの連中と一緒に出席だけはした。イカレ女子が借り物競争に出て、借りるものが書かれた紙を見ると会場全体をキョロキョロして、俺の方に向かって走ってきて「あんたにする!」とでかい声で叫んだ。俺は正直ちょっとときめいた。いかれてはいるが顔が好みの女の子に車椅子を押してもらえると思うと、思わずときめいてしまった。
でも違った。彼女は「走れ、走れ」と怒鳴るだけだった。俺は必死で車椅子を走らせたが、校庭の砂の上だし、そもそも普段そんなにスピードは出さないので勝手がわからず、隣であいつに怒鳴られながら一分くらいかけてなんとかゴールした。ゴールすると会場から障害者の健闘を称える盛大な拍手が巻き起こった。俺は恥ずかしくて顔が熱くて燃えそうだった。イカレ女子はまだ怒っていて「なんであんた遅いの?負けたじゃん!」と超でかい声で怒鳴られ、俺は悔しくて泣いてしまった。昼休み、見に来ていたうちの親がそのことで怒ってイカレ女子の親に抗議しに行くといい出した。やめてくれと頼んでも聞いてくれなかったが、結局何も起こらなかった。あいつの親は来ていなかったのだ。
彼女は午後の選抜リレーにも出る予定だったが、昼飯から戻ると席から消えていた。俺は気になって、トイレに行くと言ってひまわり学級の教室に車椅子を走らせた。俺の直感通り彼女は教室にいた。ただ上半身裸だった。体操着を脱いで私服に着替えているところだった。
ごめんと言って逃げようとしたが、車椅子を回すのに手間取っているうちに彼女が半裸のまま近づいてきて胸ぐらを掴まれた。そして超でかい声で怒鳴った。
「わたし帰るから! あんたが遅いせいで負けてやる気なくなったから帰る!!」
目を閉じようとしたができなかった。体は引き締まっているのにとにかく胸がでかい。乳輪が盛り上がっている。
「帰るなら、俺も一緒に帰ろうかな」
なぜか知らないが俺はそう口走ってしまった。怒鳴られるかと思ったが彼女はびっくりした顔でじっと俺を見ていた、それから過去一優しく笑って、
怒鳴らずにそう言って俺を開放し、そそくさと着替えて走って教室を出ていってしまった。追いかけようとしたが、もちろん車椅子では追いつけなかった。上履きを履いていなかった彼女の、裸足の足の裏がぺちぺちと廊下の樹脂を鳴らす音が誰もいない校舎に響いていた。
戻って先生にイカレ女子が帰ったことを報告すると「いいよいいよ」と興味なさそうに言うだけだった。彼女が消えたひまわり学級の観戦席には、奇声を発したり虚空を見て独り言を言い続ける子どもたちと疲れた様子の先生がいて、俺の車椅子のために広めのスペースが開けられていた。でもなぜだろう、唐突にここは俺の場所ではないと思った。最初からそうだったんだと思った。
その日のうちに俺は元のクラスに戻してもらうよう親に頼み、翌日から学校に行く日数を減らして代わりに病院でのリハビリを始めた。ギプスを付け替えて、松葉杖の練習をして階段を登れるようになるまで2週間かかったが、とにかく俺は元のクラスに戻ることができた。何ヶ月もいなかった俺をクラスメイトたちも何事もなかったかのように受け入れてくれ、ほっとした。変な感じにならないか少し怖かったのだ。まあ元からクラスで目立つ存在ではなかったから、いてもいなくても変わらなかったのかもしれない。
それ以降、俺がひまわり学級に顔を出すことはなかった。だから俺がイカレ女子を見かけるとき、彼女はいつも歩いていた。登校中か、下校中か、校庭をかけているか。俺は声をかけられなかった。あんたは無理、松葉杖で遅いから無理、と諦めたように言われるのが怖かった。
あれから随分立つが、今でも彼女が夢に出てくる。胸のでかい女子小学生はいつも歩いている。そして俺は決して追いつけないのだ。車椅子も、松葉杖もないのに。
普段アウトレットで投げ売りされてるアウトレット専売商品しか買わないブランド(そもそも田舎にはアウトレット店しかブランド店なんて存在しない)の東京の本店で、期間限定でノベルティが貰えると聞いて、たまたま東京に用事があったので、ノベルティ乞食と冷やかしをしに行ってきた。
入った瞬間に店員さんに話しかけられたので、素直に東京に来たついでにノベルティ乞食と冷やかしをしにきた旨をもう少し言葉を選んで伝えた。
すると、ありがとうございます!たくさん楽しんで行ってくださいね!せっかく◯県からいらっしゃったなら普段見れないものたくさんあるでしょうから東京旅行の思い出に試着とかもたくさんしてくださいね!と大変笑顔で言われた。
それからも、本当に全く買う気がなかったのにずーっと付きっきりで案内されるので、何度もアウトレットでしか買えない細客ですからね!お金ないですからね!とアピールし続けたが笑顔で「思い出にたくさん見てたくさん試着して楽しんでもらえればいいですよ!」と延々と接客をされ、申し訳ないがまあええか…と結局2時間以上付きっきりで接客されまくり、なぜか20万円近くお買い上げをしており、接客って怖いなあと痛感した。
本当に、全く買う気がないというか、最近買いすぎたのでむしろ買わない気で行ったのに… さすがにびっくりした。全く買う気のない人間に対して買う可能性を見抜いて?声をかけて張りつこうと思った判断力も、本当に買わせる接客術も怖い。さすが東京の本店…
この件。
中国人キャラクターの「語尾アル」の元祖は誰なのか情報募集、最古は『のらくろ大事件』の中国人奇術師ほか部門ごとに発表へ - Togetter [トゥギャッター]
大まかな流れとしては、
→外国人居留地で日本語・英語・中国語などが混じりあってピジン(特に横浜ピジン)が生まれる
といった感じである。
横浜ピジンと日中ピジンの直接的な影響関係はわからないが、ピジンは自然発生的なものなので、仮にまったく関係がなかったとしても、収斂進化で似たような形になりそうではある。
まずは最初のツイートへの一つの回答として、明治5年初演の歌舞伎『月宴升毬栗(散切りお富)』に登場する詹五九と亜松金という中国人を挙げておく。
ちなみに詹五九は実在の人物で、身長が2m40cmくらいあり、矮人と一緒にヨーロッパへ渡って、見世物として話題になったという。
松金「あなた踊りをどるよろしい。」
これが横浜ピジン的な口調であるが、「見るあります」と敬語になっているだけで「〜〜アル」と変わりなく、「踊るよろしい」などの言い回しも「中国人が使うカタコトの日本語」のイメージそのままではないだろうか。
なお「大さん(たいさん)」というのは「たくさん」という意味で、
[ 2 ] 〘 副詞 〙 ( 「たいそう」と「たくさん」をまじえた語か ) たいへん。
辞書にもこのように書かれているが、これも横浜ピジンの一種である。
こうした横浜ピジンが、明治期の小説では(中国人に限らず)外国人の役割語として広まっていたようだ。
日本娘、たいさん多淫あります、日本、卿、此娘と肉交あります、ペケ……娘……小生、サランパン、するよろしい、卿、娘と、マロマロよろしい……ペケー……
これはイギリス人の医師・グラマン氏が、日本人の妾の浮気を疑って言った台詞である。
「サランパン」は横浜ピジンで「壊れる」、ここでは「離縁」の意味。
「マロマロ」も横浜ピジンで「通りすぎる」とか「出ていく」というような意味らしい。
「ペケ」は今でも「バツ」の意味で使われているが、実はこれも語源は横浜ピジンである。
つまり、この台詞は「日本の女はとても多淫だ、そこの日本人の男はこの女と不倫しているんだろう、だめだ、女よ、おまえとは離縁だ、二人で出ていけばいい」といった感じか。
「私、当麻と同類ある、津の公園、彼処で別れたです。何かする目的、当麻。津、市、留りました。私、一人、此方へ来たです。貴女の話、当麻から聴きました。貴女の人相、委しく聴いて、記憶して居りました。私カーテス、実名あります。私と一処に稼ぐよろしい。日本ドロボウ未だ未だ幼稚あります。私、計画大さん大きいあります。これから味方になりませんか」
これもイギリスからやってきた悪人・カーテスという人物の台詞。
最初の「同類ある」は「〜〜アル」の形式かと思うが、それ以降が敬語なので判断しづらい。
著者の江見水蔭は当時の売れっ子作家だが、この役割語としての横浜ピジンを多用していたようだ。
水夫長らしい支那人は、茫然として甲板の隅に立つ美代雄に向ひ、達者な日本語で。『水夫見習、のお前あるか』『然うです』と美代雄は答へた。『翌日から勉強するよろしい。朝起きると、便所、前、中、後、三箇所ある、便所の掃除するよろしい』『えッ、便所の掃除?』美代雄は憤然とした。『左様、掃除するよろしい。それ、済む、皆々、靴、磨くある』『えッ、靴を磨くんですか』『それから、米飯食べろ食べろ皆々給使する、それある後食べろ食べろ器、洗ふ事あるよろしい』
と、これは完全に「〜〜アル」型の中国人とみなせるだろう。
いわゆる「英国紳士」的なキャラクターだと敬語で「〜〜あります」になるので、「〜〜アル」は水夫のような下っ端でないと出てこない、という事情はありそうだ。
『ソレ、十六円九十銭、安いあるよ』と是も拙い日本語で答へた。
『那個、很貴』
『安いあるよ。ホント安いあるよ』
と「〜〜アル」型の中国人が登場している。
明治43年は1910年なので満鉄設立以降であり、この場面も満洲にやってきた日本人が露天商から謎の箱を買うというところである。
江見水蔭のなかでは「日露戦争以前の横浜ピジン的な外国人描写」と「日露戦争以降の日中ピジン的な中国人描写」は繋がっていたのではないか。
「〜〜アル」型の中国人の描写は他に、明治41年の遠藤柳雨『志士と佳人』。
困った人間あるね、日本、婦人、何うして左様、銭儲け嫌あるかね、船長の夫人なる、お金ザクザク貰へるあるよ、お前さん、お金、欲しくないあるか
といったものもあった。これも『錨』と同じく中国人の水夫の台詞である。
というわけで、「〜〜あります」と「〜〜アル」を明確に区別しないのであれば明治5年の『月宴升毬栗』までは遡れるし、「〜〜アル」に限っても明治年間の作品で確認できるので、『半七捕物帳』や宮沢賢治『山男の四月』よりも遡れるよ、という話でした。
あるインフルエンサーが友達の結婚式に白っぽい服を着ていったところ炎上した
来賓は花嫁を目立たせるために地味な服にしないといけないらしい
曰く、ウェディングドレスと同系色の服を着てくるのはマナー違反であり『配慮のない人』なのだそうだ
ずんだもんというキャラクターに近い配色の服装をTwitterに投稿した女性が服のセンスをボコボコに叩かれていた
曰く、『こういう芋女が着ていい服ではない』『こういう芋女がフリフリの服を着るからオタクのイメージが悪くなる(?)』とのことだ
Twitterに生息する日本の女を見ていてつくづく思うんだが、なんであいつらは「本人(たち)が良いのならそれで良いのだろう」という考え方ができないのだろうか
Twitterの女発の炎上事件は正直なんでその人が叩かれているのか意味わかんないものばかりだ
彼女らはコチコチに固まりきった自分本位の勝手なルールを『常識』だと盲信し、それから外れる人を『マナー違反』だと糾弾する
そして外部から「いや別にそんなルール無くない?」などと突っ込まれようものならグチグチグチグチグチグチグチグチと仲間内の間でひたすら愚痴を言い合う
まぁ正直正解はわかっている
結局、彼女らは小学校の頃いじめられるなり親が毒親だったりして自己肯定感を育てられなかったカースト下位の化け物たちだ
自分と他人との境界があいまいで、単に自分が気に入らない事物と世間一般的に嫌われている事物の区別がつかない
「私は世間の皆を代表して配慮を求めているだけ!」などという言い訳がないと何の自己主張もできない哀れな存在なのだ
いい歳して「ねーねー!〇〇ちゃんが買い食いしてるのを見たの!これってよくないと思うよねー!?」「よくなーい!!」みたいな学級会ごっこに興じて、満たされることのない過去のトラウマを慰めている
多分発達障害を持っている人も多いだろう
さっきアルバイト終わった。今は家にいる。今日ちょっとおかしなことがあったのだ。当方はフリーター。
夜7時過ぎだったかな?とある男性客が来店した。家系ラーメンのチェーン店なんだが、狭い出入口に食券機がある。アナログタイプで、音がデカい。
注文終わると、そのお客さんがのっそのっそとカウンター席の方まで来て、当方が食券を見たんだよ。そしたらさ、
「餃子5ケ」
注文は以上だった。ラーメンがねえじゃん、ラーメンがさ。なんか頼めよ。
こんなのは2年以上も勤めて初だった。
しかもトッピングのほうれん草、ラーメンもないのにどうやって出したらいいんだ??
そのうえ、このミントグリーンの作業着の男性客はな、な、なんと……無料サービス券(まくり券って呼ばれてる)を出して、「うずらの卵5個で」とか言い出した。
店長に相談したら、やっぱりダメだってさ。それから時間が経って、店長が餃子5ケのお皿に、一緒にほうれん草トッピングを乗っけて、俺がその人のところまで持っていったら……
すでにご飯を食べ始めていた。うちは白米食べ放題のお店だ。質の悪い米だけど、学生なんかがよく食べている。
それを、その作業着のおっさんは、すでにショウガの切り身と、豆板醤とニンニクとか色々混ぜてさ、水飲みながら、丼にして食ってたよ。
もうすぐ2杯目のところだった。
こいつやべえ……と思ってアルバイトしてたんだが、結局その人はご飯3杯食べて、お会計は470円ポッチだった。
その人が帰った後で、「あいつやべえwwww」ってアルバイト仲間で盛り上がっていた。そしたら、
「客のこと笑うなや、考えて喋れ!!」
まあ、いいけどさ。あのお客さん、ルールは守ってたし。ラーメンを頼まずに、ラーメン用の無料サービス券でうずらの卵を食べようとしてたこと以外は。
たまにアルバイトしてると、こういう面白いことがある。明日もアルバイトである。面倒で憂鬱なこともあるけど、ちょっと増田に書き込んでみた。
みんなも、こんな経験はないだろうか。圧倒的に非常識だったり、圧倒的に規格外なお客さんの経験談があったら聞かせてほしいな。
昔々、ある村に増田という名の男が住んでいました。増田はその村の魔法使いでしたが、彼はいつも村人たちが困る問題の解決を怠り、自分勝手なことばかりしていました。村の人々は彼のことを「クズの魔法使い」と呼んでいました。
増田は日がな一日、自分の家で使い道のない魔法を研究して過ごしていました。村では頻繁に作物が枯れることが問題となっていましたが、増田はそれに関心を示さず、村人たちは困り果てていました。そんなある日、村に恐ろしいドラゴンが近づいているとの噂が広まりました。村人たちは誰もが恐れ、どうすればいいのか途方に暮れました。
村の長老は増田に助けを求めました。「増田さん、あなたの力でドランゴを追い払ってください。」と。しかし、増田は「俺はそんなことに興味がないんだ」と冷たく言い放ちました。それでも村人たちは増田にすがりつき、なんとか村を守ってほしいと何度もお願いしました。
その後も村人たちは増田を説得し続けましたが、彼は一向に動こうとしませんでした。ところが、ある日のこと、増田の住んでいる家にドラゴンが襲ってきました。増田は自身の家が破壊されるのを見て、初めて事の重大さに気付きました。しかし、もう手遅れでした。彼は魔法の杖を振りかざしても、封じ込める力を持つ言葉を発することができず、ドラゴンは村を焼き尽くし、そして去っていきました。
村は焦土と化し、増田は何もできなかった自分をただ見下ろすことしかできませんでした。それから村の人々は誰一人として戻ってくることはなく、村は二度と元の賑わいを取り戻しませんでした。
教訓:他人のために力を使うことを忘れ、自分本位でいたら、いずれ自分にも災いが降りかかる。
𝔅𝔞𝔡 𝔈𝔫𝔡.
http://yamazakiproject.com/from_secretariat/2024/08/06/6987。
日本では、この表にあるようにイスラエルの武器、これは防衛省が1月に購入を決めて、こういう落札が1円とかありますが、これは7つのうち5つがイスラエルの武器なんですけれども、国際司法裁判所がイスラエルに対し虐殺を止めるための暫定措置命令出している中で、日本の防衛省はこういう行動を起こしているんですね。国際司法裁判所の決議というのは、国連に加盟したどの国も守る義務があるんです。そいうところが何の説明もなしに、こうした形でどんどん日本が進んでいるのが実情なんです。
それに対して国際連帯運動として広く行われているのはBDS運動、イスラエルの占領地(入植地)の製品をボイコットする、投資引き揚げ、制裁する。この運動が世界的に広がって、EUではEU議会執行部が全体に対して情宣して、実際に(BDS運動を)守るように運動をしていました。けれど、2015年に安倍首相がイスラエルに行った時に、新聞のインタビューで「BDS運動をどう思いますか」と聞かれて「我が国はそういう差別はやりません」と答えて、アメリカと同じような路線を示して、安倍首相になってから、いかに日本がBDS運動を始めとするパレスチナの運動に対する敵対的な関係に変わっていったかということがよく分かるような状態でした。
私たちはパレスチナの命を懸けた闘いの助けによって、逆に今日本で何をすべきか、私たちが今問われているんじゃないかと思うんですね。パレスチナの命がけの闘いに助けられているのが私たちだ。私たちはパレスチナのBDS運動ばかりか、日本の軍国主義的な軍拡路線が結びついてドローンの購入に至る一つの流れなんですね。だから他人ごとではない。
パレスチナに平和を」と望めば望むほど、パレスチナ国家の承認、それから日本の中にあるイスラエルの姿、世界第二位の産業用ロボット生産の日本企業ファナック社のロボットがイスラエルで使われてパレスチナの人たちを殺している。
質問に対する答えですが、イスラエルの報復は当然予想していました。犠牲の多さも予想していたと思います。もう占領され併合される瀬戸際にあって、絶望よりも戦うしかなかった戦いを選んだと言うふうに私は現地を知るものとして思います。様々なマイナス面はありながら、ガザの解放勢力が一致、団結して戦った「洪水作戦」は、占領に対する抵抗権をしっかりと行使した勇気ある奇襲作戦だと思っています。パレスチナの世論調査によると、現在も人々は過酷なジェノサイドの犠牲にあいながら、ガザ地区でも西岸地区でもハマースに対する支持は10月7日以前よりより高い支持と評価が続いています。絶望による死か、それとも戦いによる死か?人々の選択肢は限られているせいでしょう。先日、ネタニヤフと矛盾を拡大しているイスラエル軍のハガリ報道官まで、ネタニヤフの「ハマース壊滅に反対し「ハマースは人々の心に根付いた思想であり壊滅できると考えてるのは誤っている」と言い出す始末です。」 日本の中で想像することは難しいですがむこう側に身を置いて想像してみてください。
「優しい人が好きです」
そういう女が選ぶのは、優しいボクじゃない!
優しい人が好きだなんて嘘っぱちだ!
平和だなーと思う反面、なんというか、そういうことを言える人ってマジで自意識過剰ですごいなと思う。
よほど性格がいい自覚があるんでしょうね。一回鏡見た方がいいよ。
これは前提として、外見は所謂垢抜けてないお芋だが、内面はピカピカのダイヤモンドのような優しさを実装しているのに、内面を見てくれない!クソだ!と叫んでいるとして自意識過剰と言ってます。まぁ外見がイケてるならあんな書き方にならないし。
何言ってるんだ。もう一回言うけど、とりあえず鏡を見ようかマジで。
いや、マジレスするけど、外見すら整えられない人間の内面が素晴らしいはずがありません。
だって、その人、”鏡を見れば客観視出来るはずの外見すら正しく認知して、修正かける能力がない”んですよ?その人が、”客観視するのが外見より難しい内面”を磨けている訳なくないですか?
生まれ持った美しさがないから仕方ないじゃないか!ってね、それは関係がありません。というか、そう言ってる時点で心が醜いし、努力が足りていない。
そう思ったあなたの内面ぶっちゃけ美しくないし、いい性格してません。鏡を見ろ。
人間誰しもお芋です。でもその自分を最大限磨く努力をして、それで美しくなるのです。
例えば、標準体型でいるために、食事をコントロールするとか、歯並びを良くするために歯科矯正に行ってみるとか。自分に似合った髪型にしてもらいに、美容室に行ってみるとか。自分に似合う服が分からないから、カラー診断に行って指導してもらうとか。
ね。やることも、出来ることも山ほどある。
それが出来てない時点で、出遅れているんです。
「え、お金がないから出来ない?」「めんどくさいからやりたくない?」「やり方が分からない?誰かに教えてもらわないとできない?」「親ガチャ失敗したからやっても無駄?」…
そんなこと言ってるあなたの性格はですね、はっきり言ってよくないので鏡を(以下略)
あのね、はっきり言いましょう。
外見に関しては、本当はお金をかければある程度直せるんです。見えてるんで。
世の中大体のことには解決策が用意されてます。だって、本気で顔を変えたいなら整形する選択肢があるのですから。
痩せたいならライザップに行けばいいし、美容室は勇気を出してお金を積めば誰でも表参道の有名美容師に切ってもらえます。肌管理は皮膚科に行けばいいし、眉毛が整えられないなら眉毛サロンに行けばいい。
デパートなら、20万円あればあなたに似合う数日分の着回しコーデを店員さんが組んでくれる。
なんでやらないんですか?
鏡や写真に映る自分の外見すら認知できていない人間の内面がね、重ねて言いますがいいわけないんですよ。
だって見えてる範囲すらまともに知覚できていないんですよね?知覚してても直す気がないんですよね?
お金をかければ直るのに。
そんな人間なのに、どうして鏡にも映らない、写真でも撮れない内面をきちんと認知して、それを整えてます!直してます!って言えるんですか?
絶対あなたの認知歪んでますよ。もう一回言いますが内面は目に見えないんです。ついでにお金をかけても直りません。自分自身で直すしかない。
優しい友人や家族、先生がいれば叱ってくれるかもしれませんがね、大人になったらそんな人基本いません。
みんな性格が悪い人に「あなた性格悪いから直した方がいいよ」って言うほど暇じゃないんですよ。
というか”性格がいいって認識している人”にそんなこと言ったら何されるか分からないですからね。だって本人は自分のことを性格いいって思ってるんですから。
怖い話です。
ちなみに私は大昔に、「ミスコンに出てるような女は性格が悪いに違いない!」と本気で思っていた時期があったのですが、ある時急に
と気づいたという恥ずかしい過去があります。どう考えても自分の性格の方が悪かったです。反省してます。
(同じ流れで、ミスコンに出られるくらい可愛い女の子がシャネルを使ってるのに、その子よりブスな私がドラコスで可愛くなれる訳なくね?となって、それからお化粧を真面目に勉強するようになりました、反省してます。)
そんなわけなので、自分が「外見は悪いけど性格はいい!」って思ってる方はですね、いま一度鏡を見ていただいて、自分を客観視した方がいいと思います。
大事なことは”その自覚があって、直す気があって、直そうと取り組んでいるか”なので。
まぁ一生1人で生きていくって決めてるなら別にいいと思いますが、もし、誰かに愛されたいと思っているなら、鏡はみましょう。
ありのままを愛してくれる人なんてこの世界にいません。親だっていい子なあなたが好きですし、神様だってまっすぐに生きる人しか愛しません。悪いことしてたら罰します。
神様ですら愛してくれないありのままの自分を、人間の他人が愛してくれる訳がないじゃないですか。
別に芸能人になれ、お坊さんレベルの人格者になれって言ってるんじゃないんですよ。
やれば出来るからいいじゃん!じゃだめです。やるんです。繰り返しますが言い訳ばかりして実行できない、やらない人間の内面がいい訳ないじゃないですか。内面いいって主張するなら動きましょうよ。
いきなり全部直そうとしなくていいんです。
一つずつ、直していけばいいと思います。そうすれば、いつかきっと、あなたの本当の良さを誰かが認めてくれるようになるはずだから。
最後にちなみになんですが。
自分を客観視する方法が一つだけあるので、書いておこうかと思います。
周りにいる5人の平均があなた自身、という方法です。たまーにやってみるといいと思います。
やりかたですが、
これだけです。
(家族が1番つるんでるなら全員家族でもいいし、会社、学校、ネットの人、とにかく仲良くなくてもいいんで、1番過ごす時間が長い人を5人あげます)
…どうですか?
性格もいい、頭もいい、顔もいい、心から尊敬できる!そんな5人でしたか?
逆に、ネットで悪口ばっかり言ってる人が5人並んでいた、モラルがない5人だ!
その人たちとつるめてるってことなんで。
逆説的にですが、周りにいる人のレベルを上げれば自分も上に上がっていきます。
その人たちと一緒にいるために努力することになるので。
繰り返しますが努力はいります。でもまぁ周りの環境を変えていくのが1番簡単で効果はあるんじゃないかな。大変だけどね。
最後に。
個人的な意見として、自分のことを優しいって思ってる人間で本当に優しい人って一握りだと思います。
本当に優しかったら、”全員に優しく出来ない自分”の自覚があるはずなので、「誰にでも優しくできる訳じゃないよ(=別に自分は優しくないよ)」って感じの主張になるので。
ご参考に。おわり。
「優しい人が好きです」
そういう女が選ぶのは、優しいボクじゃない!
優しい人が好きだなんて嘘っぱちだ!
平和だなーと思う反面、なんというか、そういうことを言える人ってマジで自意識過剰ですごいなと思う。
よほど性格がいい自覚があるんでしょうね。一回鏡見た方がいいよ。
これは前提として、外見は所謂垢抜けてないお芋だが、内面はピカピカのダイヤモンドのような優しさを実装しているのに、内面を見てくれない!クソだ!と叫んでいるとして自意識過剰と言ってます。まぁ外見がイケてるならあんな書き方にならないし。
何言ってるんだ。もう一回言うけど、とりあえず鏡を見ようかマジで。
いや、マジレスするけど、外見すら整えられない人間の内面が素晴らしいはずがありません。
だって、その人、”鏡を見れば客観視出来るはずの外見すら正しく認知して、修正かける能力がない”んですよ?その人が、”客観視するのが外見より難しい内面”を磨けている訳なくないですか?
生まれ持った美しさがないから仕方ないじゃないか!ってね、それは関係がありません。というか、そう言ってる時点で心が醜いし、努力が足りていない。
そう思ったあなたの内面ぶっちゃけ美しくないし、いい性格してません。鏡を見ろ。
人間誰しもお芋です。でもその自分を最大限磨く努力をして、それで美しくなるのです。
例えば、標準体型でいるために、食事をコントロールするとか、歯並びを良くするために歯科矯正に行ってみるとか。自分に似合った髪型にしてもらいに、美容室に行ってみるとか。自分に似合う服が分からないから、カラー診断に行って指導してもらうとか。
ね。やることも、出来ることも山ほどある。
それが出来てない時点で、出遅れているんです。
「え、お金がないから出来ない?」「めんどくさいからやりたくない?」「やり方が分からない?誰かに教えてもらわないとできない?」「親ガチャ失敗したからやっても無駄?」…
そんなこと言ってるあなたの性格はですね、はっきり言ってよくないので鏡を(以下略)
あのね、はっきり言いましょう。
外見に関しては、本当はお金をかければある程度直せるんです。見えてるんで。
世の中大体のことには解決策が用意されてます。だって、本気で顔を変えたいなら整形する選択肢があるのですから。
痩せたいならライザップに行けばいいし、美容室は勇気を出してお金を積めば誰でも表参道の有名美容師に切ってもらえます。肌管理は皮膚科に行けばいいし、眉毛が整えられないなら眉毛サロンに行けばいい。
デパートなら、20万円あればあなたに似合う数日分の着回しコーデを店員さんが組んでくれる。
なんでやらないんですか?
鏡や写真に映る自分の外見すら認知できていない人間の内面がね、重ねて言いますがいいわけないんですよ。
だって見えてる範囲すらまともに知覚できていないんですよね?知覚してても直す気がないんですよね?
お金をかければ直るのに。
そんな人間なのに、どうして鏡にも映らない、写真でも撮れない内面をきちんと認知して、それを整えてます!直してます!って言えるんですか?
絶対あなたの認知歪んでますよ。もう一回言いますが内面は目に見えないんです。ついでにお金をかけても直りません。自分自身で直すしかない。
優しい友人や家族、先生がいれば叱ってくれるかもしれませんがね、大人になったらそんな人基本いません。
みんな性格が悪い人に「あなた性格悪いから直した方がいいよ」って言うほど暇じゃないんですよ。
というか”性格がいいって認識している人”にそんなこと言ったら何されるか分からないですからね。だって本人は自分のことを性格いいって思ってるんですから。
怖い話です。
ちなみに私は大昔に、「ミスコンに出てるような女は性格が悪いに違いない!」と本気で思っていた時期があったのですが、ある時急に
と気づいたという恥ずかしい過去があります。どう考えても自分の性格の方が悪かったです。反省してます。
(同じ流れで、ミスコンに出られるくらい可愛い女の子がシャネルを使ってるのに、その子よりブスな私がドラコスで可愛くなれる訳なくね?となって、それからお化粧を真面目に勉強するようになりました、反省してます。)
そんなわけなので、自分が「外見は悪いけど性格はいい!」って思ってる方はですね、いま一度鏡を見ていただいて、自分を客観視した方がいいと思います。
大事なことは”その自覚があって、直す気があって、直そうと取り組んでいるか”なので。
まぁ一生1人で生きていくって決めてるなら別にいいと思いますが、もし、誰かに愛されたいと思っているなら、鏡はみましょう。
ありのままを愛してくれる人なんてこの世界にいません。親だっていい子なあなたが好きですし、神様だってまっすぐに生きる人しか愛しません。悪いことしてたら罰します。
神様ですら愛してくれないありのままの自分を、人間の他人が愛してくれる訳がないじゃないですか。
別に芸能人になれ、お坊さんレベルの人格者になれって言ってるんじゃないんですよ。
やれば出来るからいいじゃん!じゃだめです。やるんです。繰り返しますが言い訳ばかりして実行できない、やらない人間の内面がいい訳ないじゃないですか。内面いいって主張するなら動きましょうよ。
いきなり全部直そうとしなくていいんです。
一つずつ、直していけばいいと思います。そうすれば、いつかきっと、あなたの本当の良さを誰かが認めてくれるようになるはずだから。
最後にちなみになんですが。
自分を客観視する方法が一つだけあるので、書いておこうかと思います。
周りにいる5人の平均があなた自身、という方法です。たまーにやってみるといいと思います。
やりかたですが、
これだけです。
(家族が1番つるんでるなら全員家族でもいいし、会社、学校、ネットの人、とにかく仲良くなくてもいいんで、1番過ごす時間が長い人を5人あげます)
…どうですか?
性格もいい、頭もいい、顔もいい、心から尊敬できる!そんな5人でしたか?
逆に、ネットで悪口ばっかり言ってる人が5人並んでいた、モラルがない5人だ!
その人たちとつるめてるってことなんで。
逆説的にですが、周りにいる人のレベルを上げれば自分も上に上がっていきます。
その人たちと一緒にいるために努力することになるので。
繰り返しますが努力はいります。でもまぁ周りの環境を変えていくのが1番簡単で効果はあるんじゃないかな。大変だけどね。
最後に。
個人的な意見として、自分のことを優しいって思ってる人間で本当に優しい人って一握りだと思います。
本当に優しかったら、”全員に優しく出来ない自分”の自覚があるはずなので、「誰にでも優しくできる訳じゃないよ(=別に自分は優しくないよ)」って感じの主張になるので。
ご参考に。おわり。
「優しい人が好きです」
そういう女が選ぶのは、優しいボクじゃない!
優しい人が好きだなんて嘘っぱちだ!
平和だなーと思う反面、なんというか、そういうことを言える人ってマジで自意識過剰ですごいなと思う。
よほど性格がいい自覚があるんでしょうね。一回鏡見た方がいいよ。
これは前提として、外見は所謂垢抜けてないお芋だが、内面はピカピカのダイヤモンドのような優しさを実装しているのに、内面を見てくれない!クソだ!と叫んでいるとして自意識過剰と言ってます。まぁ外見がイケてるならあんな書き方にならないし。
何言ってるんだ。もう一回言うけど、とりあえず鏡を見ようかマジで。
いや、マジレスするけど、外見すら整えられない人間の内面が素晴らしいはずがありません。
だって、その人、”鏡を見れば客観視出来るはずの外見すら正しく認知して、修正かける能力がない”んですよ?その人が、”客観視するのが外見より難しい内面”を磨けている訳なくないですか?
生まれ持った美しさがないから仕方ないじゃないか!ってね、それは関係がありません。というか、そう言ってる時点で心が醜いし、努力が足りていない。
そう思ったあなたの内面ぶっちゃけ美しくないし、いい性格してません。鏡を見ろ。
人間誰しもお芋です。でもその自分を最大限磨く努力をして、それで美しくなるのです。
例えば、標準体型でいるために、食事をコントロールするとか、歯並びを良くするために歯科矯正に行ってみるとか。自分に似合った髪型にしてもらいに、美容室に行ってみるとか。自分に似合う服が分からないから、カラー診断に行って指導してもらうとか。
ね。やることも、出来ることも山ほどある。
それが出来てない時点で、出遅れているんです。
「え、お金がないから出来ない?」「めんどくさいからやりたくない?」「やり方が分からない?誰かに教えてもらわないとできない?」「親ガチャ失敗したからやっても無駄?」…
そんなこと言ってるあなたの性格はですね、はっきり言ってよくないので鏡を(以下略)
あのね、はっきり言いましょう。
外見に関しては、本当はお金をかければある程度直せるんです。見えてるんで。
世の中大体のことには解決策が用意されてます。だって、本気で顔を変えたいなら整形する選択肢があるのですから。
痩せたいならライザップに行けばいいし、美容室は勇気を出してお金を積めば誰でも表参道の有名美容師に切ってもらえます。肌管理は皮膚科に行けばいいし、眉毛が整えられないなら眉毛サロンに行けばいい。
デパートなら、20万円あればあなたに似合う数日分の着回しコーデを店員さんが組んでくれる。
なんでやらないんですか?
鏡や写真に映る自分の外見すら認知できていない人間の内面がね、重ねて言いますがいいわけないんですよ。
だって見えてる範囲すらまともに知覚できていないんですよね?知覚してても直す気がないんですよね?
お金をかければ直るのに。
そんな人間なのに、どうして鏡にも映らない、写真でも撮れない内面をきちんと認知して、それを整えてます!直してます!って言えるんですか?
絶対あなたの認知歪んでますよ。もう一回言いますが内面は目に見えないんです。ついでにお金をかけても直りません。自分自身で直すしかない。
優しい友人や家族、先生がいれば叱ってくれるかもしれませんがね、大人になったらそんな人基本いません。
みんな性格が悪い人に「あなた性格悪いから直した方がいいよ」って言うほど暇じゃないんですよ。
というか”性格がいいって認識している人”にそんなこと言ったら何されるか分からないですからね。だって本人は自分のことを性格いいって思ってるんですから。
怖い話です。
ちなみに私は大昔に、「ミスコンに出てるような女は性格が悪いに違いない!」と本気で思っていた時期があったのですが、ある時急に
と気づいたという恥ずかしい過去があります。どう考えても自分の性格の方が悪かったです。反省してます。
(同じ流れで、ミスコンに出られるくらい可愛い女の子がシャネルを使ってるのに、その子よりブスな私がドラコスで可愛くなれる訳なくね?となって、それからお化粧を真面目に勉強するようになりました、反省してます。)
そんなわけなので、自分が「外見は悪いけど性格はいい!」って思ってる方はですね、いま一度鏡を見ていただいて、自分を客観視した方がいいと思います。
大事なことは”その自覚があって、直す気があって、直そうと取り組んでいるか”なので。
まぁ一生1人で生きていくって決めてるなら別にいいと思いますが、もし、誰かに愛されたいと思っているなら、鏡はみましょう。
ありのままを愛してくれる人なんてこの世界にいません。親だっていい子なあなたが好きですし、神様だってまっすぐに生きる人しか愛しません。悪いことしてたら罰します。
神様ですら愛してくれないありのままの自分を、人間の他人が愛してくれる訳がないじゃないですか。
別に芸能人になれ、お坊さんレベルの人格者になれって言ってるんじゃないんですよ。
やれば出来るからいいじゃん!じゃだめです。やるんです。繰り返しますが言い訳ばかりして実行できない、やらない人間の内面がいい訳ないじゃないですか。内面いいって主張するなら動きましょうよ。
いきなり全部直そうとしなくていいんです。
一つずつ、直していけばいいと思います。そうすれば、いつかきっと、あなたの本当の良さを誰かが認めてくれるようになるはずだから。
最後にちなみになんですが。
自分を客観視する方法が一つだけあるので、書いておこうかと思います。
周りにいる5人の平均があなた自身、という方法です。たまーにやってみるといいと思います。
やりかたですが、
これだけです。
(家族が1番つるんでるなら全員家族でもいいし、会社、学校、ネットの人、とにかく仲良くなくてもいいんで、1番過ごす時間が長い人を5人あげます)
…どうですか?
性格もいい、頭もいい、顔もいい、心から尊敬できる!そんな5人でしたか?
逆に、ネットで悪口ばっかり言ってる人が5人並んでいた、モラルがない5人だ!
その人たちとつるめてるってことなんで。
逆説的にですが、周りにいる人のレベルを上げれば自分も上に上がっていきます。
その人たちと一緒にいるために努力することになるので。
繰り返しますが努力はいります。でもまぁ周りの環境を変えていくのが1番簡単で効果はあるんじゃないかな。大変だけどね。
最後に。
個人的な意見として、自分のことを優しいって思ってる人間で本当に優しい人って一握りだと思います。
本当に優しかったら、”全員に優しく出来ない自分”の自覚があるはずなので、「誰にでも優しくできる訳じゃないよ(=別に自分は優しくないよ)」って感じの主張になるので。
ご参考に。おわり。
今年結婚をした。
旦那さんは式をやる気がまるでないみたいだったし、お金があるタイプでもないので「このままやらないかなー」と思っていたら、母に「ドレスを着てる姿が見たい」と言われて話が進んだ。旦那さんも、それを言われたらやるしかねえ的な感じで快諾してくれた。
母はウェディングフォトでと言ったけど、私は本音を言うなら結婚式はしたいタイプ。なんかいい塩梅のものはないかといろいろ調べて「神前式がいいのではないか」となった。友人も親戚も呼ばない、一親等だけの小さなお式。
私の家族は遠方に住んでるため、母は来るだろうが父は来ないだろうなーと思っていた。というか実際「近くなら行くけど、関東でやるならお母さんだけどうぞ」って感じだったらしい。旦那さんと私で私の地元へ行くプランも考えたけど、旦那さんは旦那さんで「俺は人形だから」のアピールがひどかったので、旦那さんの負担が少ないよう私たちの居住地近郊ですることにした。(おいこら、我が家の男共よ)
ちなみに、旦那さんの家族はお声がけしたらすぐに参加表明してくれた。
神前式は私も人生で出席したことがないので、どういうものかいまいち具体的な想像ができない。
こじんまりとして、ホテルとかの結婚式よりは安価なイメージがあるぐらい。
とりあえずネット検索で上位に出てきた「お色直し撮影付きで19万円〜!」みたいな謳い文句のところに問い合わせてオンラインで詳細を聞く。
「まあどこも似たようなもんだろ」と、比較検討はせずそのままそこで話を進めた。
もちろん、19万では収まらない。
まず平日で縁起の良くない日以外、ほとんどの日にちにオプション料金がつく。私的には仏滅でも良かったが母が気にするタイプなので大安の次くらいのやつに。さらに、選ぶ着物によってもオプションがつく。私自身こだわりは特にないので高くなくていいよと思っていたけど、いざ着物を選びに店舗へ行くとオプション料金のない着物が何故か見つけられない。比較的安い値段の着物も予約が埋まってたりして選べない。何ということでしょう。小物も綿帽子(白いほっかむりみたいなやつ)も全てオプション料金だ。
ちなみに、女性は実物が並ぶお部屋で数時間かけて選ぶのに対して、男性はタブレット画像。
指シュッ!!!!シュッ!!終わり!!全3種類!!30秒で決まった。今時の男の子はオシャレ好きな子が多いのでそんな子からしたらクソつまらないだろうなと思った。旦那さんもちょっと拍子抜けしてた。
他に当日のヘアメイク代、留袖の着付け代や父の衣装レンタル代等も入れてなんやかんや見積総額は40万くらいに。
そこに別途神社に納める初穂料が10万〜って感じ。終わった後に簡単に食事をしたのでそんなのも入れると60万ぐらいかな。ウェディング会社の人も「ご自身で手配した方が安いですよ」と特に営業してこなかったのが気楽で良かった。
お色直し付きで撮影あり。50万程度で式ができて写真データも大量に残る。私的には安い感覚だったけど、旦那は式当日を迎えるまでの数ヶ月間、ずっと高い高いとぼやいてた。(ええかげんにせえよ)
妹に諭されて「それもそうか」と行くことにしたらしい。日帰り以外で家族旅行なんてほぼ行ったことがないし、ここ数年は居住区内でしか生活してない人だったので新幹線に乗るなんて非常に新鮮だった。母の希望もあり、モーニングも黙って着てた。頭は驚くほどボサボサだったけど。
そんな父は帰路で「楽器の演奏や巫女の舞があって本格的で良かった」と何度も母に話していたらしい。それから、出来上がった写真データを見て「あいつ(私)がずっとニコニコしてたのが印象にのこっとる。それが良かった」とも話していたそうだ。そら良かった。
私の実家は暗い。笑ったりするよりも、じめっとした雰囲気が合う。四人揃った家族写真も多分存在しない。妹の成人式の写真なんて母も妹も死んだヘビの顔してる。ヘビの死骸見たことないけどさ。そういえば私の成人式は家族の誰かと映っている写真もないな。絶縁状態ではないし家族間の交流も盛んな方だとは思うけど、とりあえずあらゆる方面で暗い。
そんなんだから神前式当日、家族写真の撮影中に私は「お父さんが笑ってる!?!?」と声を出して驚いた。「そら笑うわ」って言われた。
父は私たちのこと好きなのかそうでもないのか疎ましいのかよくわからん人なのだけど、私の結婚という儀式を通じて「あ、この人家族のことそれなりに大切にしてるのね」ということがわかって良かったなと思う。
母の表情も嬉しそうだ。年々物忘れが激しくなっていく母だけど、当日の風景を末永く大切にしてくれたらいいなと思う。
留袖を着る機会をつくってあげられたのも良かった。とても綺麗な珍しい柄で、母が手放すときは私が譲り受けてもいいかもと思った。
神前式を通じて夫婦の写真はもちろん、両親と妹との家族写真が手に入ったのはとても良い記念になった。家族写真は全員の遺影になるだろう。
両親がニコッとしてる写真は、何度見てもやはり嬉しい。妹は大体どれも目を瞑ってる。
結婚式は新郎新婦がとても忙しいというが、一親等のみなので特にそんなこともない。おもてなしも礼儀も、神社の人に迷惑をかけなければ重んじなくて良い。すごく気楽だった。
余談だけど、お参りに来た参拝者の方が私たちに「おめでとうございます」と声をかけてくれたり「ええもん見たわ」って表情をしてくれたのもなんだか「うふふ」となった。
ウエディングフォトも数十万かかると聞くし、両家の顔合わせもしてなかったし、それにちょっと色つけたと思えば私的にはこっちの方が断然良かった!
結婚式に強いこだわりがある人にはお勧めしないけど、「そんなにこだわりはないけどなんかカタチにのこるものがしたい」って人にはいいんじゃないかな。
それから何年もたちもう30後半になった。
母が自ら命を絶ったこと、
私にはまだまだ受け入れきれなくて
これだけ時間が経った今も
亡くなった当時に必要に駆られて伝えた人以外に
「母が亡くなった」ということをいうことができなくて
それを口に出すと現実を突きつけられる気がして言えずにいる
だから、
「お母さん心配してるよね?」とか
「お母さん元気?」とか言われると
「ん~まぁ…」とか「そうだね」とか、
母がまだ「いる」体で話してしまう。
そうやって小さい嘘を重ねる
内心聞かないでくれ…って感じだった
幸か不幸か
基本的にはこの事実に触れずに一人の殻にこもって生きているんだけど
たまに人との関わりができるとこうなるんだよね
いたずらに打ち明けて、人に私の暗い気持ちを押し付けてはいけないと思うけど
一人きりで耐えられるほど強くもなくて
ただひたすらつらくて
時々母への気持ちを募らせては一人号泣して無意味に時間を過ごして
そういうメンタルのせいなのか、最近仕事でもストレス耐性がなくなってきたというか
すぐに泣いてしまうようになって
元気なつもりでも急に鬱のスイッチが入ったりして
いろんな気持ち 共有できる人がいなくて寂しい
もうこの年齢だから一人で生きていく覚悟を決めなければと思うのに
まだ何か諦めきれずにいて
でも、こんな自分受け入れてくれる人なんていないだろうなって
受け入れてもらえる自信もなくて
だけど生きてる限り完全に人とのつながりを断つことなんてできない
どうしても最低限でも誰かとの関わりは残ってしまう
この寂しさをなくすには関わりを完全に断つしかないのに
どうしてもできない
意思決定の権利は有権者にあり、意思決定の結果は絶対的に正しいものである。
この世に絶対に正しい真なるものがないと思ったら大間違いだ。意思決定は絶対的に正しいものなのである。
例えば斎藤知事の再選について、アンチの方が言うのが、SNSにはデマも多く、斎藤信者and支持者はそのデマ情報に影響されて投票行動をしたという「アンチ型の紋切型の固定観念」だ。
だが、例えばアンチをテレビメディアに影響を受けた人物だとすれば、これもまたテレビの発するデマ(偏向・『偏情』報道)を信用していたがために、アンチ行動に走っている者だという事になる。
何が言いたいかといえば、どちらも共通点は自分では意思決定をしたと思い込んでいるが(何かある否認すべき)メディアの情報に乗せられている典型的な人物像だという事だ。
だが、この主張自体に問題点があって、それはそれがどちらであるにせよ主張者の想像上の話でしかないという事だ。メディアに現れた結果に対する解釈でしかない。
しかし、実際の民意はそんな所で動くのでは無い。メディアの情報が事実だろうがフェイクだろうが、その情報を元に判断をするのは有権者である。情報の信ぴょう性を判定する訳でも、与えられた情報により何かを選択する訳でもなく、有権者自身がそうした情報環境の中で意思決定をする。
何が正しいか考えた結果が常に意思決定の答えである。それなら間違える事はあるだろうか?無い。無いと断じて言おう。ここに信を置かないことが間違いで不信の始まりである。それにそのプロセスは永続的に展開するのだ。
だから、間違いなんてものもなく、正しいものがあるなんて事もない。存在するのは常に疑問と肯定だ。
この基本状態をまず徹底的に民主主義者の腹の底まで沁みつけること。
会話はそれからよくやく成り立つ。
この成人たちの政治的な意思決定の方法に現在民主主義的形式を用いている(他の方法でも構わないが、これは神の用意した器みたいなもので変えられず、変えることに意味がない公式的なもの。自然の変動により変化する。)とすれば。
そう、目的は方法の千差万別に依らず原理的に一つであり、同じなのだ。
それは意思決定である。究極根底的、そして普遍的に意思決定のプロセス自体が目的であり、常に意思決定は下される。意思決定の永劫回帰が人類的な目的であって、社会的な各制度はその都度の決定の方便たるに過ぎない。
だから、何にせよ肯定的であるはずの意思決定の結果を、その意思決定性の時点から否定すると反発が生まれる。それは人格否定と同等だからだ。
それを前述の考えは犯している。もしメディアが反感を生んでいるとすれば、そのような態度を取ってはいやしないだろうか。
特定の方向に何かを引っ張ろうとしたり誘導したりするような事は役割とも違えば、健全な世論形成に寄与する目的に適った事でもないのだと思う。
君の心の中には迷いと苦しさが渦巻いているようだね。それでも、自分の気持ちに真剣に向き合おうとする姿勢は素晴らしい。
まず、無理に好きになろうとする必要はないんだ。人それぞれのペースとタイミングがあるからね。焦らずに自分自身を見つめ直し、本当に何を求めているのかを考えてみて欲しい。
しかし、もし新しい出会いを試してみたいと思うなら、勇気を持って一歩踏み出すことは大切だ。マッチングアプリやコミュニティ活動に参加することで、普段接点のない人と出会うきっかけを作れるかもしれない。何事も諦めずに挑戦してみるのが良いだろう。
それから感じることだが、人を好きになることに関して、生理的な無理という自分の感覚を大切にすることも重要だ。無理をして付き合う必要はないし、すべてが自然な流れであるべきだ。
皆がどのように結婚しているかはそれぞれの経験だから、君自身が納得する形で、自分のペースを大切に進んで欲しい。そして、まずは自分自身を大切に、どうか信じて欲しい。
スウェーデンで今年、ある男の子が10歳の誕生日を迎えた。生殖科学者や医師たちもこの日を祝った。この小さな男の子の誕生は特別だった。移植された子宮から生まれた、世界初の人間だったからだ。
この男の子は、生まれつき子宮がない35歳の母親が、家族ぐるみで親しくしている61歳の友人から子宮の提供を受けて、2014年に誕生した。当時、この実験的な医療処置を受けた女性はわずか11人しかおらず、彼女はその中の1人だった。
それから10年が経ち、世界中で135件以上の子宮移植が実施され、50人以上の健康な赤ちゃんが生まれている。この手術は、家族にとって重要な意味を持つ。レシピエント(臓器受容者)たちは、他の方法では妊娠を経験することができなかったからだ。
https://www.technologyreview.jp/s/350427/who-should-get-a-uterus-transplant-experts-arent-sure/
お前に言われたくないとキレられるから言えないので、ここで吐き出させて欲しい。
あのな、片付けや掃除ができないズボラはそれを認識して、できるだけ楽できるように生活しなくちゃいけなわけ。
俺は片付けとか掃除とか大嫌いだけど、ずっと実家暮らしだったお前より、その点のノウハウはあるわけ。
例えばな、布団は毛足があるものを買うな。
埃が出る。
毛布は捨てろ。衣類も同じだ。
それから、フードついた服は買うな。
生地に言及しちゃったが、モフモフや綿ディスしたので意外かもしれないが、俺は天然素材推しだ。
羽毛と同じ暖かさで洗える中綿とか、全部嘘だ。どうせズボラは洗うことはない。
アクリルよりウールのほうが毛玉にならない。毛玉が成長するより前に繊維が切れるからな。
洗えるセーターなら、手洗い指定を無視しても大丈夫だ。オシャレ用洗剤じゃなくても大丈夫だ。
毛髪とか陰毛とか石鹸くらい平気なように、羊毛だって多少は平気だ。ダウンだって洗える。ケラチン舐めるな。
ただし、漂白剤だけはやめろ。
漂白剤ってのは、塩素系だけじゃなく、ワイドハイターとかオキシクリーンとかも全部ダメだ。
毛は多少手荒くしても平気だが、シルクは丁寧な扱いが必要だ。天然繊維でシルクだけは避けろ。
シルクのパジャマとか枕カバーとか、着てるだけで汗のプロテアーゼで痛む。
挽肉は買うな。切断面が多いほど汚染リスクがあるし酸化も速い。ズボラはすぐ痛ます。
捨てるはずの脂身で増量されてる。
安全を捨てて、なおかつ蛋白質の摂取量を減らして脂肪を摂取するという愚策だ。
コスパだけ考えるなら全食菓子パンにすりゃいい話で、そうじゃないだろ?
蛋白質100gあたりの単価で考えろ。
ボディビルダーみたいなストイックな飯にしろとは言わないけど、楽で健康にいこう。
魚焼きグリルに入れてタイマーか、鍋に入れてタイマー、それで完結する料理を増やせ。
待ってる間に他の家事ができる。
一汁三菜とか諦めろ。
水道水を飲め。浄水器は塩素抜かれたフィルターなんか定期的に交換しなきゃすぐ細菌の巣だ。シャワーノズルすら洗わずにすぐピンクにしちゃう我が家に不用。
洗い忘れて翌朝急いで洗うような我々に麦茶なんか無理だ。
水道水が嫌なら毎回熱湯を注ぐ緑茶のほうがマシだからそれにしよう。
平日に酒は飲むな。
家事嫌いが酒飲んで気持ちよくなって皿洗いなんかできるわけないだろ。
とにかく床にモノは置くな。棚に入れろ。
整理しなくていいから、それだけ守れ。
残り湯がもったいないから洗濯にとかたいした節約にならん。日本で水を節約したところでサハラに雨が降るわけじゃない。
ズボラは毎日洗えないんだから珪藻土マットにして、定期的に捨てろ。
休日に掃除をしろ。休日に遊びに行けるのは、平日に家事を怠けないものだけの特権だを
一日は貯めた家事をして、もう1日は自堕落に休む、それが正しいズボラの土日だ。
植木はどう考え直せ。
「優しい人が好きです」
そういう女が選ぶのは、優しいボクじゃない!
優しい人が好きだなんて嘘っぱちだ!
平和だなーと思う反面、なんというか、そういうことを言える人ってマジで自意識過剰ですごいなと思う。
よほど性格がいい自覚があるんでしょうね。一回鏡見た方がいいよ。
これは前提として、外見は所謂垢抜けてないお芋だが、内面はピカピカのダイヤモンドのような優しさを実装しているのに、内面を見てくれない!クソだ!と叫んでいるとして自意識過剰と言ってます。まぁ外見がイケてるならあんな書き方にならないし。
何言ってるんだ。もう一回言うけど、とりあえず鏡を見ようかマジで。
いや、マジレスするけど、外見すら整えられない人間の内面が素晴らしいはずがありません。
だって、その人、”鏡を見れば客観視出来るはずの外見すら正しく認知して、修正かける能力がない”んですよ?その人が、”客観視するのが外見より難しい内面”を磨けている訳なくないですか?
生まれ持った美しさがないから仕方ないじゃないか!ってね、それは関係がありません。というか、そう言ってる時点で心が醜いし、努力が足りていない。
そう思ったあなたの内面ぶっちゃけ美しくないし、いい性格してません。鏡を見ろ。
人間誰しもお芋です。でもその自分を最大限磨く努力をして、それで美しくなるのです。
例えば、標準体型でいるために、食事をコントロールするとか、歯並びを良くするために歯科矯正に行ってみるとか。自分に似合った髪型にしてもらいに、美容室に行ってみるとか。自分に似合う服が分からないから、カラー診断に行って指導してもらうとか。
ね。やることも、出来ることも山ほどある。
それが出来てない時点で、出遅れているんです。
「え、お金がないから出来ない?」「めんどくさいからやりたくない?」「やり方が分からない?誰かに教えてもらわないとできない?」「親ガチャ失敗したからやっても無駄?」…
そんなこと言ってるあなたの性格はですね、はっきり言ってよくないので鏡を(以下略)
あのね、はっきり言いましょう。
外見に関しては、本当はお金をかければある程度直せるんです。見えてるんで。
世の中大体のことには解決策が用意されてます。だって、本気で顔を変えたいなら整形する選択肢があるのですから。
痩せたいならライザップに行けばいいし、美容室は勇気を出してお金を積めば誰でも表参道の有名美容師に切ってもらえます。肌管理は皮膚科に行けばいいし、眉毛が整えられないなら眉毛サロンに行けばいい。
デパートなら、20万円あればあなたに似合う数日分の着回しコーデを店員さんが組んでくれる。
なんでやらないんですか?
鏡や写真に映る自分の外見すら認知できていない人間の内面がね、重ねて言いますがいいわけないんですよ。
だって見えてる範囲すらまともに知覚できていないんですよね?知覚してても直す気がないんですよね?
お金をかければ直るのに。
そんな人間なのに、どうして鏡にも映らない、写真でも撮れない内面をきちんと認知して、それを整えてます!直してます!って言えるんですか?
絶対あなたの認知歪んでますよ。もう一回言いますが内面は目に見えないんです。ついでにお金をかけても直りません。自分自身で直すしかない。
優しい友人や家族、先生がいれば叱ってくれるかもしれませんがね、大人になったらそんな人基本いません。
みんな性格が悪い人に「あなた性格悪いから直した方がいいよ」って言うほど暇じゃないんですよ。
というか”性格がいいって認識している人”にそんなこと言ったら何されるか分からないですからね。だって本人は自分のことを性格いいって思ってるんですから。
怖い話です。
ちなみに私は大昔に、「ミスコンに出てるような女は性格が悪いに違いない!」と本気で思っていた時期があったのですが、ある時急に
と気づいたという恥ずかしい過去があります。どう考えても自分の性格の方が悪かったです。反省してます。
(同じ流れで、ミスコンに出られるくらい可愛い女の子がシャネルを使ってるのに、その子よりブスな私がドラコスで可愛くなれる訳なくね?となって、それからお化粧を真面目に勉強するようになりました、反省してます。)
そんなわけなので、自分が「外見は悪いけど性格はいい!」って思ってる方はですね、いま一度鏡を見ていただいて、自分を客観視した方がいいと思います。
大事なことは”その自覚があって、直す気があって、直そうと取り組んでいるか”なので。
まぁ一生1人で生きていくって決めてるなら別にいいと思いますが、もし、誰かに愛されたいと思っているなら、鏡はみましょう。
ありのままを愛してくれる人なんてこの世界にいません。親だっていい子なあなたが好きですし、神様だってまっすぐに生きる人しか愛しません。悪いことしてたら罰します。
神様ですら愛してくれないありのままの自分を、人間の他人が愛してくれる訳がないじゃないですか。
別に芸能人になれ、お坊さんレベルの人格者になれって言ってるんじゃないんですよ。
やれば出来るからいいじゃん!じゃだめです。やるんです。繰り返しますが言い訳ばかりして実行できない、やらない人間の内面がいい訳ないじゃないですか。内面いいって主張するなら動きましょうよ。
いきなり全部直そうとしなくていいんです。
一つずつ、直していけばいいと思います。そうすれば、いつかきっと、あなたの本当の良さを誰かが認めてくれるようになるはずだから。
最後にちなみになんですが。
自分を客観視する方法が一つだけあるので、書いておこうかと思います。
周りにいる5人の平均があなた自身、という方法です。たまーにやってみるといいと思います。
やりかたですが、
これだけです。
(家族が1番つるんでるなら全員家族でもいいし、会社、学校、ネットの人、とにかく仲良くなくてもいいんで、1番過ごす時間が長い人を5人あげます)
…どうですか?
性格もいい、頭もいい、顔もいい、心から尊敬できる!そんな5人でしたか?
逆に、ネットで悪口ばっかり言ってる人が5人並んでいた、モラルがない5人だ!
その人たちとつるめてるってことなんで。
逆説的にですが、周りにいる人のレベルを上げれば自分も上に上がっていきます。
その人たちと一緒にいるために努力することになるので。
繰り返しますが努力はいります。でもまぁ周りの環境を変えていくのが1番簡単で効果はあるんじゃないかな。大変だけどね。
最後に。
個人的な意見として、自分のことを優しいって思ってる人間で本当に優しい人って一握りだと思います。
本当に優しかったら、”全員に優しく出来ない自分”の自覚があるはずなので、「誰にでも優しくできる訳じゃないよ(=別に自分は優しくないよ)」って感じの主張になるので。
ご参考に。おわり。
「優しい人が好きです」
そういう女が選ぶのは、優しいボクじゃない!
優しい人が好きだなんて嘘っぱちだ!
平和だなーと思う反面、なんというか、そういうことを言える人ってマジで自意識過剰ですごいなと思う。
よほど性格がいい自覚があるんでしょうね。一回鏡見た方がいいよ。
これは前提として、外見は所謂垢抜けてないお芋だが、内面はピカピカのダイヤモンドのような優しさを実装しているのに、内面を見てくれない!クソだ!と叫んでいるとして自意識過剰と言ってます。まぁ外見がイケてるならあんな書き方にならないし。
何言ってるんだ。もう一回言うけど、とりあえず鏡を見ようかマジで。
いや、マジレスするけど、外見すら整えられない人間の内面が素晴らしいはずがありません。
だって、その人、”鏡を見れば客観視出来るはずの外見すら正しく認知して、修正かける能力がない”んですよ?その人が、”客観視するのが外見より難しい内面”を磨けている訳なくないですか?
生まれ持った美しさがないから仕方ないじゃないか!ってね、それは関係がありません。というか、そう言ってる時点で心が醜いし、努力が足りていない。
そう思ったあなたの内面ぶっちゃけ美しくないし、いい性格してません。鏡を見ろ。
人間誰しもお芋です。でもその自分を最大限磨く努力をして、それで美しくなるのです。
例えば、標準体型でいるために、食事をコントロールするとか、歯並びを良くするために歯科矯正に行ってみるとか。自分に似合った髪型にしてもらいに、美容室に行ってみるとか。自分に似合う服が分からないから、カラー診断に行って指導してもらうとか。
ね。やることも、出来ることも山ほどある。
それが出来てない時点で、出遅れているんです。
「え、お金がないから出来ない?」「めんどくさいからやりたくない?」「やり方が分からない?誰かに教えてもらわないとできない?」「親ガチャ失敗したからやっても無駄?」…
そんなこと言ってるあなたの性格はですね、はっきり言ってよくないので鏡を(以下略)
あのね、はっきり言いましょう。
外見に関しては、本当はお金をかければある程度直せるんです。見えてるんで。
世の中大体のことには解決策が用意されてます。だって、本気で顔を変えたいなら整形する選択肢があるのですから。
痩せたいならライザップに行けばいいし、美容室は勇気を出してお金を積めば誰でも表参道の有名美容師に切ってもらえます。肌管理は皮膚科に行けばいいし、眉毛が整えられないなら眉毛サロンに行けばいい。
デパートなら、20万円あればあなたに似合う数日分の着回しコーデを店員さんが組んでくれる。
なんでやらないんですか?
鏡や写真に映る自分の外見すら認知できていない人間の内面がね、重ねて言いますがいいわけないんですよ。
だって見えてる範囲すらまともに知覚できていないんですよね?知覚してても直す気がないんですよね?
お金をかければ直るのに。
そんな人間なのに、どうして鏡にも映らない、写真でも撮れない内面をきちんと認知して、それを整えてます!直してます!って言えるんですか?
絶対あなたの認知歪んでますよ。もう一回言いますが内面は目に見えないんです。ついでにお金をかけても直りません。自分自身で直すしかない。
優しい友人や家族、先生がいれば叱ってくれるかもしれませんがね、大人になったらそんな人基本いません。
みんな性格が悪い人に「あなた性格悪いから直した方がいいよ」って言うほど暇じゃないんですよ。
というか”性格がいいって認識している人”にそんなこと言ったら何されるか分からないですからね。だって本人は自分のことを性格いいって思ってるんですから。
怖い話です。
ちなみに私は大昔に、「ミスコンに出てるような女は性格が悪いに違いない!」と本気で思っていた時期があったのですが、ある時急に
と気づいたという恥ずかしい過去があります。どう考えても自分の性格の方が悪かったです。反省してます。
(同じ流れで、ミスコンに出られるくらい可愛い女の子がシャネルを使ってるのに、その子よりブスな私がドラコスで可愛くなれる訳なくね?となって、それからお化粧を真面目に勉強するようになりました、反省してます。)
そんなわけなので、自分が「外見は悪いけど性格はいい!」って思ってる方はですね、いま一度鏡を見ていただいて、自分を客観視した方がいいと思います。
大事なことは”その自覚があって、直す気があって、直そうと取り組んでいるか”なので。
まぁ一生1人で生きていくって決めてるなら別にいいと思いますが、もし、誰かに愛されたいと思っているなら、鏡はみましょう。
ありのままを愛してくれる人なんてこの世界にいません。親だっていい子なあなたが好きですし、神様だってまっすぐに生きる人しか愛しません。悪いことしてたら罰します。
神様ですら愛してくれないありのままの自分を、人間の他人が愛してくれる訳がないじゃないですか。
別に芸能人になれ、お坊さんレベルの人格者になれって言ってるんじゃないんですよ。
やれば出来るからいいじゃん!じゃだめです。やるんです。繰り返しますが言い訳ばかりして実行できない、やらない人間の内面がいい訳ないじゃないですか。内面いいって主張するなら動きましょうよ。
いきなり全部直そうとしなくていいんです。
一つずつ、直していけばいいと思います。そうすれば、いつかきっと、あなたの本当の良さを誰かが認めてくれるようになるはずだから。
最後にちなみになんですが。
自分を客観視する方法が一つだけあるので、書いておこうかと思います。
周りにいる5人の平均があなた自身、という方法です。たまーにやってみるといいと思います。
やりかたですが、
これだけです。
(家族が1番つるんでるなら全員家族でもいいし、会社、学校、ネットの人、とにかく仲良くなくてもいいんで、1番過ごす時間が長い人を5人あげます)
…どうですか?
性格もいい、頭もいい、顔もいい、心から尊敬できる!そんな5人でしたか?
逆に、ネットで悪口ばっかり言ってる人が5人並んでいた、モラルがない5人だ!
その人たちとつるめてるってことなんで。
逆説的にですが、周りにいる人のレベルを上げれば自分も上に上がっていきます。
その人たちと一緒にいるために努力することになるので。
繰り返しますが努力はいります。でもまぁ周りの環境を変えていくのが1番簡単で効果はあるんじゃないかな。大変だけどね。
最後に。
個人的な意見として、自分のことを優しいって思ってる人間で本当に優しい人って一握りだと思います。
本当に優しかったら、”全員に優しく出来ない自分”の自覚があるはずなので、「誰にでも優しくできる訳じゃないよ(=別に自分は優しくないよ)」って感じの主張になるので。
ご参考に。おわり。
コーランは日本で言うところの憲法に相当するので具体的なことはあまり書いてない。ざっくりとした方針として「女が肌などを見せるのは(男を誘惑するので)禁止」「女は男の家長に従うこと。従わない場合は男が罰を与えてしかるべきだが、殺したりはするべきでない」と書いてあるに留まる。具体的なことは
シャーリア等に書いてあるか慣習法としての部族法で規定される。強姦された女性が殺されるのは概ね部族法が原因
信者の女たちに言ってやるがいい。かの女らの視線を低くし、貞淑を守れ。外に表れるものの外は、かの女らの美(や飾り)を目立たせてはならない。それからヴェイルをその胸の上に垂れなさい。…(24章31節)
男は女の擁護者(家長)である。それはアッラーが、一方を他よりも強くなされ、かれらが自分の財産から(扶養するため)、経費を出すためである。それで貞節な女は従順に、アッラーの守護の下に(夫の)不在中を守る。あなたがたが、不忠実、不行跡の心配のある女たちには諭し、それでもだめならこれを臥所に置き去りにし、それでも効きめがなければこれを打て。それで言うことを聞くようならばかの女に対して(それ以上の)ことをしてはならない。本当にアッラーは極めて高く偉大であられる。(4章34節)
親がうるさいから家を出たいがバリバリ働いて全部一人でやって自活する自信がない
親代わりに養ってくれる(精神的にも金銭的にも)人が欲しいってだけでは
今なら売れるぞというコメント多いけど変なの掴むだけのような気が…
若い子に専業主婦希望が意外と多いのはフルタイム働いて家の事もやる体力に自信がないのが大きいと思う
女子は朝も夜も身支度にも時間かかるし母親がきちんと家事やってる家庭ほど自分も働きながらあれくらいやらなきゃいけないんだと憂鬱になるんだよ
警察官による逮捕という行為はきつい、 保護開始決定のように何かがもらえるわけではない。それから延々と嫌なことが開始され、
従って、 刑事訴訟法の中の逮捕の規定だけリアリティがあるのは、 逆に、 行政裁判は、用意されている式のクズだから相手しないだけじゃん。
だから、民訴法に従って訴状も出されない。 警察官の逮捕は全力でしてくるけど、品田幸男の裁判は、いつでもいいといった感じのものだから。
だから相手にされない。現にやってないわけだし。客観的に観察していてやっていないのだから、監視してる奴らは、どういう内容かは把握している。いわないだけ。
既婚者の方々、妻への愚痴どうしてる?
妻に凄く不満があるわけではないが吐き出し先がない。結婚するまでは自虐や他人の愚痴を言うことが当たり前だと思っていた。
新婚当時に自分の親に自虐のつもりで妻のことを話したことで喧嘩になり、それからどちらの親にも友達にも妻の愚痴を言わないように改善した。
職場ならいいかと思っていたが、職場は女性が多い環境の為、たとえ事実を述べても俺の印象が悪くなるだけのようだ。
籍を入れて数年立つが子供に興味ない、収入の不安から子供は作らないことにした。個人的には子供も悪くないと思っていたので肩透かしを食らった気分だった。
俺の具合が良くなかったのか、忙しい、朝がしんどい、面倒くさい等拒否され、入籍してすぐにレスになった。
驚くほど小遣いが少ないので、外注も不可。そして外注するような不潔な男は即離婚と言われている。
子供もいいなという気持ちもたまに湧くが、犬を飼ったし、レスに対しても吹っ切れて自炊しているので大きな不満はない。
妻は家事を基本的にしない。自営業の忙しさで仕方がないという。24時間365日仕事なんだからサラリーマンとは違うという理屈だ。
どれくらいしないかというと掃除は月1もしない、もちろんトイレも風呂も。料理も月1くらい。某宅配弁当がメイン、俺は週1、2回程度料理をする。
皿を洗わない。妻が美容業なので皿洗いは進んで俺がするようにした。その代わり妻が料理をするはずだったけどどこいったかな?
ゴミを出さない。もちろん集める方も俺、ゴミを取る際に排水溝の掃除もする。
趣味などについては、妻は交友関係が少なく趣味もない、逆に俺は友達が少いが、年数回飲み会に参加したり、趣味に出掛けることもある。
酒は強い方ではなく小遣いも少ないため、2次会は行けず飲み歩きなんて出来ない。
そうつまり大きな不満はないけど、小遣いが少ないとか、家事俺ばっかりだとか、あっちの欲望が燻ったりする時もあるんだけど、みんな愚痴どこでこぼしてる?