2024/08/12 - 2024/08/14
103位(同エリア430件中)
やすとらかるしんさん
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この旅行記のスケジュール
2024/08/12
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ウルゲンチ駅に到着。配車アプリYandex Goの底力を思い知る
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電車での移動
ウルゲンチ駅からブハラ駅まで約6時間の電車移動。乗るのはタシケント行きの夜行列車!!
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同室になった若者たちと一緒に、互いに持ち寄った食べ物を広げてお食事タイム。一気に仲良くなる
2024/08/13
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車での移動
配車アプリでおしゃべり好きなおじさんにブハラ旧市街まで連れてってもらう
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徒歩での移動
街ブラ開始。最初の目的地は宿から想像以上に近かった
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ブハラ名物のコウノトリのハサミを購入!
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車での移動
一旦Yandex Goでホテルに戻る。旧市街の端から端なので流石に車移動
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徒歩での移動
再び徒歩で夜のブハラ旧市街へ
2024/08/14
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この旅行記スケジュールを元に
ヒヴァを満喫し、「格安交通手段で自力でウルゲンチ駅まで移動」というミッションまで何とかこなしたわたし。
夜行列車で同室になった人たち、一人での街ブラ中に出会った人、同じ宿に泊まってたというだけで街ブラに連れ出してくれた人、その最中に付いてきてくれた人…
一人旅のつもりで来たのに、なぜかブハラではその先々で出会った人たちと(ちょっとずつ)つるむことが多かったです。
【旅程】
8月10日(土)
・羽田空港→金浦空港
・金浦空港から自力で仁川空港へ移動
・仁川空港→タシケント空港、そのままホテルへ
8月11日(日)
・タシケント空港→ヌクス空港へ国内線で移動
・ドライバーに拾ってもらいアラル海のかつての湖岸・ムイナクを訪問
・途中でドライバーオススメの名所に立ち寄る
・ヒヴァで1泊
8月12日(月)
・ヒヴァ(世界遺産のイチャンカラ)半日観光
・幹線鉄道が走るウルゲンチ駅へ自力で移動
☆今回ここから☆
・ウルゲンチからブハラ駅まで夜行寝台列車に乗車
・なんとかブハラの街にたどり着き1泊
8月13日(火)
・世界遺産のブハラ旧市街を観光
・そのままブハラで2泊目
8月14日(水)
・ブハラ旧市街の観光の続き
★今回ここまで★
・ブハラ駅から高速鉄道・アフラシャブ号に乗りサマルカンドへ移動
・サマルカンドで1泊
8月15日(木)
・サマルカンド旧市街を観光
・そのままサマルカンドで2泊目
8月16日(金)
・サマルカンド旧市街の観光の続き
・サマルカンド駅から高速鉄道・アフラシャブ号に乗りタシケントへ移動
・タシケントで6日ぶり2回目の宿泊
8月17日(土)
・タシケント市内観光
・夜の便でタシケント空港から仁川空港へ
・機内泊
8月18日(日)
・仁川空港から成田空港へ
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ウルゲンチ駅。私が乗る予定の東へ向かう列車があと30分ほどで到着ということもあり、なかなかの人出です
-
ちんまりとした時刻表が貼ってありました
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ホームに列車が到着したらしく、スマホアプリに入れた乗車券を提示してウルゲンチ駅のホームに入場します。
こちらはホーム側の駅舎の様子。駅名表示はウズベク語なので「ウルガンチ」になってます。
下にあるロシア語は「ようこそ」とか「いらっしゃいませ」の意味だそう -
若干古めかしくてエモい感じの機関車が客車を引っ張ってくれるようです。
鉄オタじゃないけどこういうデザイン見るとなぜかワクワクしますね。詳しい人だともっとテンション上げられるんだろうか・・・? -
順序が逆でわかりづらいけど「シャヴァト発ウルゲンチ経由タシケント(首都)行」という意味っぽい
-
15両編成らしく、めちゃくちゃ長いです。
座席予約時の画面を確認する限り、前から順に4人1部屋の「クーペ」と呼ばれる2等寝台が数両、2人一部屋の「SV」と呼ばれる1等寝台が1両だけ、残りはベッドが廊下にも出ている「プラツカルト」と呼ばれる3等寝台です
今回利用するのは2等寝台! -
5号車に乗り込みます。窓の内側に数字を書いた紙が掲げられているだけのシンプルなスタイル。
かなりの大荷物を抱えたお客さんも多く、空港みたいなカートがそこかしこで活躍していました -
これが2等寝台の様子。ベッドにはあらかじめ薄い布団と枕があらかじめ用意されており、その後車内サービスで配られるシーツと枕カバー(ちゃんとパッキングされてる綺麗なやつ)を各自で敷く仕組みになっています。
私が当たったのは下段のベッド。ベッドの下には大きめのカバンをしまえる収納スペースがありました -
10分ほどの停車時間を経てから発車。
人数分の水のペットボトルがサービスで付いていましたが、当然足りないので各自思い思いの飲食物を持ち込みます。
ちなみに事前の下調べでは「1等寝台以外はコンセントが無い」と聞かされていたのですが、2等にもコンセント(ただし数は少ない)があったのでちゃんと充電ができました。旅行中に電池切れるとパニックになるので大変助かりました -
数十分ほどで最初の停車駅に到着。
各駅ではだいたい5分から10分ほど停まるらしく、その間に各自トイレだのタバコやら(車内は全面禁煙っぽい)を済ませます -
「この駅を過ぎると夜までずっと停車駅が無い」と言われたので、リフレッシュも兼ねて外へ出ました。
この時点で午後7時くらい。ちょっと日が傾き始めています。 -
列車はここからひたすら何もないエリアをひた走ります。
夕日が沈んでいく様子が見えました -
乗務員の賄いメシなのか、車両の一角に設けられたコンロでスープが仕込まれていました。
ちなみにこの列車が始発駅を出たのが午後5時台、終点のタシケント着が翌朝9時だそう -
午後7時半ごろ、シーツを敷いてリラックスモード。
スマホの電波は駅付近以外ではほぼ確実に圏外になるので、持ち込んだ食べ物を食べたり日本から持ってきた文庫本を読んだりしながら時間を潰します。 -
ちなみにドアの上部にも収納スペースがあり、上段のベッドが当たった人はそこに荷物を置いて過ごすみたいです。いちいち下段の人にベッドを開けて荷物出させてもらうのって面倒臭いしね
-
小腹が空いてきたので、ウルゲンチのバザールで買ったサムサをむさぼるわたし。
お肉入りで冷めてもそこそこ美味しかった。サムサは車内持ち込みにもってこいです -
トイレは清潔。ただし走行中にしか使えない仕組みみたいです。
理由は察してください。 -
相部屋になった青年二人がお食事に誘ってくれました!
ヒヴァでも食べたペッタンコのナンと冷製のお肉を囲んでささやかな晩餐会です。
ただ招かれるだけなのも恐縮なので、私もじゃがりこを提供して食べてもらったところ、凄く喜んでくれました。 -
たまたま同室になったえたいの知れない外国人観光客であるわたしを食事タイムに誘ってくれた、ユスフ君(手前)とマフムード君(奥)。わたし含め全員のスマホが圏外となり頼りの翻訳アプリが使えない中、なんとか英語+うろ覚えのウズベク語&ロシア語でコミュニケーションを取ってるうちに自然と仲良くなりました。
食事の最中にユスフ君が「お酒買ってくるから君は座って待ってて!」と車内販売を探しに行くも、この列車にお酒の販売は無くガックリ肩を落として帰ってきたのが可愛かったです。その後は3人でお酒の味を懐かしみながらノンアルで過ごしました…
それにしても、ウズベク人は案外酒好きが多いようです。国民の大多数(97%)がイスラム教徒だというのに、ソ連時代に宗教色をだいぶ薄められたのもあってか、飲酒のルールはだいぶユルいようです -
時刻表が示す到着時刻(00:18)よりも10分ほど遅れたものの、ブハラ駅に無事到着。当然真っ暗です
ブハラ駅 (カガン駅) 駅
-
立派な駅舎。
主要駅ばかり利用したせいかもしれないけど、ウズベキスタンの鉄道駅はどこもだいたい造りがどっしりしていて気合を感じる -
タシケントまで行くはずのユスフ君が「ビール買いに行こうぜ!」と一緒に降車してくれました。
ただし売店にもビールは売っておらず、再び失敗(笑)
ウズベキスタンのお酒のルールは想像以上にユルいのですが、お酒は酒屋でしか購入できないのが一般的みたいです(そして駅構内に酒屋はなかった) -
代わりに彼が買っていたのはこのザクロのノンアルコールドリンク。「電車でお酒飲めなかった分の埋め合わせだよ」みたいなことを言いながら、なんと私にも1本おごってくれました! …いやそんな、お酒飲めなかったのは不可抗力で彼が悪いわけじゃないのに…!
ガッツリ明記された「NO ALCO」の文字がそこはかとなく哀しい(笑) -
タシケントまで乗り通すユスフ君が車内に戻っていく&列車が去っていくのを見届け、わたしも行動再開です
-
「いらっしゃいませ」表記が電光掲示板に浮かんでいます(これはロシア語バージョン)
ウルゲンチ駅より若干現代的 -
真夜中かつ到着から結構時間が経ったので、内部は明るくもひっそりしていました。
検問担当のスタッフさんがとても退屈そうにスマホをいじっていました -
ブハラ駅は街の中心地から10kmほど離れているので、街へ向かうにはYandex Goかタクシーの2択。運賃の相場が分からない初見の観光客にとって、予約確定直前に値段を提示してくれるYandex Goはとても役に立ちます。
駅前で予約した車はちょうどこれから電車に乗る観光客を乗せて駅に向かっていたところだったようなのですが、中から出てきたのが日本人カップル(女性は留学生、男性は会いに来た観光客)でびっくり。思わず少しだけ立ち話をしてしまいました…
この運転手のおじさんがなかなか独特な方で、真夜中だというのにお買い物タイムを挟んでくれたり、窓に流れる街並みを指さしながら「これはソ連時代の建物、これは独立後の建物…」と教えてくれたり、旧市街の空気感を見せるためにわざと遠回りしてくれたり(Yandex Goは料金固定なので加算請求も無い)と、妙にサービス精神が旺盛な方でした。
最初はちょっと馴れ馴れしくてとっつきづらい人なのかもなぁ…と思いつつも、なんだかんだで最終的には話(翻訳アプリ越し)が弾んだので、このおじさんのコミュニケーション力ってすげぇなと思いました -
当初の予定より大きく遅れ午前2時くらいになってしまったものの、なんとか今回のホテル「アムレット」に到着。
24時間チェックインOKのタイプのお宿で本当に助かった・・・
レセプションのすぐ横にあるシングルルームがあたりました。写真じゃわかりづらいけど、エアコンやテレビはもちろん、セーフティボックスまで付いています -
冷蔵庫も小型ながら強力。扉の向こうはバスルーム。
ベッドは1台のみですが、その割にずいぶん広い部屋でした。
どうやらここはかつての僧院(今でいうとこの学生寮みたいな感じ)をリノベして造ったホテルらしく、当時の居室の壁を一部ぶち抜いて広げ客室に転換しているようです -
バスルームがめちゃくちゃ綺麗だったのが印象的でした
シャワーの水圧も比較的強いし、お湯もしっかり出ます!
あと1泊目のタシケントのホテルに続き、ドライヤーがやたら強力でした。この国は風圧の強いドライヤーじゃないと売れない傾向でもあるのかしら -
トイレの水圧も申し分なく、清潔です。
この手のリノベホテルって水回りが弱い印象がどうしてもあったのですが、ここはかなりその辺の改造がしっかりしている印象を受けました -
ちょっと爆睡したらもう翌朝。朝ごはんの時間です。
朝のうちはちょっと雲がかかってて涼しめでした。
朝食は中庭でいただくスタイルです -
朝食会場には普通の椅子+テーブルの座席の他に、この地方特有の靴を脱いで上がる小上がりのような座席もあります。
「靴を脱いで足を伸ばして過ごせるなんて最高!」ということで迷わずこちらの座席を選択。 -
ウズベク名物・品数豊富な朝食。
果物がもりもり食べられるのはいいですよね -
遅れてやってきたメインのオムレツ。ふんわりしてて美味しかった
-
腹ごしらえが済んだらホテルを発って街歩き開始です!
ちなみにホテルの門構えはこんな感じでした -
ほんのちょっと歩くとすぐに旧市街エリアの中心部に差し掛かります。
ブハラは割と観光地が中心部に固まっているので、大方の名所は散歩がてら見て回れます -
ちょっと寄り道してゲストハウス街を散策。
こういう感じの通り好きです -
街の公園に目立つおじさんの銅像がありました。
トルコから中央アジア一帯までのエリアで代々人気を博しているホッジャ(フッジャ)・ナスレッディンという、笑い話で有名な人で、日本でいうとこの一休さんとか吉四六さん的なポジションの人だそうフッジャ ナスレッディン像 建造物
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「メドレセ(神学校)なのに人間の顔が描かれてる!」ということで有名なナディール・ディヴァンベキ・メドレセ。さっきのおじさん像のすぐ背後にそびえていました。思いのほか近くてびっくり
ナディール ディヴァンベキ メドレセ 史跡・遺跡
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偶像崇拝が御法度のイスラム教圏でこのデザインは異色らしい
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内部は無料で立ち入ることができます。
神学校時代の面影を残しているのは建物そのものくらいで、土産物屋さんや民芸品の工房、オープンカフェスペースとして栄えていました。 -
至る所で見かける通称「ウズベクおじさん」、ひょっとしてモデルはさっきのホッジャさんなんだろうか
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メドレセの隣に広がるのがラビ・ハウズと呼ばれる人工のため池。現在池の周囲はレストランやカフェに陣取られオシャレスポットと化しています
ラビハウズ 滝・河川・湖
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オシャレスポットの割には水が緑色…
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あんまり暑いので、通りの売店でコーラを買いました。
1リットルで13,000スム(約150円)。旧市街ということで若干観光地価格が上乗せされているようですが、それでもまあ安いこと安いこと… -
「タキ」と呼ばれる四つ角を覆うように建てられた建造物がブハラ旧市街にはいくつかあります。
タキをくぐるたびに街の雰囲気が少し変わるので、観察していると面白いですタキ (タキ ザルガラン、タキ サラファン、タキ テルパクフルシャン) 市場
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タキの内部は土産物屋さんになっています
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この日の気温は40度越え!
乾燥気候なので日本の夏のようなジットリ感は無いのですが、それでも汗が止まりません。
真昼間だというのに街がひっそりとしているのも、みんな炎天下に出歩きたくないから…? -
雲一つ無い青空の下に、異国感満点の建物が次々と現れます。
旅のBGMは『異邦人』です。 -
とあるタキを出たところにある一角に、旅サラダでも取り上げられていた鍛冶屋の工房がありました。ブハラ名物(とされている)・コウノトリのハサミの製造を手掛けている工房です。
ちょうどこの度の半月ほど前に旅サラダで取り上げられたばかりだったからか、日本人のお客さんがひっきりなしに入店しており、店員さんも手慣れたもので日本語の売り口上を暗記して叫んでおりました。
「テレビ見ましたよー」とオーナーさんに声をかけると、「じゃあ一緒に写真を撮ろう!」ということで一枚。彼曰く、工房がテレビ放映以前から地球の歩き方に掲載されているおかげで日本人の客足は安定しているとのこと -
お店の反対側にある建物を撮っていたら、ちょうど同じハサミ工房で買い物をしていた、わたしと同じく一人旅の日本人女性と立ち話になりました。
いわく、「一人旅だと小食の私はいつも分量に困る」ということだったので、こりゃ都合がいいということで事前にマークしておいたレストランへ一緒に来てもらえないかと提案。
無事快諾してもらえました。怪しまれなくてよかったーー!! -
というわけで、一旦ナディール・ディヴァンベキ・メドレセあたりまで一気に戻り、お食事開始です。
まずはビール!!グラスには「バルチカ(ロシアの銘柄)」とありますが、実際に頼んだのはウズベキスタンの銘柄であるサルバストです。チナル 地元の料理
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ブハラ風プロフが到着!彼女は半分くらいあれば十分ということで、わたしが1.5人前をかっ食らうことになりました。(笑)
ついでにちっちゃい餃子入りのスープも注文
日本でのお仕事の話なんかをしながらそこそこ盛り上がりました。付き合ってくれて本当にありがとうございました -
お連れの女性が「プロフを作ってるところって撮れたりするのかなあ」とポツリとつぶやいたのを聞き逃さなかったわたしは、お会計時にお店の人に交渉。なんと二つ返事で承諾してもらえました!
お店の人は自分の持ち場を紹介できるということでノリノリ、お連れの女性は思ってもいなかった形で希望が叶い大喜び、わたしはわたしで両者の間を取り持てたことにご満悦…と、三方よしの利用的な結果になりました。笑
ウズベク語なので詳細な内容はさっぱりだったけど、「ここが厨房で、ここで野菜を炒めて…」とか「お米はこうやって調理しているのよ」みたいなことを教えてもらえました -
厨房のおばちゃんが「完成品が一皿あった方がイメージがわきやすいでしょ!」ということで、まかないメシと思しきプロフを撮らせてくれました笑
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ご一緒してくれた女性とはここで別れ、わたしは旧市街の探索を再開します
天気がよくて日差しが強いので、何も加工しなくてもいい感じの写真が撮れるなあ…ミナレットがよく目立ちますカラーン ミナレット 寺院・教会
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ミル・アラブ・メドレセ。ヒヴァで見たメドレセたちとは異なり、ここは現在も現役バリバリの神学校であり、普通に学生が暮らしているため玄関あたりまでしか見学できません。
宗教を嫌う共産主義のソ連時代にいったん宗教教育系統は弾圧されたと聞いていたのですが、ここはその期間中もメドレセとしての運営が例外的に認められていたそうですミル アラブ メドレセ 史跡・遺跡
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その真向かいにあるカラーン・モスクに立ち入ります。先ほどのミナレットを所有しているモスクです
カラーン モスク 寺院・教会
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今も使われているモスクだけあって、博物館や土産物屋と化した建物とは打って変わってドレスコードが厳格です。女性は髪の毛を覆わなければならず、男性であってもハーフパンツやタンクトップはご法度だとか
わたしはこうなることを見越して長ズボンを履いてきたのですが… -
城内にはドレスコードに引っかかったのか、スネを隠すためにスカートを履かされた外国人観光客がたくさん歩いていました。
ああ、スカートを履かされる羽目にならなくてよかった… -
ミナレットと真向いのメドレセの青いドームが同時に収まる素敵な画角を発見
ちなみにこの写真を撮り終わった時、ガイドと思しき青年に「ジャパニーズ?」と声をかけられました。
彼が直前まで日本人の老夫婦を日本語で案内してるのがちょいちょい視界に入っていたので(ああきっと日本語を勉強してガイドになった人なんだな)と思い、あえて日本語で「そうですよ」と返したら、彼は大笑いしながら
「あなたの顔はとてもウズベキスタンです!今はカメラとカバンで観光客だとすぐわかるけど、手ぶらだったらウズベク人として過ごせますよ!」
との御講評をしてくれました。「手ぶら」なんて単語が出てくるあたり彼の学習歴は本物です。
(いやそんなまさかな…)なんて思いつつ聞いていたのですが、旅の後半で現地民と間違えられるとしか思えないイベントがいくつか実際に発生したので、彼の言っていたことは割と的確だったと気づかされます -
宿で見た小上がり席がモスクにも!
小上がり席、もともとはこういうフォーマルで宗教的な場で使われるものだというのをうっすら学びました。(真ん中にあるのはコーランを置く台) -
モスクの売店に、さっきのおじさんの笑い話を収録した本の和訳版が売られていました。
ハゲ・ヒゲ・おめめキラキラの取り合わせでこちらの腹筋を殺しにかかっています。 -
モスクの見学を終えて街歩き再開
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ソ連感の強いアイスクリームが売っていました。「CCCP」ってソ連のことだよね!?
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独特なフォルムとデカさゆえ、嫌でも目立つアルク城の城壁
アルク城 城・宮殿
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ヒヴァのイチャン・カラ同様、ここにもラクダがいました。観光地あるあるなんでしょうか
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ちょっと中途半端な時間だったのでお城の見物は翌日に回すことにして…
急に視界に入ってきた、ブハラ旧市街の古めかしさに全力で歯向かうような立ち姿をしたタワーが気になります。 -
「ブハラ・タワー」とも呼ばれる、ソ連時代にロシアから来た技術者がデザインした給水塔だそうです。
おぞましくも凛々しいスタイルについ惹かれ、50,000スムを払って登ってみることに。
ちなみにエレベーターは見た目の割に動きがガサツで、上に着いたのに一向に扉が開かないものだから、たまたま同乗していたロシア人ファミリー(父・母・息子)と一緒に軽くパニくりました。なんとか開いたので事なきを得たものの、その時のノリでファミリーとちょっとだけ仲良くなれました。ありがとうガサツなエレベーターシューホフの給水塔(ブハラ・タワー) 観光名所
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そこまで高くない塔なのですが、周囲にさえぎるような建物が無いので、アルク城をはじめとした旧市街が見渡せます
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この手の展望台によくある「●●まで××km」みたいな表示がありました。
東京はこの方向の6,249km先にあるそうです。思えば遠くへ来たもんだ… -
ロシア人ファミリーと写真撮影をしあった後、ブハラ・タワーの近くにある別のモスクに立ち寄り。
ちょうど何かやっている最中だったのか、中に入ることができなかったのが残念ボラハウズ モスク 寺院・教会
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あきらめて次のスポットへ行こうとしたら、モスクの横の駐車場にどう見ても日本人向けツアー用のものとしか思えない大型バスが停まっていました。やはりシルクロードは団体旅行で訪れる場所なのか
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だいぶ歩いてきました。ちょっと年季の入った緑豊かな都市公園に立ち入ります
サーマーニ公園 広場・公園
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公園の中にポンと建っているイスマイール・サーマーニ廟。
「この建物はチンギスハンの侵攻時にたまたま砂の下に埋もれていたため、当時のブハラの建造物の中で唯一破壊を免れた」的な解説がネットや本だと見受けられますが、砂の下に埋もれるほど窪んだ所にも建っているわけでもなく、この一帯の標高が極端に低いわけでもなく(え?埋もれてたってどういうこと?町全体がその後掘り返されて沈下したってこと??)と却って混乱する羽目になりました。
誰か、中央アジア史について背景に詳しい人いたら教えてください笑イスマイール サーマーニ廟 史跡・遺跡
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立派な建物ですが、時間もなかったため中には入らず外観だけ眺めるにとどめる。
中に入っておけばさっきの「こんな立地の建物が砂に埋もれるなんて信じられない」問題も片付いていたのだろうか…大体この手の建物って由来とか歴史について詳しく解説してくれているものだろうしイスマイール サーマーニ廟 史跡・遺跡
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あれ?観覧車が見える…ということで行ってみることに
-
観覧車の下には、時が止まったかのような遊園地がありました。
わたしの子供時代には日本でもこんな感じのちょっと安い遊園地がそこかしこにあったんだけどなあ…おおかた潰れてしまったなあ… -
係員の姿は見当たらず、お客さんの姿もほとんど見当たらず、ほぼ開店休業状態です。
普通に立ち入れるし警備員らしき人に止められることもなかったので、さすがに閉鎖され放置されているということは無いと思うのですが、どんな状態なんでしょう?聞いてみればよかったかな -
著作権に全力でケンカを売ってる挑発的な像が2体見つかりました。
これはD社にチクるべきなんだろうか…笑 -
サーマーニ公園からの戻りがてら、全力で修復作業を施されてる建物がありました。
ここも修復が済んだら観光地の一角として展示されるようになるんですかね -
一旦宿に戻ってきました
アムレット ホテル ホテル
-
ちなみに宿の2階にも小上がり席があり、日陰なので割と涼しくうだうだと過ごすことができます。
こういう所でのんべんだらりと過ごしてみたいものです -
ヒマをしていると、宿の人が「お茶でも召し上がる?」と尋ねてくれました。
お言葉に甘えて温かい緑茶をいただくことに
ウズベキスタンのいいところは、日本人も慣れ親しんでいるホットの渋い緑茶(砂糖なし)がそこかしこでガンガン飲めるところ。多少食事が合わず(味付けがキツいとか油分が多いとか)難儀しても、温かい緑茶さえ飲めればなんだかんだで大方回復できるのです -
軽く散歩に戻ります。
ウズベキスタンにはやたら薬局(「DORIXONA」と表記)が多いです。どの町のどのエリアにも入っています -
ジェラート屋さんが賑わっていました。昼間暑かったもんね
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完全に日が落ちると、街の雰囲気は一変します。ジモティも含めてみんなで歩くようになるのです。
真っ昼間はひっそりしていたタキも、徐々に人出が増えてきますタキ (タキ ザルガラン、タキ サラファン、タキ テルパクフルシャン) 市場
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旧市街のど真ん中にあるレストランもこんな感じ
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カラーン・モスク&ミナレットがライトアップされてる!!
カラーン ミナレット 寺院・教会
-
メドレセも競うように明るく照らされています
ミル アラブ メドレセ 史跡・遺跡
-
というよりむしろメドレセの方が気合の入ったライトアップをしています。まるで夜のテーマパークのようです
-
そうです。このエリアの本番は昼間よりもむしろ夜だったのです。
昼は人が少なめで歩きやすかったこのエリアも、夜になると夏祭りばりにごった返します -
たまたま人が少ない一瞬を狙って撮った一枚。
ぼやけちゃってますが半月がアクセント(のつもり)です -
空腹に気づき、閉店前で1時間くらいに迫った名物レストランへ慌てて駆け込みます
Old Bukhara 地元の料理
-
ホテル同様、中庭が広々としていて2階席(頼んでもいないのに通してくれた)からの眺めはなかなか。
ちなみに冷房+コールドミストが店中に立ち込めてるおかげで涼しめです -
あらゆるクチコミサイトでオススメされていた骨付きラム肉「カザン・ケバブ」をいただきます。
やっぱラム肉大好き!! -
ラム肉1品じゃ足りんやろということでラグマンを頼んだら、汁なしバージョンが着ました。
焼うどんとミートソースパスタの中間みたいな感じで美味い!
ここまでウズベク飯にハズレが一切ありません。逆に怖くなるくらいです。
このあとは宿に帰ってじっくり休みました。 -
昼間は水が緑色で微妙だったラビ・ハウズ、夜に通りかかるといい感じにライトアップが施されているわ噴水まで上がっているわで、雰囲気がガラリと変わっていました!
やっぱりブハラの本番は夜になってからだったみたいです。
このまま徒歩でホテルまで戻り、歩き回った足の疲れを癒すために就寝。
この日もその前日の列車も、たまたま行き会った人との縁を感じることが多い素敵な旅となりました。
気ままな一人旅も最高ですが、その時々で知り合った人とフッと仲良くなれるのもまたいいところですよねーラビハウズ 滝・河川・湖
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翌朝です。朝食です。
再び小上がり席でいただきます。
この日の朝はケーキみたいな蜜でテラッテラにコーディングされたお菓子が1品増えていました。朝から甘いもの食べるんだ・・・アムレット ホテル ホテル
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朝食も早々に近場の観光地へ向かいます。
「ブハラの中では立地が分かりづらい」と評判(らしい)のチョル・ミナールがホテルからたまたま近くにあるということで、徒歩で訪れてみることにしました。
おもいっきり民家が並んでるエリアをズンズン進みます。こりゃ確かにわかりづらいわ -
そして突如ちんまりと現れるのがこちら。チョル・ミナール。
ブハラ旧市街はデカくて迫力ある建物が主流である中、このチョル・ミナールはちんちくりん(とはいえ塔もあるし3階建ての建物くらいの高さはあるんだけど)でデザインが可愛らしいのが印象的です。チョル ミナル 史跡・遺跡
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4本ある塔の1本のてっぺんにはコウノトリの巣が!!…といいつつこれはただの模型。本物じゃありません。
例によって(本当にこのパターン多い)内部はただの土産物屋さんだったので、しばらく眺めてから一旦ホテルに帰ります。 -
ちなみにチョル・ミナールの真向いには小学校?幼稚園?が建ってます。
それくらいここが住宅街に同化してる建造物だというのが伝わればうれしいです -
一旦宿に帰ってチェックアウト用に荷造りをしたり中庭でくつろいだりしていたら、たまたま前日に泊まっていたというペルー人の女の子と仲良くなりました。ペルー人といいつつ現在はアメリカ在住で、今回はタシケントの友達に会うためにウズベキスタンを訪問したとのこと。
久々のスペイン語!ということで図に乗ってベラベラ喋ってるうちに、何と向こうから「列車の時間までヒマなので、街歩きに付き合ってくれませんか?」とのオファーが!! -
というわけで二人でさっそく旧市街へ繰り出します。
ツレがいるだけでこの手の写真も撮ってもらいたい放題 -
ひとまず昨日訪れたモスク&ミナレットとメドレセが並び立つ定番スポットへ来てみました。それにしても今日もいい天気
カラーン ミナレット 寺院・教会
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さすが女子、写真撮影の準備が超絶手慣れています。女子じゃないけど見習いたい
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「私はノープランだから、あなたのプランに完全に合わせるわ!」と言っていただけたので、昨日決めた通りにアルク城に入場して見物することにしました
アルク城 城・宮殿
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ロールスロイスを名乗る車両に出会い「え!本物なの!?」と二人で戸惑う
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というわけで入城(入場)してみました。
ペルー人のカルラさん、なんとロシア語がちょっとできるらしく、係員さんともバンバン会話を進めていきます。うらやましい… -
スザニの布が風に揺らめいていました。売り物でしょうか。それともただの展示でしょうか。
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中世に興り、ロシア帝国に攻められて保護国と化し、ソ連に併合されるまで存在していたブハラ・ハン国の王宮だったというこのお城。玉座もしっかり展示されています。
しかし玉座へ続く段の両脇は感慨に浸る間もなくしっかり土産物屋さんに!
ウズベキスタン!商売っ気が強い!! -
昨日に引き続き快晴&酷暑で日差しがとんでもないので、早々に内部の博物館スペースに逃げ込みます。
ブハラ・ハン国時代の展示がいくつも並んでいましたが、カルラさんと私にとっての第一のお目当ては(ここには映っていない)巨大クーラーでした。
展示そっちのけで巨大クーラーの前で両手を広げながら「アー」とかいうわたしたち二人。まだハンが健在だったら懲罰ものです。 -
最後のハンは20世紀まで在位していたらしく、カラー写真が残っていました。
「思ってたよりもデブじゃね?」「ほんとねー」と言い合う不届きもののわたしたち。
まだハンが健在だったら懲罰ものです。 -
写真が飾られている部屋の先には、ハンが着用していた衣装の展示がありました。
「ずいぶんデカいデザインの服だね」「あれだけ太っていれば当然よ」「そうだねー」と言い合う不届きもののわたしたち。
まだハンが健在だったら(以下略) -
いい感じの城壁の縁があったので撮ってもらいました
-
英語とスペイン語をまぜこぜにしながら二人でべらべら喋りつつ、城内の土産物屋さんを見ていたら、我々に興味を持ったらしきウズベク人の青年が話しかけてくれ、ちょっとだけ我々に同行したいと言ってくれました!
一人で来るはずだったアルク城、どんどんメンバーが増えてカオスなことになっていきます。
彼(オイベック君)はブハラ近郊の生まれで現在は海外留学から帰省中、ウズベク語・ロシア語のほかに英語もペラペラの秀才です。久々のブハラということで一人で城をふらついてたら、我々に出会い、ロシア語を使いこなす謎の女性&それにひっついている謎のアジア人男(わたし)に興味を持ったとのこと。
「近いうちに"sister"が結婚式に参列するんだー」とオイベック君がが言うので、「へぇ、お姉さんいくつ?」と聞いたら「違うよ妹だよ!20歳!」と返されて、カルラさんとわたしは驚愕しました。
「ウズベク人ほんと結婚が早い!どおりで会うウズベク人がみんな我々に『結婚しているか?』『子供はいるか?』と挨拶代わりに聞いてくるし、『独身です』と言ったら露骨に変人を見るような目で見られるし、結婚観に関するカルチャーギャップがすごい!!独身しんどい!!!」…的なことを彼にぶちまける我々でありました。 -
電車の時間が迫りつつある中、我々のホテルまで戻りがてら、3人で1時間ほど旧市街を散歩して過ごしました。
その間、道端のお店で買った飲み物を誰がおごるかで三つ巴の争いが起きたり(年上だからおごらなきゃ派の私vs街歩きに連れ出してくれたお礼に私がおごるわ派のカルラさんvsせっかく僕の国に来てくれたんだから僕が出すよ派のオイベック君)、彼の留学先が韓国で意外とすぐ会いに行けそうなことが発覚したり(そして「私だけ遠い!」と悔しがるカルラさん)、公園で出会った別の日本人観光客に「あなた達は一体どういう取り合わせなんですか!?」と心底不思議がられたり…と色々あったのですが、写真を撮り忘れてしまったので割愛。
一人で出発するはずがいつの間にか3人になる、それも国籍全部バラバラという謎軍団を形成してしまう結果になりましたが、それもある意味旅の楽しみです。今できる楽しみ方をしなくっちゃね!
というわけでブハラ観光終了!
次はウズベキスタン旅行のハイライトこと、サマルカンドを目指します!!!
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