乳がんの病院・名医ガイド『イシュラン』ができるまで【前編】〜ソニックガーデンの“部活”から始まる新規事業〜
ソニックガーデンでは、通常業務以外で関わるプロジェクト——、部活と呼ばれる取り組みがあります。個人でサービスを作るもよし、パートナーや同僚とのコミュニケーションの中から課題を見つけるもよし。「これがあれば便利かも」「やってみようか」がきっかけとなり、新しいチャレンジへ繋がります。
乳がんに特化した病院や医師が探せる医療サイト『イシュラン』は、株式会社メディカル・インサイトとの協業。ソニックガーデンとしては、部活から始まりました。2013年に計画がスタートし、2014年に初めて愛媛版をリリース。2016年6月、すべての都道府県で利用できるようになりました。
部活だったイシュランが、新規事業として成長するまでに何があったのか。イシュランチームに話を聞きました。
自分にぴったりの医師が探せる。乳がんの病院・名医ガイド『イシュラン』とは
倉貫
メディカル・インサイトさんとの付き合いは長いですね。
鈴木
2011年の秋口くらいからですね。一緒にMessageLeaf(ブログなどで、読者が作者にメッセージを送れるサービス)を作って、その次がこのイシュラン。
倉貫
病院の検索サイトはたくさんありますが、イシュランはどんな特徴がありますか?
鈴木
乳がんに特化していること、お医者さんの個人単位の情報を載せていることです。
倉貫
患者さんは病院だけではなく、お医者さんも探せるということですか?
鈴木
はい、自分にぴったり合ったお医者さんを探せます。がんのような命に関わる病気にかかったとき、どこの病院に行ったらよいか、どのお医者さんに頼ればよいかと皆さん困ってしまうんですよね。でも、変な情報も世間には多くて。
倉貫
本もネットも情報量だけはありますね。
鈴木
エセ医療に近いような間違った情報がたくさんあって、正しい判断がなかなか難しい環境にあります。イシュランは、科学的根拠に乏しい治療を提供している医療機関を排除して、困っている方がより賢い選択をできるサイトになっています。お医者さん個人の情報まで載せているサイトというのは、ほぼないですね。
倉貫
現在は1,121病院、3,191人のお医者さんのデータが掲載されているんですね(2016年7月31日現在)。この中から「自分に合いそうなお医者さん」は、どうやって分かるのですか?
鈴木
いいお医者さんを見つけるには、2つの考え方があります。ひとつは、腕がいい・技術があるという面。これは、お医者さんが乳腺専門医なのか、所属している病院ががん連携拠点病院なのかなど基準があるのでわかりやすいです。もうひとつは、患者さんとのコミュニケーションの相性という見え辛い面ですね。
倉貫
実際に受けてみないと分からない部分ですね。
鈴木
そこでイシュランでは、お医者さんのコミュニケーションタイプを学究型・リーダー型・聴き役型・話し好き型の4つに分け、患者さんの実体験をもとに投票をしてもらっています。投票結果を見ることで、どんなお医者さんなのかが事前にわかるようになっています。
プログラマーの新しいチャレンジが事業になる。ソニックガーデンの”部活”から始まったイシュラン
倉貫
ソニックガーデンとして、医療サービスは畑違いの分野になります。うまく関われているという理由はありますか?
鈴木
イシュランのようなサービスは、じっくり作り込まないと良いものに仕上がっていかないという考えがありました。全都道府県版を公開するのに2年半かかっちゃったのは、長いのか短いのか判断はできませんが、良いサービスはできたねと思っていて。一方で、スタートアップは一気にスケールしなきゃいけないという考えもありますよね。それは、ベンチャーキャピタルなどのお金の出し手がそうでないと困るからという理由もあると思うのです。
倉貫
そうですね。
鈴木
僕らの場合は、お互いに本業のビジネスがある。だから、お金の出し手側の問題はある程度クリアできる環境だったわけです。
藤原
開発部署を持たない事業会社が新規事業を興すとなると、開発は外注しなきゃいけない。アウトソースするということは、予算があって、見積もりがあって……という話になってきますよね。イシュランの場合は、ソニックガーデンがインソースとして開発を担うことができる。お互いできる範囲で、無理せずに長くゆっくりとやっていけました。
倉貫
ソニックガーデンでは、本来の業務とは別でプログラマーがチャレンジするプロジェクトを部活と呼んでます。イシュランも部活のひとつ?
藤原
そうですね。部活は、仲間がいるのか、誰の何を解決するのか、できるのかというところがクリアしたら、もう気軽に始めてもらうという形。お金や儲かるかどうかで判断はしていないですね。
倉貫
新規事業の種を育てる場所でもある。
藤原
そもそも、ソフトウェアが好き・プログラミングすることが大好きな人たちが集まっているので。仕事として取り組むけれど、業務外に近い形で自分が楽しめること、かつ誰かの役に立つというのをまず小さく始めてみる。部活だから、取り組むこと自体が目的でもいい。長く続けるために、今そのことを楽しむがポイントですね。
倉貫
続けると価値が高まって、もしかしたら事業になるかもしれない。
藤原
イシュランはもう芽が出そうというところまで来た。なので、部活という形で新しいチャレンジをする先駆けとしての事例になったかなと。また、イシュランの場合は外部と取り組んでいるのも良かったですね。
倉貫
何か違ってきますか?
藤原
最初の頃は、打ち合わせを必ず。何があろうとも毎週行って、次の予定を入れていました。これがもし社内のメンバーのみだと「でも、ほかの仕事が忙しいし」となり、ぱっと消えやすい。けど、英介さん(鈴木さんのこと)が来るとなると、こちらも準備しなきゃという形で打ち合わせが続く。
倉貫
お互いのいい緊張感というか、いいプレッシャーがあるんですか?
鈴木
そうそう。間違いなくある。
藤原
次にやるべき課題をお互いが管理して、ある程度の緊張感を持ってやる。続けるモチベーションにもなりますし。ほかの会社の人と一緒にやるのは大きいです。
鈴木
なるほど。だから、完全な内製じゃないというのも実はいいのかもしれないね。
なぜ東京じゃない?イシュランが愛媛版からスモールスタートしたワケ
倉貫
最初に愛媛版からリリースしていますが、何か理由があったのでしょうか?
鈴木
イシュランのアイディアがあったときから、最初はどこの地域がいいかなって考えてはいました。あまり目立ってしまうところは避けたかったし。
倉貫
東京は人口も病院数も多いので大変ですよね。
鈴木
愛媛県は、がんセンターもあるし大学病院も一般的な病院もクリニックもある。地方の県だけど、選択肢にバラエティがあります。それに、僕が懇意にしているがんの患者会もあるので、協力がお願いできるかなと。
倉貫
なので、愛媛県からのスタートになった。
鈴木
患者会の方に見てもらって、フィードバックを反映しながら改修しつつ、次の東京まで半年かかりました。
倉貫
がんはいくつも種類がありますが、なぜ乳がんを対象にしたのでしょう?
鈴木
3つ理由があります。まずひとつ、乳がんの患者さんは比較的若い女性が多いです。そのため、ウェブとの親和性が高い。たとえば、前立腺がんだと患者さんは高齢の男性が多くなる……
倉貫
ネットを使って調べるというイメージがあまり湧かないね。
鈴木
乳がんってガンの中では比較的予後がいい。逆に言えば、お薬を飲んだり検査をしたりということが長く続く。つまり、お医者さんとの関係が5年、10年と続きます。それだけお医者さんとの相性がとても重要になってくるわけです。これが2つ目。
倉貫
自分にぴったり合ったお医者さんを探すということに、意味があるわけだ。
鈴木
もうひとつは、関わるプレイヤーが多いということです。乳がんは使われる薬がたくさんある。それに加え、下着やかつら、乳房再建など関わる事業者が幅広いのです。イシュランも事業として成り立たせなくてはならないので、乳がんに特化しようと。
倉貫
他の病気をやるより、乳がんでスタートすることに必然性がある。
鈴木
「乳がんでうまくいかなかったら、他のもダメだよね」という気持ちもありましたね。サービス設計をする時に、ディスカッションを深く行って、誰のどんなニーズに応えるのかという点はクリアにしました。
倉貫
なので、乳がんで愛媛県にしぼったと。いきなり目標が全国で、すべてのガンで、データがそろってから世の中に出しましょうとしていたら、どうなっていたかな。3年間この人数で進めていたら無理でしょうね(笑)
鈴木
無理です。というか、3年じゃ無理だな(笑)。
倉貫
まだ悶々としているだけになっちゃうでしょうね。だから、早く世に出すことは結構大事なこと。
鈴木
それはそう。間違いないです。
倉貫
愛媛の次は東京と広島でリリースをしていますが、それまでにどのような改修があったのですか?
鈴木
地図ですかね。
川村
愛媛版にも地図を1枚見せるぐらいのシンプルな位置情報はありました。がん診療拠点病院だけを見るような、絞り込みの機能はなかったですね。
倉貫
地図の機能が少なかったのはなぜ?
藤原
病院が少ないためですね。
鈴木
「宇和島だったら、もうここしかないよね」みたいな。絞り込み機能は、東京ぐらいの規模じゃないと意味がないかなとは思います。
倉貫
最低限の機能を実装して、まず公開するを優先したということですね。
プログラミングは社会問題に貢献できる
倉貫
プログラマーとしては、ここまで何がモチベーションになっているのでしょう?
藤原
僕らソニックガーデンのプログラマーはみんな職人なので、ものづくりが好きです。通常は、お客さんからいただいた案件で貢献しているのですが、自分が関わったサービスが世の中の役に立つことは、とてもやりがいがある。楽しいことですよね。
倉貫
楽しいがモチベーションになっていた?
藤原
自分たちが作り、考えたもの。つまり自社サービスで貢献するというのも、また楽しいです。でも、作ったサービスを継続させるモチベーションが保てないという問題にプログラマーは陥りやすい。
倉貫
一瞬で作って、一瞬だけ役に立つサービスにしかならない。
藤原
ずっと提供し続けても、いろんな人に使ってもらえない、インパクト出し辛いというときがあります。イシュランの場合は、英介さんが社会の課題を提案してくれたわけでして。プログラミングで貢献できるかもしれないというやりがいが感じられましたね。
川村
自分が作ったサービスを実際に患者さんに使ってもらって、フィードバックをもらえたというのは、すごくやりがいがあるものだと思います。ソニックガーデン全体の仕事の中でも、ユーザーに近いサービスなんじゃないかな。その点でも、結構やりがいを感じています。普通の受託案件は、ユーザーと距離が遠いものもありますし。
倉貫
イシュランは、エンドユーザーと直接つながっているよね。
川村
はい。個人的には、技術的に興味のあることを取り入れています。「ちょっとできるかどうか分からないけど、これができたらすごい効率良くなるだろうな。じゃあ、ちょっと試してみるかな」というような、自分への挑戦も入っているので。新しいチャレンジも、モチベーションの1つになりますね。
藤原
とはいえ、「じゃあ、儲かるの?」っていわれると、「さあ?」というのがあって。
(一同笑)
藤原
長い目で見て、価値があるものですから。短期的にリターンを求める新規事業でもなく、仕事でもない、ライフワークに近い。続けるための資金はなんらかの方法で回収はしないといけませんが、僕らとしてできる範囲でやる形の業務外活動ですね。楽しんで取り組むけど、手を抜いているわけではない。
倉貫
いわゆるプロボノみたいな。
藤原
イシュランを始める前から英介さんと一緒に仕事をしていて、信頼関係があったからこそできました。スキルを持つ人同士が初めて集まってという、純粋な意味でのプロボノではないですが、非常に近いです。
鈴木
モチベーションを上げるためというと、クラウドファンディングにもチャレンジしましたね。
倉貫
それはなぜだろう?資金調達をするのは、何か用途があったのですか?
鈴木
20万円の目標でチャレンジしたのですが、お金というよりはイシュランの取り組みを広く知って応援して頂きたいなという気持ちからですね。どう?
藤原
みんなが必要としてくれているのか、やろうとしていることに賛同してくれるのかというところをちょっと推し量って、外に出してみましたね。
鈴木
そうそう。愛媛版から東京版リリースの間にやりました。
倉貫
それはどうだったんですか?