▶ 2011年2月号 目次
《解説》 世論調査の正しい見方
元NHK記者 山形良樹
選挙世論調査は、この10年余りの間に大きく変わりました。調査員が、直接、調査相手に会い、調査票に従って質問する個人面接法に代わって、電話による調査が急速に普及したのです。その電話調査自体も、変わりました。有権者名簿などから抽出された調査相手の電話番号を、電話帳などで探し当てて調査を行う名簿法から、電話番号を無作為に作り出して調査対象世帯を抽出するRDD(Random Digit Dialing)法が主流になりました。個人情報を知られたくないという人が増え、電話帳に番号を掲載していない家庭が、国内で今や半数以上になったと言われています。RDD法だと、こうした電話帳に番号を記載していない人も調査対象にすることが出来、電話帳から番号を調べる方式より偏りなく調査対象が選べます。しかも費用が比較的安く、スピーディに結果が出るため、今や、マスコミの世論調査にはなくてならない存在になりました。良いことずくめのようなRDD法ですが、死角はないのでしょうか、考えてみました。
まずRDD法とは、そもそもどのような調査方法なのでしょうか。電話番号は、国内通話を示す「0」で始まり、[市外局番]-[市内局番]-[家庭用番号]の順で計10桁の数字でできています。一般的なRDD法では、まず、市外局番と市内局番は電話帳などを元に、実際に使われている可能性が高い番号を並べ、残りの家庭用番号の下4桁を、コンピューターでランダムに発生させて計10桁の番号を何万通りか作ります。そして、等間隔にサンプルを抽出します。抽出した番号が実際に存在するか、電子信号を送って、機械的に判断できるようになっています。こうして実在する番号を選び出した後、その番号が法人か一般世帯か調べて法人を除外します。その上で調査対象世帯に、まず住んでいる人の人数を聞き、乱数発生装置でサイコロを振る形でその中から一人を選んで調査対象になってもらいます。選ばれた人が不在の場合は、時間を変えて何度も電話をかけます。自宅に2本の固定電話を持っている世帯は、1本しかない世帯に比べて電話がかかる確率は2倍になるため、回答結果の数値を2分の1に調整する場合もあります。このように細かい手順を踏んで調査回答を引き出していくのです。
非常に良く出来た調査方法に見えますが、問題点もあります。RDD法では特に、世帯の中から対象者を1人選ぶ過程で、本来であれば聞く必要のない世帯人数を聞かなくてはなりません。更に、地域を限定して調べる場合には、相手の住所まで聞かなくてはならず、調査相手の不信感を招き、最初から回答を拒否されるケースが出てきます。また番号の表示機能がある電話の場合、知らない番号が表示されると電話に出ないか、出てもすぐ切ってしまう家庭もあって、その番号が調査対象となる家庭用か対象外の会社用かさえ確認できない事態を招きます。これでは回答率も下がってしまいます。近年では、携帯電話の普及により、都会の一人暮らしの世帯を中心に固定電話の普及率が低くなっています。RDD法の対象になる電話は、「固定電話」に限られていますから、携帯電話やIP電話を使っている人は、最初から除外されてしまいます。調査対象に選ばれた人が不在の場合は、何度も電話をかけますが自ずと限界があり、結局、不在率の高い若い世代の声は、調査結果に反映されないことになります。そうした問題もさることながら、そもそもRDD法には、住民基本台帳や有権者名簿といった、調査対象となる母集団を代表する正確なサンプリング・フレーム(標本抽出枠)が存在しないため、代表性を持つ正確なサンプルを抽出することが出来ません。従ってRDD法で行った調査結果に対しては、統計理論に基づいた推定・検定を適用することが不可能です。RDD法を世論調査の一つに類型化することに根強い異論がある由縁です。
そうは言っても現時点では、RDD法に代わりうる有効な調査方法が見つかりません。RDD法は確固として完成された調査方法ではなく、まだ多くの改善の余地を残していることを十分理解したうえで、調査結果を見る必要があります。私たちは、新聞の見出しに踊る調査結果にばかり目を奪われがちですが、その調査がどのような方法で行われたのか、回収率はどうだったのか、どんな質問をしてその結果が出たのかなど、調査方法にこそ目を向ける必要があるのです。
(元NHK記者 山形良樹-1973年卒)