「アサド政権の崩壊は近い」という見出しを付けてシリアの現状について書き出していたところ、反アサド組織、過激派イスラム組織「ハヤート・タハリール・アル=シャム」(HTS)が8日、首都ダマスカスに侵攻し、制圧、アサド大統領ら関係者は飛行機で首都から逃避したというニュースが入ってきた。HTSは「暗黒の時代は終わった」と宣言し、半世紀以上続いてきたアサド独裁政権が崩壊したと表明している。
米国と欧州連合EU))からテロ組織と指定されているHTSの宣言を鵜呑みにすることはできないが、アサド大統領は少なくとも首都から逃避したことはほぼ間違いない。現地からの情報によると、アサド大統領はまだ国内にいるが、妻と3人の子供たちは既にモスクワに逃避したという。アサド大統領の義兄はアラブ首長国連邦に逃避したという。AFPによると、エジプトやヨルダンの高官たちはアサド大統領にも国外退去し、野党を含む暫定評議会を設立するよう促したという。HTSは政権を掌握し、支持者に破壊行為をせずに平和的に事を進めるようにアピールしているという。
HTSは先月27日攻勢を開始し、シリアの第2都市、北部の要衝アレッポを制圧し、5日には首都ダマスカスと北部を結ぶ交通の要衝で、シリア第4の都市であるハマも掌握し、次々とシリアの要衝を占領していった。そしてあっという間に、アサド政権が崩壊したことになる。アサド政権は最初は政府軍を派遣し、反体制派の進攻を阻止しようとしたが、反アサドで結束したHTSの攻勢をストップ出来なかったわけだ。2011年から始まったシリア内戦でアサド政権を支援してきたイランとロシアがアサド大統領の要請を受けながらも、軍事支援しなかったことがアサド政権崩壊の最大の原因かもしれない。アサド大統領と同じ少数宗派アラウィ派の人々が避難を始めているという。
英国の「キングス・カレッジ・ロンドン(KCL)」で教鞭を取るテロ問題専門家のペーター・ノイマン教授は7日、ドイツ民間ニュース専門局ntvとのインタビューに応じ、「シリアを支援してきたロシアとイランが今回、アサド政権を支援していないことに驚く。イランは2011年、反体制派の反乱に守勢にあったアサド政権を支援してきた。そして2015年にはロシアが介入したことでアサド政権は有利となって反体制派を鎮圧してきた経緯がある。その両国がアサド大統領の要請にもかかわらず、今回ほとんど支援していないのだ」と指摘している。
ちなみに、米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は6日、内戦下のシリアから、アサド政権の後ろ盾であるイランの精鋭軍事組織「革命防衛隊」幹部や外交官らが退避を始めたと報じている。一方、ロシアはウクライナ戦争で兵力を大きく割かれているだけに、シリアの反体制派勢力への攻撃に兵力を充てる余裕がなかったのかもしれない。ロシアが今後、アサド政権を擁護するか見捨てるか不確かだ。
父子2代、50年以上の独裁政権が続いてきたアサド政権崩壊後のシリア情勢はどのようになるだろうか。シリア問題の専門家クリスティン・ヘルベルク女史はntvとのインタビューで、「シリアは2020年以降、4つの勢力に分割されている」と指摘している。具体的には、シリア内の主要な武装勢力はアサド政権のほか、SNA(シリア国民軍)、HTS、およびSDF(シリア民主軍)だ。アサド政権が崩壊したとすれば、SNA、HTS、SDFの3武装勢力の動きがシリアの今後を左右する。
1.SNA(Syrian National Army)はトルコが支援する反政府勢力の統一組織だ。以前は「自由シリア軍(FSA)」と呼ばれていたが、2019年に再編され、「シリア国民軍」として組織化された。主にスンニ派アラブ人を中心としたシリア人傭兵だ。トルコの軍事支援を受けており、訓練や装備の提供も受けている。目的はアサド政権の打倒と共に、トルコ政府の政策に基づき、クルド勢力(特にSDFの主要構成勢力であるYPG)との戦闘が主な活動だ。活動地域はシリア北部(トルコ国境沿い)だ。
2.HTS(Hay’at Tahriral-Sham)はシリア内戦におけるイスラム主義勢力の中で最も影響力を持つグループの一つ。かつて「アル=ヌスラ戦線」としてアル=カイダと提携していたが、現在は独立している。過激派イスラム主義者を中心とした勢力。元アル=ヌスラ戦線のメンバーが主体。シリア国内外からのジハード主義者が加わっている。目的はイスラム法(シャリーア)に基づく国家を樹立すること。アサド政権の打倒が目標だが、他の反政府勢力(特にSNA)やクルド勢力とも対立している。拠点は主にシリア北西部のイドリブ県。イドリブはHTSの実質的な支配下にあり、組織が行政機構や税制を運営している。
ちなみに、ヘルベルク女史は「HTSはイスラム主義組織であり、国際的なジハード主義者ではない。彼らの議題は国際的なジハードではなく、国家的なイスラム主義だ」と説明している。米国はHTSの指導者アブ・モハメド・アル=ジュラニに1000万ドルの懸賞金をかけている。
3.SDF(Syrian Democratic Forces)はクルド人勢力が主導する多民族混成部隊で、アメリカの支援を受けて活動している。シリア内戦における主要な対IS(イスラム国)勢力として知られている。主体はクルド人民防衛隊(YPG)であり、女性部隊(YPJ)も含まれている。アラブ人部隊やその他の少数民族(アッシリア人、トルクメン人など)も参加。推定約5万~6万人の戦闘員を抱えている。目的はクルド人の自治権確立を目指す一方、シリア全体の安定化を掲げている。IS(イスラム国)の掃討が中心的な役割だったが、現在はトルコやSNAとの戦闘が課題となっている。拠点はシリア北東部(ラッカ、ハサカ、デリゾール)を中心に広範囲を支配。
上記の3勢力はアサド政権打倒で一致しているが、それ以外では対立。例えば、トルコが支援するSNAはクルド勢力(特にSDFのYPG)を敵視。北シリアの支配地域を巡り衝突を繰り返している。また、HTSとSNAは反アサドだが宗教的・戦略的な相違からしばしば対立。HTSとSDFは地域的には接触が少ないが、イデオロギーが異なり、根本的に対立している。
以上、3武装勢力はアサド政権崩壊後、重要な役割を演じることになるが、その目的や戦略が異なるために今後、対立する局面が出てくることが予想される。もちろん、アサド政権の残滓勢力の動きも注視しなければならない。また、アサド政権を軍事支援してきたロシアとイラン両国の出方だ。このままでは両国はシリアでの影響力を失う一方、SNAを支援してきたトルコはアサド政権の崩壊で最も戦略的利益を得ることになる。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年12月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。