科学の批判は科学的に - 『被ばくと発がんの真実』

池田 信夫

放射線医が語る被ばくと発がんの真実 (ベスト新書)放射線医が語る被ばくと発がんの真実 (ベスト新書)
著者:中川 恵一
販売元:ベストセラーズ
(2012-01-07)
販売元:Amazon.co.jp
★★★★☆


今回の反原発騒動が過去と比べて特異なのは、著者のような国の線量基準より高い放射線でも健康被害の心配はないという科学者を、「御用学者」として攻撃する人々がいることだ。彼らは「国の基準より高い線量を浴びると死ぬ」という思い込みを否定されたことに怒っているのだろうが、政府のWGも強調するように、国の基準はこれ以上だと危険だという値ではない

科学的には、国が平時の基準としている1mSv/年の被曝で健康被害が出るというデータは、世界中どこにもない。ICRPでさえ「10mSv以下では健康被害は出ない」と認めている。そもそも日本の自然放射線は平均1.5mSv/年なのだから、1mSvというのは放射線管理の目安に過ぎないのだ。

では実際に危険なのは、どれぐらいの線量だろうか。これを考える上で重要なのは、チェルノブイリ事故である。著者は、事故後25年の昨年、ロシア政府のまとめた報告書をもとにして、その被害の実態を明らかにする。その結論は、確認された死者は消火にあたって急性被曝した作業員50人と放射性沃素で汚染された牛乳を飲んだ子供9人以外には、慢性被曝で癌死亡率が上がったデータはないということだ。

これは日本にとって大きな福音である。福島の被曝量は97%が5mSv以下であり、リスクはゼロと考えてもよい。むしろニューズウィークでも紹介したように、精神的ストレス、強制移住、失業などの社会的・経済的影響のほうがはるかに大きな被害をもたらした。福島でも過剰な避難と農産物の廃棄、必要のない大規模な除染がもたらす社会的コストは、原発事故の健康被害よりはるかに大きい。

本書に書かれていることは現代の放射線医学の標準的な学説であり、疫学データに裏づけられたものだ。それを批判するのは結構だが、朝日新聞のように都合のいい例をアドホックにあげても反証にはならない。科学的な主張をくつがえすのは科学しかないのだ。

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