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自称「日本三大何とか」の三つめがうちの地元になぜか多い件または郷土愛は自己憐憫の形をとりがちなのだろうか?

前々回のエントリー には、多くのコメントやブックマークコメントをいただき感謝しています。ありがとうございました。例によって、そのうちの一件を、今回のエントリーのマクラにさせていただきます。ぴょん (id:e_pyonpyon21)さんブコメありがとうございます。引用をお許しください。

うちの地元の「名物」って何で恥ずかしい名前のものが多いんだろう? 中でも私が一番恥ずかしいと感じるのはズバリこれだ! - しいたげられたしいたけ

恥ずかしいといいながら、そこには名古屋に対する愛しか感じられない。

2016/06/24 10:07

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往々にして郷土愛というのは、「自虐」というと言い過ぎだけど、「自己憐憫」みたいな形態をとることが多いような気がする。「自己憐憫」でもキツいか? そして往々にしてそれが行き過ぎて、同郷の人間から叱られることもある。

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若い頃、勤務先の研修ってことで短い期間だが都下某市で働いていたことがあって、そのとき東北出身の職場の先輩から「東北人は必ず負けるほうに味方する」という話を聞かされたことがある。確かに明治維新では奥羽越列藩同盟は幕府に味方したし、関ケ原では当時東北最大の大名だった上杉氏は西軍についた。源平のときは奥州藤原氏は義経をかくまった。このへんまではついていけたが、さらに平安時代の阿弖流為〔あてるい〕、記紀の時代の蝦夷〔えみし〕まで遡られると、「はぁ、そうですか」と返すしかなかった(追記:南朝の貴公子・北畠顕家を忘れとったやんあかんやん

司馬遼太郎が言い出したことだと思うが、関西人特に大阪人は戦争に勝ったことがないそうだ。雑に思い出してみると、神戸福原に遷都した清盛の息子たちは壇ノ浦で滅んだし、後醍醐天皇に味方し敗死した楠木正成は河内の豪族だったという。司馬は大坂城を拠点とした第一号として石山本願寺の顕如を挙げる。諸大名と包囲網を構築して織田信長と五分以上に渡り合ったが、結局和睦して退去した。その後、大坂城の主となった秀吉・秀頼父子の運命は周知の通り。江戸時代後期には大塩平八郎の乱というのがあり、戦前は「またも負けたか八連隊」という俗謡があったそうだ。その話をコテコテの関西出身であるかつての同僚にしたところ「忠臣蔵の赤穂も四捨五入すれば関西ですよ」と付け加えられた。

ネット関係では蛙男商会さんの『秘密結社鷹の爪』が鳥取県とコラボして「鳥取は島根の右側ですよ」と自虐的にアピールしたことがあった。あれ? どっちをアピールしたんだったっけ? 昨年末には魔夜峰央さんの「群馬県民にはそこらへんの草でも食わせておけ!」という過激なセリフを含むマンガが復刊され、なぜか、というより当然のように群馬県での売り上げが一番多かったとネタなのかマジなのかわからない報道があった。あれ? 群馬じゃなかったっけ? どこだったっけ? 

このマンガがすごい! comics 翔んで埼玉 (Konomanga ga Sugoi!COMICS)

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すいません、こういうのは当事者つかその土地の人間が自分でやるのはいいけど、よその人間にやられると腹立ちますよね。狙ってやってます(ぉぃ

前置きが長かったが、そんなわけで(どんなわけだ?)うちの地方でも自慢だか自虐だかわからん地元ネタの話をすると、以前から「日本三大なんとか」の三番目を自称するパターンが多くて、それも微妙だったり、ちょっと無理があるだろというのが多いのが気になっている。

目次

「三大稲荷」

まずはこれから。以前 おちょぼ稲荷に参拝した記事 を書いたときに、id:Josui_Do さん、id:Pokopon さんから、次のようなブコメをいただいた。Josui_Do さん、Pokopon さん、コメントありがとうございます。まとめ紹介で失礼します。

地元では有名な稲荷である千代保稲荷(通称おちょぼさん)に参拝してきた - しいたげられたしいたけ

伏見稲荷、豊川稲荷とともに日本三大稲荷に入ることもある千代保稲荷(伏見は鉄板。残りを豊川、千代保、佐賀の祐徳稲荷、茨城の笠間稲荷が争う)。行ってみたいねえ

2016/06/04 11:36

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地元では有名な稲荷である千代保稲荷(通称おちょぼさん)に参拝してきた - しいたげられたしいたけ

ここも自称「三大稲荷」なのか。いっそ、笠間、祐徳、竹駒あたりと「三番目稲荷」とか結成したら?

2016/06/05 21:18

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伏見、豊川に比べ、三番手のゲーム差が引き離されているのがつらいところである。ゲーム差って何だよ? いや稲荷の場合、豊川が愛知県内にあるだけまだうんとマシな方だと言える。

「三大大仏」

岐阜市にある正法寺が自称していると、ウィキペに書いてある。ウィキメディアの写真がパブリックドメインなので、感謝しつつ転載します。

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鉄板の一、二位に比べ知名度が引き離されていることや他の自称と三位争いをしているパターンに加えて、大仏様の場合、容貌端正でも知られる一、二位と比べると、つい容姿が微妙だなと感じてしまう。関係あるのかわからないが、この岐阜大仏は「張り子づくり」であることも特徴である。

容貌が微妙というなら、「三大大仏」にはエントリーしていないが大きさでは奈良の大仏をしのぐという愛知県江南市の「布袋の大仏」も…こういうことを言ってると、そのうち仏罰が当たるな。昭和期に個人が建てたものでコンクリート造りだそうだ。今回の趣旨とは関係が薄いけど、ウィキメディアの写真がcreative commonsタグ付きだったので、感謝しつつ転載します。

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 Hotei-daibutsu1 Date 25 June 2006 Author No machine-readable author provided.

「三大七夕祭り」

一位と二位とされる仙台、平塚に勝ち点で大差をつけられているとはいえ、愛知県の一宮市と安城市がエントリーしている。勝ち点って何だよ、いや仙台平塚相手だったらゲーム差じゃなくて勝ち点だよね、って何の話だ? それは措いといてなんつーか、同じ県内で争ってるというのが情けない。一応弁解をすると、東海地方というのは昔から繊維産業が盛んだった関係から、織物に縁のある七夕祭りをやるところが何箇所もあるのだ。

どちらも自分のブログに記事があるので、リンクを貼らせてもらいます。

watto.hatenablog.com

watto.hatenablog.com

「三大温泉」

草津温泉、有馬温泉に加えて、岐阜の下呂温泉をそう称することがあるんだそうだ。どっか掘りゃ湯の出る温泉大国である日本において、三つを選ぶというのは無理があるっぽいが、ウィキペの「日本三大一覧」には「林羅山による三名泉」と根拠が示されているだけ救いがあるかも知れない。

だがここの突っ込みどころは、何と言ってもその地名であろう。「上呂〔じょうろ〕」「中呂〔ちゅうろ〕」「下呂〔げろ〕」の一つで歴史のある地名とはいえ、他の地方から来たなじみのない人間にとっては、奇異なイメージを抱くなというほうが無理だろう。やはり会社員時代に社内旅行でここに泊まったことがあって、大阪出身の同僚(上の方で書いたのとは別人)が「下呂温泉に入って下呂牛乳を飲もう」などとはしゃぐのを見て、内心殺意までは至らぬが表情に出さぬよう苦労する程度の感情を抱いたことはある(^ω^╬ 私は自分が好き勝手言うのはいいが、他人が言うのは許せないタイプなのだ。

今回はウィキメデイアに頼りっぱなしだがcreative commonsタグ確認し感謝しつつ転載します。

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下呂温泉, 岐阜県下呂市 Date 24 November 2007 Author 663highland

「三大滝」

華厳、那智に加えて、養老の滝が自称している。またまた感謝しつつウィキメディアから転載。 

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養老の滝 Date 8 May 2010 Author Kikuhiko Mizusaki

ここのネタは滝自体ではなく、すぐそばに立地する「養老天命反転地」というテーマパークかな。ぐぐるとこんな紹介記事が。言うに事欠いて「頭のイカレた」はないだろう(-"-メ と、自分が言うのはいいが他人が言うのは許せないタイプなので。

頭のイカレた公園発見!岐阜県「養老天命反転地」はここがヤバイ……けどおもしろい、つかすごい! - Spotlight (スポットライト)

とは言うものの、作者の荒川修作をググると確かに「頭のイカれた」と形容されても不思議ではない記事がいっぱい出てくる。

matome.naver.jp

養老天命反転地自体に関しては、Gigazineの記事が写真が多くわかりやすかったので、もう一丁貼らせてもらいます。いや他にもいい記事多いけど。

gigazine.net

結び

あえてネタになるものを集めたが、ウィキペの「日本三大一覧」をざっと眺めると、納得で三位以内にランクインしているものも、ないわけではない。つか三大なんとかを巡って熾烈かつあまりカッコいいとは言えない争いを繰り広げているのは、うちの地元だけじゃなさそうだ。

思うに東京大阪以外の地方は、江戸上方の昔から情報発信において両都にずっと差をつけられていた。一か月前にシロッコ(id:sirocco)さんが、こんな記事を書いていた。

sirocco.hatenablog.com

思わず次のようなブコメを書いてしまったが、考えてみれば架橋が難事中の難事であった近代以前において「渡し」というのは日本中にあったにも関わらず、ゆかりの文学、映画、歌謡曲を揃って残しているところは、他に思い当たらない。「矢切の渡し」のみが特権を享受しているのだ。

『野菊の墓』、『男はつらいよ』、演歌『矢切の渡し』の舞台になった「矢切の渡し」 - シロッコ手習鑑

我が地元、愛岐県境の木曽川にも google:西中野の渡し船 というのが現役なのに、文学も映画も歌もない(;_;)

2016/05/28 08:14

b.hatena.ne.jp

近世に至って映像がメディアの主役に躍り出てからも、重い機材を簡単には移動できないため、映画やテレビに流される風景は首都圏や京阪神のものに集中していた。自分が子どもだった頃を思い出すと、日常の退屈さに飽き飽きしていて、「テレビの向こう側にこそ本当の生活がある」というか「テレビの向こう側に幸せがある」みたいな幻想を抱いていた時期が確かにあった。実際にはテレビは歪んだ鏡に過ぎず、テレビの向こう側にあるものもまたこちら側となんら変わらぬ現実なのだが。

近場にあるものに「三大何とか」という尊号を奉ろうという心理は、けだし関東や関西に対する憧れの発露で、なればこそうちの地元に限らずどこもやりそうなことであり、現にやっていることだと思う。また、そこになにがしかの恥ずかしさを感じるのは、その憧れが幻想でしかないこと、東京も大阪も楽園なんかじゃないことを知ってしまっているのも一因ではないかと思う。

追記:

id:qt_fb さんの指摘に基づき、下呂温泉と養老の滝の写真にクレジット追加しました。qt_fb さん、ご教示感謝します。布袋の大仏の写真もCCでしたが “Author No machine-readable source provided.” とのことでした。

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