原口大臣とNTT問題(再論) - 松本徹三

松本 徹三

私は、就任当初の原口総務大臣の発言に神経質になり、相当噛み付きましたが、現時点では、むしろ、かなり期待の方が高くなっています。

私がここ何年もの間、NTTの再編問題に執念を持ってきたのは、何も「大きいNTTを分割して弱くしたい」からではなく、日本の情報通信産業を、何としても「世界に誇れるようなレベル」まで強くしたいと念じてきたからに他なりません。(そうでなければ、私のような老兵がいつまでも通信業界にいる意味はありません。)そう考えると、原口大臣のお立場と私の立場は、むしろ極めて近いと言えるのかもしれません。


何度も繰り返して申し訳ありませんが、過去も現在も、日本の情報通信産業は、諸外国と比較して必ずしも誇れる状態ではありません。高度な情報通信サービスを求める国民の意識は高く、これに応える技術力もあるのに、「活力」と「コスト」の両面で、なお問題が残っているからです。

この問題を解決する為には、「通信事業としての競争」が可能な分野では、万難を排して「公正競争環境」を作り出して、事業者間の熾烈な競争を呼び起こす一方、それが不可能なところでは、国策によって、合理的な形で全国的に「基礎的な通信施設」を整備し、その上で、多種多様なサービスが花開くようにすることです。

NTTの側からこれを見ると、前者については、「出来れば勘弁してほしい」というのが正直なところでしょうが、後者については、これによって「過大な経営負担」から逃れられる可能性もあるのですから、前向きに検討しても損はないでしょう。こういった問題は、「分割論」等という「方法論」とは全く別の、もっと高い次元の問題なのです。

これも何度も繰り返して申し上げていることですが、私は、「競争相手としてのNTT」を弱くしたいのでは決してなく、「先ず組織防衛本能ありき」という「NTTの体質」を残念に思っているだけなのです。共に心を開いて、「日本の情報通信の将来像」を語り合えば、「NTTの再編問題」といったデリケートな問題に関しても、或いは全く同じ結論に至っても、決しておかしくはないと思っています。

さて、最近の原口大臣のご発言の中で、私としては嬉しいことが一つありました。それはシンガポールのことに言及されたことです。(雑誌「財界」の秋期特大号に掲載。)奇しくも、私も、4月20日付のアゴラのブログでこの国の通信民営化の軌跡に触れ、「日本がシンガポールに学ぶべきことは多いのではないか」と論じています。

シンガポールは、1992年に、それまで国営企業だったシンガポールテレコムの民営化を決めましたが、その際に、十分な準備期間を確保するため、固定通信については17年間、モバイルについては5年間の独占を認めました。

先ず、モバイルについては、きっちり5年後の1997年に競合会社が1社、その3年後には2社目が、それぞれ操業を開始しました。現在のシェアは、シンガポールテレコムが約46%、競合の2社はそれぞれ28%と26%ですから、まあまあ健全な競争状態にあると言ってもよいでしょう。

(日本の状況をこれに比べると、ドコモのシェアがなお50%強、3位のソフトバンクのシェアが20%弱ですから、競争状態は少し見劣りしますが、これは、第一に、シンガポールとは比較にならぬ程広い日本では、カバレッジの面で後発事業者が先行事業者に追いつくのは至難の業であること、第二に、第三世代サービスに使える周波数については、シンガポールでは3社間に全く差がないのに対し、日本ではソフトバンクのみが「黄金周波数の800MHzを使えない」という大きなハンディキャップを背負っているが故でしょう。)

しかし、ここで注目すべきは、シンガポールテレコムの場合は、早い時点から、そのエネルギーの多くを「国内での競争」より「海外への進出」に投入していることです。

シンガポールテレコムのモバイル部門は、既に、オーストラリア、インド、インドネシア、フィリピン、タイ、パキスタン、バングラディシュの各国の大手事業者の株式を大量に取得済みですが、これらの投資先の顧客数に持株比率を掛け合わせると7,300万人という数字になり、これはシンガポール全土の人口の実に15.4倍にもなります。

(これに比べ、同じように過去の独占事業者であったドコモの場合は、別に「手足を縛られている」わけでは全くないのですが、過去の投資の失敗が尾を引いているのか、残念ながら、現時点では、かばかしい海外進出は殆ど出来ておりません。)

さて、もっと注目すべきは、固定通信の方です。この分野については、当初は17年間の独占期間が認められていたのですが、実際には10年前倒しで完全自由化に移行しました。しかし、シンガポールテレコムに対抗して新たに銅線や光ケーブルを敷設しようなどという頓狂な会社は結局1社も現れず、全ての新規事業者は、シンガポールテレコムから設備を借り受け、或いは相互接続契約を結んで、サービスを提供することを希望しました。(つまり、施設の保有自体は「自然独占」の分野だと認識されたということです。)

ここで興味深いのは、この状況下での国の関与です。当初は新規事業者とシンガポールテレコムとの契約交渉は相当難航し、なかなかサービス開始が出来なかったらしいのですが、ここで国は迅速に動き、RIO(Reference Interconnect Offer)というものを制定、以後はこれに基づいた「自動的な処理」が可能になり、現時点ではどこからも不満は聞かれません。

(これに比べ、日本の場合は、NTT東・西の「卸売り部門」と「小売部門」の間の「明確な会計分離」さえもが未だに行われておらず、直接の競争相手から「不透明な条件」で設備を借り受けなければならない新規事業者には、至るところで不満が鬱積している状態です。)

シンガポールは「良質で安価な情報通信インフラがある」ということで、海外企業に幅広く評価されている国です。原口大臣が期せずしてシンガポールに言及されたことは、現在の諸問題を前向きに解決し、日本の情報通信サービスの競争力を高める上で、大きな第一歩になるものと期待されます。

財務力、技術力、経営力の三拍子がそろった「尊敬すべき競争相手」であるNTTドコモが、過去のトラウマを乗り越え、シンガポールテレコムに負けないぐらいのガッツを持って海外進出を果たしてくれれば、同じ日本人の私にとっても嬉しいことですし、原口大臣もきっと喜ばれることでしょう。

重要なのは、すべてを「前向き」に考えることです。(これに対し、「組織防衛」ということは、それ自体が既に「後向き」な発想です。)時あたかも、情報通信の現状を検証し、将来を考える「四つのタスクフォース」も発足しました。第一回の合同会合は、インターネットで中継もされました。私の考えは少し甘いのかもしれませんが、先ずは今後の進展を注目していきたいと思います。

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コメント

  1. hitoeyama より:

    現在も、フレッツを通して、各社のISPと契約できますから、問題ないのでは?民営化の時代に、あえて国策によって整備しなければならない理由がわかりません。郵政会社のように、時代に逆行してしまう印象を受けます。

  2. 松本徹三 より:

    先ず、競争が出来る分野と出来ない分野を分けて考えることが必要です。

    光回線を各戸まで引き込む事は、「場所」を確保しているNTTと電力会社以外は不可能です。(早い時期には「難視聴対策」で稼げるケーブルTV会社にもチャンスはありましたが。)しかし、その上で行うサービスは、公正な条件さえ確保できれば、フレッツのレベルの低いレイヤーでも可能です。

    しかし、NTTのNGNがNTTの光回線と一体化してしまうと、他の会社はNGNに対抗するようなサービスが実質的に出来なくなってしまいます。一方、NGNは、映像配信やIPv6をベースとした種々の新規サービスと一体化するので、ずっと上部レイヤーのサービスまで、NTTに囲い込まれることになります。(NTTと競合しようとすると、コスト的に大きなハンディキャップを背負った競争になってしまいます。)

    次に株主に対して利益を極大化させる責任を持つ普通の民営会社では出来ない仕事も区別せねばなりません。農村地帯にまで光回線を敷設するが如きはこの範疇に入ります。NTTに頼っていては永久に出来ないでしょう。

  3. otg010085089 より:

    NTTのNGNがNTTの光回線と一体化してしまうと、他の会社はNGNに対抗するようなサービスが出来ないと言う事は競合他社が光化の競争をはじめから放棄したからではないか。 それなら今更救済を求めるのはおかしいのではないかと考える。