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72成分からひとりでに組み上がる精密な球状物質 - ウイルス殻生成のしくみを実験的に検証 - (プレスリリース)

公開日
2010年04月30日
  • BL38B1(構造生物学III)

平成22年4月30日
国立大学法人 東京大学

   人工的に巨大な球構造を、世界最多72成分の自己組織化によって100%の効率で作り出した。この物質は、構成成分の構造をわずかに変化させると、あるしきい値を境に、劇的に異なる一義構造※1に変化する。ウイルス殻構造などの生物構造の自己組織化が同じ仕組みによって、ただ一つの構造のみをとるしくみを実験的に検証できた。

   本研究成果は、科学誌「Science」に掲載予定で、掲載に先立ち、Science Express web 版にて、2010年4月29日14時(米国東時間)に公開されます。

(論文)
"Self-Assembled M24L48 Polyhedra and Their Sharp Structural Switch upon Subtle Ligand Variation"
Qing-Fu Sun, Junji Iwasa, Daichi Ogawa, Yoshitaka Ishido, Sota Sato, Tomoji Ozeki, Yoshihisa Sei, Kentaro Yamaguchi, and Makoto Fujita
Science 328(5982), 1144 - 1147 (2010), published online 29 April 2010

   多くのウイルスは球状の殻を有していることが良く知られています。この殻は数百-数千のタンパクサブユニットが自発的に集まってできる「一義構造体」です。このような生物の構造がひとりでに組み上がるしくみは「自己組織化」と呼ばれ、生物の世界では古くから知られている現象でした。それにしても、数百-数千の多数成分の自己組織化過程で、生物は構造の一義性をどのように獲得するのでしょうか? この問いかけに対し、生物の分野ではそれなりの解釈はなされています。しかし、ものづくりに携わる化学の世界では人工的に化学合成した分子から数百成分の一義的な自己組織化を人工的に達成してこそ、初めてそのしくみが理解できたと言えます。また、その仕組みが分かれば、生物構造の組み上がる仕組みを人工系におきかえた新しいものづくりの手法が開けてきます。
   今回、私たちは、金属イオン(M)と僅かに湾曲した有機配位子※2(L)の組み合わせで、M24L48組成の巨大な球状構造を自己組織化させることに成功しました図1参照)。大きさや成分数にいっさい分布がなく、この構造だけが100%の効率で生成します。

   この研究で明らかになった重要な点は、以下の通りです。
(1) 前例のない72成分の自己組織化を人工的に達成し、巨大な球構造を一義的に構築した。(一義構造体としては世界最大。)
(2) このようにしてできた多数成分の集合体は大きな安定性を獲得していることがわかった。生物が自己組織化で安定性を獲得することを実験的に示したことになる。
(3) 二種の配位子の混合により、湾曲の度合いを微調整すると、ある角度を境に、わずかな変化で構造が劇的にM24L48からM12L24構造にスイッチすることがわかった。

   この(3)の現象は、数学(幾何学)で説明できることがわかりました。多数の成分が集まる際に、なるべく対称性の高い正多面体や半正多面体(複数の正多角形の組み合わせでできた立体)ができることはウイルスの生成でも知られていました。一見、無数に存在しそうな生成物の構造も、幾何学の教科書を調べると、なんと5種類しか存在できないことがわかりました(MnL2n組成でn = 6, 12, 24, 30, 60のみ:図2A)。すなわち、構成成分の初期構造を微少に連続的に変化させると、生成物は、いくつかの境界点でM6L12M12L24M24L48→… と不連続に変化するのです(図2B, C)。アナログの微少変化が大きなデジタルの変化を生み出していると言えます。これこそが、「生物が多成分の自己組織化で一義構造を獲得するしくみそのものである!」ということに我々は気づきました。

   このような、初期条件の僅かな違いが、桁はずれに大きな結果の違いを生み出す現象は「創発」と呼ばれ、近年、さまざまな自然科学分野で注目を集めています。我々の成果は、明確な分子システムで「化学的創発」を示した、おそらく最初の例であり、学術的にも極めて意義深いものであります。生物はこの創発現象を利用して、生物構造の大きな安定性と一義性を獲得していることを、今回我々は、人工的な分子を使って体験し、立証することができました。    

本成果は、以下の事業・研究課題によって得られました。

(1) 戦略的創造研究推進事業   チーム型研究(CREST)
研究領域:「ナノ界面技術の基盤構築」(研究総括:新海 征治   崇城大学   教授)
研究課題名:自己組織化有限ナノ界面の化学」
研究代表者:藤田   誠(東京大学 大学院工学系研究科   教授)
実施年度:平成19〜24年度

(2) 文科省科学研究費補助金・新学術領域研究
研究領域:「分子ナノシステムの創発化学」(領域代表:川合知二   大阪大学   教授)
研究課題名:数十 - 数百成分一義構造体の創発的自己集合
研究代表者:藤田   誠(東京大学 大学院工学系研究科   教授)
実施年度:平成20〜24年度

(3) X線結晶構造解析データは、大型放射光施設SPring-8 構造生物学 III ビームライン(BL38B1)および高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリー(KEK) PF-AR NW2Aビームラインで収集しました。


《参考資料》

http://p.tl/7na4   にて、図1と図2の電子ファイルをダウンロードできます。

 

図1 X線結晶構造解析によって決定したM24L48構造の化合物。


図1 X線結晶構造解析によって決定したM24L48構造の化合物。

 


 

図2 A) 5つだけしかないMnL2n構造体。

図2 A) 5つだけしかないMnL2n構造体。BとC) わずかに違う初期構造(1と3)によって大きく構造が異なるM24L48構造(2)、またはM12L24構造(4)が作りわけられる。

 


《用語解説》

※1   一義構造体
   構成するタンパクサブユニットの数や集まり方が厳密に決まっており、かたち、大きさ、重さ(分子量)にいっさい分布を持たない、厳密に定まった構造体。

※2   配位子
   金属イオンと弱い結合を作る性質を持つ分子のこと。この弱い結合が協同的に働くことによって72成分が結びつきあい、M24L48構造を持つ、一つの化合物へと組み上がる。



(問い合わせ先)
   東京大学大学院工学系研究科   応用化学専攻
   〒113-8656   東京都文京区本郷7-3-1
   藤田 誠 教授
      TEL:03-5841-7259  FAX:03-5841-7257
      Email:mail
      http://fujitalab.t.u-tokyo.ac.jp

(高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリーに関すること)
   大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構
   広報室長   森田 洋平
      TEL:029-879-6047
      Email:mail

(SPring-8に関すること)
   財団法人高輝度光科学研究センター   広報室
      TEL:0791-58-2785   FAX:0791-58-2786
      E-mail:[email protected]

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