まねきTV事件にみる「司法の逆噴射」

池田 信夫

まねきTV事件で原告(NHKと民放キー局)が勝訴する最高裁判決が出て、日本でテレビ番組の第三者によるネット配信はほぼ不可能になりました。この判決が全員一致で決まったのは、ネット配信を原則禁止した著作権法の規定を厳格に守らせるという最高裁の「国家意志」によるものでしょう。

しかしこの著作権法改正には多くの論議があり、知的財産戦略本部も総務省も「ネット配信を有線放送と同等とみなす」という国会答弁で解決する方針でした。世界的にもそういう解釈が主流で、欧米ではISPがテレビ番組をネット配信するのは重要なサービスです。ネットワークで不特定多数に放送するのは「有線放送」に他ならないからです。

ところが日本の放送局は「IPマルチキャストは放送ではなく通信だ」という世界のどこにもない解釈を打ち出し、文化庁に圧力をかけました。文化審議会は3年もかけて著作権法を改正し、ネット配信を地デジの当該放送区域内の再送信に限定しました。この結果、日本の映像ネット配信は壊滅的な状態に追い込まれました。


知財高裁でも、録画ネットなど他の業者は違法という判決を出していましたが、このような状況に配慮してか、まねきTV事件では市販の機材の所有者が自分に送信するなら合法という判断を示し、これが「ぎりぎりセーフ」のラインとみられていました。ところが最高裁は、それさえ踏み越えて全面禁止の判決を出したわけです。

法律論として最高裁の判断が妥当なのかどうかはともかく、今回の判決で誰が得をするのでしょうか。差し止められた業者はもちろん、視聴者も損することは明白です。キー局にもNHKにも何のメリットもない。地方民放は損するかもしれないが、彼らが生き残るためにはネット配信に進出することが不可欠です。ところが今回の判決で、彼らの新事業もほぼ不可能になった。

しかも「単一の機器宛てに送信する場合でも、当該装置を用いて行われる送信が自動公衆送信であるときは自動公衆送信装置に当たる」という最高裁の基準が今後も適用されると、インターネットのルータもハブも携帯のリピーターも「自動公衆送信装置」として規制の対象になり、ホスティングやハウジングなどクラウド型のサービスがすべて違法とされるおそれがあります。

このように時代遅れになった法律を厳格に適用すると、社会的に大きな損失になることはしばしばあります。そういう場合は法律を改正しなくても、司法が古い法律を実質的に適用しないことで時代に合わせるのが普通です。ところが日本の裁判所は、実定法を物神化して、ベッドに合わせて足を切る傾向が強い。

さらにそこに「弱者」に対する温情主義が入り込んで、社会的コストを考えないで事後の正義だけを押し通そうとする。整理解雇を実質的に禁止した1979年の東京高裁判決や「過払い金訴訟」で消費者金融を壊滅させた2006年の最高裁判決などは、そういう司法の「逆噴射」の例です。これにチャレンジする人が少ないため、こうした不合理な判例が固定され、立法化されてしまいました。

日本の政治家も官僚も信用を失っている中で、それをチェックする司法ぐらいしっかりしてもらわないと困るのに、司法の劣化は立法・行政よりひどい。国民は何を頼りにすればいいのでしょうか。

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コメント

  1. rabbitge より:

    よくよくこの国は既得権に甘いですね。考えが近視眼的で出る杭をたたくだけでなく引き抜いて杭自体をなくすことを最優先にしているみたいです。

    本当に実力がある人はこの息苦しい国に未来を感じるのでしょうか。国の外に出て行く人は今後とも多くなるのではないでしょうか。

    となるとこれからはこの国にある富の、世代間での奪い合いが続くだけで成長は望めそうもありません。

  2. haha8ha より:

     これって、身内に対する自爆テロですよね?
     
     ぐぐるTV、アップルTVなどでプライベート放送局が増え、例えばbreaking newsをCNNの日本記者が日本語でを放送し始めたとき、日本の放送局は対抗して放送できない(都内だけは都内でできる?)ってjことでしょ。もし放送したら、この判決を元に海外の放送局が訴訟おこせばいいわけで。
     
     最後は日本の放送を一度海外に送信して日本向けにコソコソ放送したりして。そうならないよう祈りますが・・・

  3. bosermt0 より:

    誰も得をしないと言うより、自分達だけ得をしたいから起こしたのでは?第三者が生み出した新たなサービスの利益を「著作権料」という大義名分で自分達が吸い尽くしたい、もしくはサービス自体を盗んで自分達だけの物にしたいだけでしょ。衰退気味のテレビでこんな事していて結果的に良くなるとは思いませんが…。第三者が入る事により競争力が働いて質の向上につながる=利益も上がるはずなのに
    、排他的にする事でぬるま湯状態のTV局は自分達のミスに気付かず、他人のせいにし続けて衰退。現状冒している過ちと同じだと気付けないのだろうか。

  4. worldcomw より:

    この理屈だと、黒電話も携帯電話も自動公衆送信装置になりませんか?
    しまいには糸電話や拡声器・人間の声帯が公衆送信装置とか言い出しそうですね。

    具体的には、ロケフリのような機材は今後製造されないのでしょうか?
    送信先が県内であることを担保出来ない機材は、私的であろうが1対1であろうが違法、
    ということですよね。
    「おでかけ転送」のような機能も、メーカーがリスク回避の為に廃止するかもしれませんね。

    ただ、利用者の方は気の毒ですが、中途半端に既存メディアがネットに進出するよりも、
    こういうカタチで自滅していく方が結果的に国民の為になるんじゃないかと思います。
    どんどん迷走して家電メーカーを萎縮させ、テレビに関する技術革新を遅らせてくれることを
    期待しています。

  5. tetuko_trail より:

    法律闘争って結局、何の生産性もないんですよね・・生産性のあるものから、キナぐさい論理と権力で果実をもぎ取る。所詮、人のカセギかすみ盗っている弁護士儲けすぎ・・・ギャンブラーよりたち悪いです。裁判所多すぎ、少なくしてあまり意味ない裁判減らせばいいのに・・・ もっと生産性と活力ある社会にしたい。

  6. toeic_990points より:

    現役裁判官の者です。

     本判決のポイントは、「まねきTV」が著作権法の「自動公衆送信の主体」とされた点です。著作権は、著作権者以外が同主体になることを禁じていますが、最高裁は、同主体の意義を、「当該装置が受信者からの求めに応じ情報を自動的に送信することができる状態を作り出す行為を行う者」と解釈し、その上で、まねきTVが、不特定多数からベースステーションを預かり、自分のテレビアンテナに接続していたことなどを理由に、同主体に当たると判断したものです。
     この判断を前提にすれば、「市販の機材の所有者が自分に送信する」行為の場合、TV局が「自動公衆送信の主体」に当たると判断されると思われ、かかる行為は本判例の射程外です。

    今回規制されたのは、第三者が、番組を無断で海外にネット配信する行為です。第三者のネット配信が不可能になった訳ではなく、TV局の許諾があれば当然可能になります。TV局自身がネット海外配信事業に進出することも当然合法です。そして、「まねきTV」のようなサービスの存在は、テレビ局がかかる新事業に進出する上で、大きな障害となります。テレビ局は多大な機会利益を逸する可能性があり、だからこそ、今回の提訴に踏み切ったのではないでしょうか。司法に批判的な見解述べられることは一向に構いませんが、判決文の検討が不十分なまま批判を行うのはフェアではないでしょう。裁判官は、常に「判例の射程」を意識して判決文を作成していますので、同射程を十分意識された上、論評を頂けると幸いです。

  7. toeic_990points より:

    上記コメントの第2段落、「TV局が」とあるのは、「所有者が」の誤植です。失礼致しました。

  8. hecho777 より:

    ——————–
    本件サービスの利用者は不特定の者として公衆に当たるから,
    ベースステーションを用いて行われる送信は自動公衆送信であり
    ——————–
    ↑判決文のここもおかしくないですか?

    まねきTVが提供する”公衆の”サービスとは、場所を貸す不動産のサービスと、
    機器の設定や設置をする電気屋のサービスに対してであって、送信に対して
    ではない。なぜならベースステーションは1人に向けてしか発信できないのだから。
    それなのに利用者が公衆だからといって自動公衆送信と決めてしまうのは、
    どう考えても論理が飛躍しすぎている。

    この論理だと例えば、街の電気屋がテレビやロケフリを売って配線を手伝っただけで、
    自動公衆送信をしているということになってしまう。普通に考えれば電気屋が
    しているのは配線であって送信ではないでしょう。それを電気屋のサービス対象者が
    公衆というだけで設置しているだけの行為を自動公衆送信というのはやはり変。

    自動公衆送信の定義がこんなのだと、街の電気屋は違法行為をしているということにならないでしょうか。

  9. hecho777 より:

    もう一つ疑問です。テレビ局は、なぜソニーを訴えないの?

    ロケフリの製造販売元であるソニーは電話窓口などで設置や配線のサポートをしています。
    ロケフリは海外で使用できますという売り文句だし。
    まねきTVは場所を貸して配線とかのサポートしているだけでしょ。
    まねきTVが違法というなら、ソニーの方がよっぽど罪深いでしょう。
    なぜ、テレビ局はソニーの行為は違法と問わないの?ソニーだから?
    まねきTVは小企業だから訴えやすい?テレビ局側は大弁護団だし。
    利用者の立場に立たない主張で正義がないと思います。

  10. hecho777 より:

    最後にもう一つ言いたいです。

    ——————–
    当該装置に情報を入力する者が送信の主体であると解するのが相当である
    ——————–
    情報を入力する者というのはまねきTVではなく顧客と解するのが相当だとおもいます。
    先にコメントした自動公衆送信の定義についても飛躍があると思います。

    著作権法が前提にという文言もありましたが、
    著作権法はまねきTVのようなサービスが前提になっていないから、
    この法律の趣旨にして、違法判決に結びつけると、どこか論理に飛躍が
    出てしまうと思います。

    どう考えても違法アップロードとかとは完全に違います。
    この判決はのちのち禍根を残すと思います。

    本来は著作権法の改正を考えるべき問題だと思います。

  11. unahama より:

    >街の電気屋がテレビやロケフリを売って配線を手伝っただけで、自動公衆送信をしているということになってしまう。

    他の例として、マンションの共同受信を有料で受けている場合、その設備を設置した人も違法になる危険性があると思います。自宅のTV番組を電波で風呂場に飛ばして見ることも違法になりそうです。

    >「まねきTV」が著作権法の「自動公衆送信の主体」とされた点です。
    NHKの受信料の観点から、まねきTVは主体は依頼者という立場を取って受信料を本人が払うようにアドバイスしていますが、NHKは受信者が「まねきTV」という解釈でしょうか?
    NHKは著作権の購入費として、受信料を取っていますが、ここの主体は「チューナー(の所有者)」では無かったのでしょうか?
    まねきTVが番組を送信(電波という物理上のものではなく、番組の内容)をするためには、番組を受信しなければいけません。今回の場合、この接点での番組を受信する動作はされていないと解釈すべきではないでしょうか?
    是非司法の方から「番組」「チューナー」「受信料」という観点から判断して欲しいと思います。海外赴任の知り合いで、自宅は老夫婦でここのサービスを受けて満足している人がいますが今後このサービスが無くなると大変困ると言っています。

  12. unahama より:

    最近の政治にはうんざりです。改めてこの件の元となる法律(下記第99条の2)を見てみましたが、私は、この法律を作った政治家がおかしいと思いますがいかがでしょうか?

    1)「放送を送信可能化」する権利を占有するということについて「可能化」と「権利」「専有」の使い方がおかしいのではと思います。
    ここでいう「可能化」は、電源を供給すること、アンテナ線を接続すること、ネットをできるようにすること すべての動作だと思いますが一点でも抵触したら法律違反となるでしょうか?
    「専有」と「権利」という裏側には「義務」という定義が無いと、権力の暴走が始まります。国が権利を与えるのであれば、裏側に、放送事業者には、日本国民で難視聴者がいたら(電波だけでなくネットでも)視聴できるようにする義務があるという内容が必要だと思いますがいかがでしょうか?

    2)ロケフリの基本機能に、無線で他の部屋に番組を送信する機能がありますが、この機器を使うことはこの法律に違反するのではないでしょうか?

    (送信可能化権) 第99条の2
    放送事業者は、その放送又はこれを受信して行う有線放送を受信して、その放送を送信可能化する権利を占有する。

  13. unahama より:

    >最近の政治にはうんざり
    の続きです。改めて下記第99条の2)を見てみました。
    (送信可能化権) 第99条の2
    放送事業者は、その放送又はこれを受信して行う有線放送を受信して、その放送を送信可能化する権利を占有する。

    ここでいう「放送事業者」はNHKでしょうか?それとも連合体でしょうか?もしNHKとしたら、NHKは自分の局しか「送信可能化」する権利しかないですが、そんなことができるのでしょうか?NHKはその作業をすると、他の局の「送信可能化」権を侵害してしまいますがそう処理をするのでしょうか?連合体としてということであれば、その工事ごとに連合体の許可が必要となりますが、現実性がありません。

    やはり、こういう場合を想定していないで、権力者の意見を吟味をせずに取り入れて不備な法律を作ってしまった立法府(政治家)がおかしいと思います。
    おかしな(矛盾した)基準でまじめに裁判の判例を作る司法もおかしい(仕事をしていない)と思いますが皆さんはどう思われますでしょうか?