人生という名のインターネットはむずかしい

インターネットむずかしい。最近ほんとうにそう思ってます。インターネットはどんどんむずかしくなっている。

私は技術に関しては楽観主義者で、インターネットがより良い未来をもたらしてくれると思っていたし、今もそう思ってネット関連企業で働いている。でも実際、インターネットがどんどん大きな存在になって、カリカリした技術的なところと、ウェットな社会的なところと、なんとも形容しがたい政治的なところがグツグツと煮込まれていく様を見ると、インターネットむずかしいと思う。

ウェブ2.0というトレンドが生まれて、個人が情報を発信して、個人が能動的に情報を取捨選択するようになった。これはもうみんなナチュラルに受け止めているが、本当にすごいことだ。たとえその結果が誰も望まぬ炎上や、心ないデマの氾濫だったとしても。個人が個人として声をあげられる。すごい。

ただそうやって、色々な人の生活や行動様式が見えるようになって、人生をどう生きるかという指針はむしろ見えづらくなったように感じる。情報量が増えて、情報中毒だとか言われるけれど(情報中毒社会サバイバルガイド!)、それ以上に深刻なのは、個人のさまざまな生活が明らかになって、人との比較を意識しながら生きることが求められるようになった点かもしれない。

たとえば人の親になって思うのは、今日ほど子供に説教をするのに難しい時代はなかったのでは、ということだ。私の場合、祖父がたいへんな読書家で、賢くなるためには本を読むべしといつも言っていた。おかげで私も読書が好きだし、本を読むのは基本的にいいことなのだと思っている。しかし、インターネットにはたくさんの読書家がいて、まあなんというか、この人これだけたくさん本を読んでてどうしてこうなっちゃうの、という人も少なくない。同じような例で、名門と言われる大学を出ておいてダメな人とか、一流と言われる企業で大変そうな生活の人とか、インターネットにはそういう人達がたくさんいる。反対に、たとえば大学をドロップアウトして成功した人とか、全然だめな生活を送ってるのに楽しそうな人とか、そういう人生も見つけられる。

同い年で自分よりすごい人もたくさんいるし、ぜんぜんだめな人もたくさんいる。自分がかつて抱いていたような夢をとっくに叶えている人もいれば、かつて尊敬していた人がだめになっていく様も目にする。上には上がいて、下には下がいる。そういうことはみんな知ってるつもりでも、偉人の伝記を読むのとは違って、今日ではソーシャルメディアを通じて、一人一人のリアルが伝わってくる。この実態を思えば、いわゆるソーシャル疲れとか、あしあとや挨拶に疲れたとかいう話は表層的なもので、むしろ考えるべきは人間のリアルがどんどん記録され蓄積され分類される社会と、どう付き合っていくのかという問題になる。

自分と似た人を見つけるのはつらい。自分は特別でないと気付かされる。映画を観たあと、自分がもやっと思ったことをパリッと書いたレビュー記事を見つけるのはつらい。新しいことをはじめようと思ったら、それを極めている人の解説が見つかってしまう。今日も誰かが成功して持ち上げられ、誰かが語られることなく失敗していく。それを読んでいる自分。インターネットは、自分が凡庸であることを再認させる装置となりつつある。自分はインターネットになにかを残す価値があるのだろうか。この毎日はガイシュツではないだろうか。この生き様はブックマークを集めるに足るものだろうか。

適当なことを言うけれど、もしかしたら日本は総中流と呼ばれる時代が長かったため、他人と比較して生きるということにナイーブなのかもしれない。だとしたら、この時代の鋭さに動揺しているのは日本だけなのかも。私だけなのかも。分からない。

でも凡庸なのは悪いことではない。誰かと同じであるからこそ、その人と繋がることができる。同じ趣味の人を見つけて、運が良ければその人と仲良くなれる。見知らぬ人が相手であっても、インターネットに人々のリアルが存在するからこそ、私たちはそのリアルを参考にしてより良い生活を生きていくことができる。たとえば食べログのおかげで美味しいレストランと巡りあえる。その美味しさが、誰かがすでに発見したものであったとしても。インターネットが、ソーシャルメディアがなかったかと思うと、私はたぶん友達の半分も作ることができず、美味しいレストランも面白い本も見つけられず、そのうち孤独で死んでいたと思う。

だからインターネットはもうだめだとか、そういうことを言うつもりはぜんぜんないし、そういうことを言うひとは本当にちょっと待ってよく考えてくれよと言いたい。ただ、インターネットはむずかしい。これほど人のリアルが蓄積されていて、私はそれをどう活用すればいいのか、ましてやそこになにかを足すことなどできるのかと。

そういうわけで、けっきょくのところ他人はさておき、好きに生きるしかないという凡庸な結論に辿りつきつつある。他人は他人、自分は自分で、好きなことを見つけて生きていける人達は強い。いつでも他人の声を聞けるようになった今、他人の声に耳を傾けない(こともできる)人が強いというのは、なかなか面白い。あるいは、自分の行動や発言が凡庸かどうかを気にしない人は(多少疎ましいことはあっても)強い。すこし前までのインターネットは、元ネタ探しゲームというか、こういうの前もあったよねと指摘する人が勝者という感じだったけど、今は何周目のネタでもやりきった人の勝ちという感じになりつつある。いいことなのだろう。

たぶん、私の子供の世代は、それはもうたくさんのリアルがインターネットに蓄積されているのを見て、見て見ぬふりをして、好きに生きて行けるのだろう。ちょうど私達が図書館を見て、面白い本はたくさんあるだろうけど全部読むのは無理だよね、と諦められるように。でも私は、インターネットが好きで、どんどん大きな存在になっていくのを楽しんで、今はその大きさに圧倒されている。インターネットに存在するリアルなあれこれに悩むより、リアルそのものを楽しむためのインターネットという風に頭を切り替えるべきなのだろう。インターネットなんて結局はツールなんだから。重要なのは人生のほうじゃないか。いや、でも、インターネットはそれ以上のものだったのではないか? そんな簡単に切り替えられるだろうか。インターネットはむずかしい。

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