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 星のパイロット 創元SF文庫用あとがき
 来なかった未来の答合せ

 まだ昭和だったかも知れないくらい昔の話。
 その日笹本は、子供の頃から念願だったワシントンDCのスミソニアン航空宇宙博物館を初めて訪れていました。
 正面玄関を入ってすぐのマイルストーン・ギャラリーと名付けられたホールの天井には、世界で初めて飛んだライトフライヤー、その向かいには初めて音速を突破したベルXー1。2021年の今と、配置がちょいと違うのよね。当時はソ連のミサイルなんかまだ博物館まで来てなかったし。
 いちばん早く飛んだノース・アメリカンXー15の向かいには、いちばん遠くを飛んでるヴォイジャーの打ち上げられなかった予備機、現物とそっくり同じ機体が天井から吊り下げられています。
 すぐ目の前にはアポロ月着陸船。これも現物同様の実機。
 ついに来たかー、と思いつつ、笹本はとんでもないことに気付いてしまいました。
 あれだけ大好きでさんざん調べた機体なのに、今まで、どれも現物を見たことがなかった。おれは本物を見たこともないのに好きだの嫌いだの言ってたのか。
 すでに歴史上の存在なので、記録が残っていて確実に現物と同じものを見れて調べられるアポロやヴォイジャーなんかそれだけでも貴重で大事なのですが、「現物を見たことない」ってそんなことも気付いてなかったのかってそっちがショックでねえ。ええ、何十年かのブランクを埋めるべく、その日は一日航空宇宙博物館で過ごしました。

 時は流れて2000年。ライト兄弟が初飛行したキティ・ホークの丘があるオハイオ州デイトンの米空軍博物館で、笹本は巨大な展示施設の中で一機の中型爆撃機を見上げていました。
 コンベアBー58ハスラー。Fー104スターファイターやFー4ファントムと同じエンジンを四基装備した、1950年代初飛行、60年配備開始の超音速爆撃機。日本で最も簡単に手に入るもっとも詳しい解説書、世界の傑作機シリーズが執筆当時に出てなかったんで、いろいろ苦労して調べたのよねえ。初版が出たあとに世界の傑作機でも出て、イラストレーターともども「あの時にこれがあれば」って笑ったっけ。
 写真で見ると、四発ってこともあってDCー8やBー707くらいの初期ジェット旅客機くらいのサイズにも見えるBー58ハスラーですが、実機の全長は30メートルと二回りくらい小さい。着陸脚のタイヤなんか、軽自動車用ですかってくらい小さい。
 運用コストが八発重爆撃機のBー52と比べても倍! とか余分な知識を持って見ても、この適度なサイズ感。これなら、中小企業でもなんとか運用出来そうなのよねえ。

 というわけで、宇宙開発の現場取材と、アメリカの航空宇宙事情を改めて思い知らされたあと、「おれ、こういうのやりたかったんだ」って趣味丸出しではじめた星のパイロットをお届けします。
 執筆は一九九七年。インターネットは存在してたけども笹本の自宅にはまだ繋がっておらず、ケータイ持ち始めたのは一九九五年からって個人的な時代背景を考えても、未来予測は願望含みで胸張れるところとそーでもないところが混在しております。
 執筆当時に考えてた星のパイロットの時代設定は、だいたい二十年から三十年先の近未来。それくらい経てば、民間でも宇宙開発してそうな気がしたのよねえ。
 現代の目で自作を読み返してみると、予測的中したところもあり、外してたところもあり。
 ケータイ電話しか持っておらず、ネット環境も普通じゃなかった時代に書いてた割には、ネットワークが日常生活の一部になってるところはそう外してないと思います。民間で宇宙開発が開始されてるってのもまあ合格点だろう。
 外したのは、空中発射型宇宙機だなあ。打ち上げ時の天候にあんまり左右されず、地上に巨大施設を建造する必要もないんで行けるんじゃないかと思ってたんだがなあ。稼げる打ち上げ質量つまり節約できる推進剤が一割か二割じゃーしょーがねーか。
 もっと外したのは、再利用型宇宙機がいまだに主流じゃないって辺りかなー。
 再利用型宇宙機として華々しくデビューしたスペースシャトルは、整備運用コストの面で期待ほど打ち上げコストを下げられず、後継機の開発には全部失敗。だったら、使い捨てした方が安いんじゃないのか。
 再利用型ブースターは現在トップのスペースXのおかげで着々と実用化が進んでいますが、それにしたってあのでかいブースターが大昔のサンダーバード3号やウルトラホーク2号みたいにノズル下に向けて軟着陸してくるようになるとはねえ。
 そして、まだそれが主流になるかどうかはわからない。
 作中では火星への有人飛行は行なわれたことになってますが、現実の世の中ではその予定はまだ確定もしていません。次の十年で計画が本格始動するか、それが国家主導か民間かもわかりません。
 しかし、一番の予想外だったのは、自分が宇宙開発に関わるようになったこと、です。
 大樹町で現在打ち上げられているISTのロケット、その最初の開発は、洗足池にあるまんが家あさりよしとおの仕事場で開始されたのです。洗足池から千葉の鴨川に開発拠点が移り、さすがに燃焼実験はそこじゃ出来ないってんで北海道は赤平に行って開発続行。
 やってることは手伝いだから、配管用パイプ曲げたり切ったり、記録用カメラ設営してリモコンで撮影したり。普段の執筆とは似ても似つかぬ地道な作業が、でも宇宙に続いてるかもしれないって考えるだけで楽しかったのよねえ。

 我々の宇宙開発は、単段式ロケットの弾道飛行で宇宙空間と規定される高度100キロに届くところまで来ました。国内民間初の快挙です。
 現実の宇宙開発は、物理法則、化学方程式に支配され、材料力学の許容する範囲で作られたロケットに限界ぎりぎりの性能を発揮させることで成り立っています。いっさいの御都合主義や超技術なしの現実世界で行なわれる宇宙開発が楽しくて面白くてねえ。
 そして、SF作家としては考えるわけです。この先になにがあるのか、と。
 我々の会社であるインターステラテクノロジズは、恒星間飛行を社名に冠しています。太陽系を出て行くのはいずれ目指すべき目標だけど、んじゃその頃の宇宙開発はどうなっていて、どんな世界になっているか。
 そんな構想をいじりはじめた頃、その世界は《星のパイロット》の延長上にあると気付きました。
《星のパイロット》は現実の技術、開発中の技術の上に構築された世界です。その世界の未来像が、この構想にはまるんじゃないのか?
 相談を持ちかけた東京創元社は快く笹本の構想を受け入れてくれ、まずは前作となる《星のパイロット》の復刊をしてくれることになりました。

 たぶん、次世代の話になる《星のパイロット》の新作は、現在執筆中です。ご期待下さい。



■笹本祐一(ささもと・ゆういち)
1963年東京生まれ。宇宙作家クラブ会員。84年『妖精作戦』でデビュー。99年の『彗星狩り 星のパイロット2』と、2005年の『ARIEL』で星雲賞日本長編部門を、03年、04年、07年の『宇宙へのパスポート』3作すべてで星雲賞ノンフィクション部門を受賞。


星のパイロット (創元SF文庫)
笹本 祐一
東京創元社
2021-10-29



彗星狩り 下 星のパイロット (創元SF文庫)
笹本 祐一
東京創元社
2021-12-09